表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

234/288

225・昔の友は今も友


「……いや、たいへん失礼をいたしました。年を取ると、どうにも涙腺が緩くなるようで……」


 遠い過去から続く奇縁を得て、バロウズ猊下が涙を拭い、どうにか落ち着いたところで……

 ヨルダ様という特別ゲストを迎え、我々は講義からお茶会モードへ移行した。


 本来、メインゲストであったはずのトゥリーダ様が、俺を抱えて苦笑いしている。


「不思議な縁ってあるものなんですねぇ。これもルーク様のお導きなんですか?」


「違うと思います! 仮に変な影響があったとしても、私の意思ではなく、称号かなんかの引き合わせかと」


 猫さんは無罪を主張した!


 ……実際、バロウズ猊下がラダリオン氏の関係者というのは想定外だったし、ファルケさんがヨルダ様のことを知っていたのも想定外である。

 聞けばファルケさんは、若い頃、見聞のために素性を偽ってネルク王国内を旅したことがあり……

 この時、同行した隊商の警備に、ヨルダ様がいたらしい。だいたい二十年くらい前? つまりラダリオン氏も存命だった時期で、ヨルダ様は十代後半か二十代前半ぐらい。サーシャさんもまだ生まれていない頃か。


 ヨルダ様とバロウズ猊下達を中心に、ラダリオン様の過去と、ネルク王国での日々に関する思い出話が進む一方で……


 俺とトゥリーダ様、ファルケさんとオズワルド氏、シャムラーグさんの五名だけは、その輪から少し距離をとってひそひそ話をしていた。


「……ヨルダ様のほうも憶えてそうですね。さっき、ファルケさんを見て反応しました。今はバロウズ猊下への対応を優先してくれていますが、後で何か言われると思います……」


 猫がそんな見解を述べると、トゥリーダ様が首をかしげる。


「二十年近くも前に少しの期間、同行しただけなんですよね? 髪色も変えて変装しているのに、わかっちゃうもんなんですか?」


 淡々と応じたのはファルケさん。


「道中、少々どころでなく印象深い事件がありましたので……そのせいかと。もちろん私のほうは、彼の剣の腕にたいへん驚かされたもので、鮮烈に記憶に残っております」


 ファルケ氏が語るところによれば……

 当時、彼が旅人として同行していた隊商は、トラムケルナ大森林の近くで「巨大な謎の魔獣」に襲われたらしい。

 護衛のヨルダ様が決死の覚悟で立ち向かい、ファルケ氏(当時はフロウガさんで、しかも偽名使用)も火魔法で支援、それでも人の力ではまるで歯が立たず、全滅を覚悟したその時!


 隊商に同行していた温厚な青年が、大威力の魔法でこの魔獣を消し飛ばした。


 そのとんでもない威力に、当時のファルケ氏もヨルダ様も「こいつは魔族だ!」と思ったようなのだが……実は魔族ではなく、その正体は『傀儡』を使って諸国を見聞していた『賢樹ダンケルガ』。

 魔族よりさらに高齢、樹齢千年オーバーという意思をもった樹である。ちなみに俺のマブダチ、ウィルヘルム君のお師匠様でもある。

 

 このダンケルガ様との御縁があったゆえに、フロウガ将爵はオズワルド様に拾われ、「ファルケ」と名を変えて部下になったわけなのだが……


「先日、ファルケをダンケルガのところへ連れて行った時に、『一緒にいた護衛』の話も少しは出たんだが……それがまさか、ヨルダのことだったとはな。世間は狭い」


 オズワルド氏までびっくりである。


「あのー……ヨルダ様って『隊商の守護騎士』という称号をお持ちなのですが……コレを付与したのって、もしかして……?」


「十中八九、ダンケルガだろうな。奴ぐらいの存在になると、上位精霊のように気に入った相手へ称号を付与できる。まぁ……さすがにルーク殿ほどバラまいてはいないはずだが」


 ルークさんの称号バラマキは決してわざとではない!

