236・群れの仲間がふえると嬉しい。なお人件費(略)
猫カフェでは先ほど、将棋とチェスの違いについて、リルフィ様がたいへん良いお話をされていたようである。
俺はシノ・ビへの対応を優先していたため、内容も竹猫さん経由で断片的にしか把握していないのだが……
……実は俺が将棋のほうが好きなのは「爺ちゃんとたまに指していたから」であって、それ以上の理由は特になかったりする……(懺悔)
チェス? 爺ちゃんちになかったから……そんなオシャレっぽいゲーム、そもそもよく知らん……
違和感というのは「ポーンが初手で二マス進めるのってなんで? ややこしくない?」とか「え、ポーンって正面にいる駒は取れないの? なのに斜め前の駒はとれる? しかもそこに移動できる? は?」「あんぱっさん……安場さん……?」という、日本人にありがちな……まぁ、はい。
しかし「倒した駒の再利用」か。
リルフィ様達の分析は考えすぎではあったのだが、言われてみるとそういう面がなきにしもあらずというか――
俺もこれまであまり自覚はなかったが、社員さん達が増えた時はめちゃくちゃ嬉しかったし、知り合いやお友達が増えるのも普通に楽しいので……シノ・ビの皆様を迎え入れたいという感情も、つまりそういうことなのかと妙に納得してしまった。
前世でも、両親は物心つく前に……さらに育ててくれた爺ちゃん婆ちゃんも、俺がこっちに来る前にはもう亡くなっていたので、内心寂しくて家族や群れの仲間を欲しがっていたというのも当たってそうな気がする。やっぱ自分のことは自分じゃ意外とわからんものである。
……追加の邪神の話? 猫には関係ないですよね? 関わる気ないよ? 異世界スローライフ(建前)に厄ネタぶち込むのやめて?
……むしろ厄ネタの坩堝に猫が放り込まれた可能性もあるのが痛し痒しである。ついでに俺自身が厄ネタな可能性も否定はできぬ……
それはさておき、クラリス様のターン!
シノ・ビの皆様は、我が飼い主の尊きお姿に呆然としている。怪しい化け猫の飼い主が、こんなにも見目麗しいお嬢様だとは思わなかったのだろう。
さらに後ろからロレンス様、リルフィ様、ウェルテル様、サーシャさんと、次々に人が続いたことでさらにびっくり。
この砦のロビーは冒険者達の待機所も兼ねるため、そこそこ広めではあるものの、せいぜい田舎の酒場程度である。そこに十七人のシノ・ビと有翼人さん達、さらに我々が加わったことで、だいぶ手狭になってしまった。
「せ、席を空けさせていただきます!」
カエデさんを筆頭に、シノ・ビ達が弾かれたように椅子から立ち、その場で床に片膝をついた。
そんな彼女たちへ、クラリス様が優しげに声をかける。
「みんなはそのまま椅子に座ってて。私はクラリス・リーデルハイン。ルークの飼い主です。こちらが従姉妹で魔導師の、リルフィ姉様。それからネルク王国の王族、ロレンス様と――」
クラリス様が全員を代表して紹介を進めてくれる中、ソレッタちゃんが俺を抱き上げ、リルフィ様の元へ運んでくれた。この子は気が利く!
