234・さんぽの後は足を洗おう
ルークさんは基本的に、「裁き!」とか「断罪!」的なイベントが苦手である……
なんといっても、そもそも自分が罪人……もとい罪獣なので……
転生したての頃、俺は畑のトマト様を盗むという、農家の皆様を大激怒させる大罪を犯した。
まぁ、結果的にあのトマト様は俺がもたらしたお野菜ではあったのだが、「盗んだ」という意識はあり、罪が消えたわけではない。
そして不埒な野菜泥棒を、ライゼー様やクラリス様は寛大に許してくださったわけで……そんな俺が他の方を『断罪!』とかするのは、ちょっと違うのではないかと思う次第である。
国家元首の暗殺未遂とトマト様泥棒、どちらの罪がより重いかといえば、これは当然、トマト様泥棒のほうなので……え? 人類の尺度では違うんですか……? でもトマト様ですよ? ナスとかきゅうりとかじゃないんですよ?(※ナスときゅうりを貶める意図はありません)
もちろん「罪ある者に罪を裁く資格はない!」とか言い出すと、基本的に人は人を裁けなくなってしまう。すべての人間は生まれながらにして罪人……みたいな宗教じみたことは言わぬが、どんな人にも一つや二つやそれ以上、後ろ暗いことはあったりするものだ。
だから社会は、裁きの目安となる「法」を作り、これを運用することで安定を得た。人が人を裁くのではなく、「法が人を裁く」という体裁を作ったのだ。「亜神は法に縛られぬ存在である」なんて話も以前に聞いたし、この場合は「法律」ではなく「法則」のことだったが、それでも俺は、基本的に「法」というものをそこそこ重視しているつもりである。
盲目的に従うつもりはないし、たまには「フシャー!」とやらかしもするが……守れる範囲ではなるべく守っておこう、という意識はあるのだ。
というわけで、これから「暗殺をやらかそうとした忍者部隊」を裁くわけなのだが――
問・A国で罪を犯した者を、特に協定がなく法律も違うB国で裁くことは可能か?
答・それはちょっと……
……屁理屈であることは百も承知だし、無罪放免をする気はないのだが、しかしここはもう『ネルク王国・ドラウダ山地・有翼人の里メテオラ』なのである!
犯罪者の引き渡し協定とかも特にない上、公的には「この忍者達によるトゥリーダ様への襲撃」自体がなかったことにされている。
猫さんは抜け道を探すのが得意。法の抜け道も然りである。(悪辣)
村の掟も「猫様のご命令が第一!」というほぼ独裁状態なので、これはこれで今後、改善の余地が非常に大きいのだが――今日のところは好きにさせてもらおう。
……それにシノ・ビのみんな、猫力高いんだもの……
「えー……今から皆さんの拘束を解きます。その代わり、暴れたり逃げたりしないと約束してください。いま、外は普通に雪が降っていますし、ここはほぼ未開の山地なので、ガチで遭難する危険があります。野生の熊さんもいます。ぶっちゃけ外は危ないです」
後から連れてきた伏兵の方々はぽかんとしているが、最初、山中に放り出されたカエデさん達先行組はこくこくと頷いた。実際、窓の向こうは雪景色なのだ。
……あの時はいろいろ急すぎて、配送先をちゃんと指定する余裕がなくて……
というか送った後で「……そういやドラウダ山地、今、雪積もってるじゃねぇか!」と思い出したので、たまたま近くにいた落星熊さんに慌てて運搬を頼んでおいた。下手したら凍傷だったよね……
なお、キャットデリバリーに頼まなかったのは、「この機会に遭難救助の実績解除させて、落星熊さんの信仰の足しにしよ……」という打算が働いたためである。要救助者四名を保護してくれた落星熊さんには、ソレッタちゃんからりんごのお礼があった。
あのレッパンどももだいぶ振る舞いが聖獣らしくなり、俺が顔出すと「おかしら!」「おかしらだ!」と懐いてくれるようになってきた。
そのきっかけとしては、りんごとね……バナナとね……あと、柿と、梨と、芋と、白菜と、キャベツと、カボチャと……野生動物の餌付けは本当によろしくないのだが、俺自身が獣でしかも王様なので、配下の面倒は見なければならぬ。無給で働かせるなど言語道断であるし、もうメテオラのレッパンどもは猫の軍門に降ってしまった……つまりこれは餌付けではなく、給与の現物払いなのだ。
あと前世の熊よりも普通に知能レベルが高そうで、有翼人さん達のお手伝いをして、里の外側で材木を運んだり荷車を引いたりしてくれる子もいる。
最初は果物目当てなのかと思ったが、『どうぶつずかん』を読むと、どうもそういうわけでもないらしく……
