190・特攻野郎! 黒猫魔導部隊!
黒猫魔導部隊の精鋭達は、亜神ルークの命を受け、ホルト皇国の皇都ウォルテを駆け巡る!
(にゃーん)
ところで皇都ウォルテには、いたるところに水場がある。
ちょっと飲んでみるとコレが美味い。微量の魔力が含まれているようで、実に喉越しさわやか。
何匹かが水場に居座る中、他の猫達は皇都を駆け巡る!
ところで皇都ウォルテには、いたるところに露店がある。
農産物が余るほど収穫できる上に季節は晩秋。すなわち収穫直後であり、街にも物資が溢れている。
飲食物は安価なため、手近な猫や鳥などに餌をくれる人も多い。
「あらあら、かわいらしい黒猫さんねぇ。帽子と外套まで着ちゃって、どこかにお出かけかしら?」
「なーん」
公園で休憩中の老婦人(猫力高め)からチーズ入りのミニパンを分けてもらい、ご満悦の黒猫魔導師数匹。ステルスはどうした?
それはそれとして、他の猫達(不可視)は皇都を駆け巡る!
ところで皇都ウォルテには、見た目の良い従順なペットを誘拐して売り払う悪党がいる。
彼らを見つけ出し天誅を加えるのが亜神ルークからの指示であり、今日のおしごと。
先行していたサーチキャット達が怪しい倉庫をすぐに見つけたが、賢い黒猫魔導部隊は即時爆破とかはしない。(魚の)血に飢えたサバトラ抜刀隊や、猪突猛進の茶トラ戦車隊とは違うのだ。
まずは仲間内で相談である。
(にゃー)(なーん)(にゃあにゃあ)(うなー)
そういうことになった。
とりま、数匹が倉庫内に入り、ケージに囚われた犬や猫達に話しかける。
「にゃーん」(もしかして捕まってる?)
「わふん」(うん)
「フカー」(餌に釣られた)
確定である。
ちょうどその時、外で騒ぎが起きた。
「エルマを返して! 貴方達がさらったんでしょう!? ここに運び込まれたのを見た人がいるんだから!」
「あぁ? 何言ってんだ、お嬢ちゃん。言いがかりはやめろよ」
「こいつらは皇都の外から届いたばっかりだぜ」
「仕事の邪魔だ、とっと消えな!」
チンピラ風の若者達が、倉庫の前で必死に叫ぶ娘を追い払おうとしていた。
ケージに囚われていた三毛猫(※エルマ)が、飼い主の声に反応して「なーん」と鳴く。
その悲痛な声を聞いて、黒猫の魔導師達は一斉に構えた。水場にいた猫達が後詰めに動き、パンをもらっていた猫達は賊の逃走経路を封鎖する。
そして倉庫に集った猫達は、それぞれの配置について猫じゃらしを掲げた。
「にゃー」(もう間違いない)
魔力障壁展開。
「にゃー」(狩るぞ)
目標設定。
「にゃー」(潰すぞ)
魔力充填。
「にゃー」(いてこましたれ)
秒読み開始。
ちゅどーん。
……以上が、事の顛末である。
爆発は三人のチンピラと倉庫「だけ」を吹き飛ばし、ケージや飼い主の娘、周囲の建物は魔力障壁に守られて無事だった。
ケージに囚われていた犬猫達の飼い主は、これから順次見つかっていくだろうが――とりあえずエルマという三毛猫は即時、飼い主の娘によって救い出される。
娘は状況に戸惑い困惑していたが、それでもまずはペットの救出を優先した。
飼い主に抱かれた三毛猫のエルマが、魔導師の黒猫達に礼を言う。
「にゃーん」
黒猫達は猫じゃらしを振りながら、ニヒルに背を向けた。
「うなー」(よせやい)「にゃーん」(てれるぜ)「るるぅ」(しあわせにな)
獣達にはその姿を見せつつ、人間達に対しては不可視のまま――一仕事を終えた黒猫魔導部隊は、ぽんぽんぽぽぽんと軽快にその場を去っていく。
なお、黒猫魔導部隊の口調はだいぶバイアスのかかった意訳であり、彼らは基本的に猫らしい鳴き声のみで意思疎通をする。そもそも猫なので喋れない。喋る猫など存在しない。
仮に存在したとしたら、それは猫ではなく、『猫のような何か』である。
§
……なんか今、どっか遠くで軽くディスられた気がするな?
気のせいか?
