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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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217・猫と多忙な学園長


 マードック・ホルト・マーズは、皇族の一人にして皇立ラズール学園の学園長である。

 見た目は四十歳前後だが、実年齢は八十五歳――侯爵家の娘だった妻には、つい先日、先立たれた。


 どういう理由か、さだかではないが、ホルト皇国の皇族には子供ができにくい。

 マードックにも子はおらず、妻はそれを少し残念がっていたが……それでも、平和に穏やかに過ごせたという意味で、悪くない人生だったとは思う。

 

 かつて知り合いの生物学講師が、「根拠の薄い俗説ですが」と前置きした上で、こんなことを言っていた。


「短命な種、あるいは生態系の下部にいる種は、子孫を残すために多産でない限り絶滅してしまう。その逆に長命な種ほど、一生のうちに生む子どもの数は減りやすい」


 つまり皇族は、「一般的な人々」よりも明確に長命であるがゆえに、より子供ができにくい体質なのではないか――そんな分析だった。


 実際、長命な割に、皇族の数はあまり増えることがない。寿命が二倍以上になるかわりに、生殖能力が二分の一以下になっている――というのは皇族間の共通認識である。


 だからわざわざ臣籍にくだる者も少ないし、その血は国内にも広がりにくい。

 公爵家や侯爵家などへとついだり婿養子になったとしても、結局、子宝に恵まれず、他の親族を後継者として据えることさえある。

 もちろんそこで生まれた子供は、長命になるわけだが……やはり生殖能力には乏しく、血統としては断絶しやすい。


 マードックも見た目の上ではまだ四十前後だし、後妻をめとってもおかしくない立場でもある。

 だが、それで今更、子供ができるとも思えないし、当面、再婚する気はない。亡き妻は笑って許してくれそうだが、マードック自身にとって、妻は彼女一人だけで充分だった。


 ホルト皇国の皇族は長命であるがゆえに――皇族以外の学友や部下、身近な人物などを見送る機会が多い。

 寂しくは思うが、そういうものだと理解している。


 その意味で――「魔族」に対しては、不敬かもしれないが、畏怖の念とともに親近感もある。

 皇弟ジュリアンも魔族のヴァネッサをめとったし、この感覚はマードックだけでなく、皇族の多くに共通しているものだった。


 昨年末、その魔族の中でもとびきりの大物が、唐突に皇都を訪れた。


 それがヴァネッサの兄、バルクホーク・ソ・サリールではなく、ほとんど縁のない別の魔族、「オズワルド・シ・バルジオ」だったために、一部の官僚は大混乱に陥ったらしい。


 会談の場には魔族のヴァネッサと皇のレイノルド、宮廷魔導師のスイールが臨み、結果的には国難につながることもなく事態を乗り越えた。


 それは良いとして……肝心の「オズワルドの来訪目的」が、学園長たるマードックとも無関係ではなかった。


『転移魔法で連れてきたネルク王国からの留学生を、ラズール学園で受け入れて欲しい』


 もちろん拒否などできないし、学園長としては光栄でもあるのだが……彼らに「何か」があった場合、オズワルドの怒りを買う羽目になる。


 さて、どんな人物が来るのかと気にしてはいたのだが、新年度の前後は多忙で接触する暇もなく、不動産管理部や外交官リスターナ子爵からの報告を確認しておく程度だった。


 そうこうしているうちに入学式が終わり、体験授業の期間が始まり、事務仕事をサボってこっそり外へ逃亡……抜け出したところで、外務省から回ってきた『ネルク王国からの留学生一行』の似顔絵とよく似た女性を見つけた。


 名前は確か、リルフィ・リーデルハイン――

 報告によれば、彼女こそが「宮廷魔導師、スイール・スイーズの内弟子」である。

 入学式の放送では、スイールが「弟子については詮索不要」とも言ったが、あれは大多数の学生達に向けた言葉であり、学園長たるマードックは式の後にその素性を把握した。


 聞けばスイールも、「魔族オズワルドへの配慮」として、ネルク王国の留学生達との同居を決めたらしい。つまりは内弟子であると同時に警護対象でもある。違和感なく庇護下におさめるための口実として、「内弟子」ということにしたのだろう。


