229・~ねこさんぽ特別編~ 小春日和のラズール学園
(※サブタイトルが紛らわしいのですが、別に特別編ではなく、普通に本編の続きです)
ねこさんぽとは何か?
ルークさんが適当にお散歩するだけの(クラリス様とリルフィ様の間で)大人気のコンテンツである!
今日は特別編ということで、ゲストに新進気鋭の国家元首、トゥリーダ・オルガーノ様をお招きした。
中忍三兄弟さん、中継の準備よろしく!
『『『にゃーん』』』
ガンマイク担当の梅猫さん、カメラ担当の竹猫さん、カチンコと編集担当の松猫さんが揃ってお返事。
彼らの中継スタッフとしての技能も着実に伸びている。いつぞやは会議の光景そっちのけでルークさんのヒゲダンス中継をやらかしてくれたが、まぁ被写体が猫中心になるのはしゃーない。そこはほら、需要と供給のバランスがね?
……ところで忍者要素どこいった?
さて、ねこさんぽ……もとい、本日のトゥリーダ様のラズール学園視察日程であるが。
案内役にはこちらの予定通り、将来「ネルク王国担当外交官」になるベルディナさんが採用された。
オズワルド氏とも縁のあるリスターナ子爵の娘さん、ということで、スイール様の推薦がなくてもこの子が選ばれてただろうな……ってぐらいの既定路線である。
そしてベルディナさんが「案内のサポート役」として選んだのが、新入生のポルカちゃんとマズルカちゃん。実際にはトゥリーダ様からの要請であるが、この事実は伏せられている。
というわけで、双子ちゃんは視察に先駆けて今朝、かつての恩人と念願の再会を果たした。
「パスカルおじさま!」
「おひさしぶりです!」
情熱的なハグ! ……というより、背丈はともかくとして、元気なお子様が左右から飛びついたよーな勢いなのだが、ともあれパスカルさんは大きくなった双子ちゃんに驚きつつも、穏やかに頭を撫でていた。
「いやはや、大きくなられました。もうすっかり一人前のレディですな?」
苦笑まじりなので、「レディなんだから、こんな風に飛びつくのはよろしくない」という控えめな指摘なのだろうが……双子ちゃんはまったく意に介さず、パスカルさんの体へ額をぐりぐり。それは猫の挨拶だな?
「びっくりしたよ! おじさま、レッドトマトの偉い人になったって……!」
「一商人に収まる器ではないと、知ってはいましたが……私もびっくりでした」
「実は私自身も驚いております。半年前の自分に言っても信じないでしょうな」
ポルカちゃん、マズルカちゃんと話すパスカルさんの声は、いつもより柔らかい。
いや、彼はいつも物腰が柔らかいのだが、その笑顔の裏に、どうしても隠しきれぬ切れ者感というか底知れなさが漂いがちで……しかし今のパスカルさんは、どこからどう見ても温厚な紳士である。天真爛漫な双子ちゃんに対しては、彼も任務とか仕事とかを抜きにして気を許しているのだろう。
近況報告とか今までのことを話し始める三人を、微笑ましく眺めつつ――本日の主賓、トゥリーダ様と、案内役のベルディナさんが俺をモフる。にゃーんにゃーん。
「ベルディナさん、せっかくの休日にすみませんが、今日はよろしくお願いしますね」
「いえ、たいへん光栄です! こちらこそよろしくお願いします!」
ベルディナさんは上機嫌である。顔合わせはもう以前に済んでいるので、いまさら緊張はしていない。
昨日の皇国議会において、トゥリーダ様は大活躍であった。
猫カフェから覗いていた面々が「おぉ……」とビビるほど聖女感特盛で、いつもの事務仕事に疲労した限界独身OLトゥリーダ様を間近で支えてきたシャムラーグさんあたりは「……そうなんですよ、やればできちゃうんですよ、あの人……」と、しきりに感心していた。
その後は学園側に移動して、今日の放送のための打ち合わせ――
皇族との晩餐会も無事に乗り切ったが、ちょっとお疲れの様子が見えたので、夜は「キャットセラピー」で熟睡していただいた。猫は癒やし。
で、おそらく今日が、今回の外交における最大のトマト様宣伝チャンス……もとい、レッドトマト商国の広報機会となる。
昨日のうちに『明日はレッドトマト商国のトゥリーダ様が、公開生放送に出演します!』という宣伝放送もしたので、生徒達はもうその話題でもちきりである。
外部からもたくさんのお貴族様達が来るし、入学式に続いて急遽、露店の出店準備を始めた生徒らまでいる。フットワークすごいな……?