 ……懐くとなんか自然に付与されちゃうんですよね……オズワルド氏にもとうとう『亜神の信頼』がついちゃったので、実はパワーアップしてそうだが、本人にはたぶんまだバレてない。黙っとこ。


 そんな親戚のおじさんが、俺にニヤリと笑いかける。


「ルーク殿もそろそろダンケルガに会ってみるか? たぶん気が合うぞ」


「そ、それはまたいずれ……」


 別に怖いわけではない。ウィル君のお師匠様だし、興味もある。が、もしも今会って何か頼まれ事とかされてしまうと、ただでさえ多忙なルークさんはテンパってしまう……魔王様と親しいらしいので、俺の情報が向こう側に漏れるのも怖い。


「おーい、ルーク殿。ちょっといいか?」


 ヨルダ様に呼ばれ、俺はぺたぺたと二足歩行で移動した。


「はい? なんでしょう」


「クロード様とバロウズ猊下から、『アークフォート』という弓術講師の話を聞いたんだが……ルーク殿もどんな人物か、見たんだろう? 印象はどうだった?」


 ……あー。あのひとか……


「クロード様やオーガス様は怖がってましたけど……別にヤバい人とかではなさそうですし、ちゃんとした先生だと思いますよ? 能力的には、まぁ……弓の腕前はすごそうです。しかしもうお年ですし、いろいろ踏まえるとクロード様のほうが今の実力は上かと」


 クロード様がとても嫌そうな顔をした。


「ルークさんの僕に対する評価って、妙に高すぎる気がするんですよ……かなり贔屓目ひいきめがはいってますよね?」


「クロード様。普通の人は、『矢を放つ前に、当たるかどうかがわかる』とか言わないんですよ……いや、『当たらないのがわかる!』っていう諦めの境地なら有り得ますけど、クロード様の場合、『当たるのがわかる』っていうほうなので……しかもそれが強がりじゃなくてガチなので、『あ、こいつヤベェな?』というのが、私の偽らざる本音です」


「えぇ……? いや、そんなの慣れの問題ですって……」


 クロード様はだいぶ釈然としない様子であるが、オーガス君も隣で「いやいや」と首を横に振っているので……うん。少なくとも慣れの問題ではない。


「ところで、バロウズ猊下とアークフォート先生ってお知り合いなんですか? 年齢は近いかと思いますが――」


 バロウズ猊下は、答えるまでにちょっと間をおいた。


「互いに顔と名前は知っている、という程度で……別に仲が悪いわけではありませんが、私はラダリオンの『友人』で、彼はラダリオンの『元部下』という立場の違いもあります。それに宗教関係者と弓術の講師では、職業上の接点もまったくありませんし……どこかで会えば互いに『やぁ、どうも』と挨拶する程度の間柄ですね」


 ふむ。まぁ、アークフォート先生はあんまり人付き合いとか重視しないタイプだとは思う。それにバロウズ猊下も、「大司教」という貴族なみに偉い人でもあるので……平民視点だと、あんまり気安く交友できる感じではない。しかし俺は猫なので普通に「にゃーん」と媚びを売る。


 ヨルダ様が俺の喉を撫でながら、ちょっと楽しそうな声を発した。


「なぁ、ルーク殿。今度、クロード様とオーガス様が受けている弓術の講義を、俺にもこっそり覗かせてくれないか? アークフォートというご老人にも興味がある。クロード様が怯えるほどの名手というのが、どれほどのものか――この目で見てみたい」


「それは構いませんが……いっそ会ってみたくはないですか? 私が前に出なくても、たとえばオズワルド様の転移魔法で送ってもらったっていう体裁にはできますよ」


「その判断も、まず様子を見てからになるかな。ルーク殿の手が空いた時でいいし、いつでも構わん。というより……まずトゥリーダ様の外交を成功させないと、おちおち昼寝もできん状況なんだろう?」


 それは、まぁ……はい。

 いや、もちろん忙しいのは、俺よりトゥリーダ様とかパスカルさんのほうなので、猫が弱音を吐くわけにはいかぬのだが……先日の皇国議会で政府要人を「じんぶつずかん」に登録できたため、これを精査することでトゥリーダ様への支援につなげたい。

