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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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233・雪山の恐怖! 囚われのシノ・ビ!


 カエデ・トレントは、カーゼル王国の特殊部隊「シノ・ビ」の出身である。


 このシノ・ビは単一の部隊名ではない。王侯貴族のそれぞれが持つ「◯◯騎士団」と同じような立ち位置であり、「それぞれの家に仕える諜報部隊」がみな、共通して「シノ・ビ」と呼ばれている。


 たとえばカーゼル王家直属のシノ・ビ「ガーディアンズ(御庭番)」は騎士団以上の高待遇を得ているし、かつてカエデが所属していた「クリムゾン・リバー(紅河)」も一侯爵家の私設部隊として長く活動してきた。


 そもそも「シノ・ビ」という兵種は、かつて国を立て直した「救国の軍師・キリシマ」が組織した特殊部隊がモデルとなっている。

 その有用性から各家がこぞって常設を進めた結果、伯爵家以上の家には大抵、数十人規模のシノ・ビ集団がいるのが当たり前となったが……近年、なんやかんやで「取り潰された家」に属していたシノ・ビが失職したり、人件費の節減に伴う人員整理で放逐される例が出てきた。


 腕利きならば他家に仕官するという道もあるものの、他家には他家の部隊があるし、流儀や仕事の進め方も違う。

 そもそも世襲制で生まれた時から技術を仕込まれるため、個人技に特化した一族、集団戦法に特化した一族など、個性の違いも意外に大きい。


 あまりに流儀が違うと、元からいるシノ・ビ達との軋轢あつれきも生まれるし――過去の任務を通して敵対していた場合には、扱いが酷くなりがちという世知辛い事情もある。要するに「使い捨て要員」としての雇用になりやすいのだ。


 もっとも、カエデの場合は放逐されたわけではなく、意にそぐわない縁談――というより『妾になれ』という理不尽な命令を嫌って逃げ出した。

 当初、一緒に逃げ出した仲間は三人しかいなかったが、他家から放逐された者、仕えていた家が取り潰され失業した者など十三名が道中で仲間に加わり、皆で他国の貴族に雇われる道を選んだ。


 ――とはいえ、この転職は少々、失敗だったかもしれない。

 給金はまったく問題なく、むしろ高待遇なのだが……サクリシアの商人貴族は『シノ・ビ』の優秀さこそ知っていたものの、本来の正しい使い方を知らなかったのだ。


 シノ・ビの強みは「情報戦」にある。

 その過程で武力を要求される事態もあるし、護身術は不可欠なため、相応に鍛えてはいるが――「要人の暗殺」などの直接的な武力行使は、本来の仕事ではない。


 能力的にできないことはないが、軍師キリシマの教えとしても、「暗殺はその場しのぎの下策であり、これが横行すると最終的には国益を損なう」とされており、事実、「暗殺には暗殺で対抗する」という流れのせいで、カーゼル王国は一時期、大きく荒れてしまった。


 この時に政治的な混乱から国力を落としてしまい、その隙にホルト皇国やサクリシアが力をつけたため、現在はこの三国がほぼ互角の国力と見なされている。互いに正面から激突していないため、実情は定かでないが……ひとまず周辺各国の認識としては、そういうことになっているのだ。


 つい先年、この強国のラインに武力をもって割り込もうとした「アロケイル王国」が、純血の魔族、ヘンリエッタ・レ・ラスタールによって滅ぼされた。

 親族を殺されたことへの報復というのが最大の理由だが、どうやら「瘴気の兵器利用」もデッドラインの一つだったらしい。


 サクリシアの商人貴族からの指示で、カエデ達はアロケイルが滅亡する前に『不帰の矢』なる新兵器の実物を盗み出していたのだが……これが破滅の原因だったと判明した後、雇い主はその始末に困った。

 魔族の怒りを無視して量産できる類の兵器ではないし、国が滅んだ今となっては、所持しているだけで狙われかねない厄ネタでもある。


 単純に捨ててしまえば良いという思案もあったのだろうが……ちょうどこの時、水蓮会に潜り込ませた内通者から、「一部の跳ねっ返りが、貴族への報復テロを計画している」との情報が入り、皇都ウォルテに滞在中だったカエデ達の雇い主が欲を出した。


