160・王都、秋の収穫祭
ネルク王国では、春と秋の二回、貴族が王都へ集う。社交の季節である。
ライゼー様のように遠方の下級貴族の場合、春秋のどちらか片方だけに参加することが多いのだが――
「……今年は、秋も行く羽目になった……レッドワンドとの戦後処理と、レッドトマト商国との国交樹立と、ダンジョン発見の報告と根回し、それに琥珀の流通ルートへのルーシャン様からの仲介……急ぎの案件が多すぎて、とても次の春まで延ばせない――」
わー。お忙しそうー。
……ほぼ全部、ペットの猫によって巻き込まれた案件のよーな気がしないでもないが、ライゼー様は最後まで面倒を見てくれるタイプの飼い主だって信じてます!(ごめんなさい)
お疲れ気味のライゼー様を慮って、王都への行き来は今回、キャットデリバリーで済ますことにした。
道中の宿の手配もしていないため、精査されると「おや?」と不思議がられるかもしれぬが……直前まで領内のお仕事をする必要があり、背に腹は代えられぬ。
トリウ伯爵の領地だけは素通りできないので、「トリウ伯爵邸に一泊→リーデルハイン領に一回戻る→到着予定日になったら王都へ移動」とゆー、ガバガバのひどい偽装プランが採用された。
また、今回は春よりメンバーが増えている。
まずは王都生まれで病気が快癒したウェルテル様!
久々に親戚や旧友にも会いたいとゆーことで、すんなりと同行が決まった。
それから冒険者チームのケーナインズ。彼らは王都の冒険者ギルドに顔を出したいらしい。迷宮の先行調査に関する報告書は送ったのだが、口頭での報告も求められており、ライゼー様の出張がなくても近いうちに移動する予定だった。
クラリス様、リルフィ様、ピタちゃんやメイドのサーシャさん、騎士団長のヨルダ様ももちろん一緒である。
あ、あと王都行きの前に『会社名』が決まった。
何って、「トマト様のバロメソース」を売りさばく交易会社の社名である。ついでにペーパーパウチ工房の運営会社でもある。いずれはメイプルシロップも売る。有翼人さん達が作った特産品も取り扱う。やることが……やることが多い……!
肝心の会社名は、シンプルに「トマティ商会」!
トマト様のご尊名を社名にも使わせていただく以上、決して悪辣な真似はできぬ……福利厚生も万全な超優良企業を目指す所存だ。
残業時間は……まぁ……うん……残業代は……出すから……(弱気)
この会社のトップは決して人前に姿を見せない謎の交易商人(非実在人物)、ルーク・トマティ氏――彼は冒険者ギルドと魔導師ギルドの双方に『銀』の階位で登録されており、後見人はなんと宮廷魔導師ルーシャン様。
そんな人物を代表取締役に据えた、いかにも怪しい新進気鋭の交易会社……まぁ、実態は猫が社長なんですけど。
なんかすごい裏がありそうな人物設定になってしまったが、こちらの基準で考えると「コレは多分、どっかのお貴族様の偽装ネームだな……」という解釈になるらしい。
国王陛下も味方だし、アイシャさんやロレンス様も出資者に名を連ねてくれる予定なので、貴族に目をつけられてもなんとかなりそう。
それから王都ではもう一つ、メインイベントがある。クロード様が通っている士官学校の「学祭」だ!
前世でもそうだったが、こういう行事はただの娯楽ではなく、意外に学びが多かったりもする。
自由研究、飲食店等の職業体験、出し物などの企画立案の経験、その他いろいろ……「何をやるか」が生徒次第という点も、自主性を育む上で重要である。
で、我らがリーデルハイン家の嫡子たるクロード様は弓術の試技に班長として参加予定で、これはちょっとした晴れ舞台である。たのしみ。
何はともあれ、王都郊外の人目につかないところへ馬車ごと宅配!
――そして何食わぬ顔をして、我々一行は旅の疲れもないまま街へ入った。
旅の警護役をするはずだった騎士さん達が『ハハッ……』って力なく笑ってるけど、そこは慣れてください。
さて、馬車の窓から見える秋の王都は、春とはまた違った趣だ。
春と同じく露店は大量に出ているのだが、扱っている商品の傾向がだいぶ違う。
春はなんというか、いかにも「お祭り!」感のある軽食とゆーか、その場で食べられるモノの屋台が多かった。
しかし今回は、布製品とか書籍とか保存食とか雑貨とか、持ち帰るのが前提になっている商品がやたらと多いような……?
