213・ペシュク伯爵家の悲哀
ペシュク家の当主には、歴史上、バカとクズしかいない――
これはホルト皇国の貴族社会において、定番にして月並みな陰口である。当たり前すぎて、いちいち誰も口にしない程度には広まっている。
ペシュク家そのものは、ホルト皇国の成立時から続く名門である。
国土の東端、リズール山脈の近隣を領地とし、肥沃な穀倉地帯も抱えている――抱えていた。
経済的には安定しやすい、いわゆる「当たり」の領地ではあったのだが……残念ながら領主がハズレ続きで、たびたび問題を起こしてきた。
有り体にいってしまえば、「バカが散財し、クズが圧政で蓄財し、またバカが散財する」――この繰り返しである。
金遣いが粗いだけなら、一概に悪とも言い切れない。すべては使い方次第で、たとえば治水工事や農地の開拓などを積極的に推進すれば、どうしても金はかかる。
見込みの甘さや賄賂で成果が歪められたとしても、周辺に金が巡るのであれば、経済政策として評価できなくもない。
ただし一方で、高価な宝飾品などに財貨を費やした挙げ句、それらが偽物だったり無価値だったりするとひどいことになる。
そして金がなくなると、次の世代が悪政によって蓄財に走る。賄賂、増税、無理筋の押収に不公正な取引――
初期の頃には、皇家と縁戚関係を結んで侯爵位まで得たペシュク家だが、その成功が後世の腐敗の元凶になったとも言える。
そして四十年前、遂にその流れが破綻を迎えた。
ペシュク侯爵家に仕えていた騎士、ラダリオン・グラントリムの反乱――
同調した騎士団と傭兵数名が、他領との「模擬戦」の最中に侯爵の本陣を急襲、ブレルド・ペシュク侯爵本人を殺害し、この際の乱戦によって世継ぎの長男や腹心達も死亡した。
下手人となったラダリオンも相討ちとなって戦死、当主と世継ぎと上位の家臣をまとめて失ったペシュク侯爵家は、他家にいたブレルド侯爵の「甥」を急遽、養子に迎えいれ、どうにか家の存続をはかった。
殺された当主、ブレルド・ペシュク侯爵の評判が最悪だったため、彼が殺されたことに同情は集まらず――亡き侯爵の罪状が次々と明らかになる中、その責を負う形で爵位も落とされた。
あわせて領地を大幅に削られつつも、どうにか伯爵家としての存続を許されたのは、貧乏くじを引かされた『ブレルド侯爵の甥』が、当時まだラズール学園の学生で……それまでペシュク家の家名すら名乗っていなかったことが影響している。
当主の死に同情は集まらずとも、その後始末を丸投げされた若き学生には、多少なりとも同情する者達がいたのだ。
死んだ侯爵がやらかした悪事への賠償金、迷惑をかけた他家への謝罪、ペシュク家の存続を認めてくれた貴族への謝礼などを捻出するのにさんざん苦労したものの、彼は数十年をかけて、どうにか領地経営を改善し……
そして数年前、過去の亡霊が現れた。
反乱の騎士、ラダリオン・グラントリムを英雄視する舞台劇――
これがヒットしたことで、かつての『ペシュク侯爵家』の悪行が再び陽の目にさらされ、現ペシュク伯爵家を巡る風向きも大きく悪化した。
この舞台劇にて描かれたブレルド侯爵の悪行が、もしも史実を無視した脚色だらけのものであったなら、「これは史実ではない」とせめてもの反論ができたのだが……脚本家はその逃げ道を潰すように、悪事の部分に関しては、ことさら丁寧に、念入りに、きちんと過不足なく史実通りに反映させてきた。
ブレルド・ペシュクは、一種の異常思想に取り憑かれていたらしい。
彼は弱者への暴力を好み、一方的な戦争を愛し、他者を屈服させ虐げることに執着し、その上で自らの武力にも自信を持っていた。
自身が一騎当千の強さを持ちつつ、さらに「理不尽な暴力」を振り回すのが大好きという武闘派の貴族だった。
もしも乱世であれば英雄扱いだったかもしれないが――平時においては単なる厄介者である。
――劇の出来は素晴らしかった。
変装してまでこっそりと観劇したペシュク伯爵家の長男、オーガス・ペシュクですらも「ペシュク家はひどい!」と思ったぐらいなので、世間一般の感想は推して知るべしである。
「……すまん、オーガス。ラズール学園ではおそらく、肩身の狭い思いをさせる……」