 特にレッドトマトとの外交に反対だったり、敵対的な思惑を持つ貴族は警戒対象である。


 今日の会も、そもそもはトゥリーダ様とバロウズ猊下の関係性強化のために企画したのだが……なんか別枠の人間関係が強化されてしまった。おのれラダリオン。できれば生前にお会いしてみたかった……(本音)


 まぁ、トゥリーダ様もオーガス君や双子ちゃんなど、将来につながる若手人材と接触できたので充分に収穫はあった。ぶっちゃけ年齢的には前世だと女子大生ぐらいだし、若さという意味ではオーガス君達とむしろ感覚が近い。普段、偉いおっさんとかおじーちゃん達に囲まれがちなので、気分転換にもなったはずである。


 その後のお茶会では猫がお菓子をご提供し、みんなで和気あいあいと楽しい時間を過ごした。

 で、スイール様や学生さん達を、宅配魔法でカルマレック邸へお送りした後……


 改めて、「ヨルダ様」と「ファルケさん」の再会のご挨拶!

 同席者は俺とオズワルド氏、バロウズ猊下にトゥリーダ様とシャムラーグさん。


 別に聞かれて困る話をするわけではないが、いわゆる「大人の時間」というやつである。

 皆がダンボール箱に包まれて移動した後、ヨルダ様はファルケ氏へ気安く片手を挙げてみせた。


「よ、ひさしぶり。その総白髪は……アレか? だいぶ苦労した感じか?」


「変装のために脱色しただけだ。まぁ……元の黒髪にも、そこそこ白髪は混ざっていたがね。そのくらいの苦労はした」


 ニヤニヤ笑うヨルダ様と、しかつめらしく溜息をつくファルケ氏。

 久々の再会でこのノリは、いかにも年の近い男子の距離感である。女子だと「わー、きゃー、ひさしぶりー♪」的なサプライズ感を一気に溢れさせるのだが、野郎どもだと割とこんな感じ。


 一応、ファルケ氏のほうがちょっと年上のはずだが……む。ファルケ氏が四十四歳、ヨルダ様が四十歳か。どっちも俺との初対面の時より一歳、年を食った。

 実はルークさんももうじき一歳である。生後一年以内にこれだけ労働した猫は、さすがに前代未聞ではなかろうか……


「今はファルケと名乗っているんだな。当時も偽名だってのは察していたんだが……まさかレッドワンドの偉いさんだったとは驚いた。てっきり、そこのシャムラーグみたいな密偵の類かと――」


「おい。密偵と気づいていて放置したのか?」


「いや、だってあの頃の俺は、貴族に仕える立場でもなくて、単なる隊商の護衛だぞ? 思い込みで間違っていたらマズいし、厄介事は無視するだろう。他国の密偵じゃなく、王家とか公爵家の密偵なんて可能性もあったんだし」


「……まぁ、見逃してもらえたのは助かった。それで何の因果か、今度はそちらのルーク様と、魔族のオズワルド様にも救われて……本当に、悪運だけは強い」


「ははは! ルーク殿は面倒見がいいからな。ま、お互い、こうして生きて再会できて何よりだ」


「……ああ、ダンケルガ殿にもそう言われた」


 割とぞんざいな口調のファルケさんを見て、トゥリーダ様がものすごく微妙な顔をしている……

 かつて上官だった頃、きっとトゥリーダ様相手にも、彼はこんな口調だったのだろう。しかし今、「国家元首トゥリーダ様」を相手にする時のファルケさんは、とても丁寧でへりくだった態度である。


(私相手にも、そっちの口調で接してもらったほうが楽なんですけど?)


