169・猫と外交官
王都の郊外に建つ老舗、『クランプホテル』は、昔の砦をホテルに改装したという、なかなか風情のある建築物である。
王都にはこういう古い建物がそこそこあるのだが、「そんなに砦ばっかりあったのか?」というとまさにその通りで……ネルク王国が成立する前、かつてこの地域では「貴族の屋敷=砦」という時代があったのだ。
これは実戦を想定した武家屋敷みたいなもので、想定する敵も他国ではなく、他の貴族とか、徒党を組んだ盗賊とか、あるいは人外の魔物とか……要するに、治安が悪かった時代の名残である。それこそ亜神ビーラダー様がダンジョンを作る前あたり?
この時期に作られた石造りの砦はかなり強固で、壊すのも大変なため、改装して居住性を高めた上で再利用している例が多い。
特にクランプホテルは規模が大きく、なんと外周に堀まである。
ルークさんはすっかり観光気分で、馬車の窓からわくわくと外を眺めた。
「やー、素晴らしい異国情緒ですねぇ……こういう古い建物、それも砦などという軍事施設の再利用には、一般的な利便性の面で課題も多いはずなのですが……その不便さゆえに生まれる味、風情というものもまたあります。こういう施設は大事にしたいですねぇ」
「……ルーク殿の感性は、実に文化的だな……」
「……新しいものにも古いものにも興味を示すからな……ホルト皇国の外交官殿とも話が合いそうなんだが、さすがに目の前で喋るわけにはいかんしなぁ……」
馬車に同乗しているヨルダ様とライゼー様は、やや眠そうな目つきで俺を見ていた。
お二人は昨夜遅くに、クロード様とサーシャさんから、婚約成立の報告を受けたらしい。
そのままウェルテル様もまじえて遅くまで祝杯をあげていたそうで、要するに寝不足である。まぁしゃーない。
そして馬車には、そのクロード様も乗っていた。
こちらは朝まで一睡もできなかったようで、せめて移動時間に居眠り中。
……なんで寝られなかったのかと聞いてみたら、
「……サーシャに……昔みたいに、添い寝をして欲しいと頼まれてしまって……朝まで……いえ、誓って手とかは出してないんです……サーシャのほうは、あっという間にぐっすり寝てました……」
このリア充が……!(嫉妬)
まぁ良い。クロード様はトマト様の覇道に必要な人材である。次期当主というだけでなく、士官学校の卒業後はライゼー様のお手伝いをしながら領地経営を実践的に学ぶことになる。きっと残業とか厭わずに働いてくれるはずだ。
……なお、ネルク王国に労働基準法は存在しない……(恐怖)
さて、古き砦の面影を残すクランプホテルへ招き入れられた我々は、リスターナ子爵との面会の場へ案内された。
ルークさんは姿を消し、ウィンドキャットさんにまたがってふよふよとついていく。
外見だけでなく、内部も完全に古城の趣。
壁は石造り、通路は狭く、窓も少ない。壁の裏には隠し通路もあると、竹猫さん達の先行調査によって判明している。
廊下は薄暗いが、それでも昼間なので歩くのに支障はない。壁には魔道具の照明も点在しているため、夜もそこそこ明るいと思われる。
そして廊下や部屋の床面には絨毯が敷かれており、砦感を少しは軽減しているものの……あくまで「少し」であり、やはり宿泊施設には見えぬ。
一応、上層にあるレストランなどは後から増築したもので、広い窓もあって開放的な雰囲気らしいのだが――本日招かれたレンタルの「応接室」は、昔の「下士官用の部屋」を改装したもの。
往時の面影が残りまくっていて、たぶん絨毯をめくったり額縁を外したりすると、そこには古い血痕とかが!
……え? ほとんど実戦経験がないからこそ無傷で残ってた砦……?
