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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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183・猫の職場案内


「ようこそ、皆様! こちらがトマティ商会の本社となります!」


 試食会の会場となっていたキャットシェルターから、俺だけ先に出てダンボールに梱包こんぽうされ、リーデルハイン領へ宅配。

 しかるのち猫カフェの扉を再び開けば――皆様も一緒に、我がトマティ商会本社前へとご到着である!


 ライゼー様からお借りした土地は、そこそこ荒れた未開拓の広い雑木林であったが――

 まずガイアキャットさんで地盤の改良と造成をおこない、ドラウダ山地で大量に確保した木材を雉虎組が乾燥させて製材、加工し、あっという間に複数の棟を建ててくれた。


 ルークさんもブルトさん達と一緒に、設計図を描いたり仕様をまとめたりとそこそこ忙しかったのだが、これはけっこう楽しかった。なにせ自分の本拠地を作る作業である。

 さらに人類用の社屋であると同時に猫用でもあるので、キャットウォークの経路とか猫の執務室とかお昼寝スペースとか魔力を使った床暖房とか、特殊仕様もてんこもり。実は隠し部屋まである。

 さらに仕様検討中の部分もあるので、ここから先は社員の皆様ともご相談していきたい。オフィス家具の椅子とか机もそれぞれの体格にあわせたいところ。特にグレゴールさん用のは、ちょっと大きめにしておかないと働きにくいと思う。


 前世のオフィスチェアなら高さ調整とか座面調整とかいろいろついていたのだが、こっちの椅子は普通に木製の家具っぽいヤツなので……シンザキ商会製のだと、組み立て時に高さを変えられる品などもあるのだが、それでもキャスターとかはついていない。


 椅子とか机はオーダーメイド(雉虎組)にするとして、その他の業務開始に必要そうなものは概ね揃っている。秋の王都では、クロスローズ工房のクイナさんにもお願いし、一般的な事務用品も一通り揃えてもらった。インクとかつけペンとか帳簿用紙とか革製の下敷きとかその他いろいろである。


 さて、本社前。

 敷地の広さは東京ドーム何個分であろうか……

 数十個分はありそうだが、その大半はペーパーパウチ用の水草を栽培する「池」や、トマト様の「畑」、そして将来の拡張を見越した「空き地」なので、現時点で建物はそんなに多くない。

 ぶっちゃけ、今はまだ「家畜がいない牧場」のような雰囲気。

 輸送用の馬車も出入りするのでうまやなどもあり、ますます牧場感が強い。

 そして奥の方はドラウダ山地に接しており、土地の造成も済んでいない。必要になり次第、ぼちぼち手を付けていく予定である。


 その敷地内、町に近い側に「ででん」と存在するのが、トマティ商会本社の社屋。そして隣接する社宅&ペーパーパウチ工場だ。


 ペーパーパウチ工場は、袋の製造、バロメソースの調理と封入、出荷の拠点となる倉庫など役割が多いため、動線の検討に少し手間取った。

 さらに紙の製造機がまだ調達できておらず、調理器具も現在、注文中なので……まだ稼働はできていない。本当にガワだけである。


 ついでにトマト様畑も「予定地」を確保してあるだけなので、今はまだただの原野。お世話や収穫のための人員もまだいないので、そのあたりは工場の設備が揃った後に整備する予定である。まぁ、来年だろうなぁ……

 

 なお、そもそも未開拓地だったので近隣にも住宅などはないが、それでも付近をたまに通る住民の方から「ここってこんな地形だっけ???」「いつの間に???」と不思議がられていた模様。

 体裁上は「キルシュ先生(医師)の地魔法+騎士団の土木工事で!」ということにしておいたが、バレバレのデマ情報である。明らかにごまかしきれてないだろうけど、気にしたところで目の前にあるモノはしょーがない。


 さて、この広大な敷地に建つ我がトマティ商会の本社は、それこそ有名牧場の事務所のよーな雰囲気の巨大木造建築である。

 ログハウスをイメージしたシンプルめのシンメトリーなシルエットであるが、工法としては前世でいうところの在来工法。柱や梁で軸組を構成し、断熱材には袋に詰めた藁を使用。壁には横長の板を並べて張った。


