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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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172・ハニトラとキジトラも似てるようでだいぶ違う


 リオレット陛下とアーデリア様へ和菓子のご提供をし――

 クラリス様の留学案件については、陛下から「実現できたら、こちらとしてもたいへん心強いです」と前向きなお言葉をいただけた。

 ついでにウェルテル様も、「私からもライゼーに相談してみるわね」と請け合ってくださったので、我々はいよいよリスターナ外交官への対応に集中する運びとなった。


 目的は、

「ネルク王国とレッドトマト商国は、別に魔族の属国になるわけじゃないよ!」

「コルトーナ家やバルジオ家が東方に進出するとか、そういう裏もないよ!」

「ぶっちゃけアーデリア様とリオレット陛下が恋仲になっちゃっただけなので、いずれ王位を弟のロレンス様に譲って魔族の領地へ移住するかも!」

 ……という、この三点の情報を提供して納得していただき、ホルト皇国上層部に対しては「(ほぼ)異常ナシ!」と虚偽の報告をしてもらう――という……


 あれ? 割と難度高いな?

 特に虚偽報告のあたりは本人の意思に委ねる形になるため、よほどうまく話を進めないとご納得いただけぬであろう。

 幸い、リスターナ子爵は『さわらぬ魔族に祟りなし』という方針なので、魔族のウィル君が「我々を怒らせないでね?」的な威圧をかますという最終手段もあるのだが、これはこれで逆に警戒心を煽りかねない諸刃の剣……

 おそらくハニトラとかには引っかからないタイプの有能外交官なのだが、キジトラならばつけいる隙があると思いたい。


 状況次第では、猫が「どうも! 猫です!」とやって場を和ませるべきかもしれぬ。念のため、一発芸となる腹踊りの仕込みもやっておくか……?


 ……腹毛に毛筆で猫の顔を描こうとしたら、クラリス様に「それはやらなくていいから」と止められてしまった。ルークさんは賢い猫さんなので主のご意向に従う。


 今回の面会場所はお城のカフェ。

 俺が王都へ初めて来た時、アイシャさんに案内されて、ルーシャン様と初めてお会いしたあの石造りのカフェである。


 変な警戒を招かないように、呼び出しの用件についても「リオレット陛下の知人が、ホルト皇国への留学を希望しているため、リスターナ子爵からぜひ、現地の詳しいお話や留意事項をうかがいたい」と、はっきり書状にしたためた。

 差出人はウィルヘルム・トラッド……ウィル君のこの国での偽名である。


「トラッド」とは、リオレット陛下の母君、今は亡き第二妃の姓だ。陛下もこの姓を受け継いでいるので、義弟たるウィル君がこれを名乗るのは自然……ではないのだが、この第二妃はそもそも貴族の出自ではなかったので、名乗るのに手頃な名前ではある。

 アーデリア様とウィル君は現在、本来の家名を隠したままで、陛下の客分として滞在しているお立場なので、あくまで「滞在期間中の特例」という扱いだ。


 ……が、他国の外交官であるリスターナ氏はそんな裏事情までは知らないわけで、「リオレット陛下の代理の官僚――秘書あたりからの呼び出しかな?」と思ってお城に来てみれば、そこにいたのは十代なかばの麗しき美少年……


 まあ、びっくりはする。


 人払いをした、石造りのカフェの奥まった個室――

 盗聴の心配はほぼないが、今回は猫魔法の猫さん達にもこっそり警備をしてもらう。

 その部屋で顔をあわせたウィル君とリスターナ氏は、まずは互いに挨拶の口上を述べた。


「はじめまして、リスターナ子爵。お忙しい中、急にお呼び立てをしてしまい、申し訳ありません。私はウィルヘルムと申しまして、官僚ではないのですが、陛下の身辺の雑事をお手伝いしている者です」

「はじめまして、ウィルヘルム様。ホルト皇国の外交官、リスターナ・フィオットでございます。手紙の差出人に記されていたウィルヘルム様の家名は、『トラッド』とのことでしたが……もしや陛下の、母方のご親族で?」

