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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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221・猫の作戦会議


 いつものキャットシェルターで、お昼ごはんの五目あんかけラーメンをずるずるとすすりつつ――

 俺はオズワルド氏とファルケさんを交え、少々面倒な作戦会議をしていた。


 なお、クラリス様達は今日は学食でお昼を召し上がる予定であり、一方でお留守番のペズン伯爵やマリーシアさん、ピタちゃん、勤務中のスイール様とリルフィ様のところには、同じメニューをデリバリー済みである。スイール様のところには中華丼(特盛)もセットでお届けした。成長期ですからね……(たぶん)

 そしてネルク王国側で勤務中のアイシャさんは、時差の都合でまだランチタイムではない。おなかすかせてそう……


「しかし、驚いたな。浄水教の大司教が、まさかルーク殿の存在に気づいていたとは……浄水教の活動範囲はホルト皇国内のみだ。国内の情報には強いだろうが、諸外国からの情報にはうといと思っていた」


 町中華のラーメンにご満悦なオズワルド氏の言葉に、ファルケさんが「はぁ」と応じた。


「おっしゃる通りなのですが、あの『バロウズ』という大司教だけは例外のようでして……私がレッドワンドでトライトン将爵家に養子入りした頃、彼の噂を聞いたことがあります。当時は大司教ではなく、まだ『司教』でしたが……浄水教の新しい司教が交易に積極的で、国境沿いの街や村に、浄水教絡みの交易拠点を積極的に整備していると……バロウズ・グロリアスの名は、商人達の間では『目端めはしの利く神官』としてそれなりに有名でした」


「ほう? つまり、交易のために整備した外交情報用のルートで、ルーク殿の存在を掴んだということか?」


 この疑問には俺が応じる。


「いえ、今回はそういう理由ではなさそうなんです。もちろん裏付けの情報などはそのルートで得ているはずですが、そもそも彼はアイシャさんと同じ『夢見の千里眼』という特殊能力を持っているようでして……」


 オズワルド氏が納得したように口の端で笑った。


「ほう、あれか。世界に大きな異変が起きると、夢の中でその光景を見られる、という――」


 ファルケさんは知らなかったようで「そんな力が……?」と目を見開き、オズワルド氏が追加の説明をぶっこんだ。


「大地に残された記憶を見る力、などとも言われる。邪神クラムクラムは、自身の体表で大きな異変が起きると、その情報を星の中心にいる『本体』へ送る経路として地脈を使うらしい。『夢見の千里眼』を持つ人間とはつまり、その変化に反応してしまう特殊な体質の持ち主なのだろうな」


 ……それはもしかして、通信を盗聴というか、無意識に傍受しちゃってる感じ……? なんかヤバそうな情報なので気にはなるが、今は後回しにすべきであろう。


「地脈を利用するという意味では、魔族や亜神の能力とも通じる部分があるから――先祖をさかのぼると、遠い親戚に魔族や亜神の血が薄く混ざっている例が往々にしてある。アイシャやバロウズという大司教もその類かもしれん」


 ……俺も宅配魔法で使ってるんだよなぁ、地脈……「この星の本体が、クラムクラムというなんかヤバそうな存在である」という情報は、迷宮の管理者たるカブソンさんから聞いた厄ネタなのだが……地脈を通るついでにうちの猫さん達がちょっかいを出していないか、ほんの少し心配である。猫力高めだといいな……


「彼はその『夢見の千里眼』で、私が大規模な猫魔法を使った光景を見てしまった可能性があります。たぶんアーデリア様を止めた時と、オズワルド様にもご一緒いただいた砂神宮での農地開発、その後の国境での竜巻騒ぎとかですかねぇ……」


 ハイパーネコ粒子砲については黙っておく。アレはむしろなかったことにしたい。

 オズワルド氏がしばし考え込んだ。


「……後者の二つは、世間的には『私が使った魔法』ということになっているな。そうか。それで私が『猫のような上位存在』と協力関係にあると気づき、連れてきた『留学生』達も亜神の関係者だと推測したわけか」