 玄関のポーチには三段ほどの石段を設け、片側には車椅子や小さめの荷車が使えるスロープも設置。

 両開きの扉は大人四人が並んで通れるほどの幅を確保し、すれ違いや大きな家具の搬入も可能にした。

 社内の通路も基本的に広めである。猫さんが足元をうろちょろするので、この仕様は譲れぬ。


「……立派な……社屋ですね……?」


 玄関前から自慢の本社を見上げ、唖然とするナナセさん。


「……えっと、屋根の左右から突き出ている明かり取りの窓が、猫さんの耳で……二階の窓が目で、玄関が口ですよね?」


 そして俺が説明する前に、デザインのコンセプトに気づいてくれるアンナさん!


 ――一部からは呆れたような視線も感じられるが、初見のルーシャン様は目をキラキラさせているので問題ない。ないったらない。

 もちろんクラリス様とリルフィ様、ウェルテル様やロレンス様達は、最初に見た時に「かわいい」と喜んでくださった。

 ケーナインズとヨルダ様にはなんかウケてた。

 ライゼー様とかアイシャさんは「……ええぇ……?」って感じだった。

 ピタちゃんには「ルークさまのしんでんですか?」って聞かれた。確かにやや宗教的なヤバい施設に見えなくもない……


 猫さんの頭をかたどったこの社屋は、遠くからでもかなり目立つ。夜とか目と口が(屋内の照明で)光るので、割とやべぇ存在感もある。

 さらにポーチの屋根も、猫さんのウィスカーパッドを模した丸みをおびた彫刻で仕上げてあり、ヒゲこそ生えていないがなかなかの完成度。ルーシャン様も大興奮である。


 玄関で上履き……今回は来客用の使い捨て紙スリッパに履き替えてもらい、それぞれの履物は備え付けの靴箱へ。

 こちらの社屋は、学校みたいに外履きと上履きを使い分けるスタイルである。掃除の手間も軽減できるし、雨の日などは木の床が水を吸ってしまうので……王都にもこんな感じの会社はそこそこあるようで、別に珍しい例ではない。


 玄関を抜けた先の広々とした開放感のあるエントランスは、二階の天井部分まで吹き抜けとなっており、中央には我が商会の象徴たるオブジェ――


 そう!

 トマト様の! 石像である!


 台座を含めた高さは、クラリス様の背丈より少し低めぐらい。縦横のサイズはコタツぐらいかな?

 重量がヤバいので木の床には置けず、台座ごと地面に据え付け、それにあわせて後から床を張った。

 ドラウダ山地から切り出した石材を丁寧に加工し、なめらかでつややかな曲面に磨き上げた逸品である。ヘタの神々しさとか、もはや王冠のよう……なんてうつくしい……(恍惚こうこつ


 芸術に一家言ありそうなオズワルド氏が、感心したように唸った。


「猫の口から中へ踏み込むと、そこにはトマト様か……なにやら暗示的だな」

 

 ……別にそういう意図はなかったのだが、言われてみるとちょっと引っかかるな……? 俺がトマト様を内包しているみたいでやや不遜ふそんか……?