「リルフィさま、ルークさまをおつれしました」
リルフィ様も笑顔でこれに対応される。とおとい……
「ふふっ……ありがとうございます、ソレッタちゃん……そのまま抱っこして、ここにいてくれますか?」
するとソレッタちゃんも嬉しそうに微笑み、俺の後頭部を吸いながらリルフィ様の隣に立った。
――かつての有翼人の里で炊き出しをした際、その場に立ち会ったリルフィ様とクラリス様は、有翼人の方々から「女神」と勘違いされてしまった。
その誤解はすぐに解けたものの、第一印象が強すぎたのか、今も『神聖な存在』と思われている節がある。むしろ俺がお二人を「飼い主」と認めているため、見方によっては神以上の存在かもしれぬ。
特に人懐っこいソレッタちゃんはクラリス様からも可愛がられており、昨年はよくみんなで一緒におやつを食べた。
リルフィ様やクラリス様にしてみれば、身分や立場は違っても、ソレッタちゃんは「同じ猫好きの妹分」のような感覚なのだろう。
以前にアイシャさんは、これを「猫好きの共鳴じゃないですかね……」と推測し、何故かやや疲れたような顔をしていた。
……実際、猫力が高い人同士って、なんか変なシンパシーあるみたいなんですよね……アイシャさんもまぁまぁ高いはずなのだが、それはおいておく。
次いで我々のそばに歩み寄ってきたのは、ソレッタちゃんがいつも持ち歩いている「猫のぬいぐるみ」である。
ぬいぐるみはソレッタちゃんの体へ器用によじのぼり、俺と密着する形でその腕に収まった。
……この勝手に動き回るぬいぐるみに関しては、実は謎が多い。
メテオラに有翼人さん達が移住した後、生活物資として調達した布系素材や綿のあまりを使い、ソレッタちゃんのお母様が作ってくれたものらしいのだが――
最初はただのぬいぐるみだったはずが、年末あたり、急に動き始めた。……は?
はじめて知った時は「……何それ知らん……怖……」と、普通にドン引いてしまった。
里の警備をしていた猫魔法の猫さんが勝手に宿ったのか、あるいはどっかの野良精霊がぬいぐるみを依代にしたのか――そんな推論も立てたのだが、宮廷魔導師・ルーシャン様に相談してみたところ、
『「亜神の加護」を持つソレッタ嬢が、「ルーク様と一緒にいたい」と願い続けたことで、彼女の寂しさを埋めるべく、ぬいぐるみを依代としてその加護が表に出てきたのではないか』
という、そこそこ合理的かつわけのわからん仮説が飛び出した。『亜神の加護』ってなんなん……?
そして実際、このぬいぐるみに関しては、俺としても妙に他人の気がしないというか……
他の猫さん達と同様、「俺の分身」感もちゃんとあるのだが、「猫魔法」とは何かが違う感覚もあり、表現が難しい。
仮に猫魔法の猫さん達が「部下」とか「同僚」的な感じだとすると、この子は「弟分」とか「舎弟」的な感じというか……より「近い」存在のような気がするのだ。
俺に対しては親猫に懐く子猫のような挙動を見せているし、とりあえず害はなさそうなので好きにさせている。今も俺に対して猫吸いをキメておられるが、同族ですよね?
なお、「メテオラ」から名をとって「テオ」と命名された。元気にすくすくと育ってほし……ぬいぐるみなので、さすがに肉体的な成長は無理である。たぶん。
……無理だよね? でっかくならないよね? 猫って何するかわからんとこあるからちょっと不安……(他人事)
そうこうしている間にも、クラリス様からシノ・ビ達へ向けた一行の紹介は順調に進み――最後は魔族、オズワルド氏の番となった。
ここで我が主は一息いれて、オズワルド氏に視線を向ける。
「……そのままご紹介して、よろしいですか?」
「ああ、構わん。ルーク殿が彼女らを雇うならば、どうせ長い付き合いになる」
オズワルド氏は肩をすくめ、やや冷徹な目でシノ・ビ達を見据えた。
「では……こちらは『純血の魔族』、オズワルド・シ・バルジオ様。今回、貴方達が襲撃したトゥリーダ様の庇護者であり、ご友人でもあります」
ワッフルを食べて紅潮していた皆様の顔色が、たちまち蒼白に転じる。
