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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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205・昆虫ゼリーも実は寒天


 いつもの猫カフェにて、みんな揃っての夕食――

 今宵はタンドリーチキンとドライカレーの大皿をメインに、野菜スープ、パン、ピザ、その他の副菜を好きな量だけ取り分ける形式とした。飲み物はラッシー(プレーンとブルーベリーの二種)と麦茶。麦茶の万能性よ……カフェインが入ってないので夜でも飲みやすいし、ミネラルの補給もできてさらに胃にも優しい。なんと普通の猫でも飲める。


 そして案の定、スイール様がなかなかの大盛りをぺろりと平らげ、「こやつ……前世はフードファイターか!?」と無意味に焦らされたが――デザートはさすがに、食べやすさを重視してフルーツゼリーにした。

 ここでグラブジャムン(インドの激甘スイーツ)とかチャムチャム(インドの激甘スイーツ)とかジャレビ(インドの激甘スイーツ)とかを出すのは、さすがにカロリー計算の関係でちょっと……

 

「うわあ、ゼリーなんて何年ぶ……初めて見た! へー、こんなきれいなデザートがあるんだー?」


 スイール様がうっかり前世の記憶を口にしかけたが、慌てて訂正した。クロード様だけが状況を理解して「あー」みたいな顔してる……

 ちなみにこのフルーツゼリー、いわゆるスーパーで売っているカップゼリーではなく、自家製である。

 フルーツも缶詰のものではなく、生のオレンジ、イチゴ、キウイ、ブルーベリーなどを使用した贅沢な逸品。うどん屋でのバイト代が出た記念に、じいちゃんとばあちゃんに作ったやつ!

 ゼリー部分はライチ風味のジュースをベースとして、歯応えのいいナタデココも加えた。一時的なブームが去ろうとも美味しいものは美味しいのだ。


 食べている最中、スイール様が、何故かちょっぴり涙目になっていたが……美味しく召し上がっていただけたようなので、問題はあるまい。


 そして食後、「ライゼー様やウェルテル様達も経過を知りたがっているでしょうし、今日はいったん、リーデルハイン領に戻りましょう!」とご提案。


 いや、経過報告は俺の方からやっていたのだが、まだ滞在数日とはいえ、そろそろウェルテル様がクラリス様達の顔を見たくなる頃である。

 どうせ数日後にはリーデルハイン邸に移り、年越し~年明けまではそのままあっちで過ごす予定でもあるが、あえて我慢してもらう必要もない。


 リーデルハイン邸での受け入れ態勢もすでにできており、留学生組は一時的に、トマティ商会の社員寮に入ってもらう予定である。なんとオズワルド氏の部屋まである。

 社員寮にはケーナインズやナナセさん達社員組もいるので、この機会に交流を深めてほしい。あとペズン伯爵には、税務、簿記関係の社員教育もついでに手伝っていただく。とてもたすかる。


 というわけで、リスターナ子爵をご自宅に宅配し、我々はホルト皇国のホテルからこっそり姿を消して、リーデルハイン領に戻った。流れでスイール様も一緒である。


「……そっか……ルークさんも転移魔法使えるんだ……そうだよね……」


 と、なんか遠い目をされてしまったが、宅配魔法なんですよね……

 ホテル側には見張り役として中忍三兄弟も残してあるので、何かあったら知らせてくれるであろう。現在はベッドの上でそれぞれ四肢を投げ出し、ぐうたらしておられる。


「おかえりなさい、みんな!」


 母君のウェルテル様が満面の笑みでクラリス様をハグし、そのまま流れでロレンス様、リルフィ様+俺、サーシャさん、クロード様もハグされた。微笑ましい光景であるが、ロレンス様はちょっとびっくりしておられる。実母のラライナ様はハグとかしそうにないしな……


 そしてスイール様をご紹介したり、ホルト皇国や地鎮祭のことを話したりしているうちに、あっという間に時間が過ぎ――「今日のところは」と、ひとまず就寝の流れになった。


 ……が、俺にとってはここからが本番である。

 クラリス様がピタちゃんと一緒に寝つき、リルフィ様のご就寝も見届けた後。

 俺はこっそりと、クロード様、スイール様のお二人を猫カフェへ招き入れた。


「……スイール様はだいぶおねむかもしれませんが、もう少し耐えてください。大事な話になります」

「ん。わかってる」


 スイール様は目をこすりつつも納得顔。クロード様も、やや緊張しているがはっきりと頷いた。

 この二人と一匹の共通項……それは「前世の記憶」である。改めてすり合わせが必要だと判断し、こっそり集まってもらった。

 クロード様が座卓に手をついて一礼する。


「改めまして……クロード・リーデルハインです。前世の記憶はあいまいでして、名前とか両親の顔とかはまったく憶えていないんですが、食べ物とかテレビで見た景色とかはなんとなく憶えてます。あと、生まれた時はその記憶すら全然なくて、十歳ぐらいの頃に急に思い出しました。転生前後の記憶も全然ないです」