 いやしかし、主たるトマト様の権威その他をお守りするのも俺の役目なので、これはこれでまぁよかろう。来客へのインパクトもある。


 そして社員も朝、出勤するたびにこのトマト様を目にして畏敬いけいの念を思い起こすはずであるし、これは当社の理念の基礎となる重要なオブジェなのだ。

 みんなの視線がなんか生温かいのは猫の気のせい。


 ついでに玄関脇のちょっとした謎空間を見て、グレゴールさんが不思議そうなお顔をした。


「こちらのスペースは……何かに使うんですか?」


 そこには腰丈ほどの高さの、板敷きの空間。

 下部は収納スペースで、壁側には明かりとりの窓があり、奥には複数の棚板(お昼寝用)が設置されており、猫用の抜け道もあいている。


「あ、そこは警備の方々の詰所つめしょです。机やクッションはまだこれから作るので、今は何もないですが、交代制で常時四匹くらい居座ることになるかと思います」


 そう、ここはサバトラ抜刀隊の詰所である。

 とりあえず将棋盤とか花札とかゲームの類は自前で用意できるようなので、必要あるまい。実は今も四匹たむろしているのだが、皆様には見えていない。


 今、ご紹介すると皆様の脳内で正気度のダイスロールが始まりそうなので……とりあえず後日。特にナナセさんがね……だいぶいっぱいいっぱいなんですよね……

 会社案内は、設備関係というか……これから働く場所を把握してもらって「安心」してもらうためのものなので、これ以上、非常識の分野から追い詰めるわけにはいかぬ。


「詰所……? いや、人が待機できる広さではなさそうですが……」

「ええ。あくまで猫さん用ですねぇ。あ、皆様、こちらへ!」


 グレゴールさんがますます「???」と首を傾げているが、俺が先をうながしているので、とりあえずついてきてくれた。


「皆様の職場となる事務室は一階にあります。もっと人数が増えてきたら複数の部屋を使う感じになりそうですが、とうぶんは空き部屋がでますね。それから顧客も入れる会議室、お茶を飲むための休憩室を兼ねたカフェテラス……あと別棟になりますが、向こうに社員食堂があります。本社と社員食堂、社宅の三棟は、渡り廊下を通じてつながっていまして、相互に行き来が可能です。万が一、火災が起きた時に延焼しにくい程度の距離を相互に確保しています」


 ナナセさんが青ざめてきた。

 なに? なんかまずかった……?


「あの……こちらの社員って、当面は私達だけですよね……?」

「事務員はナナセさん達だけですが、ケーナインズもいますし、バロメソースや容器の工場には、これから数ヶ月かけて数十人単位で雇用していくはずですから……輸送に関わる人員も含めると、割とすぐに百人は超えてくると考えてください。彼らの給与支払い等の事務も、皆様にお願いすることになるかと思います」


 うちはモノを仕入れて運んで売るだけの商会ではなく、商品の生産・加工と包装も含めたメーカーである。初期からある程度の規模が必要になるのは仕方ない。

 その規模の事務が猫一匹にまかなえるはずもなく、ナナセさん達にはたいへん期待している!


 ……アンナさんとカイロウ君は未知数なので、実質三人であるが、やっぱ足りない……? 追加の人員要るよね、コレ……?

 まぁ、この先の数ヶ月はこのメンバーで乗り切る。実際、まだ商品の量産すら始まっていない「今」の時点では充分なはずだし、日々の流れの中で、今後の人員の必要数も見えてくるだろう。


 ひたすら困惑するナナセさんを見て、アンナさんが苦笑している。


「実は昨日、商人ギルドでナナセさん達と会った後、少し話していたんです。最初はたぶん、民家などを仮の事務所にして、小規模な販売から始めるんじゃないか、って――それが、こんな、王都でも見かけないような大きな本社がもう用意されていたなんて……びっくりしましたよね?」


 アンナさんがナナセさんの肩を支える。この方、割とお姉さん気質だな? ナナセさんのサポート役として、案外良いバランスかもしれぬ。


「あー。これにも、いろいろと事情がありまして……この建物は、私の魔法を使い、人類には不可能な速度で建築したのです。人が増えてからそれをやると、ちょっと騒ぎになりそうな懸念けねんがありまして……それで先に、箱モノだけ用意しました。人間、目の前にいきなり変なモノがあらわれるとびっくりしますが、最初から『そこにある』と、なんとなく受け入れてしまうものです」


 俺の説明を聞く皆々様の視線が、何故かぜんぶ俺に集中した。

 ……まぁ、アイシャさんとかルーシャン様以外は、「目の前にいきなり変な猫があらわれてびっくりさせられた」人達なので……多少は言いたいことがあるのだろう。この「実際にあったんだからしょーがない」の精神は、メテオラの偽装という成功体験にも後押しされている。


 ともあれ俺は悪辣な猫さんなので、皆様の視線もあっさりスルー!


