168・自分のことって意外にわからないよね、っていう……
……予想以上に学祭を堪能してしまった。
馬脚ならぬ猫脚をあらわしまくってしまった気もするが、ラン様の演劇も良かったし、その他の出し物も実に興味深く、すっかり遊び疲れて定宿の八番通りホテルへ戻ると――
そこにはなぜか、我々より先にクロード様とサーシャさんが戻ってきていた。
サーシャさんはいつも通りに怜悧そのものなのだが、クロード様が憔悴しきっている……
「もうやだ……学校戻りたくないです……」
「えええ……まさかいじめられました……?」
「……そういうんじゃなくて……亜神のルークさんなら、わかってくれると思いますが……身の丈にあわない勢いの過度な称賛って、重いんですよ……」
わかるぅーー。それわかるぅーー。
ライゼー様とヨルダ様達はどこぞの晩餐に出ているはずなので、こちらはとりあえずコピーキャットで晩ごはん。
クロード様からの内緒のリクエストに応じて、今宵のメニューは「トンカツ定食」にした。
ウスターソースとタルタルソースはお好みで選んでいただく。
思えばルークさんも、いよいよトンカツをいつでも好きな時に好きなだけ食べられる身分となった……(※コピーキャットで)
「……あれ? こっちにもトンカツってありますよね?」
食事中、こっそりクロード様に耳打ちすると、
「……ウスターソースがないのと、油や肉の質もだいぶ違うので……あと、ネルク王国ではお米が……」
理解した。勢いよく白米をかきこめないトンカツ定食など、ただのトンカツである。そりゃそうである。
確かに俺も、こっちでカツレツとかコートレット的なものを食ったことはあるのだが……ソースがリンゴソースだったり醤油ベースだったりで、「おいしいけどトンカツではないな?」という感想だった。
なおクラリス様達は、我々とは違って別に米への執着はないのだが、日々のコピーキャット飯の影響でもう慣れているため、普通にライスを召し上がっておられる。
ピタちゃんもガッツガッツと実に良い食いっぷり……こやつ、トンカツ定食の食い方を本能的に理解ってやがる……
ルークさんも心頭滅却の上で、ザックザクのパン粉をまとったトンカツにウスターソースを適量……このバランスの見極めが重要なのだ。
かけすぎてはいけない。ソースは適量がいちばんおいしい。肉の甘味と香りが引き立ち、ザクザク感も損なわない絶妙のバランスというものがある。
またソースをかけて放置するなどもってのほか。かけたら食う。即座に食う。でもソースかけて一晩冷蔵庫で保管したトンカツを翌日に電子レンジで温めるあの背徳の味にも一考の価値はある。
なんか、こうね……? 決して手放しで「おいしい!」といえるものではないのだけれど、「これはこれで……」みたいな、日常にひそむちょっとした嬉しさ的な……
しかしまあ、揚げたてが一番うまいのは間違いない。トンカツ定食をモリモリ貪る猫を横目に、クラリス様が『昼間にあれだけ食べたのに、どこに入ってるんだろう……?』的な眼差しをされているが、トンカツは別腹である。
お寿司も別腹である。チャーハンも別腹である。
……あれ? もしかして無限に入るのでは……?(錯覚)
「あ、クロード様とサーシャさんの婚約記念パーティーは、改めてリーデルハイン領で、執事さん達もまじえてみんなでやりましょうね。まだライゼー様にもご報告してないわけですし」
クロード様は照れ笑い。女子勢は今日の学祭話で盛り上がっているので、こちらはオス同士の密談である。小声なら前世話もできる。
「ありがたいです。あの、でも、家の人達だけでいいですからね? 町までは巻き込まないでくださいね……?」
ええーー。どうしようかなー。
まぁ、振舞い酒(※ワイン)と記念チーズくらいはライゼー様が配るであろうか。本番は結婚式だしな!
「それで、式はいつ頃のご予定で?」
「気が早いです……さすがに士官学校を卒業した後ですね。来年一年、学校で学んで――三年はかけないつもりですけど、単位が足りなかったらもう一年かかるかもしれません」
順当なところか。前世感覚ではまだ若すぎるが、こちらのお貴族様としては平均的……いや、それでも平均よりはちょっと早いか? もちろん「珍しい」と騒ぐほどではない。特に許嫁のいる嫡子はそれぐらいで結婚するのが良いとされる。
親族なら二十代半ばとか三十代で初婚という人も多いし、そもそも結婚しない人もいるので、そのあたりは割とおおらかなのだが、『嫡子』だけはそうもいかない。下手すると領地経営にも支障が出るためである。
「……あと、明日から学祭の期間中、学校のほうは休んで、サーシャと一緒に父上の手伝いをします……ギブルスネークの件で、ちょっと冷却期間をおきたくて……」
はい。(察した顔)
「……我々も今日、メイド喫茶でヤバいデマをいろいろと聞きました……クロード様は幼少期にも山でギブルスネークを仕留めたことがあって、落星熊さんにも勝ったっていう噂になってましたね……ウェルテル様がちゃんと否定してくださいましたが」
「僕が退治したのは畑に入ってきたイノシシぐらいですね……落星熊とか見たこともありません。クラリスの話では、ずいぶんかわいい生き物だったようですが」
でかいけどな!