 思わず声をかけてしまったが……実は「何を話すか」は決めていない。ただ、「どんな人物なのか」を確認しておきたかった。


 魔族のオズワルドに目をかけられるぐらいだから人当たりは良いのだろう。異国で揉め事を起こすような人物ではなかろうと推測しているが、やはり自分の目で確認はしたい。

 また可能であれば、目の前の彼女を起点として、他の留学生一行とも顔合わせをしたい。


 学園長の立場を使って呼び出すことは可能だが、うまく理由を作らないと他の職員から不審がられる。また、「他国の王族と学園長が個人的に会う」こと自体が、少々政治的な要素をはらんでしまう。

 友好国だから、ただの挨拶……とでもすれば問題はないのだが、実は今、時期があまり良くない。


 昨年末、『不可解な爆発事故』によって、あるペット誘拐犯が逮捕された。


 その犯人はただのチンピラだったが、爆発に「何者かの関与」が疑われ――手っ取り早く言えば、「誘拐された動物の中に聖獣・魔獣の類が混ざっていた」か、あるいはそれこそ「魔族を軽めに怒らせた」のではないかと捜査当局が警戒した。


 その日はちょうど、リスターナ子爵が留学生達一行を外務省につれてきた日で、オズワルドもこれに同行していた。この事実を知るのはあくまで上層部の人間だけだが、当然、不可思議な爆発との連想はつながってしまう。


 魔族の怒りを買った可能性がある、と気付いた官僚は、被害の少なさを『オズワルドから与えられた猶予期間』と解釈し、この件の精査を命じた。

 ペット誘拐犯が関係していた裏組織の各所にガサ入れが入り、そして出てきたのが……ペットの誘拐どころではない、侯爵家すら関わる不正、汚職、非合法取引の証拠となる裏帳簿である。


 年末年始にかけて、ホルト皇国はとても穏やかな気候に恵まれたが、政府と役所は真逆の嵐に巻き込まれていた。


 調査そのものは今も継続中だが……ホルト皇国の貴族社会は今、たいへん「ヤバい」ことになっている。

 不正に関与した貴族は保身に必死だし、この機会を利用して、無実の罪を押し付けてでも政敵を追い落とそうとする者までいる。

 ただでさえ貴族間の派閥が割れて複雑な政局が常態化しているというのに、ここに放り込まれた年末の「火種」が事態をめちゃくちゃにしてしまった。


 発端となった爆発事故のほうは、死傷者も怪我人もなくあっという間に処理が終わったが……こちらの政争ではたぶん死人が出る。誰がどういう形で死ぬかまではわからないが、本当の混乱が起きるのはこれからで、不正と関係ないマードックですら無関係でいられる保証はない。「ホルト皇国の政争は複雑怪奇」と言われる所以ゆえんである。


 そしてもちろん、オズワルドから託された大事な客を、この政争などに巻き込むわけにはいかない。誤解を恐れずに言えば、彼らは「第二の火種」に成り得る。

 余人に知られず彼らと接触できるこのような『好機』は、意外に貴重だった。


 妙に賢そうな猫を抱えた美しい魔導師は、やや不安げな眼差しのまま、「……リルフィ……リーデルハインと申します……」と、か細い声で名乗った。


 あまり覇気のあるタイプではないらしい。いつも冷静なスイールとも違う。いかにも気弱げで儚げだが、同時に繊細な知性が感じられた。

 おそらく研究職などには向いているはずで、スイールもそのあたりに目をつけたのだろう。


 ……ところで猫が微妙に白目を剥いている気がするのだが、これは光の加減とか角度のせいでそう見えるだけだと思われる。

 

「リルフィ殿、急にお声がけをして申し訳なかった。立場上……私は君達の『保護者』の方についても知っているから、安心してくれていい。オズワルド様御本人とお会いしたことはないが、詳しい事は皇や皇弟殿下、それにヴァネッサ殿からも聞いている。学園の責任者として、君達の安全を守るよう厳命された」


