162・猫の学祭食べ歩き
王立士官学校の学祭は、王都における一大イベントらしい。
……とゆーか、この時期の王都ではいろんな学校が、日程がなるべくかぶらないようにして「学祭」を開催しており、その多くでは父兄のみならず、王都の人々が自由に出入りできるようだ。
秋の王都で飲食系の露店が少なく雑貨系が目立っているのは、「学祭の模擬店が飲食系に偏るため、そっちに客をとられるから」という事情もあるとかないとか……
いや、根拠のある話ではなく「たぶんそーじゃないかなー?」的な説を、ヨルダ様からたった今、教えてもらった。
「秋の社交シーズンにあたる約二週間は、学生が王都の主役になるといってもいい。経済も動くし、この時期の露店の経験を経て商売に目覚め、後に大成したなんて商人もいる。新しいアイディアや新メニューも出回るから……ある意味、『バロメソース』の試食をしてもらいやすい時期でもあるな。理想を言えば、ルーク殿の店舗も来年の今頃に開店できると良さそうだ」
「それは良いことをうかがいました! いっそ学生さんに頼んで、学祭の露店で試験的に出してもらう手もありそうですねぇ」
先日、ライゼー様を訪ねてきたスターリット・ホルムズ男爵――彼の従姉妹も、士官学校の技術課程に在籍しているらしい。うまく縁を結べれば、バロメソースを使ったホットドッグとかサンドイッチとかを企画できるかもしれない。若者から流行を作るのはマーケティングの常道である。
とはいえ、それも来年以降の話。今年は純粋に学祭を楽しむ予定である!
サーシャさんにだけはクロード様激励のため先行してもらったが、開門時は混雑するとのことで、我々一行は少し遅れて到着……でもけっこう人が多い。歩くのに難儀するほどではないものの、周囲の人数を数える気にはならぬ程度に多い。
先頭にライゼー様とヨルダ様。その後ろにクラリス様と手を繋いだウェルテル様、最後尾に俺を抱っこしたリルフィ様+ピタちゃんという布陣だ。
前衛・中衛・後衛のバランスが良く、バックアタックにはピタちゃんが対応できる。いや別にダンジョンへ踏み込むわけではない。
ぞろぞろとゲートをくぐる他の来場者達の行列に、混ざって歩いていると――
「あれ? ルークさん? わー、ホントに来てくれたんだ?」
……駆け寄ってきたのは、『案内係』の腕章をつけた女子高生――もとい、ラン様であった。
本名はランドール・ラドラ様。トリウ伯爵の孫であり、クロード様と同室で生活している男の娘である。
本日もたいへん可愛らしいスカートの制服姿なのだが、ガチで違和感ねぇな……?
「ライゼー子爵も、お久しぶりです。春の侯爵邸での夜会以来ですね」
「はい、お久しぶりです。クロードがいつもたいへんお世話になっておりまして……」
「あはは、むしろ私のほうがお世話になることが多いくらいです。クロードはしっかりしていますよ。みんなを率いるリーダー、っていう感じではないですけれど、人当たりはいいのにちゃんと芯があって、敵を作らないタイプですよね」
そしてラン様はしゃなりと一礼し、皆様と簡単にご挨拶。
その後、ちょっとだけ内緒話をするため、俺はリルフィ様の腕からラン様の腕へと移動した。
周囲ではいろんな人達が歩きながら会話しているし、こちらもけっこう大所帯なので、仮に猫の声を聞かれても「近くの誰かかな?」と気にも留められないはずだが――一応は、肉球で口元を隠す。
「ラン様、ご無沙汰してます。ラン様が案内係とは意外でした。クロード様からは、学祭の実行委員としてご多忙だとうかがっていましたが……」
「私が忙しいのは主に準備期間かなー。いざ始まっちゃうと、貴族への対応係っていうか案内係っていうか挨拶係っていうか……軍閥の子爵以上の人達には、ある程度、関係のある学生が道案内とかの対応をすることになってるの。ライゼー子爵の案内は本当ならクロードの役目なんだけど、これから試技の本番だから……私が代役でね?」
ライゼー様が苦笑を見せる。
「それはまた恐縮です。今日はトリウ伯爵はいらっしゃらないのですか?」
「いえ、もう来ていますよ。試技の貴賓席で、アルドノール侯爵達とお話し中です」
ライゼー様が一瞬、「えっ」という顔に転じた。見方によっては「遅刻」である。
その顔色に気づいたラン様がくすくすと笑う。
