24・猫の優雅な夜食タイム
ルークさん、基本的にお酒はあまり飲まない。
俺が「一杯やる」と言う時は、カル○スとかコ○ラとか純○みかんとか、いわゆる清涼飲料水の類である。
これをちびちびと飲みながら、酒のつまみ的な珍味をもぐもぐする。
これはこれで至福の時である。
誰にも邪魔されず、自由で……なんというか、救われてなきゃあダメな瞬間である。
独りで、静かで、豊かで……気分はアームロック。
さて、本日の俺の前に並んだつまみは、
さきイカ。
チーズ鱈。
柿の種。
胡椒の利いたプレッツェル。
贅沢である。
これらのつまみとともにカル○スを味わう。
うめぇなぁ、カル○ス……このわざとらしい乳酸菌の味!(※乳酸菌です)
前世ではお腹の調子まで整えてくれる心強い味方であった。
なお、本物の猫にさきイカなんて与えてはいけない。消化不良を起こしやすい上に塩分も多く、腎臓に多大な負担をかけてしまう。
しかしルークさんは全属性耐性もち。チョコもイケたしタマネギもイケた。もはや(食い物関係に限っては)怖いものはない!
超越猫さんに感謝である。アカシック接続されたら困るので両手は合わせない。
俺は今、敷地内のだだっ広い牧草地に“ストーンキャット”を召喚し、その背に木製のお皿やコップを広げ、のんびりとくつろいでいた。
頭上には大きな大きなお月さま。
真っ白く、表面がつるんとした「一の月」。
これが出ている間は、夜でもびっくりするほど明るい。
なにせ見上げれば視界のほとんどを占める大きさであり、凝視していると眩しいほどだ。
月見酒ならぬ月見カル○ス、なかなか風流である。
たまに鳥が横切ったりすると、その影がとても目立つ。
その鳥がなんか変な形だったりすると、余計に目立つ。
羽が大きいくらいなら、まあわかる。
くちばしがでっかいやつ。これも別にいい。
蛇のよーに細長くて羽が六対。もはやバケモノだが、こっちの世界にはそういうのもいるのだろう。
……珍しいどーぶつだったらアレだし、明日になったらリルフィ様に聞いてみよう。
そんな諸々を見送って、さて、そろそろ切り上げるかと思った矢先……へんなものが見えた。
眩しい月の下側から中央付近に向かって、蝙蝠のよーな羽を持った“人間”の影が上昇し――そのまま、だんだんとこちらへ近づいてくる。
俺は咄嗟に対応を練った。
「…………にゃーん」
その場で丸くなり、寝たフリを開始。
俺は猫、ただの猫……起きたら毛繕いをする……
バサッバサッ、と羽ばたきの音が近づき――
「……あの……すみません」
育ちの良さそうな、少年の声がした。
美声である。
ちょっと無視するのが申し訳なくなり、俺は片目を開けてチラリと見た。
……美少年! 黒髪! 耽美! 肌白っ!
白いブラウスに黒い上着と黒いズボン。いずれも仕立ては上質で、明らかに貴族っぽい。
――警戒して、まだ声は発さない。
「猫さん……カイト様ですよね? 僕は魔族のウィルヘルム・ラ・コルトーナと申します。コルトーナ家の第三子です」
ほんみょうをしられている……だと……!?
若干ビクつきそうになるのを堪え、俺は狸寝入りを諦めて眼を擦り、ゆっくりと顔を上げた。
名乗られて返さないのはさすがに非礼である。
「はじめまして……えと、カイトというのは昔の名でして、今はルークと名乗っております。ぜひルークとお呼びください。ウィルヘルム様とおっしゃいましたか。何の御用でこちらへ?」
美少年の顔がぱあっと輝いた。
「すごい! 本当に喋る猫だ! アルカイン様みたいな……!」
誰だそれ。いるのか。俺以外にも喋る猫いるのか!?