「ああ、いえ、そうではないのです。ゆえあって家名を伏せているもので、今は陛下から仮の家名をお借りしています。私は、その……今、陛下とお付き合いをしているアーデリアの弟でして、姉の世話係も兼ねております」

「なんと」


 リスターナ子爵、そつのない笑顔のままで蒼白に転じた。わぁ、器用……


 彼はアーデリア様が「純血の魔族」だと気づいている。その「弟」もまた、必然的に魔族の一員となるため……今、ウィル君は自然な流れで「どうも、魔族です!」と自己紹介したに等しい。


 そしてウィル君は愛想よく話題をつなぐ。


「姉のことはご存知ですか? 社交の席などには、陛下と一緒でなければ出席していないもので……」

「……遠目に、ご尊顔は拝見したことがあります。ご挨拶の機会はまだなのですが……」


 ……笑顔なのだが、声がわずかに震えていらっしゃる……見るに堪えない。

 猫は肉球で目元を覆い、リスターナ子爵の内心をおもんぱかる。このひとも、国と魔族と自身の職責との狭間で揺られ、なかなか難しいお立場である。


「そうでしたか。姉と陛下は、春先に拳闘の試合を観戦していて、互いの素性を知らぬままその場で意気投合したようなのですが……その縁で陛下に客分として招かれ、一緒に住み暮らすうちに夫婦めおと同然の距離感になってしまいました。一国の王がお相手ということで、私も当初は恐縮に思っていたのですが、陛下からの熱烈な求婚に姉も押し負けまして……リオレット陛下は見た目通りに温厚な方ですが、意外に情熱的なところもあるようですね」


 ウィル君の説明を受けて、リスターナ子爵がおめめをぐるぐるさせながら、かろうじて問いを発する。


「拳闘の試合……? あ、あの……アーデリア様とウィルヘルム様は、そもそもどういったご用件で、ネルク王国に……?」


「姉は当初、祭りの見物をしたかっただけのようですね。私は姉を連れ戻しに来たつもりだったのですが……姉がすっかり恋する乙女になってしまったので、仕方なく、好きにさせているところです。ついでに、即位したばかりの陛下があまりにご多忙なので……見るに見かねて、書類仕事の手伝いもさせていただいています。いやはや――あの傍若無人でずぼらだった姉が、ああまで貴婦人のように振る舞えるようになるとは……恋が女性を変えるというのは本当ですね。弟として、リオレット陛下には感謝してもし足りません」


 大きめの豆大福を五個以上、平然と平らげる貴婦人……ルークさん的には割と畏怖の念を抱いているのだが、アレはもしかしたらピタちゃんと同系統の生き物ではなかろうか……?


 さておき、ウィル君が笑いながら気安く話すうちに、リスターナ子爵の動悸も落ち着いてきた。


 今もなお、(……恋? 恋愛? 恋仲? アーデリア様とリオレット陛下が?)と、見るからに戸惑っておられるが、魔族だって恋をする。

 しかしリスターナ子爵は、「魔族」を「人間よりもはるかに格上の存在」と捉えているようで……そんな魔族が「人間ごときに恋をする」という可能性を、すっかり失念していたらしい。


 ……ここを潮目と見る。

 俺はウィル君に、メッセンジャーキャットを飛ばした。


「……リスターナ子爵。ホルト皇国の外交官である貴方は、すでに姉と……それから私の正体にも、感づいているものと思います。しかし、ネルク王国の諸侯に対して、その事実を暴露したりはなさらなかった……そのことに、私も姉も深く感謝しているのです。そして陛下もまた、そんな貴方を信頼に足る人物と判断されています」


 リスターナ子爵が目を見開き――次いで彼は、すぐに椅子から降り、その場に膝をついて深々と頭を垂れた。


「も、もったいないお言葉です……いえ、しかし私は、ウィルヘルム様のことまでは存じ上げず……今、アーデリア様の弟君と聞かされ、初めて気づきました」


「驚かせてしまい、申し訳ありません。あの、どうか椅子へお戻りください。私も魔族の一員ではありますが、姉とは違って、能力的にはただの魔導師とさして変わらない身です。見た目通りの年齢でもありませんが、それでも若輩者には違いないので……」


