182・猫の福利厚生
猫はしみじみと思う。
……称号の基準、ガバ過ぎでは?
――いや、しかしある程度は納得できる部分もある。これはおそらく、俺の「宣言」というか、「決意」が一つのトリガーになっている。
転生直後、ルークさんは「トマト様の美味しさに感動して、トマト様に忠誠を誓った」ために、「トマト(様)の下僕」という称号を得た。初っ端からなにやっとんねん。
そしてクラリス様を飼い主として認めたために「亜神の飼い主」という称号がクラリス様につき、リルフィ様やロレンス様、有翼人のソレッタちゃんなどに対しては、「守護らなきゃ……!」と決意したために「亜神の加護」がついた。
なお、加護は「なんか心配……」という理由でもつくっぽい。レッドトマト元首のトゥリーダ様とか、病気だったウェルテル様とか、クールで武闘派なのにちょっと天然入ってるメイドのサーシャさんなどがその例である。
そして「頼れる味方! 身内! コイツは使える!」と認識すれば「亜神の信頼」がつくのだが……
特に「亜神の加護」に関しては、俺が「守護らなきゃ!」と決意した段階で、あまり親しくなくても即座についてしまう模様。
そういやキルシュ先生のところの娘さん、ルシーナちゃんにも、俺からの命名とほぼ同時にこの称号が付与されていた。
そんなわけで、新入社員の皆様にも問答無用で猫さんからの称号がついてしまったのだが……この昼食会の時点でのルークさんはそんなこととはつゆ知らず、大皿に載った大量の藁束を次々に「今日のお昼ごはん」へと錬成していく。
本日のメニューは、「スパゲティ・バロメソース」「トマト様とモッツァレラチーズのカプレーゼ」「トマト様ソースたっぷりのピザ」「ふわとろ巨大オムライス」「バロメソースのラザニア」「ベーコンレタストマト様サンド」「旬のお野菜のミネストローネ」「エビのチリソース(甘口)」と、やたら赤めの光景になってしまった。
味見も兼ねているので小皿に取り分けるが、それでもけっこうな量である。口直しのためにパンも必要かと思ったが、これもサンドイッチで代用。うーん、ボリューミィ。
食後のデザートとして、メイプルシロップのワッフル・ソフトクリーム添えもご用意する予定だが、そこまで入らない場合はソフトクリーム単体でもいいかな……そこらへんはおなかの具合と相談だ。
ケーナインズが用意してくれていた大皿の間を、るんたった、と踊るよーに軽やかに移動しつつ、コピーキャットを連続発動。
すると藁束の山が、あっという間に湯気のたつキラキラのお料理に! どやー。
……視界の端で、ナナセさんが腰を抜かして座り込んだ。
ジャルガさんは祈りの姿勢のままである。
アンナさんは両手で口を覆い、「まぁ」とお目々をキラキラさせているが、その肩を抱いた夫のカイロウ君は頬を引きつらせてカタカタ震えていた。奥さんのほうが度胸あるっぽい。
そしてグレゴールさんは目頭をぐっと押さえ、料理の山を何度か見た後に天を仰ぐ。幻ではないです。ホンモノです。
クラリス様が解説をしてくださる。
「……ルークはこんな感じに、藁とか薪とか土とかを、いろんな食べ物に変化させられるの。うちではこれが文字通りの日常茶飯事だから、早めに慣れてね」
「……無理……無理です……わけわかんないです……あ、あの、クロード様……? ぜんぶ知ってて黙ってたんですよね……?」
SAN値チェックに失敗したナナセさんが後輩に助けを求めた。クロード様は苦笑い。
「僕も春先に知ったばかりです。というか、クラリスがルークさんを拾ってから、まだ半年ちょっとしか経っていないので……こんなの家族以外に言えるわけないですし、ナナセ先輩達も人には話さないようにお願いします。まぁ……話したところで頭の具合を疑われるだけでしょうし、そもそもルークさんを怒らせると、たぶん非常にマズいことになるので……あの、本当に、皆さん、人には言わないでくださいね……?」
む。そういえば箝口令を忘れていた。クロード様はやはりご助言が的確である。
猫はテーブルの上で手招きをする。
「それでは皆様、こちらのお席へどうぞ! あ、バイキング形式ですが、新入社員の皆様には味見として、こちらで少しずつ、一通り取り分けさせていただきます。その後、お好きなものをご自身で、好きなようにお召し上がりいただければと!」
こくこくとうなずくナナセさんを、アンナさんとジャルガさんが隣から抱え起こした。
「アンナさん、ジャルガさん……す、すみません、あの……さすがにちょっと、今のは想像を超えていまして……びっくりしすぎちゃって……」
「わかります。私もびっくりしました!」
アンナさんはむしろこの状況にはしゃいでるな? 手品に驚く小学生みたいな純粋な目だな?