ルークさんの物騒な期待はあっさり裏切られたが、リスターナ・フィオット子爵は、この応接室ですでにお待ちであった。
オレンジ色の髪の下に、油断ならないにこやかな笑顔を浮かべ、我々を出迎えてくれる。
「ライゼー子爵、わざわざおいでいただき、たいへん恐縮です。本来ならこちらから出向くべきところを――」
「いえいえ、当方は街の安宿に滞在中なもので、とてもリスターナ子爵をお招きできる環境ではなく……また城のほうでは、何かと不便ですからな」
互いに訳知り顔でうなずく。
お城が不便というのは、ライゼー様が「子爵」という立場で使える空間が限られているのと……軍部の会議室や応接室のような施設を借りると、政治的な目的をもって「同席」を望む貴族が出てくるかも、というお話である。たぶん盗聴もされる。
今日は別に込み入った話をする予定ではないが、ライゼー様としてもリスターナ外交官としても、『横槍』を避けたいという点では一致していた。
「それから今日は、息子のクロードも同席させてよろしいでしょうか? 戦地には行っていないので、あくまで聞き役としてですが、この説明会に興味があったようでして」
「もちろんですとも! 先日の試技ではたいへんお見事でした。蛇退治の後にも軽くご挨拶はさせていただきましたが、改めてお会いできて、たいへん光栄に存じます」
「ありがとうございます。昨日はあまりに人が多すぎて、きちんとご挨拶もできなかったもので……今日はよろしくお願いいたします」
そんな流れで、会談は和やかに始まった。ヨルダ様は扉の傍に立ち、部屋の内外、双方をきちんと警戒する。
窓の向こうと廊下側には見えない猫さん達も配されているため、テロリストの強襲を受けても安心である。そもそもそんな物騒な世界観ではない。むしろ一番物騒なのが俺かもしれぬ……
挨拶が済んだ後、ライゼー様はさっそく、レッドワンドとの国境線での戦いについて語り始めた。
大まかな概要は、すでに文書の形でリスターナ子爵の手元にもある。
これはネルク王国側の「外部に向けた公式発表」であり、情景の細部は省かれているものの、「レッドワンドの軍勢を、魔族のオズワルド様が追い返した」「その後、新興国であるレッドトマト商国との交易を持ちかけられた」事実などが記載されている。
――そして本日の会合では、その文書から漏れた『細部』について、リスターナ子爵からの質問に応じる形で説明を行う。
「……するとオズワルド様は、戦闘の前に、空からレッドワンドの軍勢へわざわざ警告をおこなったのですな? 砂神宮から宣戦布告をした自分を無視して、他国への侵攻に勤しむなど言語道断である、と――」
「台詞は異なりますが、大意としてはそのような印象でしたな。ええと、確か――『私の誘いが無視されて驚いた』『こちらとしては誠意をもって丁寧な招待状を出したつもり』『それに対する返答が無視とは残念だ』『魔族からの招待を無視した輩がどんな末路を辿るか、その身に教えて差し上げよう』と……これも一度聞いたのみですので、細部の言い回しまでは私も記憶が怪しいのですが、概ねそのような流れでした。この宣言が終わった後、レッドワンドの軍勢の行く先を阻んでいた大量の竜巻が、一斉に軍へ向かって動き始め……兵達も恐慌をきたし、あっという間に潰走した次第です」
キャットトルネードさんが荒ぶったアレか……なにもかもみな懐かしい……(やらかしから目を逸らす猫)
「そしてレッドワンドの軍が引き返していく中、オズワルド様は我々の前へ降り立つと、アルドノール・クラッツ侯爵の前で名乗り、『両国の戦場を荒らした無礼をご容赦いただきたい』と、非常に紳士的な物腰で謝罪の言葉を紡がれました。それ以降に関しては、私の記憶もそちらの報告書の通りです」
リスターナ子爵の眼差しは、書面とライゼー様を行ったり来たり。
「なるほど……記録を読むと、オズワルド様は、アルドノール侯爵のことを最初から知っていたようですな?」
「えぇ、ご存知でした。『ネルク王国の勇将、アルドノール・クラッツ侯爵とお見受けした』と、はっきり申されましたね。アルドノール侯爵のほうはもちろん初対面でしたので、魔族から名指しされて非常に驚かれたものと思います」