とはいえ、ほとんどの店は急すぎて対応できないため、「出店できる少数の露店」の集客率が跳ね上がる、という計算なのだろう。ラズール学園にはそういう露店ガチ勢がそこそこいるようで、昨日のうちに物資の手配をし、今朝はその搬入のための馬車が行き来している。見習いたい商魂である。
「再確認ですが……正面の門から入った後は、外から見えるタイプの馬車に乗り換えていただきます。パレードみたいな派手な式典はありませんが、生徒達からは見られますのでそのおつもりで。馬車にはマードック学園長とスイール様も同乗します」
視察メンバーは、トゥリーダ様が主賓、その補佐にパスカルさんとシャムラーグさん、女官役のシィズさん。ケーナインズの男共は、ヨルダ様と一緒に騎馬で周囲を固める。他にホルト皇国側の衛兵もつく。
ホルト皇国側からの案内役は、マードック学園長とその護衛も兼ねるスイール様、ガイドのベルディナさんと、それを手伝うポルカちゃん、マズルカちゃんだ。
ルークさんは空からついていくが、その他のメンバーは基本的に猫カフェで待機する。
クラリス様とロレンス様ももちろんこちらで……雰囲気としては優雅なお茶会か。
例外はクロード様とオーガス君。
昨日のうちに、「弓術・剣術・槍術系の授業をとっている者は、特段の事情がない限り、校内警備の予備員として参加すること」というお達しが出た。
一方で、サーシャさんやポルカちゃんがとっている「拳闘術」の受講生には、この指示が出ていない。
これはホルト皇国における拳闘術が、あくまで「スポーツ・エクササイズ・護身術」のカテゴリに属するものであり、軍にも「拳闘兵部隊」などが存在しないためである。つまり「弓・剣・槍」といった武器を使用する「兵」に対し、拳闘はあくまで「アスリート」という扱いなのだ。
ついでに、プロのボクシング興行などもこっちには存在しないので……本当に「運動不足解消のためのエクササイズ」&「学生時代だけの部活・競技」的な感覚のようである。
また弓・剣・槍の場合、「部隊単位での戦闘」を想定した訓練があり、集団行動が多めという違いもある。個人技を磨くのはもちろんとして、「命令に従う訓練」も必要で、今回のような「集団での警備行動」は良い機会とみなされるようだ。
というわけでクロード様とオーガス君は仲良くコンビで巡回警備に回され、我々とは別行動になった。放送はちゃんと聞けるらしい。
……ところでクロード様、実は何気に、ちゃんとした同年代の男友達が少ないというか……
幼少期のリーデルハイン領では、疫病の影響で、子持ちのご家庭があらかた他所へ避難してしまっていたので――同世代の子供がサーシャさんぐらいしか身近にいなかった。
さらに士官学校での同室は、見た目が完全に美少女のラン様……彼は男気溢れる美少年でもあるのだが、男装してもやっぱり美少女にしか見えないという逸材だったので、どうしても「……男友達?」というハテナマークを拭えない。
同級生の「お友達」は他にもいたようなのだが、やはり貴族の嫡子という立場も影響し、どうしても「心の友!」的な立ち位置の男子がこれまでいなかった。
ところが異国に来て出会ったオーガス君は、同世代で性格も温和で弓術も達者でさらに伯爵家の嫡子で……と、クロード様の親友として申し分ない御方であった。
高すぎる猫力に少々の不安はあるが、低いよりは全然良い。猫魔法の猫さん達もよく懐いている。だからといって頭の上を定位置にするでない。オーガス君も受け入れなくてよろしい。
なおトゥリーダ様が視察する先としては、魔道具研究会と園芸部、小麦研が選ばれたとのこと。ラズール学園は広すぎるため、下手に手広く見て回ろうとすると数日がかりになる。
これから「農地開発」を進めるレッドトマト商国では農学校の設立も視野にいれており、視察先にもその関連団体が選ばれた。魔道具研究会はスイール様が過去に所属していたらしいので、その御縁もあるかな……
ちなみに「小麦研」というのは「小麦の品種改良と農薬の研究」に特化したラズール学園における名物サークルの一つであり、歴史的にもけっこうな実績があるらしい。
旧レッドワンドで栽培されている「荒れ地に強い小麦」も、実はここから流出したものではないか、という説があるとか……「盗まれた」とかではなく「鳥が運んだ」的な流れかもしれぬし、その後の交雑も起きているだろうし、遺伝子レベルで解析できるような技術はこちらにないので――あくまで「そんなこともあるかも?」的な仮説なのだが、有り得そうな話ではある。
さて、トゥリーダ様達が迎賓館から馬車で出発したところで、ベルディナさん達も猫の宅配魔法でラズール学園・正面口へ移動。
そこには物見高い学生さん達がもう集まっている。新聞記者もいるな?
