200・幽霊屋敷の真実と香箱
うららかな快晴の昼下がり。
スズメ(みたいな小鳥)が遊ぶ休耕地を背景に、閑静な林に囲まれた洋館の屋根を吹き飛ばして、突如あがった猫耳つきの爆煙……
(にゃーん)
にゃーんじゃないが? いや、「急に襲われたので反撃しました」というのは理解したのだが、爆風アピールは必要なかったのでは? 魔力障壁かなんかで囲んでタコ殴りとかできなかった?
……しかしまぁ、とりあえず俺のせいなのは間違いない。使用者責任は回避できぬ。
この場には不動産管理部のカーチスさんもいるので、クラリス様達への詳しい説明などはしにくいが……と思っていたら、そのカーチスさんが急に寝てしまった。猫のようにすやっすやである。
おや?
見れば同行していたオズワルド氏が、肩をすくめ笑っていた。
「そこのカーチス氏は、朝からの接客で疲れていたんだろう。どうやら居眠りをしてしまったようだ。さて……ルーク殿。一体何があった?」
睡眠系の精神魔法か! たすかる!
皆様の視線が俺に集中したため、猫はへこへこと頭を下げた。
「……えー。周辺警戒のため、黒猫魔導部隊をこっそり散開させていたのですが……その一部があのお屋敷に入り、中にいた『幽霊』と喧嘩になってしまったようなのです。で、あのぉ……」
よく考えたらコレ、不法侵入からの傷害事件じゃねぇか!
むしろこっちがお詫びに行かないとダメなヤツでは!?
……い、いや、黒猫魔導部隊にも言い分はある。不穏な敵意を察して、警戒のために屋敷へ入ったところ、問答無用で襲われたためにあっさり返り討ちにしたとかで……
彼我の戦力差がわからない程度の相手だった、と言えばそれまでだが、ちょっと放置するわけにはいかん気がする……
「すみませんがオズワルド様、あそこまでご同行いただけますか? 他の皆様は、こちらで待機ということで……あの、危険はないです。もう『降伏する』という表明が先方から(猫経由で)来てまして、後始末というか、状況確認と、場合によってはお詫びをしてこようかと……」
「……ルーク、お詫びなら私もついていくよ?」
我が飼い主たるクラリス様が、飼い主の責務としてそう申し出てくださったが……一ペットとしては、至高の主をこのような些事に巻き込むわけにはいかぬ。
「クラリス様……! いえ、それには及びません! 少し時間がかかるかもしれないので、お茶と軽食をご用意しておきますね」
リルフィ様やアイシャさんにも手伝っていただいて、ささっと軽めの品々をご用意。クッキーとかおせんべいとかサンドイッチとかモナカとか、手が汚れにくいものをチョイスした。あとフルーツ盛り合わせも追加で。
「ルークさん……あの、気を付けてくださいね……?」
「本当にオズワルド様だけでいいんですか? 戦力的には過剰なくらいですけど」
「まぁ、見えている距離なので。何かあったらすぐにご連絡します!」
リルフィ様とアイシャさんは心配してくださったが、猫さん達からの報告によれば、幽霊はすでに拘束済である。ささっと行ってこよう。
オズワルド氏も早速、俺を抱え上げてくれた。
「まぁ、亜神たるルーク殿が詫びるほどの相手とは思えんが……幽霊などというのは所詮、精霊界にも行けない程度の野良精霊だ。屋敷ごと焼き払っても支障ないと思うぞ」
「そういう初手の暴力はちょっと……! 物件を毀損するのもまずいですし、一応、事情をうかがってからですね……」
……すでに屋根はふっとばしてしまったが、相手は高齢者(の幽霊)である……前世で祖父母に育ててもらった俺としては、お年寄り相手にあまり傍若無人な真似はしたくない……
とりあえずオズワルド氏と一緒に、転移魔法で現場へ。
……ちなみにクラリス様達に待機をお願いしたのはもちろん安全のためであるが、その上でオズワルド氏に同行をお願いしたのは「やっぱりおばけこわい」からである。
まだ真っ昼間だし、前世の「幽霊」とはだいぶ違う存在であろうとも思うのだが……それでなくともオズワルド氏のほうがいろいろ詳しいはずなので、ついてきて欲しかった。
空を飛べて転移魔法も使えるから、もし何かあってもすぐに脱出可能である。
さて、件の幽霊屋敷は――
屋根がきれいに吹っ飛んでいた。
意外なことに、レンガ造りの外壁はほぼ無事である。爆発が上方向に抜けて、屋根だけが「すぽーん」と吹っ飛んだ感じ。これは黒猫魔導部隊が内部で魔力障壁を張ったな?
