193・湖畔の公園にて
ホルト皇国の皇都ウォルテは、地中海リゾート感の漂う風光明媚なところである。
面しているのは巨大な湖なので、潮風とかはない。べたつかないし、いわゆる潮の香りなどもない。金属系のもろもろが塩害で錆びたりもしない。
いや、サビ自体は普通程度に発生するにせよ、海沿いほど酷くはなかろうし、風も穏やかである。
空は青く青く、どこまでも高々と澄み渡り、漂う雲は真っ白で、湖の水は透明度が高くすっごいきれい……
はっきり言おう。
めっちゃ過ごしやすい。
湖が見える公園の片隅で、リルフィ様のお膝に抱かれ、俺は「にゃーん」と優雅なお昼寝タイムを堪能する。
これは強国ですわ……ホルト皇国、いろいろ噂には聞いていたが、こんなにも快適な気候風土の土地を維持して独占できている時点でそりゃもう強国ですわ……
正直、気候の快適さのレベルが違う。各国からいろんな人が留学してくるのもわかる。こんなんチート(※気候風土の話)ですやん……
「ふふ……ルークさん、すっかりリラックスしてますね……?」
「にゃーん……年末だというのに、風が穏やかで陽の光もあたたかで……こちらはもしかして、冬がない国なんでしょうか?」
ベンチの隣に座ったベルディナさんが、でっかいピタちゃんにのっそりとのしかかられた状態で苦笑い。
……今のピタちゃんはほぼ大型犬サイズなので、膝上に乗っているのは一部だけなのだが、それでも重くない? 大丈夫?
「さすがにここ数日は、例年よりだいぶ暖かい感じです。とはいえ、冬になっても雪とかは降りませんし、他国に比べれば暖かい環境だとは言われますね。留学生の中には、寒い国から来ている人もいて……その人達に言わせれば、『自国の夏とホルト皇国の冬がだいたい同じくらい』だとか」
ふむ。誇張かもしれぬが、有り得る話でもある。
前世だと、たとえばデンマークあたりの夏の平均気温は十七度前後であった。
一方でリゾート地として名高いスペインのカナリア諸島あたりだと、冬場でも十五~二十度前後の日が多く、それでいて夏場も酷暑ではない。
ホルト皇国の、特にこの地域の気候はあのあたりと近いのではないかと推測する。
前世のスペインといえば、なんといってもイタリアと並ぶトマト様の国。
ホルト皇国……やはり(耕地的な意味で)早期に侵略するべきか……?(ゲス顔)
……しかしまぁ、こっちまで「トマト皇国」なんて名前になったらそれはそれで困るとゆーかちょっとどころでなくアレなので、のんびり普及させればよかろう。
レッドトマト商国は……ちょっと……その……やりすぎた(反省)
そんな反省する猫さんが、冬間近とは思えぬうららかな日差しを浴びながら、リルフィ様のお膝でごろにゃーんと丸くなる至福の時を過ごしているわけだが――
役所から派遣されてきた医療関係者による健康診断は、ついさっき終わった。
身長の測定はあったが、スリーサイズやら体重の測定はなく、あとは目を見たり舌を見たり心音を聞いたり――
俺も一応、体温を測られたり舌とか目とか毛並みの様子を確認された。「ずいぶんおとなしくて賢い猫ちゃんですね!」って褒められた。よく言われるぅー。
さらにその後、「簡単な似顔絵を描かれる」という、ちょっと珍しい経験もした。
これは証明写真の代替であろう。この世界には魔光鏡に焼き付けるタイプの写真はあるのだが、高価だし重いし美術品扱いなので、こういう場には出てこない。
これらのデータは個人情報として保管され、万が一の事態――あまり大声では言えぬが、たとえば死体で発見された時などの身元確認に使われるとか。
我々に関しては杞憂であろうが、ヤバい事情を抱えて亡命してきた王侯貴族なんかだと、そういう嫌な可能性も考慮しなければならぬ。
……なお、猫とウサギの似顔絵は省略された。ちょっと残念。
そして今。
先に似顔絵を描いていただいた面々で、空き時間を利用し、ホテル正面の公園まで外の空気を吸いに出たところである。
ペズン伯爵とアイシャさん、クロード様、サーシャさんはまだ、ホテルの中で似顔絵を描いてもらっている。
……なお、ペズン伯爵は先程のキャットセラピーの効果で、慢性的な腰痛とか五十肩とかその他諸々が一気に改善されたらしい……めっちゃ感謝されたが、俺としては想定外の効果だったので内心ドッキドキ。
よく考えたらコレ、ほぼ人体実験では……?
