212・ペーパーパウチ工場ができたよ!
さて。
クラリス様達の留学がスタートしたばかりであるが、年が明けたところで、いよいよ念願の「ペーパーパウチ専用紙の生産に特化した紙製造機」が、我がトマティ商会に納品された!
王都の職人街での発注からおよそ半年。
ルーシャン様の伝手もあり、三ヶ月で設計、残りの三ヶ月で開発という、かなりの超特急で完成にこぎつけてくれた。
といっても、基本は「製紙用の魔道具」であり、「紙を袋状に製造する」という技術もすでに存在していたため、ペーパーパウチのサイズに合わせてそれらを組み合わせてもらった感じだ。
試作品はクイナさんのクロスローズ工房でも成功していたくらいなので、「そこまで難しい要求ではなかったようです」と、ルーシャン様も言っていた。
ただし、大量生産を実現するためにある程度の大きさになってしまったのと、複数の機器を注文したので……本来ならば、機器の輸送コストがやべぇことになるところであった。
しかしもちろん、ルークさんには心強いキャットデリバリーサービスがついている!
交易品そのものをコレで輸送する気はないのだが、今回は時間が惜しいし、はやく試運転をしたくて仕方がない。
工場への設置も雉虎組の猫さん達がやってくれたので、そろそろ作業員の募集に移れそう!
その前にまずは試運転。
念のために来てもらったクロスローズ工房の職人クイナさん、さらに社員のナナセさん、ジャルガさん、グレゴールさん、アンナさんとカイロウ君夫妻、ケーナインズの面々にも立ち会ってもらい、記念すべき初稼働!
シルバーシートの原料となる、水草をドロドロに煮込んだ液体をタンクに注ぎ――
動力源となる琥珀にも、ほんのちょっぴり魔力を注ぐ。
クロスローズ工房の紙製造機は大量生産用ではないので、職人の体内魔力だけで動くのだが、こちらは大型で機械も複数あるので、手持ちの琥珀をバッテリー代わりに活用することで動作の安定性を確保した。
理論上は、リルフィ様はもちろん、ケーナインズのシィズさんやキルシュ先生にも扱えるはずである。ただ、魔導師でない人にはさすがにちょっと厳しい。
ゴウンゴウンと作動音をたてながら、機械の中で紙が微量の魔力を浴び、袋状に固まりはじめる。
試作の際にクイナさんはレンガを削って型取りに使ったが、今回の「型」は木製である。紙を袋状に成形した後、取り外しの際にはハンドル操作一つで、一部を凹ませつつ押し出す機構が備わっており、いちいち手作業で取り外す手間を軽減できた。
型は五列×二十個が並んでおり、一回で百袋製造できる。今回、納入されたのは一台だが、これをしばらく使ってみて改善点・故障箇所などを洗い出し、将来的にはあと何台か導入したい。
一枚ずつ紙として製造してから袋状に加工する案も、一応あったのだが……このシルバーシート、非常に硬く伸縮性もないため、きれいに折りたたむのが難しい。機械技術も前世ほどではなく、手作業で紙の状態から袋に加工するとひどい手間がかかってしまうため、こんな仕様となった。
完成した袋の回収とか整理は手作業になるが、そこまでオート化するのはさすがにまだ無理。
バロメソースの封入に関しても、「特殊な鍋」と「並べた複数の袋に、一括でソースを流し込むための機械」はできたのだが、封入作業そのものは人力である。
流れ作業で接着剤を塗り、空気を抜きながらその部分を折り込み、クリップで仮止めして袋ごと煮沸殺菌消毒――
レトルトパウチは本来、「高圧殺菌釜」で加圧・加熱をするべきなのだが、こっちの世界にそんな技術はまだないので、瓶詰のような煮沸消毒が限界だ。
一応、見た目は大型の圧力鍋みたいな雰囲気にはできたし、蓋もちゃんと固定して蒸気が逃げないようにはできたが……効果の程は要検証。
ちなみにこちらは金属製品なのでめちゃくちゃに高価なのだが、原料の鉱物は砂神宮で、物資支援の見返りにこっそり調達できたため……実は工賃しかかかっていない。なんか熱の伝導効率を良くする炎烈鉱?とかいう特殊な鉱物も使っているらしいのだが、そこらへんはルーシャン様にお任せしていたのでよくわからぬ。
こちらは通常ルートでは手に入らぬ貴重品らしいのだが、ダムジーさんから「ルーク様なら、まぁ……大丈夫でしょう」とのことで分けてもらった。
そんな感じで、現時点で思いつく試行錯誤は重ねたが……それでも年単位で保存できるとは思えないので、消費期限は半年から一年前後を想定。当面はこれで充分である。