「大丈夫ですよ、遅刻ではないです。祖父達にとっては、昔の同級生や仲間にも会える貴重な機会っていうだけなので……もちろん、ライゼー子爵も顔を出すだけで喜ばれると思います。夜会と違ってほのぼのした感じですから安心してください」
ラン様はそう言ったが……スターリット男爵の助言は、たぶん正しかった。
こういう場は「顔を出すだけ」で充分なのだ。しかし、「王都にいながら欠席」なんてすると、一部の心無い貴族から「あいつは生意気だ」とか言われたりする。
もちろんトリウ伯爵とかアルドノール侯爵はそういうタイプではないのだが、顔を出して挨拶するだけでも、このお二人との親密さを他貴族にアピールでき、余計な軋轢を避けられる。
校庭周辺の露店通りを横切りながら、ラン様の案内で、我々は試技の行われる弓場を目指す。が、開始時間まではまだ割と余裕があるので、学生さんの働く露店も道中でちょっとだけ覗く。
お好み焼きに良く似たオコノミー、ソースが全然別物ながら、色合いと見た目は明らかに良く似たヤキソバー……この二種は昔からある伝統的な食べ物だそうで、ネーミングからして明らかに転生者のやらかしであろう。
タイヤキーがないのは、小豆と砂糖が入手困難だったせい? タコヤキーも見当たらぬが、まぁ、王都は海から遠いしな……
春先に食べた「フランクフルト」そっくりの「フランベルジュ」はちゃんと売っている。味付けは醤油のようだが、将来はあれにもトマト様ケチャップを提案したい。
他に何かおもしろそうなものは……
あ。
「おや、ライゼー子爵! いらしていたのですね」
とある露店の前にいたのは、先日お会いしたスターリット男爵。
露店で買ったと思しき、謎の食い物を立ち食いしておられる。
紙皿の上には、せんべいのようなサイズ感の、丸くて平べったい……なんだコレ?
全体に黄色いが、茶色く香ばしそうな焼き色もついている。つけあわせはすりおろしたリンゴだろうか?
見覚えはありそうな気がするのだが、思い出せぬ……
ライゼー様がにこやかに握手をする。
「これはスターリット男爵、先日はどうも。ほう、ポテトパンケーキですか」
ポテトパンケーキ!
雑誌やレシピ本で見かけたことはあるが、食べたことはない。
確か北欧、東欧あたりの、クリスマスの屋台での定番料理だったはずである。カルトッフェルプッファーとかそんな感じの。
すりつぶしたじゃがいもと玉ねぎ、小麦粉・卵を混ぜた後に形を整え、油で焼いたモノのはずだが、地域ごと、家庭ごとに細かな違いも出やすい料理であり、香辛料や塩が加わることもある。
ネルク王国のコレは、香りからして玉ねぎは不使用。
じゃがいもに加えて、こちらの世界独自のお野菜や調味料を混ぜている可能性が高い。
ぜひ食べておきたいので、リルフィ様に抱っこされた俺は無言ですっと前足を挙げた。傍目には、猫が特に意味のないムーブをしているだけに見えるだろうが、これは「買って♪」のおねだりだ。
リルフィ様がくすりと微笑み、いそいそと財布を取り出す。
そんな我々をよそに、スターリット男爵とライゼー様、ウェルテル様の挨拶も進む。
「わぁ、懐かしい! ポテトパンケーキ、私も昔、よく買いましたわ。あ、はじめまして、ライゼーの家内のウェルテルです。先日は宿まで来ていただいたのに、ご挨拶できず失礼いたしました」
「いえいえ、とんでもない! こちらこそ、到着直後のお忙しい時間帯に失礼しまして……はじめまして、スターリット・ホルムズと申します。アルドノール侯爵の部下として、軍関係の事務にたずさわっております。こちらの屋台は、私の従姉妹がやっていまして……もしよろしければ、ぜひ」
あー。そういえば、士官学校に通う従姉妹がいるって言ってた。
フライパンの向こう、緊張した様子でぺこりと一礼した女の子は、『園芸部』という腕章をつけている。
店員さんは他にも二人、いずれも女子で、こちらもそれぞれ調理作業中だ。
王立士官学校には「クラス分け」がなく、大学のように各自が必修科目を押さえつつ「選択科目」をとっていく形式だという。
そのため学祭の出し物もクラス単位ではなく、部活や同好会単位、もしくはこの学祭のためだけに作られた有志のグループが中心になっているようだ。
そして園芸部の出し物がコレということは……もしやこのじゃがいも、学内の畑でとれたもの?