そしてクラリス様とロレンス様達は、あっちで初めて見るブランコに乗っていらっしゃる。それを見守るのは護衛のマリーシアさん&魔導師のマリーンさん。
ベンチでご休憩しているのが、俺とリルフィ様、ベルディナ嬢&ピタちゃんという布陣だ。
ネルク王国の公園にもブランコぐらいはある。鎖ではなくロープで吊るすタイプで、平民の子供にとっては良い遊具なのだが……お貴族様はこういうので遊ばない。
というわけで、クラリス様もロレンス様もブランコに乗るのはコレが初めてだ。
きゃっきゃと喜ぶ年相応の歓声が微笑ましい。
お互いに笑顔を向け合ってほんと楽しそう……クラリス様のあんな笑顔を見られただけでも、ホルト皇国へ来た甲斐があるというものである。滞在二日目の感想にしては重いな?
しかし、高貴な身分の方はブランコの乗り方も優雅である。こぎすぎて「あぶねぇぇ!」と保護者がハラハラするような勢いは決してつけないし、靴の飛距離を競ったりもしない。背景に咲き誇る花々を幻視してしまう程度にはほのぼのとした光景だ。
猫もつい眠気に誘われ、のんびりと尻尾を垂らしてしまう。
……思えば最近、トマティ商会の業務引継&新人教育に忙しく、こうしてゆっくりとお昼寝をする余暇をとれずにいた……
本来、「家につく」はずの猫が、非日常たる旅先でようやく「ほへー」と脱力できるという状況は、ちょっと解釈違いな気もするが……
俺をモフるリルフィ様もご満悦であるし、ピタちゃんをモフるベルディナさんも上機嫌。こういう緩やかな時間は大事にしたい。
「それにしても、今朝は驚きました……まさか父が、ネルク王国で亜神様と縁を結んでいたなんて――しかもそれが、こんなにかわいい猫さんだなんて」
喋るどうぶつ=神獣ではあるのだが、彼女が俺を「それよりさらに高位の亜神」と素直に信じてくれたのは、やはりコピーキャットを間近で見たせいか。
藁束が次々に見たこともないお菓子へと変化する衝撃映像に加え、さっきはお昼ごはんも一緒に食べたので……いろいろ感動してくれた。
ちなみに疑われても、魔力鑑定で種族「亜神」を開示すれば済む話だったりする。ついでにいえば普通にペット扱いしてもらうほうが嬉しいので、亜神と信じてもらえない分には一向に構わぬのだが……やっぱりコピーキャットごはんは「神々の飲食物」扱いされてしまった。
「先程の自己紹介の折にも申し上げましたが、リスターナ子爵には我々もたいへんお世話になりまして。ホルト皇国の上層部に私の存在まで知られるとおおごとになってしまいますので、報告する内容をうまく調整していただいたのです。それから、今回の留学に関してもご助力をいただき――ベルディナさんにも、これからの学園生活では頼ることが多いかと思いますので、我が飼い主クラリス様と皆様をどうかよろしくお願いいたします」
リルフィ様の膝上から土下座(※もともと寝転んでいる姿勢なので、ちょっと頭を下げただけ)すると、ベルディナさんも慌てて返礼し……勢いで顔がピタちゃんの背中に埋もれた。モッフ。
「わぷっ……し、失礼しました……! いえ、あの、私の方こそよろしくお願いしますというか……ルーク様、亜神様なのに、ちょっと下々の者に対して丁寧すぎないですか……? 恐れ多いというか、なんというか……」
「いえ、私は子爵家のペットという立場ですし、そもそもこの国ではよそ者で、お世話になる立場でもありますので」
……とゆーかですね。『こんなに可愛い普通の猫さん』に対して、人類側があんまりへりくだるのもちょっとどーかと思うのです……
宮廷魔導師のルーシャン・ワーズワース様は俺が出現する前から猫の狂信者で、いろいろともう手遅れだったから仕方ないけど、リスターナ子爵とかメテオラの人達は正気に戻るべき。