「……うわぁ……あ、あの、このお屋敷の主って、なんて人でしたっけ?」
「カルマレックか? 私もよく知らんが、この国の宮廷魔導師だったらしいな。もちろん生前に会ったことはない。まぁ、死にそこねて死霊化する魔導師はたまにいるんだ。そのまま幽霊として屋敷に居着いたり、人に取り憑いて祟る連中もいるし……お、アレか?」
玄関から屋敷内に踏み込んだ我々は、屋根が吹っ飛んですっかり明るくなったエントランスに、うつ伏せに倒れた半透明のお爺ちゃんを発見した。
魔導師姿の黒猫さん達が、その上に乗ったり周囲を走りまわったり、前脚でてしてししたりふみふみしたり……やりたい放題の傍若無人ぶりである。じゃれているだけともいう。
(た、たす……たすけ……)
「あああー……み、みんな、周辺の警戒に戻っていいよ……?」
(にゃーん)
軽く返事をして、ぽんぽんぽぽぽんとこの場から掻き消える黒猫魔導部隊――
彼らはふたたび馬車を中心にして散開した。警備体制ガバガバそうに見えて割と鉄壁なんですよね、この子たち……
「……えー。先程は私の仲間達がたいへん失礼をいたしました。あの、カルマレックさんですか? 大丈夫です?」
どう見ても大丈夫ではない瀕死の幽霊……いや、瀕死? そもそも死んでる? どうなのこれ?
ともあれ猫に叩きのめされた御老人は、呻きながらもその場に身を起こし――ぼろぼろの長衣姿で座り込み、がっくりと項垂れる。
(ふ、不覚っ……猫が……猫の群れが、あのように強大な魔法を駆使するとは……! ああ、いや……いずこかの名のある神獣様とお見受けした。我が名はカルマレック。この屋敷の主――だった者だ)
声はおごそかだが、ちょっと警戒感がありそう。
「はじめまして、私は猫のルークと申します。近くを通りがかっただけなのですが、私の手勢がこちらの屋敷から謎の気配を察し、安全確認のためにお邪魔したところ、戦闘になってしまったようで……」
(……いや、すまぬ。その点は完全に我が悪い)
む? こちらも不法侵入気味だったので、「完全に」とまで言われてしまうと恐縮なのだが……オズワルド氏はむしろ納得顔であった。
「ふむ。狂化が始まっているのか。猫達に瘴気を吹き飛ばされて、一時的に理性を取り戻したようだが……」
聞き慣れない用語が出てきた!
「狂化ってなんです?」
オズワルド氏が俺の喉をわしゃわしゃ。
「ああ、ルーク殿はそのあたり、詳しくないのか。霊的存在は、霊力が摩耗して希薄になってくると、理性を失いがちになるんだ。まともな精霊ならば精霊界へ行ったり、地水火風の四精霊の影響から、自身が存在するために必要な霊力・魔力を補充できるんだが……格の低い霊体だとそれができない。で、数十年、数百年単位でゆっくりと消えていくんだが、その過程で、存在を維持しようとして他人の魔力や生気を求め、凶暴化する時期がある。人を襲う幽霊はだいたいこれだ」
「ふむ……魔族の狂乱と、ちょっとだけ似てます? 理性を失って暴れる、っていうあたりが」
「そうだな。我々の狂乱は、怒りや悲しみといった負の感情がトリガーになる。幽霊達の場合、感情も影響はするが、『意識が朦朧として、いつの間にか暴れていた』という状況になりやすい。魔力、霊力的な飢餓状態によって、思考力が低下するんだろう。ついでにいえば、死霊術の多くは、そういう霊体に『取引』として霊力、魔力を与えることで使役する。ルーク殿はこいつを負かしたから、今ならば使役できるぞ」
え、いらない……
餌が必要な従者はピタちゃんだけでいい……これ以上、ペット増やしたくない……
というか、このカルマレックさんは何か心残り等があって成仏できなかったのではなかろうか?