親の因果ならぬ、親族の因果が後世に報い――といったところだが、十六歳のオーガス・ペシュクは、そんな父親の懸念に真顔で応じた。
「承知の上です。家名を継ぐ限り、家名にまつわる罪からは逃げられない――この労を厭うならば廃絶するしかありません。しかし、そうもいかない以上……耐えるのみです」
反乱が起きたのは四十年も昔のことであり、オーガスはもちろん生まれてすらいない。
あっさり死んだブレルドの尻拭いで一番苦労させられたのが、その甥だった祖父、そして現当主たる父である。二人の苦労を思えば、オーガスも軽々しく弱音は吐けない。
(……とはいえ、学生生活はひどいことになりそうだ……)
伯爵家の子息であり、もっと幼いうちから通っておく道もあったのだが……幼すぎては自衛もできないからと、十六歳から通うことに決めた。その間に例の「演劇」がヒットしてしまったことは、良かったのか悪かったのか……在学中に不意打ちでそうなるよりは、前もって心構えができている今のほうがマシかもしれない。
ガイダンスは欠席し、入学式はやり過ごし、いよいよ体験授業の期間を迎え……さすがにここからは逃げるわけにもいかず、オーガスはなるべく泰然として、最初の授業に臨んだ。
彼に貴族の顔見知りは少ない。一応は伯爵家であるが、評判が地に落ちたペシュク家はまともな貴族から敬遠されがちで、親密なのは祖父と父の旧友、その子女達ぐらいである。
学園での友人も、果たしてできるかどうか……
普通は名乗った時点で距離をとられる。
しかも自覚している欠点として、「目つきが悪い」「会話が下手」「表情に乏しい」という課題もある。無理をして笑うとかえって邪悪に見えるため、数少ない友人からは「無理して笑わないほうがマシ」とまで助言された。
とりあえず最初の講義に「交易学初級」を選んだオーガス・ペシュクは、広い教室の隅にひっそりと席をとった。
受講生はおそらく百名ほど。
同内容の授業が別の時間帯にも複数コマ用意されるほどの人気講義である。
ここには領地経営をする貴族はもとより、商人、官僚志望の学生が多く集う。また新聞記者、経済系の学者などを目指す上でも無縁ではない。
農夫や職人でさえ、「栽培する作物の選択」、「製作物の開発」、「それらの出荷先」を検討する際の前提知識として学んでおいて損はない――とされている。
肝心の内容は、関税の知識、地域ごとの需要分析、それを調べるための手法、交易に関する様々なリスクと対処法、異なる貨幣の為替レートの見極め方など、多岐に亘る。
なお、為替は取り扱う商人・商会によってレート・手数料が変化するため、油断するととんでもない大損をさせられる。駆け出しの商人にありがちなトラブルで、講義の中ではそういった詐欺の事例も学べるらしい。
講義の開始前。
オーガスの前列には、まだ十歳前後の子供が二人と、その護衛役らしき十代半ばの男女三人が座っていた。ラズール学園は入学年齢が一律ではないため、一つの教室内で十代前半~後半の学生が混在しがちである。
小さい子供二人が貴族で、あとの三人はその従者……かと思ったが、臣下にしては距離感が近い。クロードという少年、クラリスという少女はどうも兄妹らしい。
明るいオレンジ色の髪をしたベルディナという娘は二年生にしてガイド役のようで、「本当は去年、この講座をとるつもりだったんですが……時間割の関係で、後回しにしておいて良かったです」と楽しげに会話していた。
盗み聞きをする気は毛頭ないのだが……席が近いためにささやくような会話すら聞こえてしまう。
ロレンスという少年が、歳の割にやけに落ち着いた声を紡ぐ。
「ベルディナさんとご一緒できる講座は、あまり多くなさそうですね?」
「そうですね。一年目が初級、二年目が中級、三年目で上級、みたいな講座もありますし……あ、ちなみに交易学は『初級』と『上級』の二種類しかないんですが、上級は専門性が高すぎるので、だいたいみんな初級だけとります。私もそのつもりで、去年は別の講義を優先しました」
「なるほど……上級だと、具体的にどのようなことをやるのですか?」
「ええと、提携している商会で実務を体験したり、交易関係の論文を読んだり書いたり、国ごとの事情や交易品ごとの詳細を調べたり研究したり……