「公開放送」の開始までにはまだ数時間あるので、さすがに貴族は来ていない。
そして新聞記者達の目的は、「トゥリーダ様の姿を見て、新聞用の似顔絵を描く」こと。なので絵描きさんっぽい人も一緒に連れてきている。
魔光鏡を印画紙代わりにする写真は、高価な上に撮影に時間がかかるため、こういう場では使えない。
つまり新聞媒体で視覚情報を読者へ届けるためには「素早く似顔絵を描写」し、「版木職人へそれを託す」という手順が必要となる。
一応、似顔絵なども複写できるコピー機のよーな魔道具もあるのだが……これは魔導師がいないと使えず、また魔力に反応する特殊な紙も必要でコスト高、しかも印刷時間がそこそこかかるという代物なので、新聞のように大量の枚数を刷る用途では使いにくい。しかし(ほぼ)フルカラーでの印刷すら可能なので、お高めのポスター印刷などにはネルク王国でも広く使われている。
この世界、製紙・印刷・製本技術に関しては、前世と遜色ないどころか、「魔道具」によって別方向の技術進化も起きており、決して馬鹿にできぬのだ。量産速度と精度こそまだ前世に劣るが、ホルト皇国にはなんとロール紙&輪転機まである。
やがてトゥリーダ様達を乗せた馬車が、ラズール学園の要塞じみた外門を通り抜け、学園の敷地内に到達した。
馬車から降りた「救国の聖女」は、優雅な笑顔を振りまきつつ、皆に軽く手を振る。
たちまち周辺の学生達から歓声があがった。
その中に紛れ込んだ中忍三兄弟が、一部の会話をピックアップ!
「うわ、ほんとに若い!?」
「あの人!? 年齢、私らとそんなに変わらないよね!?」
「あー、でもなんかすごい聖女っぽい……後光差してる気がする!」
「……いや、光ってる光ってる。魔力の光漏れてる。アレ、魔導師以外には見えないかもだけど、普通に光ってる」
……うむ。額冠が反応してるっぽいな……猫にもなんとなくわかる。こう、明確に光が出ているわけではないのだが、トゥリーダ様だけガンマ値が少し上がっている感じだ。めっちゃくっきり見える見える……
そのトゥリーダ様は、出迎えた学園長やスイール様達と挨拶をかわし、外からもよく見える屋根のない馬車に乗り込んだ。
ベルディナさんとポルカ・マズルカ嬢もこれに同乗。
左右の警護はパスカルさんとシャムラーグさん、魔導師(※女官役)のシィズさんで、馬車の周囲にはケーナインズとヨルダ様の騎馬が揃い、要人警護としてはもうコレだけで万全なはずだ。
いざという時に魔力障壁を展開できる黒猫魔導部隊も、シィズさんやトゥリーダ様のお膝でくつろいでいる。いい御身分だな?
