204・スイールの突撃晩ごはん
スイール様のドヤ顔は、割とかわいいので許されている感はある……これがもしそこらにいるおっさんだったら肉球でビンタしているところであった。
……それはそれでご褒美では? みたいなことを言いそうな宮廷魔導師様がネルク王国におられるが、こちらのスイール様の猫力はまぁまぁ高めながら、常軌を逸した数値には達していない。七十五なので平均よりは上だが、このラインはいわゆる普通の「猫好き」であり、そこまで珍しいわけでもない。
その代わりに米力はかなり高めと思われるが……ククク……俺のトマト様力とどちらが上かな? いざ尋常に!
……いえ、やりませんけど。そもそも測定方法もないので……
さて、スイール様を我々の部屋へ通すと、そこではペズン伯爵とクロード様、オズワルド氏とリスターナ子爵の男勢が、難しい顔で会合中であった。
公園で遊んでいるクラリス様達と比べて、こっちはだいぶ空気が淀んでんな? 唯一の癒やしは、ソファの一つを完全に占拠して安らかな寝息をたてているピタちゃんである。君はそれでいい。どうかそのままの君でいて。
ちなみにベルディナさんは夕刻なのですでに帰宅済みである。父親のリスターナ子爵はこのまま残業か……おつかれさまです。
「あ、ルークさん、リル姉様、おかえ……あれ? ……まさか……!」
クロード様がスイール様に気づく。先日、あさごはんで懐柔したことは皆に報告済みなのでピンと来たのだろう。
リスターナ子爵は驚いて居住まいを正し、オズワルド様は気安く片手をあげる。ペズン伯爵は無言で一礼した。
「えー。たった今、宮廷魔導師のスイール様がいらっしゃいまして……クラリス様達ともこの後に相談しますが、いろいろとご助力いただけることになりそうです」
「宮廷魔導師のスイール・スイーズです。よろしく。皆さんの世話役に立候補して、陛下からの許可もいただきました」
スイール様は淡々と一礼。見た目は本当に泰然自若としたクールキャラだ。魔族のオズワルド氏を前にしても動揺した様子はない。
そのオズワルド氏が片目をつむった。
「さすが、優秀な魔導師は利にさとい。君もルーク殿の魔法に興味を持ったか」
「……魔法……よりも、どちらかというと食べ物に釣られました」
正直だな!? もはや目が※印に輝いている……
そして「なるほど」と鷹揚に頷いたオズワルド氏の手には、出かける前に用意しておいた茶菓子の豆大福――仲良くできそうですね?
スイール様は堂々とテーブルについた。
「大事な話の前に、まずは腹ごしらえをしましょう。おなかが空いていては良い話し合いはできません」
俺は控えめに挙手をする。
「……あの、夕食の時間には、まだちょっと早……」
「じゃ、私だけ先に食べさせて。もちろんその後で、みんなとの晩ごはんも食べる」
堂々と二食連続で平らげる宣言をしやがった……! そのマイペースぶりに男どもが圧倒される中、リルフィ様が手荷物からいそいそと一冊のノートを取り出す。それはルークさんのコピーキャット飯の覚え書き……要するにメニュー表である。
「スイール様、こちらを……」
「ありがとう、リルフィ。拝見するね」
早くも常連客のような顔でメニューの検討を始める宮廷魔導師を横目に、俺はクロード様達に問いかけた。
「……こちらは何のお話をされていたんですか? なんか難しそうな顔してましたけど」
ペズン伯爵が苦笑いを返してきた。
「はい。リスターナ子爵が先程、ラズール学園の来年の講義予定表と資料をもってきてくださいまして……基本的にすべて選択授業ですので、皆様にどの授業を選んでいただくべきなのか、検討しつつ助言をもらっていました」
リスターナ子爵が頷く。
「とはいっても、私も卒業してからだいぶ年月が経っていますので……明日にでも、ベルディナに改めて確認しようと思っていたところです。押さえるべき講義やおすすめの講義、あるいは明確に避けたほうがいい講義などもありそうなので、そのあたりの確認を、と」
猫はぐりっと首をかしげた。
「え? 避けたほうがいい講義なんてあるんです?」
担当の先生が厳しい、とかだろうか?