ルークさんは別に幽霊退治とかしたいわけではないし、正直、あんまり関わりたくもないのだが……しかしうちの猫どもがご迷惑をおかけした以上、素通りもできぬ。せめて壊した屋根の修理は必要であろう。
オズワルド氏が俺の代わりに話を進めてくれた。
「で、どうして貴様は、死後もこんなところに残って悪霊じみた真似をしていた? よほどの心残りがありそうだが」
カルマレック氏はうつむいたまま、肩を震わせた。
(一時とはいえ、正気に戻してもらったのも何かの縁――貴殿らには、我の言葉が理解できるようだから白状するが……この屋敷の地下には、厄介な呪具が眠っておる。それが発掘されてしまうと、世に災厄が放たれるのだ)
……急に厄ネタぶっこまないでくれる? これもしかして『奇跡の導き手』さんが水面下でまたお仕事した感じ? 猫の労働環境改善の方針って今どうなってんの?
(……生前の我は、『延命長寿と不老不死の研究』という名目で、様々な魔道具や呪具を集めていた。まぁ、この題目自体は、貴族から資金を集めるための口実でもあったのだが……その過程で、偶発的に見つけてしまった呪具だ。簡素な封印は施したものの、処分方法と相談相手を検討している最中に、我の心臓は止まってしまった。この呪具の処分を、安心して託せる魔導師が現れるまでは……と粘っていたのだが、長い歳月によって我が霊体も瘴気に蝕まれ――恥ずかしながら、先程の醜態をさらした)
へぇー。
猫さんはいろいろ納得しつつ、ぺこりと一礼した。
「まさかそのような事情があったとは……何も知らなかったとはいえ、たいへんな失礼をいたしました……申し訳ありません。では、我々はこれで!」
俺を抱っこしたオズワルド氏の腕をてしてしと叩き、撤収を促す。
かかわりたくない! この案件、たぶんかかわりたくないやつ!
しかしオズワルド氏は、猫とは逆に興味を持ってしまったらしい……ですよねぇ。
「まぁ待て、ルーク殿。クラリス殿達がこれから学園に通う以上、その『厄介な呪具』とやらをここに放置しておくわけにはいかんだろう」
ド正論きた。
う、うん……なので、こう……後でもうちょっと詳しく話を聞いた後、イケそうならハイパーネコ粒子砲とかで真夜中に「焼き払え!」しちゃおうかなって……とはいえ横方向に向けると危ないので、上空からこう……真下に向かって……衛星砲的な感じで……
猫の物騒な思惑をよそに、オズワルド氏はつかつかと幽霊さんに歩み寄った。
「私は『純血の魔族』、バルジオ家の当主、オズワルド・シ・バルジオだ。カルマレックとやら、その呪具は、この私でも対応できぬほどの代物かね?」
(なんと……純血の魔族!?)
うなだれていた幽霊さんが顔をあげた。眼窩が完全に真っ暗でコワイ! 昼間っから普通にホラーだな!?
……いや、ホラーは明るいほうが実は怖い気がする。
下手なホラー映画だと、怖さの演出を「暗さ」に頼りがちだが、アレは見ている側にとっては「暗すぎて何がなんだかさっぱりわからん」という状況に陥ることが多く……ここにPOV方式でカメラの揺れまで加わったりすると、臨場感以前に「状況もストーリーもまったくわかんねえ!」という事態が起きたりする。もはや恐怖以前の問題である。いろいろ細部をごまかせるので低予算向けであることは認める。
明るい画面作りで話題になった某ミッドでサマーな有名ホラー映画とか、まさに「状況がちゃんとわかるから、ちゃんと怖い!」という好例であったが……昼間にはっきり見える幽霊さんというのは、なかなかどうして、異物感がすごい……風精霊様とか泉の精霊ステラちゃんとかはあんなにかわいいのに、同じ霊的存在でもこっちはどうして……?