 農地と竜巻については、公的には「魔族オズワルド様の仕業」ということにされている。

 諜報部を混乱させるためのデマ・誤情報も大量にバラまいてはいるが、レッドトマト商国の建国にオズワルド氏が深く関わったことは事実であり、これに関しては確定情報なのだ。


「いや、しかし妙だな? なぜそんな気付きを、わざわざあんな会議の場で表明した? 我々に目をつけられて、口封じに殺されるとは考えなかったのかね?」


 ……『じんぶつずかん』を読んだ俺は、もうその答えを知っている。でも、じんぶつずかんさんのヤバすぎる精度については隠しておきたいので……ここは「ほんとですよねぇ」とあっさり同意した。猫は悪辣あくらつ


「その確認のためにも一度、接触してみようと思います。というか……むしろこれ、『誘い』の一手ではないかとも思います。実は肝心の情報は漏らされていませんし」


 バロウズ大司教が議場で言ったことを要約すると、以下のようになる。


・この世界に魔族を超える上位存在が来ている可能性がある。(歴史上でもたまにあること)

・その上位存在は猫と関わりが深いらしく、留学生達の飼い猫を含め、そこらにいる猫さん達も『もしかしたらその上位存在の配下になっているかも』と推測している。(個人の感想)

・キミら魔族にばっか注意向けてるけど、もっとヤバいのでてくるかもしれんから自重しとき?(牽制球)


 というあたり。

「猫に気をつけろ」という注意喚起はあったが、いずれも世迷い言スレスレの推測ばかりであり、政治的にはむしろ「急にこんなことを言い出すバロウズ大司教は大丈夫なのか?」と心配されかねない悪手であった……と、思われても仕方ない。


 しかし――見方を少し変えると、この「悪手」は意外に「妙手」でもあったりする。


 まず、事態のヤバさに気づいた上で、なおかつ様子を見ている一部の貴族は、「大司教も自分と同じ推論を得ている」と理解しただろう。


 その上で、もしもこの後、バロウズ大司教に「失踪」「行方不明」「殺害」といった何らかの不幸が降りかかれば、「魔族、もしくは上位存在の怒りを買った」という可能性が高くなり……「これはガチの厄ネタである」として、他の貴族もさすがに動きを自制するはずだ。少なくともレッドトマトやネルク王国相手の外交姿勢には慎重にならざるを得ない。


 次に、「もしも何も起きなかった」場合。

 大司教が推論を外して恥をかくだけで、大勢には影響ない。御本人の政治生命はアレなことになるかもしれぬが、それは本人も覚悟の上。何より、「ただの杞憂で済めばそのほうが良い」というのが本音か。


 そして最後、バロウズ大司教が「もっとも可能性が高い」と見越している選択肢が、『亜神、もしくは魔族からの、大司教への接触』である。


 ぶっちゃけ、今日の会議における諸々は、「大司教からの、我々に対するアピール」だ。


 自分は上位存在の意向に沿う用意がある。

 そう表明し、リスターナ子爵が我々に大司教のことを報告すると期待した上で自分に接触させ、こちらの真意や人となり等を確かめる――それこそが彼の主な目的である。


 リスターナ子爵に初手で接触せず皇国議会での表明を選んだのは、「誰にも何も言わずに接触すると、仮に口封じでそのまま殺された場合、自分のその死が事故死か自然死だと思われてしまい、貴族への警告にならない」ためだろう。

「亜神の勘気に触れぬよう、命を賭してでも貴族達への自制を促す」こともまた彼の目的なのだ。


 そしてもしも接触が叶った後は、その場で脅迫を受けるか、殺されるか、隷属れいぞくを強いられるか、あるいは交渉になるか――どのパターンであっても『国ごと滅ぼされるよりはまし』と彼は思い切った。