なんと彼らは有翼人さん達のことを、「同じおかしら(※猫)の下にいるので、姿は違うけど群れのなかま」と認識しはじめていた……マジか。
落星熊さん自身は群れを作らぬのだが、家族単位で暮らしたり、レッパン同士の友人関係は普通にあるようなので……実は第一印象よりも、社会性のある生き物だったようである。
ダンジョン周辺をわざわざ巡回警備していた山の守護者みたいな方もいたし、ここに人との通訳ができる俺がやってきたことで、うまい具合に共存共栄の歯車が噛み合ったのだろう。
そもそも普通の熊よりだいぶでけぇしな……頭も大きいので、脳の容量も大きいと予想できる。魔力を持つ「魔獣」でもあり、前世の熊やレッパンとはやはり違う生き物なのだ。
……同様に、目の前で転がっている「シノ・ビ」のお嬢さん方も、前世の「忍者」とは似て非なる存在なのだろうと俺は察している。
というか、前世の忍者も「歴史上の実像」と「創作上の扱い」に大いなる隔たりがあったわけで……本来、忍者はビームソードとか使わないし、世界各国にそれぞれのお国柄の忍者とかもいないし、ヤクザと抗争したりもしない。忍術と称して大ガマを召喚するというのもおそらくデマである。
都市伝説の猫の忍者? あれはガチ。
思えば二月二十二日は「にゃんにゃんにゃん」で猫の日であると同時に、「ニンニンニン」で忍者の日でもあった。猫と忍者は切っても切れない縁で結ばれているのだ。
シノ・ビの皆さんを巻いていた魔力の簀を解き、俺はテーブルの上に座った。
「あ、兜と鎧は外しちゃってください。ここでは意味ないですし、窮屈でしょうから」
捕らえたシノ・ビの過半数が男の衛兵に扮しているが……実は中身は女性である。見るからに女性! という人は少数で、体や腰に綿を巻いて肩幅、ウェストを誤魔化したり、肌を特殊メイクで男っぽくしたりして、うまく男装しているのだ。
その上で革兜をかぶり、口元も隠しているので――近くで見るとバレるが、遠目にはさほど違和感がない。
どこかから調達したと思しき衛兵用の装備が、ほぼ男性用だったために仕方なく――という事情もありそう。
なので皆様が兜と鎧を外し始めると、村長のワイスさんと村人A氏がびっくり顔に転じた。
「えっ……ぜ、全員、女だったのか?」
「うわあ……うまく化けたもんだ」
感嘆の声に、カエデさんが軽く会釈を返した。
「変装は得意分野です。今回は急な仕事で時間がなかったので、あまり手をかけられませんでしたが……時間があれば、もっと上手く化けられます」
この子も美人さんである……今回捕まえたシノ・ビの中でも、随一の美貌の持ち主。雰囲気は大人びているが、目元は優しげでとても武力Aの達人には見えぬ。
髪色は明るめの紫で、そんなに長くないが今はローポニーテールでまとめている。兜の邪魔にならないようにしたのだろう。普段の髪型はわからぬ。
鍛えているだけあってスタイルは抜群で、身長はリルフィ様より少し高いぐらい。素顔は「忍者」というより「近所のお姉さん」的存在感であるが、これもおそらくは「諜報活動に適した容姿」ということなのだろう。
もちろん美人なので多少は目立つが、「うおっ!? すげぇ美人!?」というより「わぁ……なんかいい感じのひと……」くらいの印象なので、人々に紛れやすそう。
さて、こちらの「シノ・ビ」の部隊は、総勢十七人の見目麗しき乙女達。
カエデさんを含む四人は放送ブースに来ていた。
彼女らが「連れ出し役」で、襲撃役の伏兵がさらに八人いた。
そして残る五名は、拠点に待機していた警護役一人+非戦闘員四人である。
この非戦闘員も、なかなかおもしろそうな人材揃いで……「戦闘」は苦手でも、小道具の製作とか特殊メイクとか作戦の立案とか対外交渉とか、要するに、特殊な「一芸」を持っている方達だ。正直、トマティ商会の経営陣や技術部に招きたいレベルの逸材達である。
追加の椅子も出して全員を座らせ、俺はまず自己紹介をした。
「さて。状況がわからず混乱している方が多いかと思いますが――私はルークと申します! 今日はこっそり、陰ながらトゥリーダ様の護衛をしていました。そこへ貴方達が襲いかかってきたので、こうして捕縛し、捕虜にした次第です。今後の対応も、皆様の態度次第となります」
シノ・ビの皆様は戸惑いながら、カエデさんに視線を向ける。彼女がこの一味のリーダーなのだ。
「……ルーク様。私がこの部隊のまとめ役で、シノ・ビのカエデ・トレントと申します……みんな、抵抗はしないで。私達は負けた。そして本当なら、もうとっくに殺されていて当然なのに……まだ生かされている。ルーク様、その理由をうかがってもよろしいでしょうか」