 とでも言いたげだが、男同士、それも若い頃に結んだ縁の影響というものは、やはり特別なものなのだ。


 バロウズ猊下が、「さて」と姿勢を正す。


「ヨルダ様の存在には、私もたいへん驚かされましたが……それはそれとして、今日の本題に入りましょう。先ほど、ホルト皇国の『建国』にまつわる説明をしましたが――あの内容を踏まえて、これより『現在の情勢』と『国の暗部』に関わるお話をいたします。特に『正弦教団』のファルケ氏にはよく把握しておいて欲しいと、オズワルド様からもご指示がありました」


「ん。私も最新の情報には疎くてな。パスカルは外交の準備で忙しいだろうし、バロウズ、よろしく頼む」


 オズワルド氏は呑気に紅茶を傾けながら、麩菓子をかじっておられる。意外に駄菓子系、お好きですよね?


 実のところ、今日の本題はここからである。

 クラリス様やロレンス様には、聞いていただいても良かったのだが……「後半はめんどくさい話になる」と、あらかじめバロウズ猊下から言われていたので、せっかくの休日でもあるし、他の皆様には楽しく遊んでもらうことにした。この程度の面倒事はペットが処理すれば良い。


「では、ルーク様……」


「はい! 資料1ですね」


 バロウズ猊下の指示で、猫がスクリーンに現在の勢力図を表示する。


 一番大きな勢力は「東西諸侯」。

 二番目が「皇家と神殿勢」。

 三番目が「北方諸侯」、四番目が「南方諸侯」だが、こちらは少数野党みたいな存在感で、上二つとは明確な差がある。


「こちらは皇国議会における、現在の勢力図です。続いて資料2を」


 資料2は円グラフ。こちらだと、一番面積が広いのが「南方諸侯」、二番目が「東西諸侯」で、三番目が「皇家と神殿」、最下位が北方諸侯と、順位に変動が生まれていた。


 トゥリーダ様が「あれ?」と声を漏らす。


「南方の諸侯は、お金持ちなのに政治的影響力が弱い、ってことですか? さっきのクロムウェル伯爵家の双子さんとかは、ここに属するわけですよね?」


 バロウズ猊下が深く頷いた。


「建国時には東西諸侯の挟撃を受けて『敗者』となった南方ですが、現在は周辺各国との交易で大きな利を得ております。元々、土地としては悪くありませんし、『強敵』だと見なしたからこそ、東西諸侯も騙し討ちのような形で南方を挟撃し、この土地から得られる富を取り上げたはずなのですが……それから四百年を経て、また土地ごとの分断が進み、今のホルト皇国は『一つの国』でありながら内部が割れております。皇家を『かすがい』としてどうにかつながっているという有り様でして――そして『南方諸侯』の背後には、彼らを水面下で支援する隣国、『サクリシア』の存在もあります。内海を隔てておりますので、陸伝いに侵攻を受ける心配はほぼないのですが……それを踏まえてか、サクリシアは我が国に対し、『南方だけを優遇することで、内乱の芽を育てる』という方向性の圧力をかけ続けているのです。このあたりは……ファルケ殿も、お詳しいのでは?」


 ファルケさんが神妙に頷いた。


「……旧レッドワンドは、ネルク王国への侵略に際して、『内乱を誘発させる』という方向性で策を立てていました。このドクトリンは、まさにサクリシアの動きを参考にしたものです。というより――サクリシア側から、かつて非公式の提案がありました」


 えっ、と何も知らない猫さんが動揺している間にも、ファルケさんは淡々と話し続ける。


「提案の内容はこうです……まず、レッドワンドがネルク王国に侵攻する。その上で、もしもホルト皇国がネルク王国を支援するために、レッドワンドとの国境となる西側に兵力を集めるようなら……その隙をついて、サクリシアが南側から内海を制し、南方諸侯を味方に引き入れる形で一帯をかすめとる――最悪、交易の要所となる『クロム島』だけでも寝返らせる。そういう策略です。サクリシアはおよそ十年後を目処に、準備を進めていたようですが……レッドワンドでの飢饉とオズワルド様の介入により、私がこのタイミングで軍を動かさざるを得なくなりました。結果、サクリシアの方針も軌道修正を強いられている頃かと思います」


 猫は目を見開き、フレーメン反応をした。

 は?

 何それ?

 サクリシア?