クロード様がひっそりと肩を落とし、オズワルド氏がくっくっと笑い出した。
「あの学園はなかなかすごいぞ、ルーク殿。たとえばこれ、『山野生存術』の講義……手近な虫を食べたり、実習で数日間に及ぶ山ごもりをしたり、なかなか実践的だ」
そんなもんにうちのクラリス様やロレンス様を参加させるわけにはいかぬ! 山野をさまよった俺でさえカブトムシは食べなかったというのに……!
即座に納得した猫に、クロード様がさらなる追撃を寄越す。
「……あと、性教育関係の講義がいくつか……年齢制限がないんですが、男女で分かれているものの、まぁまぁ過激な内容らしくて……大事なことなのはもちろんわかるんですが、ちょっとクラリス達には早いかな、と……」
あー……あるよね、そういうのも……
聞けばその後にも、わらわらと具体例が出てきた。
実際に遠方の海まで出向く航海術系の実習とか、魔獣退治を含む狩猟系とか、延々と走らされる長距離走系の授業とか……
それらを必要とする学生がいるのはわかるし、実際に大事なことなのだが、ロレンス様やクラリス様に履修させたいかとなると、答えは「NO!」である。
傍らでスイール様が小さく挙手した。
「あ、ルークさん。カツ丼一丁」
「へい、お待ち」
藁束からあっという間に錬成し、お新香、わかめと豆腐の味噌汁もつける。
スイール様の顔がたちまちアレな感じに――
「うわぁ……うわぁぁぁ……! すごい……やっぱりすごいよ、ルークさん……! ありがとう、ありがとう! ホルト皇国に来てくれて本当にありがとう! いただきます!」
さっそくメシをかっこみはじめるスイール様に、他の面々は若干動揺している。
「……箸の使い方が非常にお上手ですな……? ホルト皇国では、箸を頻繁に使うのですか?」
「いえ……田舎のほうでは使う地域もありますが、皇都ではあまり……?」
まだ箸をまともに使えないペズン伯爵の問いに、同じく箸が苦手なリスターナ子爵が応じる。
ちなみにこの世界、箸そのものはあるのだが、お貴族様はあんまり使わない。都市部でも労働層の店などではたまに見かけるが、一般的かと言われると……? 別に「下に見られている」というわけでもないし、手づかみよりはよほど上品なのも事実だが、「フォークやスプーンに普及率で負けている」という印象である。
しかし俺のコピーキャット飯はお箸で食べるものが割と多いので、クラリス様達は少しずつ熟達しつつある。
……なお、ルークさんが肉球で箸を操ると、「……それ、どうなってるの……?」と、とても不思議がられてしまう。実は俺にもよくわからぬ……
スイール様はもちろん前世の経験によって箸に慣れているわけだが、同郷のクロード様以外はそのことをまだ知らぬ。「やっぱ宮廷魔導師ってすげぇな?」ぐらいの印象であろう。でも泣きそうな顔で笑いながら飯をかきこむその姿は、ちょっと宮廷魔導師に対するイメ損ではなかろうか。
しかしこの宮廷魔導師。
やはり、単純に飯を食らうばかりではなかった……!
「講義に関して確認したいなら、貴族と留学生用のガイダンスにちゃんと出たほうがいいよ。講義が多すぎて現役の学生も把握しきれていなかったりするし、カリキュラムも講師によって変わるから――入学式の前日にやるから忘れないようにね」
「ほう。今はそのような仕組みがあるのですか」
リスターナ子爵は知らなかったらしい。
スイール様はお新香をポリポリかじりながら頷く。
「始まったのはまだ四年前くらいだから、リスターナ子爵の世代だと知らなくて当然。せっかく授業に登録しても、のっぴきならない事情で単位落としちゃう留学生とかけっこういたからね……そういう授業をまとめて、事前にガイダンスで内容説明するようになった」
「むしろ四年前までなかったのが不思議ですねぇ」
俺の素直な感想に、スイール様が頷く。
「講義の多様化が原因かな。十年くらい前の教育改革で、『講義の質をもっと高めよう』っていう動きが出て、より実践的だったり、先進的な内容の授業が増えはじめた。その流れが五年ぐらい続いた結果、事前の情報不足で単位を落とす例が増え始めて……『これは良くない』ってことで、ガイダンスを試験的に導入したのが四年前」
リルフィ様が横から問う。
「あの……貴族と留学生用とのことですが、一般の学生にはないのですか?」
