181・新入社員歓迎会
正午前、八番通りホテルに集まったナナセ達は、リーデルハイン家の騎士達によって一階の食堂へ通された。
そこは小さく古いが小綺麗な宿で、社交の季節には子爵家の貸切となるらしい。王都育ちのナナセも前を通ったことはあるが、中へ入るのは初めてだった。
面接でも顔をあわせたライゼーとウェルテルが、わざわざ出迎えてくれる。
「やぁ、よく来てくれた。皆で待ち合わせてきたのか?」
「いえ、道中で偶然、行き合いました。昨日、商人ギルドの掲示板の前で、顔をあわせていたもので……それぞれの自己紹介は済んでいます」
「ほう、それは良かった。では、こちらの紹介をするとしよう」
眼の前には、ライゼーとその家族と思しき人々――あるいはこの中に『本物の商会主』が混ざっている可能性もある。
ライゼーの妻、ウェルテル、娘のクラリス、魔導師のリルフィなどは、学祭にも来ていたためにナナセも知っている。嫡子のクロードにいたっては後輩であり、弓術試技の練習を通じて、夏の間は毎日のように顔をあわせてきた。
知らない顔の中で特に気になるのは、軍服姿で金髪の美青年……少々、人を見下したような不遜な目つきが気になるが、自らの才への自信が顔にあらわれている。
ライゼーが、ずらりと並んだ家族へ視線を向ける。
「えー……まず先に、一つ謝らせて欲しい。先日の面接では『商会主は王都に来ていない』と言ったんだが……すまない。あれは嘘だ。実は今、トマティ商会の長が、君達の前にいる」
やっぱりか、と、ナナセはむしろ納得した。
「もちろん私ではない。まずは順番に紹介していこうか。私とウェルテルは、先日の面接で皆と会ったから……まず、こちらが嫡子のクロード・リーデルハイン。今は士官学校に通っている学生だ。それから、うちの騎士団長、ヨルダリウス・グラントリム。隣のメイドが彼の娘で、クロードの婚約者のサーシャ――」
クロードと噂の幼馴染の婚約が成立した――という噂は、士官学校でも聞いていた。噂の出処はランドール・ラドラで、「春のうちにこっそり婚約を済ませていたらしい」との話だったが……たぶん、ギブルスネーク退治で衆目を集めてしまったために、慌てて「もう婚約していた」ことにしたのだろうと察している。
一礼するサーシャはいかにも凛とした佇まいで、メイドにしては妙な風格があった。将来的には彼女が子爵家夫人になるわけで、軽視していい人材ではない。が、ここまではまず、商会主ではない。
ライゼーの視線が、にこにこと微笑む緑髪の娘へと向く。
「それから、親族のピスタ嬢――彼女については少々複雑な経緯があるので、また後日、詳しい説明をしよう。その隣が、協力者のオズワルド様……商会主の友人だ」
(……あれ? この人じゃないの?)
ナナセは内心で、自身の勘違いを恥じた。この中に商会主がいるとしたら、この青年だろうと思っていたのだ。明らかに「切れ者」といった雰囲気で、尋常ならざる存在感があった。
そして残るは、学祭でも見かけた年若い魔導師の娘と……幼女である。
「そして、姪のリルフィ・リーデルハイン。彼女は優秀な魔導師だ」
リルフィが楚々と一礼する。
予想は外れたが、ナナセはここで改めて納得した。トマティ商会が宮廷魔導師ルーシャンからの後援を受けているならば、その商会の主が魔導師というのは、いかにもありそうな流れである。
学祭で接したリルフィという娘は、少々人見知りが激しそうで、あまり商売向きの人材には見えなかったが……
なるほど、彼女が商会主だったかと判断した矢先、ライゼーが新入社員達の顔つきを見定め、言いにくそうに声を落とした。
「……あー。すまない。勘違いしていると思うが、トマティ商会の主は、このリルフィでもない。それから……長女のクラリスだ」
両腕で猫を抱えた銀髪の幼女が、利発そうな眼差しでじっと皆を見渡し、優雅に会釈をした。
その落ち着いた物腰を見て――ナナセはようやく、答えに辿り着く。
(この子が……この子が、トマティ商会の長!)