リルフィ様が注文を出す。
「すみません……ポテトパンケーキを三皿お願いします……」
「は、はい! あの、失礼ですが、リーデルハイン子爵家の方なんですか? クロード様のご家族の……!」
男爵の従姉妹とゆー女子生徒さん、代金を受け取りながらも好奇心丸出しである。
陽キャの波動に怯んだリルフィ様に代わり、クラリス様が微笑を返した。
「はい。私は妹のクラリス、こちらは従姉妹のリルフィ姉様です。いつも兄がお世話になっております」
貴族の子女らしく優雅に一礼。
「貴族が平民に頭を下げるなんて!」みたいにキレる類の文化はこっちにはないが、そうはいっても礼儀作法のレベルは人それぞれであり、クラリス様のこの丁寧な物腰は好印象だろう。あと単純にかわいい。小さな子が礼儀正しいと、それだけでもう微笑ましいものである。
飼い主の立派な佇まいに、飼い猫がドヤ顔をしていると……周囲に女子高生どもが集ってきた。
「わー、妹さんも猫さんもかわいい!」
「大人しい子ですねぇ! 撫でてもいいですか?」
「あの、クロード様には私のほうこそお世話になっていて! 選択授業でよくノートを見せてもらっているんですけど、すごく紳士的で優しくて――」
「さっきクロード様ときれいな子が一緒に歩いてたんですけど、あれがもしかして噂のメイドさんですか!?」
おおぅ……この脈絡なく会話が押し寄せる感じ……わ、若さよ……
猫は女子高生どもにモフられ、リルフィ様はあたふたし、ヨルダ様はライゼー様とウェルテル様の元へ逃げ、ピタちゃんはにこにこしているだけなので、クラリス様がそつなく対応してくれた。たよりになる!
サーシャさんとクロード様のデートは無事に進行しているようで何よりである。これから試技なので、会場で合流できるであろう。
そしてクラリス様も、「兄の試技が始まってしまうので……」と、その場を離脱。
ポテトパンケーキも無事に三人分買い、歩きながらみんなでシェアする。
せんべいサイズとはいえ、一皿に三枚も入っているので割とボリューミー。ラン様は「準備期間中に味見で食べたのでお気遣いなく!」とのことなので、余った分は猫とウサギがいただく。
……二皿でも良かった? いやそれでは足りぬ。猫的にはもう一皿追加しても良いくらいである。しかし午後からは他の模擬店も巡る予定なので、今はこのくらいにしておく。今日はチートデイである。
焼き立てのポテトパンケーキは外側がカリッと、中がモチッとしており、実に食感が良い。
生地にリンゴ果汁でも混ぜているのか、ほのかに甘酸っぱく、すりおろしたリンゴの酸味とジューシー感も良いアクセントになっている。
リルフィ様に手ずから食べさせていただきながら、俺は目を輝かせた。
「これは美味しいです! 素朴な味わいながら、すりおろしたじゃがいものもっちり感に、酸味が強めのリンゴの風味が適度に彩られ、実に味わい深い……どことなく清涼感もありますね?」
一応は周囲の耳に警戒しつつ、口を隠して小声で喋る。
ウェルテル様が、隣から俺の頭を優しく撫でた。
「ルークはいい舌を持っているのね。その清涼感の正体は、カラマっていう樹の樹皮を粉末にした香辛料。リーデルハイン領では栽培していないけれど、王都の郊外で普通にとれるから、こっちではよく使われているの」
ふむ。俺の知らぬ植物なので、こちらの世界の固有種と思われる。樹皮から作る香辛料というとシナモンを連想するが、香りはまったくの別物だ。
学生の模擬店で使われているなら高価な品ではないだろうが、使い勝手の良さそうな爽やかな香りである。