 ウィル君は謙遜のつもりで言ったのだろうが、「見た目通りの年齢ではない=血統的に純血の魔族とそこそこ近い」という意味でもあるので、むしろやべぇ情報だったりもする。


 ウィル君は自ら歩み寄って、ひざまずいたリスターナ子爵を起こし、ちょっと困ったような顔を作った。かおがいい。


「諸国へ広がる魔族の悪評については理解していますし、実際に危険な存在であることも自覚していますが……魔法の威力と寿命の長さを除けば、精神性の部分は、我々も普通の人間とさほど大きくは変わりません。同じような愚かさも抱えていますし、もちろん親子の情や恋愛感情なども持ち合わせています。そして、魔族にもいろいろな性格の者がいますが……私や姉上に関しては、あえて敵対をしない限りは、普通に接していただいて大丈夫ですよ」


 柔らかく微笑むウィル君……顔の良さがそのまま説得力につながっている……さすがは猫の推しである。


「実はリオレット陛下も、リスターナ子爵のことをたいへん気にされていまして――」

「え……? 陛下が? 私を?」


 改めて椅子へ座り直したリスターナ子爵は、不思議そうなお顔である。心当たりがないのだろう。


「はい。ホルト皇国はおそらく、姉上の正体にいずれ気づくだろうと進言したのです。それから、リスターナ子爵もおそらくすでに気づいている、と――ホルト皇国側から見れば、ネルク王国の王が純血の魔族を王妃にめとるとなれば一大事でしょうし、この件を外交に影響させたくないと、気に病まれておいででした。ちょうど、その……先程までのリスターナ子爵と同じような、対応に困った難しい顔をされていましたね」


 冗談めかして笑うウィル君に、リスターナ子爵が引きつった笑みを返した。


「ご慧眼けいがん、恐れ入ります。私もまさに、この件をどう扱ったものか、思案していた矢先でした。アーデリア様が公言されていない以上、本国にそのまま伝えるのもはばかられ、かといって放置するには重大事でもあり……」


「まず、リスターナ子爵の懸念点を一つ、先に解消しておきましょう。姉上はネルク王家に嫁ぎません。あと何年かすると、陛下は急な病か事故にあう可能性がありまして……そうなれば、姉上と私は西へ戻ります。その時には、名を伏せた、陛下によく似た同行者がいるかもしれません」


 リスターナ子爵が、ぽかんと間の抜けた顔へ転じた。


「……一国の王を……婿養子、に……?」


「未来のことはわかりません。姉上と陛下はより良い形を模索し続けています。ただ、私見を申し上げれば……もしもホルト皇国が、ネルク王国に対して態度を硬化させた場合。政治情勢の悪化によって、陛下が隠居どころでなくなったとしたら、姉上の機嫌も悪化するでしょう。そんな厄介な、馬鹿げた事態にならぬよう……リスターナ子爵にも、ぜひご協力いただきたいのです。具体的には、ネルク王国とホルト皇国の友好関係が今までと変わらず続くように、国元へ伝える報告を調整してください。一時的には嘘をつくことになりますが、これは両国の将来に資する嘘です。我々、コルトーナ家としても、両国に誤解を与えたままで、無責任に領地へ戻るのは避けたいところでして……実は陛下以外にも、この国に大切な友人が複数できました。彼らの平穏な未来を守ることも、私の責務だと考えています」


 リスターナ子爵がごくりと唾を飲み、眼前のウィル君をしばし見つめた。


 ウィルヘルム・ラ・コルトーナ――


 アーデリア様の弟にすぎない彼は、世間にあまり名を知られていない。そもそもまだ二十代半ばというお年なので、武勇伝的なモノもあんまりないと思われる。


 しかしオズワルド氏によれば、「賢樹ダンケルガに弟子入りを許されている時点で、かなりの俊英」とのことで……実際、オズワルド氏がリオレット様を狙撃した時にも、わざわざウィル君が部屋にいないタイミングを狙ったようだったし、実はけっこう気を使っていたっぽい。