馬車の中でそのことを指摘すると、俺を抱っこしたリルフィ様が微笑とともに頷いた。
「そうですね……元々、王都のお祭りは、春の祝祭のほうがメインでして……秋の収穫祭は、『冬支度のための経済活動』から始まり、後から祭りとして定着したと言われています……近隣の農地から収穫物を売りに来た人が、その収益で冬支度に必要な諸々を調達して帰る――あるいは王都へ出稼ぎに来ていた人達が、手土産を持って故郷へ帰る――そうした動きを想定した自由市のようなものです。ですから、人は多く集まりますし商売も盛んにはなりますが、踊ったり歌ったりパレードをしたりといった儀礼的な催しはほとんどありません……また、王都で売れ残った商品の特売などもありますので、仕入れ目的の行商人なども、いつもより多く訪れます……」
年末にはまだ全然早いが、年越しに備えるための秋のセールか……物流にも移動にも時間がかかる分、年末セールが前倒しになっているのだろう。
年越しの時にも各家庭でのお祝い程度はあるが、クリスマスとか初詣のよーなお祭りイベントはない。もちろん国によって違うので、『ネルク王国の場合は』という話である。
あとオルケストあたりだと「年越しコンサート」とかはあるっぽいので、地域差も多少はある。
そんな諸々を知ってから、改めて街を眺めると――なるほど、冬の間に自宅で遊ぶためか、子供向けのおもちゃとか遊戯盤みたいな雑貨も目立つ。
コレは春先にも見かけたのだが、転生モノでの商材として定番のリバーシとかも既にある。おそらくは俺の先達が一儲けしたのだろう。
……ちなみにルーシャン様が運営しているペット用品会社では、リバーシの石の表裏を「白猫」「黒猫」に変換したアレンジ品が売られている。
たぶん需要と供給とか必要性とか必然性とか、そういうモノを一切考えずに、ただただ作りたいものを作っているだけである。でも割と売れたらしい。人類さぁ……
さて、春にも泊まった常宿、八番通りホテルに辿り着き、荷ほどきをしていると――見覚えのある知らない人が来た。
二十代なかばの……別にイケメンではない感じの、人の良さそうなあんちゃんである。
俺は猫のふりをして階段に待機。香箱っ。
「失礼、アルドノール・クラッツ侯爵からの使いとしてまいりました、ホルムズ男爵家の――」
侯爵様からの使いであった。
名前は存じ上げなかったが、先日のレッドワンドからの国境侵犯の折、ライゼー様とも一緒に戦陣に加わっていた人である。顔はなんとなく憶えているし、同じ派閥の仲間なので害はない。また、男爵家とゆーことでライゼー様のほうが普通に格上である。
とはいえうちのライゼー様は、こういう人にパワハラとかしない真っ当な大人!
「おや? スターリット男爵ではありませんか。先日はお世話になりました」
挨拶の声を聞きつけて、ライゼー様がすぐに上の階から降りてくる。
こちらのスターリット・ホルムズ男爵は妻帯者で、領地はもっておらず、軍閥の文官として日頃は王都で働いている。
先日、戦地にいたのも、戦闘要員としてではなくアルドノール侯爵の事務作業を補佐する役割のため。特に兵站関係のプロである。下位の貴族とはいえ実務派であり、仲良くしておいて損はない。
「いえいえ、こちらこそ。春に続いて、秋までご足労いただき恐縮です。アルドノール侯爵からの書状をお持ちしたのですが……別件でお話ししたいこともありまして、もし差し支えなければ、少しだけお時間をいただけますか?」
「ええ、もちろん。いま着いたばかりなもので、まだ執務室の準備ができていないのですが――部屋はありますので、どうぞこちらへ」
ライゼー様は、まるごと借りたホテルの手近な客室へと、使者の男爵を招き入れた。
素知らぬ顔で俺もついていく。四足歩行である。
「おや、猫が……この宿の飼い猫ですか?」
「いえ、うちの猫です。春先に娘が拾ってきましてね。名前はルークといいます」
「にゃーん」
「それはそれは……いや、毛並みのきれいな良い猫です。それに賢そうだ」
ほう? 社交辞令とわかってはいるが、なかなか良い心がけである。こやつめ、ハハハ。
さて、スターリット男爵の来訪目的であるが、アルドノール侯爵からの書状に加え、もう一つ――
手紙にはしにくい、口頭での用件を持ってきた。
「……ライゼー子爵。戦地で我々が口にした、『トマト様』という果実の件で、少々ご相談がありまして……」
「ああ、はい。果実というより、あれは野菜だそうですよ。ナスやレッドバルーンの近縁種のようで……あれが何か?」
「はい。あのトマト様を、今後、リーデルハイン領の特産品にするとうかがいました。ぜひ私にも、そのお手伝いをさせていただけないかと……」
ふむ?