「は、はぁ……ええと……あの……」


 リルフィという魔導師は困ったように猫を抱え直す。緊張を緩和しようと、マードックは脱力気味に笑ってみせた。


「そう緊張しないでくれ。特に用事があるわけではないし、異国から来てくれた客人と、世間話をしたいだけなんだ。皇都にはもう慣れたかね?」


「は、はい……あの、学内や街の書店などには……何度か、うかがいました……」


 魔導師には書物を愛好する者が多い。

 幼少期に魔力の成長に伴い発熱する機会が多いため、外で遊ぶよりも涼しいところで書物を読むような生活に慣れやすい――などという俗説もある。


「書店か。おもしろそうな本はあったかね?」


「はい、いろいろと……スイール様の著書を買おうとしたのですが、『それは後であげるから』と止められてしまって……」


 スイールも一緒に行ったのか、と少し驚いた。警護役としては不自然ではないが、あまりそういうマメなタイプではないと思っていた。

 部下や後輩から頼まれればある程度は動いてくれるが、自発的に誰かの世話をすることはない――それがスイールに対するマードックの印象である。


(……そういえば入学式の時、『自分のほうこそ弟子から学べることが多いはずだ』とも言っていたが……社交辞令ではなく、まさか本気だったか……?)


 リルフィというこの娘の才能次第では、あの言葉にも信憑性が出てくる。


「リルフィ殿は、得意としている属性は何かね?」


「……えっと、あの……水属性、です……」


「おお、やはりスイール殿と同じだったか。同属性ならばなおのこと、互いに学び合える部分が多そうだ」


 リルフィは慌てた様子で首を横に振った。胸元の猫が「はっ」として……唐突に毛繕いを始める。猫のくせになぜかわざとらしい。


「いえ、そんな……実際には、私のほうがスイール様から学ぶばかりです……それにスイール様は複数の適性をお持ちですし、研究のほうも先進的で……」


「本人はいつも、『ただの器用貧乏』などと謙遜しているがね。実際、彼女はすごい。魔道具や魔法の研究どころか、学生時代には出店のメニューまで発明していた。先日の入学式でも出ていたはずだが、魔道具研究会のベビーカステラは食べたかね?」


「は、はい……おいしかったです……」


「あのベビーカステラを、彼女は子供の頃に発明したらしい。似たような焼き菓子は他にもあるが、つまみ食いに適したあのサイズ、素人でも少し練習すれば大量に作れる生産性など、目の付け所が実に良かった。今では露店の定番商品として、国中に広まっているよ」


「そうでしたか……やはりスイール様のような方は、子供の頃から素晴らしい才気をもっていらしたのですね……」


 口調はたどたどしいが、会話には応じてくれているし、ひかえめな笑顔も印象が良い。口下手だが誠実な人柄だと見当をつけて、マードックはもう少し踏み込んだ話題をふってみた。


「ところで……実は個人的に気になっていることがあってね。君達が賃借している住居についてなんだが……」


 リルフィがわずかに首をかしげた。学園長から住まいについて聞かれるなどとは想定していなかったのだろう。実際、相手が「普通の賃貸物件」に暮らしていたのなら、マードックもこんな話はしない。


「……廃墟同然になっていた、カルマレック先生の邸宅をわざわざ改装したと聞いたんだが……事実だろうか?」


 六~七十年ほども昔。

 まだ学生だった頃のマードックにとって、当時の宮廷魔導師カルマレックは尊敬すべき師の一人だった。

 講師と教え子、宮廷魔導師と皇族、老人と若人……立場の違いは大きく、さほど深い縁があったわけでもないが、しかし人生において大切な多くのことを学んだ。


 マードックが学園長の役職を前任者から引き継いだのは二十年ほども前のことで、その頃にはもう、「旧カルマレック邸」は幽霊屋敷として放置されていた。


 屋敷を壊すべき、という意見もあったようだが、幽霊つきの物件をいざ壊すとなると作業員のリスクが大きすぎるし――重要な土地でもなかったため、放置して自然に壊れるのを待つ流れになった。