けっこうな時間をとられるので、研究者みたいな生活になりがちです。上級の授業はそういうのが多いので、複数を掛け持ちするのは大変なんです。一年目に初級をなるべく広く浅く受講して、二年目以降は『これ!』と思った授業だけを選ぶのが定番で……あ、私は専門の外交官課程があるので、あんまり余裕はないんですが」
外交官と聞いて、オーガスはいろいろと納得した。
他国の王侯貴族の留学に際し、たまたま年の近かった外交官の娘が、その案内役を請け負った――そんな流れだろう。
外交官課程は「実家・親族が外交官の系譜」、あるいは「外務省に就職予定」の人間しか受講できない。初級のいくつかの授業で、「優秀」と評価されないと受講すらできないし、国家機密に関わる知識が講義内容に含まれるため、他国の留学生相手にはもちろん門戸が閉ざされている。
いずれにしてもオーガスとはまっっっっったく無関係な話なので、このまま聞き耳を立てるのはよろしくないのだが――机が近すぎて、どうしても会話が耳に入ってきてしまった。
どうも前列の一行は、『ネルク王国』から来た留学生らしい。「こちらの冬はネルク王国よりもだいぶ暖かいですね」などと話している。
オーガスは少し肩の力を抜いた。
同国の貴族がそばにいると、どうしても緊張と警戒心が先立つ。
他国の貴族ならばおそらくペシュク伯爵家に対しても無関心だろうし、あえて友人になる機会もないだろうが、敵対せずに済むだけでありがたい。
黒髪の凛々しく美しい娘が、子供達を挟んで反対側のクロードへ話しかける。
「クロード様、あの、他の授業選択の件ですが……」
「ああ、うん。サーシャはやっぱり、女子の拳闘術をとっておくといいよ。体を動かせば気分転換にもなるだろうから……ポルカ様も一緒だって言ってたし、向かなければ後から選択解除してもいいみたいだから、こっちの技術も学んでおいで。その間、クラリスとロレンス様には僕が付き添う。その代わり、僕が弓術の講義に参加している間は二人をよろしく」
弓術――このクロードという少年も弓術をやるらしい。ホルト皇国の貴族にとってはほぼ基礎教養なので、オーガスももちろん登録する。が、コマは複数あるので、そちらでも顔をあわせる確率はさすがに低い。
サーシャという娘は拳闘術をやるようだが、ネルク王国の「拳闘兵」は精強と名高い。篭手に体内魔力を込めて金属鎧をぶち抜く達人が、山程いると聞く。
ホルト皇国ではあまり盛んではないが、それでも帯剣を許可されない場所での「要人警護」「護身術」として需要はあるし、基礎体力をつける目的で受講する者もいる。
サーシャという娘は座っている状態を見ても姿勢が良く、体幹にブレがない。一挙手一投足が洗練されており、一般の学生とは雰囲気から違っていた。
クラリスが兄にちらりと視線を向ける。
「サーシャは強いから心配してないけど……兄様は手を抜かないで、ちゃんと本気でやってね? 兄様の評価がネルク王国の印象に直結するから、外交的な影響も考えて、しっかりね?」
「……やっぱり、悪目立ちしないほうがいいんじゃないかと思うんだけど……だってほら、こっちは外部の人間なんだし……」
ベルディナが首をかしげた。
「えっと、それは……どっちの意味ですか? クロード様の腕が未熟で恥ずかしいから、せめて本気で――という意味合いなのか、その逆に、本気を出すと目立ってしまうくらいにすごい達人なのか……」
クラリスとサーシャが無言を保つ中、クロードはなぜか青ざめ、カタカタと震えた。
「……ノ……ノーコメントで」
「えぇ……? あ、弓術は私もとる予定ですから、クロード様の腕は間近で確認させていただきますね。クラリス様もどうかご心配なく。何かあればご報告します」
「ぜひ。よろしくお願いします、ベルディナ様」
未熟で恥ずかしいのか、それとも目立ちたくない達人なのか……少年の顔色だけでは判断がつかない。
が、ホルト皇国の弓術はそもそもレベルが高いので、「井の中の蛙」という可能性も捨てきれない。
なお、弓術や拳闘術など運動系の講義は「初級~上級」の区分がなく、その講義内で、それぞれの学生の練度に応じた練習を行う。
