226・トゥリーダさまの外交日記(初日)
……転移(※宅配)魔法による移動は、旅の苦労とか気分作りができないのが、ちょっとアレである。
「やっとたどり着いた!」とか「コレが異国の風景か……」みたいな感動が一切ないまま、指定された外務省の一室にシュバッと辿り着いたトゥリーダ様御一行!
今日の付き添いはオズワルド氏とシャムラーグさん、パスカルさん、ヨルダ様(※一般兵)、きれいな女官の人。さらに別の一般兵(偽装)を、ヨルダ様以外にも三人連れてきた。
みんな顔見知り……とゆーか、ぶっちゃけ『ケーナインズ』である!
きれいな女官に偽装しているのが魔導師のシィズさんで、兵長っぽいのがブルトさん、あと弓兵のウェスティさんに剣士のバーニィ君だ。
先日はレッドワンドの飢饉への緊急支援で力を借りたが、ケーナインズの皆様はこういう時に頼れるのが素晴らしい。
信頼できる、腕もそこそこ、スケジュールに融通が利く上に、猫の扱いまで心得ている。俺は今、シィズさんのペットのような雰囲気で普通に抱っこされている。にゃーんにゃーん。
「……こうしていると、本当にただのかわいい猫さんなんですけどねぇ……」
「……実際は亜神で社長だもんなぁ……」
シィズさんとブルトさんが何か言いたげである。なんや(威圧)
……ところで、女官姿のシィズさんがきれいすぎて、軍服姿のトゥリーダ様と並ぶと「どっちが聖女だ?」という印象なのですが……
実際、どっちも美人さんなのだが、特にトゥリーダ様はラズール学園に通っていてもおかしくない若さなので、むしろ従者っぽく見えてしまう。
オズワルド様もそれをちょっと気にしたようで、「これをやる。つけておけ」と、赤い宝石がついた上品な額冠をプレゼントしてくれた。トマト様の色だ……(気のせい)
トゥリーダ様の髪色は真っ青なのだが、そこに赤い宝石が加わったことでアクセントになった。青い宝石のほうが色の統一感はあってしっくりきそうだが、国名に「レッド」がついているし、「目立つ要素」としては赤で正しい。
コレをつけた途端、トゥリーダ様は「聖女!」感がマシマシになり、やはりアクセサリーの効果は馬鹿にできぬと猫も感心した次第である。
……え? 魔道具の一種? ぼんやりと人目を惹きつける効果が? そんなんあるんスか?
さて、国家元首が直々に外交のために出向くとなると、旅路の護衛も必要なので、通常、その人員は数十人以上になるのだが……
今回は、なんとこれで全員である。
転移魔法のおかげという特殊事情もあるのだが、
「……いや、普通、一回の転移魔法に同行できるのは、せいぜい二、三人だからな? ルーク殿のように馬車ごと転移させるような真似はできん。そういう時は『門』という転移用の魔道具を設置して使う。が……これは貴重品だから、外部にはあまり持ち出したくない。本拠に設置してあるから、いちいち取り外すのも手間でな」
とのことで、「オズワルド様が連れて来る」という建前上、常識的な往復回数=少人数のほうが不審に思われにくい、とのことであった。実際には宅配魔法で一括配送だったわけなんですけども。
「……となると、先日のレッドワンドの軍勢を竜巻で追い返したアレは、もしかして……」
「もしも魔族が聞けば、誇張された内容か、もしくは幻術を含めた特殊な魔道具を使ったと判断されるだろう。私は『空間魔法の探求者』としても知られているから、新たな魔法を開発したと考えるかもしれん。あと一応……風魔法は普通に使えるから、竜巻のほうをいくつか出すくらいなら私にもできるんだ。とはいえ、あの数はさすがに無理だから……バロウズが『世界の終わりが近い』と勘違いしたのも、わからんでもない」
……そういやアレ、現場で目撃していたアルドノール侯爵(ライゼー様の上司)も、「この世の終わりか?」みたいなこと言ってたらしい……インパクト重視の猫魔法だったので目論見通りではあるのだが、ホルト皇国内ではいろいろ自重しておこうと、猫さんは改めて自制&自省する。
……まぁ? 本体が? 自制してても? 生後一年でやんちゃ盛りな猫魔法さん達がどれだけおとなしく遊べるかは、猫のみぞ知るところである……
「わんぱくでもいい」とはちょっと言いにくい。関係者の胃を痛めない程度には爪加減をしてほしい。