初めてのポテトパンケーキに舌鼓を打ちながら、我々は試技会の会場へ。
芝生に覆われた広場の正面に、十個の的が等間隔で設置されており、弓場の左後ろ側が貴賓席になっていた。トリウ伯爵やアルドノール侯爵をはじめ、十人前後の軍閥のお貴族様達が和気藹々と会話している。
的の向こう側には高めの土塁。これは流れ矢を防ぐためだろう。
射手達の正面と左右側面は、安全のために立ち入り禁止区域となっているのだが――すぐ傍の校舎から見下ろせる位置なので、窓から見ている学生もそこそこ多い。
そして射手の後ろ側はなだらかな斜面になっており、芝生の上に適当に座っても的がちゃんと見える。
わざわざ作った斜面ではなく、おそらくはもとからあった斜面を利用する形でここに弓場と観覧場所を作ったのだろう。ところどころに簡易なベンチも設置されていたが、これはどうやら「今日は来客用」と定められているらしく、空きはあるのに学生さん達が座っていない。
ラン様が手近なベンチに我々を導いた。
「それでは、ライゼー様はあちらの貴賓席に。ウェルテル様、クラリス様とリルフィ様も、あっちでも大丈夫なんですが……おじさん達が多いのでお勧めしません。ベンチの方が落ち着いて見られますし、ルークさんも気軽に喋れると思いますので」
貴賓席に入りにくいピタちゃんとヨルダ様もいるし、サーシャさんとも合流したいので、助言通りに我々はこっちで良かろう。
天幕のほうは、なんというか、こう……見るからに偉い人が多そうで、ちょっと尻込みする感じである。
ライゼー様もあんまり行きたくなさそうだが、そこはお仕事の一環と割り切って、ラン様に引き続き案内されて行った。どなどなどーなーどーなー……♪
二枚目のポテトパンケーキをもぐもぐしながら待っていると、サーシャさんが我々と合流した。クロード様が試技に参加するため、一旦、別行動となったのだろう。さすがにカノジョ連れで試技とはいかぬ。
「あ、サーシャ。朝からお疲れ様。兄様は緊張してなかった?」
「はい。その点は大丈夫そうです。思っていたより……立派に班長を務めていらっしゃいました」
メイド服でないサーシャさんはちょっと新鮮である。見た感じはいいところの商家のお嬢様、という感じ。
姿勢もいいし顔もいいが、何よりいかにも冷静沈着な表情が育ちの良さを連想させる。
……実際には拳闘Bの武闘派が持つ強者の貫禄なのだが、服装からくる印象というのは大きい。
ウェルテル様が目をキラキラさせて、サーシャさんを隣に座らせる。
「たぶんサーシャの前でいいところを見せようとして、集中力が高まってるんだと思うわ。あの子、普段は気が抜けがちだけど、サーシャが絡むと本気だすから。私やライゼーだけだったら緊張で実力を発揮できなかったかもしれないけど、サーシャが傍にいればもう大丈夫。失敗したら師匠のヨルダ様のせいね!」
ウェルテル様はにこやかに冗談を飛ばした。急に話を振られたヨルダ様がびくりとする。
「え。俺ですか? まぁ、師と弟子の間柄ですんで、俺のせいっちゃ俺のせいですが……しかし、確かに問題ないでしょう。さっきルーク殿から試技の内容を聞きましたが、クロード様の腕前なら当たって当然。矢が飛んでいる最中に鳥でも割り込んでこない限り……あるいは的が歩いて逃げ出さない限り、いけると思います。九分割した的を射抜くとか言わず、的の隙間とか枠のほうを狙ってもいいくらいです」
……クロード様が弓を射るところを、俺はまだ見たことがないのだが、本当にそんなヤバい腕前なの……?