 また、俺との縁をつないでくれた『風精霊さん』の祝福を受けた同士でもあり、良い子なのも間違いない。良識のある風精霊さんは、邪悪で悪辣で狡猾な存在などには決して祝福を与えぬ。

 ……ルークさんは、まぁ……ほら……悪辣といっても、その……レベルがせせこましいので……うん……


 ともあれこのウィル君は、決して有名ではないものの、極めて優秀な子である。

 リスターナ子爵のような外交官の眼力をもってすれば、その資質を見誤ることもあるまい。


「……ウィルヘルム様。無礼を承知で、確認させていただきたいことがございます」


「はい。私にわかることでしたら、どうぞご遠慮なく」


「レッドトマト商国とオズワルド様に関してです。私はてっきり、ネルク王国をコルトーナ家が、旧レッドワンド領をバルジオ家がおさえ、魔族の東方侵略の拠点とするのではないかと、疑っておりました。ネルク王国に関しての疑念は、ウィルヘルム様のおかげで晴れましたが……レッドワンドの件、オズワルド様と、何か密約などを結んでおられますか?」


 ……かなり勇気を振り絞った、ふみこんだ問いである。

 こんな疑問をぶつけて、もしも「……こいつ邪魔だな?」とか魔族に思われたら、行方不明扱いで消されかねない。そんな事態をも覚悟した上で発せられた問いだけに、こちらも下手な受け流しはできぬ。

 ついでにこのリスターナ子爵の場合、「もしも自分が生きて戻らなかったら、この手紙を本国に……」みたいな下準備もちゃんとしているようなので……まぁ、ルークさんならばその手紙ごとなんとかできるのだが、わざわざ事を荒立てたいわけでもない。


「特に密約などはありませんが、向こうの事情もある程度、把握しております。はっきり申し上げれば……オズワルド様に領土的な野心はありません。というより、あんな枯れた土地に魔族が興味を持つこと自体が有り得ないので、これまでも放置されてきたわけでして……レッドワンド滅亡のきっかけは、ご本人の発言通り、現地で暮らしていたオズワルド様の友人が貶められたせいですね。その上で、レッドトマト商国の新たな国家元首、トゥリーダ様とも新たに友好を結ばれたので、いろいろと手助けをしているようです。私もトゥリーダ様にはお会いしたことがありますが、良い意味でレッドワンドの貴族らしくない方でした。すなわち権力欲がなく、魔導師としての選民意識もなく、人々の平穏と安寧を心から願う……どちらかといえば、ホルト皇国の価値観と近い意識を持っておられるように思います」


 実際のホルト皇国はもうちょっとアレなのだろうが、外交的な社交辞令も含めて、相手を持ち上げておこうという判断である。強国相手の価値観外交には弊害もあるものの、それ以上に実利が大きい。


 リスターナ子爵が少し思案する。


「トゥリーダ様という方は……女性だそうですね? オズワルド様とは、もしやそういったご関係の……」


 猫が噴いた。


「……今、何やら変な音が……?」

「……失礼、私の咳払いです。ちょっとむせまして……今の問いについて、私から適当なことは言えませんが、おそらく違うでしょう。後輩というか、部下というか……オズワルド様は正弦教団でも構成員の面倒を見ておられますから、それに近い感覚かと思います。傍目には教師と生徒のようでしたし、手のかかる教え子ほどかわいい、ということでしょう」


 ご、ごめん、ウィル君、ナイスフォロー……オズワルド氏とトゥリーダ様を直に知っていれば「色恋沙汰にはなりそうもない」とわかるだろうが、リスターナ子爵はどっちとも会ったことがないわけで、この誤解もまぁしゃーない。


「リスターナ子爵の不安もよくわかります。比較的、穏やかなはずのこの東方で、こんな短期間に、純血の魔族が二人も現れ、少なからず動きを見せたわけですから……ただ、どちらも偶発的なものですし、裏の事情などはありません。姉上はただの色恋沙汰、オズワルド様の介入は、レッドワンドにいた友人の保護と、その人物に対する無礼への仕返しが目的――先日の国境における武力介入は、『ネルク王国とコルトーナ家に恩を売った』という認識でしょう。また、レッドワンドで様子見をしていた諸侯に対する警告の意図もあったはずです。実際、その甲斐あって、トゥリーダ様は早期に国家元首としての地位を確立できたようですから」


 …………よし。これはかなり説得力があるとゆーか、多くの懸念材料を払拭できた説明だったのではなかろうか?