トゥリーダ・オルガーノ様が魔族オズワルドの庇護下にあることは、シノ・ビ達はもちろん、その雇い主も知っていた。
彼女達にしてみれば、いま一番、遭遇したくない相手であろう。
そもそもあの暗殺騒ぎも、「もしも魔族が現場に現れるようなら、捕縛される前に中止して撤退する」という方針だったはずなので――あるいは伏兵による待ち伏せも、スイール様への対策というだけでなく、あの放送ブースに魔族がいるかどうかを見極める安全策の一つだった可能性がある。
もしもあの場にオズワルド氏がいたら、連れ出すのを諦めて「警備に戻ります!」と撤退するつもりだったのだろう。
青ざめて固まるシノ・ビ達を見回し、オズワルド氏はひらひらと手の甲を振った。
「いまさら警戒しなくていい。未遂で済んだことだし、ルーク殿の意向はもう汲んだ。思うところはあるが、貴様らが彼を裏切らん限り、今回の無礼はなかったことにしておいてやる。もちろん……裏切った時には、相応の代償を覚悟しろ。ここから先の人生は、やらかしたことへの償いだと思え」
オズワルド氏の言に姿勢を正し――シノ・ビ達は無言で頭を垂れた。
そんな彼女達の様子を見ながら、純血の魔族は薄く笑う。
「……で、本来はトゥリーダを殺害することでレッドトマトの発展を阻害し、さらに私を怒らせることでホルト皇国にもダメージを与える策だったようだが……これは貴様らの雇い主の案か? それともサクリシアの国家としての方針かね?」
カエデさんが頭を垂れたまま、震える声で応じる。
「……雇い主個人の案です。トゥリーダ様のラズール学園での講演自体が、ここ数日で急に決まったことでしたので……国側にはまだ情報が伝わっていないでしょうし、マルガレーテ様はたまたま皇都ウォルテに滞在中でしたので、好機と見て、身の丈を過ぎた欲が出たものと……」
「マルガレーテ・ロッテンハイムとは、聞き覚えのある名だが……まぁ、恨まれてはいるだろうな」
オズワルド氏が嘆息し、わずかに語気を緩めた。
ソレッタちゃんの腕から、猫はじっとそのお顔を見上げる。
「……いずれ知られるだろうから、ルーク殿には話しておく。今回の件、トゥリーダの暗殺が、サクリシアにとって利のある流れだったのは間違いないが……マルガレーテの真の動機は、おそらく私への当てつけ、あるいは憂さ晴らしだろう。かつて、正弦教団にきた暗殺依頼を受けて、私はあの娘の両親を殺した。幼かったマルガレーテだけはあえて見逃したが――その恨みを、今になってぶつけられたかもしれん」
……この人もまぁ、いろいろやらかしてそーだもんな……? わかっていたことではあるが、こうして因果は巡るし憎悪は連鎖するのだ……
「どういう理由での暗殺依頼だったか、うかがってもいいですか?」
「よくある復讐だ。マルガレーテの父親が、敵対する貴族を罠にはめた。で、その遺族から正弦教団に仕返しの依頼がきて、私が遂行した。要するに……私の身から出た錆だな。ルーク殿、すまん。トゥリーダが巻き込まれたのは結局のところ、私のせいだろう」
過激な行動に至る人間にも、そこに至るまでの背景がある。それで行為が正当化されるわけではないし、実際には自己中心的だったり八つ当たりだったりで同情の余地なしという事例も多いのだが……「親の仇に、大事な誰かを奪われる苦しみを思い知らせたい」となると、是非は別として感情では理解できなくもない。
しかし今回の場合、その親も加害者で誰かの仇だったようなので……もうこうなると部外者は何も言えぬ。当事者間で解決してもらうしか……!
その時、シノ・ビの一人がおずおずと挙手した。非戦闘員の待機組である。
「あの……僭越ながら、今の話をうかがっていて、申し上げたいことが――」
「いいですよ! あ、ついでに自己紹介もお願いします」
こちらは茶髪をポニーテールにした学生さんっぽい雰囲気の子である。シノ・ビ感はあんまりないが、「一見普通っぽく見える」というのはある意味でとても忍者っぽい。どうやら左腕が不自由なようで、常にだらんと垂れてしまっている。いや、手袋つけてるけど義手か?