そういや数日前にちょっとソレッタちゃんのところに顔出したら、道祖神みたいに設置された新規の猫地蔵がキジトラ柄になっていて動揺した……ついでにトマト様まで持ってた……どっちも丸かった……
思わず「……兄さん……?」とか呟いてしまったが、生き別れの兄弟姉妹とかそういうのは特にいない。でもアレを「ストーンキャット」で操ったりしたら、何か想定外の変な強さを発揮しそうな変な予感はある……大魔神ならぬ大亜神的な……やめよう。これ以上、変なフラグを立てるべきではない……
土下座の直後、流れるよーに毛繕いをはじめた俺を見下ろし、ベルディナさんが「うーん」と唸った。
「……あのー、リルフィ様にうかがいますが……亜神のルーク様に対して、『ペット』っていう感覚はあるんですか……?」
愚問である。日々、俺の毛並みを堪能してくださっているリルフィ様ならば即答であろう!
「…………………………?」
…………アレ? 即答だよね? リルフィ様、なんでちょっと戸惑ってるの……?
リルフィ様は少し考えて、囁くような声を紡いだ。
「ペット……というよりは、『家族』でしょうか?」
リルフィ様! なんてお優しぃ……まぁ、ペットも普通に家族であるが、これは「飼う」というより「一緒に暮らしている」という感覚のほうがより強い、という意味合いであろう。そう解釈した。
「それにルークさんは、とてもかいがいしいので……こちらがお世話できることはほとんどなくて、お茶や食事の用意とか、事務仕事とか、政治的な駆け引きとか、ぜんぶご自身でできてしまう凄い猫さんなんです……なので、『猫を飼っている』という感覚はあまりなくて、『猫さんに面倒を見てもらっている』感覚のほうが強いというか……今では、商会の経営にまで活躍されていますし……」
俺に言わせれば、ペットが飼い主の面倒を見るのは当然の責務である。
俺がお茶やおやつのご用意をするのも、他の猫さん達がネズミとか虫とかの獲物を飼い主の枕元に運ぶ感覚とたぶんほぼ同じ――転生当初は「かわいい女の子達とのお茶会チャンス!」と張り切っていたものだが、それがほぼ日常となった今、ようやく俺も猫さん達の境地に近づくことができたのだ……本日の獲物です。お納めください。
俺が錬成したドライフルーツ(温州みかん)をつまんでいただきながら、ベルディナさんとリルフィ様の会話は進む。
「商会の設立っていうのも、ちょっと本当によくわかんないんですが……つまり、お金儲けが目的なんですよね? それなら、さっきいただいたお菓子や、この果物の乾物なんかを販売すれば、すぐに巨万の富を得られるんじゃないですか?」
「そもそも『お金儲け』は二の次で、私の目的は『トマト様』を、より良い形でこの世界に普及させることなのです。商会設立はそのための手段に過ぎません。社員のお給料は必要なので利益はきちんと出していきますが、暴利を貪るのが目的ではないですし、お菓子の販売は手間もかかるので……やるとしても将来の話ですねぇ」
その場合でもコピーキャットの使用を前提にする気はない。それは過労死ルートである。
俺が不在でも商売を回していけるようにするべきだし、スイーツに関してはアイシャさんの孤児院にお菓子のレシピを提供する計画もあるし……
その品をトマティ商会の店舗でも取り扱いたいので、むしろ開店後のほうが良さそう。留学期間中に、なるべくアイシャさんとの打ち合わせの時間を確保したい。
そして俺は、ベルディナさんの腕をてしてしと軽く叩く。