『「不帰の矢」を出所不明の物資に紛れ込ませて、水蓮会の下部組織にわざと盗ませる』


『その上で、彼らがそれを報復のために使うよう誘導し、その決起にあわせて、あわよくば皇族のマードック学園長とゲストのトゥリーダを暗殺。罪を水蓮会側にかぶせる』


 そうすれば、魔族の怒りはホルト皇国と水蓮会へ向かう。

 実際、貴族への報復そのものは誰の依頼でもなく水蓮会が自発的にやっていることなので、サクリシアはまったく関係ない。


 トゥリーダの暗殺に関しては疑われるだろうが――水蓮会側の拠点に偽物の計画書を用意したり、自害に見せかけて実行犯を始末したりと、そういった情報関係の工作はシノ・ビの得意分野である。


 もっとも、トゥリーダとマードックの暗殺は「あくまで可能ならば」という前提で、「無理そうなら諦めていい」とも指示されていた。

 今回の目的はあくまで「ホルト皇国に混乱を引き起こすこと」であり、水蓮会の報復行動だけでも、その目論見はある程度まで達成できるはずだったのだ。


 カエデ達の雇い主は、そんな指示をした上でこう言った。


『トゥリーダをここで見逃した場合、レッドトマトは魔族オズワルドからの庇護のもとに、今後数十年は安定した発展をするだろう』


『そうなれば、国境を接するホルト皇国にも利点が多く、いずれネルク王国・レッドトマト商国・ホルト皇国の三国同盟が発足し、サクリシアがその威に屈する日が来るかもしれない』


『そうでなくてもレッドトマトが交易主体の国家運営を模索している以上、大陸中央部に大動脈ができてしまえば、サクリシアが支配する海上交易の利権をも削りかねない。大陸南東の端に位置するサクリシアは、内陸部の経済圏から外される危険性が出てくる』


 ……どれも至極もっともな懸念であり、この点はカエデも否定できなかった。

 現時点で襲撃を行うリスクは極めて大きいものの、放置すればサクリシアの未来にとって、さらに巨大なリスクとなりかねない――そういう話である。


 カエデ個人としては、『どうせなら手を結んで、勝ち馬に乗ってしまえばいいのでは?』とも思うのだが……雇い主は拡大派、つまり「他国の領地を奪い取り、サクリシアの国土をより大きくしよう」という思想性の一派であり、他国の発展を是とはできなかったのだ。


 トゥリーダに手が届く機会というのもそうそうないはずで、その意味では今回が数少ない『好機』だったのは間違いない。

 なにより「成否にかかわらず、他人に罪をかぶせられる」という利点は捨て難い。多少は無理をしてでも賭けたくなった雇い主の欲目は理解できる。


 ――もっとも、その実行犯をさせられるカエデ達としては、こうしたギャンブルにはあまり乗りたくないのが本音だった。指示だから従わざるを得ないが、もしも拒否権があれば断っていたところである。


 そして今日のカエデ達の失着は、「水蓮会が動く」のとほぼ同時に……その成否を完全に見極める前に、自分達も放送ブースへ駆けつけてしまったことだった。


 混乱に乗じる上では、拙速は巧遅こうちに勝ると判断したのだが――

 放送ブースに飛び込んだ彼女達が見たのは、意外にも落ち着いた様子の要人達と、それ以上にやたらと冷静な護衛達の姿だった。


 まるで「ここは安全で、すべて解決済み」と確信しているかのような有り様で――しかも対応に立ったモブっぽい兵士には、あっさりと自分達の正体を見破られた。


 相手側の難敵は「宮廷魔導師スイール」ぐらいで、彼女を引き離すための伏兵までひそませたのだが……その策すらも完全に見破られ、さらに「見覚えのある赤いシノ・ビ装束」をまとった奇妙な猫が出てきた時……彼女は思わず、死を覚悟したのだ。