我々一行は、ホルト皇国の外務省が用意してくれた馬車に分乗し、しばらく滞在する予定のホテルへと向かっていた。
こちらの馬車にはクラリス様、リルフィ様、ロレンス様、マリーシアさん、ペズン伯爵、リスターナ子爵が。
もう一台の方には、クロード様、サーシャさん、マリーンさん、アイシャさん、オズワルド氏が乗っている。
なお、ピタちゃんはキャットシェルターでお昼寝中。
リルフィ様にモフられて「にゃーん」と機嫌よく鳴きつつ、俺は馬車の窓から外を眺めた。
レンガが白、薄茶色系だったり、白い土壁の建物が多いせいか、街全体が妙に明るく見える。抜けるような青空も美しく、やっぱりどことなく地中海っぽいイメージだ。
反対側の窓を覗いていたクラリス様とロレンス様が、不意に「あ」と声をあげた。
「さっきの爆発現場、ここみたい」
「そのようですね。衛兵が来ています」
悪は滅した。(※非殺傷)
現場検証のためか、現在は片側通行になっており、ほんのちょっとだけ渋滞っぽくなっていた。といっても馬車の多い道ではないようで、我々の前に待機しているのも三台程度、反対車線の馬車が移動してしまえば、すぐに通れそうである。
しかし一緒に窓を覗いたリスターナ子爵が、急に血相を変えた。
「す、すみません、皆様! 数分だけ、お時間をいただいても?」
「あ、大丈夫ですよ。誰か知り合いでもいました?」
俺が問うと、リスターナ子爵は困ったお顔に。
「そこに私の娘がいまして……衛兵に、何か聞かれているようなのです」
あっ。
あっ……あっ……
……は、犯人のほうではないよね? まさか飛び散った破片で怪我とか……?
ちょっと気になったので、俺も「にゃーん」してリルフィ様に外へ連れ出してもらう。
倉庫があった場所は完全に吹き飛んで、土台くらいしか残っていない。瓦礫はちゃんとひとまとめにしてあり、魔力障壁で飛散を防いだ後、お片付けもしてくれたのだろう。黒猫魔導部隊はお行儀の良い子達である。(たぶん)
……そのせいで不自然な事故現場になっている感は否めない。
クラリス様が俺の尻尾をつまむ。
「……ルーク? 何かした?」
「……にゃーん」
黙秘権を行使する! ……い、いえ、人前で喋るわけにはいかないので、詳しいことは後で……
先行して降りたリスターナ子爵は、小走りに爆発事故の現場へと駆け寄る。かつて倉庫があったらしいそこはほぼ更地であるが、その正面で、三毛猫を抱えた若い娘さんが衛兵と話している。
オレンジ色のふわりとした髪は、リスターナ子爵と同じ色。
お年頃はクロード様やマリーンさん達と同じくらいか? 十代半ばといったところであろう。いかにも快活そうな雰囲気の、子爵家令嬢というよりは元気な町娘感のある娘さんである。
リスターナ子爵もライゼー様と近いお年なので、その娘さんがクロード様達と同年代なのは納得だ。
「ベルディナ! 何かあったのか?」
「……えっ!? パパ!?」
パパかー。あんまり貴族っぽくないが、まぁ良い。国が変わればそういう呼び方も違ってくる。あの可憐な姿で「親父ぃ!」とか呼ばれるよりは全然いい。いや、それはそれで味わい深いのが悩ましいが。
なお、この親子の再会は二年ぶりくらいのはずである。
「なんでいるの? いつ皇都に……!」
「戻ったのはついさっきだ。先に職場に顔を出して、夕方には家へ帰るつもりだったんだが……お前のほうこそどうした? いったい何事だ? その猫……は?」
ルークさんは気づいた。いま、リスターナ子爵は「その猫様は?」と言いかけた。さすがに娘の前で猫様への信仰を匂わせるのはよろしくない。
……コレもしかして邪教の類では? やっぱ信仰はやめとこ? ね?
「えっと、この子はエルマ。パパが出張した後にうちで飼いはじめたの。友達の家で生まれた子猫を、譲ってもらったんだけど……」
「そ、そうか。それは恐れ多……いや、いいんだが、これは何事だ?」
戸惑っていた衛兵が、ここで敬礼する。
「失礼を。ご息女から、先程起きた事故のお話をうかがっておりました。あくまで目撃者としてですので、ご安心ください」
「ああ、ご苦労。私は外務省のリスターナ・フィオット子爵だ。事故というのは……爆発かね?」
外務省の子爵と聞いて、衛兵がさらに姿勢を正した。リスターナ子爵が馬車から降りた時点で「あ、貴族か官僚だ」と気づいてはいたのだろう。馬車も官僚用のものである。
「現時点では、詳しいことはまだ……倉庫の内側で爆発が起きたようなのですが、何者かの魔法の暴発かもしれません。ご息女の話によれば、どうやらここにいたのはペットの誘拐犯だったようで、取り調べのためにすでに連行しました。ご息女の猫も、こちらに捕まっていたとのことです」
「……そ、それはつまり、もしや娘に、爆発の嫌疑が……?」
衛兵が慌てて首を横に振った。
「いえいえ! 他にも目撃者がいまして、その証言によれば、倉庫は内側から急に爆発したと……そして入口付近にいた犯人グループが、偶然、ご息女の盾になったように見えたとのことでした。とはいえケージの中にいたペット達が無事だったのも奇跡的ですし、瓦礫が一箇所に片付いているのも不可思議でして……我々も困惑している次第です」
猫はひたすら毛繕いをする。にゃーんにゃーん。
……お行儀が良すぎるのも考えものである。おさかなくわえて逃げた前科持ちのくせに、なんでそういうところは几帳面なの……?