「一般の学生は情報交換しやすいし、入学前から目当ての授業を決めていることが多いから、そういうトラブルが起きにくいんだ。でも留学生は入国から入学、授業の選択まであんまり日程的な余裕がないし、前期は生活に慣れるのに手一杯になりがちだから……貴族も皇都育ちは別として、他の地方から来る子はほぼ留学生みたいなもんだしね」
ずずずっ、と味噌汁を飲みながら、スイール様が目を細めた。
「……はー、しみる……入学後なら、希望すれば履修相談もやってくれるから、そっちも利用するといいよ。予約制だからあんまり知られてないけど、これは昔っからやってる。ちなみに相談員は学生会のボランティアなんで、私も昔、相談される側だった」
……しゅごい。見た目は笑顔でカツ丼貪ってる幼女なのに、すごく有能に見える……
水ちゃんも「外面はいい」「体裁を取り繕うのは上手い」って言ってたから納得感はあるのだが、それにしてもこやつ、これからの留学生活で頼れそう。後でデザートのサービスしたろ。
「あと、相談できるって言っても、まず最初に『本人のやりたいこと』をはっきりさせないとどうにもならないからね。入学前にそれを明確にしておくといいよ。
王弟のロレンス様なら政治家としての能力に関係する部分が最優先で、それから一般常識とか、あと趣味になりそうものをいくつか確保しておくのもいいと思う。趣味の有無って精神面の安定性に関わるから。クラリス様なら領地経営に関係するものと、貴族の社交術に関わるものと……まぁ、ロレンス様とだいぶ重なるかな。あとルークさんが事業やってるなら、商売関係の講義を受けておいてもいいかもね。
それと、護身術系は勧めない。まだ幼すぎるから、もしもやりたいなら、下の公園にいた護衛のメイドさん達に個別指導してもらったほうがいいと思う」
む。これはもしや、サーシャさんやアイシャさんの実力を一目で見破った?
「こいつはただの飢えた幼女じゃない」と、皆様がはっきり認識したタイミングで、スイール様がおもむろに呟く。
「ごちそうさまでした。はー……おいしかった……うん、腹三分目ってところかな。ルークさん、晩ごはんも楽しみにしてるね」
はい。
……おかしいな? さすがに大盛りとかではなかったが、ちゃんと一人前だったはずなんだが……? 米一粒すら残ってないな? すげぇきれいに食ったな? さては成長期か?
先日の朝食も、なくなったものを適当に補充しながら俺も一緒に食べていたため、実は総量を正確には把握していない……もしやあの時も、俺の印象以上に大量の食材(※藁)を消費していた可能性が……?
スイール様が晩飯前のおやつ(※カツ丼一人前)を食べ終わったところで、ホテル前の公園からクラリス様達が戻ってきた。
改めて猫がご紹介!
「スイール様、こちらが我が飼い主にしてリーデルハイン子爵家の令嬢、クラリス様であらせられます!」
「お初にお目にかかります、クラリス様。ホルト皇国の宮廷魔導師、スイール・スイーズと申します」
……お? スイール様がタメ口じゃなくてちゃんと丁寧にご挨拶をした……
クラリス様は尊い御方であるが、一子爵家の娘にすぎぬ。一方、宮廷魔導師はだいたい「子爵~伯爵」級の官僚であり、ホルト皇国で名声を得ているスイール様はかなり高位のはず。現にリスターナ子爵とか、かなりびっくりしてさっきの挨拶時にも緊張していた。
クラリス様もそつなく返礼。
「はじめまして、スイール様。お目にかかれて光栄です。ルークの飼い主、クラリス・リーデルハインと申します。お噂はかねがね」
「どんな噂か聞いてもいい?」
「当代最強、ホルト皇国の至宝……侍女達からは『眠る魔導姫』とまで呼ばれていると、知人から聞きました」
「うわぁ……いちばん知られたくないのが出回ってた……」
最後の情報源はベルディナさんである。学生さんの噂話の伝播力というのは侮れぬ。
「最初の二つもただのプロパガンダなんで、過大評価はナシでお願いします。見ての通り、亜神とか魔族とかに比べたらそこらによくいる普通の人です。ただ、留学に関してはいろいろお手伝いできるかと思いますので……ごはんのほう、よろしくお願い致します」
「承りました」
お互いに礼。
……クラリス様? 普通に受け入れてますけど、決定早くない……? 最後の一言とか割とツッコミどころだよね?