さらに周辺には、姿を消して随行するサバトラ抜刀隊と白猫聖騎士隊。
抜刀隊は市中巡回の如く威風堂々と練り歩き、聖騎士隊は肉球模様の盾を構え、ホワイトタイガーにまたがっている。トラさんもだいぶディフォルメされているのでネコっぽいが、足のぶっとさでトラとわかる。
上空では俺と一緒にブチ猫航空隊も編隊飛行しているのだが、ジェット噴射ではないので飛行機雲は発生していないし、たぶん誰にもバレてない。オーガス君が「うわぁ……」みたいな顔してたり、手を繋いだポルカ・マズルカ嬢が「ほえー」って顔してるけど、バレてないったらバレてない。生徒の中にも何人か目を擦っている子がいる? 気の所為では?
……俺も念のため、日頃からお昼寝のタイミングで愛用している魔導師っぽい帽子と外套(※安眠グッズ)を装備しておく。多少なりとも毛並みをごまかせるし、ツバが広いので角度によっては顔も隠せる。なにより「正装」っぽくて気合が入るのだ!
……もしかして俺、昼寝するのにも無意識下で気合が必要だったりする……?
こうして傍目にも万全、実質的には過剰な警護を展開してしまったが、今回はヨルダ様の「なんかヤな予感がする」という勘に乗っかった。
ルークさんはかわいいペットなので、野生の勘とかそういうモノをすっかり失ってしまっているのだが……「そもそも最初から持ち合わせていなかった」というツッコミも甘んじて受け入れるが、ヨルダ様の勘なら放置はできぬ。
空から心配する猫をよそに、魔道具研究会、園芸部と順調に視察していくトゥリーダ様。
魔道具研究会からは熱烈な歓迎を受け、園芸部にはトマト様の種をプレゼントした。これは皇家に贈呈したものと同じで、「どうせいずれ広まるから」と開き直った。むしろ試験栽培の実例を増やせるので、ルークさんの負担が減る。
学園に広めることで新たなトマト様料理の芽吹きにつながるかもしれぬし――交易の目玉商品を一つ譲渡する形にはなるが、先日も触れた未来の名著、『トマト様が紡ぐ新たな歴史~世界を変えた至高のお野菜~』のエピソードとしても非常に効果的なイベントなので、ぜひ実績解除しておきたい。
そして小麦研では逆に、トマト様のお礼として、収穫量が多めで更に荒れ地に強そうな新品種の種籾をいただいた。
ホルト皇国の土地は大部分がそもそも豊かなので、もっと収量が多く味の良い品種が普及しており、あまり活躍の機会がなかったらしいのだが……レッドトマト商国への支援としてはとてもありがたい。
台本通りの流れとはいえ、トゥリーダ様も割とガチめに感激して、生徒さん達にしっかりお礼を言っていた。暴発気味な聖女オーラにあてられて、何人か涙ぐんでるな……?
猫カフェで見守っているクラリス様達も何やら盛り上がっているようだが、ルークさんは空からの監視があるので、そちらには参加できていない。竹猫さん経由で音声は聞こえている。
『トゥリーダ様は、本当に立派になられましたね……』と、感慨深げなウェルテル様。
『うーん……あの額冠、そこまで強い魔道具ではないはずなんだが……相性か?』と、不審げなオズワルド氏。
『……レッドワンド時代にも、人を惹きつける才の片鱗はありましたが……まさか短期間でここまで伸びるとは……』と、呆然顔のファルケさん。
うーむ。良い傾向ではあるのだが、トゥリーダ様に無理をさせていないかと、猫はちょっと不安になる……やはり息抜きの機会はご提供したい。折を見て、どっかのリゾート地でバカンスとか、静かな温泉地で静養とか、そういうイベントを企画するべきかもしれぬ。
しかしまぁ、現状のトゥリーダ様の様子には充実感もうかがえるし、相手が「面倒な貴族」とかではないので、割とリラックスできているのはわかる。
対談相手となるマードック学園長も、あんまり「皇族!」っぽくない気さくなおじさんなので、話していても割と楽しそう。
クラリス様とリルフィ様の会話も聞こえてくる。
『リル姉様は、あの学園長さんとお話ししたんだよね?』
『はい……ルークさんも一緒でしたので、言葉に詰まった時はメッセージで助けていただきましたが……温厚で、気遣いのできる方という印象を受けました……私は口下手なので、たどたどしい会話になってしまいましたが……そんな私相手でも、丁寧に対応をしてくださって……』
背景にうっすらと、「ZZZ……」というピタちゃんの寝息も聞こえるな……まぁそれは良い。ねるこはそだつ。
スイール様も学園長に対しては、「皇族なのに偉ぶるのが苦手な人」なんて言っていた。そのせいで諸侯からは少し軽く見られているようなのだが、おそらく彼は「そういう役割」をあえてこなしているのだろう。
威厳を保つのが皇の役目、その補佐をするのが皇弟の役目、平民の声を聞き、気さくに接するのが自分の役目……みたいな、皇族としての役割分担を意識している節がある。
もちろん生来の性格もあろうが、実際に彼の温厚さと気遣いは、トゥリーダ様のような「若い国家元首」との外交において良い効果をもたらしていた。つまりは適材適所である。
そしてお待ちかねの『公開生放送』が始まった。
冒頭は入学式でもパーソナリティをしていた元気な放送部女子!