うろたえるパパを見て、ベルディナ嬢は苦笑気味である。
「パパ、私は何もしてないし、犯人扱いもされてないから安心して。そもそもエルマが捕まってるのに、危ないことなんてできるわけないし」
「……いや、ちょっと待て。そもそもお前、一人で犯人グループと接触しようとしたのか?」
ベルディナ嬢が「しまった!」と視線を逸らした。もしかしなくてもだいぶ無鉄砲な子だな……? あるいは猫が絡むと暴走してしまうタイプなのだろうか。
「……小言は後にしよう。衛兵殿、娘はこのまま解放してもらっても?」
「はい、問題ありません。後日、犯人達に対する証言をお願いしに、別の者がうかがうかもしれませんが……」
「もちろんそれは構わない。ありがとう」
そんな流れを経て、リスターナ子爵が戻ってきた。
「皆様、お時間をいただき恐縮です。こちらは娘のベルディナと申します。この子もラズール学園に通っておりまして……」
ほう。つまり来年度から留学する我々の先輩か!
三毛猫のエルマさんを抱え、ベルディナ嬢はぺこりと一礼。
「はじめまして、ベルディナ・フィオットと申します。父がお世話になっております」
む。これはお父上の職場の関係者&その親族と思われた感じ?
オズワルド氏やペズン伯爵といった大人もいるので、この誤解はしゃーない。まさかこのタイミングで他国の王侯貴族が一緒とは思わぬであろう。
一番近くにいたクラリス様がまず返礼。
「はじめまして、ベルディナ様。私はネルク王国、リーデルハイン子爵家のクラリス・リーデルハインと申します。来年度からラズール学園に留学をさせていただくために、リスターナ子爵の帰国にあわせ、同行させていただきました」
「同じくネルク王国、王弟のロレンス・ネルク・レナードです」
ロレンス様も続けて一礼。
クラリス様のご挨拶の時は「同じ子爵家の令嬢」ということで「まぁ」くらいの反応だったが、ロレンス様が王弟と告げるなり「うわ!?」となった。わかりやすい子である。
追加で魔族と亜神もいるんスよ……自己紹介はしないけど。
フィオット家の方々とは、偽装工作の関係で今後も関係性を確保しておく必要があるため、この機会に一応みんな軽めにご挨拶。
その間に俺は、三毛猫のエルマさんと『獣の王』でお話。
(こんにちはー。どうも、ルークといいます)
(こんにちはー。さっきは助けてくれてありがとー)
黒猫魔導部隊が俺の仲間だと気づいていた。
なかなか美人のシュッとした三毛猫さんであるが、年齢が読めぬ。『どうぶつずかん』を見ればいいのだが、今回は普通に聞いたほうが早い。
(エルマさんはおいくつです?)
(まだ二歳くらいです。ルーク様は?)
(0歳です)
(えぇ……私のほうが年上なんですか……)
そもそも猫さんに年齢の感覚は薄いはずなので、むしろ「自分は二歳」と即答できたことがすごい。セシルさんみたいな前世持ちかな?
エルマさんが首をひねった。
(つまり私のほうがお姉さん?)
(でも私、亜神なので、以前にいた世界で二十年ちょい生きてました)
(前世はノーカンです)
(なるほど?)
獣なりのルールだろうか……? まぁ、前世含めるとセシルさん(※猟犬)とかすげえ年上になるしな……
(お姉さんなので、ルーク様に添い寝とかしたいです)
(光栄ですが、いずれ機会があればとゆーことで……実はしばらく、忙しい感じになりそうなのです)
(え。猫なのに?)
(……なんででしょうねぇ……)
俺は若干、遠い目をした……夕方には一回、リーデルハイン領に戻って諸々の報告をする予定だし、明日以降はリーデルハイン領(本社)、ネルク王国(お城と王立魔導研究所とクロスローズ工房)、ホルト皇国(皇都ウォルテ)、レッドトマト商国(砂神宮)の四箇所を巡回しつつ、いろいろと皆様のサポート業務を回していく必要がある……
宅配魔法があるからどうにか対応できているが、コレがなかったら(ウィル君とかが)ヤバいことになっていた。
ともあれエルマさんとは猫同士、仲良くできそうでほっとした。猫さんは気が合わないと喧嘩しがちだが、仲良くなれるとモフみが二乗となって快適さが増す。飼い主達もフォトジェニックな瞬間が増えるので喜ぶ。デジカメもスマホもないし、カメラは魔光鏡が印画紙代わりという高級品だが、思い出は色褪せないので問題ない。
猫同士がそんな接触をしているとは露知らず、飼い主達はぼちぼち仲良くなり、ベルディナ嬢もそのまま同年代の多いクロード様達の馬車に同乗。
そして我々は、当面の滞在先となる皇都のホテルへと向かったのだった。
確定申告がおわりましたー
……何故かこの季節、毎年のように燃え尽きている気がする……orz




