22・猫と泉の精霊さん
泉の精霊、ステラちゃん。
じんぶつずかんに記載があった。
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■ ステラ(238)下位精霊・メス
体力― 武力―
知力B 魔力B
統率D 精神C
猫力43
■適性■
精霊B 水属性C
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……泉の精霊なのに、水属性の適性がC……?
そういうものなんだろーか。
あと体力武力は評価なし。これは肉体をもたないせいだろう。
ステータスだけで判断してはいけない――とは、重々承知しているが、さしあたって危険は少なさそうだ。
「そろそろお屋敷に戻って、おやつの時間にするつもりなんですが……行ってもいいです?」
(ええぇ……猫さん、ほんとに野心とかないんですか……? それだけの力があって……? もったいない……)
「力に溺れる者は、いずれ力によって自滅する――師匠の言葉です」
俺の師匠。即ち祖父である。釣りの師匠である。
かっこよく意訳したが、より正確には「釣り竿を力ずくで引くと糸が切れるから、うまく加減しな」というありがたいお言葉であった。
……この泉、お魚さんいそうだな……釣り竿作って、久しぶりにやるか。この地で良い釣り糸が手に入るといいが。
ステラちゃんはきょとんとした。
(……………………正論ですね。正論です。その通りです)
「でしょう? 力の有無にかかわらず、俺は猫として、そしてこのお屋敷のペットとして、のんびりだらだら過ごすと心に決めています。このストーンキャットもそのための力なのです。もどっていーよ」
「にゃーん」
鳴き声一つ残し、岩石猫さんは消え、元の小さな石へと戻った。
脅威が去ったせいか、ステラちゃんが安堵の様子を見せる。
(へえー……獣なのにしっかりされているんですねえ……獣さんって、もっとこう、弱肉強食! 唯我独尊! おれさまおまえまるかじり! みたいな印象でした)
「野生だと生存競争がありますし、そうでないと生き残れないのかもですが……自分の場合、生存戦略が“目立たない”“欲張らない”“睡眠時間を確保する”なので、いろいろ緩めだとは思います」
(てゆーか、そもそもなんで喋れるんです? 猫なのに)
今更か!
説明すんのめんどいから、テキトーでいいか……
「勉強しました」
(そっかー。ルークさんって凄いんですねぇ)
……………………ゆるいなー、この子も。
「とりあえず、害意はありませんので安心してください。今後とも、たまにこちらでお昼寝させていただければと思います」
(はーい。いやー、とうとう“魔王軍”の侵攻が始まっちゃったのかと思って、ドキドキしましたよ。このあたりは今まであんまり襲われたことがなかったので、そろそろ狙われてもおかしくないかなーって、精霊の友達とも話してたんです)
……………………………………………………。
聞き流すべきだろうか。
それとも問い質すべきだろうか……
い、いやまぁ、問い質したところでルークさん猫だし、別に何ができるって話でもないんですけど、でも、あの……
「……魔王軍の侵攻?」
……聞き流せなかったぁーーー!
むしろ聞き流せるワケがない。パワーワードにも程がある!
(はい。いま精霊界で大問題になってるんですよ。精霊そのものは魔王軍の攻撃対象ではないんですが……さっきも言ったとおり、下位の精霊は宿っている物や土地が破壊されると消えちゃうので、戦乱に巻き込まれると結果的にやられちゃうんですよね。かといって私達は逃げることも戦うこともできないので、基本的には諦めるだけなんですが、精霊が消えた土地は荒廃しやすいので……なんだかなぁ、って感じです)
どうも喋りに危機感が薄いものの、内容は割とやべー気がする。
「ええと……人間はその、魔王軍の存在を知ってるんですか?」
(こっちの国だとちょっと距離が遠いので、危機感なくてマイナーかもですが……存在自体は普通に知られていますよ。もうずーーーーっと小競り合いしてるんですから。まあ……魔王軍側は遊んでるだけっぽくて、割とうまくやっていた時期もあったんですけど、最近どっかの国が魔族を怒らせちゃったみたいで……なんか今回はヤバそうです)
ふーむ……ライゼー様ならいろいろご存知だろうか。あるいは精霊さんのほうが詳しい?
首を突っ込む気はさらさらないのだが、情報だけは確保しておきたい。俺の安穏たる昼寝生活のために!