「さっきの話とも重なりますが、そもそも私はリーデルハイン家のペットという立場です。商売にかまけてペットとしての業務を忘れては本末転倒! トマト様の覇道は進めていきますが、留学期間中はおとなしくしているつもりですので、ピタちゃん同様、普通にモフっていただけましたら幸いです!」
「……と、仰せですが……あの……いいんですか?」
ベルディナさんがおそるおそる、リルフィ様へと問いかける。
我らが女神リルフィ様は苦笑い。
「亜神とはいっても、ルークさんはやはり猫さんなので……喉の下とかを撫でてさしあげると、リラックスできるみたいです……あと、猫さんなのにお風呂が好きで……」
ベルディナさんが「カッ」と目を見開いた。え、何その反応。
「お風呂!? えっ!? 平気なんですか、お風呂!? 引っ掻いたり暴れたりとかされないんですか!? どうやって!?」
「あ、いえ……ルークさんは、私達と入るのはお嫌みたいで……だいたいお一人で、たらいぐらいの大きさの湯船で、ゆっくりくつろいでいらっしゃいますね……」
ベルディナさんが「えええ……」と頭を抱えた。おおげさだな?
「ね、猫さんなのに、お風呂が大丈夫だなんて……神ですね……もうその時点で、間違いなく神様です……うちのエルマとか、もうすごい暴れるんですよ。子猫のうちから慣らせば大丈夫だって聞いてたのに……」
「あー……そういうのは個人差もありますからねぇ」
猫さんは基本、お風呂が苦手である。いや、好きな子も稀にいるが……そもそもグルーミングで清潔さを保つ獣だし、汗腺も肉球付近に集中しているので、汗もかかない。
だから毛並みもふわふわで、汗でぐっしょり、みたいなことにはならぬのだ。
あと匂いの感じ方も違うらしいので、人間用のシャンプーや石鹸の香りがダメという子もいるらしい。ルークさんはそのあたり、チート仕様なのでよくわからぬ。
「今度、エルマさんにお会いした時に、何が嫌なのか聞いてみましょう。『水の感触が嫌』とかだったらもうどうしようもありませんが、水の温度とか洗い方とか石鹸の匂いとかが原因だった場合には、改善の余地があるかもしれません。あえてお風呂にこだわらず、蒸しタオルで拭いてあげるという方法もあります」
俺が提案すると、ベルディナさんは「ほけー」と呆けた。
「……ルーク様、通訳までできるんですか……?」
「鳥とか魚とかはダメなんですが、毛に覆われた四つ足の獣とは、だいたい話せるみたいです。エルマさんは話せばわかる子だと思いますし、『お風呂』という概念をまだ理解していないだけかもしれません」
そういやカモノハシとかどうなんだろうな……イケそうな気もするし、ダメならダメで納得しちゃいそうな気もするし……
改めて俺を見つめたベルディナさんが、ほうっと息を吐いた。
「……クラリス様はとんでもない幸運に恵まれたわけですね……まさか拾った猫さんが、こんなに優しい亜神様だったなんて――」
「んー。どちらかというと、最初にクラリス様に拾っていただいた私のほうこそ、運が良かった印象です! そのご縁でリルフィ様にも出会えましたし、リーデルハイン領も良いところですし、その後もなんだかんだ上手くいってますし」
リルフィ様が俺を膝上から胸元にきゅっと抱きかかえた。にゃーんにゃーん。
「……実際のところ、リーデルハイン家もネルク王国も、ルークさんの存在によって救われたのは間違いありません。もしもルークさんがいなければ、アーデリア様が狂乱した時点で王都は壊滅し、あの時、王都に集まっていた王侯貴族はもちろん、叔父様もヨルダ様もクロード様も亡くなっていたはずでした。王都の政治が麻痺すればレッドワンドからの侵攻にも対応できず、ネルク王国そのものが滅んでいたでしょうし……しかもルークさんはその後、レッドワンドで起きつつあった飢饉まで解決してしまいました。顕現からたったの半年前後で、間接的に救った命は王都だけで数十万、レッドワンドも含めれば数百万人に及ぶものと――その上、ダンジョンの踏破と、新規ダンジョンの発見という功績まであります……」
