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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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185・新入社員と社長と信仰


 猫の朝は早い。

 夜明け前、まだ薄暗いうちからトマト様のお世話が始まる。


 眠りこけるウサギの隣をそろりそろりと忍び足で抜け、誰もいない畑に出ると、夜空にはまだきらめく星々。

 まぶしく光る一等星達をつないで「トマト様座」を(勝手に)脳裏に描きつつ、猫は手近な朝採れトマト様を一つ、その肉球に掴む。


 赤い。とても赤い……

 井戸水を『アクアキャット』さんに変化させて、軽く洗ってもらってから、つややかで張りのあるその表皮にかぶりつく。

 たちまちみずみずしい果肉が弾け、さわやかな果汁が喉を潤した。


 誰もいない朝に、こっそり盗み食いするトマト様は……やっぱ、最高やな!(※畑の持ち主は猫です)

 

 いや、別に盗み食いではない。今朝の出来栄えを確認していただけである。これをいくつか摘んで、子爵家の朝ごはんや社員達の朝ごはんに供するのが猫の日課なのだ。


 こういうのは、やっぱりコピーキャットではちょっとね……「採れたての朝トマト様!」という概念を楽しんでいただくためには、猫が手ずから収穫したほうが良い。「今朝も良いトマト様が採れました!」という、この一手間の情報が、より良い朝の演出につながる。


 採れたてのトマト様はキャットデリバリーに預けて、お屋敷の厨房や社員食堂に配送しておいてもらう。ルーシャン様のとこにもおすそ分けしとこ。


「ふー……よっこらせ、と……」

「……あの……? 社長……?」


 一仕事終えて、両手を腰におき悠然たるポーズで畑を眺めていると、背後から俺を呼ぶ声が。

 振り返ると、畑の端からこっちを覗くジャルガさんがいた。


「あれ? おはようございます、ジャルガさん! ずいぶん早いですね?」

「社長こそ、こんな早朝から……畑仕事? ですか?」


 俺はてちてちと歩み寄りながら、にこやかに前足を掲げた。


「はい! 朝のトマト様の収穫をしていました! トマト様は夏野菜なので、時期的にはもう終わりのはずなんですが……なんか普通にとれるんですよねぇ」


 土や水との相性がいいのか、魔力的な要素が影響しているのか、コピーキャットで最近作った木だからなのか……まぁ、豊作は良いことである。トマト様に俺の加護が及んでいる可能性……? それもある。でも立場的にはこっちが下僕なんですけど???


「ジャルガさんは早朝のお散歩ですか?」

「は、はい……というより、いつもこの時間に馬の世話をしていたもので、目が覚めてしまって。少し周囲を歩いてみようかな、と」

「そうでしたか。あ、ベッドや枕は大丈夫でした? ちゃんと眠れました?」

「それはもうぐっすりと。部屋も暖かくて、快適でした」


 ジャルガさんはぺこりと頭を下げた。まだ壁がある……そう察した俺は、四足歩行でその足元にまとわりつく。「抱っこせぇや」の意思表示である。


 ジャルガさんは困惑しつつも、しつこく体をこすりつける俺の意図を察したのか、細い手で抱き上げてくれた。よっしゃ。


「やー、運んでもらって悪いですねぇ。重くないです?」

「いえ。社長は温かいので、こちらもありがたいです」


 夜明け前の敷地内をのんびり散歩しながら、ちょっとだけ世間話。


「ジャルガさんは南のほうのご出身なんですよね? 向こうでもトマト様って売れると思いますか?」

「それはもう。特にあのバロメソースは、どこの地方でも受け入れられると思います。パスタやパンに合いますから使いやすいですし、小麦を主要な穀物としている地域でなら、ほぼ例外なく売れるかと」


 心強い見解である!

 社長は機嫌よく「ですよねー」と頷くが、ジャルガさんはやや困惑の眼差しで俺を見ていた。


「……あの。今更なのですが、社長は、どうして、私を採用してくださったんですか……?」


 顔がいいから(本音)


 ……いやしかし、この本音は社会人ならぬ社会獣として、伏せておくべきであろう。

 ルークさんが美人さんに弱いのはもう周囲にだいたいバレているが、それはそれとして建前というものもある。


「ケーナインズからの紹介でしたし、今回の採用基準は『長く働いてくれそう』で、なおかつ『猫が社長でも受け入れてくれそうなひと』でした。その観点から言うと、期待していた以上の有能人材が集まってくれたことに、たいへん感謝しております!」