「それはそうでしょう。しかしさすがはアルドノール侯爵、その後のご対応に乱れがない……ああ、いや、『書面の上では』ということですが、実際にも、その……動揺などは見られなかったと?」
「内心の動揺はもちろんあったはずです。しかし、侯爵はそもそも細心にして豪胆な方でもありますし……現場にいた私としては、むしろ『現実感が麻痺していた』感もありますな。なにせ、その直前の竜巻があまりにすさまじかったもので」
……ライゼー様、うまくかわしたな。リスターナ子爵の今の問いは、「もしかして侯爵は、事前にオズワルド様と面識があったのでは?」という疑念から出たものだ。
直接、そんなことを聞くのは無礼だから、「動揺してなかった?」という婉曲な問いになった。
細かな質問とそれに対する些細な反応、これを積み重ねて推論の材料とする――この外交官は、そういうことができる人である。
ただ……これ、見当違いの誤解も生まれやすいんだよなぁ……
ちなみに『じんぶつずかん』によると、現在のリスターナ氏の内心はこうである。
(……魔族、コルトーナ家のアーデリアが、ネルク王国の国王と懇意にしている以上……ネルク王国は、コルトーナ家の庇護下に入ったと見ていい。その上で、レッドワンドの軍勢がネルク王国へ攻め入ることを良しとしなかったのは、バルジオ家のオズワルド――もしや両家が、水面下で和解したのか? いや、それどころかオズワルドは、レッドトマト商国なる新たな国の支援まで始めている。これはもう、ネルク王国をコルトーナ家が、レッドトマトをバルジオ家が属国化する形で、魔族がいよいよこの東方にその版図を広げ始めたとしか――)
思わず真顔に転じる猫。
……誤解が! 明後日の方向へ! 拡散している!
違うの! そういうんじゃないの! ひどい不可抗力なの! 猫がトマト様の覇道に邁進してたら、流れでなんかそんな感じになっちゃっただけなの! そもそもアーデリア様とリオレット陛下の出会いは俺のせいじゃねぇ! レッドトマトとオズワルド氏の件は俺のせいだごめん!
思わず顔を肉球で覆い、絨毯の上でじたばたじたばた……
頭のいい人って! コレだから!
……いや、まぁ、わかる。
詳しい事情を知らぬまま、ホルト皇国側の立場から推測を重ねれば、現状が非常にアレなのはわかる……
たぶんリスターナ子爵が事実関係をそのまま本国に報告すれば、向こうの上層部も同じ結論に達するであろうという、とても嫌な予感もある――
これはちょっと放置できない案件。
猫が自己紹介をするリスクを甘受してでも、リスターナ氏を味方に引き込み、彼からホルト皇国へ流れる報告を操作するべきか……?
幸いこの方、「魔族」の機嫌を損ねる事態を恐れて、まだこの報告を本国へ送るのをためらっておられる。「もっとちゃんと調べてから」「でももう調べる手段が……」という狭間で、日夜胃を痛めているのだ……かわいそう。トマト様リゾット食べる……? 胃に優しいよ……?
猫的にはもうこの場で「どうも! 猫です!」とやらかしても別にいいのだが、それはそれでこの方の心臓とかが心配である。
もっとこう……「ぬるっ」とした感じで……自然体で接触し、「魔族の件は心配しなくて良い」ことを、納得できる証拠とともにお伝えしたいのだが……
ライゼー様達の会話を猫耳に聞きながら、俺はじっと思案する。
……やはり「他国の外交官」というのがネックである。ネルク王国のお貴族様ならば、陛下やロレンス様からの圧が効くのだが、これは他国……それも、俺が実情をまるで知らぬ『ホルト皇国』という国の問題。
まずはホルト皇国がどんな国なのか、その知見を得る必要がある。対策を練るのはそれからのほうが良かろう。
幸い、猫魔法で監視はつけられるので、彼がホルト皇国に報告書などを出したとしても、即座にそれを回収して時間を稼ぐのは容易である。
そもそもホルト皇国までは馬車で四ヶ月~半年程度もかかる道程であり、時間の猶予もそこそこある。
……遠すぎる?