講師の監督・指示はあるが、熟達者が初心者の面倒を見ることもあるし、基礎トレーニングなどには共通するものも多い。体力に応じた負荷や重り、回数などでも調整はできる。
その上で、一つの講義の中で初心者は初心者同士、上級者は上級者同士でグループ分けをし、練度を高め合うという流れができていた。
基本的には「同じ練習の継続」によって練度があがるため、複数年にまたがって受講すればその分の単位が認められる。
なぜか焦っている様子のクロードへ、ロレンスが穏やかな微笑を向けた。
「クロード様は忙しくなりますね。こちらで学んだことをレポートにまとめて、士官学校へ提出するご予定とか?」
「ええ、あっちは休学扱いになっているので……そのレポートに単位を出して、卒業扱いにしてくれるみたいです。特に弓術指導関連のノウハウは欲しいみたいで、教官にも念を押されました」
そんななごやかな会話を、聞くともなしに聞いていると……オーガスの隣の通路から、不意に不快げな舌打ちが聞こえた。
「……おや? ペシュク家のオーガスじゃないか。貴族の面汚しが入学したという噂は本当だったか」
頭痛をこらえ、オーガスは黙礼のみで応じる。無視したいのは山々だが、相手は格上、バルカン侯爵家の次男だった。
バルカン侯爵家は、ペシュク家がまだ『侯爵家』だった頃から敵対関係にあり……当時は「ペシュク侯爵家など取り潰してしまえ」と主張していた。
もちろん今も関係は修復されていないが、ペシュク家が格落ちしたため、「いまさら相手にもされていない」という状況である。
取り巻きの貴族が三人ほどついていたが、こちらはオーガスの知らない面々で、おそらくは子爵家か男爵家だろう。
オーガスが素直に頭を下げたことで「格付けは済んだ」とでも判断したのか、それ以上は絡まれることなく、侯爵家の次男坊は教室の前方へ移動していく。
(…………ん?)
前列に座った、他国の貴族と思しき同世代の少年が――びっくりした顔で、オーガスを振り返っていた。
ついでに他の四人も同様に振り返り、目をしばたたかせている。
(ええ……? まさか、他国にまで伝わっているのか……)
身内の業の深さにたじろぎつつ、オーガスは素知らぬ顔を装った。
ちょうどそこへ講師が到着し、自己紹介と講義に関する初回説明が始まる。
その声をぼんやりと聞き流しながら、オーガス・ペシュクは暗く淀んだ学園生活への予感に、内心でひっそりとうなだれていた。
§
夜。
今日も一日のお仕事を終えたはたらく猫さんは、カルマレック邸に帰り着くなり、さっそくリルフィ様に抱っこしていただいた……はー……おちつく……
「ふふっ……ルークさん、おつかれさまでした……」
「にゃーん……ごろごろごろ……」
………………ペットらしい業務が今日コレだけってどういうこと? それはペットとしてどうなの? 快適ネコ生活どこいった? もしかして俺、ルート選択間違えてない? 今日とか完全に社畜生活だったんですが?
……まぁ、この後も求人や広告関連の書類のチェックとかしないといけないので……持ち帰ってきた残業も……あるのですが……(社畜)
自らの生活態度に若干どころでない疑問を覚えつつ、俺はリルフィ様へ会話を振る。
「リルフィ様は、今日はスイール様の研究のお手伝いだったんですよね? どんな感じでした?」
「ええと……スイール様がいま手がけている研究や、思案中のものを教えていただいて……興味をもてそうなものがあったら、一緒にどうかと……」
リルフィ様の微笑がまぶしい……俺を拾っていただいた約一年前と比べて、リルフィ様はとても前向きになられた。人見知りはまだそのままだが、今は「何かをしよう」という志が感じられる。
一般に、ペットを飼うと飼い主には「私がこの子を養わなきゃ!」という使命感が生まれると聞く。
おそらくルークさんという大飯喰らいの猫を飼ったことで、リルフィ様にも「養わなきゃ!」という使命感が生ま……いや、コピーキャットをフル活用しているから、むしろ俺がスイーツとかご提供している側だな……?
……い、いや! ペットの飼育は日々に潤いを与え、飼い主に精神的な成長を促すという研究結果もある! あったと思う! たぶん!