 山賊王シュトレインさんという、転生者だか転移者だかが作った商売重視の国という話だった気がするが……なんでそんな黒幕みたいなムーブしてんの!?


 猫の疑念が伝わったのか、バロウズ猊下が深々と嘆息した。


「……えー……そもそも、『クロム島』は歴史的にも紛争地でして……また南方の諸侯は、ホルト皇国では『敗者』として長く冷遇されてきたため、国に対する忠誠心が薄いのです。ある意味で迫害されてきた彼らにとって、内海を隔てたサクリシアの存在は、むしろ『解放者』のように見えていることでしょう。また、国もそうした動きを知っているからこそ、クロム島に西方出身の貴族を送り込み、『クロムウェル伯爵家』を興させたのですが……当時の当人達にとっては、それすらも『左遷』に近い感覚だったようで、狙い通りの忠誠心は得られていません。『サクリシア』も情報戦を仕掛けているでしょうし、またクロムウェル伯爵家も両国を天秤にかけ、僻地の貴族としてうまく立ち回っております」


 むむむ……あの双子ちゃんは、ご実家のこの動きを知っているのだろうか……? うっすら気づいてはいそうだな?

 猫が推測するに、今は作家をやっている先代当主、双子ちゃんの「お祖父様」は明確なホルト皇国派だ。そして双子ちゃんの『ラズール学園進学』に反対していた現当主、つまりお父様のほうは、「場合によってはサクリシアに寝返ろう!」と野心を秘めている感じか。その場合、ポルカ・マズルカ姉妹は政略結婚の道具として便利なはずである。フカー。


「南方の諸侯は一枚岩ではありません。ホルト皇国に留まりたい貴族と、状況次第ではサクリシア側についても良いという貴族が混在しています。不満の一因は、『皇国議会』における南方諸侯の、理不尽なまでの影響力の低さですので……皇家としてはこれを改善したいのですが、東西諸侯連合が、これに強硬に反対しております。まぁ、南方を優遇すればその分、自分達の今の権勢が大きく削られるわけですから、既得権を持つ側としては当然の反応です。愚かしいことですが」


 バロウズ猊下が深々と溜息。


「四十年前の『ペシュク侯爵家による模擬戦の乱用』も、ここに一因があります。ペシュク侯爵家は東側諸侯に属しており、南方と領地を接していました。彼は経済的に裕福な南方諸侯を力ずくで蹂躙し、略奪や戦後の賠償金によって得た金を東西諸侯連合に賄賂として流すことで、連合内での発言力を得ていたのです。彼の横暴を政治的に止められなかったのも、『経済力をつけてきた南方諸侯への危機感』が根底にあり、この南側を『力ずくで抑えつけるべき』と考えた中央の貴族がそれなりに多かったせいでしょう。そのタイミングで『ラダリオンの反乱』が起き、『この方針は家臣の離反をも招く』と証明されたのは不幸中の幸いでした。多くの貴族が一報によって冷や水を浴びせられ、穏健派が力を取り戻すきっかけとなったのです」


 ……ホルト皇国さんは、平和な文明国だと聞いていたのだが……内情はけっこう綱渡りやってんな? やはり外から見ただけではわからぬものである。


 国も会社もそうなのだが、「大きくなりすぎると、内側、もしくは外縁部から割れる」ことが往々にしてある。

 人類の歴史はだいたいコレの繰り返しであり、ローマ帝国とか中国の春秋戦国時代とか、あるいは日本の鎌倉幕府の成立時とか……

 要するに「僻地まで中央の統治が及ばず、そこに独立した勢力が生まれる」という流れ。

 平安時代の「平将門の乱」も、成功していればその時点で別の国が成立していたはずである。実際、短期間ではあるが「新皇」とも称していた。


 ホルト皇国の統治は、そこまで切羽詰まった状況とは思えぬが……周辺国としては、その安定感が目障りなのかもしれず、できれば混乱を起こして足を引っ張りたい勢力もいるのだろう。


「そしてここで……昨年末の、『ペット誘拐犯・捕縛事件』が、複雑な意味を持ってきます」


 猫はすかさず尻尾を丸めて毛繕いを始めた。

 ……聞きたくない! これもう聞きたくないやつ!


