17・コピーキャットの真価
戻ってきたサーシャさん。
手元の籠には、俺の知っているお野菜もあれば、知らないお野菜もある。
たとえば、大根みたいにでっかい人参。普通サイズの人参もあるのだが、それの派生種らしい。
食味も人参に近いのだが、薄味でちょっと水っぽく、人参とは区別して「オレンジラディクス」なんて名前で呼ばれている。
名称を聞いてから改めて味わうと、根っこ系の作物なのにオレンジっぽい柑橘の風味もあるような気がしてくる。すりおろすとほのかな甘味もあり、なかなかおいしい。
このラディクスシリーズ、他にもいろいろあるようで、辛味の強いレッドラディクス、大根と見分けがつきにくいホワイトラディクス、炭のように黒くあまりおいしくないが、薬効のあるブラックラディクス等、色とりどりだ。
子爵様の畑では栽培していないが、彩りの鮮やかなピンクラディクス、ごく一部の地方でしか育たず、甘くて高価なスイートラディクス、なんてのもあるそうな。
さて、眼の前にあるのは一般的なオレンジラディクス。
これをどうするか。
ルークさん考えた。
まずはオレンジラディクスを手に取る。手に……手に……
ちょっとでかすぎて手こずっていたら、ヨルダ様が横からお皿に載せてくれた。意外に気が利く!
「それでは、こちらのオレンジラディクスを……変化させてみます」
念じて発動、コピーキャット!
オレンジラディクスは――「梨のレアチーズタルト」に変化した!
……………………いや、共通点はあんまりない。さすがにそのままは無理である。
ライゼー様達の眼には「なんかぐにぐに動いた」くらいにしか見えなかっただろうが、俺の脳内では「オレンジラディクス>オレンジ>梨>梨のレアチーズタルト」という変換が行われていた。
オレンジの時点でやめなかったのは、オレンジはこの世界にもあるっぽかったから、インパクト薄いかな、って……
「これは……焼き菓子……か?」
「……新作」
クラリス様がぽつりとお呟きになられたが、聞かなかったことにしよう。「既に複数のスイーツを試食済み」とか子爵様にバレたら怒られる。
お皿の上に現れた梨のレアチーズタルトはホールである。
これを皆様に切り分けていただく。
「サーシャさんも、もしよろしければご一緒にいかがですか。ぜひ感想をうかがいたいです!」
「えっ……よ、よろしいのですか……?」
主の子爵様と父親の騎士団長、双方が頷くのを待って、サーシャさんにも食べていただくことになった。
スイーツに女子はよく似合う。武闘派メイドのサーシャさんには、これからも積極的に取り入っていきたい! 主に我が身の安全のために。
さて、この「梨のレアチーズタルト」。
実はケーキ屋で食った品とかではない。
あれは高校時代のこと――
地元の農家の友人が、台風の直前に、まだ熟し切っていない梨を収穫する羽目になった。
しかしどうにも甘味が足りず、そのままでは売りにくい。ブランドイメージにも傷がついてしまう。
そこで皆で考えた結果、梨のスイーツを製作して通販で売ることになった。
製作には先輩が修行していたケーキ屋師匠の協力も仰ぎ、そちらの通販システムも使わせていただいて、「訳あり梨のレアチーズタルト」としてSNSで拡散、幸いにもそこそこさばくことができた。
俺が手伝ったのは梨の皮むきとシロップに漬ける工程くらいだが、思い出の味である。というか、試食のおかげでかなり堪能させていただいた。
食後のデザートとして皆様の前に一皿ずつ並び、サーシャさんも席についた。
「…………よし。いただこう」
子爵様が、意を決してフォークを差し込む。
食事中はあまり喋らないのがマナーとはいえ、お茶会などの時は普通に喋る。密談のための茶会もあるだろーし、そりゃそーだ。
というわけで、以下は皆様の反応である。
「これは……! 甘い、チーズなのか……? 優しく濃厚な……その上で、この爽やかな後味は……!」
「お、うまいな、こいつは! おい、サーシャ! 後で作り方教えてもらえ!」
「は、ふわ……え、なにこれ……えっ。甘い……えっ。おいしい……うわ、なにこれ……?」
「リル姉様、おいしいね」
「……そ、そうですね! おいしい……です。ほ、本当に……」
