184・あえて深淵を覗かなかった猫
新入社員の皆様には、職場環境に安心……安心? していただけた……と、思う?
……なんか「?」マークが多いな? 文字化け?
――まぁ、社長の挨拶以降、別方向の不安をもたれてしまった感はあるが、とりあえず移動の日程も固まった。
アンナさんとカイロウ君のご夫妻は、説明会の翌日に即移動。
そもそも安宿住まいだったので、荷物も少なく家具もなく、普通に宿を出るだけで準備完了であった。
リーデルハイン領では町の一軒家を借りつつ、食事などは社員食堂でとる流れに。
とはいえ通勤時間も必要になるし、お風呂あがりに夜道を歩く羽目にもなるし、春からは有翼人の方々の出稼ぎ組も来るだろうから……やっぱり家族寮も近くに建てよう。(案件+1) ちょっと手が回らなくて後回しにしていたが、どうせいずれは必要になる施設である。
今後、交易関係の輸送業者やダンジョン目当ての冒険者が行き来するようになれば、町でも宿屋や商店の再整備が必要になる。
おそらく物件数が足りなくなるはずなので、自前の社宅の整備はやっぱり重要なのだ。特に「本社から徒歩が苦にならない近場で」となると、だいぶ怪しい。
ついでに、「別に男女の社宅を分けなくてもいいんじゃない?」と、クラリス様からは言われたが……じんぶつずかんで採用面接をしている以上、犯罪などが起きる可能性は低いものの、「リラックスできる環境」を維持する上では、やはり男女の社宅は別々なほうが望ましい。
冒険者のシィズさんとかは「いまさら何を」と笑っていたが、それだって仲間内限定の話であり、これから社員が増える話をしたら納得していただけた。
そして、他の社員達の移動日程であるが……強面のグレゴールさんと褐色美女のジャルガさんは、知人への挨拶まわりなどもあり、三日後に確定。
グレゴールさんは賃貸部屋の解約手続きが済み次第。
ジャルガさんは馬車とお馬さん(二頭)も一緒なのだが、本社のほうにはまだ馬房があるだけで厩務員がいないので、リーデルハイン子爵家の空いている馬房に一時預かってもらうことにした。
こちらのお馬さん達も、ゆくゆくは輸送業務に参加してもらう可能性もあるが……けっこうな御高齢なので、このまま隠居かな……
ジャルガさんが行商人をやめて商会への就職を目指していた背景には、ご両親から受け継いだこのお馬さん達の余命への不安もあったようである。
そして幹部候補のナナセさんは、正式な移動は年明けなのだが――「単位はもう問題ないので、ちょくちょく行き来させてもらえると嬉しいです」とのことで、社員間の親睦を深める意味でもこれを了承した。なんだかんだで週三日くらいはこっちに来られそうで、宅配魔法様々である。
彼女も含めて、みんな「書類上はまだ王都にいないとおかしい」OR「旅の途中でないと不自然」なので、この期間のお給料は正式採用時の支度金という名目でお渡しすることにした。
王都を出た次の日からもうリーデルハイン領での勤務記録があるとか、ちょっとね……調査されるとあまりよろしくないので……
ネルク王国では人身売買とか誘拐はもちろん違法なのだが、商人ギルドは特にそーいうのを警戒しているそうで、新規の商会にはそこそこの確率でいずれ監査が入るらしい。
特に今回、ナナセさんを採用したので……シンザキ商会という大店を率いるご両親が、娘を心配して水面下で動く可能性がある。
ナナセさんの王都出発時には、途中まで警備を兼ねた尾行とかもつきそうなので、そのあたりもちょっと用心しておこう。
そんな人らの目の前で、ナナセさんをダンボールに梱包してそのまま発送(※消失)したら、それこそ大騒ぎになってしまう……
まぁ、そーいうのはもうちょい先の話なので、その時になったら対応しよう。
さて、新入社員のうち、四名が移住完了したその日の夜――
我々は改めて、社員だけの懇親会を開いた。
今回は完全に内々で! ということで、もちろん国王陛下とか魔族とかいないし、クラリス様やリルフィ様にまでご遠慮いただき、あくまで「社員同士の親睦」を深めるのを目的とした。
ちょうどこの日、「リーデルハイン子爵家の面々も、秋の社交シーズンを終えて王都を出発した」ことになっており、今頃はきっと道中の宿……ではなく、もちろん普通に帰邸済み。
例年、リーデルハイン子爵家の移動は「春のみ」なのだが、今秋に限っては戦争やダンジョンの件があったため、「特例での参加」を要請され、諸々の都合から俺がこっそり宅配魔法を駆使した。
この諸々の都合というのは、旅費・時間の節約ばかりでなく、ライゼー様や病み上がりのウェルテル様の体調への配慮、騎士団の皆様の休日獲得、ルークさんの手間など、本当にいろいろ含まれる。
皆様、王都滞在の疲れはもちろん残っているはずなので、今日はゆっくりしてもらいたい。特に「迷宮関係」で、有力諸侯から報告を求められまくったライゼー様は気疲れがすごそう……今回はウェルテル様がおそばにいたので、だいぶ精神的な支えになったのは間違いないのだが、そうは言っても伯爵、侯爵、公爵級の人々との会談は大変だったはずである。
さて、今宵の社員限定懇親会。
メンバーは移住した四人に加え、ご実家で「今日は早めに寝ます」と嘘をついて寝室に移動した後、そのまま猫に宅配されてきたナナセさんと、あとはケーナインズの面々である。
うむ! 爵位持ちが一人もいない!