 赤はヤバい。赤いシノ・ビは本当にヤバい。

 軍師キリシマが決めたシノ・ビ装束の色は、夜用の濃紺、山野用の迷彩、式典用の白といろいろあるが、基本的には「位や序列」ではなく「用途や所属」によって決まる。

 だが、「赤」だけは特別で――「個人として極めて強いシノ・ビ」だけしか着ることを許されないエースの色なのだ。

 通常のシノ・ビの三倍ぐらい強くなければ、その領域には至れない。


 相手は猫(のような小動物)だったので、装束の色にも特に意味はなかったのかもしれない。

 だが、長年の習性によって根付いた警戒色と見慣れたデザインは、異国のこの地においても彼女達の足をすくませた。


 攻撃か、逃亡か――

 足を止めて判断に迷ったのはごく一瞬だったが、その一瞬で視界が暗転した。


 気づけばその身は、雪の積もった見知らぬ山中にあった。

 シノ・ビたるカエデ達も、ある程度の耐寒訓練は受けていたが……今回は『衛兵』に扮していた関係で、もちろんまともな冬支度などしていない。今日の皇都ウォルテは小春日和で暖かったのに、いきなり雪の山中に鎧着用で放り出されたのだ。


 これは死ぬ。

 最低限の携帯食すらなく、低体温症待ったなしである。

 体はいつの間にか、魔力で構成された奇妙なシートにくるまれており、手足の自由もきかない。関節を外して無理矢理逃げようにも、衛兵の鎧が邪魔である。

 また、体をくるむシートには魔法の発動を阻害する機能まであるようで、魔法が一切使えない。体内魔力の制御すら難しく、早い話、まともに力が入らない。

 移動、焚き火、雪洞の製作……いずれも不可能である。

 詰んだ。


 仲間達も思考は同じはずで、呆然としつつも恐怖を隠せていない。


「カエデ……まずいわよ、これ」

「まさか転移魔法ってやつですか……? あの場に魔族が?」

「さっむ……! うわぁ、雪……?」


 入手した衛兵用装備の多くが男用だったため、他の三人はうまく男装しているが……実のところ、カエデの仲間には女しかいない。

 これはカーゼル王国の特殊事情に依る。

 民族的な特性なのか、地理的な影響なのか、上位存在からの加護や契約によるものなのか、原因はまったく不明だが――カーゼル王国では男子の出生率が「およそ二割程度」とやけに低い。

 ゆえに一夫多妻が制度として根付いており、健康な男性ならば三人程度の妻がいる。


 カエデ達が国を出たのも、「素敵な異性との出会い」を夢見た面がないわけでもない。

 ……いや、シノ・ビはリアリストだし、そもそも諸国の事情にも詳しいため、そう簡単な話でないことは重々承知していたが……とりあえず母国には「男性の数自体が少ない」という致命的問題があった。


 そして国を出て、雇い主を間違えた結果――このザマである。


 カエデはせめてもの気休めとばかりに、希望的観測を口にする。


「とりあえず、私達がどこかへ移動させられたのは間違いないとして……この拘束が、いつまでも続くとは思えない。術者の気配はないし、込められた魔力が尽き次第、いずれ解けると思う。雪を溶かせば水は作れるし、幸い、植生の豊かそうな森だから、シカとかイノシシぐらいなら……」


 考えを整理する意味も込めて、努めて冷静に話していると――

 不意に正面の仲間が、「ヒッ」と息を詰まらせた。


「カ、カエデ。静かに。ぜったいに悲鳴とかあげないでね? 後ろ……後ろ……」


 簀巻きのまま、ゆっくり頭だけを巡らせると――

 そこには、見たことのない毛並みの、巨大な「熊」がいた。

 体長はおそらく4メートル近い。

 頭部の毛並みは概ね茶色だが、頬や鼻先、目のあたりは雪のように白く、その境目がくっきりとしている。

 前足や腹の毛は真っ黒で、ここはいかにも「熊」らしい。


 雪山で冬眠していない上に、この巨体――ほぼ間違いなく、相応の魔力を持った「魔獣」である。仮に体が動く状態でも、勝てるかどうかわからない。

 

