158・果樹園の茶会
亜神ルークに導かれてロレンス達が移動した先は、緑豊かで広大な果樹園だった。
周囲の木々には真っ赤に熟した林檎が大量に実っており、すでに収穫作業も始まっている。
有翼人の里、メテオラの畑と果樹園は広大で、自給自足どころか輸出すら可能な収穫量が見込まれている。さらに林檎は落星熊の好物でもあり、「餌付け用にちょっと増やしました!」とルークも言っていた。
野生の獣に餌付けは厳禁と言われるが、いまやこの地の落星熊は「野生の獣」どころか「亜神に認定された聖獣」である。その加護がある以上、やがてはここから『神獣』が生まれる可能性すらあった。
――亜神からの加護とは、それほどに重い。ただの獣が、その加護を受けて『神獣』になった例は実際にあるし、『古楽の迷宮』で遭遇した迷宮の管理者、カワウソのカブソンなどもそれに近い例だと推測できる。
ロレンスは以前、ある書物でこんな記述に触れた。
『神々から人へともたらされる加護は様々である。それが武器や防具、財宝などの形をとっていた場合には視覚的にもわかりやすいが、むしろ目には見えない加護のほうが、より重要性、希少性が高い。たとえばそれは、病をはねのけたり、怪我の治癒を早めたり、寿命を数倍に伸ばすといった肉体的な強化であったり、あるいは死後に自我を保ったまま精霊化し、霊的に上位の存在へと進化する資格であったり――真偽はともかくとして、加護を得た者が、死後に人から「亜神」へと生まれ変わったという伝承まで存在する。亜神が人へ与える「加護」とは、人と神々をつなぎ、さらには人を神々の側へと引っ張り上げるロープのようなものと言えるのではないだろうか――』
これは「魔光鏡」が発明されるよりも前の――まだ「称号」というものが、世間一般に可視化されていなかった時代の、古い書物の記述である。
その頃の「称号」は、ごく一部の高位の魔導師や精霊、あるいは称号を持つ者同士の共鳴などによって存在を示唆されてはいたが、世間一般においては『存在するかしないか、あやふやなもの』という曖昧な認識だった。
この本の著者は、そんな時代に各地の伝承を拾い集め、そこに独自の考察を加え、正答に近いところまで辿り着いていた――それは尊敬に値する偉業だと、ロレンスの師、今は亡きカルディス男爵も褒めていた。
亜神の導きでメテオラの果樹園に到着したロレンス達は、先着していた兄とその恋人に出迎えられた。
果樹園の一隅に設けられた、屋根だけの簡素な休憩所――
そこに、リオレットとアーデリア、さらには宮廷魔導師ルーシャンと弟子のアイシャ、貴族のライゼー・リーデルハイン子爵に護衛のヨルダまでもが揃っている。
特にアイシャとヨルダは、ロレンスとともに『古楽の迷宮』へ行った仲でもあり、それなりの親近感がある。
彼らへ目礼を送る前に、アーデリアが我先にと飛びついてきた。
「おお、ロレンス! 久しいな! 元気そうで何よりじゃ。む? 少し背が伸びたのではないか?」
「アーデリア、落ち着いて。いきなり抱きついたら、ロレンスもびっくりするから」
笑顔でやんわりと言う兄のリオレット、出会い頭に抱きついてきたアーデリア――この二人とは、ロレンスが王都を離れて以来の再会になる。手紙のやり取りこそあったが、アーデリアのこの距離の近さには意表をつかれた。
彼女の正体が『魔族』だということはもう知っていたが、その実弟のウィルヘルムは極めて常識的な感性の持ち主だったし、これは魔族の特徴ではなく、あくまで本人の性格なのだろう。
以前にもアーデリアは、『リオレットの弟ならばわらわの弟も同然じゃ!』とまで言ってくれた。二人がこのまま結婚するならば、実際にロレンスは義弟という扱いになる。
改めて、リオレットが握手の手を伸ばしてきた。
「ロレンス、今日は来てくれてありがとう。君はもう『トゥリーダ』様とは面識があるのかな?」
「いえ、私も初めてお会いします。なんでも、シャムラーグ氏のかつての上官だとか……」
「ああ。彼が受けていた私への暗殺命令を撤回させようと、上に直談判をして、そのせいで反乱軍の決起から外された義侠心のある女性だと聞いている。その人物が、いまや新しい国の元首とはね――まさに吟遊詩人が飛びつきそうな英雄譚だ」