……今までがおかしかっただけなんですよ、ええ……なんで新興商会の採用通ったら領主とか国王が出てくるの、っていう……(反省)
社員食堂はちょっと広すぎるので、社宅の共有スペースに集まった。
社宅は男女別々だが、暖炉を備えた居間と娯楽室が二つの社宅の中間地点にあり、ここは共有となっている。
アンナさんのリクエストにお応えしてチャーハンをご用意し、その流れで中華系のメニューを大量に錬成!
餃子、青椒肉絲、酢豚、五目あんかけそば、麻婆豆腐、青菜と牛肉のオイスター炒め、フカヒレスープ、デザートの杏仁豆腐とマンゴープリン……
ケーナインズには前にもご馳走したことがあるので慣れたものだが、新入りさん達の反応はまぁヤバいことにはなった。
特にナナセさんは驚くのを通り越して目が据わり、一品ごとに調味料の推測と感想を含めたメモをとり始めてしまい、そのまま商人モードになりそうだったので「ま、またいつでもご用意しますので、今日は親睦を深めましょう!」と猫がてしてししてようやく「はっ」と我に返った。
「す、すみません。つい、あの……反射的に!」
「いえ、わかります。商人ならば当然のことです」
商売につながる「種」を見逃すまいという、この習性にも近い心意気こそ、俺が彼女に期待している才能の一つでもある。
彼女はおそらく、「インプットからアウトプットが生まれる」ことを本能的に理解している。
アイディアは天から突然に降って来るものではない。
様々な知識、経験を自らの中にいったんおさめることで、まずはこれを苗床とし――そこに「必要性」「需要」という水が注がれたタイミングで、思考という肥料から養分を得て、閃きの種が発芽するのだ。
この流れを理解している者ほど、自分の中に良質な土を蓄えるべく、知識に対して貪欲になれる――って、いつぞやのお茶会でルーシャン様が言ってた。
……いや、前後の文脈としては俺に対する賛辞だったのだが、ごっつい買いかぶりなので困惑しつつ、「にゃーん」と誤魔化しておいた。
とはいえルーシャン様のお話そのものに異論はなかったし、インプット&アウトプット系の言い回しは前世でもちょくちょく聞いたものである。
ただ、インターネットどころかテレビ・ラジオ・映画すらないこっちにおいて、「インプット」できるコンテンツは「実体験・読書(※新聞含む)・観劇」ぐらいしかなく――この重要性が、いまいち浸透していないような気もする。
家事や仕事や実生活に忙しくてそれどころではない、という側面ももちろんあるだろうが、そもそも「義務教育」の仕組みがないため、そういう概念を学べる機会も少ないのだろう。
その点、ナナセさんは「シンザキ商会」という転移者……もしくは転生者由来の商会から、『家訓』という形でこの感覚を幼少期から仕込まれている。これが彼女の持つ「商才B」の本質と思われる。
しかし今宵ばかりは、その才を後回しにしてもらって、みんなで仲良くご歓談。
食事中は喋らないのがマナーとはいえ、それはお貴族様の話。『冒険者の集まる静かな酒場』とか『なさそうでやっぱりないもの』の代表格である。(たぶん)
特にケーナインズの狩人ウェスティさんは、こういう場の盛り上げが抜群に上手く、口数の少ないグレゴールさんのこともちゃんとフォローしてくれている。
「グレゴールの旦那も、三十一には見えない貫禄っすね? うちのブルトもまぁまぁ老け顔ですけど、まさかの同い年って――」
「はぁ。顔は、まぁ……傷ができる前から、いかつい老け顔ではあったんで」
シィズさんが横から口を挟む。
「ちょっとウェスティ、失礼でしょ? グレゴールさん、ごめんなさいね。こいつ、初対面の人にも距離感おかしいから……」
「いえいえ、そんなことは……あの、この顔と体格を怖がられてしまって、まともに話もできないことが多いもので、むしろありがたいというか――」
「あぁ、商人だとそうなるのか? 冒険者だと別に気にもならんけどなぁ」
ブルトさんもビールに目を細めつつ笑う。
