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我輩は猫魔導師である! 〜キジトラ・ルークの快適ネコ生活〜  作者: 猫神信仰研究会


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166・嫡子とメイドの微妙な関係(後編)


 クロード・リーデルハインには前世の記憶がある。

 すなわち、同世代の他の人々よりは、ほんの少しだけ人生経験が多く……いや、肝心の記憶が曖昧すぎて、あまり多いという実感はないのだが、それでも周囲からは『年の割には落ち着きがある』とよく言われる。


 士官学校でも目立たず控えめに過ごしてきたつもりなのだが、同室が『ランドール・ラドラ』という絶対的に目立つ存在であり、また田舎出身とはいえ貴族階級にも違いなく――弓術試技の班長に選ばれたあたりで、いよいよ空気感の変化を理解した。


 それでも、この変化は決して悪いことではなく、「将来の家臣や人材獲得のきっかけになればいいな」程度には考えていた。


 つまるところ。

 彼には『危機意識』が欠けていた。


「クロード、ちょっと話があるんだけどいいかな? あ、もちろんサーシャさんも一緒にね?」


 試技も終わり、ルーク達との昼食も済ませ、通りすがりの学生達に蛇退治の件を讃えられながら、サーシャを連れて学祭の見物を始めた矢先――

 クロード達は、ランドール・ラドラによって学生会室に連れ込まれた。


 その道中でも見知った顔から「お手柄だったな!」「見たぞこの野郎!」「クロード様、お怪我はありませんか?」など、ちょくちょく声をかけられつつものらりくらりと笑って受け流し、あらかじめ人払いを済ませていたらしい学生会室へ入室する。


 ランドールをはじめ、『領主課程』の学生は学生会の役員を兼ねる。学生会長はまた別に選出されるが、クロードもまた例外ではなく、一年生にして「監査」という……役名だけは仰々しいのだが、これは士官学校では「平役員」という意味で、「何かあった時には手伝う」し、「割り当てられた仕事もする」が、「普段は基本的に何もしない」という微妙な立場についていた。これもまた、貴族社会的な慣習といっていい。


 ランドールはもう少し積極的に関わっており、「書記」である。

 次期学生会長は、おそらく彼女……もとい、彼で内定している。学祭が終われば引き継ぎで、選挙などはない。学生会の中で協議し、卒業していく会長が任命するシステムだった。


 役員は、この学生会室を自由に使える。ちょっとしたサロンのようなもの……とは言い過ぎだが、騒いで周囲に迷惑をかけない限り、内輪の話くらいはできる。


「どうしたんです、ラン様。さっきのギブルスネークに関係するお話ですか?」


 サーシャと並んでソファに座り、クロードは対面のランへ視線を向けた。

 ランは巻き毛をくるくると指先でいじりつつ、疲れたように嘆息する。


「無関係ではないけど、警告というか、注意喚起というか……まぁいいや。さっきはお疲れ様。とりあえず学生会の役員としては、被害が出る前に仕留めてくれたお礼はしないとね。ありがとう、クロード。で、ここからが本題」


「はい。なんでしょう?」


「学祭へ遊びに来ていた公爵家のご令嬢が、君に目をつけた。『ぜひ紹介してほしい』って、さっき私のところへおいでになって――」


「……あ、パスで」


「パスじゃなくてね? 私が壁になれるのは伯爵家まで。公爵家は無理っ!」


 ダメで元々と思いつつ言ってはみたが、やっぱり断られた。


「すみません、冗談です。ラン様のお知り合いなんですよね? どういう性格の方なんですか?」


 厄介な相手であれば、覚悟を決めて対応する必要がある。

 ……この場合の覚悟には、「ルークに助けてもらう」という最終手段も含まれる。

 ランは細い顎に指を添え、「んー」と天井を仰いだ。


「可愛くて、優しくて、公爵家の権威をかさに着ない、めちゃくちゃいい子……」

「………………断りにくい相手なんですね……?」


 友人としての紹介ならば、別に良いはずである。しかしランがわざわざ話をしにきたからには、つまりそういうことなのだろう。


「…………リーデルハイン家の、陞爵しょうしゃくの内示が漏れている、と……?」


 クロードの小声での問いに、サーシャがはっとした顔に転じ、ランは肩をすくめた。


「漏れるも何も、もう水面下では人が動いてる話だから、公爵家なら知っていないとおかしいよ。ダンジョン調査の件だって、冒険者ギルドには報告が上がってるんだから、公式発表は来年でも、耳ざとい権力者はもう知ってる。クロードのさっきの武勲は、ライゼー子爵に近づくためのいい話題の種になるだろうね。『ご子息の武勇を耳にした』みたいな流れで会話を進めて、懐に入り込んで、断りにくい状況にしてから『うちにも年頃の娘がいまして……』……ま、ライゼー子爵がそんなのに引っかかるわけはないけど、白髪は増えそうかな?」