あとネルク王国、実は「製造年月日」の表示義務が特にない。
在庫管理の都合で自主的に「製造年月」の記載をしている商会は多いのだが、「日」までは省略している例が多く、また「消費期限」に至っては「腐ったらアウト」という曖昧な感覚……そもそも「加工食品の保存技術」が、そこまで明確に成立していない。干し肉とか塩漬けとかも「ダメになるまでは大丈夫やろ」という感じである。
というわけで、うちもラベルに「なるべく半年以内に食べてね!」的な記載をするに留める。
昨年、クロスローズ工房で試験的に作っておいたペーパーパウチは、年明け後でも大丈夫だったので、一応は実証済みである。
さて、猫の前では社員の皆様が、完成した袋へ封入の作業を開始。
今回は包装の手順確認が目的なので、バロメソースはコピーキャットで出したが、生産が本格化すれば出稼ぎの有翼人さん達や町から雇い入れた人達にすべての作業を任せることになる。
失敗しやすい手順があれば改善するべきだし、なるべく楽に働けるよう、作業用の椅子とかも用意したい。そういう気になる点を炙り出すための試運転でもある。
……しかし猫さんが足元でうろちょろしても邪魔なだけなので、申し訳ないがクイナさんに抱っこしてもらって見守り役に徹する。マニュアルを片手に動作や作業のチェックをするナナセさん達がとても頼もしい……
「社長、今のところ問題なさそうですね。機械のほうは、使い続けた時にどうなるかはわかりませんが……だいぶ丁寧に仕上げてもらったみたいです」
こういうのはまず初期不良とか、何かしらダメな点がありそうなものだが、今回は職人さん達がたいへん素晴らしい仕事をしてくれた。割とやべぇスケジュールではないかと不安だったのだが……運良く手が空いていた時期で、最終調整にはルーシャン様も参加してくださったと聞いている。ありがとぉ、宮廷魔導師様……おしごとのほうはだいじょうぶ……?(ちょっと不安)
ともあれ試運転はスムーズに終わり、近日中に有翼人さん達も連れて来ることになった。
雇用に関する書類とか待遇面もナナセさん達がまとめてくれたので、俺はチェックするだけである。『なるべく厚遇して労働者を囲い込む』という方針も共有できているので、このあたりもスムーズに進みそう。たすかる。
第一陣は希望者が多すぎて家族単位での抽選になったのだが、ソレッタちゃんのご両親がこれに当選したため、一家揃って社宅へ移住してくる予定である。社長(※猫)が託児スペースで子守をする未来が見える見える……
……あと自己弁護として付記しておくが、応募が殺到した理由は「メテオラでの生活に不満がある!」とかではなく「猫様に恩返しがしたい!」というものだったので……猫は真顔になった。もうちょっと、こう……ペット的なゆるめの対応を……
社員の皆様とお昼ご飯を食べてから、クイナさんを王都まで送りがてら、そのままお城へ。
今度はリオレット陛下とアーデリア様、ウィル君とお茶会をしつつ諸々の報告である。
報告内容はロレンス様のことだけでなく、トマティ商会の状況、レッドトマト商国との外交、ホルト皇国側の動きなどの情報共有……その後はルーシャン様のところへ行き、紙製造機が無事に稼働していることを知らせ、ちゃんとお礼を言ってきた。
ちなみにアイシャさんも現在、こちらで普通に勤務中である。夜にはまたカルマレック邸へ戻すが、彼女はあくまで「ネルク王国にいる」ことになっており、留学に付き添ったのはたまたま同じ名前のメイドさんなのだ。猫が多忙な時は彼女に連絡係を任せることになる。
アーデリア様やルーシャン様にそうしてスイーツとモフみをご提供した後、俺が次に向かった先はレッドトマト商国の砂神宮。
トゥリーダ様のお手伝いと物資の支援に加え、今日はもう一件、用事がある。
「あのー。パスカルさんいます?」
なし崩し的に財務大臣にまで出世してしまったダムジー・サイトウさんに問うと、目の下に隈を作った社畜スレスレのダムジーさんは執務机から立ち上がり、「ああ、呼んできます……」とふらふら行ってしまわれた。
……戻ってきたらキャットセラピーしたろ。
「お呼びでしょうか、ルーク様」
少しして現れたパスカル・エンデイル氏は、どことなく以前より溌剌としておられた。仕事が楽しくていかにも充実してそうな印象である。
……ダムジーさんとはえらい違いだな……? 財務関係の事務員が足りてない感じかコレ?