 俺を抱えたまま、ジャルガさんが首を傾げてしまう。


「あの……でも、肌の色とか、気になりませんでしたか?」

「ネルク王国では珍しいらしいですけど、以前に私がいた世界では褐色肌の人もよく見かけましたし、そんなには」


 ジャルガさんはしばらく考え込み――やがて、意を決したように口を開いた。


「社長にだけは、お話ししておこうと思います。私は実は……獣人です。黒狐人くろきつねびとという、ちょっとマイナーな種族なのですが――」


 知ってた。でもまぁ、ご自身の口から話してくれたのは、信頼の証っぽくてちょっと嬉しい。


「ほう、獣人さんでしたかー。道理でなんだか親近感がありました! 私もご覧の通り、猫なので、何かケモノ的な相談事がありましたらぜひお気軽に! ……あ、爪研ぎボードとか要ります?」

「い、いえ、それは大丈夫です……」


 そっかー。

 ……まぁ、ジャルガさんはどっちかとゆーとケモノより人間側に近そうだしなぁ……載っているのも『どうぶつずかん』じゃなくて『じんぶつずかん』のほうだったし。

 そもそも知ってたので軽く流してしまったが、ジャルガさんは戸惑い気味である。


「あの……黙っていて、申し訳ありませんでした。でも、もしかして……社長は最初から、お気づきだったんですか?」


「んー。実は薄々、察しはついてました。でも、獣人さんだから採用したわけではないですし、別に『ジャルガさんが黙っていた』とも思っていません。面接の時に、こちらから『獣人さんですか?』とか質問したわけでもないですし……そもそも『猫』の私にとってはささいなことです!」


 ……てゆーか、むしろこちらは「社長が猫である」という重大な事実を隠したまま求人を出していたので……この点はある意味、お互い様である。


「ジャルガさんが隠したいなら、別にそのままでも良いと思いますが――うちの商会ではこれから有翼人さん達も雇う予定ですし、実はウサギの神獣とかもいます。そもそも社長からして猫なので、適当に羽根とか尻尾とか伸ばして働いていただいて大丈夫ですよ! 少なくとも他の皆様も、ジャルガさんが獣人だからといって態度を変えたりはしないと思います」


 俺は肉球で、てしてしとジャルガさんの腕を叩く。

 ほんとは肩を叩く程度の気安いスキンシップをしたいところなのだが、体格的に無理。ついでにもしも人間だったら、セクハラ扱いが怖くて決してできぬ芸当なのだが……今は猫なので、気軽に人類をてしてしできる。猫のてしてしを嫌がる人類は(猫嫌い以外には)存在しない。


 ジャルガさんは、少し寂しげに微笑んだ。


「ナナセさん達は……いい人達ですよね。ネルク王国には獣人に対する偏見などもありませんし、その点はあまり、心配していないんです――ただ……対外的には、やっぱり正体は隠しておきたいです。これは私が獣人だからではなくて……私の両親は、里の掟を破って、外へ逃げた身です」


 ……ほう? なにやら込み入った事情がありそうである。

 俺は無言でジャルガさんを見上げ、続きをうながすようにくりっと首を傾げた。


「両親が行商人をやっていたのも、一つの場所に留まるのは危険だと思っていたからで……ある意味では、逃げ回るような生活でした。里の人々は『私』という娘の存在を知らないはずですが、黒狐人が里の外にいると万が一知られたら、連れ戻しに来る可能性も……ないとは言えません。はるか南方ですし、国境を越えてまで来るとは考えにくいですけれど、わざわざ喧伝するようなことでもないので」


「……ご両親が里から逃げた理由をうかがっても?」

「父と母は結婚の約束をしていたのですが……それを認めたくなかった者が、父に無実の罪を着せようとしたためだと聞いています。子供に聞かせるような内容ではなかったようで、詳しいことは教えてもらえませんでしたが――」


 ルークさん的には「フカー」案件であるが、ありそうな話ではある。ジャルガさんの美人ぶりを見る限り、お母様も相当な美人さんだったはず。


「そうでしたか……わかりました。ジャルガさんの正体については伏せたままにしましょう。ところで、これは純粋な好奇心からうかがうのですが……ジャルガさんは今、人間に化けている状態ですよね? 本来の姿ってどういう感じなんですか?」


「そんなに大きくは変わりません。こんな感じです」


 ジャルガさんの銀髪が、ぴこん、と跳ねて――そこに大きな狐耳が生まれた。代わりに人間の耳が消えている。おおお。

 狐耳! リアル狐耳美女である!