『皆様、お待たせしました!』
『ただいまより、ラズール学園名物、学園長トークライブを開催いたします!』
『いつもはひとかどの業績をあげた卒業生や、卒業していく留学生、また皇都で話題の有名人などをお招きして開催されるこのイベント……今回のゲストは、超大物!』
『なんとつい先日、お隣に成立した「レッドトマト商国」の、新国家元首、トゥリーダ・オルガーノ様をお招きしています!』
『トゥリーダ様、よろしくお願いしますね!』
放送部女子の張りのある微笑ましい声に続いたのは、トゥリーダ様の落ち着いた美声……
『はい。こちらこそ、よろしくお願いします。伝統あるラズール学園の公開生放送に呼んでいただけるなんて、たいへん光栄です』
……うむ。声にまでカリスマが積載されている……一般的な貴族のカリスマが軽トラ1台分だとしたら、称号と額冠で増幅されたトゥリーダ様のそれは大型コンテナ船1隻分といったところか……(震え)
いや、明らかにおかしいな!? これ『亜神の加護』もなんかやらかしてるやろ!?
競技場に集った聴衆も「ほあー……」って顔してる。
各教室やその他の場所で聞いている方々もほぼ同様と思われるが、昨日、皇国議会でトゥリーダ様を見た貴族達は、さすがに慣れた様子だ。
そして中には、難しい顔をしている人もちらほら……
今後のレッドトマト商国を軽く見られるのも困るが、あまり警戒されて敵視されるようでも困るので、明日以降の有力諸侯との会談ではちょっと加減が必要かもしれぬ。
相手によっては額冠を外すか偽物をかぶるかして、威力を調節するとか……まさかこっち方面の心配をする羽目になるとは思わなかった。これはトゥリーダ様の成長を甘く見ていた俺の落ち度である。
……でも俺が砂神宮に顔出すと、「ルークさまぁー……」ってえぐえぐ泣きながらスイーツをおねだりしてくることが多いので……(※誇張表現)
あんまり大物感を認識できずにいた。反省。
そして俺は、競技場の貴賓席で特に難しそうな顔をしている、一人の中年男性に目を向ける。
昨日の皇国議会にも同じ表情で出席していた人なのだが……『じんぶつずかん』によると、この人がポルカちゃんとマズルカちゃんの父君、『ラルゴ・クロムウェル』伯爵らしい。
能力値はこんな感じ。
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■ ラルゴ・クロムウェル(36)人間・オス
体力D 武力C
知力A 魔力D
統率C 精神C
猫力21
■適性■
政治B 商才A 弓術C
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うーん……知力Aは立派である。商才Aもすごい。
だがしかし、問題はもっとも重要な指標である「猫力」……双子ちゃんの父君にしては低めである。初期のライゼー様以下だ。
俺のペット適性が認められた結果、ライゼー様の猫力は大幅に伸びたが、そもそもライゼー様も「犬力」はかなり高かったはずなので、ペットを愛する素地はあった。
が、この人の場合……双子ちゃんの認識によれば、あんまり動物を可愛がるタイプではないようなので、ルークさん必殺のかわいさアピールも厳しいか――ご挨拶はやめておこう。
そしてこの人、トゥリーダ様を……というか、『レッドトマトの今後の発展』をだいぶ危険視しているようで、心に迷いが見える。
できれば取り入りたい、でもそのための伝手もないし、本当に取り入るべきなのかどうかも難しい。なにせ関係を作った後で怒りを買えば自滅してしまう。
なお、双子ちゃんが今日、トゥリーダ様の案内をしていたことを、この人はまだ知らない。
そして双子ちゃんのほうも、父親がこの場に来ていることを知らない。どっちも連絡をしていないのだから当然である! ……親子関係って難しいな……?
