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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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195・水精霊の趣味と道楽


 水精霊は悩んでいた。


 つい先日、お気に入りのおもちゃである「スイールちゃん」に、「亜神の顕現」という厄ネタを放り投げ――

 彼女が悩み悶え、「うにゃーーー!」とストレス発散しにここへ来る姿を肴に、楽しいティータイム(お茶は飲めないので真似事)をしばらく過ごすつもりだったのだが……

 事情が変わった。


 とうの亜神ルークが、従者達を伴って、想定よりもかなり早くホルト皇国へ来てしまったのだ。

 風精霊から聞いた話では、「ルークはトマト様という野菜を広めるために商売をはじめた」とのことだった。

 つまりホルト皇国へ来るのは、その商売が軌道に乗り、国外への輸出を考える頃になってからだろうと高をくくっていたのだが……


 どうも従者達が、「りゅうがく」という他国の文化と情報を合法的に盗む仕事を始めるようで、それに付き添ってホルト皇国へ来たらしい。


 水精霊に限らず、四種の上位精霊は世界中にあまねく存在している。

 つまりネルク王国にいる水精霊と、ホルト皇国にいる水精霊は、存在する場所は違うものの、それぞれ意識と記憶を共有しており、中身は同一の個体といっていい。

『古楽の迷宮』で、ルークの腹に猫吸いをキメた記憶もちゃんとある。


 ルークは風精霊の祝福をすでに得ていたため、横取りは控えたが――代わりにリルフィという従者の娘には印をつけ、ルークを間接的に把握する手段を得ておいた。

 アイシャでもある程度はその役割を果たせそうだったが、彼女はあくまで「官僚」であり、常にルークと一緒にいられるわけでもない。

 師のルーシャンから「亜神の世話役、あるいは監視役」としての任を与えられているものの、魔導師としての修行と他の仕事も並行してこなしているため、実はけっこう忙しい。


 そもそもアイシャ・アクエリアという娘は、「不真面目を装う技術」に長けた、「おそろしく真面目な魔導師」である。

 魔導師でありながら、友人達に付き合って「拳闘」という体術の練習までこなしている。給金の多くを孤児院に注ぎ込み、そこから巣立つ子達の就職相談にも応じている。

 亜神ルークに対しても「気安い友人」であろうと務め、「気安く見えるように」と猫をかぶっている。

 ――通常、「猫をかぶる」という行為は、不真面目なのを隠して真面目ぶるためのものだが、アイシャにとっては逆なのだ。

 彼女の本性は「勤勉」「努力家」「自制心の塊」であり、師のルーシャンから「もう少し肩の力を抜くように」という指導を受けた結果――「周囲からはそう見える」ように、演技をする技術を真面目・・・に磨いた。

 だから水精霊は、彼女がそんな「演技」をしている姿を見ると、おもしろくてつい笑ってしまう。


 今回の「留学」とやらにアイシャが同行した理由にも、だいたい察しはついている。

 本人はどうせ、「おやつ目当てに駄々をこねた」とでも周囲に思わせているのだろうが――本当の目的は、「ホルト皇国による、亜神とその関係者の引き抜き」の動きを監視し、未然に防ぐことだろう。


 亜神ルークの価値は疑う余地がないとして、水精霊の祝福を得ているリルフィも、この国に仕官すれば間違いなく重用ちょうようされる。さらに「亜神の加護」がバレれば、スイール以上の高待遇を得られるかもしれない。

 王弟ロレンスも同様で、ネルク王国での「政争に負けて失脚した王弟」という情報をホルト皇国側がキャッチすれば――「ならばうちの娘と結婚させて、味方に引き込もう」と検討する貴族が必ず出てくる。

 他国の王族を血筋に迎えればそれだけで箔がつくし、ロレンスは水精霊から見ても容姿、性格、能力がずば抜けている。さらにあの年で「亜神の加護」、「精霊の隣人」といった称号まで持っている以上、感覚の鋭い者が見れば一目でその才に気づく。