「あの。もしご面倒でなければ、詳しい話をうかがいたいのですが……」
(はぁ。私もヒマだから、別にいいですけど……猫さん、そんな話に興味があるんですか?)
「だって怖いじゃないですか。万が一のために備えておかないと!」
ステラちゃんが不思議そうに首を傾げた。
(…………怖い?)
「そりゃ怖いでしょう、魔族なんて」
(……あの……猫さん、自分の力について、理解してます……?)
……ん?
(ぶっちゃけ、たいていの魔族より猫さんのほうが怖いですよ? さっきの岩の猫さんとか異常な存在感でしたし。アレが出てきた時、魔王様とかがいきなり来たのかと思いましたもん。それで怖くて震えていたら、ぐーぐー寝始めちゃって、なかなか起きないからどーしよーかと思って……)
えええ……
ステラちゃんは首を傾げたまま、こっちまで首を傾げたくなるような発言を続けた。
(あと魔王軍の人達って、基本、動物には優しいので……猫さんはむしろスカウト対象なんじゃないですかね? 魔獣部隊の指揮官とか……いえ、能力的には最低でも四天王……むしろ副魔王……?)
副魔王って何。初めて聞いたよそんな概念。
ていうか、魔王軍さんって意外といい人たち? 動物愛護の精神ある感じ?
「自分の持っている“魔王軍”とゆー言葉のイメージとは、少し違いがありそうなんですが……魔王軍って、割といい人達なんですか?」
(いえ、特にそういうわけではないですが、魔獣を使役することが多いのと、ほとんどの獣人とは友好的な関係なんで、動物には割と優しいんですよ。動物と獣人>精霊>人間みたいな価値観ですね。人間のことは“壊れやすいおもちゃ”くらいに思っていて、それを“壊して遊ぶ”派と“壊さないように遊ぶ”派がいる感じです)
ろくでもねぇ。
(あともちろん、“人間なんかに興味ない”派もいます。その人達は領地の奥にいて、滅多に外へ出てこないです。人間が攻めてきたら軽くひねって追い返す、みたいな流れがパターン化してます)
「……聞いた印象だと、人間とかあっという間に滅ぼせそうなスペックなんですけど……?」
(やろうと思えばできると思いますけど……ルークさん、たとえば、このあたりの山にいる大量の“虫”を、いちいち探し出して苦労して全滅させようとか思います?)
「………………思わないっスね」
それと同じか……
争いは同じレベルの者同士でしか云々、なんて言うけれど、魔族さん達はだいぶ格上のよーだ。“支配すらめんどい”的な感覚なのかな……
(あとですね。純粋な魔族って絶対数が少ないんですよ。あんまり子供作りませんし、最初の子供に親の全魔力が受け継がれちゃうっていう、困った特性があって……親の方は、子供が生まれると一気に弱体化しちゃうんです。だから人数が増えにくくて、広大な領地とかも必要なくて、個人主義が強いので組織作りも苦手で……そんな魔王軍が大規模侵攻をするってゆーのは……近くの国か人が、なんかよほど失礼な真似をして怒らせちゃったんだと思います。戦争っていうより怒りを表明するためのお仕置きですね)
そして、その飛び火がこっちにも及びかねない、と……傍迷惑なッ……!
ステラちゃんに貴重な情報へのお礼を言い、ひとまず俺はお屋敷へ戻った。
魔族、魔王軍――
トマト様の覇道の前にそんなものが立ちふさがるとは思いたくないが、しかしやっぱり気にはなる。
ここはライゼー様にもお話をうかがいたいが、今は執務中かな……まずはリルフィ様に聞いてみよう。
軍事関係の最新動向なんかはわからないだろうけど、“魔族”に関する知識については、おそらくリルフィ様のほうが詳しい。
……あとこういう時、ちゃんとリルフィ様を頼っておかないと、なんとゆーか……ほんのちょっとだけ病みそう。
しばらく目を離すとすぐにハイライトさんがサボタージュしてしまうのが、リルフィ様のお茶目なところである。
……ヤンデレではない。断じて違う。人よりほんの少し、心持ち、せいぜい小さじ一杯分くらい、繊細でナイーブなだけである。
美人とゆーのはただでさえ誤解されやすい。
それだけのことだ。それだけだから。本当にそれだけだから!(必死)