「アズサといいます。グループでは対外折衝役をすることが多く、マルガレーテ様との連絡係も務めていました。私の印象になってしまって、恐縮ですが――マルガレーテ様の動機に、復讐心はなかったと思います。むしろ、もっと、その……なんというか……」
言い淀んだのはわずかな間で、すぐに彼女は言葉を整理し終えた。
「……まず、マルガレーテ様は要人の暗殺を『効率的な手段』だと本気で考えています。自身の父親と継母が害された経験から、その学びを得たと言っていました。その上で、『オズワルド様の持つ正弦教団のような組織を自分も作りたい』とも仰っていて――我々をまとめて雇用したのも、その下準備のつもりだったようです。彼女はむしろ『正弦教団』を見習い、オズワルド様の真似をしたがっていたように見受けられました」
この時点で、猫はふと寒気を覚えたが――アズサさんは淡々と、やべぇ話を続ける。
「その上で、トゥリーダ様が狙われた理由ですが……サクリシアの利を考えた行為だったのは事実ですが、それだけではなく……個人的には『嫉妬』の感情もあったのではないかと推測しています」
「……ん? 嫉妬?」
オズワルド氏が『わけがわからん』という顔で首を傾げた。顔はいいんスよね、この人……
アズサさんは深めに会釈。
「はい。オズワルド様の庇護を受ける、トゥリーダ様への嫉妬です」
……猫は耳を伏せ、にゃーんとソレッタちゃんに身を預けた。幼女様はそんなルークさんの背を撫でてくださる……しっぽが……しっぽがふるえる……ッ。
しかしオズワルド氏はまだ理解が及ばぬようで、ひたすら困惑顔である。
「いや、わけがわからん。嫉妬ではなく私への『憎悪』だろう? 恨まれる心当たりはあるという話を、たった今したはずだが……」
「詳細は私にもわかりません。しかしマルガレーテ様は……おそらくオズワルド様に、歪んだ憧れのような感情をお持ちです。彼女は人格破綻者とまでは言えませんが、表向きの顔を上昇志向と権力欲で偽装しつつ――内面には破滅願望や、自暴自棄と紙一重の激情を抱えているようにも見受けられました。それに気付けたのは、たった今のことですが……」
若干、言い淀んだ後、アズサさんは咳払い。
「……マルガレーテ様は、絵心をお持ちです。彼女の首にかけられたロケットには、御自身で描いた『初恋の殿方』の肖像があり、私もそれをちらりと見せられましたが……その人物が誰だったのかを、たった今、理解したところです……」
「……は? いや、何を言って……は? どういう誤解が発生しているんだ……?」
オズワルド氏がこんらんしている……!
彼は長命ではあるが、こういう方向性のヤバさには疎そう。でも猫にはわかる。
これはいわゆる同担拒否の極端な例、推しのそばにいる女は敵という概念である……ガチ恋勢ともちょっと違う。むしろ厄介信仰というか、たぶん幼少期の経験で何かをこじらせてしまい、加害者のはずのオズワルド氏を神格化するに至り、その上で「この方を傷つけられるなら、私の命なんてどうでもいい!」ぐらいのサイコパス心理が醸成されつつある……猫は詳しいのだ……
人間の心理というものは、たとえば理不尽や現実に耐えかねて壊れた時、矛盾した方向へ暴走することがある。
また「壊れる」ところまでいかずとも、有名なストックホルム症候群などのように、「被害者が加害者に共感や好意を持ってしまう」という例も実際にある。
今回の場合、好意というよりむしろ信仰とか同化願望とか、下手すると「対象に恨まれて殺されることで、その記憶に残りたい」的な業の深い心理まで絡んできそうだが……いずれにしても普通ではない。
これ以上はクラリス様やロレンス様の教育に悪そうなので、猫は慌てて話題を転じた。