ベルディナさんがごくりと唾を呑んだ。
改めて指摘されると困惑するが……英雄検定の昇級という裏付けもあるので、否定はしにくい。
しかしこれらは俺一匹のやらかしではない。特にレッドワンドではトゥリーダ様やダムジーさんをはじめとした役人勢や、臨時で雇ったケーナインズや有翼人の方々なども物資の運搬役として頑張ってくれた。もちろんリーデルハイン家やオズワルド氏にも常時お世話になりまくっている。
「あのー……疑うわけではないんですが、ダンジョンの踏破はさすがにちょっと気になるというか……そもそも猫さんですよね? ツメとか牙で戦うんですか?」
「ツメはちゃんと切ってますし、噛みついたりもしません。私は『猫魔法』という、仲間の猫さんを召喚するよーな魔法を使うのです。実は今も見えない状態で、周辺の警戒にあたってもらっています」
「人間には見えない魔法……? あの……昨日の、ペット誘拐犯を退治した爆発事故って、もしかして……?」
「にゃーん」
特に肯定も否定もせず、俺はぺろぺろと前脚の甲を舐める。だいぶ冬毛に生え替わってきた。
ベルディナさんは察してくれたようで、改めて頭を下げつつ、脱力気味の笑いを漏らす。
「……そういうことだったんですね。ありがとうございました。でも、なんだかお話を聞いていると……この皇都ウォルテでも、何か起きるんじゃないかって気がしてきますよね」
………………ん?
この指摘にちょっと聞き流せないものを感じて、俺は目を見開いた。
ベルディナさんはあくまで笑顔で、ピタちゃんを撫でている。
「だってほら、ルーク様が出向いた王都ネルティーグでは、その後、魔族が狂乱を起こしたんですよね? ダンジョンに出向いたら人助けをしたりそこを踏破することになって、レッドワンドに出向いたら国が滅んで新しい国ができて……だったらこの国でも、何か起きそうじゃないです?」
……俺があえて口にしなかったことを、この子ったらあっさりと……!
……いや、そうなのだ。今回の「留学」は、あくまでロレンス様やクラリス様のご希望であり、俺が自ら立てた指針によって動いたわけではないのだが、それでも『奇跡の導き手』さんが何もしていないという保証はなく――
とはいえホルト皇国は政変の兆しとかもなさそうだし、周辺国から攻められたりもしにくい強国だし、飢饉が起きたりする可能性もほぼなさそうなので、「留学期間中は特に何も起きないんじゃないかなー」と期待してもいるのだが……何分にもこれまでがアレすぎたので油断はできぬ。
そもそも水ちゃんを信仰しているやべぇ国であり、変な厄ネタが潜んでいても驚くより納得してしまいそう。
たとえば「魔王様がちょっと遊びにきたよ!」とか、「実は宮廷の権力争いが水面下でヤバい状況になっててリスターナ子爵が巻き込まれるよ!」とか、「浄水宮の直下には邪神が眠っていてもうじき目覚めるよ!」とか……
フラグになると嫌なので、なるべく考えないよーにしていたのだが――ベルディナさんがあっさりとフラグを立ててしまった。すなわち俺のせいではない(責任転嫁)
……これでね? 立つフラグが「クロード様のハーレムルート!」とかだったら、俺も笑いながら「フシャー!」と引っ掻く程度で済むのだが……このフラグはもう、先日のサーシャさんとの婚約成立によって完全に潰されている。クロード様は浮気とかする子ではないので、そっちにズレる可能性はもはやない。