もしも猫の存在が、そういう良い影響につながったのであれば、ペットとして冥利に尽きるというもの――つまり俺の社畜生活は間違っていなかった……ほんとに? 一介の猫としてだいぶ間違えてない? いまさら間違いを認める勇気が欠けてるだけだったりしない?
……ともあれ、リルフィ様にスイール様という有能師匠ができたのは喜ばしい。
リルフィ様もまだ二十歳。身体的には大人でも、精神的な成長はむしろこれからである。
幼少期の隔離生活や、親族の死という重い過去を克服するには、まだ時間が必要であろうが……それに寄り添うのもまた、ペットの務めだ。
そんな意識高い系の猫さんたる俺は今、リルフィ様から存分にモフっていただき、ぐでんぐでんに溶けている……いやー、これもペットの務めなんスよー。なんせ務めだしなー。義務だしなー。控えめに言って最☆高(本音)
知的労働によって疲れきった脳が、まるで焼き鮭の身のようにほぐされていく……明日の朝は焼き鮭定食にしよ……
ぐだっぐだにとろけたルークさんを見て、クロード様が深々と溜息をついた。なんです? ペットの勤務態度に何かご不満が?
「……ルークさん……リラックスしているところ、すみません……実はちょっとご相談が……」
「んあ……? あ、はい……なんでしょう?」
真面目な話っぽいので、俺も視線を向ける。クラリス様とサーシャさんはお風呂、ロレンス様はペズン伯爵とお勉強中なので、居間には我々(+居眠り中のピタちゃん)しかいない。騎士のマリーシアさんと魔導師のマリーンさんも、それぞれ自室でお休み中である。
「実は、今日……ペシュク伯爵家の嫡子、『オーガス』という学生と会いました」
…………………………だれだっけ?
……い、いや! 聞き覚えはある! パスカルさんともさっき話してきた! ような気がする! ちょっとリルフィ様のモフリにリラックスしすぎて、記憶ごと飛ばしただけである!
「ペシュク家というと、確か、えーと……サーシャさんのお祖父様に倒された、元侯爵家の……?」
「やっぱりそうなんですか!?」
クロード様達には……まだ伝えてなかったか……(報連相の欠如事例)
多忙すぎたのも理由の一つだが、話すタイミングを逸していたとゆーか……外交官のリスターナ子爵から「実は今年、ペシュク伯爵家の御曹司が入学予定らしく……」と教えてもらったのが年明け後だったので、皆様にどう説明してどう対応したものか、まだ決めかねていたのだ。
なにせ新入生だけで一万人以上……サーシャさんの家名も対外的にはちゃんとごまかしたし、「そうそう出会うこともあるまい」と油断していた面もある。
「ルークさんは知っていたんですか?」
「うーん……以前にリスターナ子爵から、『サーシャさんの家名は誤解を招くかもしれない』と教えていただきまして……その時に、ラダリオン様の話も聞きました。で、ヨルダ様に確認したら、『あー……たぶんうちの親父だな……』とのことでしたので……はい。知ってました」
言い訳のようになってしまうが、俺は淡々と続ける。
「とはいえ、ペシュク伯爵家の御曹司が入学予定だと聞いたのは年明け後のことでしたし……どんな人なのかも知りません。まずは折を見て、その御曹司とやらを遠目に確認しておこうと思っていたのです。皆様に話すのはその後のほうがいいかな、と」
今日、パスカルさんに相談したのも、その『確認』作業の一環であった。
まさか授業初日にぶち当たるとか想像していなかったし……家名も伏せていたはずなのに、どういう御縁だ?
……いや。「次期領主」が受講するべき講座というのは、ある程度まで絞られてくる。それを思えば、どこかで遭遇する可能性は確かにあった。これは猫の認識不足である。
「で、どういう人でした?」
「それが、その……」
クロード様はちょっと言いづらそうに、視線を左右にさまよわせた。
「交易学と弓術の講義で、一緒になりまして……実は、あの……『友達』になりました……」
――猫は真顔で、こやつの持つ「主人公補正」「転生特典」なる謎適性の影響力に、茫々たる思いを馳せるのであった……
すなわち俺のせいではない。(たぶん)
オーガスくんは猫力高めです(世界観的に最大級のバフ)