「社屋の説明を進めますね。あっちには資料室と書類の保管庫、将来的には託児所として使えそうなプレイルームもありますが、今はどこも空き部屋状態ですので、見なくても大丈夫です。皆様の最初のお仕事は、この本社を自分達が使いやすいように調整していくことですね。それから二階には社長室、そこと隣接して、クラリス様達が自由に使えるリラックススペース、あと今は人員がいませんが、いずれは広報室なども設ける予定です」


 地下のシェルター&倉庫は後日にしよう。トイレとか給湯室とか細々とした設備もスルー。今日のメインはむしろ、隣接する「社宅」である。


「それでは皆様、こちらへどうぞ。一番、力をいれた『社宅』にご案内します!」


 社屋は現状、トマト様の石像以外はほぼからっぽでただの空き部屋であるが、社員寮は自信作である! 建設会社・雉虎組きじとらぐみのリソースはもとより、資材の確保でも一番手間取った!


 ……といっても、ルーシャン様に「欲しいものリスト」を提出し、琥珀で代金を支払い、得た建築資材その他を宅配魔法で猫さん達に配送してもらい、雉虎組にぶん投げただけなのだが……

 ……言うほど働いてねぇな? でも設計図引いたりで徹夜は多かった気がするから、やっぱ効率悪いのかもしれぬ……そしてありがとうルーシャンさま。水面下でだいぶたすけていただきました。


 渡り廊下を猫がてくてくと先導していく中、背後では皆様がいろいろ話している。


「こんなに広くて使いやすそうな平地が、よくうまい具合に空いていたものだね」と、リオレット陛下。

 それに応じるライゼー様は肩を落とす。


「……いえ。土地の手前はともかく、奥の方はそこそこ入り組んだ斜面と雑木林でして……湿地なども点在し、木の根や岩だらけで開拓も難しく、長年、放置されていた土地なのです。そこをルークが、一瞬で整地してしまい……」


「……そういえばアイシャから聞いたことがあった。ルーク様は、地面を広範囲でひっくり返してならすような魔法が使えると――」


「それです。ガイアキャットというそうですが、あまりに目立つので、大部分は深夜にやってもらいました。それでも、たった一晩で地形が大きく変化したため……一部の住民からは、不可思議な天変地異が起きたと噂されているようです」


 これに関する情報操作は、先述した通り、キルシュ先生とリーデルハイン騎士団の関与をほのめかしているのだが……「どの範囲をどこまでやったのか」というのはボカしてある。


 そもそも、「この広域を一晩で……」となると、さすがに人類の限界を超えた作業量。

 元は猟師さんすら入らない荒れ地だったので、「へー、奥のほうはあんなにひらけてたんだ」とか思ってもらえそうな気もしたのだが、さすがにこれは想定が甘すぎた。


 まぁ、昔の風景写真とか航空写真とか測量図とかがあったわけでもないので……何年かしたら「前からあんな感じだったのでは?」という印象に落ち着くであろう。在りし日の風景とは、いつの間にか失われていくものなのである。


 他の声も聞こえてくる。ロレンス様とクラリス様だ。


「私も建設中に、一度、こちらの社宅を見学させてもらいましたが……あの後、また設備が増えたのですか?」

「そんなに大きくは変わっていないはずです。ケーナインズが実際に暮らし始めて、気になった部分を少し改築した程度ですね。物干し台を改良したりとか……家具の配置なども試行錯誤して、快適性はどんどん上がっていると思います」


 ロレンス様にはお茶会のタイミングで建築現場をお見せした。大量の猫さん達がわちゃわちゃと働く現場を見て、「えぇ……?」と戸惑っておられたが、雉虎組の職人……職猫どもがえっさほいさと材木を運び、一瞬でほぞ加工を済ませてガンガン組み立てていく様はちょっと壮観であった。


 アレは人類には無理な精度と速度――熟達した宮大工さんの仕事ぶりを百倍速で見ている感じである。たまに重力とか宇宙の法則とかが乱れている感もある。「さっきその屋根、柱もクレーンもないのに浮いてたよね?」的な……え? ガチで何やってんの?