「前世で言うところの巨大レッサーパンダです。伸び上がると二階建ての家ぐらいの高さになりますけど、たぶんレッパンよりは気性が穏やかですね……いえ、これは私の交渉の成果かもですが」
猫だってバレる前は「獣の王よ、我と戦え!」だったしな……
「でっかいお手々でちんまいリンゴを摘む姿とかは実に愛らしく、有翼人さん達の創作意欲を刺激しているようです」
そう説明した上で、俺はストレージから木彫りの落星熊さんを取り出す。
スコ座りした落星熊さんがリンゴをかじり、その頭上に座ったルークさんがトマト様をかじっている……これ、猫必要だった? 一つの木片に一緒に彫られてるから外れねぇな?
……ともあれ、実に良い出来である。王都ではこれも売り込みたいのだが、さてどこに卸したものか。
今はまだ試作段階で、冬季の手仕事で量産する予定なのだが、販路の目処は今のうちにつけておきたい。
トマト様専門店にも店の飾り兼売り物として並べる予定ではあるが、彫刻系に強い商人さんのツテも欲しいな……
「彫刻……士官学校の先輩に、そっち系にも強い商家の子がいますね。シンザキ商会っていう――建材や内装、工具、文房具関係の商会なんですが、家具やインテリアも扱ってます」
「あ、ナナセさんですか? メイド喫茶で会いましたよ。私からの自己紹介はしてないですけど」
「してたら学校中が大騒ぎでしょう。ナナセ先輩は、本当なら試技の班長候補だったんです。僕のせいで通常参加になっちゃったんですけど、僕を班長に推薦してくれたのも、そのナナセ先輩で……公正かつ清廉な人柄です」
なるほど……今年で卒業するらしいので、班長になれる最後のチャンスだったのだろうが、それを後輩に譲るとは……
……なんか他の計算もありそうな気はするが、だとしたら相当、「賢い」子である。
「クロード様のほうから、ちょっと相談してみてくれませんか? あ、この木彫りの落星熊は差し上げますので、御学友への宣伝も兼ねて部屋に飾っておいてください」
「……ラン様が喜びそうですね」
しまった! インフルエンサーなラン様にも営業しておけば良かった! これもクロード様にお任せする。
「それと、ライゼー様は明日、例の『リスターナ・フィオット』という、ホルト皇国の外交官と、クランプホテルで会うそうですが……クロード様も同行されます?」
「父上の許可次第ですね。僕は戦地に行ってないので、話せることはないんですが……父上が先方に『公式の見解』をどう説明するのかは、把握しておきたいです。なので同行しない場合でも、ルークさんのキャットシェルターから会話を聞かせてもらえればと」
うむ……理想の許嫁もできて、いよいよ次期当主としての責任感が芽生えてきたようである……クロード様……こんなに大きくなって……!(春に知り合ったばかりの猫目線)
いうてもライゼー様はまだまだお元気なので、クロード様が爵位を継ぐのも二十年後とかそのくらいであろう。
二十代半ばで子爵家を継ぐ羽目になったライゼー様は緊急事態だっただけで、だいたいのお貴族様は親が六十歳前後、息子が四十歳前後のタイミングで代替わりをする。
二十歳から四十歳までの二十年間は、「領主補佐」みたいな感じで施政の実地訓練をする期間なのだ。
……ラン様のほうはちょっと大変だろーな……ご両親が疫病で他界、祖父のトリウ・ラドラ伯爵も高齢でそろそろ引退時期なため、たぶんクロード様より早いタイミングでご当主になられる。
あの細い双肩に、伯爵家と伯爵領の未来を背負うのだ。友人として、猫も可能な範囲でお手伝いをせねばなるまい。
……今日、ラン様がクロード様の婚約成立に尽力してくださったのには、このあたりの打算も多少はあったものと思われる。将来の領内統治のためには、隣接地のクロード様に恩を売っておいて損はなかろう。
「……ところでクロード様? 猫からちょっと問い詰めたいことがあるのですが?」
「はい? なんですか?」
デザートのフルーツポンチ(強炭酸)をゆっくりつまみながら、俺はクロード様に睨みをきかせる。「かわいい」と評判の睨みである。
「先程も申し上げましたが、本日、御学友の皆様から、クロード様の評判をいろいろと聞きました……士官学校ではたいへんおモテになっているようで、なによりでございます……」
猫のことさら丁寧な物言いに、クロード様は不穏な気配を察したようである。すなわちお説教モードである。
「……え……? いえ、あの……ルークさん? 何か、誤解が……」