 ホルト皇国にとって「留学生」とは、その存在そのものが外交の一助になるのと同時に、「他国から、優秀な人材を体よく奪い取る効率的な手段」でもあるのだ。

 おそらくアイシャは、その流れを警戒しルークについてきた。


 まぁ、今はアイシャのことはいい。

 今回のおもちゃはスイールである。リルフィもお気に入りではあるが、彼女をからかうのはもっと親しくなってからにする予定で、現状はゆっくり距離を詰めるべき段階だ。

 水精霊は水精霊で、ちゃんといろいろ考えている。なのに他の三精霊からは、「水ちゃんはだいぶおかしい」とよく言われる。

 彼女らは人類に対する愛が足りないと思う。想定外の事態に混乱して慌てふためく様とかめっちゃかわいいのに。

 そもそも人間の体はなんと六割が水分であるらしい。つまりすべての人類は水精霊の眷属けんぞくも同然である。


 ……ただしこれを言い出すと「すべての人類は空気を吸っているから風精霊の眷属」「すべての人類は体温を発しているから火精霊の眷属」「すべての人類は地の上に立ち農作物で命をつないでいるから地精霊の眷属」という解釈も成り立つため、思うだけにして口にはしない。要するに人類に限らず、すべての命は四精霊の眷属みたいなものである。

 例外は「亜神」とか「邪神」とかの神様系で、アレらはちょっとモノが違う。亜神はまだいいが、邪神は……本当に、モノが違う。


 水精霊が、世界中にいる「自分」と適当に交信しつつ過ごしていると、浄水宮に猫が飛んできた。

 それに合わせて、水精霊は浄水宮に顕現けんげんする。


 上位精霊は世界中のどこにでもいるが、「どこにでも気軽に顕現できる」わけではない。

 人が多いところは苦手だし、顕現するためにより多くのリソースを要する。


 簡単に顕現できるのは、人が少なく自然の豊かな地域とか、亜神ビーラダーが整備してくれた各地の迷宮にある『精霊の祭壇』とか、元から精霊にとって居心地のいい聖地のような場所とか、あるいは精霊のために整えられた特殊な空間とか――

 この浄水宮にある精霊の間もその一つだが、これはホルト皇国がアホみたいな額の税金を注ぎ込んで改築した魔道具の一種であり、元々の浄水宮にこんな設備はなかった。


 せっかくなので水精霊も適度に利用しているが、ここは「水精霊専用」にカスタマイズされているため、他の精霊は顕現できない。というより、ビーラダーが作り上げた迷宮にある『精霊の祭壇』が規格外すぎるだけで、人類の魔道具製作技術でアレを再現するのは無理がある。

 魔族が予算と手間を度外視すればかろうじて……という感はあるが、彼らだったら迷宮内の祭壇に転移した方が手っ取り早い。


「………………あのー、水精霊様ー、こんにちはー……」


 精霊の間へぞろぞろと入ってきたのは、猫とその従者達。

 猫のくせに猫に乗っている。

 皆がそれぞれにまたがった、羽の生えた白い猫は――以前に迷宮で見た時よりも、明らかに強化されていた。

 見た目は同じだが、魔力の密度がおかしい。一体ずつが純血の魔族と同程度、もしくはそれ以上の魔力を内包しており、「ただ空を飛ぶだけの乗り物」としては無駄遣いのように思える。


 亜神ルークは特に意識していないのだろうが、これは彼の神格が順調に上がっていることの証明でもある。

 上位存在から権能を与えられた亜神は、顕現した時点で人智を超えた能力を持つが、「その力で何をなしたか」によって力が増大していく。

 かつて上位精霊達と共に各地の迷宮を作り上げた亜神ビーラダーも、迷宮製作を重ねていくにつれてどんどん神格が上がっていった。

 本神(※本人)いわく、「パワーアップっていうより、実績解除っていうか制限解除っていうか……もしくはアップデートかかった感じ?」

 とのことだったが、当時の水精霊にはちょっと意味がよくわからなかった。

 