 一方、アーデリア様とアンナさんはなんか笑顔で仲良くお話ししていた。


「今日のオムライスも美味かったが、やはりわらわのお勧めはチャーハンだな! 米を油で炒めたものらしいが、あれは実に美味い。トマティ商会で働くならば、そなたらにもいずれ、ルーク様から下賜かしされるであろう」

「まぁ! それは楽しみですわ!」


 やり取りは微笑ましいのだが、純血の魔族と、駆け落ち中の子爵家令嬢がチャーハン談義をしているのはちょっと……世界観的に微妙な気がしないでもない。だいたい猫のせい。


 さほど間をおかず辿り着いた社宅は、本社ほど奇抜なデザインではない。あくまで機能性重視である。


 住民の想定数は男女あわせて四十人前後。それを超えたら別棟を建てねばなるまい。

 複数人が同時に出入りしやすいよう、玄関は広め。屋根も大きめに張り出しており、取り外した雨具を室内へ持ち込まずに、そのまま干せるようにした。玄関内も広いので、風が強い時は室内にも干せる――が、湿気の面であんまり推奨はしない。

 リーデルハイン領に「梅雨つゆ」などはないのだが、それでも山が近いだけに、雨はそこそこ降る。

 連日降り続くことはほとんどないのだが、「昼は晴れていたのに夕方に一雨」みたいな感じで、天候がころころ変わるのだ。


 なので高い屋根付きの物干し場とか、「あったらいいな!」と思われる仕様をどんどん足してみた。


「こちらが社員食堂です。後日、専属の料理人を雇いますが、それまでしばらくは自炊をお願いすることになります。あ、でも私がいる時はさっきみたいにご飯をご用意できますので、安心してください! 自由に食べられる保存食なども用意しておくつもりです」


「こちらはお風呂です! 先日、良質な琥珀が手に入りましたので、それを熱源として活用し、大浴場を作ってみました。昼間は町の人達にも開放して入浴料を得る予定ですが、夜間は社員と関係者専用になります。もちろん男湯と女湯は独立していますのでご安心を」


「こっちはトレーニングルームですね! やはりデスクワーク続きですと健康に良くないので、ある程度、体を動かせる場も必要と判断しまして……ただ運動用の器具類をまだ注文していないので、ナナセさんにも相談に乗っていただけると助かります。それこそシンザキ商会で良いものを扱ってないかな、と。ここで運動して、一っ風呂浴びてぐっすり、というのが理想的な使い方です」


「娯楽室には、ビリヤードとボードゲームなどをご用意しました! ボードゲームは私もできますので、時間があればぜひご一緒に親睦を深めたいところです」


「ここは給湯と床暖房の管理室……要するに『琥珀』を使った魔道具があります。万が一の盗難を防ぐため、屋内に設置しました。お風呂のお湯は、地下水を汲み上げてここで加熱しています。それからちょっとした御縁(※砂神宮)で、そこそこの量の金属を安く調達できたので……床下に金属製のパイプを通し、これにお湯を流すタイプの温水式床暖房システムを導入してみました。リーデルハイン領の冬はそんなに厳しくはないとのことですが、雪が降ることもあるそうですし、寒くないわけではないので――居間や食堂には暖炉もありますが、各部屋にまでは設置していないので、冬場はこれを使う予定です。ただ、現在はまだ実験段階なので、使っているうちに不具合が起きる可能性もあります」

 

「お風呂のお湯を排水としてただ流すのはもったいないので、その排熱を利用し、この空き地付近にはトマト様の温室を作る予定です! 冬場でもトマト様が実るといいですねぇ」


 社宅のそこかしこを案内していくうちに、ルーシャン様やウィル君はメモ魔と化し、リオレット陛下やオズワルド氏の観察は真剣みを増して、新入社員ズはあわあわと慌て始めた。

 ライゼー様達にはもうご説明したことなので今更なのだが……やはりこの社宅の設計理念や設備の数々は、ネルク王国では大変に珍しいモノだったらしく、しきりに感心されてしまった。