話を聞けばこちらのスターリット男爵、先日食べたトマト様の味が忘れられず、その布教に協力を申し出てくれたのだ。
いや、言葉の上では「販路の確保に協力したい」とか「自分の親戚の店にも商品を卸して欲しい」という実務的な内容なのだが、ルークさんにはわかる。これは信仰の芽生えである。
この方もまた、トマト様の御威光に打たれてひれ伏した下僕仲間に違いない――たぶんそう。きっとそう。そうであってほしい。
ライゼー様がちらりと俺を見た。
俺は猫っぽく顔を洗いながら、『じんぶつずかん』をチラ見する。
――スターリット男爵。二十六歳。娘さん(二歳)が病気。すぐに大金が欲しいわけではないが、長期にわたって治療の資金がいる。なので今のうちから有望そうな事業に参加しておきたい。
敵意とか隔意とかはなく、純粋に「将来性がありそうな事業を見つけた!」という感じで声をかけてきたよーだ。
で、肝心のお子さんの病気なのだが……これは前世のお薬ではどうにもならぬ系統。
この世界に来たばかりの頃、俺はリルフィ様からこんな話をうかがった。
『魔導師は魔力が体内を循環しているから、体温が高くなりがち』
『自分の魔力と体温をうまく制御できないと、自らの熱で寝たきりになってしまう人もいる』
――セリフ回しは少々違うが、大意としてはこんな感じ。
そしてスターリット男爵の娘さん(二歳)は、まさにこの例らしい。
「生まれつき魔力が強い人」というのは希少例であり、大概は成長するにしたがって強くなっていき、魔導師としての修行を同時に進めることで落ち着いていくのだが――二歳児にそれは難しかろう。
こういう希少例の幼い子供は、魔力量を減らす特殊なお薬を飲み、適切な対応をし続けないと命にも関わる。
ネルク王国に皆保険制度などはもちろんなく、薬代は全額自腹。こうなると男爵ですら厳しい。
俺はライゼー様にメッセンジャーキャットを飛ばす。
(良い話だと思います! 王都には『トマティ商会』が店を構えますが、既存のお店とも協力できれば、妨害工作や嫌がらせの心配なども減るでしょうし。一応、現時点での確約は避けて、『それならトマティ商会の商人に伝えておく』とお返事しておいてください!)
ライゼー様がわずかにうなずき、俺の背を撫でた。
「わかりました。実はトマト様の生産と加工、交易の事業は、トマティ商会という新規の商会に一任していまして……領地に戻り次第、スターリット男爵のご提案を、商会の責任者に伝えましょう」
「それはありがたい! ぜひよろしくお願いします。しかし……ライゼー子爵が、その商会の経営者というわけではないのですか?」
「支援はしていますが、少々複雑な事情がありましてね。トマト様に関する諸々はその商会に一任するという約束の上で、リーデルハイン領は農地を提供しています。あくまで出資者の一人、という立場ですな。他の出資者については、そのうち明かされるはずですが……あくまで商売上のやりとりにとどめて、あまり深入りはされないほうがよろしい。これは老婆心から申し上げておきます」
『バックにやべぇのがいるぞ』という意味である。リオレット陛下とかロレンス殿下とかアイシャさんとかルーシャン様とか……あと社長が猫なのも、別の意味でヤバ……あの、ほら、会社法とか……あ、ない? だいじょうぶ? 法令には違反してない? それはそれで猫をダミー社長にしたペーパーカンパニーとかできちゃいそうで不安……
スターリット男爵はぶるりと肩を震わせ、深く一礼した。
「なるほど、やはりオズワルド様も……承りました。誰にも他言はいたしません」
………………………………すげぇ勘違いされたな? いやでもよく考えてみたらそうなるな?