 そもそも物件の管理は「不動産管理部」の仕事であり、学園長がわざわざ口を出すような案件ではない。

 そんな慣例を言い訳に、対応に迷いながら日々の業務へと逃げ、ずっと放置してきた。


 異国から来た留学生達がその物件を借りたと聞いた時は、不安しかなかったのだが――おそらくは魔族のオズワルドがどうにかしたのだろう。人類には対処が難しい事象に対しても、魔族ならば対処できる。


 そして叶うならば――ことの顛末てんまつを聞いておきたい。カルマレックはどんな状態で、最期はどうなったのか。教え子の一人として、知っておきたかったのだ。


 リルフィが困惑顔で頷く。


「……は、はい……改装は、こちらでさせていただきましたが……」


「そうか――カルマレック先生の幽霊は……やはり実在したのだろう? 我らにはどうしようもなかったのだが、一体、どのような形で対応をされたのだ?」


 この問いを向けると、リルフィはあたふたと困り果てた様子で目をぐるぐるさせ、抱え込んだキジトラ猫の後頭部に口元を押し付けた。

 ついでに猫も何故か目をぐるぐるさせている。


 そんなに難しいことを聞くつもりはないのだが――逆に戸惑いつつも、マードックはのんびりと、リルフィの返答を待った。


 §


 どうも、猫です!


 ……というわけで、縄張りの外でうっかり「おさんぽ♪」とかナメた行動をしていたルークさんは、めでたく学園長様に捕まったわけですが、まぁ、なんちゅーか……


 俺一匹だったら猫らしく逃亡して終わりなのだが、リルフィ様は人間で、しかも異国から来た留学生の付き添いで、こちらの宮廷魔導師の一時的な内弟子というお立場で……今はいろいろしがらみというものがある。人は猫ほど自由には生きられぬのだ……


 とはいえこちらのマードック学園長も、もちろん悪意などはなく、くだんのカルマレック邸に関しても「そんなところに住んで本当に大丈夫……?」と心配してくれている感じだ。


 また、かつてはこの学園におけるカルマレック氏の教え子だったという事情もあり……

 この人、皇族なのでそこそこ若く見えるが、実年齢は八十五歳である。

 カルマレック氏は死後五十年経っているので、マードック氏が学生だったのは六、七十年前の話か……まぁ、有り得る流れであるのだが……正直、生前のカルマレック氏を知る人物と出会う確率は、かなり低めに見積もっていた。「死後五十年」というのはけっこうな時間である。


 ホルト皇国の皇族は寿命が長い、という話は聞いていたが、その長さがこういう形で影響してくるとは予測していなかった。


 で、肝心の説明なのだが――


「オズワルド氏がやってくれました!」で済ませたいのだが、問題は件の物件が「聖域化」されていて、カルマレック氏は中位の精霊としてステップアップ中で、たぶんこっちに戻ってきたら土地神の「カルマレック大明神」みたいな立ち位置になるはずという……


 これは「魔族」たるオズワルド氏にも無理な芸当らしいので、皇族相手にどうごまかしたものか、いろいろ悩ましい。

 カルマレック氏本人の功績というか「才能の結果」みたいな流れにして、テキトーに流してもらうのも有りか。


 そこらへんの口裏合わせは後日やるとして……

 問題は「今」の対応である。


(……あ、あの……ルークさん……どのように答えたら……?)

 

(ゆ、幽霊のことは認めて大丈夫です! ただし見ていないのでよくわからない、オズワルド様が説得してくれたらしい……という感じで、曖昧あいまいにごまかしていただければと……!)


 リルフィ様にはハードルが高いか……? とも思ったが、我が師は訥々と、丁寧にご説明してくださった。知らない人とちゃんと喋れるようになってる……りるふぃさま、こんなにごりっぱになられて……


「……なるほど、やはりオズワルド様が……それにしても、先生は何がご無念で屋敷にとどまっていたのだろうな。あまり怨念などを残す性格とは思えなかったから、幽霊屋敷と聞いてもどうも違和感があって――人違いというか、別の幽霊が屋敷に憑いているのではないかと疑っていたほどだ」