……あ? ルークさんのハーレムルート? 最初からねぇよそんなもん(憤怒)
冗談はさておき、「この皇都ウォルテで何か起きるのではないか」という懸念は、実際に否定できぬ。
オズワルド氏にお願いして、正弦教団あたりにも「何か変な噂とか掴んだら教えて!」と依頼しておくべきだろう。
リルフィ様とベルディナさんの談笑が続く中、俺がそんなことを思案していると、公園の入口付近に見慣れた顔が。
重役出勤(※遅刻)のオズワルド氏である。
しゅたっ、と肉球を掲げてご挨拶。
「どうも、オズワルド様!」
「やぁ、ルーク殿。ホテルの部屋に行ったら、クロード達からこちらにいると聞いてな。ベルディナ嬢にも正体を話したそうだな?」
「はい! 学園のほうでもお世話になるはずなので、早めにと思いまして」
あ。そういえば、オズワルド氏のご紹介がまだであった。
「ベルディナさん、こちら、昨日もご挨拶はしたかと思いますが、名前だけしか名乗っていなかったはずなので、改めて……『純血の魔族』の、オズワルド・シ・バルジオ氏です。我々全員を転移魔法でホルト皇国まで連れてきてくれた方です」
まぁ、その時にオズワルド氏が抱えていたのは俺一匹だけで、他のみんなはキャットシェルターにいたのだが……そんなのは細かいことである。
「えっ……純血の魔族!? た、たいへん失礼を……」
ベルディナさんが慌ててベンチから立ち……立ち上がれない。ピタちゃんが重しになっている。
オズワルド氏が笑って、隣のベンチに腰をおろした。
「ああ、そのままでいい、そのままで。いまさら緊張されても困るし、どうせ私はルーク殿より格下だ」
「またそんな御冗談を」
肉球を見せて笑うと、オズワルド氏が嘆息を漏らした。
「あれだけのことをやらかしておいて、亜神としての自覚はまだまだなのがなぁ……」
「さっきベルディナさんにも言ったことですが、私は『ペット』としての自覚により重きをおいております」
真面目な話、信仰される立場よりモフられる立場のほうが居心地が良い。そもそも『トマト様の下僕』という立場でもある。
「まぁ、ルーク殿らしいといえばらしいか――ところで今、そこの城へ行ってきたところでな。皇達に、今回の転移はトマト様の苗を譲ってもらった礼だと教えて、ついでに留学受け入れの件も頼んできたぞ」
遅刻どころか、一仕事終わらせて来てくれた……!
ベルディナ嬢が、やけに呆然とした顔で言葉を挟む。
「……あの? オズワルド様は、朝からお城に招待を……?」
「いや? 転移魔法で普通に入っただけだ。今日のところはヴァネッサ嬢に事情を説明するだけのつもりだったんだが、皇も挨拶をしたいと言い出してな」
「アポ無しで!? さ、さすが魔族の方……すごいですねぇ……」
オズワルド氏にとってはこんなのお散歩感覚である。レッドワンドのお城に単身で突入した時とか、もっとヤバかった……
アーデリア様とリオレット陛下の出会いも「拳闘場の貴賓席で、いつの間にか隣にいた」という話だったし、魔族さんはだいぶ自由である。戦力的な意味で強者であるのはもちろんだが、メンタル的にもかなり強い。息をひそめて「にゃーんにゃーん」と隠れ暮らしているどっかの亜神とはえらい違い。
そして我々は、オズワルド氏からお城での顛末をうかがいつつ、日差しのうららかな公園にて午後の優雅なひとときを過ごしたのであった。
いつも応援ありがとうございます!
会報5号(書籍5巻)発売日まであと二週間ちょい&(ほぼ)二百話目前?というタイミングなので、次の話に「人物紹介」を追加しておきました。
人名で混乱した際などにご参照いただければ幸いです。