――やはりこの子は賢い。いや、この子以外もそうなのだが、取り乱したり喚いたりすることなく、この異常な状況下でも努めて冷静であろうとしている。
猫が喋ってもうろたえないし、むしろ「相手が上位存在ならば、この異常な状況にも納得できる」ぐらいの認識か。
「そうですね。聞きたいことはいろいろとあるんですが……まず、貴方達にトゥリーダ様の暗殺を命じた雇い主について、教えてください」
「サクリシアの商人貴族、拡大派のマルガレーテ・ロッテンハイム様です」
すげぇあっさり吐いたな!? いや「じんぶつずかん」の情報通りなのだが、なんか、こう……『依頼人の秘密は絶対厳守!』みたいな精神性はない感じ?
それとも「上位存在に対しては嘘をついても無駄」みたいな開き直りだろうか?
「な、なるほど……あの、参考までにうかがいますが、そういうのって普通、もう少し隠すものでは……?」
カエデさんがきょとんとした。
「そういう約束は特になかったですね……いえ、みだりに漏らす情報でないのは当然ですが、『捕まった後』に関しては、私達は自分自身の保身を優先します。その代わり、雇い主も私達の『救出』に関する責任を持ちません。たとえば、身代金による交換なんて受け付けないでしょうし……私が今告げた事実に関しても、『知らぬ存ぜぬ』ですっとぼけるでしょう。実際、指示の内容を証拠として残すようなヘマはしていませんので、証拠は何もありません。私達は『失敗したら切り捨てられるだけ』の存在ですから、そういうものです」
……お、思った以上にドライだな……? とりあえず、忠誠とかそういう感情で動く人達ではない感じか……?
カエデさんと同年代の女性が小さく挙手した。ちょっと男勝りというか、目つきが険しくて気の強そうな子である。
「少し補足させてください。カエデが言ったのは『里を出た雇われのシノ・ビ』の場合です。カーゼル王国で各貴族と密接に結びついているシノ・ビは、それぞれの里や流派ごとに、また違ったルールがありますので……『里を守るために、拷問されても情報は吐かない』なんて人達もいます。ただ私達の中には、そういうのが苦手で国を出た子もいますし……あと、カエデが即座に喋ったのは、『私達全員が、もうこの場にいる』からです。向こうにまだ他の仲間が残っていたら、その撤退時間を稼ぐ意味でも、情報を漏らすかどうか多少は迷ったと思います」
なるほど……俺が全員一斉に捕まえたからこそ、「相手がヤバすぎる」と開き直れた面もある、ということか。
「わかりました。話が早そうなのは何よりです。そのマルガレーテという人については、また後で、詳しくうかがいます。ここからが本題なのですが……皆さん、シノ・ビから足を洗う気とかないです?」
俺のそんな質問に、みんなきょとんとしてしまった。
一行の中でも若そうなシノ・ビのお嬢さんが、おずおずと問いかける。
「……えっと……あの……私達、捕まったんですよね……? 足を洗うも何も、この後は刑務所とか収容所とか刑罰とか……あるいは助命する代わりに下僕扱いとかでは……?」
この子は十四才……いや、その年でこの稼業は厳しいでしょ……ポルカちゃん達と同い年ですやん……
「うーん。実はですね。皆さんを助命した理由なのですが……早い話、人手不足でして」
「……はい?」
やはり猫の口から飛び出すには、「人手不足」は少々不適切な単語だったか……これはつまり猫さんが「猫の手も借りたい」と発言したようなものであり、「もう持ってるやん」とツッコまれてもやむなしなのだ。
しかしながらこの子達、今後の事業計画を検討していくと、かなり『使える』人材なのは間違いなく……トゥリーダ様を襲った敵ではあるのだが、ぶっちゃけ喉から毛玉が出るほどほしい。
労働要員として確保したはずのシャムラーグさんも今はレッドトマト側のスタッフとして派遣しているし、予定より早く国家間の交易すら軌道に乗ってしまいそうな状況なので……今のうちに優秀な社員の頭数を揃えたい。
特に、その……メテオラの生活資金は、トマト様の収益とはまた別枠で、有翼人さん達に稼ぎ出してもらう必要があるので……そのための「商材」はすでにあるものの、高価格帯商品になりそうなため、いずれは「盗賊を圧倒できるだけの武力を持つ輸送隊」が必要なのだ。
「……そうですね。説明の前に、まずはこれを食べていただいたほうがいいでしょう」
俺はストレージキャットさんの中で手早く「あるスイーツ」を錬成し、お皿に載せて順次取り出した。
ワイスさん達が、これをそれぞれの前に並べてくれる。もちろんソレッタちゃんの分もあるよ!