 大興奮して思わず肉球を叩き合わせる猫一匹。

 いわゆる「ケモナー」の方々の嗜好しこうというものは割と細分化しており、「ケモミミだけでもOK」という緩めの派閥から、「顔つきも獣化してないとダメ」派、「むしろ完全にケモノでないとダメ」派などいろいろあるのだが……ルークさんは「耳だけで全然OK!」という浅めのクラスタなので、ジャルガさんの狐耳はいー感じに刺さる。


 あと俺自身が猫化しているせいで、完全ケモノ化にあんまりレアっぽさを感じないとゆーか……まぁそれはどうでも良い。


「たいへんかわいらしいです! よくお似合いです!」


 猫の賛美に、ジャルガさんは不思議そうなお顔。


「えっ……いえ、そんな……あの、人の顔に獣の耳って、気持ち悪く……は、ないですよね。そういえば社長は猫さんですものね……」


 あー。もしや「人と違う=気持ち悪いと思われそう」みたいな感覚なのだろうか。

 御本人のコンプレックスは推測しかできぬが……確かにこちらの世情からして、前世の創作界隈そうさくかいわいほどには「ケモミミ!」に価値を見出してなさそうである。


 ピタちゃん(人間形態)のウサミミも、基本的には「変わったヘアバンドだな」「僻地へきちの民族衣装かな」みたいに思われがちなので、「ヒャッハァー! ウサミミだぁー!」みたいな反応をする人はごく少数派なのだろう。


 俺はジャルガさんを勇気づける意味も込めて、わざと目をキラキラさせた。


「私もご覧の通りの猫耳ですので、むしろお仲間感がありますねぇ。あと私が前にいた世界でも(創作物の上では)珍しくなかったですし、(創作物の上では)むしろ人気がありました! 犬耳派、猫耳派、ウサミミ派、狐耳派などいろんな派閥もありましたが、特に狐耳は神秘性が高く、(稲荷信仰の影響で)神様の使徒のようなイメージがありましたので……」


「狐が……神様の使徒、ですか?」


 ジャルガさんが驚いたようにまばたきをする。

 いわゆる「お稲荷さん」は、五穀を司るウカノミタマと同一視される豊穣神・農業神である。狐はその使徒であるとされ、そのイメージが創作上の狐耳少女にも広く継承された。巫女装束+狐耳の組み合わせは大正義なのだ。


 狐神信仰そのものは中国にもあるが、あちらだと妲己だっきとか九尾とか、大妖怪系の印象がやはり強い。

 さらに西洋圏ではそうした神話や伝承での扱いが一気に減り――テウメッサの狐とかルナール狐の物語とか、探せばないこともないのだが、世間一般的には「ただの動物」的な印象に落ち着いている。

 あちらの人々にとって狐は「狩りの獲物」「商材として有用な毛皮」であり、信仰の対象にはならなかったのだろう。


 お狐様を神聖視するのは、現代においてはほぼ日本独自の文化と言って良い。

 だからジャルガさんの「何言ってんだこの猫」的な反応も、まぁ当然といえば当然なのだが……

 それでも前世日本人のルークさんとしては、やはり狐耳の美女に対しては「しんぴてき!」という感想を抱いてしまうのだ。

 

「以前に私のいた場所では、狐に限らず、様々な動物への信仰がありましたが……その中でも特に、五穀豊穣を司る狐様に対する信仰は広く普及していました。私のジャルガさんに対する印象にも、そのイメージが少し影響している点は否めません。はからずも今は、私自身が『亜神』としてこの地にお邪魔しているわけですが……私も、以前にいた世界ではそんな立場ではなかったので、むしろジャルガさんに対しては憧れに近い感情を持っております!」


「い、いえ、そんな! それこそ恐れ多いです!」


 慌てふためくジャルガさんであったが、狐耳がピクピクしていてちょっとかわいい。クラリス様やリルフィ様が、よく俺の耳をぴこぴこしてる理由がわかった気がする……


 ジャルガさんが狐耳を再び消し、こほんと咳払い。


「……ここでは、私が社長にお仕えする立場です。拾っていただいたご恩は返したいですし、できる範囲のことはするつもりですので……どうかこれから、よろしくお願いいたします」


「こちらこそです! そんなに無理なことはお願いしないと思いますので、まずは気楽に慣れていってくださいね。トマト様の覇道のため、ともに頑張りましょう!」


 柔らかな笑顔で頷くジャルガさんに、俺も優しく微笑みかける。


 ククク……こうして社員の精神面をケアするのも、すべてはトマト様のため。彼女達の働きがトマト様の明日の輝きに直結するのだ。


 社宅まではジャルガさんに抱っこされたまま同行し、ちょっと雑談をした。


 お願いしたい事務仕事の概要とか、会社の方針とか、勤務時間の希望とか、社員から見て欲しい制度とか、雑談にしてはちょっと堅苦しい内容になってしまったが、しかしたいへん有意義なやり取りであった。