その瞬間、すべてが腑に落ちた。
商会の主を伏せていた理由。それは幼すぎるから。
彼女に商会を設立させた理由。娘にそれだけの才覚があると、親のライゼーが信じており、また自身の手元で、これからその才を育てていくつもりだから。
おそらくは将来に向けた「保険」の意味合いもあるのだろう。子爵家の令嬢であっても、自ら財をなせば望まぬ婚姻も跳ね除けられるし、生きていく上でも多くの問題を解決できる。
クロード本人からも聞いている。妹のクラリスはとにかく利発で、兄である自分でも頭が上がらないほどの逸材だと――
新入社員達の顔ぶれが概ね若いのも、あるいは彼女が指示をしやすいように……そしてグレゴールは警護役、あるいは周囲への威圧役として……
そうした様々な思考がナナセの脳裏で一瞬のうちに弾ける中、ライゼーが苦笑とともに「最後の一人」――否、「一匹」の紹介を始めた。
「……そして最後に、我が家のペット、飼い猫のルーク……ルーク・トマティ氏だ。彼がトマティ商会のトップであり、君達の……その、直接の雇用主になる」
…………ん?
せっかく得たと思った解答を直後にひっくり返され、ナナセは思わず、素になって首を傾げた。
他の面々も動揺を隠せないが、ジャルガだけは心なしか、何故か青ざめているようにも見える。
クラリスの腕から悠々と降りたキジトラ柄の猫が、テーブルの上に立つ。
そして片方の前足を胸に添え、もう片方を自身の背中に添え、キメキメのポーズで大きめの頭をちょこんと下げた。かわいい。
「先日の面接の折には、ご挨拶できずたいへん失礼をいたしました! 私、リーデルハイン子爵家のペットにして、僭越ながらトマティ商会の社長を務めております、ルークと申します! 新入社員の皆様におかれましては、就職先に当社を選んでいただき、感謝の念にたえません。不肖ルーク、この肉球にかけて誠心誠意、皆様の職場環境を整えてまいりますので、これからぜひよろしくお願いいたします!」
元気で明るく丁寧なそのご挨拶は、残念ながらナナセの頭にあんまり入ってこなかった。
とりあえず新入社員一同、あっけにとられて言葉もない。
――こういう時は得てして、世間をあまり知らぬ者のほうが「世の中にはこういうこともあるのか」と納得しやすいため、立ち直りがはやい。
まず最初に反応できたのは、アンナ・イルヤークだった。
「まぁ……ネルク王国には喋る猫さんがいらっしゃるのですね。驚きました……はじめまして、ルーク様。あの、商会長とお呼びすればいいのですか?」
なんで平然と挨拶できるの? メンタル強すぎるでしょこの駆け落ち令嬢――そんなナナセの内心の声は、もちろん外部に漏れない。
「登記上の役職は『社長』です! 呼び方はおまかせします!」
ルークが前足を掲げ、嬉しそうに微笑む。フレンドリーな上司である。
見方によっては微笑ましいかもしれないその光景に、今までの人生で培ってきた「常識」と「平常心」をこんがり焼かれながら、ナナセは内心で膝をつき項垂れた。
……分析力と予測力には、商人として少しだけ……ほんの少しだけ、実は自信があったのだ。それは今、完全に想定外の流れによって、砂粒レベルにまで打ち砕かれた。粉微塵といっていい。
しかし、いつまでもほうけていてはシンザキ商会の名折れ――内心を押し隠して外面を取り繕うのは、商人にとって重要な技能の一つだった。
目立たぬように深呼吸をして、ナナセはテーブルの上の猫に折り目正しく一礼する。
「……ご挨拶が遅れました。学祭や面接でお姿は拝見していましたが、まさか神獣様とは思いもよらず……改めまして、ナナセ・シンザキです。精一杯、働かせていただきますので、これからどうぞよろしくお願いいたします」