 スイール様が「ふうん」とわずかに首を傾げた。


「私とはだいぶ違ったんだね。私の場合、名前も死んだ時の記憶も最初から持ってたから……赤ん坊の頃は、うまく喋れなかったり動けなかったりで大変だった。他の子よりだいぶ早く喋ったり動いたりできるようになったもんだから、成長が早いって言われて……でも体のほうはご覧の通りのお子様っぽい感じなんで、いろいろ変なふうには思われたかなぁ」


 俺も後に続く。


「私は今のままの姿で、山の中に一匹、放置されてました……実は生後一年経っていません。私をこちらの世界へ転生させてくれた猫の神様は、基本的に獣の転生がメインの業務だったようで……人間の転生は『別ルートから』だと言ってましたね」


「でもルークさん、前世は人間でしょ?」


「はい。交通事故に遭いそうだった猫さんを助けた時に、代わりに死んでしまいまして……本当はその猫さんが転生するはずだった枠を、私に回してもらったみたいです」


「…………ってことはつまり、ルークさんを転生させた連中は、『その猫が事故に遭うことを知っていて、転生枠を用意していた』わけだよね? ある程度の『未来予知』ができる連中ってこと? もちろんルークさんがその未来を変えちゃったから、確定的なものじゃなくてブレがありそうだけど……」


 あんまり深く考えたことはなかったが……そうなるのか?


「そうかもしれません。確率というか、可能性レベルの話だと思いますが……私が二度目にお会いした時も、本気か冗談かわかりませんが、『山の熊さんと合流して人類を滅ぼすルートが本命だった』とか言ってましたし――」


 クロード様が頬を引きつらせた。そういやこの話、まだしてなかったな?


「い、意外とブラックですね……? その猫の神様って、もしかして人類が嫌いだったり……?」


「いえ、そういうわけでもなさそうです。なんかえらく軽い感じでしたし、『良い猫ライフをー』とも言われました。人類のことは割とどーでもいいというか、私が好きに生きた結果、どうなるかを観測したいのかなぁ、と……」


「……そこはちょっとエスハ感あるな……いや、でもあいつほど性悪じゃなさそうだし……」


 そのエスハ氏という人のことを俺はまったく存じ上げぬのだが、だいぶ嫌われてんな? スイール様にとっても、転生させてもらった恩義とかあってもおかしくないはずだが……俺が不思議そうな顔をしていたせいか、スイール様が肩をすくめた。


「エスハって奴はね、基本的に人類を『実験動物』だと思ってる。そもそも本人が人間だったかどうかも怪しいし、今にして思うと……たぶん、異世界側から、私達の前世の世界に来た奴なんだと思う。

 ある程度、いろんな世界を行き来する能力を持っているみたいなんだけど……こっちの世界には、それらしい伝承とかが見当たらないんだよね。偽名でこっそり関わってるのか、関与しないようにしているのか、それとも私みたいなのを送り込む能力はあるのに、自分は来られないのか……あるいは、来ようと思えば来られるけれど、何か不都合があるのか。そのあたりははっきりしない」


 クロード様も唸る。


「ルークさんみたいに、別ルートからの転生が可能な上位存在もいるなら……上位存在同士の縄張り争いとか軋轢あつれきなんかもあるのかもですね。でもって、ルークさんと僕らの能力の差を考慮すると……たぶん、ルークさんが会った猫の神様のほうが、だいぶ格上のような気がします」


 あの超越猫さんはね……バランス調整とか面倒そうなことはぜったい考えてないよね……「大さじ一杯」と「東京ドーム一杯」の違いを、「どっちも一杯なんだから似たよーなもんじゃないですか」で済ませそうな怖さがある……


 スイール様がくすくすと笑った。


「確かに。食べたことのある物を好き勝手に出せる能力とか、すごいチートだよね。さっきのゼリーもすごく美味しかった」


「あれ、実は私が前世で作った手作りスイーツなのです。市販のライチジュースとナタデココ、フルーツを使いました!」


 ちなみに日本メーカーのライチ(風味)ジュースは、大半が香料と酸味料で味を作っているだけで、中身の大部分は水やりんご果汁、ぶどう果汁である。たまにガチのライチ果汁を使っているものもあるが、その場合でもごく少量。