「クロード様は言いました。『地味な学園生活』と……は? アレが? 地味な? 学園生活ぅ?」
ちゃんちゃらおかしいとはこのことである! へそで沸かしたアフタヌーンティーを優雅に飲んでいたら片腹が痛くなって『……あれ? 結石……?』と青ざめるレベルの愉快痛快失笑噴飯物の珍事である! すなわち笑い事ではない。(真顔)
「えっ? いえ、地味ですよね? だって、別に何も……あの、勝ち抜きトーナメントもないですし、教員に偽装した敵のスパイもいませんし、権力をかさにきた横暴な貴族をやりこめるイベントとかもなかったですし……まぁ、全部ないほうが良いことなんですけど」
胡乱な目をした猫さんの前で、クロード様が慌てふためく。
「……よろしいですか、クロード様。今日の弓の試技……女子達からの声援が普通に飛んでいましたね?」
「……はい。でも、昼にも言いましたけど、あれは僕が班長だったから気をつかってくれただけで――」
「クロード様……『普通の』『地味な』学園生活では、たとえ気をつかわれた結果だとしても、一個人向けにあんな声援は起きないんですよ……?」
猫さんの論破がさくれつ!
……そろそろ犯人が反省して自白するタイミングなので、推理モノとかにありそうなBGMもついでにお願いしたい。いや、猫ふんじゃったとかではなく。山寺の和尚さんとかでもなく。
……ところでいま関係ないけど、「猫を紙袋に押し込んで毬のかわりに蹴っ飛ばす」ってとんでもねぇ歌詞だな? そりゃ生類憐れみの令も必要になるわと猫さんはしみじみ思う。山寺の和尚すらサイコパスって末法にも程がある。
ちなみに『生類憐れみの令』は、一時期、「人よりも犬を重視した悪法だ!」みたいに言われていたが、あの『生類』には「人間」も含まれており、捨て子の禁止とか病人の保護とかもちゃんと盛り込まれていたりする。
時代を考えると福祉政策としてはなかなか先進的であり、野犬対策による町の安全性の改善とか、副次効果も大きかったらしい。
ただちょっとお金がかかりすぎたのと、細則と刑罰がエスカレートしすぎて害も大きかったのと、法を悪用する人もそこそこいたのと……まぁ、何事もやり過ぎは良くないよね、というお話である。
……話がズレた。
「前世でも、甲子園とかインターハイなどで、そういう声援が飛ぶ例はあったでしょう……しかしその場合、それを受ける側は決して『地味』な存在ではなかったはずです……あれはリア充、および陽キャにしか許されぬ禁断の奥義……クロード様。お認めください。今の貴方はリア充です。そして陽キャです」
「ええ……? いえ、別に陰気でも陽気でもないとは思うんですが……リア充に関しては、まぁ……あの、以前はそんなことなかったと思うんですが、おかげさまでサーシャとの婚約が叶ったので、この点でだけは充実していると認めます……」
せやな。
そこは素直でよろしい。
「自覚があるなら良いのです。陽キャは確かに言い過ぎましたが、クロード様はどうも、ご自身の立場を甘く見ておられるようなので……許嫁こそできましたが、それでも今後、女子からのアピールがおさまるとは思えないのです。どうかくれぐれも、過度の優しさで女性の心を弄んだりしないようにお気をつけください」
「いえ、それこそ杞憂ですよね? 婚約者がいる時点で、もう言い寄ってくる人なんてそうそういないでしょう。ラン様が気にしていた愛人とか第二夫人なんて話が出てくるのは三十代になってからでしょうし、たとえその頃になっても僕はサーシャひとすじだって断言できます」
甘い……やはりクロード様は甘すぎる……蜂蜜に漬けた砂糖でもここまで甘くはあるまい……
「クロード様には、やはり認識が足りておりません……確かに春先までのクロード様のお立場であれば、この心配も杞憂と笑い飛ばせたでしょう。しかし、リーデルハイン家は来年あたり、やべぇことになります」
「………………来年?」
来年の話をすると猫が笑う。
……いや、正しくは鬼なのだが、たぶん来年のルークさんは悪辣モードですげぇ高笑いしてると思う。
「クロード様はずっと士官学校で学ばれていましたから、あまり実感はないでしょうが……まず、来年になると『リーデルハイン領のすぐそばで、ライゼー様が新規に発見したダンジョン』について、世間に公表されます。ラン様も指摘はされていましたが、クロード様はまだ、そのヤバさをうわべだけしか理解しておられない……」
「あ」
クロード様が呆けた声をもらした。
猫の追撃!