「大丈夫です。父は金髪なので目立ちません」


「ひどい息子がいる」


 クロードの返しにランは薄笑いを見せたが、すぐにこほんと咳払いをした。


「で、そろそろ本当に本題。ええと、サーシャさん?」


 話を振られるとは思っていなかったのか、サーシャはきょとんとランを見た。


「はい。部屋を出たほうがよろしいでしょうか」

「ううん、そうじゃなくて、サーシャさんと話したいの。話題はクロードのことなんだけど、むしろこっちは別にいなくてもいい感じ」


「えぇ……いや、やめてくださいよ、ラン様。変なこと吹き込まれたら困ります……」


 クロードの抵抗は、あっさりと無視される。


「いろいろ面倒くさいから、もう単刀直入に言っちゃうけど……サーシャさん、クロードの正式な『許嫁いいなずけ』になってくれない? そうしたら、もうほとんどの問題がいっぺんに解決するんだよね。いや、ほんとに」


「ステイ。ラン様、ステイ」


 これは止めざるを得ない。いきなり何を言い出すのかと正気を疑ったが、ランの目は笑っていなかった。


「ラン様、サーシャとはちゃんと約束はしているんです。士官学校を無事に卒業して、その時に僕がまだ心変わりしていなかったら、その時にまた……って」


「もう断言するけど、クロードの心変わりはない。だけど、このクロードがいつまでも婚約者なしでうろうろしてると、周囲の貴族からは絶好のカモに見えるの。今までは子爵家と男爵家、技術課程の平民の子達からの視線だったから、私でも対応できたけど、リーデルハイン家が陞爵して伯爵家になる話が広まったら、目をつけてくる層が一変する。つまり、伯爵家、侯爵家、公爵家も『娘の嫁入り先に』って検討し始めるわけ。いざそうなったら、私じゃもう防波堤になれません!」


 ランが可愛らしく両手を挙げた。「お手上げ」である。

 クロードは「えぇ……」と脱力する。


「そんな大げさな……そんな都合よく年頃の娘がいる貴族ばかりじゃないでしょう……」

「見て、この危機意識! サーシャさんもわかるでしょ!? こんなの王都に放置しちゃダメだよ!」


 散々な言い様である。

 ランが再び深々と、いかにもわざとらしい溜息を吐いた。


「ぶっちゃけるとね。リーデルハイン家、いまヤバいの。要素をいちいちあげるのも面倒くさいけど、元々、ライゼー子爵の評判は割と良かったんだよ? ご本人は他の貴族からのやっかみを気にしてるみたいだけど、軍閥の貴族にとって、『実際の武功がある』っていうのは、本人が思っている以上に影響力が大きいの。王都でのギブルスネーク退治は、手並みが鮮やかすぎたのもあって、もうすごい騒ぎだったから。あれでリーデルハイン家の存在を知った、って人が大半だと思う」


 背中がぞわぞわしてきた。クロードは黙って肩を縮める。


「……そこへ来て今年のこの騒ぎ。クロードの行動自体は間違ってないし最善だったし、被害がなかったことも褒めるけど、アレでもう完全に『リーデルハイン家はこれから伸びる』って確信されちゃった。実際、公爵家あたりにはダンジョン発見の噂も漏れているから、『そこの嫡子がどんなヤツか』って見極める目的で、今日の試技をわざわざ見に来ていた人もいるわけ。もちろん公爵本人じゃなくて、その家族とか執事とかだけど」


 ……そんなことになっていたとは露ほども想像もしておらず、クロードは間抜けヅラをさらす。


「見て、このアホ面。サーシャさんが不安になるのもわかる! わかるけど、もう無理! お互い好き合ってるのは知ってるから、せめて正式に婚約だけでもして! 現時点で婚約者がいれば、もう『そっち方面からの調略は無理だ』って諦めてもらえるから! 万が一、それでも諦めないようなクズ相手なら、こっちにもやりようはあるから! 今のまんまだと、クロードの断りのせいで、特に問題のない優良貴族の体面にまでドロを塗りかねないから、ほんとにヤバいの!」