適性の弓術Aとはいかほどのものか、楽しみである。
やがて開会の合図となる放送が入った。
女子学生さんの声で、『ただいまより、弓術試技会を開催いたします』と……まごうことなき「放送」である。スピーカーは隠されているのか、それらしきものが見当たらぬが、風魔法系の魔道具とか?
開会の挨拶は軍閥のお貴族様らしい。俺の知らぬ人である。
その挨拶の最中に、試技に参加する生徒十名が整然と一列に並び、制服とは違う動きやすそうな軍服姿で行進してきた。かっこよ。
先頭にはもちろん班長のクロード様! 話すと柔和な印象なのだが、真剣な顔をしているとなかなか凛々しい。ここはやはりライゼー様似である。
お貴族様の挨拶の終了とほぼ同時に、各自が所定の位置へとつく。リハーサルをきちんとやっていたと思しきタイミングの良さであり、なるほど、『儀礼』っぽさというのはこういう部分か。
弓術は十人中、実に七名が女生徒とゆーことで、華やかである。どのお嬢さんがシンザキさんかな……と、見ていると、生徒紹介のアナウンスが始まった。
三番目に呼ばれた金髪ショートのちょっと勝ち気そうな子がシンザキさん。
班長のクロード様は最後に呼ばれたのだが、一礼した直後、観客席から黄色い声援が飛んだ。
『クロード様ー! がんばってー!』
せーの、と声をあわせて発せられた微笑ましいこの声援に、猫は真顔。
…………クロード様……? 地味な学園生活だったはずでは……? どういうことなの……? 本人の認識と現実の間に齟齬が発生している……?
恐る恐るサーシャさんの横顔を見上げると――特に反応はない。
……は、判断に困る!
いつも通りにも見えるし、何か考えてそうにも見えるし、今夜の晩ごはんのことを考えていそうにも見える!
じんぶつずかんを覗けば話は早いのだが、アレはプライバシーの侵害も甚だしいので、皆様の安全確保とか必要な調査とか政治の流れの確認とか、そういう必要に迫られた時以外はなるべく自重することにしている。
鐘が打ち鳴らされ、若き射手達がそれぞれの的の正面に立つ。
次の鐘を合図に、全員が弦を引き絞り――
狙いが定まったタイミングで、再び鐘が鳴る。
一斉に放たれた矢はほぼ直線的な勢いで的へと向かい、十人全員が初撃を的に当てた。
おお、と観客達からどよめきが上がる。
クロード様はもちろんど真ん中。他の人達は中心に近かったりちょっとズレたりと多少の差はあるが、的を外した人は一人もいない。
『これは素晴らしい! 全員が的に当てました! 解説のクァドラズ伯爵、第一射はいかがでしょうか?』
『皆、優秀ですな。初撃は特に難しいのです。まだ疲れもなく集中はしやすいのですが、緊張はありますし……なにより、二発目以降なら、今のコンディションや天候のブレを把握して微調整ができます。特にまだ学生の場合、初撃はむしろ外しても仕方ないのですが、これはこの先も期待できますよ』
クァドラズ伯爵とゆー方は、アルドノール侯爵の腹心であり、軍閥のお貴族様の一人である。ライゼー様との関わりはほとんどないはずだが、彼が解説役らしい。
……お貴族様を解説に呼んでくるって、伝統なのかもしれぬが、この士官学校思った以上に自由だな……?
安全地帯で待機していた学生達が駆け出して、十個の的から矢を抜いていく。
彼らの退避を待ってから、また鐘の音にあわせ、第二射の準備――
晴れやかな秋空の下、学祭の弓術試技は、ややのんびりとしたテンポで、しかし着実に進んでいくのだった。