 カエデは声を失い、この寒さの中でなお、冷や汗をかいた。


 仲間も声を殺し、ほぼ読唇術ぎりぎりの小声で会話をする。


『ほ、本で見たことあります……あれ、「落星熊メテオベアー」っていう種の魔獣じゃないかと……生息域は憶えてないですが、南方にはいないはずですから……ここ、きっと、大陸の中部から北部付近ですかね……』


『……で、強いの? 意外とおとなしくて、心優しい性格だったりしない……?』


『――人間ごときじゃ太刀打ちできない、最強格の魔獣の一種です……そもそも矢とか刃物がまともに刺さらず跳ね返されるそうで……一匹で軍隊を壊滅させた、なんて記録もあるとか――』


 いよいよ詰んだ。

 野生の熊に食べられるなどという死に方は、本当に勘弁してほしい。が、これはもうどうにもならない。


「……位置的に、私からよね……みんな、ごめん……見苦しい悲鳴とかあげるかもしれないけど、なるべく声ださないようにするから……目、つぶってて――」


 所詮はシノ・ビ……任務の最中に命を落とすことは、往々にしてある。

 とはいえ想定していたのは矢傷や刀傷による死であり、こんなどことも知れない山奥で、野生の獣に食われる羽目になるなどとは想定外だった。

 腕さえ動けばいっそ自害したいほどだったが、拘束された四肢はまったく動かない。


 やがて獣の鋭く黒い爪が、体の上に伸びてきて――


 そのままひょいっと、カエデの身を持ち上げた。

 食われる、と思ったのは一瞬のことで、ややゴワついた温かな毛並みに埋もれるようにして抱え込まれる。


 めっちゃぬくい。


 落星熊はそのまま、カエデ以外の仲間達も次々に両腕(※前足)で抱え込み、そのまま二足歩行でのっしのっしと歩き出した。


「え。え。何これ……どういうこと……?」


「き、きっとアレですよ。巣に持ち帰って、子熊の餌にする気なんです……!」


 それも有り得そうな話ではあるが……抱え方が割と丁寧なので、ちょっと大事に扱われているような気がしないでもない。気のせいだとは思う。


 やがて落星熊が歩みを止めた。

 一行の前には、石造りの砦のような建物がある。

 

 さほど古いものではないが、人の気配はない。戦闘用の砦ではなく、物資の中継地、あるいは見張りなどが滞在するための拠点に見えた。

 落星熊はその拠点の入口付近にカエデ達を寝かせると、自らはそこに寄り添うようにして、のっそりと身を丸めた。


 防風、防雪の壁になってくれている。ほんのりと体温も放射されて、割と暖かい。


 ことここに至って、「餌扱いではないらしい」とカエデ達も希望を持つ。


「……もしかしてこの熊、ここの砦で飼われているのかしら……? 人は不在みたいだけど」


「人に懐くんですか……? こんな大きいのが……?」


「……よく見ると愛嬌あってかわいくない? 普通の熊とは体型も違うし」


「確かに、目つきもなんだか優しそうな気が……毛艶もいいし、たぶん日頃からブラッシングされてますよね、この子?」


 小声で話し合っていると、雪を踏む複数の足音が近づいてきた。


「おや、熊様。運んでくださったのですな。ありがたいことで――こちら、少ないですがどうぞお納めください」


「クルルルル……」


 鳴き声も意外とかわいい。熊っぽくない。


 熊に話しかけていたのは初老の男で、フードつきの暖かそうなコートを着込み、足元には「かんじき」を履いていた。

 熊に差し出したのは籠に盛ったりんごのようで、同行していた女児がそれを一個ずつ、慣れた様子で熊の口へ放り込んでいく。


 人がいたことには安堵したし、先程までと比べたら事態は好転しているのだが……

 今はまだ、カエデ達も困惑が強い。とにかく状況がわからない。


「で、お嬢さんらが、ルーク様から連絡のあった人達か……とりあえず中にいれるが、暴れんでくれよ? もうじきルーク様もいらっしゃるから、くれぐれも失礼のないようにな」