「あの、それは……亡くなる直前に持ち込まれた、『不帰の香箱』という呪具の処分が心残りだったそうで……」


 突然、マードック氏が目を剥いた。


「不帰の香箱だと!? まさかそんなものが先生のお手元にあったのか!?」


 見事なまでの顔面蒼白……手まで震えていらっしゃる……

 逆にリルフィ様のほうがきょとんとしてしまった。


「……あの……私は、『危ないもの』だとうかがっただけなので、実はよくわかっていないのですが……そこまで危険な品なのですか……?」


 マードック氏が真顔で頷いた。


「私も史料で読んだ程度の知識しかないが……暴発すれば街が一つ滅びると言われている。高濃度の瘴気は疫病を生むことさえあるし、周辺の環境、副次的な影響次第では国さえ滅びかねない。先生は、どうしてそんな危険なものを……」


 カルマレック氏の名誉のために、ここは誤解を解いておく必要がある。

 俺はリルフィ様に説明をお願いした。細かい部分はちょっと怪しいので、ところどころでサポートしつつ……


「………………えっ。あっ……はい……ええと……あの、学園長……カルマレック様は……知り合いから相談されて、箱の処分方法を検討している最中に……突発的な心不全か何かで亡くなったようで……タイミングが悪すぎて、報告の類も間に合わなかったようですね……それが心残りだったみたいで……」


 訥々とした語りは、リルフィ様の癖……ではない。俺が途中で口を挟んでいるせいである。伝言ゲームみたいだな?


「そのような事情が……で、その箱は今、どうなって……?」


「オズワルド様が持ち去り、活火山に投下して処分してくださったと聞いています……経年劣化で壊れる寸前だったので……転移魔法で、慎重に運んだと――」


 このあたりの事情、外交官のリスターナ子爵には説明済みで、そこから皇様にも報告が行っているはずなのだが……こちらのマードック氏の耳には届いていなかったらしい。

 あんまり広げるような話でもないし、これはある意味、学園の危機管理問題でもあるので……「マードック氏の責任にしたくないから、あえて伏せた」と俺は見ている。


 これはスイール様からうかがったことだが、「皇族はみんな仲良し!」というわけでもなく、内部にはちょっとした派閥がある。

 こちらのマードック氏は皇のレイノルド陛下、さらに皇弟のジュリアン殿下やその妻のヴァネッサ様と親しいため、皇様にとっては「失脚してほしくない身内」なのだ。


 ちなみにスイール様も「基本的には中立」を保ちつつ、どちらかとえばこの派閥と距離が近い。ヴァネッサ様から孫っぽく扱われる程度には仲良しらしい。

 ただし他の派閥とも対立はせず、「人付き合いが苦手なクールキャラ」という仮面を使い、うまい具合にすいすいと世渡りをしているそうな……水属性ってそういう……?


 なお、リルフィ様(即座に出てくる反証)


 そのリルフィ様であるが、マードック学園長との不意の遭遇だったにもかかわらず、現状、きちんとご対応できている。俺もペットとして鼻が高い。


 不帰の香箱という特大の厄ネタには驚いた様子だが、危機はもう去ったとゆーことで、マードック氏は脱力気味に俯いた。


「……オズワルド様に、国単位で借りができたわけか……その香箱、出所などは……いや、調査は無理だな。先生が亡くなったのはもう五十年も昔だ。しかし、これは……ある意味では、君達の留学によって皇都が救われたようなものだな。君らがカルマレック邸に行かなければ、香箱はいずれ破損し、この皇都を瘴気が覆っていた可能性が高い。助かった――と、礼を言うべきか」


 マードック氏が少し改まった物腰で、深々と頭を下げてきた。入学式の時の気安い放送でも思ったが、この人、あんまり皇族っぽくないな?