 しかし、これを聞いて「せこい!」と思うのは早計である。ライチは摂取しすぎると、「ライチ病」という低血糖症状を引き起こすことがあるのだ。特に未熟な果実には、ヒポグリシンという毒性のある有機化合物が含まれており、子供が大量摂取すると脳炎などにつながる例が報告されている。

 果実の五個~十個ぐらいなら問題ないのだが、飲みやすいジュースにするとつい飲みすぎてしまう危険性もあるため――大量摂取を避ける意味でも、その大部分を別の果物の果汁で置き換えるのは合理的な判断といえよう。

 ぶっちゃけ、ライチは香りが独特なので、風味づけするだけで充分にライチっぽくなるのも事実である。香りをちゃんとつければ味覚は割とごまかせるってケーキ屋の先輩も言ってた。(暴論)


 スイール様は驚いたような顔をして、それからふっと寂しげに笑った。


「そっか、手作りだからか……うちのお母さんがたまに作ってくれたゼリーと、少し似ていた気がしたから……あ、フルーツはルークさんのほうが豪華だったけどね? ゼリーも市販のやつとは全然違って、口溶けがいいっていうか……」


「あー。それはちゃんとしたゼラチンを使ったからですねぇ」


 実は一般に「ゼリー」として売られているものには三種ある。

 一つ目は動物の皮、骨などから抽出したコラーゲン、「ゼラチン」を使用した動物系のもの。

 二つ目は海藻由来、つまり「アガー」や「寒天」を使用した海藻系のもの。

 そして三つ目が「こんにゃく芋」や「葛粉」を原料とする根菜系のものである。


 この三種はそれぞれ特性が異なり、使い勝手にも違いがある。また、食感などを整えるために混ぜて使うこともあるのだが……コンビニやスーパーで並んでいる市販のカップゼリーの多くは、「海藻系」である。なんとゼラチンは基本的に使われていない。


 ゼラチンで作ったゼリーは常温で溶けてしまう。そして一度溶けるともう固まらない。ゆえに製造過程、流通経路での温度管理がシビアで、コンビニやスーパーなどにはほとんど置かれていないし、商品自体も少ない。個人経営のケーキ屋さんのように「店で作ってそのまま売る」という業態でなければなかなか扱いづらいのだ。

 その代わりに「ゼラチンパウダー」などの形で、自宅で作るための製菓材料としては手に入れやすい。ルークさん的にも「ゼラチンを使ったゼリーは専門店で買うか、もしくは自宅で作るもの」という認識である。

 その舌触りは実に滑らかで、口溶けも良くとても美味しい。


 海藻由来のアガーは、ゼラチンに近い滑らかさと透明感を持つが、やや口当たりが固く、常温でも溶けない。しかも加熱殺菌が可能で賞味期限も長い。ゆえに流通、販売しやすく、市販の「カップゼリー」はだいたいがコレを使用している。成分表記には「増粘多糖類」「ゲル化剤」「カラギナン」などと書いてあることが多い。ぶっちゃけゼラチンよりもだいぶ安い。

 なお「ゲル化剤」とはゼリー状にするためのモノ全般を指すので、ゼラチンもゲル化剤の一種なのだが……ゼラチンは割と高価なので、使用していれば堂々と「ゼラチン」と表記する。「ゲル化剤」とだけボカして書いてある場合には、だいたい海藻系である。(偏見)


 また、寒天は言うまでもなく、あんみつとかみつ豆に入っているサイコロ状のアレ。世に「寒天ゼリー」として売られているものは、要するにフルーツ味の寒天である。

 四角く切り分けられる程度に固く、プレーンだと見た目はやや白っぽい。こちらも完成品は常温で溶けない上、製造工程でも粉寒天、棒寒天を煮溶かした後に「常温で固められる」という、極めて扱いやすい材料である。さらに食物繊維が豊富でカロリー少なめ、ほとんどが水分なので水分補給にもなり、夜食やダイエット目的でも人気の食材だ。