部屋に漂うは、強烈なまでの甘く芳醇な香り――
その匂いだけで、シノ・ビの皆様が大きく動揺し、幾人かは驚きすぎて震え始めた。
「……こちらは私の経営する商会で、数年以内に出荷を開始する予定の……『メープルシロップ』という甘味料を用いたワッフルです」
バニラアイスやソフトクリームはあえて載せぬ。寒い日に暖かい部屋で食べるアイスは至高のものではあるのだが、今回は「メープルシロップ」というのがいかなるものなのか、それをしっかりと味わって欲しい。一人二枚ずつ用意したので満足感も得られると思う。
……とはいえメテオラのメープルシロップはまだ収穫前なので、シロップそのものは前世由来なのだが……あと実は「メープルシュガー」(メープルシロップから水分を飛ばした粉末)とか、りんご由来の香料、たっぷりの発酵バターなども使用しており、この甘い香りはむしろそっちの影響が強い。メープルシロップのみだと、そんなに強い香りは出ないのだ……
いずれにしても「そのうち、こっちの原料のみで再現できる予定のスイーツ」ではあるので、カエデさん達への詳しい説明は後日で良かろう。
「フォークはご用意してますが、手づかみでも食べやすいお菓子です。紙ナプキンもありますので、お好きな食べ方でぜひ!」
お手本を示すべく、俺も肉球でワッフルを掴み、シロップをこぼさぬよう水平にしてかぶりつく。猫の体だと普通サイズのワッフルも顔ぐらいの大きさになるため、でっかく感じられてお得である。
……実際でかい? で、でも食べきりサイズ(建前)だから……
§
これは、なに?
未知の食べ物を目にして、カエデ達は混乱の極みにあった。
いや、見た目に驚いたわけではない。整った格子状の形は少し珍しいが、色合いからして小麦を加工した焼き菓子なのはわかる。
どちらかといえば素朴な雰囲気で、果物や木の実などが入っているわけでもなく、その意味では決して贅沢品には見えない。
ただ、そこにたっぷりとかけられた琥珀色に輝く美しいシロップが、少々異質な存在感を放っている。
そして何よりインパクトがあるのは――まるで味をともないそうなまでに甘い、この香り。
知らない香りのはずなのに、「ぜったいに、ものすごく、あまい」とわかる。こんなにも甘い香りのする焼き菓子を、カエデ達は知らない。パンや肉の焼ける匂いとは明確に違う。
木製のフォークで突き刺すのは逆に無作法に思えて、紙ナプキン越しにそっと指先でつまむ。
指先に伝わるのは焼き立ての温かさ。
そして動かしたことで湯気が動き、さらに強烈な香りが鼻腔へ流れてきた。
仲間達も皆、目の前の焼き菓子を凝視し固まっている。
猫が美味しそうにそれをかじりはじめてから、ようやく――
皆がそれぞれ、仲間達の様子をうかがいながら、同じように菓子を口元へ運んだ。
その瞬間の衝撃を、カエデは生涯、忘れないだろう。
「甘い」という言葉の概念すら変えてしまいそうな、圧倒的な甘みと芳香――
果物や水飴とはまた異質な、香ばしく濃厚な風味が口いっぱいに広がり、そのまま全身を包み込まれる。
仲間達もそこかしこで硬直し――中には意味もなく、ぽろぽろと涙をこぼしている者までいた。「美味しすぎて感涙する」という現象が実際に起き得ることを、カエデは初めて知った。
キジトラ柄の猫が、自らも菓子をぱくつきながら、幼女ソレッタの膝上で微笑む。
「やっぱりワッフルは焼き立てが一番美味しいですねぇ。さすがにこのレベルのものをいきなり流通にのせるのは難しいのですが……シロップに関しては、可能ならば今年から試験販売をはじめ、数年以内に王侯貴族向けの高級な特産品として販売したいのです。気候条件に縛られる製品なので、大量生産が難しく、高級路線にはならざるを得ないのですが……問題は、これを輸送する人員でして」