クラリス様は平然と。リルフィ様はぼろを出さないようにちょっと緊張気味に。このあたりは役者の違いであろうか。リルフィ様、たぶん演技とかすごい苦手そう……
だがこのお二人もレアチーズ系は初めてのはずであり、フォークは止まらない。サーシャさんなんて素が出てる。
「上に載せている果物は“梨”と言いまして、こちらの世界にあるかどうかはわかりませんが、水気の多いシャリっとした香り高い秋の果実です。土台のタルトはこちらにもありますよね」
「ないぞ、こんなに甘い生地。生地だけで王都に繁盛店を開ける」
そうだ、砂糖ないんだった……
ヨルダ様のツッコミに頷きつつ、ライゼー子爵が唸った。
「生地も凄いが、問題は、中の、白い……このチーズのような何かだ。果物については異世界のものということで納得した。生地についても、味はさておき、似たようなものならこちらでも作れそうな気配がある。しかし、この……」
「お気づきの通りのチーズです。クリームチーズと生クリームを混ぜて、そこに甘味と、柑橘系の酸味を加えています」
「チーズなら、うちの牧場でも作れるはずだが……味と舌触りがまるで違うぞ?」
砂糖の強さよ……
あと洋酒とかゼラチンとか香料も少し使ってるはずだが、そのあたりは梨の皮剥き担当だった俺にはよくわからない。職人の技ではあったと思う。
「タルトの味はともかくとして、私の能力については、ご納得いただけたかと思いますが……」
「あ……す、すまん! そうだったな。味のほうにすっかり気をとられた」
スイーツの魔力は子爵様にも通じる。憶えておこう。
「トマト様の件について、話を戻しましょう。レッドバルーンをトマト様に変えてしまったのは私のせいです。それによる危険は特にないはずですが、その……このことは、ここにいる皆様だけの秘密にしていただいたほうが、良いかと思っています」
ヨルダ様が肩をすくめた。
「もちろん承知だ。むしろ俺や娘に話したのが軽率なくらいだよ。ライゼー、異論はあるまい? これが発覚したら……こちらのルーク殿を巡って、戦争が起きかねんぞ」
戦争て。
……いや、大袈裟ではあるまい。仮にコピーキャットをフル活用した場合、経済を牛耳れる可能性が出てくる。
これはクラリス様達にも内緒だが、ルークさん、前世では本当にいろんなスイーツを食べてきた。
そしてスイーツの中には……「金箔」を使ったものがたまにある。
そう。
「鉄の棒」とか食ったことがなかったので再現できなかったが、「金箔」は特に問題なく……大量に……「固形」で……錬成できてしまった。
慌てて金時芋の芋けんぴに変化させて事なきを得たが、これがバレたらちょっと怖い。なにせ金は人を変えてしまう。
ライゼー子爵も重々しく頷いた。
「秘密にするのは当然だろうな。しかしその力、使いようによっては……」
クラリス様が、膝の上の俺をぎゅっと抱え直した。
……おや? なんか涼しい? あれ? 急に気温下がった?
「……お父様。お伽噺の勉強から、やり直したほうがいい?」
「ん……ん? クラリス? 急に何を……?」
ライゼー様も困惑顔――
クラリス様は淡々と。
静かな声で……とても静かな声で、それはもう穏やかに話し続ける。でも眼が笑ってねえ。
「神様の奇跡を利用しようとした人間は、お伽噺ではみんな破滅するの。お父様ならわかるでしょ? 今、お父様は運命の分かれ道にいる。ルークと仲良くなれるか、それとも嫌われて破滅するか……私の言いたいこと、わかるよね――?」
……ヒエッ。
これが九歳の幼女!? うそだッ! クラリス様ぜったい前世の記憶とかもってる系だ!
愛娘に気圧されたライゼー子爵、額にやや冷や汗が浮いた。
「え、ええと、つまり……?」
「ルークのことは、ルーク自身がやりたいように任せること。こっちからのお願い事は最小限。助言を求めたり相談するくらいはいいけれど……もしも能力を派手に使うよう強要したら、ルークはきっと、私達の前からいなくなっちゃう。だってそれは、“私達のため”にならないから。神様の力に頼ることを覚えちゃったら、人間なんてあっという間に道を踏み外すわ」
賢すぎて怖いですクラリス様……!
しかし、ここは乗っかっておくべきだろう。今後の怠惰な猫生活のために……!