 ややコミカルな声質ではあるが、もはや悲鳴に近い。いやむしろ説教か。

 いろいろ反省しつつ、クロードは小さく挙手した。


「……あの……想像以上にご迷惑をかけていたみたいで……すみません……」

「まったくだよ! やっと自覚できた!?」


 ランが祈るように指を組み合わせ、涙目になった。もちろん嘘泣きである。

 そして咳払いして茶をすすり、改めて低い声で……


「……あとね、ダンジョン発見はほんとヤバい。それに琥珀。あの情報をキャッチしてる貴族はまだ少ないけど、公式に発表されたら大騒ぎになる。リーデルハイン領にもどっと人が増えるから、環境を守りたいなら、今のうちに区画整理の計画とか始めて。特に町の不動産関係の法整備。もし参考例が必要なら、うちの役人も一時的に貸せるから。今までは『田舎だから』で済んでた話が、これからは通用しなくなるよ?」


「はい……」


 正論すぎて返す言葉もない。

 ルークの不可解なトマト推しのせいで感覚が麻痺していたが、国内の貴族にとって、『新規の迷宮』とはそれほどにインパクトのある資源なのだ。


「さっきの話の続きだけど、私に仲介を頼んできた公爵家のご令嬢は、ほんとにいい子なの。あんないい子に、『現時点で婚約者もいない田舎の子爵家ごときの嫡子から、婚約の誘いを断られた』なんて傷を残すわけにはいかないわけ! 今、婚約者さえいれば、こういう馬鹿げた話にはならないから――だから相手さえいれば、みんな早いうちにとりあえず婚約しておくの! どうしても嫌になったら後で破棄すればいいんだし! まぁそのせいで、手頃な婚約相手の母数が減って、たまにクロードみたいなカモが出てくると集中するんだけど!」


 この貴族社会そのものにも問題がある気がする……とはさすがに言わず、クロードはテーブルに額がつくほど頭を下げた。

 なんか最近、やたら女子から話しかけられるな? とは薄々思っていた。全部愛想よく対応しつつ、普通にスルーしていた。気づけ。


「好き合っていてなんの障害もないのに、ぐだぐだ保留にしている二人が異常だとやっと理解してもらったところで、返答を聞きます。二人は今……じゃなくて、公式発表はしてなかったけど、実は春のうちにもう婚約していた。それでOK? OKって言って。お願いします」


 ランがわざわざ頭を下げたところで、クロードはサーシャの横顔を盗み見る。

 クロード側の返答はもう最初から決まっている。問題は彼女の意思だが……妙に強張っていて、表情が読めない。いつも『わかりやすい』彼女にしては、珍しいと思う。


 ……他人はよく、サーシャに対して『冷静沈着で表情が読めない』という印象をもつようだが、幼馴染のクロードの目から見ると、彼女はとてもわかりやすい。だいたいいつも正直で、『表情でさえ』嘘をつかない。要するに、愛想笑いや取り繕うための笑顔が苦手なだけなのだ。


「サーシャ……急にこんなことに巻き込んでごめん。卒業するまで待てなくなっちゃったのは心苦しいけど、僕の心は変わっていないから……今の正直な答えを聞かせてほしい」


 サーシャは珍しく、かすかに震えそうな声を紡いだ。


「……その前に、一つ、お伺いしたいのです……たとえば……たとえばもし、その公爵家のご令嬢が、リーデルハイン家に嫁いだ場合――利益が大きいのはわかります。でも、リーデルハイン家やクロード様に、何か不利益などはありますか?」


 ランが思案げに目を細めた。


「利益と不利益、両方ともあるよね。サーシャさんは利益の部分しかわかってなさそうだけど、まず利益としては、家格が上がる。公爵家から嫁をもらったとなれば、王家の親戚とほぼ同じ意味だから、伯爵家の中でも上位クラスになる。何代か先でまた王族と関係が強まっていけば、いずれは侯爵家、公爵家になる可能性さえある。たとえばだけど、男の子が生まれなくて、王家から養子を迎えたような場合だね。でも、正直……この『利益』って、今のリーデルハイン家やクロードにとっては、全然魅力がない話だと思う」


 そもそも父のライゼー自身が、あまり権力を欲していない。領主の立場でさえ重荷に感じつつ、責任感で続けている節がある。


「で、不利益はたくさんあるよ。他の貴族からは当然やっかまれるし、何よりその公爵家に頭が上がらなくなる。うちの寄り子のままってわけにもいかなくなるし、ラドラ伯爵家とは疎遠になるだろうから、私にとっては不利益のほうが大きいくらい。だからもしかしたら、私も『自分の打算』で、サーシャさんを応援しているのかもしれない」