さて、我々の正面には、転移前から応接室で待機していた外交官のリスターナ子爵。
もうトゥリーダ様とは顔合わせ済みなので、苦笑いというか気安い感じなのだが、ちゃんと挨拶はする。
「ようこそホルト皇国へお越しくださいました、トゥリーダ様、オズワルド様、皆様――本来なら関所や大通りあたりで、諸々の手続きや儀礼的なやり取りがあるのですが、今回はすべて省略ということで……滞在期間中、どうぞよろしくお願いいたします」
「ありがとうございます、リスターナ子爵。頼りにさせていただきます」
トゥリーダ様も楚々と返礼。
猫への信仰が割と重いリスターナ・フィオット子爵は、あくまで「ネルク王国担当」の外交官である。
しかし、旧レッドワンドとホルト皇国との間にはまともな国交がなく――担当の外交官も存在していなかった。
レッドワンドに対する一番の有識者が「参謀部の軍人」という状況だったため、今回は『オズワルド様との縁がある』という理由により、外務省内ではリスターナ子爵が暫定的な対応を任されたのだ。
……というか、上司のヒッチャー伯爵の過労と胃痛に配慮して、リスターナ子爵が自ら立候補してくれた、というのが真相である。見知った顔なので猫的にも助かる。
「宿のほうは、こちらでもご用意しておりますが……宿泊するふりだけをして、実際の滞在はルーク様のキャットシェルター内のご予定で?」
「いえ、何泊かはさせていただきます。ただ、カルマレック邸にもお邪魔しますので、留守がちにはなるかと……うちのパスカルさんも、クロムウェル伯爵家のご令嬢方と積もる話がありそうなので」
トゥリーダ様がちょっとしたくすくす笑いと共にからかえば、パスカルさんは困ったように肩をすくめた。
「私事にご配慮いただき恐縮です。クロムウェル伯爵家の先代には、近況を知らせる文を送っておいたのですが……到着までに数ヶ月かかるはずなので、ご令嬢方の留学とは行き違いになったようですね」
双子ちゃんにとって、パスカルおじさまは身代金目的の誘拐から助けてくれた命の恩人である。俺も生まれる場所と時代が違ったら、パスカルさんと組んでミッションニャンポッシブルとかやってた可能性があるくらいには波乱万丈な人である。割と猫力も高いし……
オズワルド氏が俺の顎を撫でた。
「さて、では私は、ルーク殿のキャットシェルターで待機させてもらう。せっかくの外交に私が同席したら、連中も私の顔色をうかがうばかりになるだろうし、悪影響が大きい。クラリス達は学校だろうから、今は誰もいないのかね?」
「いえ! トゥリーダ様の晴れ舞台ということで、ウェルテル様が遊びにいらしてます。あとリルフィ様とピタちゃんと、ペズン伯爵とマリーシアさんがいますね」
今日は宮廷魔導師スイール様が皇様のそばに待機しているため、そっちに同行できないリルフィ様は猫カフェでくつろいでいる。
そしてペズン伯爵と騎士のマリーシアさんは、「外交の推移を把握しておいて、後でロレンス様に報告したい」という目的。
ウェルテル様は、トゥリーダ様への演技指導の折にオズワルド氏と一緒に熱血コーチングをした間柄なので……実はけっこう仲が良い。なにせ元・商家の娘でクラリス様の御母上、そもそもコミュ強な人材なのである。
オズワルド氏が猫カフェに移動したタイミングで、俺もウィンドキャットさんに乗って姿を隠す。シィズさんの抱っこは快適であったが、お仕事の邪魔をするわけにはいかぬ。「仕事の邪魔をするのが猫の仕事だ」と言われれば、まぁその通りではある……
応接室から出たリスターナ子爵が、警備の兵達に声をかける。皆、廊下に直立不動だ。
「レッドトマト商国の国家元首、トゥリーダ・オルガーノ様が、予定通りご到着されました。これより皇城へお連れします」
ビシッ、と一斉に姿勢を正す兵の皆さん。廊下の左右に並んでいるため、なかなかの威圧感だが、リスターナ子爵に先導されたトゥリーダ様は澄まし顔で悠々と中央を歩いていく。かっこよ。パスカルさんやヨルダ様、ケーナインズも何食わぬ顔でその後ろへ続いた。
ホルト皇国側としては、「最初から皇城に」という案もあったようだが……転移魔法でいきなりお城に、というのはあまり歓迎したいムーブではなかったらしく、とりあえず「外務省から馬車で移動」という手順を踏むことになった。その間に皇城のほうでも出迎えの整列などをする。国賓を迎えるにあたっては、開門の儀とか儀礼的な手順もあるのだろう。