先日のガチマで、魔族のオズワルド氏がみんなの前で「気に入った!」とやったので――リーデルハイン領、及びトマティ商会から苗を譲られて、その時に「お礼にこの事業を私も手伝ってやろう!」という流れになった……と、一瞬で勘違いされた。
ライゼー様もいろいろ思い至ったようで、窓のほうを見るふりをして頬を引きつらせる。
……まぁ、大勢に影響はない。むしろ軍閥の諸侯に対しては、『トマト様の覇道を妨害したら魔族が怒るかも』という戒めにもなろう。ひょうたんからコマというヤツである。
お話はほぼ終わりということで、スターリット男爵は席を立とうとしたのだが……「あ」と思い出したように立ち止まった。
「まったく別の話で恐縮なのですが……確かライゼー子爵のご子息のクロード様は、王立士官学校に在籍されていましたね?」
「ええ。ラドラ伯爵家のランドール様と一緒に、領主課程に在籍しています。それが何か?」
「実は私の従姉妹も、一般課程で同学年に在籍しておりまして――その従姉妹が話していたのです。領主課程のクロード様は武芸に秀で、それでいて温厚な紳士でもあり、たいへんな傑物だと――今年の学祭では弓術試技の班長にまで抜擢されたそうで、おめでとうございます。当日はもちろん見に行かれるのでしょう?」
クロード様、順調に頭角を現しているようで結構なことである。近いうちにリーデルハイン家が陞爵しそうだし、今のうちから良い評判を得ておいて損はない。
「妻と娘は見に行く予定です。私もなるべく行きたいのですが――今後の予定次第ですね。連日、会合や商談が入るでしょうし、あえて優先するつもりはありません」
スターリット男爵が、ふむと唸った。
「……そういえばライゼー子爵が王都へいらっしゃるのは、例年ならば春だけでしたか……士官学校の秋の学祭には、軍閥の貴族の多くが来賓として訪れます。そしてその多くが士官学校の卒業生であり、愛校心も持っています。アルドノール侯爵やトリウ伯爵も、もちろんおいでになるでしょう。しかも……今年はご子息が試技の班長で、ライゼー子爵も王都に滞在中です」
ライゼー様は頷きながらも、スターリット男爵が何を言いたいのか、ちょっとよくわかっていない感じのお顔……
「……若輩の身でこのようなことを申し上げるのは、僭越で恐れ多いのですが……この状況下でライゼー子爵がご欠席された場合、一部の貴族は、『伝統ある士官学校を軽視している』と感じるかもしれません。また学校側も『なにか不興を買ってしまったのか』と、要らぬ気遣いをする懸念があります。士官学校の卒業生ではないライゼー子爵のお人柄を、学校側は知らないのです。もちろんどうしても外せない用事が入った場合には仕方ないのですが、もし、可能であれば――ご出席いただけるだけで、多くの懸念が払拭され、不要な波風を避けられるでしょう」
これは貴重な忠言である。
ライゼー様はしばし考え込み、大きく頷いた。
「――スターリット男爵、助言に感謝します。この王都で、息子への身贔屓は良くないと思い込んでいましたが……周囲の視線への配慮が足りていませんでしたな。予定を調整し、学祭には私も行くようにします」
スターリット男爵が帰った後、俺がご用意した煎茶を飲みながら、ライゼー様は苦笑いをされた。
「いかんな……いまだに商人気分が抜けないようだ。士官学校の学祭よりも商談を優先するつもりだった。彼には借りを作ってしまったな」
「あちらもトマト様の利権に絡めるわけですから、貸し借りはナシで良いかと思います。というより、ライゼー様はなんだかんだ言って、クロード様の試技は見に行くものと思っていたのですが……」
ついでにお出しした薄皮まんじゅうをつまみ食いしつつ、俺は首をかしげる。宿に到着した時ってこういうの食べたくなるよね……や、今回は宅配魔法で運んでもらったけど。
そしてライゼー様も薄皮まんじゅうをパクパクと。
「うーん……いや、行きたいとは思っていたんだ。しかし、試技の班長となると目立つだろう? 他の貴族からの視線がな……その場にいるだけで、息子自慢と受け取られそうで……」
そんなつまらぬ視線は気にしなくても良いと思うのだが、ライゼー様の言うところの「商人気分」というのはそこなのだろう。幸せアピールやリア充アピールと思われるとやっかみを買うものだし、ライゼー様の場合、王都での『ギブルスネーク退治』によって、悪目立ちしてしまった反省もあると思われる。
しかし学祭の試技というのがどーいうものかは知らぬが、運動会の父兄席と似たようなものでは? 大丈夫じゃない?