殺されかけたはずの兄は屈託なく笑っていた。ロレンスもつられて微笑むが、その英雄譚の黒幕が『一匹の猫』であることは、世間に対しては今後も秘されるのだろう。そんな内情がまた可笑しい。
その黒幕の猫が前足を胸に添え、うやうやしく一礼する。
「ではリオレット陛下、ロレンス殿下をよしなに。私は砂神宮へ行って、すぐにトゥリーダ様達を連れてきます。あ、ロレンス様! クラリス様達は、あちらで果物の収穫作業を手伝っていますので、もしよろしければ!」
「いえ、私もここでトゥリーダ様をお出迎えします」
どうせすぐに会えるし、これは非公式とはいえ、『外交』の場となる。
将来、兄の治世を支えるつもりのロレンスにとっても、隣国の動向は軽視できない事案だった。
ルークが再び消え、アーデリアから解放された後、ロレンスは他の面々にも挨拶をする。
「リーデルハイン領には何度かお邪魔しているのですが、ライゼー子爵とお会いするのは、侯爵領への護衛をお願いして以来ですね。そちらでも新しい迷宮が発見されたとのことで、お忙しい日々とうかがっています」
「きょ、恐縮です。私は立場上、屋敷を留守にすることが多いもので……あの、ルークが何か、ご迷惑などおかけしていませんか……?」
ライゼー子爵はそつなく頭を下げつつ、わずかに動揺を含んだ声で応じた。これはペットの無礼を不安がる飼い主の挙動である。
思えば彼もまた、日々ルークに振り回されている。
飼い主のクラリスはまだ子供だし、リルフィも責任のある立場ではないが、ライゼーは子爵家の当主であり、今後は『ダンジョンと周辺の管理』という仕事まで抱えることになる。陞爵も控えているだろうし、その心労を思うとロレンスも同情を禁じえない。
「とんでもありません。ルーク様のおかげで、日々に張り合いがでて、楽しく過ごさせていただいています。月に一度の……いえ、実際の頻度はもう少し多いのですが、たびたびお誘いいただいている茶会が、今の私にとっては何よりの楽しみで、大切な時間です」
これは本音である。ついでにクラリスのおかげでもあるが、それをライゼーに直接言うと、おそらく余計に恐縮されてしまう。
アイシャもこれに乗っかった。
「あー、楽しいですよね、あの時間! 私もご一緒させていただくことがありますけど、ロレンス様が一緒だと、ルーク様が用意してくれるスイーツやごはんが、明らかに凝った一段階上のグレードになるんですよ! この間もめっちゃ美味しいアイスクリームのケーキとか出てきましたし。私だけだと、明らかに量とか少ないんですよね」
「アイシャ……それはいつもお前が食べすぎるから、ルーク様が健康に気を使ってくださっている結果だ……少し自重しなさい」
宮廷魔導師ルーシャンが溜息とともに呟く。
そんな緩い会話をしているうちに、あっという間にルークが戻ってきた。
休憩所のすぐ傍に現れた『だんぼーる』なる茶色い箱は、計四つ――
その中から出てきたのは、一人を除いて顔見知りばかりである。
有翼人のシャムラーグ、アーデリアの弟のウィルヘルム、魔族のオズワルド――魔族の二人は自らの魔法でも転移できるはずだが、おそらくルークが位置のズレを懸念して、気を利かせたのだろう。とうのルークはウィルヘルムの腕に抱えられている。
そして見知らぬ最後の一人が――軍服姿の、凛々しく若い娘だった。
彼女は背筋をぴしりと伸ばし、休憩所の面々に向かって浅めの礼をする。
「お初にお目にかかります。レッドトマト商国の暫定代表、トゥリーダ・オルガーノと申します。このたびは亜神ルーク様のはからいにて、このような場を設けていただき――」
ウィルヘルムに抱えられていた猫が、すぱっとその挨拶を遮った。
「あ、トゥリーダ様、大丈夫です! 今日はそーいうのはいいです。むしろ非公式の打ち合わせなので、堅苦しくされてしまうと困ります。お友達同士のお茶会だと思って、ざっくばらんにぜひ!」
トゥリーダがうろたえた。化けの皮がはがれるのが早い。
「……え、えぇ……? でもルーク様、隣国の国王陛下相手に、そんな……」
「トゥリーダ様もいまや似たようなお立場です。ついでにリオレット陛下は研究者肌の魔導師でもあるので、政治的な日々に疲れていらして……こういう場くらいは、くつろいだ感じにしてあげてください!」