 ……ちなみに、こちらのバロウズ大司教が想定している最悪のパターンとは「人類滅亡」、次点で「大陸消滅」、その次に「ホルト皇国の壊滅」で、「属国化」ぐらいならむしろ全然OK! というスタンスである。わぁ、悲観的ぃー。


 …………こんなにかわいい猫さんがそんなに怖いの……? ルークさん、ちょっとしょっく……


 初対面で失神してしまったリスターナ子爵もそうだったが、ホルト皇国の方々は「亜神」とか「魔族」とか「神獣」的な存在を、ちょっと過剰に恐れている感がある。もちろん個人差は大きいのだろうが、全体の傾向として反応が重い。俺を見て平然としてたのパスカルさんぐらいでは?

 ……あ、いや。クロムウェル家の双子ちゃんもいたか。やっぱ個人差でけぇな?


 ハイパーネコ粒子砲の光にだいぶ精神をヤられた可能性もあるが、ここで一つ、大事な点を指摘しておきたい。


 バロウズ大司教が『夢見の千里眼』を通じて知っている俺の姿は、あくまで「大魔法を駆使した場面」のみであり……実は彼、「クラリス様が我が飼い主」であることもまだ知らないのだ!


 一方で、猫の旅団召喚時と農地開発と竜巻の時にはオズワルド氏が一緒にいたため、『魔族オズワルドと奇妙な猫が、なんらかの密約を結んでいる』ことは確信している。

 ……というか、もはや「魔族を使いっ走りにするやべぇ猫(のような何か)がいる」と思われている……彼が持つ危機意識の根っこがソレである。


 実はバロウズ大司教が把握している情報は、現状、決して多くない。


 使い手すらドン引きした威力の猫魔法や、オズワルド氏が猫と関わっていることは知っていても、その真なる野望――すなわちトマト様による耕地侵略についてまでは知らぬ。


 また、オズワルド氏がネルク王国の留学生達を連れてきた経緯から、「その飼い猫も、『猫のような上位存在』の配下かもしれない」と見当をつけてはいるものの――まさか「上位存在そのものが、ペットとして飼われている」可能性までは想定していなかった。なんでや。ルークさんの現状になんか文句でもあんのかコラ。


 もちろん猫が深夜残業して書類の山に悪戦苦闘していた姿や、トマト様を摘果しながら「ウフフ……」と怪しいスマイルを浮かべる姿、リルフィ様のお胸に埋もれて「にゃーん」と甘える姿なども一切知らないわけで……


 要するにバロウズ大司教が持っている情報は、ある程度の正確性こそ担保されているものの、かなり断片的である。結果として導かれた推論も、我々から見ると「なんかおかしくない?」というモノになってしまった。

 まずはこの誤解を解くのが急務であろう。


 オズワルド氏は、デザートのゴマ団子で唇をテカテカにしながら唸った。


「しかし、ルーク殿がわざわざ接触するのか……さすがに殺すのは許可しないだろうが、あえて無視するという選択肢もあるんじゃないか?」


「選択肢としてはありえますが、今回は接触することにメリットがありそうです。一応、水精霊様の信徒でもあり、あまり荒っぽい真似はしたくないですし……政治に一定の影響力を持つ人ですから、なるべく味方にしておきたいんですよねぇ」


 バロウズ大司教の「覚悟」については『じんぶつずかん』情報なので、オズワルド氏には明かしていないが……まぁ、それは御本人の口から聞き出すとしよう。そのほうが納得感を得られるはずである。


 というわけで、お昼休みもそこそこに、我々は浄水教の神殿へと飛……ぼうとしたのだが、ここでファルケさんから「少しお待ちを」と言われてしまった。


「浄水教への接触であれば、事前にスイール様へ相談したほうがよろしいかと存じます。スイール様は現在のホルト皇国において、『水精霊様からの祝福を受けた唯一の魔導師』ですので、魔導師でありながら神官達からも神聖視されており、それなりの信頼関係を構築できているはずです」