 これにはウィル君の、理路整然とした穏やかな語り口による影響も大きい。キジトラだったらとてもこうはいかぬ。胡散臭さ全開になってしまう。


 ところが、リスターナ子爵にはまだ何か懸念があるようで……やけに難しい顔をしていた。


「……ウィルヘルム様からの事情説明とお心遣い、たいへんありがたく思います。私としても、両国の関係が壊れるような事態は望んでおりませんし、魔族の不興を買うのも避けたいところですので、本国への報告にはウィルヘルム様のご意向を反映させましょう。しかし……しかし、まだ一つ、どうしても気になっていることがあるのです……」


「さて? それはどのような?」


「……今回の事態を引き起こしているのが、『純血の魔族』ならば、まだ良いのです……いえ、良くはありませんが、我々にも想定できる存在ですし、ホルト皇国にとっても多少は縁があります。しかし、しかし……もしも、今、私の知らぬ『もっと大きな存在』が、この地の動向に関わっているとしたら……それこそ、狂乱に陥った『純血の魔族』すら完封し、オズワルド様をも味方に引き入れ、レッドワンドの制圧に陰で関わった『何者か』が、まだいたとしたら――『それを知らぬ私』は、一体、どう対応するべきなのでしょうか……?」


 リスターナ子爵は震えていた。

 ウィル君は困った顔をした。

 猫は毛づくろいをした。


 …………この人はねー……なまじいろんな情報が集まりやすい立場だから、いろいろ余計な邪推をしてしまう癖がついているのだろうが……


「……アーデリア様の狂乱から王都を守ったのは、宮廷魔導師たるルーシャン卿を保護する『猫の精霊』だったとうかがっております。さらに、ホルト皇国の諜報部から届いた報告では、レッドトマト商国の元首トゥリーダ様の元にも、『ラケル』という名の黒猫の精霊がついているとか……野良着姿で畑を耕す猫を見た、などという怪しい噂まで伝わっております。さらにフロウガ将爵がオズワルド様に捕らわれた折にも、不可思議な檻の上に巨大な怪しい猫がいたという目撃情報がありまして……」


 ……情報はやいな!? 陸路でもう伝わってんの!?

 アレは目撃者もそこそこいたから、口止めができておらぬ……あと猫の畑仕事は別に珍しい光景ではない。リーデルハイン領では日常茶飯事である。(開き直り)


「……騒動の前……まだリオレット陛下が即位する前にも、王都では奇妙なことがあったようです。私は目撃しておりませんが、ルーシャン卿の屋敷の前に、夜空を貫くほどの巨大な猫が一瞬だけ出現し、彼方から接近してきた光の弾を弾き返したという噂も……」


 ……オズワルド氏からの狙撃をキャットバリアで弾き返したアレか……アレも一瞬とはいえ、目撃者はいた。酔っ払いの戯言で片付けてほしかったが、もちろん酔ってない人も見ていた。


「オズワルド様の異名は『流星の魔弾』……今にして思えば、あの時にオズワルド様は『猫のような何か』を行使する超常の存在と、接触したのではないでしょうか……? すべては根拠のない憶測にすぎませんが、有り得る可能性としては……正妃閥の誰かが、正弦教団に当時のリオレット殿下の暗殺を依頼。しかしこれが傍にいるアーデリア様によって阻まれたため、オズワルド様が出座したものの、そのオズワルド様も『何者か』に敗北した上で懐柔され……結果として、コルトーナ家との和解にまで至った。こう考えると、個人の妄想ながら辻褄が合うのです……」


 …………やべぇな、この人? 目撃情報と憶測だけで、フツーそこまで辿り着くか……?