ジャルガさんが、人数分の料理を取り分けはじめるケーナインズを見た。
「あの、ブルトさん達は、いつからルーク様と……?」
「夏前だな。ダンジョンでバイオラとチエラに襲われて、全滅しかかったところを偶然、助けていただいた」
「俺はその時に大怪我したんだけど、そちらのリルフィ様に治療してもらってさ。その後、夏の間は、いろいろとルーク様の手伝いをしていたんだ」
リーダー・ブルトさんと狩人ウェスティさんの返答に、ジャルガさんがまた首をかしげる。
「ダンジョン……? ルーク様は、ダンジョンの攻略にも参加されているのですか?」
「いえ、たまたまその日、見学に行っていただけです! それもロレンス様のご要望にお応えしてのことだったので、偶然と幸運が重なりましたねー」
こちらのケーナインズは本当に良い拾い物であった。メテオラの開発やレッドワンドへの支援活動でも雑事を手伝ってもらったし、こうしてジャルガさんという美人さんとの縁までつないでくれた。ありがたやありがたや。
猫は内心で南無南無と拝みつつ、リルフィ様のお膝へ移動。猫があまり食卓の上をうろちょろしていると、抜け毛がね……給仕とかしたいのは山々だが、これもケーナインズにお任せする。特に料理上手なハズキさんと、酒場で給仕のバイトをしたこともあるシィズさんはめちゃくちゃ手際が良い。
取り皿の上に、各料理を一口~二口サイズ程度に取り分けて、そのまま人数分、まわしていく。さすがに人数が多いので、あっという間に大皿は空になった。コピーキャットでの追加は後回しにして、俺は説明役を遂行する。
「さて皆様。お好きに食べていただきたいのは山々なのですが、今回は商材の試食でもありますので、こちらの指定する順番で召し上がっていただきつつ、その都度、軽く説明を加えたいと思います。まずは前菜、トマト様とチーズのカプレーゼを御覧ください」
「かぷれーぜ」
ナナセさんが首を傾げた。これは翻訳でも通じない単語である。
「以前に私がいた世界には、『カプリ島』という島がありまして……この品は、その島の名物料理だったのです。生のトマト様とチーズを並べ、調味料で味を整えたサラダになります」
といっても、コレはこちらの世界の食材で再現したもの。チーズと塩とオリーブオイルは問題なかったが、バジルソースは近縁のよく似た植物で代用し、胡椒もないので、こちらにある別の香辛料を使った。風味は少し違うが、コレはコレで美味しいはずである。
「まずは生のトマト様がどういったお野菜なのか、それを味わっていただきます。あくまでトマト様の風味と香りが引き立つように、味付けは薄めです」
俺的には、トマト様は完熟丸かじりが一番おいしいと思う。しかしその場合、トマト様の青臭さや植物感も強めに感じられてしまうので、やはり好き嫌いがわかれやすい。「自分の喉が渇いているかどうか」など、本人の体調にも左右される。
またトマト様の旨味は熱して煮込んでこそ凝縮される側面もあるのだが、この場合は清々しい生の果実感が失われてしまうので……痛し痒し。
その点、トマト様のカプレーゼは「生のトマト様」の旨味と風味をより際立たせつつ、チーズやオイル、香辛料によって青臭さや酸味を軽減し、さらに旨味を足すという勝利の方程式を実践した――いわば「長所をさらに際立たせ、短所を潰す」方向性の素晴らしいお料理なのだ。
あと調理が難しくないのもステキ。火加減とか見なくていいし!