「社長は……社員にちょっと気を使い過ぎでは? いえ、私達としてはたいへんありがたいのですが、王都の商会でも見かけないような高待遇ですし――」


「なにせ僻地ですからねぇ。優秀な人材を確保し育てていく以上、なるべく長く働いてもらいたいですし、やはり待遇には気を使います。あと事業の見込みとして、『成功』がほぼ確定している点も強いです。トマト様のポテンシャルはご存知の通りですし、将来的には他の農作物・加工品などもありますので、よほど変なことをしない限りは利益を出していけます。それから……『私』の存在を知っている人に、あまり転職してほしくないという本音もあります。外に噂を広げられてしまうと困りますし、企業秘密の流出なんかも怖いですし。そうして考えていくと、高待遇で引き止めるのもご納得いただけるかと」


 猫からのそんな説明に、ジャルガさんは納得顔で頷いてくれた。


「……つまり我々は、社長の……ルーク様の『加護』を得て、その代償として誠心誠意、奉仕をすれば良い、ということですね?」


 違うが!? 普通にお給料を得つつ働いて欲しいだけだが!? 話聞いてた!? てゆーか存在しない「言葉の裏」とかを読み解こうとした!? そーいうのいらないから!


「ちょ、ちょっと誤解があるようです。私は亜神という立場ではありますが、皆様の前ではあくまで『商会の経営者』であり、ジャルガさんは社員さんなので……加護の見返りに奉仕とか、そういうのは想定してないです。お給料に見合う分くらいの事務仕事をやっていただければ充分ですし、業務以外では、私のことはただの猫さんとして扱っていただければ……実際、私はリーデルハイン家のペットという地位にも誇りを持っております!」


 ジャルガさんがかっくんと首を傾げた。ハイライトさんはちゃんと勤務中であるが……なんだろう……なんか、こう……想定外の変な圧があるな……? この目はアレだな? ルーシャン様が俺を見る時の目に若干近いな?(※信仰心)

 

「私が個人的に、社長への信仰を捧げる分には問題ありませんか……?」


「問題ありますねぇ。仕事上の上司に、そういう信仰心とかは向けないほうが良いかと思います」


 俺は素知らぬ顔で毛繕いをしつつ応じる。落ち着け。慌てるな。ジャルガさんは、まだ俺という存在を誤解しているだけで……


「……わかりました。信仰はあくまで心の中で、ということですね?」


「……たぶんわかってない感じですが、まぁ、あの……少しずつ慣れていただければ、と」


 ダウトである! 猫への信仰とかは! 求めていない! その信仰心はトマト様に向けて欲しい!


 メテオラの有翼人さん達に関してはもう手遅れ感あるが、せめて社内では「神」ではなくただの「良き経営者」でありたい。

 ……「にゃーん」と猫らしいところを見せ続ければ、「あ、こいつ神じゃなくてただの猫だな?」と、いずれそのうち御理解いただけるであろうか……?


 後日、ルーシャン様に相談したら、「獣人が獣の亜神と直に触れたら、信仰されるのは当たり前です」と、さも当然のよーに言われてしまった。

 獣人さん達は最寄りの地域の「神獣」を信仰している例が多いそうだが、そもそも「亜神」は神獣よりも格上であり、しかもそれが「獣」の姿までしているとなれば――という理由らしい。


 ……こんなにかわいいペットなのに、どうして……どうして……(ハイライトオフ)


いつも応援ありがとうございます!

コミック3巻の発売日(2/15)が近づいてきました。

通販サイトには表紙も出ているようで、今回はお菓子を担ぐルークさんとお茶を用意するサーシャさん!

発売日までにはまだ少し日がありますが、店頭でお見かけの際にはぜひよろしくお願いしますノシ


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― 新着の感想 ―
狐耳はケモ耳シリーズの中で一番好きまである。 猫耳?可愛いと思うけどちょっと小さいから他と比べると…。 あっ、不敬だったりします…??
[良い点] 西洋の狐物語、言われてみればあまり聞きませんね。とても勉強になりました。 [一言] コミックスは予約正座待機してます……!
[気になる点] 新たに「亜神の使徒」の称号がジャルガさんに付きそうな予感。 それで無くとも狐耳美女と早朝デートとかまたリルフィさんのハイライトが行方不明になりそうで…おや?何か背筋が寒くなってきたな……
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