「そ、その話はまた後ほど! 後回しにしましょう! 今日はなんだかんだ忙しいですし、そろそろホルト皇国に戻りたいので……ワイスさん、すみませんが、この子達をしばらくメテオラで預かってください。冒険者用の簡易宿泊所が空いてますよね? ついでに宿泊テストも兼ねて、問題点のあぶり出しを。それからシノ・ビの皆さんは、雪かきとか炊事とか、集落の仕事のお手伝いをしばらくやってください。数日以内にまた来ますので、その時に追加の質問を受けつけます」
逃げる気がないのは確認済みだが、輸送や警護以外のどんな仕事に適性があるかは俺も把握していない。もし彫刻に興味があるようなら特産品チームに合流してもらってもいいし、建築関係がいけるようなら大工でもいい。基本は「高額品の輸送」要員としての雇用だが、メープルシロップの収穫時期と収穫量の関係上、これは年一回で充分である。他の期間には他の業務をやってもらいたい。
「は、はい――では、あの――我々十七人は、捕虜……ということでいいんですよね……?」
「うーん……? さすがにゲストではないですが、別に捕虜でもないので、しばらくはふつーに日々の生活を送ってください。生活面での疑問はワイスさんに……ワイスさん、お手数ですが、村のルールや設備の使い方の説明とかもお願いします。ソレッタちゃんも、おねえちゃん達が困っていたらアドバイスしてあげてね!」
「わかりました、ルークさま!」
ぶっちゃけ、捕虜として収容できるような施設がない……麓のリーデルハイン領まで降りれば狭いながらも牢屋はあるのだが、十七人となるとさすがに収容できないし、その世話だけで余計な人手がかかる。監禁するよりここで雪かきとかやってもらったほうが全然良い。
ドラウダ山地は、別に豪雪地帯というわけではないと聞いていたのだが……山中は思ったよりしっかり積もっている。山地を抜けた北側には巨大な湖……というか内海があるようなので、そっちへ近づくにつれて雪も増えていくのだろう。
一方、リーデルハイン領はうっすらと白くなる程度なので、雪かきとかは基本的に必要ない。雪だるまを作ろうとすると泥だるまになってしまう程度だし、雨もちょくちょく混ざるので溶けやすいのだ。
実は一応、お庭の実験畑にもサトウカエデを植えてあるのだが……たぶんあっちじゃ少ししか樹液がとれそうにない。メープルシロップに関しては、やはりメテオラが主要産地になりそうである。
さて、ワイスさんやソレッタちゃん達と一緒に、シノ・ビの一行もキャットデリバリーでメテオラの里へ配送し――そろそろ我々も、ホルト皇国へ戻ろうとしたのだが。
「ルーク、戻る前に、ちょっといい?」
クラリス様に呼び止められてしまった。
「はい。なんでしょう?」
「あの人達、本当にそんなすごい人材なの? 割と普通っぽく見えたんだけど……」
無理もない。『じんぶつずかん』を読んでいるのは俺だけだし、シノ・ビの方々は一般人っぽく擬態する能力にも長けている。
「そうですね……一行の中で一番強いカエデさんは、ヨルダ様とほぼ互角……いえ、魔法が使える分、それ以上の強さを持っている可能性があります。純粋な剣術勝負だったらヨルダ様有利かもしれませんが、奇襲やゲリラ戦だったらカエデさんのほうが上でしょう」
クラリス様がややびっくり。確かに見た目は普通っぽいのだ……
「またそれ以外の面々も、なかなかの手練れ揃いです。ただ、何人か……手足が不自由だったり、片目が見えていなかったり、あるいは心臓が弱かったりといった弱点を抱えている方もおられます。一人ずつだったら、そこそこ良い条件での就職も可能そうなのですが……仲間を見捨てたくないという思いで、全員一括での採用を前提とした結果、サクリシアに流れたのでしょう。ただ、そうした方々も特殊な一芸を持っていそうなので、トマティ商会にはぜひ欲しい人材です。昨年、会計その他を任せられる優秀な事務員は確保できましたが、他にも営業、広報、輸送、生産、企画、総務、人事、それに福利厚生も含めて、とにかく人が足りていません。ナナセさん達にも『二次募集を早めに……!』とお願いされていたので、今回は渡りに船でした!」