「……トゥリーダ様。馬車の中では、案内役として皇弟ジュリアン様も同乗されます」
リスターナ子爵の念押しに、トゥリーダ様は微笑で頷く。
ジュリアン様は先日、入学式祭りの直後に、クラリス様達と晩ごはんをした皇族である。ルークさんも猫としては紹介されたが、こちらからの自己紹介はしておらぬ。「大人しくて賢い猫ですね!」と褒めていただいたので印象は良い。
また、彼の奥様であるヴァネッサ様は魔族からホルト皇国へ嫁入りした人で、スイール様の後ろ盾みたいな立ち位置。つまりこの人選もオズワルド氏への配慮だな……仮にオズワルド氏が同席したままだとしても、先日、既にご挨拶済みなので対応しやすいと考えたのだろう。
ホルト皇国側も、今回の外交にはかなり気を使っているのがわかる。
そもそもですね……ホルト皇国側にしてみると、トゥリーダ様に関する前情報がはなはだ乏しい。
まだ二十二歳の乙女、前世なら女子大生とか新卒社会人である。養子に入った先も所詮は子爵家だったし、本来、「国家元首」になるような要人ではなかった。諜報部にとっても完全にノーマークの人材だったはずである。
そんなトゥリーダ様であるが……実は初対面の時と比べて、かなりステータスが変化した。
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■ トゥリーダ・オルガーノ(22)人間・メス
体力D→C 武力C
知力C→B 魔力C→B
統率D→B 精神C
猫力85→88
■適性■
水属性C→B 火属性C 風属性C
暗黒C 剣術C (新)政治C (新)演技C
■称号■
・(新)亜神の加護 ・(新)救国の聖女
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まず、適性に「政治」と「演技」が加わった。水属性が伸びたのは、農作業のお手伝いでちょくちょく氷を作っていたせいか? 『亜神の加護』の影響も多少はあるかもしれぬ。
何より重視したいのは「統率」! Dから一気にBである。
これは「立場」や「知名度」による上積みも影響していそう。「立場が人を作る」というアレだ。
さらに国家元首として、砂神宮からいろいろ「指示」する経験を積み重ねたのが大きい。
またステータスには「称号」の効果も反映されるので、「救国の聖女」も影響しているはず。むしろ「統率」が大きく伸びたのは、この称号から得られるカリスマ性のせいか?
同時に知力も上がっており、これはパスカルさんやオズワルド氏が為政者の心得的な知識をぶち込んだおかげだと思われる。俺も多少はご協力した。特にトマト様と農業関係の知識はだいたい俺から……ともあれ、これは「国家元首」として過不足のない成長ぶりだ。
すっかり頼もしくなったトゥリーダ様の後ろ姿を眺め、猫も腕組みをしてうんうんと頷く。
うっかり転びそうになって、隣のシャムラーグさんに慌てて支えられたりもしているが、まぁ……たのもしい……? ちょっと不安だが、つまずくことはあっても良い。それこそ周囲の仲間が支えれば良いのだ。
馬車で待っていた皇弟のジュリアン様とも合流し、定型どおりの挨拶を経て、トゥリーダ様は皇城へ向かう。
女官のふりしたシィズさんと腹心のパスカルさんが馬車へ同乗し、他のお供の皆様は馬を借りて周囲をかため、猫は空から追跡である。
ここは官庁街なので、一般人はほとんどいない。
外務省から皇城までも普通に徒歩で行ける距離なのだが、衛兵さん達が等間隔で立ち、物々しくも荘厳な雰囲気が漂っている。
改めて空から見下ろすと――警備体制の充実ぶりがよくわかる。
官庁街の出入り口は封鎖され、各省庁に衛兵が立ち、屋上がある建物にはそこにも人員が配されている。
トゥリーダ様を乗せた馬車が通る道は完全に通行止めされており、他の馬車や通行人はまったくいない。官公庁の役人達すら近づけず、覗き見すら難しい。
……ホルト皇国、ガチである。
猫が考えていた以上に、トゥリーダ様の安全に、そして今回の「外交」に気を配っている。
ちょっと厳重すぎて違和感があるくらい。