 驚愕に震えていたナナセさんの目も輝きを取り戻し、今は商家の娘らしく、貪欲に諸々を吸収し始めている。


 シンザキ商会は建築・建具・家具などを強みにしているという話だったし、初代のシンザキさんもたぶんそっち系の人材だったはず――

 床暖房的なアイディアも当時からあったと思われるが、金属の貴重さや琥珀などの熱源の確保、その他、コスト面、技術面を含む様々な難題があり、再現はできなかったのだろう。


 この社宅だって、雉虎組の超絶技巧があればこそ成立している。一般の大工さんに仕様を説明しても、こうした実物がなければ「無理」と一蹴されそう。


 一通りの説明が終わったところで、オズワルド氏が真顔で俺を抱え上げた。


「ルーク殿はもしや、神々の世界で、建築に関わる仕事をしていたのか?」

「いえ? 全然?」


 重ねて言うが、雉虎組の技術力がおかしいだけである。現場で働いている猫さんなのにヒヤリハットとかも全然しない。(偏見)


「むしろ、前にいた世界ではできなかった試行錯誤を、こっちの世界で試している感じですねぇ。私、以前は他の猫さん達と同様、猫魔法とか使えなかったので」


 ウィル君も隣に来る。


「……ルーク様は農業を中心に活動しつつ、トマト様を交易で広める方針を立てるなど、商人のような価値観をお持ちです。さらにレッドトマトの立て直しでは政治に対する感覚の鋭さも発揮されました。この上、建築関係にまで才をお持ちとは……」


 クラリス様とリルフィ様が追撃!


「ルークは絵本も作っていますよ。私が寝る前、よく読み聞かせをしてくれます」


「スイーツ作りや料理もお得意ですよね……魔法で出すものばかりでなく、こちらの素材・技術での再現も試みていますし……バロメソースの開発は、ルークさんが主導していました」


 ライゼー様とアイシャさん、ケーナインズまで真顔で唸る。


「そもそも包装容器まで新規開発というのがな……猫の発想とは思えないというか……」


「『いろんなものに興味を持つ』っていうのはめちゃくちゃ猫っぽいんですけどね……ただ、興味の持ち方が猫レベルじゃないのと、行動の影響力が完全に神様レベルなんで……」


「我々は、レッドトマトの飢餓への支援活動も現地でお手伝いしましたが――魔法の威力はもちろん、なによりルーク様の慈悲深さと心遣いに感服しました。飢餓を前にして行動せずにはいられないその使命感は、まさに豊穣神にふさわしいものと――」


 ……いろんな方が持ち上げてくださるが、持ち上げられて抱っこされるのも猫の役目とはいえ、だいぶ過大評価になってきてる気がする……

 流れを見れば割と行き当たりばったりであり、トマト様の覇道を進める上で直面した問題に、一つずつ対応してきただけなので――結論としてはすなわち、これもまたトマト様のご加護であろう。


 ナナセさんがじっと俺を見つめた。


「社長は、つまり……もしかして、『働きすぎ』なのでは?」


 ……皆様が一様に無言で頷く中、痛いところを突かれた猫は視線を逸らして、必死に毛繕いをするばかりであった。


雪の予報を聞くとカロリーメイトを買ってくる習性があるのですが、それはそれとして室温が二十度オーバーで「雪……?」と戸惑う今日この頃。皆様も気温の上下にはお気をつけください(;´Д`)

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― 新着の感想 ―
[一言] 調理担当には割烹着とマスクが必要なはずであり、他の社員も作業着あるいは制服的なモノが必要になる。 現状でトマティ商会の運営に必要な布モノに対して言及がないので、ひとまずは社員の持ち出しで操…
[一言] トマティ商会の託児所には猫さんが読み聞かせ用に作った絵本が置かれるのだ…
[一言] トレーニングルーム、この国だとやはり拳闘関係のものが手に入りやすくいつの間にか社員がみんな武闘派になったりして(*⌒▽⌒*)
感想一覧
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