 クロードは唖然とした。ランはあっさりとぶっちゃけたが、クロード自身はそこまで考えていなかった。


「そして一番の不利益は、実質的に、『リーデルハイン家が公爵家に乗っ取られる』可能性が高まること。家格の高い家からの婚姻って断りにくいし、嫁いだ後の影響力も大きい。家臣団もセットでついてくるから、この人達次第で良くも悪くもどうにでも変わる。まぁ……悪くなった例のほうが多いかも、とは思うよ。あ、私がこんなこと言ったのは内緒ね? あくまでここだけの話」


 ランはおどけて指先を口元に添えたが、全然笑えない。


「あと、クロード本人にとっては間違いなく不利益だよね。この子、サーシャさんのこと好きすぎて、周囲からのアプローチ全部無視してるし……状況が状況なんで、もしサーシャさんに振られても嫌でも結婚はする羽目になるだろうけど……その場合は、たぶんろくなことにならないと思う。友人としては言いたくないけど」


 ランが机の下でクロードの足を軽く蹴飛ばした。ちょっと痛い。が、甘んじて受け入れる。


「サーシャさんはきっと、『クロードがもしも王都で他の女の子を好きになったら身を引こう』、みたいに考えてたんでしょ? でも正直、それはもうないと思うし、リーデルハイン家もクロード本人も、ちょっと目立ちすぎたかな。今とれる防御策をとっておかないと、後で絶対、後悔するって思ったから……私はクロードとは割と仲良くやってるつもりだし、隣接する領主同士、将来的にもうまくやっていきたいから、こういうお節介をしているの。で、後は二人の問題。私、席外そうか?」


「いえ。証人として、この場にいてください」


 クロードを見るサーシャが、やけに険しい目をしていた。めっちゃ睨まれてる。若干怖いが、それでもかわいいのは地の顔が良すぎるせいか。惚れた弱みかもしれない。


「……クロード様。僭越せんえつながら……婚約のお話、お受けいたします。不束者ですが……よろしく、お願い致します」


 声は硬く、いつもより辿々(たどたど)しい。

「あ、これ緊張してるんだ」と、クロードはやっと気づいた。『緊張したサーシャ』という概念を生まれて初めて目にしたため、気づくのが遅れた。


「サーシャ……ありがとう。一生、大切にするから――」


 感極まったクロードがサーシャを抱きしめると、ランが満面の笑顔で拍手を始めた。


「おめでとー! やー、良かった! これで一安心! ルークさーん、ちゃんと見てた?」

「はい! お疲れ様でした、ラン様!」

 

 学生会室の一角に、見知った扉が現れた。木彫りの猫の顔の看板が掛かっている。

 …………は?


 そして開いた扉から颯爽と猫が飛び出し、テーブルの上で快活に両手を掲げた。


「クロード様、サーシャさん、ご婚約おめでとうございます! リーデルハイン家のペットたる私も、これで一安心です!」


 あっ。

 すっかり失念していたが、クロードもやっと気づいた。


 公爵家からの嫁が領地に来る→その性格次第ではルークの居心地が悪くなるかも→さらに公爵家にルークの存在を知られたら、おそらく厄介なことになる――

 

 ……一方、サーシャがクロードと結婚する分には、ルークのペットとしての立場は安泰である。やりやがったこの猫!


 ……そもそも既定路線とはいえ、うまく誘導された。

 ランがルークの猫耳を撫でる。


「実はさっき、ルークさんから頼まれちゃってさー。私も『そろそろなんとかしないとなー』とは思ってたから、渡りに船って感じでね?」

「こーいうのは、家族よりも外部からのほうが説得力があると判断しまして! 不肖ルーク、一計を案じた次第であります!」


 そんなビシッと敬礼されても……

 ……いや、クロードにとってはナイスアシストなのだが、それはそれとして言いたいことはある。


「あのー……ルークさん……? 見てたんですか……?」


 ルークがにょきっと爪を伸ばした。え? なんで説教モード?


「釈然としないお気持ちはわかりますが、これもクロード様の危機意識の欠如が招いた事態です。公爵家のご令嬢が、クロード様との仲介をラン様に願ったのは事実ですし、これまでラン様に多大なご迷惑とご負担をおかけしていたのもまた事実……クロード様のご自覚を促すためにも、あえてこの暴挙に及びました。ちなみに見ていたのは私とクラリス様とリルフィ様とウェルテル様だけですのでご安心ください。ピタちゃんは興味なかったので寝てます」