「もしもトゥリーダ様に万が一のことが起きたら、オズワルド氏の怒りが怖い」というのはわかるのだが……それだけでなく、もっと「現実的な危機感」に根ざした警備体制のような気もする。なんというか、危機の想定対象が「不測の事態」ではなく、具体的な「不穏分子」というか……
ちょっと気になったので、現場責任者っぽい人を『じんぶつずかん』で覗き見し、その勤務状況を確認。
(『水蓮会』の報復的なテロを警戒中……? あっ)
水蓮会というのは、皇都に根付いた非合法組織だ。先日の「ペット誘拐犯」が上納金を納めていた上部の組織であり、魔族の怒りを恐れた政権側の一斉捜査によって壊滅的な打撃を受けた、いわゆるマフィアとかヤクザみたいな立ち位置の人達である。
ここと関わっていた貴族らが今、裏帳簿の発覚によって失脚の危機なのだが……同時にこの組織もまた存亡の危機であり、場合によっては下っ端が「報復」目的で暴発しそうな情勢らしい。
うーむ……ペット誘拐犯への対処は後悔していないし、捕まっていたペット仲間達の救出も必要な措置だったと確信しているが、変なところに影響が飛び火しているのはどうしたものか……
一応、この非合法組織関係は、ファルケさんや正弦教団でも警戒中だが……先日、ヨルダ様も言っていたことだが、指示を受けていない末端の暴発まではさすがに予測しにくい。俺も警戒しておこう。
快晴の冬空のもと、猫は優雅に飛びながらトゥリーダ様の馬車を見守る。
その先に見える皇城の門前では、歓迎のための儀仗兵がすでにずらりと並んでいた。
§
トゥリーダ・オルガーノは、馬車の中で必死に微笑を保っていた。
ともすれば引きつりそうになる頬の筋肉、コレを制御する術を特訓によって身につけ、優雅に見える所作をマスターし、声が無闇に震えない発声法を学んだ。
ホルト皇国の皇族、皇弟ジュリアンを前にして、その成果が今、存分に発揮されている。
「トゥリーダ様は、状況調査のために砂神宮へと出向き、そこでオズワルド様とお知り合いになったとか……? オズワルド様との交渉に際し、恐怖などはなかったのですか?」
直前までジャージ姿で熱血演技指導を受けていた印象が強すぎて、別に怖くはなかった。強いていえば周囲の視線は怖かったが、セリフが飛んだら猫が助けてくれる予定だったし、そこは開き直れた。
……が、こんなゆるゆるの感想を皇弟殿下へ聞かせるわけにはいかない。
「もちろん、はじめは恐れも警戒心もありました。ですが、オズワルド様はとても紳士的かつ理路整然とした方だったので……旧レッドワンドの状況に対する憂慮を共有してからは、助言や物資の支援、ネルク王国との仲介や反乱軍への対処など、さまざまな面でご支援をいただき、今に至っております」
聖女っぽい声、聖女っぽい笑顔、聖女っぽい言動……完璧とまでは言えないが、練習の成果はきちんと出ている。
「こーゆーのは慣れです!」とルークは声高に主張していたが、クラリスの母、ウェルテルからは、もっと具体的で役に立つ助言ももらった。
いわく、演技には二種類ある。
「自分を偽り相手を騙すための演技」と「自分の意図をより明確に伝えるための、演出としての演技」と――
世間ではごっちゃにされがちだし、通じる部分もあるのでややこしいが、前者は「嘘をまとう技術」で、後者は「伝え方の技術」という明確な違いがある。
ウェルテルからは「トゥリーダ様は、嘘をつくのはたぶん下手ですし、その必要もあんまりなさそうですから……あくまで前向きに、『見栄え』を良くする方向でいきましょう!」と言われ、特に発声法を学んだ。よく通る声を獲得し、ついでに表情筋と喉まわり、腹筋も強化されたと思う。姿勢も良くなった。
皇族相手に失礼にならぬよう、マナーにも気を使っているつもりだが、パスカルからは「常識外れなほどに礼儀知らずではもちろん困りますが、国家元首という立場の場合、へりくだりすぎるとかえって害があるものです。トゥリーダ様は、自然体でよろしいかと」と助言を受けた。
そんなものか、と受け入れた上で、今は見苦しくない立ち居振る舞いを実践している。
「ところでトゥリーダ様。今回の外交においては、トゥリーダ様との会談を希望する貴族が大量にいるかと思われますが……応じるかどうかの判断は、これからかと思います。どのような方針でその相手を選ばれるのか、うかがってもよろしいでしょうか?」