不遜にならぬよう、固くなりすぎぬよう、それでいて礼節をきちんと守れるよう――細心の気遣いとともにこなした一礼は、彼女の動揺を見事に覆い隠していた。少なくとも、ナナセ自身にとっては会心の演技だった。
猫のルークがにこにことまた嬉しそうに笑い……テーブルの上を、てちてちと歩み寄ってきた。すっごいかわいい――だがしかし、同時にめちゃくちゃ怪しい。なんだこの猫。
いわゆる『神獣』だとは思うが、そもそもそんな存在がどうしてこの国で商会を立ち上げているのか、理解に苦しむ。
「こちらこそ、ナナセさんにはたいへん期待しております! 老舗のシンザキ商会と違って、当方は完全に新規の商会です。商売の知識をお持ちなのはライゼー様とウェルテル様くらいでして、私自身は商習慣にさえ疎く……ぜひトマト様の覇道のため、その知識と力を貸してください!」
猫から前足を差し出され、ナナセは握手に応じる。
肉球は、ぷにぷにだった。
§
食事会に招いた新入社員の皆様を、満面の愛想笑いでお出迎えし……俺は内心で、悪辣な含み笑いを漏らした。
ククク……ククククク……
遂に念願の「社畜仲間」を手に入れた! これで事務作業が軽減される!(割と切実)
完全に猫をかぶったルークさんを前に、新入りどもは戸惑いつつも興味を隠せていない。
この流れはすべて計算ずくである。
先日、外交官のリスターナ子爵へ自己紹介をした時には、ちょっともったいぶりすぎてウィル君の脅迫が想定外の効果を生んでしまった。あそこで失神されてしまったのは猫の不徳のいたすところである。
続いてロレンス様の家庭教師、ペズン伯爵への自己紹介では、逆にいきなりすぎて先方に多少の混乱を与えてしまった。
アレはまぁ想定内ではあったが、今回はこれから一緒に働く『新入社員』が相手であり、第一印象をなるべく良いものにしておきたい。猫の浅知恵である。
そして考えた結果――ライゼー様にまずご家族の方々を紹介してもらい、最後に俺がご挨拶をするという、「自己紹介の自然な流れ」を作ってもらったのだ。
クラリス様に続いて、流れるように猫が「どうも!」とやることで、「へー、リーデルハイン家のペットって喋るんだ」と、勢いで納得していただこうとゆー……
……うん。無理があったな?
しかしながら多少の努力の甲斐あって、アンナさんには割とすぐ受け入れてもらえたし、ナナセさんも取り乱すことなく実に理性的な対応をしてくれた。やはりこの子はずば抜けて優秀……! これからの勤務にも期待ができる。
メイドのサーシャさんのような愛想があんまりないクール系ではなく、愛想も表情もあるのになおかつクール系という、接客、交渉面でも頼れそうな人材だ。
そしてこのお二人が平然と対応してくれたため、戸惑っていた他の三人も「あ、そういう感じでいいんだ?」と、なかば流される形で順次適応してくださった。こういうのは、最初の一人~二人がお手本になってくれるものなのである。
「それでは、隣の部屋に席をご用意しておりますので、ちょっと移動を――あ、履物はそちらで脱いでいただきます」
俺はテーブルから飛び降り、壁際に設置したキャットシェルターへの扉を前足で示した。空間に扉を出すとびっくりされてしまうが、これなら元からあったもののように見えるはずである。
しかし、ナナセさんが「え?」と不思議そうな顔に転じた。
「……隣の部屋……? あの、その壁の向こう側って、路地裏では……」
……やはり優秀である。初見の建物の広さ、構造を、一目見ただけでもう把握しているとは!
「まぁまぁ、そこは気にせず。ささ、どうぞどうぞ。宴席も整っております」
するりと流して、猫さんは皆様を先導!