 ファルケさんによると、「スイール様は、宮廷の魔導師、皇族、神殿関係者達を後ろ盾とし、貴族達からの干渉を最小限に抑えている」という立ち位置らしい。

 魔導師だし、神殿とはあんまり関係ないだろうな……と思い込んでいたが、そういうことならやはり相談は必要であろう。

 というわけで、お昼休憩中のスイール様、リルフィ様達のほうへ先にお邪魔する。


「にゃーん」


「……職場に猫がきちゃった」


 余人の目がないことを確認してから姿をお見せしたのだが、スイール様から返ってきたのは困惑であった。

 でもリルフィ様が「わぁっ……! 来てくれたんですね」とたいへん喜んでくださったのでキニシナイ。


 そして猫は、議会見学の報告とあわせて、件の大司教様について泣きつ……ご相談をするのであった。


 §


 バロウズ・グロリアスは、その人生においていくつもの後悔を抱えている。

 端的に言えば、彼は大事な局面で、自らの命惜しさに逃げてしまった。


 その後悔の中でも最たるものが、四十年前――

 侯爵家相手に反乱を起こそうとした友人を止められずに、そのまま見捨てた。

 考え直せ、とは言った。協力はできない、ともはっきり拒絶した。


 それでも彼、ラダリオン・グラントリムは剣をとった。


「ブレルド・ペシュクは人殺しが好きなだけの本物の狂人だ」

「これ以上、奴を自由にさせていたら、さらなる災禍を招く」

「しかし、その強さが本物である以上――奴を止められる人間は限られる」


 そして彼は死地へと赴き――帰ってこなかった。


 数年前、このラダリオンの生き様が演劇化された。

 劇作家はバロウズにも取材を申し込み、バロウズはこれを受け、当時のことを詳細に語って聞かせた。

 ラストシーンで、ラダリオンとその妻子が生き延びて他国へ亡命するという、『史実と食い違う改変』はあったものの――それ以外の要素は、かなり史実を反映した筋書きとなっている。


 バロウズをモデルにした神官も登場している。

 反乱を止められなかったことを悔やみつつ、それでも友の偉業をたたえ、これを後世に語り継ぐという役回りだった。この劇中の神官は、ラダリオンの生存を知らない。


 概ね史実通りであるし、作劇上、収まりのいい形でもあったのだろうが……実のところ、バロウズは「逃げた」のだ。

 彼は戦う技能こそ持たないが、多少は回復魔法を使える。重傷者への止血くらいは可能だし、従軍していれば救えた命もあっただろう。それこそ――ラダリオン本人のことは、最優先で治療していたに違いない。


 彼はその後悔を、今もずっと抱え続けている。

 結果として、その後の神官としての生は、「自分はどうして生きているのか」と問い続けるものになった。

 そんな姿勢が周囲からは聖職者らしく見えたのか、望外の出世につながったのは皮肉な話である。


 そして彼は、今。

 この国の……あるいは世界の危機に際し、自らの命を賭した。


 彼は自身の特殊能力、『夢見の千里眼』について、対外的には隠している。そもそも『世界に影響を与えかねない異変』が起きない限りは発動しないため、魔力鑑定をするまでは本人すら気付いていなかった能力である。

 火山の噴火、あるいは地震の光景などを『ただのリアルな悪夢』として見たことはあったが――それが現実の光景だったかもしれないと気付いた時には、戦慄した。


 当時の師にはこう言われた。


『特殊能力持ちは珍しいから、喧伝すれば出世しやすい。その一方で、実力が伴わなければ悪目立ちするだけに終わることもあるし、政治的に利用されたり、変な輩が寄ってきやすくなったりもする。君の進路や生き方にも影響するし、それぞれの道に明確なメリットとデメリットがあるから、誇示するか隠蔽するかはよく考えなさい』