前世のルークさんは物心つく前に両親を亡くし、祖父母に育ててもらったため、いわゆる「家庭」というものに対する知見にあまり自信がないのだが……
それでも友人知人その他から得た知識によれば、「思春期の娘」と「父親」の関係というのはなかなか難しく、特に娘側は父親を嫌ってしまう例がそこそこ多いらしい。
もちろん「家族仲はいたって良好!」というご家庭が多いことも理解しているのだが、その一方で「そうでないご家庭も実際にある」という現実は否定できまい。こーいうのは人それぞれである。
ただ、ポルカちゃんとマズルカちゃんの場合、「思春期」という要素で片付けてはいけないよーな感覚があり……そもそも二人ともめっちゃいい子なので、「これは父親側に何か問題ありそうだな?」とは薄々思っていた。
そして『じんぶつずかん』を読み進めるうちに、猫の眉間に皺が寄っていく……
うーーーーーーーーーーん……
よそ様のご家庭の事情に頭を突っ込む気はないのだが、ちょっと悩む。
このラルゴ氏は要するに「仕事中心で家庭を顧みない」タイプではある。
だが、そうなった原因というのが……「双子ちゃんのお母さんが亡くなったことへの喪失感から逃げるため」という、個人的にはちょっと責めにくい理由であり。
しかもそうして双子ちゃんを放置しているうちに、彼女らは祖父のほうにすっかり懐いてしまい、ラルゴ氏もその状況に慣れて親子でありながら縁遠くなってしまった――という流れのようだ。
双子ちゃんに対しては「別に憎いわけではないが、そもそも娘との付き合い方がよくわからないし、いまさら……」というスタンス。
父親として決して褒められた態度ではないが、彼はクロムウェル家の当主として、領地の発展と防衛を第一に考えている。
そしてホルト皇国の東西諸侯をまっっっっっっったく信用しておらず、その制御をできない皇家にも諦めに近い感情をもっており、サクリシアに対してもまぁまぁ懐疑的なのだが……しかし領地が「孤島」という特殊な環境である以上、状況に応じて動かざるを得ないという――
頭のいい人にありがちな、「どんな状況に対しても対応しなければ」という責任感に振り回され、視野が狭まっている感じだ。
これがもうちょっと開き直れるタイプなら、どっちかの国に軸足を移して後は運命と状況に委ねる、みたいな選択肢をとるのだろうが、性格的にそれができない人である。ちょっと神経病みそう。
……ただ、彼が「双子ちゃんのラズール学園留学」をやめさせようとした理由はわかる。
彼女らの学園留学はつまり、「クロムウェル家の軸足が、ホルト皇国側に偏る」ことを意味している。ラルゴ氏の本意はともかくとして、少なくとも周囲はそう見るだろうし、双子ちゃんが皇都で就職とかして一定の地位を獲得した場合、クロムウェル伯爵家の指針にも影響を及ぼす。
ラルゴ氏はおそらく、ポルカちゃんとマズルカちゃんを、それぞれ「ホルト皇国」と「サクリシア」の有力貴族の元へ分けて嫁がせるつもりでいた。
これは双子のどちらかがマズい事態に陥った場合、もう片方が助けるだろうという期待を込めた措置である。もちろん、自分自身の「両方の勢力にいい顔しとこ」という方針の都合もある。
双子ちゃんの意思を無視している時点で、猫的には「フカー!」案件なのだが――孤島の領主という立ち位置を含めて合理的に考えると、納得はできぬが事情はわからんでもない。
双子ちゃんはもう「猫のおともだち」になってしまったので、いざとなったらトマティ商会への就職という手段をとれるのだが、神ならぬ身のラルゴ氏はそんな事実も知らぬ。やはり猫……猫はすべてを解決する……(危険思想)