「皇都に根付いた非合法組織……特に『水蓮会』と称する勢力は、皇国議会に強い影響力を持つ東西諸侯連合に、多くの賄賂を渡しています。皇家や神殿勢力は、これに掣肘せいちゅうを加えたかったのですが……議会では東西諸侯に数で負けており、大きく動けませんでした。しかし先日の一斉捜査で裏帳簿が発覚したことにより、相手の力を削ぐ大義名分ができ……皇国議会における東西諸侯の議席を減らし、そこに南方、北方の貴族を据える方向で動いている最中なのです」


「えっと、それは……上手くいきそうなんですか?」


 トゥリーダ様が問うと、猊下はお祈りのポーズ。


「……なんとも言えません。非合法組織とつながっていた貴族の、議会からの排除は問題なく進むでしょうが……東西諸侯連合は、空いた席に自分達の身内を押し込みたい。しかしそれでは同じことの繰り返しです。現在の皇国議会は、議席の六割以上を東西諸侯が握っています。派閥内での抗争もありますが、一致団結されると皇家でも対応は難しい……皇家はいくつかの特殊な権利を有していますが、議会の評決をひっくり返せるほどのものではないのです」


 皇国議会の議決権はちょっと特殊で、「皇族が二十、公爵と侯爵が十、伯爵が五、それ以下が一」という、票の格差があるとか。

 また爵位とは無関係に「組織の代表者」にも票が割り振られており、浄水教の持ち分は二十。


 単体で見ると大きそうに見えるが、決して「皇族なみの扱い!」という話ではなく、各省庁の持ち票もだいたい十~二十あるので……組織としては多少優遇されているものの、議会をどうこうできる立場ではない。


 そもそも皇族は三人まで出席可能で、あわせて六十票。また公爵や侯爵は傘下の伯爵、子爵、組織の票を取りまとめできるので、実質的な影響力は一人あたり五十~百票以上まで伸びる。もちろん皇族も同じようにして票を集められるため、浄水教は基本的に『皇族と足並みを揃える』ことが多いとか。


 そして東西諸侯連合が議会で強いのは、そもそもの議席数が多いのに加えて、主要官公庁のポストを傘下の貴族でおさえているためである。


 今回の『裏帳簿』の一件を切っ掛けにして、この東西諸侯に配分された議席を減らし、主要組織のポストも南北の諸侯や皇族の息がかかった官僚に交代させたい――というのが、皇家の方針だ。


「東西諸侯連合も、『オズワルド様の怒りを買うのはまずい』とわかってはいるのです。しかし、だからといって皇家の言いなりになって議席を手放せば、そもそも経済力で勝る南方諸侯に立場を完全に奪われる。しかも不穏分子を含む南方諸侯が力をつけすぎれば、いずれはサクリシアからの内政介入をも招きかねない。もちろん皇家としてもそこまでは望みません。しかし、腐敗したままで権勢をふるう東西諸侯も野放しにはできない……現在のホルト皇国は、それぞれの勢力が難しい舵取りを模索している最中なのです」


 猫は恐る恐る挙手した。


「……あのー。つかぬことをうかがいますが……トゥリーダ様の外交も、各勢力の政争に利用される可能性が……?」


「……むしろ、各勢力がそれぞれ、そこを『突破口』として狙いを定めております。『トゥリーダ様を通じて、オズワルド様の信用を得る』――これに成功すれば、他の勢力に対して優位に立てる。皇家は『裏組織に通じていた一部の有力諸侯を罰するための、大義名分』を補強できます。東西諸侯連合ならば『オズワルド様に許された』という事実を盾に、議席の減少ではなく身内でのポスト交代によってこの場をしのげます。南方諸侯は『いっそオズワルド様を味方につけ、東西諸侯を押しのけたい』と考えるでしょうし、各省庁は大きな変化を嫌がって、『現状維持』へのお墨付きを得たいところでしょう。北方諸侯だけは……いずれかの派閥にくみするか、あるいは傍観するか、今もまだ迷っているかもしれませんが、とりあえず『自分達で実権を得よう』とは考えないはずです。彼らの価値観は……ホルト皇国内でも少々、異質なものですので」