菓子に夢中な仲間達を代表して、カエデはちゃんと耳を傾ける。が、正直、要点ぐらいしか頭に入ってこない。
「なにせ高級品になりますから、そのうち盗賊などに狙われる可能性が高いのです。このメープルシロップは、一年に一回、ほんの一、二週間しか収穫できません。王都への輸送も一年に一回で充分なので、そのたびに傭兵を雇うという案もあったのですが……その傭兵が裏切らないという保証もありませんし、私としては武力に長けた社員を確保した上で、普段はその他の農業に従事してもらいつつ、閑散期にシロップの輸送もやってもらいたいのです。あとシロップだけでなく、魔道具の材料となる『琥珀』などの輸送も一緒にお願いすることになるので……なおさら、信頼のおける人材が必要でして」
猫は「信頼」と口にした。
カエデは首を傾げてしまう。
「……あの。暗殺未遂をやらかした襲撃犯に、『信頼』できる要素ってあんまりないような気がするのですが……?」
猫がぱちくりとまばたきをした。
「……あれ? カエデさん、猫好きですよね?」
「……………………もちろん好きですけど、それもあまり、関連がないような……?」
「えっ」
猫がフレーメン反応をする。
「いやいや。おかしいです。だって猫好きさんが猫を裏切るわけないじゃないですか!」
「あっ。信頼感ってそういう……」
その通りではあるのだが、とうの猫から言われてしまうと釈然としない。
ただ、他にも聞きたいことは山程ある。
「あの……実はまだ状況がよくわかっていないのですが、ルーク様は、もしかして……商売をされているのですか?」
猫が胸を張った。冬毛なのでモフい。
「僭越ながら社長です! トマティ商会という商会を経営しております!」
「社長……えっ。社長? 豊穣神様なんですよね?」
「それは周囲の方々が勝手に言っているだけでして、私自身は一介の猫さんのつもりでおります」
無理がある。どう考えてもそれは無理がある。そもそも一介の猫が社長をやっているのも充分におかしい。
疑問は次から次へと湧いてくる。
「輸送のための人員を必要としている、とのことですが……年に一度くらいの出荷なら、私達をここへ転移させたように、ルーク様のお力で安全に運べるのでは……?」
「可能ではありますが、私は表向き、存在と関与を隠していまして……商会として、周囲から見てあまりに不自然な動きは避けたいのです。そもそも私一匹がいなくなった瞬間に業務が滞るような組織は不健全でしょう。緊急時には動くつもりですが、日々の業務はなるべく、社員の皆様だけで回していけるように環境を整えていく必要があります」
……猫なのに思慮深い。たぶんカーゼル王国の貴族達よりしっかりしている。
だからこそ余計に、先程の『ラズール学園』における介入が気になった。
「……社長として商売をされているはずのルーク様が……どうしてホルト皇国のラズール学園にいて、私達の襲撃への対処をされたのですか……?」
「トゥリーダ様は私の大切なお友達なのです。それに私の飼い主が今、ラズール学園に留学中でして――あ、ちょうどいいのでご紹介しますね!」
猫が幼女の膝から飛び降りつつ、爪で空中に線を引く。
そこに木製の扉が現れ――
しゃなりと歩み出てきた銀髪の美しい少女は、何故かやや呆れ顔だった。
来週は「この光景を見守るリルフィ達の会話」をさかのぼって掲載予定なので、時間軸は進みません m(_ _;)m
「単行本時の余録に回すかなぁ」とも思っていた話なのですが、「カーゼル王国における男女の扱い」に関する疑問が感想に寄せられていたので、その内情も早めに開示しておきます。
具体的には「男女比が狂ったディストピア」三歩手前みたいな状況ですが、人外の存在による加護(?)があるので国力自体は割と高め、という……