「ともあれ俺とは同い年なんだから、気安く接してくれ。ウェスティやバーニィも礼儀やなんかにはこだわらんし……っと、ルーク様。つい冒険者の流儀で話しちまいましたが、むしろ俺達が、商会の流儀に従って礼儀を覚えないといけない流れなんじゃ……?」
話をふられた猫は、小鉢に取り分けてもらった五目あんかけそばをちゅるんとすすりきり、肉球を振った。
「いやいや、ブルトさん達はそのまんまで大丈夫ですよ。別に接客に出るわけでもないですし、ご自身で言うほど無礼なわけでもないですし。社員同士の交流ならなおのこと、肩肘はらずに自然体で話せるのが一番だと思います!」
「はあ。そういっていただけると……たいへん恐縮です」
………………むしろかわいい猫さんに対して、どうしてそんなに低姿勢なの? もっとファンシーに扱って? 扱え(命令)
実際のところ、ケーナインズは世間一般の冒険者と比べれば、おそらく格段に礼儀正しい。そもそもそうでなければスカウトしていない。
この場合の「礼儀」とは、「作法に関する知識の有無」ではなく、「相手を思いやる気遣いの有無」であり、もちろんルークさん的には前者はどーでもよく、後者が重要。
この世界にはまだ、「マナー講師」と自称する失礼クリエイターの類は存在していないはずなので、捏造マナーや、一部業界のマイナーマナーの変な普及促進活動に惑わされる心配はあまりないのだが……それはそれとして、やはりルークさん的には、社員の皆様には「マナーの知識」などよりも本質的な「敬う心」のほうを大事にして欲しい。
といっても、お客様を敬う心ではない。
もちろん、上司の猫を敬う心でもない。
そう――何より大切なのは、いと尊き『トマト様』を敬う心である! それさえあれば、他のことはまぁ別に?
崇めよ……讃えよ……トマト様の元にひれふせ……
社是はさておき、猫さんは「にゃーん」とカイロウ君にすり寄っていく。
奥さんのアンナさんは人懐っこい性格なので、ナナセさん、ジャルガさんともすぐに仲良くなっている。
一方、旦那のカイロウ君は、同性のグレゴールさんがだいぶ年上で寡黙なのと、そもそも当初から「この状況に感情と理解がついていかない!」という、常識人に特有の右往左往感が出てしまい……人当たりよく会話に参加できてはいるものの、もう一つ壁がある感じなのだ。
猫はこの壁を爪でガリガリしたい。できれば穴とか空けたい。爪研ぎ……爪研ぎせな……(衝動)
「カイロウ君と奥さんは、同じ村のご出身なんですよね?」
「え? えぇ、そうです」
「何歳くらいからお付き合いを?」
「主従……ゆ、友人としてですが、正確な年齢は覚えていません。私の父が、彼女の父親の部下だったもので……『一緒に遊んでいなさい』と、お互いに放置されていたのがきっかけですね。何もない土地だったので……遊ぶといっても、話をしたり、手持ちの黒板に絵を描いたり、小石を投げて的当てをしたり……そういう年齢からの付き合いです」
なるほど。教科書に載ってそうな安定感。
ただし同年齢ではなくて、奥さんのほうがちょっとだけお姉さんだったようだが……つまり「はじめは姉弟っぽい感じだったけれど、成長していくうちにだんだんと――」ってパターンだな! ラノベで読んだことある。
「というと、やはりカイロウ君のほうが先に奥さんを意識していた感じです? 昔からの知り合いのきれいなお姉さん、みたいな感じで」
「いえ、そんなまさか、恐れ多い……!」
素が出た。
……いや、正体とかバラしてないタイミングで「恐れ多い」はマズいでしょ! とりあえず「平民の若夫婦」って設定なんだから。
質問している俺のほうがむしろ焦りながら、にこやかに肉球を掲げる。
「そんな、恐れ多いだなんて大げさな。別に『貴族』とかじゃないんですから……あ、村の有力者のお嬢さんだったんですか? お父上が部下だったとも言ってましたね?」
合理的な解釈例を、それとなく助け舟として浮かべておく。猫の気遣い……伝われ!