遠慮するダムジーさんを仮眠室に押し込んで子猫達の踏み踏みマッサージに堕としている間に、俺は例の双子ちゃんのことをパスカルさんへ報告する。かくかくしかじか。
「……なんと、クロムウェル家の? ええ、もちろんよく憶えております。あの子達が留学早々にルーク様達との縁を結ぶとは……いや、驚きました」
ポルカちゃんもマズルカちゃんも猫力高かったからね……ある意味、必然かもしれぬ。
「それでですね。二人が恩人であるパスカルさんにとても会いたがっていまして……今度、外交のためにトゥリーダ様がホルト皇国へ出向くタイミングで、パスカルさんにもご同行いただけないかと思ったのです。もちろん往復は宅配魔法ですので、旅のお手間はとらせません。激務の合間を縫っていただく感じで……」
パスカルさんがちょっと思案顔。
「会うのは構わないのですが……少々、意外でした。もう五年も前のことですし、当時の私は一介の商人でしたので、そんな強い印象はなかったかと思うのですが……」
敏腕スパイを超えた実力派エージェントが何か言ってるな……?
「誘拐事件を解決して、お二人を救い出したって聞いてますけど?」
「それは事実ですが、相手の戦力はたいしたことがありませんでしたので。私でなくても、時間があれば解決できたかと思います」
「……あの、あくまで好奇心からなのですが、事件の詳細をうかがっても?」
パスカルさんは猫が用意した番茶と芋きんつばを召し上がりつつ、虫も殺さぬような優しい微笑を見せた。
「商談でクロム島へうかがった折に、港の猫達と遊んでいたところ――ご令嬢方と面識を得まして。その後の滞在中にお二人が身代金目的で誘拐されたという噂を聞き、私の『隠者の切り札』で居場所を特定。その日の夜のうちに強襲して奪還しました。相手に気づかれず見張りを眠らせるのに少し神経を使いましたが、突入後はあっさりしたものでしたな。身の程を知らない小悪党しかおらず、腕利きの相手もいませんでしたので……むしろ拍子抜けしたくらいです」
あっとうてき、きょうしゃのかんろく……!
この方、体力は「C」でまぁまぁ程度なのだが、武力Bで魔力もC。剣術B、投擲A、直感B、風属性魔法Cという感じに、実戦で使える技能を複数お持ちである。
これに知力Aで諜報A、策謀B、防諜Bという技能が加わるため、知略と武力を兼ね備えたガチめのやべぇ人材なのだ……
「クロムウェル伯爵家では、父親が迎えた後妻が、あの双子を敵視していたようで……家としては身代金を払わない方針だったようです。ただ、隠居した先代当主……つまり双子の祖父が彼女達の味方で、こちらは身代金を払うつもりで金策していたのですが……その前に私が解決したところ、たいへん感謝されました。その後はエンハンス商会ともども、ご贔屓にしていただいてます」
「な、なるほど……」
『じんぶつずかん』でもちょっと確認したが、いわゆる自作自演系の策謀とかではなく、ガチの身代金目的だったようである。
なんでもクロム島には、各国から国境を越えて逃亡したい犯罪者が来るようで……彼らも「逃亡資金を確保してとんずら!」というつもりだったようだ。
それでお貴族様のご令嬢を誘拐するのはヤバすぎるが、まぁ、科学捜査とか戸籍とかはガバガバな世界なので……逃亡用の船さえ確保しておけばなんとかなると考えたのだろう。
しかしパスカルさんが出てきた時点でゲームオーバーである。
「参考までにうかがいますが、パスカルさんがそんな感じで助けた人って何人ぐらいいます?」
「さほど多くはないはずですが……具体的な人数となると、さて――」
多くはない、とか言いながら多すぎて即答できないやつぅ……!
猫の胡乱な眼差しを別の意味に受け取ったのか、パスカルさんが少し慌てた。
「い、いえ、まとめて助けた者達もいますから、人数となるとちょっと怪しいのです。関わった事件の数ならば、せいぜい二十か三十か、そのくらいかと思います」
とりあえず映画化しよっか?