 聞き流せないものを感じて、俺は詳細を問う。


「異質というと、どのような?」


「北方の諸侯は、今でも『独立国』のような気風を持っています。ホルト皇国、中央政府での政争を他人事のように捉えているというか……なので中央での権勢を求めず、あまり興味もないというのが本音でしょう。仮に圧政をされれば抵抗するでしょうが、北方に対してはどの勢力も、『わざわざ敵対したくはない』というスタンスですので……北方のある有力貴族などは、『浄水宮の水さえちゃんと下流に流してくれるなら、あとのことはどうでもいい』と公言しているぐらいです」


 うーん……そこまで無関心だと、バランサーの役割などは期待できないか。

 そして困惑顔なのはトゥリーダ様である!


「……もしかして滞在期間中、いろんな偉い人から面会を求められるのが、確定してたりしますか……?」


「はい。リスターナ子爵から、近く報告が入るでしょうが……接触要望の取次と時間配分の提案に、外務省も苦慮しているはずです。トゥリーダ様がある程度、断ることは折込済みですが、『誰と会うか』の決定権がレッドトマト側にあるとはいえ、外務省側でもある程度はさばく必要がありますので……滞在初日には皇族への挨拶があるかと思いますが、その後は面会に関する相談で手一杯になるでしょう」


「あ、ご安心ください! 出発前にリスターナ子爵からその内容をうかがって、パスカルさんにも回しておきます。検討の時間を数日は確保できるようにしておきますので!」


 俺が慌てて気を利かせると、ファルケ氏も丁寧に頭を下げた。


「私も、及ばずながら助言をさせていただきます。旧レッドワンドと非公式に縁のあった貴族が、多少はいるはずですので……」


「敵と味方を分ける……というほど大袈裟なものではなかろうが、少なくとも現時点で『レッドトマトの意思』がどこにあるのかを、面会者の選択と会談内容によって推し量られる。覚悟しておけよ、トゥリーダ。ちょっとした冗談や軽口すら重々しく受け止められるぞ」


「……や、やですぅー……!」


 オズワルド氏が笑顔で脅すとトゥリーダ様が幼女化したが、これは防衛機制の一種であり、気心が知れている仲間だけにしか見せない姿なので問題ない。

 本人も「逃げられねえ!」というのはわかっているし、なんだかんだ、この子は本番に強い。猫は信じている! 「その信頼が重いんですよ!」と御本人は嘆くだろうが、いやほんとに、期待以上によくやってくれていると思いますよ……? もっと自信持って……?


 シャムラーグさんがその背を撫でさすり、苦笑いでフォローに回った。


「大丈夫ですって、トゥリーダ様。今回、こちらのほうが強い立場です。ホルト皇国側は『オズワルド様の影響力』を欲しているだけなので、安請け合いさえしなければもう成功でしょう。ホルト皇国側の内政に干渉する気はないと表明した上で、今後のレッドトマトとの外交をよろしくお願いします、って具合に頭を下げるだけです。何も難しいことなんてないですよ」


 シャムラーグさん……! ちゃんと秘書(?)みたいなことできてる!

 半年前までは「密偵」という立場で、あまり政治的なこととか考えるタイプではなかったのだが……砂神宮でトゥリーダ様を補佐するうちに、そっち系の能力が伸びてきたのだろう。


 やはり人材は、育成することで覚醒するのだ。最初から優秀な人を確保するだけでは、組織としての限界がすぐにやって来る。

 ……トマティ商会は「最初から優秀な人」をだいぶ確保できてしまったが……まぁ、スタートアップの時期はね? 多少はね? あと伸びしろに期待するアンナさん、カイロウ君のご夫妻とかもいるし?