 この助言に従い、バロウズは「可能な限り隠蔽」することを選択した。

 良い師だった、と今でも思う。

 師の名はクレイン。御年二百二十歳の皇族、いまだ存命の『長老』である。


 ただし、今のこの状況において、「隠蔽」の決断が正しかったのか否かは少し判断が難しい。


 もし公表していれば、皇国議会でのバロウズの発言は、より一層の信憑性を持ち各貴族に響いたことだろう。

 だが、バロウズ自身がもっともよく理解していることでもあるが――この能力は、得られる情報があまりに断片的すぎるのだ。

 その断片化された情報を他人から盲信されてしまうと、これも困る。


 夢で見られるのは「光景」のみ。

 声まで聞こえることはごく稀で、何か聞こえたとしても概ね聞き取れない。よほど大声で叫んでいれば、あるいは……といった程度で、つまりその場の会話まで聞けるわけではない。

 また大まかな方角と「遠いか」「近いか」くらいは感覚的にわかるが、具体的に「どの国での出来事なのか」を推測するのは非常に難しい。

 町並み、山の稜線、気候風土、建築様式など、多少のヒントがあったとしても、ホルト皇国とその近隣国しか知らないバロウズに遠隔地の推測は難度が高すぎる。


 ゆえに「猫の大群」が、狂乱した『純血の魔族』と思しき娘を一方的に蹂躙じゅうりんした時も、その地が「ホルト皇国から見て西側のどこか」だとは理解していたが、国名はわからなかった。

 数ヶ月後に真偽の怪しい外交情報が伝わってきて、はじめてそれが『ネルク王国』での事象だったと知ったのだ。


 金色に光る巨大な猫の神像が、雷光よりもまばゆい光の柱を吐いて一瞬で洞窟を穿うがつ恐ろしい光景も見た。

 それはまさに神罰そのもので、おそらくあの光の先では、上位存在にとって不都合な何かが消滅したのだろうと確信できた。


 巨大な岩山が、大地を揺るがす巨大な猫へと転じ、そのまま地を均す大災害も目撃した。

 あまりの恐怖に最後まで見届けることなく目覚めてしまったが、夢で見たあの光景は、街か、あるいは城や砦などをまとめて潰した瞬間だったのだろう。


 極めつけは、平原に並んだ数百、数千もの巨大な竜巻によって、疲弊した大軍が追い立てられる光景――

 これはオズワルドがレッドワンドの軍を追い払うために使用した大魔法という触れ込みだったが、バロウズは夢の中で、その竜巻に『猫の耳』が生えていたのを確かに見た。


 この竜巻に巻き上げられた兵達は、空中で茶色い箱に次々と閉じ込められ――地に落ちると、そのまま土に沈んで消えた。

 行き先は地獄か、それとも埋葬を省いただけなのか――詳細はわからないままだが、目覚めた時、彼は恐怖のあまり酷い寝汗をかいていた。


 ――世界は今、『亜神』と思しき存在の「怒り」を買いつつある。

 それがバロウズの至った結論だった。


 その存在が何に対して怒っているのかはわからない。

 人類の愚かさに対してか。

 あるいは不敬に対してか。

 いや、もしかしたら怒りのためではなく、何かの目的に沿って行動しているのかもしれないが――「戯れに力をふるっているだけ」という可能性も捨てきれず、バロウズには何もわからない。


 仮に昨年末の、不可解な『ペット誘拐犯』の爆発騒ぎもその一例だったとすれば――神聖な獣に対する犯罪を放置していたホルト皇国への印象は、決して良くないだろう。この上、馬鹿な貴族がその怒りを買ったらどうなるか……それこそあの神罰の光によって、この皇都は薙ぎ払われるかもしれない。


 皇族や官僚は「魔族オズワルドの怒り」を恐れて、ペット誘拐犯の背景事情を徹底的に捜査した。バロウズも「あの爆発事故は遠回しな警告で、その後の日々は与えられた猶予期間」だと判断したが、その主体はオズワルドではなく、「猫のような上位存在」だと考えている。