 加工しやすく流通もさせやすいというのは本当に便利で、実はプリンなんかにもちょくちょく添加されていたりする。

 これら海藻系のゼリーは口内でも溶けないので、噛み崩して食べることになる。

 余談だが、我が社のペーパーパウチ用紙、「シルバーシート」も、海藻というか水草由来なので……何か成分的な類似性・関連性があったりなかったりしそう。


 そして蒟蒻こんにゃくゼリーは、寒天以上の食物繊維を持つのだが……「蒟蒻だけ」だとガチの蒟蒻になってしまうので、なめらかな口当たりを実現するために、海藻由来のアガー(増粘多糖類)を併用していることが多い。つまりある意味、こちらも海藻系だったりする。口の中では溶けないし歯ごたえも強いので、基本的にはぐにぐにと噛み砕いて食べる。弾力が強めな上に「溶けない」ので、決して幼児や高齢者に与えてはいけない。

 最後、葛ゼリーについては、ちょっと高級な和菓子屋さんの創作和菓子か、もしくはご家庭での手作りになるが――こちらは材料の分量調整と工程次第で固さや食感をいろいろ変えやすい。

 寒天を多めに併用してつるんと固めるレシピもあれば、葛餅っぽくもっちりした食感にしたり、あるいはジュレのようなとろんとした食感にするレシピもある。ついでながら、わらびの根の粉を精製して作る「わらび餅」も日本発祥の根菜系ゼリーと言えそうだ。正直、このあたりはあんまり「ゼリー」という印象ではなく、「葛餅」「葛湯」「わらび餅」「水饅頭」というカテゴリな気がする。


 以上、だらだらといろいろ述べてしまったが……今宵のゼリーは正統派のゼラチンを使用した、前世のルークさんお手製の逸品だ。


 以上のことをご説明すると、お二人とも「えぇ……?」みたいな顔に転じてしまった。


「……なんでそんなことに詳しいの、ルークさん……」


「前世、ただの会社員だって言ってましたよね? 製菓系の関連業界だったんですか?」


 うーん……こういうのはスイーツ界隈では常識扱いだとしても、別の界隈ではまったく認知されていなかったりもするし……世の中の大多数はあんまり寒天とか煮込まないクラスタな気もするので、「知ってる人は知ってるけれど、知らない人はまったく知らない」という温度差が出やすい話題やもしれぬ。


「別に製菓業界ではなかったですけど、私自身が甘党だったので……給料のかなりの額を食べ歩きに浪費してましたね。あと、お世話になった先輩がケーキ職人になったので、そのお店のケーキを全種制覇したりとか……そのおかげで今、いろんなものを錬成できています!」


 夜食として用意したナッツ類をポリポリつまみつつ、俺はしんみりと当時を思い出していた。

 先輩、元気かな……酒飲みすぎてねぇかな……(やや酒乱)

 まぁ、いまさら戻れぬ前世のことはしょーがない。切り替えてこ。


「……二人は、私より若い時点で死んだみたいだけど……前の世界に戻りたかったりはしない?」


 スイール様の問いに、俺とクロード様はほぼ同時に首を横に振った。


「僕はそもそも記憶が曖昧ですし、前の世界では病弱だったみたいで……病院みたいなところに長くいたような気がするんです。それにこっちには、今は許嫁いいなずけのサーシャがいますし、家族も優しいので」


 しかも血統で子爵家……もとい伯爵家当主になれる勝ち組であるからして、クロード様はこの世界でもかなり恵まれたお立場である!


「私もこっちのほうがいいですねぇ。猫の体も慣れると快適ですし、コピーキャットみたいな能力もありますし。何より、クラリス様やリルフィ様のお傍でペットとして日々をすごせるのはとても楽しいです!」


「……ルークさん、基本精神が社畜なので、言うほどペットしてないですけどね……」


 なんてこと言うの、クロードさま……


「その評価は心外です! ちゃんとペットらしくモフっていただいたりブラッシングしてもらったり、可愛がっていただいております!」


「喋るのはともかくとして、世間一般のペットは、畑仕事とか書類仕事とか土木工事とか建築設計とか残業とかしないんですよ……? いえ、すごく助かってますけど……」


 ……そ、そんなことないでしょ? 畑を荒らしたり(畑仕事)書類にコーヒーをこぼしたり(書類仕事)無意味に穴を掘ったり(土木工事)室内の家具を倒したり(建築設計)真夜中に運動会したり(残業)、ルークさん以外のみんなも割とペットとしてのお仕事をちゃんとやってると思うよ……? 取り組む姿勢と生産性がほんのちょっぴり違うだけだよ……?