 声音は優しげだが、少しばかり呆れたような響きもあった。

 カエデは仲間達を代表して口を開く。


「あの、貴方は……?」


「メテオラの村長むらおさ、ワイスだ。あんたらのことは軽くしか聞いてないんだが……ホルト皇国でトゥリーダ様に、なんかやらかしたんだって? 俺らに声をかけたってことは、ルーク様もそんなに怒ってはいないんだろうが……これ以上、怒らせんように、大人しくしておくことを勧めるよ」


「あの、その、ルーク様というのは……?」


 仲間の一人が追加で問う。現時点で判明している魔族の中に、該当する名前はないが……偽名という可能性は残る。


「ルーク様は豊穣神様だ。尊き猫のお姿をされている」


 ワイスという男は、カエデをごろごろと転がして砦の中へいれた。

 別の男がその脇を通り過ぎて、薄暗い室内に照明をつける。魔導ランタン――そこそこ高価な魔道具であり、こんな山奥の砦などにあるのは珍しい。


(豊穣神……? 尊き猫? ……信仰の対象?)


 見れば室内の壁際にも、丸々と太った猫の石像があった。キジトラ柄である。神にしてはやたらと愛くるしいが、石なのにふわふわしてそうな見た目で、実によくできている。私室に飾りたい。


 その両脇には、カエデ達をまとめて運んできた熊の石像も従者のように並んでいる。サイズとしては熊のほうがほんの少し大きいのだが……彫りの繊細さと丸みでは猫が勝っており、どちらが主なのかは一見して明らかだった。


 部屋はちょっとした酒場程度の広さがあり、丸いテーブルと椅子が複数、用意されていた。転がされた床は不思議とじんわり暖かく、外よりもだいぶ快適である。

 正面には窓口、受付、あるいはバーカウンター的な接客用と思しき設備もある。ヒントになりそうな物品が何もないため、改装中、もしくは引越し前という印象が強い。


 仲間達も次々と暖かい室内に転がされ、とりあえず凍死の危険性は遠ざかった。


 落星熊にりんごをあげ終えた幼女も入ってきて、扉を閉める。熊のほうは山奥へのっそのっそと歩み去った。尻尾も太くてかわいい。


「ソレッタ、ルーク様はじきにいらっしゃると思うが、おとなしくしておけよ?」


「うん」


 口調はやや舌っ足らずだが、子供の割に受け答えはしっかりしていた。

 ソレッタと呼ばれた幼女は、コートの内側から猫のぬいぐるみを取り出し――部屋の中に放す。


「なーん」


 猫の『ぬいぐるみ』が、とことことカエデ達の間を歩き回った後、カエデの背中に乗って香箱座りをキメた。

 重さは間違いなくぬいぐるみであり、とても軽い。


 あっけにとられて言葉も出ないカエデをよそに、幼女はすぐ側にかわいらしくしゃがみこんだ。


「……おねえちゃんたち、ルークさまになにかしたの……?」


 圧。


 何故かはわからないが……すぐそばに座った年端もいかない幼女から、極めて強く、そして不可解な威圧感を覚えた。


 カエデの代わりに仲間が応じる。


「そ、そのルーク様っていう方には、心当たりがまったくなくて……ていうか私達、どうして自分がこんなところにいるのかすら、よくわかってないんだけど……さっき、『豊穣神で猫』って言ってたわよね? 貴方達が信仰する神獣様ってことかしら?」


 ソレッタという幼女が、しばし黙考した。


「…………ルークさまはね。あたたかくて、やわらかくて、とってもかわいいの。それから、やさしくて、ふわふわで、けづやがよくて、あと、わーかほりっくで……」


 意味のわからない表現も混ざったが、どうも実際に猫らしい。


「おねえちゃんは……ねこさんすき?」


 幼女はカエデを、じっっっっっ………………と見ている。


 圧がすごい。質問というより尋問されているような感覚に震えながら、カエデは頷く。


「ま、まぁ、好きではあるけど……昔は飼ってたし……」


 元々は半分野良のような立ち位置の猫だったため、「飼っていた」というよりは「同居していた」という感覚のほうが強いが、餌やトイレの世話はちゃんとしていた。だいぶ高齢だったため、カエデがまだ少女の頃に老衰で亡くなってしまったが……