クラリス様とリルフィ様がまず続き、新入社員を挟んで、ライゼー様達が最後尾である。挟み撃ちにして逃がさぬための布陣である。ぜったいにがさないよ(ハイライトオフ)
今回、大人数になってしまうので、キャットシェルターを一時的に改装した。大皿料理+バイキング形式に対応するため、テーブルと椅子を設置し、動線も広めにとった。
「おお、ルーク様。そちらが新入社員の方々ですな?」
満面の笑みで出迎えてくれたのは、威厳のある長衣を着たにこにこ顔のおじーちゃん。
その後ろにも、ずらずらといつもの顔ぶれが並んでいる。
新入社員さん達は「え? まだいるの?」とびっくりした様子だが――ごめん、ここから先は、ちょっと王都の八番通りホテルにいちゃマズい人達が結構な割合で混ざっているので……
ナナセさんが目を丸くした。
「えっ。アイシャ様と、ルーシャン様まで……!? あ、あの、先日は、試供品のバロメソースをありがとうございました!」
アイシャさんがナナセさんの頭を撫でて笑う。
「あはは! 普通に宣伝のつもりだったんだけど、まさか求人にまで応募してくるなんて……やっぱり鼻が利くねぇ、ナナセは。この商会はきっと大儲けできるよ?」
ナナセさんとアイシャさんは顔見知りである。シンザキ商会と魔導研究所の間には、実験器具や工具や資材を中心とした商取引があり、年が近いお二人は以前からつながりを持っていた。
春頃、アイシャさんにリーデルハイン家やクロード様に関する噂を提供した「士官学校にいる知り合い」というのが、まさにこのナナセさんである。
ルーシャン様も、ナナセさんの肩をそっと優しく叩いた。
「ルーク様のお傍でお仕えできるとは、なんとも羨ましい。かなうことなら私も、宮廷魔導師など辞してそちらに合流したいところなのですが……」
「いえ、ルーシャン様には権力側にいていただかないと困りますけど……」
猫が横から突っ込むと、ルーシャン様は残念そうにうなだれた。い、隠居した後ならなんとかしますから、あと数年はがんばってください……
さて、みんなが無事に入室したタイミングで、人材紹介の第二弾。今度は俺が担当である。
「えー。それではこちらの皆様のご紹介を。ジャルガさんはもうご存知かと思いますが、こちらはトマティ商会専属冒険者として採用予定のケーナインズ! リーダーのブルトさん、魔導師のシィズさん、狩人のウェスティさんに、戦士のバーニィ君、それから普段はオルケストで演奏家をやっている神官のハズキさんです。ハズキさんは料理がお得意でして、バロメソースの開発も手伝っていただきました!」
それぞれが会釈していく中、顔見知りがいたことに、ジャルガさんがちょっとだけ安堵していらした。
「それからこちらが、先程、ナナセさんもご挨拶をされていましたが……宮廷魔導師のルーシャン・ワーズワース様と、そのお弟子のアイシャさんです! トマティ商会の後援者でして、アイシャさんには社外取締役もお願いしております」
ひゅっ……とナナセさん以外の新入社員さん達の呼気が詰まった気がしたが、それはそれとして続き。
「そしてこちらが王弟のロレンス殿下と、その護衛のマリーシアさん、家庭教師のペズン伯爵です! ロレンス様も我々の後援者でして、いろいろお世話になってます!」
今度はナナセさんもよろけた。ジャルガさんが支えてくれた。
イルヤーク夫妻は目を白黒させており、グレゴールさんは震えている。ヨシ! 誰も気絶してないな!
「そしてネルク王国の国王、リオレット陛下と、その婚約者のアーデリア様、弟君のウィルヘルム様です! 登記上の記載こそありませんが、うちの商会は陛下にもご厚意からいろいろとお手伝いいただいております! はい拍手ー」
苦笑い気味の国王陛下の会釈にあわせて、リーデルハイン家の皆様がぱちぱちと手を叩く。新入社員の皆様は残念ながら茫然自失で対応できていない。ごめん。
……勢いで流したが、新入社員歓迎の食事会に、国王陛下のご登場はやっぱりちょっとアレだっただろうか……?