「父上とヨルダ先生以外、ほぼ全員じゃないですか」


 ちらりとサーシャを見ると……彼女は、意外にも平然としていた。


「……いえ、私は、ルーク様達が見ていることを前提にして受け答えをしていましたので……むしろ、いなかったら驚くところでした」


 クラリスのメイドでもある彼女は、クロードよりもルークに対する理解度が上だった。口数が少なかったのもそのせいか……いや、やっぱり自分が間抜けなだけかもしれない……

 ぞろぞろと出てきた家族達が、それぞれサーシャを抱きしめていく。


「サーシャ、決心してくれてありがとう……! クロードのこと、これからもよろしくね。この子、いい子なんだけど、知っての通り、ちょっとだけ抜けているから……」

「いえ、そのような……私のほうこそ、こんな無愛想な不束者で……」

「サーシャ、おめでとう……ううん、これからはサーシャ姉様って呼ぶね」

「それだけは平にご容赦ください。今まで通りで」

「サーシャ、おめでとうございます……ふふっ……やっと、という感じもしますが……」

「リルフィ様にも……あの、ご心配をおかけしました……」


 少しだけ年長のリルフィは、クロードとサーシャに読み書きを教えていた時期がある。サーシャとしては、頭の上がらない相手の一人といっていい。


 女子勢が盛り上がる中、クロードは主犯の猫を抱きかかえる。


「……ルークさん、いつから計画してたんです?」

「計画自体はついさっきです。ただ、陞爵しょうしゃくが内定したあたりから、『なんとかしないとなー』とはぼちぼち考え始めていました。伯爵家ともなると周囲からの見る目が変わりますし、その嫡子であるクロード様が婚約者なしのままで居続けるのはもう難しいだろうな、と。それでラン様に御助力をお願いしました!」


 どうしよう。猫のほうが賢い……

 ランが横から手を伸ばし、その喉元を撫でる。


「あはは。春の初対面では、女の子のふりして驚かせちゃったからねー。そのお詫びも兼ねて。あとまぁ、私もクロード目当てで相談してくる女の子達への対応してて、そろそろマズいんじゃないかって思っていた矢先だったから……利害の一致、ってやつ?」


 重ね重ね、申し訳ないことになっていた。


「……でもまぁ、一番の原因はあの蛇さんなんだけど。いまリーデルハイン家に注目を集めるのは避けてほしかったなぁ……クロード、とりあえず『婚約者がいる』っていう前提はできたけど、油断はしないでね? ハニートラップ程度なら回避できるだろうけど、口約束の類は厄介だし、偶然を装って近づいてくる人もいるから。あと今の年齢ではさすがに有り得ないと思うけど、将来的には愛人の座を狙って近づいてくる人もいないとは限らないから、くれぐれも油断しないように」


「……なんか僕、そもそも貴族社会に向いてないような気がしてきました……」


 つい弱音を吐くと、同情の眼差しになった猫から肉球でポンポンと肩を叩かれた。


「そんなクロード様には、やっぱりサーシャさんのような存在が必要だと思うのです。王都での生活で、改めて実感したものとは思いますが」


 なんだかんだと言いつつ……このペット、やたらと面倒見が良い。

 懸案の一つを解決してくれたことにはひとまず感謝して……クロードは、猫のほっぺたをむにむにと左右へ引っ張ったのだった。


いつも応援ありがとうございます!

しばらくバタバタしていましたが、それはそれとして「我輩は猫魔導師である」の小説版……会報四巻が、10/13発売で確定したようです。


前巻から一年以上経ってしまったのですが、今回、諸事情でいつもより挿絵の枚数が少なくなってしまったため――お詫びの代わりにはなりませんが、巻末SSを一本、急遽(昨日の夜)、追加させていただきました。m(_ _;)m


収録はWEB版57話~71話までの14話に加えて、新規に7話分を書き下ろしています。

ちょこちょこ改稿しつつ、分量的にはだいたい3割程度が追加分? しっかり計測してないのですが、頁数で見るとたぶんそのくらいです。


あと店舗特典用のSSも書いたので、特典のつく店舗でのご購入だとペーパーがついてくると思います。

対象店舗はちょっと作者にもわからないもので、お近くでご確認いただければと……!


発売日はまだ少し先ですが、店頭でお見かけの際はぜひよしなにー。

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― 新着の感想 ―
『どうしよう猫のほうがかしこい』 思わず吹きましたが、突っ込む気にはなれませんでした。母親が結核で近くにおらず、これまでは家格も低め、軍閥系、色々足りないのは仕方ないです。 クロード君、これからも!亜…
とりあえずクロードさまは、 ルークさんは軽い折檻なら受けてくれるだろうなので、もうちょっといたぶってもイイかと。 正座(無理)させて腿の上に重し乗せるとか。 逆さにして撫でまくるとか。
[一言] 此の猫さんペットの領域ではないねW 策士だねW
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