幽霊さんは我々に向けて、ゾンビのよーに震える手を伸ばした。やめれ。
(であればぜひ、対処をお願いしたい! 呪具の名は『不帰の香箱』――古の瘴気を封じた箱で、開けた者とその周囲に災いが降りかかる危険な代物だ。下手に破壊すれば、瘴気がどこまで拡散するかわからぬ)
壊しちゃダメなヤツだった……まぁ、壊して済むならそうしてるよね、っていう……
しかし香箱……香箱か。猫の座り方といえば香箱座りであるが、アレは形状とかサイズ感が似ているというだけであって、別に猫さんが香箱に特別な執着を持っているわけではない。入るのに手頃なサイズの箱であればだいたい好きである。
前世日本においては、茶道具とか香木なんかを仕舞うための箱であり、古い時代には嫁入り道具だったりしたようだが……こっちにもあるの? しかも呪具? まさかニホン製じゃあるまいな?
オズワルド氏が眉間を押さえた。
「あれか……よもや、こんな東方にも残っていたとは」
「あれ? ご存知なんです?」
「古の魔導王国が作りし害悪だ。周囲数キロを巻き込む、爆発型の瘴気ガス兵器――とでも言えばわかりやすいか? 基本的には自爆テロが前提になるが……あるいは『贈り物』などと嘘をついて、相手に起爆させることで、街ごと地獄に変えられる。さらに山野などで起爆させた場合には、その瘴気を吸った獣が凶暴化するから、周辺にも広く被害を広げられる。海に捨てたら魚が凶暴化して漁に出られなくなり、漁村が滅んだという例もあったな。魔族が魔導王国を滅ぼした後、魔王様を中心とした始祖達で、あらかた処分したはずだったんだが……よそに流失した量産型が、たまにこうして見つかるんだ。持て余しているようなら私が持って行こう」
ワァ……ガチめの危険物だぁ……
「当時の人達はなんでまた、そんな処分に困るほど厄介なものを作ったんですか……?」
「私に聞かれてもな……生まれる前の話だから又聞きになるが、魔導王国の連中は、『危険であればあるほど価値がある』とでも勘違いしていたんだろう。結果、連中は『魔族』まで生み出してしまい、我々の始祖に滅ぼされた。人類の愚かさを示す良い教訓になったな」
オズワルド氏はシニカルに笑ったが、たぶんその頃って、ビーラダー様のダンジョンによる瘴気浄化システムがまだ稼働していないので……弱い人類は、瘴気を浴びた強い魔獣達によって危機的状況にあったはずである。
そんな状況下で、少しでも強い戦力を求めた魔導王国の方針はわからんでもない。そして方向性がちょっとズレて研究者が暴走した結果、アレなことになるというお約束な展開……
さらに後世の人類が、その遺物を発掘したり奪い合ったりして世紀末ごっこするいつものパターンである。じんるいはおろか。
「……ふと思ったんですが、十年ぐらい前にリーデルハイン領で発生した『ペトラ熱』っていう疫病も、もしかしてこういう呪具が引き金になっていたり……?」
「いや、あそこにはそもそも迷宮があるから、そっちから漏れた瘴気の影響だろうな。だが……起きる事象としては似たようなものだ。この『不帰の香箱』というのは、亜神ビーラダーがダンジョンを作る前……まだ各地で瘴気がそのまま噴出していた時代に、その瘴気を圧縮、固形化、封印することで兵器化したものだ。もしもこの皇都で箱が破損すれば、そのペトラ熱と似たような――むしろそれ以上に厄介な疫病が発生する可能性は高い。瘴気に耐性のある者、それこそ一部の魔導師以外は、かなりの高確率で死に至るだろう」
ほんとにろくでもねぇな!?
というわけで、幽霊になってしまった元宮廷魔導師・カルマレックさんの案内により、我々は屋敷に隠された薄暗く陰鬱な地下室通路へと誘導される羽目になった。くらい。こわい。じとじとしてる……
……これ、オズワルド氏がいなかったら普通に尻尾巻いて逃げ帰る案件だったな……?