 俺は改めて決意した。この人は野放しにしちゃダメな人である。むしろ身内に引き入れて、情報操作を徹底せねばならぬ――

 ウィル君にこっそりメッセージを飛ばす。


(ウィルヘルム様。ここまで気づかれているのなら、予定を変更して、今からご挨拶をします。リスターナ子爵の指摘を否定する必要はないので、私が出てもあまり驚かないような前フリをお願いできればと――)


 ウィル君が無言でうなずいた。この子はアドリブも上手いので信頼できる。


「……リスターナ子爵。貴方の情報収集力と分析力に、まずは敬意を表します。ところで、話は変わるのですが……猫はお好きですか?」


 だいじょうぶ。猫力はまぁまぁある。

 ……が、ウィル君には「猫力」についての説明をしていないので、俺が出る前に念のため、確認しておこうと思ったのだろう。


「猫……ここでも猫ですか。取り立てて猫好きというわけでもありませんが、犬と同程度には好きなつもりです。移動と他国での滞在が多いため、飼ったことはないのですが……」


「いえ、苦手でないのなら大丈夫です。先程までのリスターナ子爵の憶測通り、春先からの一連の事態には、一匹の猫……様が関わっておられます。その猫様の前では、人も魔族も等しく弱き存在であり、その方が本気になれば、一つの国どころかこの世界を滅ぼすことすら容易でしょう――猫の姿でありながら至高の亜神にして、純血の魔族をも軽々と一蹴し、荒れ果てた大地にすら恵みをもたらす農耕神――その御方を、私はよく存じ上げています」


 …………うぃるくん……? ちょっと、うぃるくん……?

 誰がハードルあげろっつった!? え!? この空気の中で「どうも! 猫です!」ってやんの!? 俺そこまでハート強くないよ!? いくら見た目がケダモノでも心臓にまでは毛も生えてないからね!?


「……リスターナ子爵、この事実を知った以上、裏切りは決して許されません――もしもそのお方を裏切るような真似をすれば、それはコルトーナ家とバルジオ家をあわせて敵に回すのと同じ意味であると……」


「ストップ! ウィルヘルム様、ストップ! 初手で脅迫はダメです! まずはご挨拶! 普通にご挨拶をさせてください!」


 ルークさんは姿をあらわし、慌ててテーブルによじ登る。

 ウィル君に気圧されて、青ざめ呆然としていたリスターナ子爵は、俺が登場するなりびくりと体をすくませた。


「ね、ねこっ……!?」

「よっこらせ、っと……ど、どうも、はじめまして、リスターナ子爵! 私、トマト様の栽培技術指導員を務めております、亜神のルークと……」


 ふらっ……

 一礼する俺の前で、その時、リスターナ子爵が卒倒した。


 椅子の背もたれと肘掛けに阻まれ、床まで落ちることはなかったが……過度の緊張のせいか、完全に気を失っておられる。

 ……ええー。えええー……なんだかんだいって、これは初めてのパターン……噂に聞く血管迷走神経性失神というアレ……?


「ウィルヘルムさま……脅かしすぎです……」

「も、申し訳ありません……いえ、そんなつもりはなかったのですが……」


 とりいそぎキャットシェルターに運び入れて、介抱する流れに――


 確かリルフィ様が、ミント系の爽やかな刺激臭がする気つけ薬をお持ちのはずである。本来は馬車に酔った人が、ハンカチなどに染み込ませて使うものなのだが、こういうケースでも使えるはず……たぶん。


 猫カフェに運び込むと、我が飼い主、クラリス様からジト目でお出迎えされてしまった。


「ルーク……慎重さも大事だけど、この人に関してはもう普通に、最初からご挨拶しちゃったほうが良かったんじゃない?」


 ……それは、まぁ、はい……(反省)


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― 新着の感想 ―
さすが飼い主、クラリス様は強い。
飼い主さん、それは結果論というものでは・・・?
[一言] リスターナさん、ノエル先輩のアドバイスどうり情報収集したばっかりに...。 強く生きて( ノω-、)もう胃に穴があいてそうだけど...。
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