「あっ……そ、そうですね。はい。父の上司の、そのお嬢さんだったので……」
伝わった!(歓喜)
カイロウ君はやっぱり嘘とか苦手そうである。弁舌も立つほうではない。が、性格が誠実で……大切な人を守るために、国を出奔するくらいの行動力を持ち合わせている。シャムラーグさんの導きがあったとはいえ、この決意ができた時点で、彼もまたなかなか見どころのある人材だ。
「恐れ多いとは言い過ぎましたけれど、高嶺の花ではありました……あの、見ての通り、妻はとても美しいので」
周囲に聞こえぬよう、カイロウ君は俺の耳元で声をひそめた。照れくさいのだろう。あと奥さんに聞こえると「あらあらあら♪」とか言いながら喜んで抱きついてくる。きっとそうなる。りあじゅうめ。
「……ただ、私のほうは本当に、あまりに高望みすぎて考えもしていなかったというのが本音でして……」
「社長さん、なんのお話してるんですか?」
……あ、来ちゃった。
まぁ、今日は人数も少ないので会話の輪も小さい。おそらくカイロウ君が焦ったのを見て「旦那のピンチ!」とでも思ったのだろうが、別にそういうわけではないんですよね……
「ああ、アンナ。社長から、君との馴れ初めを聞かれて……」
「まぁ! そんな楽しいお話なら、私のほうに聞いてくださればよろしかったのに」
いや、話の中身は割とどーでもよくて、目的はあくまで「カイロウ君と話す」ことだったので……とはさすがに言えず、俺は曖昧に逃げる。
「馴れ初めとゆーか、お二人はご同郷なんですよねー? みたいなお話を……」
「……あ、社長。私も一緒に聞きたいです!」
……ナナセさんも来た。
なになにどうしたの? 若い子はやっぱり恋バナ好き? ……にしては、なんだか目の奥が真剣だな? よくわからん使命感の火が燃えてるな? これ「守護らねばならぬ」って目だな? なんで?
なんとなく流れで全員がこの話題に合流してしまい、期せずしてアンナさんが中心に。そして社長を抱っこ。にゃーん。
「私と夫のカイロウには少し年の差がありまして、私のほうが三つほど、年上なんです。幼少期の頃の三つとなると、もうかなり大きな差ですよね。初めて会ったのは、私が七歳で、カイロウが四歳の時だったと思います。いえ、もしかしたらその前にも会っていた可能性はありますが、物心ついて、ちゃんと認識をできたのがそのくらいの時期ということで……ふふっ、貴方のほうは憶えてないでしょう?」
「うん……ごめん」
ふふっ、と笑い、アンナさんが俺を撫でた。ごろごろごろ。いかん。あっさり懐柔されてる……
「ですから当時は、私のほうが弟の面倒を見ているようなつもりだったんです。たぶん、十代半ばくらいまでは、ずっとそんな感じで……でも身長が同じくらいになった頃、一緒に乗っていた馬車が盗賊に襲われて……流れ矢から私を庇ったせいで、カイロウが重傷を負いました」
ナナセさんやジャルガさんが息を詰まらせる。
いくら治安が良いとはいえ、ネルク王国にも盗賊はいる。馬車を使う交易商人にとって、盗賊の襲撃は遭遇率こそ低くとも、割と現実的な脅威なのだ。
「一時は生死の境をさまよいましたが、幸いにも命をつないで……その時から、関係性が少し変わりました。その後にも、いろいろあったんですけれど……去年、ちょっと大きな転機がありまして、二人で故郷を出ることになって――その時に、結婚も決めました」
この転機というのが、例のシャムラーグさんが絡んだ『理不尽な暗殺依頼』のことであろう。
シャムラーグさんはこの若い二人を亡命させた上で、「暗殺成功」と虚偽の報告をし――この嘘がバレて、命令違反の罪で逆に窮地へと陥り、どこぞの猫に拾われた。
極論、この二人が逃げ延びていなければ、俺とシャムラーグさんが出会うきっかけもなく、キルシュ先生ご夫妻や有翼人の皆様との御縁も生まれず、レッドワンドは今もレッドワンドのままで、トゥリーダ様は自殺に追い込まれていた可能性が高い。ば、ばたふらいえふぇくと……!