いや、ちゃうねん。お隣のレッドトマトを横断できれば、険しい山道とはいえ、小型の山道用馬車を使うことでせいぜい一~二ヶ月の旅路に短縮できるのだが――これまではレッドワンドが敵国だったため、周辺諸国を大きく迂回して、複数の国境を越える必要があったのだ。
レッドトマト商国がこのまま安定すれば、砂神宮との交易路をそのままホルト皇国への中継路として使える可能性が高く、そうなれば行き来は格段に楽になる。
なお、「四ヶ月~半年」というのもずいぶん幅がある計算だが、これには「川が増水して渡れない」などの天候由来の遅延や、関所での手続き、通過する国の入国審査の待ち時間なども含まれている。
いざホルト皇国内に入ってしまえば、国内の運河が効果的に機能しているそうで、移動時間は短縮できるようである。
そういえば運河ってのんびりしてそうに見えるけど、お馬さんと違って休憩が要らないし、実はけっこう速い……魔道具を動力源にした船なら上流へのぼるのも容易らしく、ネルク王国でも国内流通の大動脈となっている。
リーデルハイン領には小規模河川しかないのであまり縁がないのだが、隣接するラドラ領までいけば川底も深くなり、王都へつながる運河へと出られる。
川幅は狭く、船も決して大きくはないが、これはトマト様の輸出にも有益なのでぜひ活用したい。
とはいえこれも、運賃さえ払えば使わせてもらえるというものではなく――運河の管理組合との関係構築とか、水運業者とは長期の契約が前提になるとか、課題も多くて今すぐには手を出せない。
……ホルト皇国の話から逸れてしまったが、このリスターナ子爵への対応は、『一刻を争う!』というほどの急務ではないものの、やはり今年のうちには片付けておきたい。
そしてライゼー様達の説明会は、トマト様に及んでいた。
「オズワルド様が興味を持ったという果実……いえ、野菜ですか? そのトマト様というのは、一体どのような?」
「大きさは片手で掴むのにちょうどいい程度……レッドバルーンのような楕円形ですが、ずっしりと重く、水気の多い野菜です。生でも食べられて、ほのかな甘味と、さわやかな酸味がありますな。皮はみずみずしく張りがあり、種も小さく柔らかいので、ヘタだけとれば、生のまますべて食べられます。葉や茎、根を見る限り、おそらくレッドバルーンの近縁種かと思われるのですが……味としてはまったく別の野菜です」
「ほう……実に興味深い。しかし水気が多いということは、輸送には向きませんな? 輸出の際には加工を?」
「その予定です。試供品がありますので、もしよろしければお試しになられますか?」
ライゼー様が目配せをすると、クロード様が手荷物からバロメソースの瓶詰めを取り出した。
たぶん話題が及ぶと予想し、念のために持ってきたのだ。黒帽子ソースでないのは、「コレをこのまま市販します」という宣伝も兼ねているから。
ぶっちゃけ、味は黒帽子ソースのほうが美味しい。値段が高いのには相応の理由がある。
しかし、「人々の日常の味」としてトマト様を普及させるための主戦力は、あくまで通常のバロメソースのほうなのだ。
持ってきた瓶詰めは、片手でも持ちやすいサイズに調整した大瓶。
大量生産の際にはペーパーパウチを用いるが、現在はお貴族様への試供品配布期間であり、こちらの方達でも抵抗のない瓶詰めでお届けしている。
この量でだいたい三~五人前といったところ。前世のミートソースも、一人前を多めにしたり少なめにしたり、おなかの具合と相談して融通をきかせやすい食材であった。
リスターナ子爵が驚く。
「なんと、これが……! いただいてもよろしいのですか?」
「ええ、来年になれば、普通に街で買えるようになる品です。ただ、ホルト皇国の方のお口に合うかどうか……見た目の赤さに驚かれる方も多いもので」