この気遣いに、たちまちリオレットが相好を崩した。
「助かります、ルーク様。トゥリーダ様も、どうか楽になさってください。この場にはそもそも、王族よりもはるかに上位の存在が複数いるので……私相手に緊張する必要はないでしょう。それに何より、トゥリーダ様ご自身も、『オズワルド様にも認められた、救国の聖女』なのですから」
「あう」
青ざめてまた素が出た。
このいかにも仰々しい「称号」に、トゥリーダ本人はひどく困惑しているらしい。
ロレンスの目に映るトゥリーダの姿は、聖女という表現にふさわしいだけの徳を感じさせたが、彼女自身の自己評価とは乖離があるのだろう。
ロレンスにもその気持はわかる。彼もルークからの加護を得ているが、自分がそれにふさわしい人間だとは思っていないし、むしろ今後の精進が欠かせないと励みになっている。
ルークが肉球をぺちぺちと叩きあわせた。
「さて、それでは早速、お茶会をはじめましょう。本日の目的は、非公式ながら、トップ会談による両国の交易条件に関する最終的な確認と、将来に向けた相互理解の促進――平たく言うと、『うまくやっていきましょー』というお話です。そしてメインとして、このメテオラにて今年の秋に収穫できる予定の『サツマイモ』というお野菜を使ったご当地スイーツと、来年以降の特産品に成り得る新種の果物類を召し上がっていただきます!」
休憩所の机上に設置されたメニュー表には図解つきで「焼き芋」「スイートポテト」「メイプルシロップの芋けんぴ」「芋の天ぷら」「干し芋」「芋ようかん」「芋タルト」などの表記が見える。
ルークは机上に飛び乗り、身振り手振りをまじえて熱弁を始める。
「こちらのサツマイモはもう収穫できる状態なのですが、美味しく食べるには、収穫後に一ヶ月程度の熟成期間が必要でして――なので本日使用した素材に関しては、私がコピーキャットでご用意したものになります。しかし調理そのものは有翼人の方々にやってもらいましたので、来年以降、この世界の技術力で充分に再現可能です! 商品化の前に、ぜひ率直な意見交換ができればと……それから新種の果物に関しても、現在はまだ試験栽培中なのですが、収穫できたものはそのままお出しする予定です。皆様にも馴染みの深いリンゴ、ぶどうなども、こちらで流通しているものとは別の品種を取り揃えましたので、ぜひご賞味ください!」
ネルク王国における果物といえば、栗やリンゴ、ぶどう、スイカ、瓜などが代表格といえるが、ルークはここに「梨」「柿」「メロン」「桃」といった新たな果物類を追加していくつもりらしい。
もっともそれらはまだ試験栽培の段階で、「まず今年はサツマイモから!」という判断のようだが――
ライゼー子爵が、隅からぼそりとこぼす。
「ルーク……『トマト様の覇道』が先じゃなかったのか……?」
ルークが夏毛に覆われた胸を「ぽすん」と叩いた。
「もちろんトマト様を最優先で進めますが、サツマイモは救荒作物としても有用なので、レッドトマト商国への輸出事業をより安定化させる意味でも、今のうちから国内で広げる準備をしておくべきと判断しました! そこそこ長期の輸送にも常温で対応できる、実に優秀な根菜なのです。また、試験栽培中のその他の作物も、この場で皆様に味見をしていただき、市場のリサーチをさせていただければと……特に来春以降、とれるかもしれない『メイプルシロップ』などは、お貴族様に高値でさばけそうな逸品ですので、値付けについてもご相談したいです! ぜひご期待ください!」
周囲に控えていた給仕役の有翼人達が、事前に準備されていた加工品類を次々に卓へ並べ始める。見たことのない色とりどりの果物は美しくカットされ、目の前で甘い芳香を放っていた。
意気揚々と進むルークの説明を聞きながら、ロレンスは兄と目配せをした。
二人の思考は一致している。
『【農耕神】ルークが、ついに本気を出した――』
――歴史の闇に封じられたこの秘密の茶会は、ネルク王国とレッドトマト商国の農耕史において、二人の予感通りに極めて重大な意味を持つこととなるのだった。
§
秋が来た! 待ちに待った! 収穫の! 季節である! ヒャッハァー! 作物は収穫だァー!