皇弟ジュリアンからの率直な質問に、トゥリーダは少し驚いた。言質をとったり裏を探るような交渉術を使わず、真正面から来てくれたのはむしろありがたい。
「そうですね。両国の外交について、前向きなお話ができる方とは、なるべくお会いしたいのですが……しかし滞在期間も限られておりますし、皆様に同じお話を繰り返してしまう懸念もあります。基本的には、そちらの外務省の方々が選定してくださった貴族とお会いした上で、追加で幾人か、交易関係に強い方を中心にお会いしておきたいと考えております」
実際のところ、ホルト皇国の内政になど干渉したくないし、外交の方針さえ確立できれば会うのは誰でもいい。
皇と東西諸侯の有力者は確定として、すでに身内のバロウズ・グロリアス大司教相手には「会ったふり」だけでもいいし、南はともかくとして、北の諸侯からの面会要望は特に来ていない。
ちょっと気になるところでは、「クロムウェル伯爵家」からも外務省に打診が来ているようなのだが……ポルカ・マズルカ姉妹に聞けば「やめておいたほうが!」「……うちの父は、曲者です」と言われてしまった。父娘のすれ違いとか、そういうレベルではない助言だった。
少し思案した後に、ジュリアンが声をひそめた。
「トゥリーダ様。これは今朝、相談を受けたばかりの話で、まだ外務省への通達も間に合っていないのですが……ラズール学園の学園長、マードックより、トゥリーダ様に『ラズール学園』での特別講演……いえ、むしろ対談形式で『公開放送』をやっていただくのはどうかと、提案がありました」
頭に「?」マークを浮かべて、トゥリーダは外交官リスターナのほうを見てしまう。
リスターナ子爵も初耳だったようで、目を見開いていた。
ジュリアンの説明が続く。
「もちろん、『それがトゥリーダ様のご意向に合致するならば』という前提でのご提案です。皇国議会では時間が短く、またそこで発せられるお言葉は出席している一部貴族にしか届きません。新聞社などの取材もあるでしょうが、彼らは書きたいことしか書きませんし、前後の文脈を無視して平気で言葉を抜き出すので、時に誤解を広げます。『レッドトマト商国』の今後の展望を、トゥリーダ様御自身の言葉で、広く知らしめるのならば――ラズール学園の放送はたいへん効果的です。皇都にいる有力貴族はもちろん聞きに行くはずですから、その後の会談で、同じ説明を何度も繰り返す手間も省けます。また学生達という『証人』が大量に存在しますから、報道による偏向も生まれにくい。その分、失言には警戒する必要もありますが……トゥリーダ様とこうしてお会いして、失言の可能性は低いと判断できました。質問の内容は事前にお伝えしますし、あらかじめ、台本を作ることも可能です。いかがでしょう?」
まず猫に相談したい……が、今は優雅に空を飛んでいる。
隣のパスカルに助けを求めたかったが、ここで視線を向けると「この国家元首は腹心の言いなり」と勘違いされるかもしれない。あながち間違ってもいないのだが、しかし態度に出すのはまずい。
トゥリーダはしばし熟考するふりをした上で――
「とても魅力的なご提案です。ただ、この場ではっきりとした返答は難しいもので……少し、検討をさせていただいても?」
とりあえず逃げた。「即答は避ける」、大事なことである。
「もちろんです。『会談の手間を省く』という意味では、各貴族との面会前にやってしまったほうが効果的ではありますが、学園側としては、いつでも都合の良い時にご参加いただけるように設備を空けておくとのことでしたので……ぜひ、前向きにご検討ください」
トゥリーダ個人としては、悪くない提案だと感じている。「ホルト皇国の内政に干渉する気はない」と公に表明できるし、これから国の未来を担う学生達に声を聞いてもらえるのもいい。さらにラズール学園には各領地、各国からの留学生もいるため、その口コミ効果は馬鹿にできない。
猫に相談すれば「トマト様の宣伝をしましょう!」と言い出すのも想像できる。
その後、皇城に着いたトゥリーダは、形式ばった儀式に一通り付き合い、レイノルド皇に謁見した。
国家元首という意味では同格だが、国としての規模が違う上に、かたや四百年の歴史を持つ皇家で寿命も常人の倍以上という皇族……