 俺はペットっぽさをアピールすべく、スイール様にすり寄り、抱っこしていただいた。ぬくい。こどもって体温高いよね(※魔導師だからです)


「ははっ……まぁ、それ聞いて安心したよ。『戻りたいのに戻れない』っていうのは、やっぱりちょっと哀しいからさ。私の前世は限界OLだったけど、向こうでも四十代ぐらいまで生きたし、こっちでもそろそろ三十路だし……精神年齢的には、実は割とお婆ちゃんなんだよね。だから二度目の人生もまぁまぁ受け入れたけど、若い子がもしも帰りたがっていたらかわいそうだな、って……」


 ……カツ丼をおやつにしてその直後、さらに二人前以上のドライカレーをぺろりと平らげる見た目幼女のお婆ちゃんか……すげぇな……(ゴクリ)


 冗談はさておき、スイール様の世渡りの上手さは、この年齢というか経験値によるものでもあるのだろう。特に人間関係において「味方につけるべき人」と「関わるべきじゃない人」の見極めが的確そうな印象がある。

「日頃はクールキャラ」というのも、対外的にはそう思わせたほうが、人間関係の調整をしやすいからではなかろうか。八方美人は人脈を広くする上では有利だが、時にヤバい人につけこまれやすい。

 スイール様のようなハイスペック魔導師系女子だと、「利用しよう」と近づいてくる輩への対応が大変そうである。その相手もほとんど貴族・商人だろうしな……


「スイール様は……『前の世界に戻りたい』って、思ってたんですか?」


 クロード様がおずおず問うと、スイール様は……満面の笑みで俺を抱え直し、頬ずりをしてきた。にゃーん。


「うん、前は戻りたかった。でも、ルークさんのおかげで……希望が見えた。ルークさん、ホルト皇国に水田作ろう! 土地と働き手は私が用意するから、お米を収穫できるようにしよう! 当座は私が食べる分だけでいいけど、トマトを普及させるなら、オムライスは絶対武器になる!

 ネルク王国からトマトソースやケチャップを輸入して、ホルト皇国からは米を輸出する。その交易路になるレッドトマト商国も交易で潤うし、交易の過程で両国から流入する文化は国力を発展させる原動力にもなる。ルークさん、レッドトマトのことも応援してるんでしょ?」


 スイール様の提案に、俺は甘えるのも忘れて目を見開いた。

 ……一方通行の交易は、効率性が悪く歪みを生みやすい。

「往路」と「復路」にそれぞれ違った商材を積めるのが理想であり、間にレッドトマトを挟むことで、その地でも交易が成り立ちやすくなる。


 これは「通行税をとれる」という単純な話ではない。なにせ両国間の距離があるので、「ホルト皇国の商隊がネルク王国まで行く」みたいな状況は考えにくく、ほぼ間違いなく「レッドトマトの交易商人が、輸送の仲介を担う」という形態になる。


 実際のところ、俺は「トマト様」をホルト皇国にも広めるつもりなので、最初の数年はともかく、将来的にはトマト様の「交易商品」としての価値は落ちてしまうだろう。また、ネルク王国も水資源は豊富なので、いずれは水田が成立する可能性が高い。


 だが、ここで重要なのは「遠い将来に向けた永続性」ではなく、まず「交易のきっかけ」となりえる「商品の有無」なのだ。


 もちろん我がトマティ商会には、トマト様以外の次の弾もある。加工技術という優位性もあるし、「メイプルシロップ」をはじめ、柚子やメロンといった生鮮品も、うまく加工すれば長期の輸送に耐える商材となり得るだろう。それこそ香料とか香水に加工しても良い。


 ホルト皇国の商人が、レッドトマトの砂神宮まで米を運ぶ。

 ネルク王国の商人が、レッドトマトの西端まで農産物を運ぶ。

 そしてレッドトマトの商人が、国内の東西でそれらを結びつつ、自国の特産品も両国に売る――


 今後の十年程度の流れを予測すると……

 ネルク王国が欲しがるのはレッドトマト商国の金属資源と、ホルト皇国の米。

 ホルト皇国が欲しがるのはトマティ商会の製品か、あるいはこれからできるレッドトマト商国の特産品。

 レッドトマト商国が欲しがるのは、東西両国からの米・小麦・野菜といった農産品と加工品になるだろうが、ともかく「交易の互恵性」がここに成立しやすくなる。


 ついでにルークさんにはもう一つ、腹案がある。

 レッドトマト商国は植物資源に乏しいため、これまで「木材」の調達が難しかった。

 ネルク王国側からこれを融通し、レッドトマト商国でなんらかの製品に加工した上でこれを両国に売るという、いわば「労働力の交易利用」である。

 具体的に何を作るかはまだ決まっていないし、レッドトマト商国は国内の安定に忙しくまだそれどころではないのだが、数年後を目処に計画を立てていくつもりだ。

 木工製品に限らず、たとえば薪や木炭を大量に仕入れて「焼き物を作る」みたいな道もある。赤い釉薬ゆうやくを発明すれば、伊万里焼とか備前焼みたいな感覚で蕃茄焼ばんかやきが成立する未来すら有り得るのだ。