 ともあれルークは(猫なのに)短期間に目覚ましい実績をあげ続け、(ペットなのに)新たな事業をも立ち上げ、(亜神なのに)トマト様という植物の下僕をやっている。

 そんな社畜系猫さんは、飼い主クラリスの首に巻き付き、背後のリルフィに猫吸いされながら、やや不安げな顔で精霊の間へ入ってきた。


 顕現した水精霊は、ふよふよとその正面に飛んでいく。


『リルフィちゃん、猫さん、みんなも来てくれてありがとー。まだそんなに経ってないけど、いろいろあったみたいだねぇ』


 にこにこと微笑みながら声をかけると、リルフィが慌てて会釈を返した。


「あ、あの、水精霊様、こんにちは……このたびは、お招きいただき……」


『もー、リルフィちゃんは「おともだち」なんだから、そんなに固くならなくていいんだよぉ? ほら、こっちこっち! みんなもおいでー』


 オレンジ色の髪をした快活そうな娘が、水精霊の言葉の途中から騒ぎ出した。


「えっ!? 水精霊様がいらっしゃるんですか!? ど、どちらに!?」


 見えない子である。人類の大半はそんな感じなのでいまさらだし、先代の宮廷魔導師ですら水精霊を知覚できなかったのだから、これは仕方ない。

 ただ今回、ルークが引き連れてきた中で「見えない」のは三人だけで、他の面々は水精霊とバッチリ視線が合っている。

 ある程度は名前もわかる。

 見えているのは、亜神ルークと魔導師のリルフィ、クラリスとロレンスの年少組、ウサギのピタゴラス、あと……なんか見覚えがあるよーなないよーな気がする金髪の兄ちゃん。

 見えていないのは、ロレンスの護衛のマリーシアという娘と……あとの二人は、おそらく初対面である。


 騒いでいるのは初対面のうちの一人で、リルフィが彼女の肩を押さえ、視線を誘導していた。


「あ、あの、見えないかと思いますが……今、ベルディナさんの正面に……」


「えっ……! し、失礼しました!」


 娘が深々と元気良く頭を下げた。

 この反応からして、おそらくはホルト皇国の国民である。水精霊はこの地でだいぶ過剰に崇められている。

 見えもしないものをよくそこまで敬えるものだと感心するが、一般的な人類は感情とか絆とか信頼とか、そういう「見えないもの」をけっこう大事にするらしい。

 それを気にしない者もいるようだが、そういうのはだいたい同族に見捨てられるか、あるいは対立の末に殺されがちとも聞く。人類はそもそも弱いので、孤立すると死にやすい。弱くてかわいい。


 水精霊は挨拶もそこそこに、とりあえずルーク達を部屋の奥へと先導した。

 ここに家具類はほとんどない。

 一応、スイールとの女子会で使う簡素なテーブルと椅子はあるのだが、椅子は二脚だけでクッションすらない。

 この精霊の間は常に壁面や床の水路に水が流れ続けているために湿度が高く、木製の家具や布製品を置くとカビが生えやすい。

 慣れているスイールはわざわざ座布団や膝掛け、昼寝用のクッションなどを持ち込んでくるが、置きっぱなしにはしないし、時には折畳式のハンモックを背負ってくることもある。割とやりたい放題である。


 人数分の椅子がないのは明らかなため、ルーク達一行は床に伏せたウィンドキャットをそのままベンチ代わりにして車座となった。

 猫がおずおずと肉球を掲げる。


「……さて、水精霊様。本日は一体、どのようなご用件で……?」


 すっごい警戒されてる。

 この猫、風精霊に対してはやけに従順なのだが、何故か自分に対しては距離がある。

 猫は風呂とか川とかが苦手らしいので、水そのものに対して苦手意識があっても不思議はないのだが――『ルークはお風呂大好きで、よく露天風呂につかってるよ?』と風精霊から教えられた時は、思わず『は?』と声が漏れた。

 そんな話はどうでもいい。


『あのねー。今日来てもらったのは……これから猫さん達がホルト皇国に滞在するなら、スイールちゃんのこと、ちゃんと相談しておいたほうがいいかな、って思ったの』


 猫が驚いたように目をぱちくりとさせた。


「まさに私も、その件で水精霊様にご相談できないかと思っていたところです! 『どう行動するのが正解かなぁ』と判断に迷っていまして」


『そうだよねー。わかるわかるぅー』


 水精霊はにこにこと笑顔を振りまいた。

 間に合った。ルークが方針を決める前に介入できたのは、まさに幸運と言っていい。流れはこっちに来ている。自分がいない場所で先に接触されてしまったら、水精霊が楽しめない。


 ちなみにリルフィは、水精霊の存在を知覚できない仲間達に対して、この会話の内容を小声で一生懸命伝えていた。水精霊としてはちょっと応援したくなる。

 また他の面々は、ルークと上位精霊のやり取りを邪魔したくないのか、口を挟む様子はない。

 クラリスとロレンスあたりは純粋にやり取りが気になっているのだろうが、魔族の青年はニヤニヤとおもしろがっている。ウサギは何も考えていない。


『それでね、猫さん達のことはもちろんまだ話してないんだけど……猫さん達の暗躍の影響で、ホルト皇国が変な暴走や誤解をしないようにと思って、それを止められる立場のスイールちゃんにだけは、「どこかの国で亜神が顕現したから、行動する時は慎重にね」って、私からも伝えたの』