この前菜を食して、新入社員の皆様の反応は――
「いかがですか?」
「……おいしい。おいしいです……これが、生のトマト様……なるほど……」
ナナセさんは目を見開き、感動に打ち震えていた。ルークさんにはわかる。彼女の脳内では今、トマト様が持つ数多の可能性がスパークしているはずである。
続いてアンナさんとカイロウ君。
「なんて上品な味――こんなにみずみずしいのに、味は水っぽくないのですね? それにオイルやチーズとあわせてもなお、こんなにすっきりと爽やかに食べられるなんて――」
「こ、これ……すごい、高級品なんじゃないですか……?」
奥さんは貴族らしい食レポぶりであったが、旦那のカイロウ君はちょっとビビり気味。
「売り値はまだ決めてないですが、普通に庶民でも手に入る価格帯になる予定です。あと、割と栽培も簡単なので、すぐに世間へ普及すると思います」
ジャルガさんが驚いた顔で俺を見た。
「えっ!? あ、あの、ルーク様は、この実を独占するわけでは……?」
猫は「いやいや」と肉球を左右に振る。こちとら下僕の身であり、そんな恐れ多いことをするわけがない。
「しないです。商売として考えると独占して利益を最大化したくなるのもわかりますが、そもそも目的が逆なのです。私の目的は、トマト様による耕地侵略……もとい、『トマト様を全世界へ広げる』ことでして。そのために、美味しい調理法やその有用性を自ら示し、経済作物として世間へ定着させるために、その嚆矢とするべくこの商会を立ち上げました。またその過程で、いと尊きトマト様に悪いイメージをつけないよう、悪どい商売は決してしないと心に決めております。利益のほうは、このトマト様の加工品である『バロメソース』や、その他の農作物で確保できますので、生のトマト様についてはどんどん世間に広めていく方針です」
……ただし、「今すぐに」という話ではない。まずはトマト様の有用性を示し、「この素晴らしいお野菜を、我々も栽培させていただく」という、奉仕の姿勢で世間に受け入れて欲しいのだ。
トマト様が「よくわかんないけどなんか赤い実ができる植物」みたいな感じで粗雑に扱われる未来など、下僕としては断固として受け入れ難い。そのためには、実際に我々が大儲けをしてみせて、「トマト様ってすごい!」と万民に思い知らせる必要がある。
ゆくゆくは音楽の教科書に「トマト様を讃える歌」とか載せたいですね……などと猫は夢想している。
グレゴールさんも、トマト様の美味しさに呆然としながら呟いた。
「このトマト様……と、とても素晴らしい作物だと思いますが……これ以外にも、まだ有望な作物があるんですか……?」
「はい! リーデルハイン領では現在、いろいろと試験栽培中です。トマト様関連の事業が最優先ではありますが、割と高値で売れそうな加工品もありますので……ま、そのあたりはおいおい」
ナナセさんが「マジですか」とでも言いたげに震えていた。ええ、いっぱいあるんですよ……しかし商材を増やせばそれだけ人手や手間が必要になるので、まずはトマト様で商会としての足場を固めつつ、ノウハウを蓄積する必要がある。
続くピザ、スパゲティ、オムライス、ミネストローネ、ラザニア、サンドイッチも大好評であった。
紙幅の都合でそれぞれの反応は省くが、バロメソースのスパゲティは鉄板として、アンナさんとカイロウ君はピザが、グレゴールさんはラザニアが、ジャルガさんはミネストローネが特に気に入った様子。そしてナナセさんはオムライスである。
「お米って、初めて食べました……麦粥と全然違う……おいしい……こんなの……こんなの、絶対、売れるに決まって……」
SAN値が枯渇してしまい、ややハイライト消え気味の引きつり笑いと共に、ナナセさんが呟いた。俺はその手元をてしてしする。
「……あ、すみません。そのお米はこの世界のものではなく、私がいた世界のものでして……あとトマト様ケチャップとか調味料もですね。他のメニューについては、ほぼこの世界の食材で再現したものなのですが、こちらのオムライスだけはまだこちらで再現できていません」
これは主に米の都合である。
ネルク王国ではお米がほとんど普及していない。国境を越えて南のほうに行けばあるらしいのだが、そちらもおそらくはインディカ米に近い品種なのではないかと推測している。なので、コピーキャットで出しているこのオムライスも、俺が前世で常連と化していた町の洋食屋さんの品なのだ。
ナナセさんがかっくんと首を傾げた。まばたきぐらいしよ? ちょっとこわいかんじになってるよ?