アイシャさんが訳知り顔で頷く。
「……ルーク様のごはん、おいしいですもんね……あ、はじめまして、スイール様。私、メイドのふりをしていますが、ネルク王国宮廷魔導師の弟子で、アイシャ・アクエリアと申します。私もルーク様のごはん目当てで同行しました」
「貴方も……! よろしく」
もしかして水ちゃんの祝福もちって、リルフィ様以外はこういう感じだったりする……?
次いでロレンス様、サーシャさん、マリーンさん、マリーシアさんと自己紹介が進み、全員の顔と名前が一致したところで、改めて「留学期間中の同居」に関する話題へ戻った。
「マリーン、貴方も魔導師なら、リルフィと一緒に、建前だけでも私に弟子入りするといいよ。水属性じゃないみたいだけど、私のほうは四属性ぜんぶそこそこ使えるから安心して。符術や結界系の魔法なんかも教えられるから無駄にはならないよ」
「ほ、本当ですか!? ぜひよろしくお願いします!」
留学生としてついてきたものの、どちらかというと「護衛」「政治的駆け引き」のためという側面が強かったマリーンさんは、少し自分の立ち位置に迷っていそうな気配があったのだが……この弟子のお誘いに関しては大興奮で、一も二もなく飛びついた。
スイール様はアイシャさんにも向き直る。
「アイシャはどうする? 外務省の名簿には『使用人』って記載されてたし、正体を隠してついてきているみたいだけど」
「私は仕事の都合でネルク王国側に戻っている時間も多いはずなので、お気遣いなく。時間のある時に、お話をうかがえれば幸いです」
この気安いやりとりに、俺は首を傾げた。
「あれ? もしかしてお二人ってお知り合いだったりします?」
「いや? 普通に初対面だよ?」
「水精霊様を通じて、話だけはうかがっていたので……あと、同系統の祝福持ちはなんだかんだ言って、初対面でも『友人の友人』ぐらいの距離感になりやすいですね。ルーク様とウィルヘルム様もそうだったんじゃないですか?」
なるほど、そういうものか。
ただ、なんか、こう……仲良さそうに見えるのと同時に、二人の間に、見えない火花というか……いや、火花とまでは言わぬが、ちょっとした駆け引きの綱が見え隠れしている気がしないでもない……? 猫の気のせいか?
「スイール様。リルフィ様とマリーンの弟子入りはたいへんありがたいのですが……あくまで『留学期間』だけでお願いしますね? あと、魔導師以外の方々の勧誘はしないですよね?」
「もちろんそのつもりだよ。ごはんのついでだし……まぁ、どっちの子も育て甲斐がありそうなんで、楽しみが増えた感じはするけど」
「あはは……才能ある子を見つけちゃうとつい弟子にしたくなるのって、魔導師あるあるですよねー」
「わかる。ちゃんと磨かないともったいないって思っちゃうよね」
にこにこ。にこにこにこ……
うん。どちらもちゃんと愛想笑いを浮かべている……仲良しさんだな!(断言) 決して「ほほえみ(威圧)」とか「わらう(目がマジ)」とかではない――と思う。
それでもなんとなーく怯えたかわいい猫さんは、リルフィ様に抱っこされ、のんびりと毛繕いを始めた。
かくしてスイール様は我々と合流し、リフォーム予定の物件には、設計段階で新たな一部屋が追加される運びとなった。
いつも応援ありがとうございます!
ちょっと前にフライングしてしまったコミック版猫魔導師(16話)ですが、本日、コミックポルカにて無事更新されました。
ピッコマのほうでは有料での先行配信をしていたようで……
また今回は今までのような前後編ではなく、一話丸々の更新となっているみたいです。ストーンキャットさんとのお昼寝シーンもあります。あの高さでも飛び乗れなくてよじのぼるルークさん……ご査収ください。
それから渡瀬名義でのお知らせになりますが、アマゾンのオーディブルにて、「クローバーズリグレット」の音声版の配信が始まりました!
こちら単品だと3500円とCDなみのお値段になってしまうのですが、サブスクだと月額1500円になるようです。なんと視聴時間が一巻だけでも9時間10分……! 7月下旬には3巻まで配信されるようです。
キャラごとのセリフの演じ分けが非常にスムーズでちょっとどころでなくびっくりしました。ラジオの朗読を発展させたような印象で、作業中のBGM代わりにもおすすめです。興味をもっていただけましたらぜひー。