……映画は冗談だが、演劇の舞台とかには普通にできそうである。
改めてやべぇ人を仲間に引き込んだな……と猫が戦慄していると、仕事を一段落させたトゥリーダ様と護衛兼補佐のシャムラーグさんも休憩に来た。
「さっきはどうも、ルーク様……やっっっっっっっと一段落しました……」
「あくまで今日のところは、ですけどね」
苦笑いするシャムラーグさんは、デスクワークとかあんまりお得意ではないのだが……そうも言っていられず、今はトゥリーダ様の秘書みたいな役割をちゃんとこなしている。彼も一応、スパイ系の人材だったので頭の回転は速い。あとトゥリーダ様がへこたれた時に応援するという大事な役割もある。ぬいぐるみに宿ったペットのラケルさんがだいぶ塩対応なので、こっちのほうが重要やもしれぬ。
「あ、芋きんつば……ルーク様、私にもください……!」
「はい、ただいま! ……えー。実は今、パスカルさんの昔話を聞いていたところでして」
二人分のスイーツを新たにご用意しつつ、俺は茶飲み話にポルカ、マズルカ姉妹との諸々を話す。
「……へー。クラリス様達の現地での最初の御学友が、パスカルさんの知り合いだったってことですか。妙な御縁……で、いいんですよね? ルーク様のお導きとかじゃないんですよね?」
答えにくい質問である……俺のせいかもしれないけど猫力のせいかもしれないし、そもそも双子ちゃんの能力のせいともいえるし……
「とりあえず、私にとっても想定外の出会いだったのは間違いないです。うちの商会のジャルガさんと同じような褐色の肌で……クロム島はホルト皇国の最南端らしいですし、南方の方々って褐色肌の人が多いんですかね?」
パスカルさんが頷いた。
「多いですな。クロムウェル伯爵家の場合、亡くなった前の奥方が南方出身だったそうです。今の当主殿は我々と同じような白めの肌色ですので、お二人は母親に似たのでしょう」
ふむ。
先日のガイダンスと入学式でも、人数として多くはないが、褐色肌の人はちらほらいた。あの人らは南方からの留学生、もしくは南方から移住してきた人の血縁者ということだろう。
トゥリーダ様が芋きんつばを召し上がりながら呟く。
「レッドワンド……いえ、レッドトマトには他国からの移住者とか全然いないんで、南方の人って私も見たことないんですよね。肌の色だけでなく、顔立ちとかも違うんですか?」
パスカルさんがこれに応じる。
「いえ、顔立ちは同じですね。美醜を含めた個人差はありますが、こちらの人々とほぼ変わりません。もしも肌の色が同じであれば、見分けはつかないでしょう。違いらしい違いといえば……装飾品や衣服のデザインぐらいでしょうか。ああ、あと食文化の違いになりますが、米という作物が普及しています。ルーク様がたまに用意してくださるものと形は似ていますが、食味はまったくの別物です」
南方にはコメがある、という話は、ヨルダ様とかスイール様からも聞いている。そしてどちらからも、コピーキャット飯と比べて「味は別物」という評価をいただいた。単純に品種が違うものと思われる。
「実はスイール様のご希望で、ホルト皇国での稲作開始を検討しています。当分はスイール様が召し上がる分だけで試験栽培して、うまくいくようならレッドトマトやネルク王国側との交易に商品作物として活用できないか、と――アレは大量の水を使うので、レッドトマトの土地ではちょっと栽培が無理そうなんですよね。仮に実現するとしてもだいぶ先の話にはなりますが、一応、先にお伝えしておきます」
「さすが農耕神……着々と人類を餌付けしてますねぇ……」
トゥリーダ様が呆れたようにおっしゃったが、俺の本命はトマト様なので勘違いをしてはいけない。
それはそれとして、ちょっとだけバステト様(古代エジプトの猫の姿をした豊穣神)の御威光が近づいてきた感じするな……? あと「農耕神」とか一切名乗ってないのだが、まるで既成事実のように扱われている……
パスカルさんがやや思案顔で俺の喉元を撫でた。うにゃー。
「交易品が増えるのは喜ばしいです。さきほどの、クロムウェル伯爵家の話とも関わりますが……あそこも『交易』を武器にして発展した島です。良くも悪くも参考になるはずですから、ルーク様も一度、暇な時に見学に行かれてはいかがですか? オズワルド様なら正確に転移可能ですし、必要ならば私もガイドをできます」
「そうですねぇ。今は忙しいので無理ですが、クラリス様達がホルト皇国の環境に慣れたら検討してみます!」