 猫が後方腕組みペット面でうんうんと感心していると、ヨルダ様が俺を持ち上げ膝に乗せた。


「……なぁ、ルーク殿。ちょっとした提案なんだが……トゥリーダ様の護衛の兵に、こっそり俺を混ぜてくれんか? もちろん一兵卒としての扱いでいい」


 はて? 変な要望である。


「理由をおうかがいしても?」


「純粋に『警護』だ。シャムラーグは密偵としては腕利きだが、要人警護には少し不安がある。自身を盾にするって手段は使えるが、それで怪我でもしたら、ルーク殿は敵に対して怒るだろう?」


 猫は首を傾げた。


「ヨルダ様は、ホルト皇国でトゥリーダ様が襲われる可能性があるとお考えですか?」


「状況が見えている人間ばかりじゃない。オズワルド様とトゥリーダ様の関わりをそもそも知らん連中が大半なんだ。今回、非合法組織とやらが関係しているし、そのあたりの下っ端に状況が周知されているとはとても思えん。極端なことをいえば――単なる強盗が宿に押し入るなんて可能性も、ゼロじゃない」


 ヨルダ様が珍しく、ちょっと真剣な目をしている。


「俺も何も起きんとは思う。だが、『万が一』が起きるのは油断した時だ。皆は『政治』に集中せざるを得んだろうから……『要人警護』はプロに任せろ。これでもライゼーの身辺警護を二十年近くやってきた」


 ……達人の勘、というやつかもしれぬ。


 前世でも、たとえば第一次世界大戦は「オーストリア・ハンガリー帝国の皇位継承予定者だった大公が、支配地だったサラエボで暗殺された」ことがきっかけだった。

 犯人は十九歳のセルビア人の若者。

 事件の背景にはゲルマン民族とスラヴ民族の対立感情があり、いろんな国や組織のめんどくさい思惑が絡み合った末の帰結だったのだが……

 その影響は大きく、欧州全体で一千万人近い死者を出した。


 犯人は当時、未成年だったために死刑を免れ、懲役二十年の判決を受けたが、肺病のために四年後の春に病死した。第一次世界大戦が終結したのは、彼が死んだその年の秋である。


 ……で、更にここから第二次世界大戦へとつながっていくわけだが……

 そちらの犠牲者は軍人だけでも二千万人以上、民間人が五千万人前後。飢餓なども含めた人数とはいえ、もはや正確な数字を割り出すのが不可能なレベルである。


「たった一件の要人暗殺」が、これほど大きな影響を生み出した事例が、前世には実際にあったのだ。そこに至るまでの背景や周囲の環境的な要因もあったとはいえ、「火種」は思いがけないところに生まれるものである。

 

 思案しながら、俺は皆様を見回したが――反対意見は特になさそう。特にシャムラーグさんが明らかにほっとした顔をしている。


「ヨルダ様が来てくださるのはたいへん心強いです。もし複数の刺客が来たら、俺もきついので」


「猫魔法の猫さん達も警護にはつけますが、明らかに人外の挙動をしてしまう上に、見えないので『警備が手薄』と思われちゃうんですよね……ヨルダ様、ぜひよろしくお願いします!」


「念のため、顔は……特に目元は隠しましょう。見る者が見れば、ヨルダ様のお顔からラダリオンを連想してしまうくらいにはそっくりです」


 バロウズ猊下の助言も採用し、目元まで隠れる一般兵用の革兜を用意することになった。かぶると一気にモブキャラっぽくなる、ゲームなんかでもたまに見かけるアレである。警護兵は他にもいるので、うまく埋没するであろう。もちろん実力差は雲泥。


 そして諸々の準備を進めるうちに――トゥリーダ様・ホルト皇国訪問の日は、あっという間にやってきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ルークの初期からあった謎称号「うどん打ち名人」 これ、フラグ関係なんじゃないの? フラグ建築名人とか、隠れてない?
巨大な謎の魔獣はピタちゃんじゃなくて別の?
タイトルの続きがあるなら「俺とおまえと大〇郎」かな オズワルド様、きっと紅茶を飲む所作も貴族的で洗練されてそうだけど、片手に麩菓子もってるのか…美味しいですよね、駄菓子
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