 猫がふむと頷いた。


「なるほど……えっ。それ、スイール様の口から、亜神の存在がホルト皇国側に漏れたりとかは……?」


『それは大丈夫! 口止めもしたし、スイールちゃんは亜神の怒りを買うほどバカじゃないから。むしろレッドワンドの件も含めて、「不審なことに気づいても、あまり深く嗅ぎ回らないように」っていう戒めになったはずだし、スイールちゃんは「触らぬ神に祟りなし」っていう事なかれ主義だから……「亜神がいるかもしれないなら、余計なことや目立つことはしないようにしよう」って、怯えちゃってる感じ?』


 嘘はついていない。

 水精霊はスイールに対して、(隠し事はしたものの)基本的に事実しか伝えていない。


『でも、怯えているままで放置するのもかわいそうだし……みんなさえよければ、スイールちゃんにも、猫さんやリルフィちゃん達のことを紹介してあげたいな、って思ったの。どうかな?』


 猫が腕組みをして考え込む。ここは即答して飛びついて欲しかったのだが、やけに慎重である。


『……あれ? 何か気になってるぅ?』


「……いえ。水精霊様に仲介していただけるというのは、願ってもないお話です。ホルト皇国側の協力者として、外交官のリスターナ子爵だけでは、爵位と役職の関係でやや不安だったのも事実ですし……これからクラリス様達が学校生活を送るにあたって、上位貴族をもおさえられそうな人材とは、なるべく縁を結んでおきたいと思っておりました」


 この猫さん、本当に猫だろうか? 考え方が妙に人類っぽいというか、処世術重視な気がする。異世界の猫はきっと苦労性なのだろう。


「ただ、懸念もあるのです。なにせ当代最強と言われるほどの魔導師様……可能ならば会う前に、その人となりを前もって見定めておきたいという思いもありまして。いえ、水精霊様を疑うわけではないのですが、たとえばほら……猫嫌いな方だったりすると、お互いに、その……気まずいので……」


 ……わからないでもない。

 スイールは別に猫が嫌いではなかったはずだが、大好きかと言われると「……ふつう?」という印象だし、相手が「喋る猫でしかも亜神」となればおそらく萎縮いしゅくしてしまう。

 水精霊としてはそんなスイールを間近で観察してニヨニヨしたいのだが――この趣味はきっと、ルークには理解してもらえない。


 いかに亜神とはいえ、彼は所詮、ただのかわいい猫さんである。キュートアグレッションとかそんな専門用語を知っていそうには思えないし、むしろでられる側に見える。今も飼い主のクラリスから頬肉をむにむにと揉まれている。コレが亜神かぁ……


 気を取り直して、水精霊は問いかけた。


『猫さん的には、スイールちゃんの性格とか猫の好き嫌いだけじゃなく、「能力」も警戒している感じ? もしかしたら亜神を出し抜けるような、変な特殊能力があるんじゃないか、とか』


「それもあります。オズワルド様から、『見た目は幼女のようだった』ともうかがいました。実際の立場や実力と、外見の印象が噛み合わない……となれば、あるいは人類ではない可能性をも疑いたくなります。極端なことをいえば、それこそ『人の姿は仮のもので、その正体はもしかしたら亜神ではないか』とさえ――」


 猫の取り越し苦労に、水精霊は呆れ返った。

 ……いや、むしろ「さすがは元・野生動物」と言うべきかもしれない。警戒心の強さは獣にとって生死に直結する重要な資質である。

 とはいえこの点に関しては間抜けな勘違いもいいところで、スイールはあくまで、ただの……ただの(・・・)、常軌を逸した人間にすぎない。


『それは大丈夫だよぉ? スイールちゃんはね、ちょっと警戒心とか強めだけど、種族としてはただの人類だし、話も通じるから……あ! でも、いきなり猫さんと会ったら、やっぱりびっくりしちゃうだろうから……最初のうちは、猫さんはただの猫のふりをして様子を見たほうがいいかも?』


 飼い主に頬をこねられながら、ルークが微妙な目つきに転じた。


「……水精霊様、何か変なこと考えてないです?」

『そんなことないよぉ?』


 意外と鋭い猫に愛想良く微笑を向けて、水精霊は猫の額を撫でる。

 そもそも「変なこと」など一切考えていない。ちゃんと「楽しいこと」を考えている。


『猫さんが手伝ってくれるなら、みんながスイールちゃんと仲良くなれるように、私がうまく仲介してあげる! リルフィちゃんやアイシャちゃん達のことも紹介してあげたいし、私がいればスイールちゃんも油断……心強いと思うし』