 ……あ、「蕃茄ばんか」というのはトマト様のことです。常識だよね。


 ともあれ、レッドトマト側の新規事業は「ホルト皇国」のニーズに合ったものが望ましく、その意味でも今回の留学は、俺にとって良いリサーチの機会となった。


 ククク……こんなかわいい一介のペットが、まさか国家間の交易バランスの調整を目論んでいるなどとは誰も気づくまい……

 国家元首を押し付けたトゥリーダ様にも「ちゃんとサポートします!」とお約束した手前、多少はね?


 そんなわけで、スイール様の「水田つくろ♪ つくって♪」というご要望は、割と渡りに船だったりする。

 ホルト皇国からレッドトマトへ送るのは小麦や他の農産品でも良いのだが、これだとネルク王国と品がかぶる……

 また、ホルト皇国で普及していない「米」は、皇国の食卓に根付くまでに時間がかかるはずなので、まずは「輸出用作物」として生産し、次第に「あれ? スイール様が輸出用作物として作ってる『米』って、もしかしてめちゃくちゃ美味しいのでは……?」と、皇国の人々に少しずつ気づかせることで国内消費の芽が生まれ、作付け面積も広がっていくだろう。

 とにかくホルト皇国は土地が豊かなため、既存の農産品が充分に行き渡っており、ここに追加で「米」という穀物を根付かせるには時間がかかりそうである。


 以上の内容を猫は一瞬で整理し、スイール様の肩をてしてしした。


「なかなか魅力的なご提案ですね! ホルト皇国での稲作開始、ぜひ前向きに検討したいです!」


「ちょろ」


 スイール様が思わず本音を漏らしたが、かわいいペットのルークさんとしてはそう思われるのはむしろ歓迎なので、あえて聞き流す。

 なんならスイール様の水田からとれた米の輸出を、我がトマティ商会のホルト皇国支店が担当しても良い。我々も一儲けできそうだし、王侯貴族が気付いた時にはやや変則的な三角貿易があっさり成立していることであろう……

 ククク……こんなかわいい一介のペットが(略)


 ――ところでスイール様の前世に対する主な未練が「米」なのは薄々察していたのだが、水ちゃん本当にナイスアシストだったな? 実にいいタイミングで我々との縁を結んでくれたものである。やはり上位精霊……上位精霊はすべてを解決する……(※個獣の感想です)


 その後も我々は転生者同士の情報交換を行い、「異世界から来た」とすでに表明している俺はともかくとして、クロード様とスイール様の前世については引き続き秘匿ひとくすることで合意した。

 前世知識を持つ相談相手が身近にいてくれるのは、俺にとっても喜ばしい。


「クロード、改めてよろしくね。猫のルークさんには、同郷の私達にしかできない支え方もあると思うから……力になれることがあったら、気軽に言って」


「ありがとうございます。僕と違って前世の記憶もちゃんとあるみたいですし、頼らせていただきます」


 がっちりと握手をかわすお二人の手に、俺も肉球を添える。

 かくして転生者三名、ここに桃園の誓い……こそかわさなかったが、「よろしくねー」と意を通じた。

 クロード様とスイール様のこの御縁は、実は政治的にもちょっとした影響力を発揮するのだが……それはまた、年明け以降のお話である。


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― 新着の感想 ―
アクセルべた踏みだけど相手の潜在的なの含めて欲しい要素を提案出来るのは強い 米も流通が広がればニホンに釣られる奴も減りそうだし
>> 昆虫ゼリーも実は寒天 近いけど、カラギーナン(carrageenan:海藻由来の植物性ゲル化剤)使用してます。 寒天は栄養満点で寒天培地(菌培養)に使われますが、昆虫ゼリーに使うとカビやすいので…
ウェルテル様は「女子力(母親バージョン)」に於いては恐らく作中最強… ロレンス様にもハグしたのも、「きっと将来は娘の夫となるから、そうなれば義理の息子ね!」という予知能力めいた確信があったに違いない
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