 幼女の目がキラッとした。気のせいかもしれない。


「どんなねこさんを飼ってたの?」


「どんな、って……普通の三毛猫かな。ちょっと白毛の部分が多めだったけど、ふてぶてしくて貫禄があって……私が物心ついた頃にはもうおばあちゃんだったから、基本的にずっと寝てる感じだったよ」


 相手が幼い子供だけに、カエデの声も自然と優しくなった。


「ふーん……ルークさまはね、あんまり寝なくて……とってもはたらきものなの」


「……猫よね? その神様、本当に猫なのよね?」


 猫のイメージからかけ離れた単語が出てきたことに、少しばかり動揺してしまう。


「おねえちゃんのねこさんは、おかしとかたべものとか、だしてくれた?」


「……えっと、ネズミとかをとってくるとかじゃなくて……? いや、うちの子はもう年だったから、そういうのも特になかったけど……」


「立って歩いたり、おはなししたりは?」


「もしかして猫又の話してる?」


 世界の一部の地域には「年経た猫は尻尾が二股の化け猫になる」という伝承があるらしい。見たことはないし、あくまで迷信である。


 幼女は「猫又」という単語は初めて聞いたようで、興味をひかれたように身を乗り出した。


「ねこまたさんはしゃべれるの? もしかしてルークさまのおともだち?」


「……ど、どうかなぁ……?」


 困って苦笑していると――酒場のようなこの空間に、何の前触れもなく、茶色い大きな箱がいくつも床をすり抜け飛び出してきた。


 その数は十数個――それぞれが人間一人とほぼ同サイズで、だからこそ非常に嫌な予感がする。


 カエデ達がビクリと反応するのとほぼ同時に、それらの茶色い箱が見えない力に梱包を解かれ消えていき――中から出てきたのは、簀巻きにされたよく知る仲間達だった。

 伏兵として学園内に待機していた者達……だけではない。

 拠点で留守番をしていた非戦闘員まで含め、全員がこの場に揃ってしまっている。まさに「一網打尽」だった。


「やー、遅くなりましてすみません! 伏兵の皆さんはすぐにマークできたのですが、拠点のほうを見つけるのに少し手間取りまして……あ、ワイスさんもわざわざご対応ありがとうございます! 送った後で、『そういえばこっちは雪が積もってた!』と思い出してしまって」


 丁寧な、はきはきとした青年か少年のような声が、床に近い位置から響き渡った。


「いえいえ、なんも。お嬢さん方もおとなしいもんでしたよ」


 村長が嬉しそうに応じ、幼女がとてとてとその声の側に駆け寄る。

 新たに送られてきた仲間達の中から、幼女に抱え上げられたのは……キジトラ柄の、丸々とした「猫」だった。


 これが「豊穣神」ルークと「シノ・ビ」たるカエデ達の、記念すべきファーストコンタクトであり――予想だにせぬ新たな人生の、幕開けとなるのだった。


あけましておめでとうございます。今年もよしなにー。


……ところで年末年始が予想以上にあっという間すぎて「ヒッ……!?」ってなってます。

振り返れば年末年始、まともに見た特番がMX(とyoutube)の「呪怨・劇場版/本物のお坊さんと見るウォッチパーティ、人が亡くなったら即読経!」だけだったのであまり年越した感がありません。

そしてRTAinJAPANはこれから数ヶ月かけてちまちま見る予定なので「俺の年越しはこれからだ!」と強弁しても許されそうな気がします。

……この理論だと年が明けるのは……6月ぐらい……?(遠い目)


それでは、今年が皆様にとって良いお年でありますように!

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― 新着の感想 ―
この作品は血生臭いシーンが少ないけど、サクリシアの商人貴族は見せしめも兼ねて、惨たらしく処していいと思う。
ザ〇トのエースカラーじゃなくてシ〇ア専用機の方だったw それなら3倍強くないとダメなのも納得w
>ガーディアンズ 御庭番の翻訳としてはちょい妙だな…と思ってたけど 「ガーデン」にかけてるのかな
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