猫は今にして思う。「よくぞ逃げてくれた!」と――このお二人、実は逃亡することによって、何気に世界を大きく変えていた若夫婦なのである。
アンナさんが、猫を撫でていないほうの手で旦那の頬を撫でた。
「ふふっ。今では私が世話をするどころか、すっかりカイロウに助けられてばっかりになっちゃいましたけれど――」
「いや、それ自体は割と子供の頃から……じゃなくて、僕もアンナにはいつも助けてもらってる。精神面とか、生き方とか、指針とか、そういう部分は君に頼り切りだ。この商会の求人を見つけてきたのも君だし」
うん。なんかそんな気はしてた。
ナナセさんやグレゴールさんが微笑ましげに「お似合いの夫婦ですねー」「いや、まったくです」なんて感想を言い合っているが、ルークさんは、その……あんまり、気づかないほうがいいことに、気づいちゃったかな、って……こっそり『じんぶつずかん』を参照。
……アンナさんのただいまの発言には、いくつかの、ごくささいな、言い間違いレベルのちょっとした取るにも足らない見解の相違がある。
彼女がカイロウ君にとって「憧れのお姉さん的存在」だったのは確かだが、それはあくまで「容姿」の話であり、現場レベルではしょっちゅう旦那側が引っ張り回されて、ほぼ一方的に負担をかけられていた模様……
たとえば転んだお嬢様をおぶったり、膝枕を命令されてしぶしぶ従ったり、おままごとが誓いのキスから始まりそうになったり、年上のお嬢様のわがままに付き合わされていたのは幼児カイロウ君の側であった。
そして幼女時代のアンナさんは、カイロウ君の気を引きたくて「わざと」それらをこなしており……先だっての暗殺未遂すら、『このまま流れで結婚&駆け落ちに持ち込む好機!』と前向きに捉え、喜々として故郷からバイバイしたとのこと。故郷を去るその目に浮いていたのは、不安や悲しみの涙ではなく普通に嬉し涙だったとか。つよい。
――以降、幸せの絶頂でフィーバータイムが続いている。ほんとつよい。たくましい。
てゆーかこの子、基本的にカイロウ君のことしか考えてないな?
仮に故郷の安全が担保されても明らかに戻る気ねぇな?
普通にここで子供作って、家族みんなで仲良く幸せに暮らす人生設計を構築済だな?
社長としてはありがたいけど、それでいいのか貴族の駆け落ち令嬢。
「あら、社長? ふふっ、眠くなってしまったかしら」
「い、いえいえ、ちゃんと起きてます!」
じんぶつずかんを読むため、少し眠そうな顔で視線の動きをごまかしていた俺は、慌ててアンナさんの胸元からテーブルへ移動した。
あやうく深淵を覗きかけた気がしないでもないが、まぁ、こちらの若夫婦は幸せそうなのでそれで良い。『じんぶつずかん』なんていちいち読まなかった。いいね?
皆様、満腹になったようなので、今宵の晩餐会はそろそろ御開き。
明日以降、お仕事のほうもしっかり頑張っていただこう!
いつも応援ありがとうございます。
唐突なお知らせですが、三國大和先生の漫画版「我輩は猫魔導師である」の三巻が、来月2月15日に発売決定しました!
実は自分も十日ばかり前に知って「えっ、もう!?」と驚いたんですが、どうも2/22の猫の日に間に合わせるべく、なかなかの強行軍だったそうで――
それでいてWEBに未掲載の描き下ろし余録がなんと二本も。
三國先生おつかれさまでした……!
発売日まではあと二週間ほどありますので、もうしばらくお待ちくださいー。