というか、ナナセさん達が加わっていよいよ商会が動き始めたことで、「ここにこれだけの人員が必要!」みたいなポイントが、やっと肌感覚としてわかってきた。
そもそも前世でお世話になっていたような「外注できる業者」が、リーデルハイン領にはほとんどいない。普通の大工さんとか職人さんなら多少はいるし、そっち方面は雉虎組でも対応できるのだが……いわゆる「清掃業者」とか「警備会社」とか「会計事務所」的なモノは都市部にしかない。つまり「田舎で」商会を支える人員の必要量を、俺はまだ把握できていなかった。
しかも前世だとITとか機械で効率化できていた部分が、こちらの世界だとほぼ人力で――なおかつ田舎では人材がいなくて臨時雇いも成立しないので、ちゃんと自前で揃えて育てる必要がある。
いくら魔道具や魔法があるとはいえ、こちらにはパソコンも電話も電子メールもインターネットもない。町の図書館すらないので、簡単な調べ物すら手間がかかるのだ。
ゆえにどこの商会も、ある程度はいい加減というか、独自の方法論みたいなものを構築しており――そのあたりの的確な助言をくれるナナセさんがいなかったら、俺はたぶん精神的に折れていただろう。新入社員に頼りっきりな猫社長である……
猫がそんな反省をしている間に、クラリス様もしばし考え込んでいた。
「……ルークは前に、『魔力鑑定』みたいな感じで、会った人の能力を把握できるって言ってたよね? その力って、性格とかもわかるものなの?」
意外と難しい問いである……
『じんぶつずかん』さんの精度はご存知の通りであるが、基本的に「過去の動向」とか「現在の思考」をそのまま記載しているだけなので、「人懐っこい性格!」とか「優しい性格!」みたいな表現はあまり見かけない。
しかし皆無というわけではなく、「その温厚さを周囲から慕われている」みたいな第三者からの評価が出ていたり、あるいは「親族を喪った悲しみによって心を閉ざし……」といった感情を伴う動向が表記されていることもあり……それらからある程度、性格も分析できたりはする。
しかし「正確にわかるか」と問われれば、答えは否。
「猫好きかどうかとかは、ちゃんと数字で把握できるのですが……性格面は、ある程度の傾向を掴めることもありますが、実際に話してみないとわからないことが多いですねぇ」
スイール様とかもそう。猫をかぶったクールキャラ、という推測を持っていたが、実際に交流してみると割と愉快な人だった。前世持ちなのでその知識を前提にしたジョークも通じるし、ちゃんとツッコミもいれてくれる。
クラリス様がまた思案。
「……わからないのに、そんなすぐに信頼とかして大丈夫?」
なるほど、そこか――
これは『じんぶつずかん』云々とは関係ないルークさんの基本姿勢にも関わることなので、飼い主たるクラリス様にはきちんとご説明せねばなるまい。
「クラリス様。私から彼女達へ向けた信頼は、現時点ではまだ一方通行です。私はカエデさん達を、あくまで『現時点で』信じました。この先、彼女らがそれに応えてくれるかどうかはまた別の問題なのです。『相互の信頼』とは、出会って即座に結ばれるものではなく、互いの行動と会話を通じて、長い年月をかけて培っていくべきもの……それが師の教えでした」
リルフィ様ではないほうの俺の師……すなわち爺ちゃんである。釣りの師匠である。将棋は普通に弱かったが、俺はもっと弱かったので割といい勝負できていた。なんかね……お互いに大駒ばっかぶん回すんですよ……ひたすら駒を取り合って、溜まったら詰みもしない王手を連発してそれを繰り返すっていう……今思うとアレは将棋ではなく、将棋に似た何かであった。
「彼女達が私を信頼できるようになるかどうかは、今後の私次第です。だからこそ私は、これから彼女達に信頼してもらえるような立ち居振る舞いを心がけます。つまり――彼女達の存在は、私が自身を律するための糧にもなってくれるのです。結果として、それがトマト様の栄光にもつながるものと信じております!」