そう言われたリスターナ子爵は、ほんのわずかに怯えたお顔。
「確かに……これはなかなか、辛そうですな?」
ライゼー様が苦笑いを見せた。
「そう思われがちなのですが、実はこの見た目でまったく辛くないのです。むしろ甘みを感じるほどで、胃腸にも優しい味かと思います。パスタに絡めて召し上がっていただくのが一番ですが、最初は少量ずつ試していただくのが良いでしょう。温める際は、ソースをフライパンで軽く炒めるか、あるいは瓶にいれたまま蓋だけ外し湯煎をしてください。詳しくはラベルにも記載があります。チーズなどを粉状にして振りかけるとより美味しいのですが、これは好みにもよりますな」
ククク……ライゼー様もすっかりバロメソースの虜である……
毒見も必要と思われるので、さすがにこの場で食べるわけにはいかぬが、リスターナ子爵は瓶詰めを大事そうに手に取った。
「ありがとうございます。じっくりと味わわせていただきます」
「恐縮です。あ、開封後は日持ちしませんので、他の方もぜひご一緒に。お気に召すようでしたら、追加でいくつかご用意できますので、お気軽にご連絡ください」
……これは、俺からの要望を反映したライゼー様なりのリップサービスであろう。「いずれ味方に引き入れる必要が出てくるかもしれないので、会話の流れ次第で縁をつないでおいて欲しい」と、事前にお願いしておいたのだ。
リスターナ子爵の魔族に対する誤解は残ったままながら、説明会はいい感じにつつがなく終了し、やがて我々はクランプホテルを辞去した。
そして帰りの馬車の中で、ライゼー様が俺を抱っこ。
「――で、ルークとしてはどうだった? 何か懸念があったようだが、解決策に目処はついたのか?」
……やはりライゼー様も気づいていらしたか。
じんぶつずかんのヤバすぎる精度については秘密なので、俺は曖昧に応じる。
「リスターナ子爵が、今回の件を本国にどう報告するか……その内容次第では、ネルク王国とレッドトマト商国に対する、ホルト皇国側の外交姿勢が変化する可能性があります。なので、リスターナ子爵には『こちらにとって都合のいい報告書』を送って欲しいのですが……難しいですよね」
「うーーん……さすがにそこまではな……具体的に、どんな報告書にさせたいんだ?」
「主に魔族の関与についてです。伏せて欲しいこともありますし、あと両国が『魔族の属国になるわけではない』ことも理解しておいて欲しいですし……ここを誤解されると、ホルト皇国が危機感を強めてしまい、余計な混乱を生みそうです」
我々の話を聞いていたヨルダ様が、不思議そうな顔に転じた。
「国同士の外交なんぞ、わざわざルーク殿が気にしなくてもいいんじゃないか?」
「そうはいきません。私がまいたタネですし、将来的にはロレンス様の治世にも影響することです」
なによりトマト様の覇道にも影響する。農作物による耕地侵略は、周辺国が平和でなければ成り立たぬのだ。
植民地化した上での奴隷労働などはトマト様の栄光にふさわしくない。将来の歴史において、トマト様の覇道は人々の笑顔に彩られていなければならぬ。すなわちイメージ戦略というヤツである。
サツマイモが救荒作物としての栄誉を得て確固たる地位を築いたように、トマト様にも歴史的な流れの中で輝いていただきたい。
……とりあえず、国号にトマト様がつくという形で「国造り」の実績は解除した。アレは想定外であった。
猫の野望の真意には気づかぬまま、ライゼー様が笑う。