「ただ今回は、むしろ行かないほうが問題になりそうだと理解した。スターリット男爵には感謝だな。さて、アルドノール侯爵からの書状だが……」
ライゼー様が、開封済みの手紙をそのまま俺に寄越した。スターリット男爵との会話中に、もう目を通していたようだが……え? 読んでいいの? 猫に関係ある話?
「……ルーク。『リスターナ・フィオット』という子爵を知っているか? ネルク王国の貴族ではなく、ホルト皇国の外交官なんだが……」
……びみょうにしってる。ような気がする。
なんだっけ? ケーナインズのウェスティさんを情報屋代わりに使ってた人だっけ?
あとクロード様からも、「猫の精霊について嗅ぎ回っているみたいだから注意してください」みたいなことを言われたと思う。
「お名前だけは春先に聞いた気がします。その人が?」
「こっちを名指ししたわけじゃないようなんだが……アルドノール侯爵に、『国境でのオズワルド様との顛末を聞きたいから、現地でそれを目撃した武官を誰か紹介して欲しい』と要請があった。侯爵はさすがにお忙しいから……私のほうで対応を、とのお達しだ。同じ子爵同士で年齢も近いから、ちょうどいいと思ったんだろう」
む。コレはおそらく、オズワルド氏がトマト様を気に入った経緯も含めて、「他国の外交官にどこまで話すかは、当事者に任せる」という侯爵様のご厚意なのだろう。
「時間はこちらで指定していいそうだ。先方はクランプホテルに逗留しているから、王都での滞在中に会っておいて欲しい、と――ルーク、どう思う?」
「侯爵様からのご依頼となれば、断れるものではないですし……他の武官に裏とりをされても矛盾が出ないように、見たままのことを話していいと思いますよ」
どうせ今回の一件、世間的には「オズワルド様の武勇伝」であり、猫は関係ない。
使った猫魔法も、一見するとただの竜巻にしか見えない『キャットトルネード』さん達だったため、猫の関与も疑われずに済む。
「……ふむ。ルーク、手間をかけるが、会合の時、姿を隠してついてきてくれるか? もしも私が言葉に詰まるような質問が出たら、こっそり助言をして欲しい。先方がどこまで情報を掴んでいるか……まさかルークの存在にまでは気づかれていないと思うが、念のためだ」
「承りました!」
俺はビシッと敬礼をキめ、咀嚼していた薄皮まんじゅうを嚥下する。こしあん派である。
ライゼー様は頷いた後、しばらくもぐもぐして、ふっと遠い目をされた。
「…………そういえば、ルーク。オズワルド様がいらっしゃるたびに、土産の菓子を渡しているだろう? 先日のメテオラでの茶会の時、雑談でその話が出てな」
「はぁ。それが何か?」
「……オズワルド様がべた褒めしていた『豆大福』という菓子を、アーデリア様や陛下はご存じなくて……ちょっといたたまれなかった」
「…………さ、差し入れしておきます……」
格差とかはつけておらぬのだが、その時の気分やリクエストに応じてご提供しているため、こういう事態はどうしても起きる……てゆーかアーデリア様とか陛下には、絵面的な影響からつい洋菓子系をお渡しすることが多い。
オズワルド氏もビジュアル的にはそうなのだが……レッドワンドで先日、豆大福にドハマリされてしまった。
特に「あんこの甘さは塩加減で決まる」とゆー豆知識を披露したらえらく感心され、「甘味というのは奥が深い……」と、研究者的な琴線にも触れたようである。
近いうちに魔族領で小豆の栽培がはじまりそうだな……
秋の社交シーズン、王都到着の初日はそんな感じでバタバタと過ぎていき――そして翌日、我々は王立士官学校の『学祭』へと出向いたのだった。