「……えっと……つまり……神様の食べ物……?」
「………………まぁ、そんな感じですねぇ」
いろいろ誤解を招く解答であるのは百も承知だが、このあたりの仔細な説明はちょっと厄介なので……当座はそういうことにしておく。
ナナセさんがまたもカタカタ震えだした。
「えっ……あの……そ、それって、私みたいなただの人間が食べてもいいものなんですか!? 許されるんですか!? 不敬なのでは……!」
……いちばん不敬なのは、嘘つきのルークさんなので……(汗)
「いえ、そういう心配は要らないので安心してください。私の周囲の方々も、みんな普通に美味しく食べてます!」
オムライスを「おかわり!」して元気に食べ続けているアーデリア様を横目に、俺はナナセさんをなだめた。
新入社員の中では一番のしっかり者であるが、同時に一番の常識人であり、なおかつ一番若いのが彼女である。ちょっと本日の精神的負荷はシャレにならなかったようで、この先は社長としての気遣いが必要であろう……すなわち猫の可愛さで誤魔化し続けるのみである。にゃーん。
……それはそれとして、リスターナ子爵がナナセさんにすごく同情するような視線を向けておられる……
「あの、ナナセさん……こんな時に申し上げることでもないのですが、貴方のお父上には、いつも取引や情報交換でお世話になっておりまして――娘さんの貴方がトマティ商会へご就職なさったと知り、とても驚きました」
「えっ……父のお客様だったんですか!? 存じ上げずにたいへん失礼を……」
ナナセさんがハイライトさんを呼び戻し、慌てて一礼した。
そうか……顧客に接すると即座に戻せるのか……さすが商家の娘……べんり……?
「いえいえ、私は他国の外交官という立場ですので、政治的な都合もありまして……あまり取引や交流を大っぴらにはしていないのです。父君も、いろいろと配慮した上で、ご家族にも伏せているのでしょう」
ちなみに、スパイ行為を隠しているとかではない。いや、外交官の職務そのものにスパイ的な要素があることは否定できぬが、今回のように一部の商家との交流を伏せるのは、商会の運営や外交官の評判に、余計な影響を出さぬための気遣いだそうで……
たとえば、「ホルト皇国と交易したいな!」「外交官と接触したいな!」と思ったお貴族様などが、そのために「シンザキ商会へ圧力をかける」みたいなことをしないように……という意味である。
また商会が交易関係で不祥事を起こした時、他国の外交官がそこと懇意にしていると、「なんらかの関与があったのではないか」みたいに、痛くもない肚を探られるケースもあるそうで……ここらへんにデマや捏造系の陰謀が重なると非常にめんどくさいため、「表向きは伏せる」というのが暗黙の了解となっているらしい。
リスターナ子爵が、ナナセさんとの会話を続ける。
「それにしても、その若さで遠方への移住までご決断なさるとは、正直に申し上げて驚きました。父君に反対はされなかったのですか?」
ナナセさんは力なく笑った。
「反対はされました。海のものとも山のものともつかない新規の商会からの求人でしたし……試供品のバロメソースは驚くほど美味だったので、父もその商品価値は認めたのですが、価格や生産性の確認もせずに、就職まで決めてしまうのはどうかと――」
それが真っ当な感覚であろう。だから有為の人材がこれだけ集まってくれたことにルークさんも驚いた。
「ただ、そういうのは表向きの理由で……実際には、私が王都を離れることを心配してくれたんだろうともわかっています。これまでの父自身の言動からして、新しい分野へ挑戦する気概を否定するわけにはいかないので、価格や生産性が未知数なんて、もっともらしいことを言い出したんでしょうね」
レモン水で喉を潤し、ナナセさんが俯く。しかしその目には強めの光が宿っており、いまさらの後悔や迷いは感じられない。
「父にも言いました。当分は……もしかしたらずっと、王都には帰れないかもしれないって。片道一週間、往復するだけでも半月です。それだけの休暇なんてそうそう取れないでしょうし、出張が許されるような役職になるかどうかもわからなかったので……それでも私は、このチャンスに賭けてみたいと思ったんです」
ナナセさん、社長(猫)の前なので口にはしなかったが、「いざとなれば辞めればいいし」とも考えていたはずである。職場に不満があったら転職するのは当たり前。そしてそうならないように給与・福利厚生・待遇を整えるのが社長の役目!