「そんな先の影響まで考えているのは心強いな。ホルト皇国の外交は侮れん。気づいたら周辺国からの包囲網ができていた、なんて事態は避けたいし、おそらく『外交』というものに対して、あの国の考え方は我々の数歩先を行っている。今日、リスターナ子爵と話していてもわかった。物腰こそ柔らかく低姿勢だが……あの人物は、確かに油断ならない。他国の人間ではあるが、味方にしておきたいというルークの考えには同意できる」
うむ。とはいえやはり他国の人間には違いないので、全情報の開示とかはまだ避けておきたい。
さしあたって……ルーシャン様から『ホルト皇国』に関する知識を教えてもらってから対応を考える。
あと、リーデルハイン領に移住された医者兼考古学者のキルシュ先生もホルト皇国出身なので、いろいろ詳しいとは思われるのだが……
今回は「ネルク王国との外交」案件なので、政治と縁の薄そうなキルシュ先生にはちょっと厳しいかもしれぬ。歴史とか世俗、現地情報などが必要になったらまた問い合わせるとしよう。
その上で――『魔族』絡みのことは、魔族に対応してもらうのが一番かもしれない。
すなわち、俺の頼れる友人、ウィル君あたりに「お願い♪」して、リスターナ子爵と自然な流れで接触してもらい、魔族側の実情を暴露するとゆー……
この策なら、猫は姿を隠したまま対応できる。アーデリア様やオズワルド氏など、『純血の魔族』では圧が強すぎるが、人当たりの良いウィル君ならばこういう外交事案にも対応できるであろう。
「明日はお城に行って、ウィルヘルム様とルーシャン様にもいろいろ御相談してみます。ライゼー様達のご予定は?」
「あー……こっちは、士官学校の槍術試技も見に来るようにと言われてな。弓の時、クァドラズ伯爵が解説をやっていただろう? 伯爵家になったら、私も槍術のほうであれをやらされることになりそうで……今年のうちに見学して、解説の仕方を学んでおけと――アルドノール侯爵から、直々に……」
断れないやつキタコレ。
士官学校・試技の解説役は、子爵家の当主でも別にいいらしいのだが、僻地の領主であるライゼー様が王都へ来るのは『春のみ』だったため、これまではなんとなく免除されてきた。
……が、新規の伯爵家ともなると、話題性の面からも需要はあるだろうし、ライゼー様の場合、軍閥の内部でも『槍の名手』として知られてしまっている……
あと子爵なら「私ごときではとても……」と謙遜して断れるのだが、伯爵クラスだと逆にこの手が使えない。こういう栄誉を断るとむしろ「調子乗ってやがる!」とか言われる。めんどくせぇ。
「子爵から伯爵になると、面倒事や義務が急に増えるとは聞いていたんだが……こういうことなんだな……」
係長・課長が、部長級になるようなもんか……? 前世の会社ならその分、実務が減ったりもするのだが、人手不足のリーデルハイン家でそれは望めない。
トマティ商会も同じなのだが、やはりここは人材……秋の王都で、有能な事務系人材を複数スカウトしなければ……!
明日の予定をスケジュール帳として使ってるメモ(魔力に反応して筆記できる魔道具の一種。一週間ぐらいで自然に消える。感熱紙みたいなモノ)に書き込んでいると、クロード様が俺の手元を覗き込み、「……器用ですねぇ……」としみじみ感心していた。
やっぱ猫すげぇな……メモ書いてるだけで褒めてもらえる……(ドヤ顔)
いつも応援ありがとうございます!
小説版「我輩は猫魔導師である」4巻、ちょうど本日が発売予定日でして、はやいところではそろそろ並び始めているようです。電子も含めて、購入報告ありがとうございます!
……ちなみに今回かなりギリギリだったようで、実は作者のもとにもまだ見本誌が届いていないという……(;´∀`)
4巻は主に「猫の旅団」登場の前後。
リスターナ子爵は何気に3巻で先行登場していたのですが、こちらの4巻には出てこず……
5巻ではまた出てくると思いますが、この頃からすでに胃痛が……(・ω・)