「えっと……アルカイン様とゆーのは……?」
「あっ。す、すみません! 故郷の伝承に出てくる、猫の姿の英雄なんです。お供を率いて異世界から現れ、邪神を封じて再び元の世界にお戻りになられたという……僕もお会いしたことはないのですが、当時、一緒に戦われた師匠が、よくお話をしてくれるもので、つい……」
そういえば……ライゼー様も最初にお会いした時、「西の方の伝承に、猫の英雄がいる」的なことを言っていたよーな気がする。やっぱ実在したのか。
……そして「当時一緒に戦った師匠」って、どう考えても数百歳とか数千歳とかそういう系統の人だと思われるわけだが、その人も魔族なのだろーか。
魔族のウィルヘルム君は俺の前で膝をつき、深く一礼をした。こちらはストーンキャットの上にいるので、自然と見下ろす感じになってしまう。
「ルーク様。唐突な来訪をお許しください。実は“風の精霊”様からの御紹介で、こちらにまいりました。話を聞いていただけますか」
風向きが変わった!
風の精霊さんは俺の大恩人である。
別れ際、「何か役に立てることがあったら声をかけて」ともお伝えした。
ウィルヘルム君の言葉が事実だとしたら、俺はこの約束を違えるわけにはいかない。
「風の精霊さんから!? うかがいます。どんなお話でしょう?」
俺はストーンキャットから飛び降り、少年の顔を見上げた。
近くで見るとガチの美少年である。
雰囲気にはちょっと陰があるものの、優しげで儚げで、とても危険な魔族とは思……あ、でも「魔族+貴族」とかだと、こういう属性のキャラは割といたような気もする! 主に乙女ゲーとか少女漫画とかそっちの界隈で。しかし生憎と守備範囲外だったので詳しくはない。
俺はウィルヘルム君をストーンキャットの上に導き、並んで座った。
「お口に合うかどうかわかりませんが、よかったら適当につまんでください。ちょっと辛いものもありますが、飲み物は甘いです」
「は、はい……ありがとうございます」
カル○スとおつまみ各種。リルフィ様が起きていらした時に備えて、予備のコップも一応ある。
ウィルヘルム君にはどれも見慣れない品のようだったが、プレッツェルは見た目の近いお菓子がこちらの世界にもある。が、胡椒はないので、味は初体験のはず。
「それにしても、よく私がカイトだとわかりましたね? 見た目はただの猫なのに」
「大まかな場所は精霊様から聞いていましたし、その……この岩の猫から、ものすごい密度の魔力を感じました。それで“もしや”と思いまして――」
このストーンキャットさん、やはり相当目立つらしい……ステラちゃんも怯えていたが、魔力感知的なものに引っかかりやすいのだろうか。俺にはわからんので、ちょっと気をつけたい。
「なるほど。それで、お話というのは?」
「はい。実は、僕の妹が……転移魔法を応用した“門”の調整中に、事故で迷子になってしまったのです。このあたりの地域にいるはずなのですが、魔力の弱い子なので、探しようがなく困っておりまして……山の中で風の精霊様に相談したところ、ルーク様に手伝っていただくよう、助言を受けました」
ほう。この子、風の精霊さんと仲良しなのか。
「ははあ、迷子ですか……その子って、風の精霊さんには探せないんですか? 捜し人とか得意そうなイメージなんですが」
「上位の精霊は、人を見分けるのが苦手なのです。だから“称号”が重要になります。彼女達は、人を識別する際に“称号”を見るので……称号を持たない者は、十把一絡げに“人”や“猫”としか認識されません。ルーク様は、“風精霊の祝福”以外にも称号をお持ちですよね?」
英検三級とうどん打ち名人?
あの称号、俺の世界ではかなりポピュラーなはずだが、こっちではまぁ……あんまりいないだろうな。
あと「奇跡の導き手」とゆーのもあるようなのだが、コレは由来に心当たりがない。よくわからんからスルーしてる。
さて、ウィルヘルム君のお話の続き。
「妹はまだ幼く、魔力も弱く、何も称号を得ていません。ですから……精霊様には、大多数の人間や獣と見分けがつかないのです。蟻の中に紛れた一匹の蟻を探すようなものでして――」
「なるほど。わかりました、微力ながらお手伝いいたします」
軽率?
いやいや、相手が魔族であろうと、風の精霊さんからの紹介ならばどのみち断れない。こちらは既に恩を受けた身、返せる機会を逃してはいけない!
なにより「迷子探し」という事情なら断る理由もなかった。
ウィルヘルム・ラ・コルトーナ君――
俺がこちらの世界で、最初に出会った“魔族”が彼である。
後にして思えば、この出会いは俺にとって幸運だった。
なにしろ、彼は――
魔族の中でも一、二を争う、“良識派”だったのだ。