「あ。そのあたりのご説明はまだでした。うちは有給休暇も用意する予定ですし、帰ろうと思えば王都にはちょくちょく帰れますよ。まぁ、年に一回くらいのペースじゃないと不審がられるとは思いますが」
ナナセさんのお膝に乗っかりながら俺が告げると、不思議そうな眼差しが返ってきた。
「……ゆうきゅうきゅうか?」
「お給料が発生する休日、もしくは報酬が減らない休日です。通常の定期的な休日とはまた別に、年間で十日から二十日ぐらいは自分の好きな時にとれるお休みを用意する予定です。繁忙期だとちょっと困りますが、たまに王都で遊びたくなった時とかは、私が社内にいるタイミングであれば、片道ほんの数秒でお送りできますので――」
ネルク王国に有給休暇の概念はない。休めばその分、報酬が減るのが当たり前である。商会によっては「たまに休んでも報酬は減らさないよー」ぐらいの運用をしているところもあるようだが、これは制度ではなく義理とか人情とかボーナスの代わりとか何かの埋め合わせとか、要するに「なぁなぁ」の感覚であろう。
うちの場合は社長が常に「にゃーにゃー」であるが、社員間の不公平感を生まないためにも、休日関係はきちんと制度として決めるつもりである。
しかしナナセさんの不思議そうな眼差しは変化せず、むしろ混迷を深めた。
「……片道、ほんの数秒……?」
あ。そっちもか。
「転移魔法みたいなものです! 交易品の輸送にまで使うと不自然すぎて、私の存在がバレそうなので自粛するつもりですが……社員数人の移動くらいなら、旅をしてきたふりをするだけでごまかせますので、ちょっとした里帰りの際にはぜひご利用ください。今回の皆様の移住に関しても、引っ越しの荷造りまで含めてぜんぶ、こちらで対応できますので――持っていきにくい大型の家具とかがあっても、諦めなくていいです。ぶっちゃけ、周囲の目を無視していいなら家ごとでも運べます」
お膝の上から猫が肉球を掲げると、ナナセさんはクロード様やクラリス様達に、助けを求めるよーな視線を向けた。
「……事実です」
「この秋は、私達もその魔法で送ってもらったの。旅費も時間も節約できて楽だった」
強キャラのアイシャさんがけらけらと笑いつつ、ピザを頬張った。食べているのは追加でお出ししたテリヤキチキンである。
「ナナセ、大丈夫だってば。私も夏からこっち、ルーク様の魔法でリーデルハイン領と王都を何回も往復したけど、慣れちゃうとほんとに楽だよー? クラリス様なんて、来年になったらリーデルハイン領からホルト皇国へ留学するんだってさ。もちろん往復はルーク様の魔法で、その気になったら毎日、普通に往復できる感じ。一応、関係者以外には秘密だから、ナナセがもしも週一ペースで帰ったら、さすがにご両親から『いつ働いてるんだ』って叱られるだろーけど」
周囲で聞いていたジャルガさん達も、これには反応せざるを得ない。
「あ、あの……私は、自分の馬車で現地まで向かうつもりだったんですが……」
「もちろん大丈夫です、お馬さんと馬車ごと普通に転移できます。宿舎にはちゃんと厩もありますよ!」
グレゴールさんもほっぺにご飯粒をつけたまま問う。
「……あの……自分は体がでかいもので、特注の大きな寝台を使っているんですが……」
「ぜんぜん問題ないです。宿舎のお部屋もそこそこ広めなので、ちゃんと置けると思います!」
次いでアンナさん、カイロウ君のご夫妻も。
「私達は夫婦なので、できれば同室がいいのですが――」
「あー……残念ながら、社員寮は男性用、女性用で建物が分かれていまして……」
「……そう……ですよね」
「でも寮とは別に、家族用の賃貸の一軒家がありますので、そちらでしたら即日、入居可能です」
「よろしくお願いします!」
……リーデルハイン領、十年前の疫病のせいで、領主の管理物件になってる空き家が割とあるんですよね……
流れもちょうどいいので、引っ越し関連の説明をぱぱっと済ませてしまおう。
「引っ越しの準備や周囲への挨拶、宿や賃貸物件の解約が終わり次第、すぐにでもリーデルハイン領へお送りできますので……皆様、移動の希望日を後で教えてください! あと、ナナセさんのお引っ越し予定は年明け以降ですが、その前に現地の見学とかしておきますか? なんなら今日、今からでも――あ、その前にデザートをご用意しますね!」
その後、登場したメイプルシロップのワッフルとソフトクリームのコラボレーションに、新入社員の皆様はそのまま、宇宙を見つめる猫さんと化した。
……やっぱ前世スイーツはオーバーキルなんやな、って……(今更)
いたいけな新入社員のSAN値を肉球の連撃で削っていくスタイル……
あ、小説五巻の加筆作業終わりましたひゃっほう。