「ひ、ひとまずトマト様については、私も普及してほしいと願っていますので、お手伝いに支障はありません。その他のことについてはクラリス様がご懸念の通り、影響が大きすぎないように、よく考える必要があると思います。私もまだ、この世界に関する知識が足りていませんし……自分自身の能力についてさえ、よくわかっていません」
……とは言いつつ、危険性についてはいくつか認識している。
ぶっちゃけこの“コピーキャット”……戦争時の兵糧確保とかにも、メチャクチャな威力を発揮するはずである。
遠征先でただの土や木や岩をガンガン食料に変えられるわけで、さすがに何万人分というわけにはいかないだろうが、数百人〜数千人くらいの兵なら俺一人で普通に養えてしまう。
遠征、および籠城において、この有用性は計り知れない。
商人思考のライゼー子爵はともかく、軍隊関係の有力貴族とかに知られたらヤバい未来しか見えてこないわけで、やっぱりあまり目立つ真似はしないほうが良さそうだ。
……が、それはそれとして、作物は今後もいくつか増やさせてもらう。俺自身の食生活充実のために! あとクラリス様とリルフィ様へのスイーツ提供も、健康に影響しない範囲で。
かわいい女の子とのお茶会とか、前世で非モテだったルークさんにとっては憧れのお時間である。
それ以外の……たとえば遠征軍への帯同とか俺自身に関する研究とか、そういう話になってきたら、その時は逃げるとしよう。
ライゼー子爵、大きめに頷いた。
そもそも賢い御方である。なにせクラリス様のお父上だ。うーむ、この説得力……決して娘にビビったわけではない。父親の威厳は保てている。大丈夫ですライゼー様。震えが止まらないのは貴方だけではありません。幼女こわい。でも正直、頼りになる……
「……私からの干渉は最小限に控えよう。そもそもクラリスのペットだしな。任せる」
よし、日和った! しかし正しい選択です。クラリス様に逆らってはいけない。ルークさんも心に刻んだ。
さて、ここまでほぼだんまりなのがリルフィ様。
一応、子爵様にいろいろと話すことについては、昼のうちに相談した。
隠しておいてもいずれバレるので、「それがいいでしょう……」とは同意してもらったが、ついでに一つ、子爵様に対して要望を出すようにと助言された。
そのお話もしなければならない。
「それとですね、ライゼー様。先だってクラリス様のご要望で、このお屋敷に“お風呂”を作りたいという話になったのですが……」
「……風呂? いや、それは……温泉の湧く地を領地としているか、あるいは火属性に適性のある魔導師を家臣に抱えていない限り、少々どころでなく手間がかかるぞ。よほど高位の貴族か、王宮か、巡礼者が多く訪れる神殿などか……そうしたところでなければ、とても維持できんだろう」
やっぱり、水温や設備そのものの維持管理が大変っぽい。
「管理については私にできます。ええと……今、お見せした能力で、“水”を“お湯”に変えられるのです」
ライゼー様が一瞬呆けた。
「そ、そんなことまで……? いや、それでも、水を日々、浴槽に汲み直す手間もかかるが……」
「汚れた水をきれいな水に変化させられますので、浴槽を掃除する時以外は、蒸発した分をたまに追加するだけで大丈夫です」
コピーキャットの能力は「大きさには融通が利く」とのことだったし、あるいは少しずつなら水も増やせるかもしれない。
あとの課題は浴槽の耐久性で、もしも水を入れっぱなしにする場合、やはり普通の木材では厳しい。
廉価ならばレンガや石材を検討したいが、そうなると大掛かりだし……やっぱりしばらくは、無理を覚悟で木製の湯船を試作し、その使い勝手を試しながら次の方法を模索していくべきだろうか。
何も最初の一手で正解に辿り着く必要はない。
こういうのは試行錯誤、まずは安価な手段を試してからだ。
理想をいえば、船やボートの製作に使うような水に強い材木、及び防水処理の方法があるといいのだけれど……
ライゼー様が両手を挙げた。降参のポーズである。
「わかった、すべて任せる。で、こちらからは何が必要なのかな」
話が早いのはさすが!
「リルフィ様の離れと隣接する形で、湯船をおくための小屋を建てていただきたいのです。周囲から見えないように考えて設計しますので、それを実現できる職人さんの手配をお願いできればと……」
「設計……できるのか?」
「もちろんリルフィ様のご指導を仰ぎます。が、特に豪勢な作りにするというわけではありませんし、基本はただの小屋ですから」
これがリルフィ様からいただいた助言である。
設計を請け負ったのは、必要なのがいわゆる「普通のお風呂」ではなく、俺の能力を踏まえた特殊仕様にするためだ。
具体的には、湯船とつながった水に触れられる裏側に、「ルークさんがいつでも出入りできる待機場所」を作る。
ここがボイラーと浄水設備の機能を兼ねる。つまり装置は俺。
あと人間用の湯船は猫には深すぎるため、ルークさん専用のたらい型浴槽もここに置かれる。猫の風呂など覗かれても支障ないので、遠慮なく露天仕様にするつもりだ。
そんな感じで軽い打ち合わせは済ませたが、詳細はまだこれから、職人さんとも相談する必要がある。
「よし、町から職人を呼んでおこう。その……口止めなどは必要か?」
俺の存在についてか。
リルフィ様が控えめに呟く。
「そこは私が、対応します……ルークさんの手を煩わせるほどのことではありませんし……」
「そうか。では、それも任せてしまおう」
まぁ、無難なところである。
俺もお風呂の建築関係なんて何もわからんし、リルフィ様のお言葉に甘え……あれ!? リルフィ様って超人見知りじゃなかった? 大丈夫?
……頭上からふと、クラリス様がくすりと笑う気配が伝わった。
……Oh……既に打ち合わせ済か……これでお風呂は、クラリス様の御意向が最大限に反映されたものとなろう。実際に職人とやりとりをするのは、おそらくクラリス様である。リルフィ様の存在は、ライゼー子爵を納得させるためのデコイだ……
しかし「神様の奇跡に頼ったらダメ」とは言いつつ、クラリス様はちゃんと“節度”というものを弁えておられるのが素晴らしい。さすがは我が飼い主。ペットとして誇らしく思う。
……決して「言ってることとやってることが違うよーな……」などと指摘してはいけない。
ルークさんとの約束だ!