……失礼、取り乱しました。
レッドワンドは水不足からの小麦不作で飢饉に陥りかけたが、メテオラは夏の天候にも恵まれて大豊作であり、試験的に植えた作物もだいたいうまくいった。
ここは案外、夜が冷えるので、さすがに熱帯の植物……胡椒とかパイナップルとかパパイヤとか一部の香辛料系は断念したのだが、それでも前世の日本で生産できていた植物は概ねイケそうな感触を得ている。
……でも正直、マスクメロンが温室やビニールハウスなしでイケたのには驚いた。しかもけっこうな高品質である。
栽培管理が大変そうなイメージだったのだが、シャムラーグさん達によると「確かに他の果物より神経を使ったけれど、対応できないほどでもない」とのことで、はからずも有翼人さん達の『植生管理』能力を再び実証してしまった。
とはいえ手がかかるとゆーことは大量の栽培は難しいし、やはり高級品路線であろう。
お貴族様相手の贈答用高級マスクメロン……異世界でもメロン様は高級品にならざるを得ないのか……
それはさておき、今日のお茶会の主役はサツマイモ様……ではなく、トゥリーダ様である。
先程は御本人を緊張させぬよう、「サツマイモ」がメインであるかのよーに話をさせてもらったが、ソレにかこつけて交流を深め、両国の友好を深めつつ、トゥリーダ様に外交の成功体験を得ていただくのが真の目的だ。
オズワルド氏とウェルテル様からの特訓の甲斐あって、「凛々しく見える演技力」は身についたのだが、なにせ場数が足りない。
生まれた時から王族をやってきたリオレット陛下やロレンス様との会話を経て、王族相手にも物怖じせず、かといって失礼にもならないような立ち居振る舞いを身につけていただきたいのだ。
サツマイモスイーツやその他の果物は、そのための会話のタネである。芽吹いて欲しい。
そんな裏の目的があるため、トゥリーダ様と気心が知れているクラリス様、リルフィ様、ウェルテル様やピタちゃん達は、「収穫のお手伝い」という名目で、少し遅れてこちらへ合流してもらう手筈になっている。だいたい三十分後ぐらい。
シャムラーグさんやオズワルド氏は一緒だが、この二人はむしろいたほうがトゥリーダ様が奮起できるはず。
部下や恩人の前では醜態を見せられぬ以上、「私がしっかりしなきゃ……!」という感じになる……はずなのだ。たぶん。きっと。トゥリーダさまはやればできる子……!
そんな猫の思惑を知るよしもなく、トゥリーダ様はガッチガチであった。だめかー。
だが……ククク……今日の人選は、あまりに万全にして盤石ッ! すべては猫の肉球の上!
「トゥリーダ様、はじめまして! 王弟のロレンス・ネルク・レナードと申します。先日来のご活躍をルーク様からうかがい、こうしてお会いできるのを楽しみにしていました」
キラッキラの眩しい笑顔を振りまく無自覚系最強ショタ、ロレンス様(じゅっさい)……!