「そのダンジョンの特産品は貴重で高価な『琥珀』であり、リーデルハイン家がこの権益を得ます。さらに迷宮の最寄りの拠点、メテオラの管理もリーデルハイン家に任される予定ですので、もうこの時点で、うちは『単なる田舎の一子爵家』ではなくなるわけです。これに加えて、来年には『トマト様』の販売が始まり、これも王都で一大ブームを巻き起こすでしょう。リーデルハイン家が陞爵する流れも整い、新たな伯爵家の誕生を誰もが予測します。ここで問題です。士官学校で家族と離れて単身、寮生活をしているクロード様を、世間の皆様はどう見るでしょうか?」
「…………ネギしょった鴨……ですか?」
「ご清聴、ありがとうございました」
猫は深々と一礼。
……来年のクロード様は、ギブルスネーク退治の英雄という名声だけでなく、『新規の迷宮』『琥珀』『トマト様』という、莫大な利益を背負った新興伯爵家(予定)の嫡子となられるのだ――
仮に結婚まではできなくても、こっそり隠し子でも作れればしめたもの! ……ぜったい狙われる。
「ラン様は今日、『はやく婚約者を決めないと大変なことになる』とおっしゃいました。それはまったくもってその通りなのですが、猫の見解を申し上げますと、婚約者がいてもなお、大変なことになるものと予想しております。もしも婚約者がいなかった場合は絶望、サーシャさんという防御策があって、ようやく太刀打ちできるかどうか……という感じでしょうか……? 今日、婚約が無事に決まったのは、本当に危機一髪だったのです。サーシャさんとラン様には、深く深く感謝してください」
クロード様が頭を抱えてしまった。
「あ、あの……中退……とかは……?」
「この程度の理由でできるわけないでしょう。単位はしっかりとって帰ってきてください」
酷なようだが、クロード様にはがんばっていただくしかない……
「……しかし、今言うことでもないんですが……クロード様の適性の『主人公補正B』、やっぱりちゃんと仕事してますねぇ……」
クロード様は頭を抱えたまま。
「だからそんな適性、持ってないですって……自覚もないですし……今日のギブルスネークに関しては、ちょっと自信ないですけど……でも迷宮の発見とかメテオラの開発とかトマト様の交易とかは、ぜんぶルークさんの手柄ですよね? そっちの影響のほうが大きいですよ、絶対」
それはそう……だから罪滅ぼしも兼ねて、こうして色々とご協力させていただいている……まじごめん。
オス同士の飲み会ならぬ愚痴り会が一段落したところで、我々はキャットシェルターを出て、宿の寝室へと戻る。
春と同じく、俺はクラリス様、リルフィ様、ピタちゃんと一緒のお部屋で、ウェルテル様はライゼー様のお部屋へ。
ライゼー様はまだ戻っていないのだが、護衛につけている竹猫さん達からの報告によると、現在は馬車でこちらへ移動中である。もうじき着くであろう。
そしてサーシャさんは自室に戻らず、そのままクロード様のお部屋へ。「この機会に、ちょっと積もる話があります」とのことで……深夜まで、二人でいろいろと話し込むようである。
それを盗み聞きするほどルークさんも野暮ではないので、このお話はここで切り上げ!
明日はいよいよ、ホルト皇国の外交官、『リスターナ・フィオット子爵』との面会日である。
クラリス様とリルフィ様、ピタちゃん達の寝息をよそに、ルークさんも深夜まで『じんぶつずかん』を読み込む――
……つもりだったのだが、気づいたらもう朝であった。
あれ? おや? もしかして……五秒で寝落ちした……?
いつも応援ありがとうございます!
サーガフォレスト版・小説「我輩は猫魔導師である」四巻の発売日が、いよいよ来週に迫ってまいりました。
公式サイトのほうには、特典ペーパーがつく店舗の情報も出ているようです。
間にコミック版は出ていたのですが、小説のほうは一年以上ぶりの新刊……久々なのでだいぶ不安ですが、店頭でお見かけの際にはぜひよろしくお願いします。m(_ _)m
……それはそれとして昨今の気温の変化、急激すぎでは……?