パスカルさんの俺を撫でる指が、やや心配げに動きを変えた。撫でられ慣れると、相手の心境が撫で加減でわかったりする……猫になって知ったことの一つである。
「ところで……ファルケ氏は、上手くやっていますか?」
「正弦教団内のことはわかりませんが、お会いした感じでは元気そうでした!」
トゥリーダ様がちょっと遠い目になる。
「えっと……フロウガ将爵のことですよね? ……あんまり縁のなかった元上司ですけど……今にして思うと、あの人、ヤバい貴族ばっかの中で苦労してたんだろうなぁ、って……しみじみ理解できます……」
トゥリーダ様が人をまとめる立場になってしまったため、余計にそう感じるのだろう。オズワルド氏という後援者+有り余る物資があってなお、気苦労は多いらしい……
「あのー。面倒そうなのがいたら私が処しますけど……ご指定いただければ」
暗殺ではなく「遠くの国に捨ててくる」ぐらいのつもりだが、一応、そうお伝えしておく。
トゥリーダ様は慌てて首を横に振った。
「あぁ、いえいえ、そんな、ルーク様のお手をわずらわせるような話では……政権側にすり寄ってくる人が多いんですが、その手管がちょっと鬱陶しくて。ある程度は受け入れないと角が立つし、受け入れすぎると政策を歪められるしで、搦手に悩まされている感じです。私が未婚なせいで、そっち系の売り込みまであって……いろいろ断る上で、パスカルさんが相談相手になってくれて本当に助かってます」
パスカルさんは助言役として優秀だと、オズワルド氏も太鼓判を押していた。偽装とはいえ「商人」をやっていただけあって、貴族のあしらいも上手いらしい。
「今、我々にすり寄ってくる方々は、動きを読みやすいので問題ありません。むしろ行方不明者などが出ると混乱しますので、ルーク様にはこのまま、見守っていただければと――これがホルト皇国になると、情勢が複雑すぎて策謀をする貴族自身に迷いが大きく、相手側の選択を非常に読みにくいのです。そのおかげで大乱が起きにくいともいえますが、諜報面ではなかなか面倒な国でもあります」
新参のファルケさんより、前任者のパスカルさんのほうが、ホルト皇国の情勢にはまだ詳しいだろう。俺もちょっと気になっていることを質問してみた。
「それはそうとパスカルさん、『ペシュク伯爵家』って知ってます? 先日、リスターナ子爵から聞いたのですが、実はラズール学園の今年度の新入生に、そこの御子息がいると聞きまして……」
「ああ、グラントリム様の件ですな」
……すげぇ。即座に見破った……
相手のことを何も知らぬので、まだクラリス様達にも懸念をお伝えしていなかったのだが……とりあえずパスカルさんに噂を聞いてみよう! と思った次第である。
「リーデルハイン子爵家の騎士団長が、ヨルダリウス・グラントリム様……そのご令嬢のサーシャ様は、次期当主たるクロード様の婚約者だとうかがっております。お二人はやはり、ラダリオン様の家系でしたか――お名前を拝見した時点で『もしや』とは思いましたが」
……パスカルさんにライゼー様やヨルダ様との面識はないはずなのだが、なんでもうそこまで知っているの……?(カタカタ……)
――あ、シャムラーグさんから世間話程度に聞いたのかな? それなら納得である! 別ルートだったらそっちのほうがむしろ怖い。
……肝心のシャムラーグさんが「え? なんでそんなこと知ってるんだこの人? 俺、喋ってねぇよ?」みたいな顔をしているのだが、気づかないふりしとこ……(カタカタカタ……)
パスカルさんは溜め息まじりに目を伏せた。
「……ペシュク伯爵家については……過去のやらかしについて擁護の余地はないものの、現当主とその御子息に関しては、少々気の毒な面もありましてね」
ほう? 俺は番茶をすすりながら、パスカルさんの言葉に猫耳を傾ける。
その後に聞いたお話は、まぁ順当とゆーか、割と納得のいく流れではあったのだが……猫の第一印象を忌憚なく、あえて簡潔に述べさせていただければ、「めんどくせぇな!?」というものであった……
先週、うっかり告知を忘れていたのですが、「クローバーズリグレット3」のオーディブル配信が始まっていました。これで既刊三冊が揃いましたので、機会がありましたらぜひー。
たいへん聞きやすい美声ですので、BGMの代わりにもお勧めです。
……3冊累計で27時間ぐらいあるな……?( ゜д゜)