かたや二十二歳、子爵家に養子入りしたばかりの小娘である。
「トゥリーダ殿、このたびはよくおいでになられた。歓迎する」
「お招きいただきありがとうございます、レイノルド陛下」
正対して握手をしつつも役者の違いを感じてしまったが、「オズワルド」という後援者がいる以上、無様な姿はさらせない。必死に外面を取り繕い、トゥリーダはこの対面を乗り切った。
皇の後ろには、警護役となる宮廷魔導師のスイール・スイーズが澄まし顔で付き従っており、彼女とも顔見知りなのは心強かった。もちろん初対面のような顔をして挨拶をかわす。
「お初にお目にかかります、トゥリーダ様。宮廷魔導師のスイール・スイーズと申します。お会いできて光栄です」
「こちらこそ、ご高名はかねがねうかがっております。レッドトマト商国・国家元首のトゥリーダ・オルガーノです。私も水属性の魔導師なもので……スイール様には、昔から憧れの念を抱いておりました」
リップサービス……とも言い難い。スイールは近隣諸国にも知られる有名人である。
もちろん、こう言っておけば、『レッドトマトの新国家元首トゥリーダは、ホルト皇国のスイールに対して好意的である』という、政治的なメッセージにもなる。
友好国と印象付けるための小賢しいイメージ戦略だが、こうした積み重ねが意外と馬鹿にできない。
その後もいくつかの儀礼的なやり取りを経て、当初の予定通りに「皇国議会での演説の承認」、「手土産となるトマト様の苗木と種、ドライトマト様の贈呈」などをこなし――数時間後、トゥリーダ達一行は、皇城の近隣にある迎賓館へ案内された。
今日の午後は、ここでリスターナ子爵とともに「外交日程」の最終確認作業を進めることになっている。
これはルークがリスターナ子爵との連絡係をやってくれたおかげでほぼ済んでいるのだが、ホルト皇国側の認識では、「トゥリーダは今日、ホルト皇国に着いたばかり」である。
つまり、すり合わせと判断のために用意された外交用の作業時間なのだが――つい先ほど、「ラズール学園での公開放送」というイベントが提案されたため、予定の再調整が必要になった。
迎賓館の客室に落ち着き、周囲が身内だけになったタイミングで、どこからともなく猫が「にゃーん」と現れた。
「トゥリーダ様、お疲れ様でした! レイノルド陛下と並んでも見劣りしない、素晴らしい国家元首ぶりでした!」
「あはは……どーもぉ……」
ルークは肉球でぺちぺちと拍手してくれたが、さすがに褒めすぎだと思う。膝の震えはどうにかおさえたが、内心ではガックガクだった。
ケーナインズに客室の番を任せて、トゥリーダ達はそのままキャットシェルターへ移動し、オズワルドやリルフィ、ウェルテル達とも合流する。
こちらにも先程の謁見現場を見られており、立ち居振る舞いをだいぶ褒められた。
それはそれとして……テーブルに置かれた大量のポップコーンが気になる。
神々の世界では、身内の晴れ舞台を見学する時にこの白い菓子を用意するらしいのだが――たぶん「神々の世界に関する知識」がないのをいいことに、猫に騙されている気がする。この猫はそういう下手な嘘をつく。
このポップコーン、塩気が利いていて酒に合う感じだし、これは絶対、パーティーや飲み会のおつまみとか、そういう軽めの場面で出てくるお菓子のはずなのだ。
トゥリーダにそんな疑念を向けられているとはつゆ知らず、猫はさっそく別のスイーツを用意し始める。
そのモッフリとした背(※冬毛)に向かって、トゥリーダは『公開放送』に関する相談を始めた。
「あのー、ルーク様。実はさっき、馬車の中で、皇弟のジュリアン様からこんなご提案がありまして……」
その内容を一通り説明すると――亜神たる猫は満面の笑みで肉球を掲げ、意気揚々と宣した。
「トマト様の宣伝をしましょう!」
……一言一句の相違なく、予想通りである。
この猫、やはりわかりやすい。トゥリーダはなまぬるい感じの笑顔とともに、そんな猫の喉元をぐにぐにと撫で回すのだった。
年末年始の予定作業量が今から青ざめるレベルになってきまして、さりげにこちらの連載を落としそうな懸念が……! もしかしたらちょっとだけ行数を減らして、分割更新みたいな最後の手段をとるかもしれません。その折はどうかご容赦ください……!(T人T)