俺が胸を張ると、オズワルド氏が試すような視線を向けてきた。
「しかし、こちらの誠意が通じる相手ばかりじゃなかろう? 『もしも裏切られたら』とは考えないのかね。裏切られたところで、ルーク殿なら力ずくで対処できるのだろうが……私も君の甘さに便乗している身だから偉そうなことは言えんが、あまり性善説に偏るのは危険だぞ」
「もちろん相手によります。実際、オズワルド様のことはちょっと前までかなり警戒してました!」
「それは当然だな」
クックッと嗤い、オズワルド氏が俺の喉を撫で回した。ごろごろごろ……
「私がカエデさん達を信じると決めた一番大きな理由は――彼女らが『仲間を大事にしている』と理解したからです。実際のところ、カエデさん一人だったら適当な国で仕官したり、あるいは魔導師として雇われたり、そういう生きやすいルートがいくらでもあったはずなんですよ。なにせヨルダ様に匹敵するほどの使い手です」
あのグループは、半数がまだ若者で、四分の一は戦えない者で、残る四分の一がカエデさんと近い世代の熟練したシノ・ビだった。
カエデさんは他者を見捨てて身軽になったほうが生きやすかったはずだが……あえて「全員」での雇用を優先し、サクリシアの貴族に雇われた。
戦えない仲間は、他国で何かあったら自分の身すら守れない。
また若い世代は、世間を知らなかったり対応能力に不安があったのだろう。戦闘能力だって一般人よりはだいぶ高いが、一騎当千というわけではない。カエデさんだけズバ抜けているが、他はおそらくサーシャさんと同程度である。
先程の会話の途中でも、「もしも仲間が向こうに残っていたら、逃げる時間を確保するために黙秘した」と、お仲間の一人が指摘していた通り……彼女らは非常に連帯感が強い。
仲間を大事にできる人達であれば、俺は信頼できる。そして俺が仲間として認めてもらえるかどうかは、やっぱり今後の俺次第なのだ。
「あとはナナセさん達、他の社員との相性も見ないといけませんが……会話した印象では、うまくやっていけるのではないかと期待しています!」
……むしろ「本当に来春から工場を動かすつもりなら、はやく人手を……!」と頼まれていた矢先なので、労働力的な意味で大歓迎なのは間違いない。労働……労働の喜び……
クラリス様が思慮深い眼差しと共に頷いたところで、我々もホルト皇国、ラズール学園へ戻ることにした。
トゥリーダ様の公開生放送はもう終わりかけというか、ちょうど終わるかどうかの頃合いかな……?
盛り上がった学生達のアンコールに応えて一曲ぐらい追加で歌ってるかもしれぬ。いや、アイドルではない。でもアイドル並の影響力を今日一日で獲得してそう……
打ち上げの準備は万端なので、今夜はご馳走でねぎらって差し上げよう……明日以降はまた外交日程の消化が始まる。
……おそらく「水蓮会とつながっていた厄介系の有力貴族」との会談が安全のために中止され、その人らは今後、政治的な処分を受けて弱体化し……逆に「猫の加護を受けたバロウズ大司教」や、真っ当なタイプのお貴族様の持ち時間が増量されるはずなので、当初の予定とは裏腹に、トゥリーダ様的にも良い流れが来ている予感がする。
やっぱりもってんな、あの聖女……!
いつも応援ありがとうございます!
三國大和先生の「我輩は猫魔導師である」コミック版の第四巻が、いよいよ来月2月15日に発売となります。
はやいところでは予約受付が始まっているようで……
店舗特典の情報はこちらでもわからないのですが、ゲーマーズ様では特典ブロマイドがつくようです。
他はまだ不明なので、公式情報をご確認いただければと……!
(ショートストーリー系の店舗特典はないはずです。代わりに「あとがき」代わりのSSを寄稿したので、没でなければ巻末に収録されているはず?)
発売日はまだ半月以上先ですが、どうぞよしなにー。