いや、たまたま陛下の予定が空いていたのと、「久々にコピーキャットごはんを!」とご提案したら(アーデリア様が)すっごい乗り気だったので……なんかそんな流れになってしまった。
「また特別ゲストとして、本日はホルト皇国の外交官、リスターナ子爵にもおいでいただいております! 商会のメンバーではありませんが、ゆくゆくはホルト皇国にもトマト様関連商品を輸出したいので、今後ともお世話になる機会が多いかと!」
今日の食事会はトマト様の有用性を示すメニューを揃えたので、リスターナ子爵にもついでに参加していただいた。先日いろいろご負担をおかけしてしまったので、お詫びも兼ねている……
……ちょっと王侯貴族官僚率が高くなりすぎて、新入社員の皆様から「やべぇとこに来た」感が漏れてしまっているが、こーゆーのも慣れである。別に(猫とウサギ以外は)種族が違うわけでもなし、慣れてしまえば問題あるまい。
……魔族と人は違う? 交配可能なら同じ種族では?(暴論)
追加でトゥリーダ様やシャムラーグさんも呼んでこれなかったのはちょっと残念だが、他国の元首まで来ると「これ何の集まり?」になってしまうし……まぁしゃーない。
「……こ、国王陛下と、王弟殿下と、ホルト皇国の外交官の方……?」
「あの……こちらの商会、国営というわけではないんですよね……?」
ナナセさんの唖然とした呟きの後に、カイロウ君が問いを重ねる。
子猫のよーに震える新入社員さん達に、我が飼い主、クラリス様が微笑みかけた。
「国営じゃないし、さすがに国王陛下と頻繁に会うのはルークだけだから大丈夫。今日はたまたまタイミングが合ったから、陛下もトマト様の試食会にお招きできたの」
リオレット陛下も心得たもので、そのへんの兄ちゃんみたいな気安い笑顔を見せた。
「私もルーシャン先生の弟子として、少し前までは職人街の露店などにも立ち寄っていた身だ。亜神たるルーク様の前では王族の権威などささやかなものだし、そんなに緊張しなくていいよ。王宮でもないんだし、ここでは自然体で構わない」
へいか、おやさしい……アーデリア様を籠絡した実績は伊達ではない。
しかしながら、ナナセさん達は青ざめたまま。
「……あじん……亜神……?」とナナセさん。
「あの……? 社長……?」とアンナさん。
カイロウ君は引きつり笑いで震え、グレゴールさんは片手で顔を覆ってしまった。
ジャルガさんは両手を組み合わせ、なんか祈ってる。美人さんなので絵になる。「かみさま……かみさま……」とか小声で呟いておられるが、呼んだ?(※亜神)
……そういやさっきの自己紹介でも、「ペット」とは言ったが「亜神」とは言わなかったな……
ホルト皇国出身のリスターナ子爵と違って、こっちの人達は亜神への信仰心とか恐怖心とかはそんなに大きくなかろうと思うのだが――商会主の副業が「亜神」というのは、やはりほんのちょっぴり珍しいかもしれない。ちょっぴりである。前例はたぶん探せばどっかにあると思う。あったらいいな(願望)
あとナナセさんのご先祖も、亜神ではないにせよ俺と同郷の転生、もしくは転移者だろうし、前世知識を商機につなげるのはお約束であろう。たぶんかつてのシンザキさんは大工とか建築関係の人だったと思われる。
ともあれ、猫は前足を掲げて安全性をアピール。爪はもちろんしまっておく。
「亜神とはいえ猫が社長では、皆様、いろいろご不安もあるかと思いますが――トマティ商会に入社していただいた以上は、我が群れの仲間です! 何かあったら全力で私が守りますので、どうか気兼ねなく働いてください!」
新入社員の皆様は「え。あ。はぁ……」みたいな空気感であるが、陛下はやや身震いし、ルーシャン様もにこやかながら目を底光りさせた。
亜神からの「守護するよ!」という確約の重さを、彼らはもう知っている――それは狂乱した魔族を撃退し、一国の軍勢をあっさりと蹴散らす過剰戦力である。
そして逆にいうと、「この商会の人員に他の権力者が手出しをした場合、猫が『フシャー!』と荒ぶる」ことになるので……事情を知らぬ諸侯からの圧力をどうかわしたものか、という難題も生まれる。
陛下とルーシャン様が「ピクッ」と反応したのはそのせいだろうが、ルークさんは畜生ではあっても鬼畜ではないので、こちらのお二人にご迷惑をかける気はない。敵相手には容赦せぬが、周辺には被害を広げぬ所存である。
…………この宣言の直後、新入社員全員に、意図しないまま称号「亜神の加護」がついてしまったという不都合な事実には気づかぬまま――何も知らない哀れな猫さんは、いそいそと昼食の準備を開始したのであった。
新年早々の地震・事故・火事続きで、正月気分もすっかり吹き飛んでしまいまして……こういう雰囲気の年始はちょっと記憶にないのですが、皆様もどうかご安全に!
今年もどうぞ、よろしくお願いいたしますm(_ _)m