 ちょっとした言い間違いを聞き咎めた猫は、胡乱うろんな眼差しである。

 しかし提案自体には一考の価値があったらしく、しばらく考えた後に飼い主達を振り返った。


「クラリス様、リルフィ様、いかがでしょう? 私としては、水精霊様という共通の知人を介してなら、接触してみても良さそうに思ったのですが」


 スイールと違って正真正銘の幼女が、優雅に端然と頷く。


「いいと思うよ。それにリル姉様も、憧れの人には会ってみたいよね?」


「わ、私は、あの、その……! ……会ってみたいような、でもお会いするのが怖いような……いえ、私のことはともかく、水精霊様のせっかくのご厚意です。ここは甘えてしまっても良いのでは――?」


 リルフィちゃんえらい、ちゃんと空気読んだ! ……と、水精霊は内心で拍手した。


 初対面の時から、彼女のちょっとした闇を伴うしっとり感には一目置いていたのだが、それはそれとしてこういう時にはちゃんと水精霊の意を汲みサポートしてくれる。

 やはり自分の目は間違っていなかった。今から将来が楽しみな逸材である。


 方針が決まったと見て、魔族のオズワルドが声をかけてきた。


「水精霊殿。私からも一ついいかな?」


『なぁにー?』


「ちょっとした確認なんだが――水精霊殿が顕現できるのは、近隣ではこの浄水宮だけだろう。つまり貴殿に仲介を頼む以上、必然的に会合の場所もここになる。しかし、私やルーク殿以外は、この地へ移動するのに船が必要なはずだ。スイール殿を呼びつけると、船を動かす他の連中もついてくるのではないか?」


『そこはちゃんと考えてあるからだいじょーぶ。猫さん、ちょっと変な転移魔法も使えるようになったんでしょ? 今夜か明日の夜あたり、スイールちゃんが寝ついた後に、こっそりここへ届けてくれる?』


 そう要請すると、猫が露骨に動揺した。


「寝ついた後……えっ? あの、まさか……呼び出す手段って、誘拐的なものを想定してます……?」

『うん。それが一番、手っ取り早いでしょ?』


 水精霊はさも当然と頷いた。


 スイールは勘が鋭いものの、寝付きは良い。起きている時に近づくと警戒されて騒ぎになりかねないが、この方法なら宮廷付近で騒がれる心配もなく、安全に身柄を確保できる。起きている猫より熟睡している猫のほうが撫でやすいのと同じである。


 なにより――かつて亜神ビーラダーが話してくれた神界における伝統芸能、「寝起きどっきり」というのを一回やってみたい。スイールのベッドサイドに顕現できない水精霊にとっては、これが最初で最後のチャンスかもしれない。


 猫がドン引きする中、リルフィが不思議そうに首を傾げた。


「えっと、あの……事前に水精霊様から、『転移魔法で迎えに行く』とメッセージを届けていただくわけには……?」


『え。やだ』


 自身の欲望には素直であるべきだと思う。


『せっかくだから、スイールちゃんにもサプライズを楽しんで欲しいしぃ……それにその後の会話をスムーズに進めるためには、初手でちょっとくらい動揺させておいたほうがいいと思うよぉ?』


 水精霊はブレない。

 しかしこれは、精霊的な目線で言えば、スイールに与える「試練」の一つともいえる。

 それに過去、祝福を与えた時に水精霊とスイールは一つ約束をしたのだ。


『祝福を与える見返りに、水精霊の「暇潰し」に、なるべく付き合うこと――』


 二人がかわしたこの契約は、今もなお、もちろん有効なままであった。


いつも応援ありがとうございます!

会報五号の発売日まで、残すところあと3日ほどとなりました。

そして記念SSは、発売日当日には間に合わない感じになってきまして……orz


来週の連載更新時にまとめて何か投稿できれば、と悪あがきをしつつ、もう少し粘る予定です。

書籍のほうも店頭でお見かけの際にはぜひよしなにーノシ

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― 新着の感想 ―
ルーク、それ誘拐だからね。 集荷だからOK?・・・・そうですか。
「君のような勘のいいネコは嫌いだよ」
水精霊さん、魔族オズワルドは名前も覚える気が無いくらいどーでもいい感じだけど、さすがに亜神ルークには言葉を選んでいるな。 やはり亜神、特に英雄行為を繰り返して更にパワーアップしたルークは上位精霊と言…
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