そんな感じに、猫が別件で「どーしたもんかな」と思案している間にも、トゥリーダ様の公開生放送は和やかに進んでいくのであった。
……うん。もちろん「嵐の前の静けさ」ではあったのですが――(白目)
§
その日の朝。
ラズール学園、居住区の一部屋に、真顔で思い詰めた数人の男達が集っていた。
「……改めて確認するぞ。標的はオヤジ達を裏切ったバルカン侯爵家の当主と、ソロム伯爵家の当主。近くにいる連中は巻き込んで構わん。学生は無視しろ」
血走った目の男達が頷く。
「今回の『矢』は特別製だ。本人に当てる必要はなく、周辺に撃ち込むだけでいい。大きく逸れると困るが……練習通りに狙いをつければ、誰が撃ってもまっすぐ飛んでくれる。矢の安全装置を外すのを忘れるな。着弾の衝撃でここが深く押し込まれないと、『不帰の矢』は破裂しない」
指示役の男が手にした『矢』は、大きめの矢羽こそついているものの、外観は「金属製の筒」である。通常の鏃はついていない。
矢としては飛びにくそうだし、殺傷力もありそうには見えない。
しかし――これを持ってきた仲間からは、以下のような説明を受けた。
「矢があたった場所を中心に、半径30メートル前後に、強烈な毒のようなものを撒きちらす」
「矢から遠ければ本人の抵抗力次第で生き残れるだろうが、中心部から5メートル以内はほぼ即死」
「毒は風の影響も受けて拡散するので、なるべく風上から撃つこと」――
これは西国で新たに開発された魔道具らしい。正確には「魔道具」ではなく「呪具」、撒き散らすのも「毒」ではなく「高濃度の瘴気」なのだが、詳しい定義や仕様など彼らは知らない。
矢の形状が特殊な上に少し重いため、通常の弓では扱いにくく、飛ばすには専用の、奇妙な仕掛けがついた細長い杖のような魔導弓を使う。
引き金を引いて矢を放つため、弓を使えない者でも狙いをつけやすい。そして弓本体に風魔法が仕込まれており、これを解放することで矢を飛ばす。
ゆえに「新型の魔導弓」とされているが弦はなく――利点としては「個人の力加減」で飛距離が変わらず、角度さえ合わせれば誰が撃っても一定の距離で着弾するという、一斉射向きの兵器となっている。また、角度を変えれば弾着点も変わるため、融通をつけやすい。
ロングボウでの曲射も、一応は可能らしいが――一発でも落ちて暴発すると、自軍がひどい被害を受ける。魔導弓に魔力の充填が必要なのも影響して、「この矢は専用の弓とセットで扱う」というのが製造者の基本方針らしい。
そもそもこの新兵器、魔導弓よりも矢のほうが数倍高価で、量産もできない。さらにその矢が使い捨てである。
入手できたのも盗品にまぎれていた五本だけで、うち一本は試射のために使用してしまった。
水蓮会という組織が終わる、その最後の「報復」として――
彼らは今日、自決を前提に、この矢を貴族達が集う貴賓席へと撃ち込む。
主な目標は侯爵と伯爵の二人だが、周辺にいるのもどうせ同じ穴の狢であり、そもそも搾取する側の連中だった。
「……いくぞ。口封じに殺された叔父貴の敵討ちだ」
指示役の号令にあわせて、男達が席を立つ。
彼らのその重々しい足取りには、殺伐とした決意がみなぎっていた。
過去ルークさん(引き金を引いて撃つ高威力の弓? クロスボウのことかな?)
~ 現物を見た後 ~
憤怒ルークさん「毒ガス弾積んだロケランじゃねぇか!」
※銃器(っぽいもの)が魔族専用の魔道具でまともに普及していないので、アロケイルの開発陣さんは「飛び道具=弓の仲間」という意識で開発していました。
つまりバイクを「鉄の馬」とか言っちゃうパターン……?