 つまるところバロウズは、あえて自分の首を差し出すことで、その「上位存在」の真意を知ろうとしている。


 自分が殺されれば、それ自体が貴族達への警告になる。

 もしも交渉が可能な相手なら、隷属してでもこの国に対する慈悲を乞う。

 その前に皇都ごと滅ぼされるようなら――

 それこそ神の意思だろう。何が怒りにつながったのか、それを知ることすらできないのは無念だが、どう考えても人ごときが抗える相手ではない。

 

 皇国議会を後にして浄水教の神殿へ戻ったバロウズは、自らの執務室に籠もり、目の前の仕事をこなしながら審判を待った。


 魔族のオズワルドやその関係者達の耳に、今日の出来事が届くまでには、数日以上かかるかもしれない。

 一方で、外交官のリスターナ子爵が大急ぎで連絡係をこなした場合、今夜にでも「接触」があってもおかしくない。

 先方の都合やリスターナの立ち位置にもよるが、バロウズはそう覚悟した上で、すでに自宅金庫の中にも遺言状を用意してある。


 独り重たい空気を醸すバロウズの執務室に、ノックの音が響いた。「入りなさい」と声をかければ、秘書を務める神官が一礼後に入室する。


「大司教猊下(げいか)。宮廷魔導師のスイール・スイーズ様が、急ぎの面会をご希望とのことです」


 これからしばらくの間、「来客」があれば、それがどんなに不審な人物であっても決して粗略に扱わず、必ずすべて自分に知らせるようにと厳命しておいた。

 が、宮廷魔導師スイールともなれば、もちろん平常時でも追い返せない大物であり、バロウズは慌てて席を立つ。

 水精霊からの祝福を得ている彼女は、浄水教の神官ではないものの、教団内ではほぼ聖人として扱われる。そもそも水精霊と会話できる神官が教団内に存在しない。スイールが水精霊の祝福を受けた時、彼女はラズール学園の学生で、教官も魔導師だったため、そのまま宮廷に持っていかれた。

 あちらのほうが待遇も良いし、各種研究にも向いているからそれは仕方ないのだが、それでもやはり『水精霊様と話せる人材』との縁は大事にする必要がある。


「応接室にお通ししていますね?」

「はい。部下と思しき方を二名、お連れになっています。身元の確認はしておりませんが……」


 あえて紹介していない――ということは、部下かどうかも疑わしい。たとえば貴族や皇族を伴う場合、政治的な影響に配慮して素性を伏せることは往々にしてある。

 この場合、書類上に残るのは「スイールとバロウズ大司教が面会した」という記録だけなので、いろいろとごまかしやすい。


 そして――今のこのタイミングで訪ねてきたということは、スイールも含めて、それこそ「亜神」の関係者かもしれない。


(スイール様は、もしや……すでに先方と接触していたのか……?)


 そんな淡い期待を抱きつつ――

 バロウズ・グロリアス大司教は、応接室へ足を急がせるのだった。


※同行の部下二名はリルフィ様とオズワルド氏です(ネタバレ)

※10月10日はトマト様の日でしたが、何もできませんでした(謝罪)

※会報(書籍)六巻は10/15発売予定! よろしくお願いします。先日、見本誌が届きました(宣伝)

※六巻発売記念SSも書いてる最中なのですが、たぶん更新は発売日じゃなくて18日頃に……(敗北)

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― 新着の感想 ―
……それこそあの神罰の光によって、この皇都は薙ぎ払われるかもしれない。 ルーク「薙ぎ払え!」 農作物の収穫の1シーンです。
切り取って聞くと、ルークくんはとんでもない魔獣ですな(笑
こ、これはまさしく切り取り報道……! バロウズ大司教が謎の猫を怖れるのも無理はない、ですね(;´∀`)
感想一覧
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