 先日お会いした皇弟ジュリアン様とかはいかにも「皇族!」という高貴な感じだったのだが、こちらは体格が戦士みたいなガッチリ系だし、学園長という立場ゆえか官僚っぽさもある。


 その後も少し会話をした後、彼は別れ際にこんな話題を振ってきた。


「そうだ、学園内に友人はできたかね?」


「は、はい……ええと……」


 リルフィ様が少し戸惑ったので、猫は「話しても大丈夫です!」とメッセージで告げる。これは隠すことではないし、これから後ろ盾になってくれそうな学園長にはむしろ知らせておきたい。


「……クロムウェル伯爵家の、双子のご令嬢と……それから、私はまだお会いしていませんが、ペシュク伯爵家のオーガス様と、当家の嫡子のクロード様とが親交を結んだと聞いています……それからもちろん、ネルク王国担当外交官であるフィオット子爵家のベルディナ様とか……」


 お気づきいただけただろうか……そう、この全員が「猫好き」なのである。つまりリルフィ様とも猫仲間として割と気が合いそう。


 学園長は笑顔で頷いたが……その口元が一瞬だけ歪んだのを、ルークさんは見逃さない。

 クロムウェル伯爵家もペシュク伯爵家も派閥違いというか……クロムウェル家は「油断ならない」、ペシュク家は「評判が悪い」という認識なのだろう。年齢からして、四十年前の反乱にもリアルタイムで関わった世代である。が、今のオーガス君に会えば認識も変わると思う。猫力は危険域だけどいい子である。猫力は危険域だけど(二度も三度も言う)


「それはなによりだ。リルフィ殿も、お連れの方々も――何かあったら、気軽に相談してくれたまえ。私に連絡をとりたい時は、秘書課に手紙を渡してくれればいい。他のルートだと手続きが面倒になるのでね」


 ……これは我々が「オズワルド氏の友人」だからこその特別対応であろう。

 校舎のほうへのんびりと去っていくその大きな背を見送り、俺とリルフィ様はそろって胸を撫で下ろした。


「いやぁ、びっくりしましたねぇ……リルフィ様、お疲れ様でした!」


「いえ、ルークさんこそ……メッセージのおかげで助かりました……あの……変な対応になっていませんでしたか……?」


「問題ありませんでしたので、ご安心ください! リルフィ様もいつの間にか、社交に慣れてきた感がありますね」


 ルークさんは飼い主を褒めて伸ばすタイプのペットなので、きちんとそんな感じにフォローしておく。実際、唐突な遭遇だったにもかかわらず、リルフィ様はちゃんと対応できていた。

 俺もなんだか気疲れしてしまったので、もうおうち帰ろ……


 そして、宅配便でカルマレック邸へ戻ると。

 

「ああ、おかえり、ルーク殿、リルフィ嬢。いい知らせと悪い知らせがあるぞ」

「……お邪魔しております」


 ニヤニヤと楽しげな親戚のあんちゃん……もとい魔族のオズワルド氏が、正弦教団のファルケさん(元フロウガ将爵)と一緒に、居間で優雅に紅茶を飲んでいらした。ペズン伯爵と騎士のマリーシアさんが恐縮している……


 はい。いい知らせのほうだけ聞きたいです(本音)


いつも応援ありがとうございます!

先週の話なのですが、ピッコマのほうで三國先生のコミック版・猫魔導師、十七話の前編が更新されました!

こちらは先行配信(ポイント消費)となっていまして、たぶん一ヶ月後ぐらいにはコミックポルカのほうでも更新されるかと思います。

ストーンキャットにドン引きした泉の精霊ステラちゃんがルークさんに言いくるめられる回です。よしなにー。

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― 新着の感想 ―
その違和感は頓珍漢だな アーデリアや他魔族も四属性の上位精霊も気付いてなかったし、ヨルダやノエルは勘でやべー奴だと感じてたけど、それ以外だとストーンキャット見てとか夢見とかの間接的な要因で気付くくらい…
魔族の魔力密度の異常さを感知できるのは精霊の祝福を受けたレベルの魔導師のみという描写がある。 キジトラの魔力も同クラスの魔導師であれば感知できていてもおかしくないが、そのクラスは各国に一人居るかどう…
ルークは純魔族や精霊を超える膨大な魔力を持っていて彼らがすぐに気付くレベルなのに、人間の魔術師ですらルークを見てもただのかわいい猫にしか見えず驚異的な魔力量を一切関知できない描写には違和感を感じていま…
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