この子がレディに恥をかかせるはずがなく、話術的な意味でのエスコートはカンペキである。
優しすぎて外交の練習にもならぬが、「成功体験を積ませる」という意味ではこの上ない安牌と言えよう。しかも明らかに年下なので、トゥリーダ様も話しやすい。
案の定、トゥリーダ様は困ったよーな苦笑い。
「あ、ありがとうございます……でも私なんて、ルーク様やオズワルド様にお膳立てをしてもらっただけで――」
……お膳立てとゆーか、こちらの都合で巻き込んだだけなので……ルークさん、ちょっぴり罪悪感。トゥリーダ様はもっと怒って良い……(汗)
ロレンス様は、そんなトゥリーダ様に優しく微笑みかける。
「そのお二人から惜しみない助力をいただけたこと、それ自体がトゥリーダ様の功績でしょう。古来より、たった一人で偉業をなした英雄はいません。私の兄、リオレット陛下もルーク様に助けていただきましたが――ルーク様は、悪人には決して肩入れなさいません。亜神に見込まれるほどの、トゥリーダ様の心根の正しさ――その資質は誇って良いものだと思います。事実、貴方が旗印になってくれたおかげで、レッドトマト商国は歴史に稀なる無血革命を成功させました」
「い、いえ、そのような……!」
赤面して慌てるトゥリーダ様の背後から、オズワルド氏が肩を軽く小突いた。
「トゥリーダ、この称賛は素直に受けるべきものだぞ。私が君を手伝ったのは、ルーク殿に頼まれたからだが……今はもう、ルーク殿からの依頼とは無関係に、君個人を手伝っても良いと思っている。君には裏がない。そして重くない程度の共感能力があり、堅苦しくない程度の信念があり、悪さをできない程度の羞恥心を持っている。性悪な魔族が、友人として手助けをしても良いと思うくらいには、君は真っ当だ。誇れ。そんな人間は、決して多くない」
従者役のシャムラーグさんも頷く。
「今回の建国は、オズワルド様とルーク様のお力があってこその偉業です。そいつは間違いないですが、もしもトゥリーダ様がいなかった場合、状況はもっと荒れていたでしょう。トゥリーダ様は、フロウガ将爵の派閥では方針への異議申し立てが多く、多少、浮いていましたが……そのおかげで、敵対派閥からは『気骨がある』と評価されていました。敵の敵は味方、ってやつです。砂神宮から出した書状への返事に好意的なものが多かったのも、オズワルド様への忖度ばかりじゃなく、トゥリーダ様個人への期待感もあったと思いますよ」
うむ。あるいは貴族の中にも、レッドワンドの在り方に疑問を持っていたり、絶望していた人がけっこういたのかもしれぬ。
しかしそういう人達が単独で決起できるはずもなく、強い権力を持つフロウガ将爵や国王に反抗できるわけでもなく――要するにトゥリーダ様の登場は、民衆を含めて、この国の「サイレントマジョリティ」にうまく刺さったのであろう。
これらのやりとりを笑顔で見守っていたリオレット陛下が、わざわざ席を立ってトゥリーダ様の前に立った。
「仲間や部下達にこれほど慕われる――この時点で、トゥリーダ様は確かに指導者たる資質をお持ちなのだと感じます。いえ、ルーク様の提言を疑っていたわけではないのですが……これから交易関係を紡いでいく隣国の指導者が貴方のような方だとわかって、改めて安心いたしました」
陛下もさすが、そつがない……いや、以前の「一研究者」という感じのリオレット様であれば、こんな対応はできなかっただろう。
王という責任ある立場が彼を成長させた面もあろうが、これは主にアーデリア様からの影響である。
毒気のないまっすぐさ、言葉を飾らない素直さ――その言動に昼夜を問わず接してきたことが、リオレット陛下の学びにつながった。
その後、クラリス様をはじめとする女性陣も合流し、トゥリーダ様もすっかり緊張がほぐれ、サツマイモスイーツの試食会は和気藹々と滞りなく進んだ。
ケーナインズや有翼人の方々にも調理や配膳を手伝ってもらい、サツマイモ製品のリサーチ結果も上々……特にご好評だった「芋けんぴ」に使ったメイプルシロップは、冬から春にかけて採取する予定だ。
うまくいくかどうかはまだわからぬが、気候的にはイケそうな感触を得ている。
甘味料は影響がでかそうなのでちょっと怖いが……この世界にも「水飴」(麦芽糖)とか「あまづら」とかはもうあるので、液状の甘味料ならば、「麦芽糖の亜種」みたいな立ち位置にあっさり落ち着くかもしれない。いや、作り方としてはあまづらのほうが近いけど、あんまり普及していないらしいので……
そしてお茶会が終わった別れ際、リオレット陛下が、トゥリーダ様にこんな助言をされた。
「……ネルク王国とレッドトマト商国が歩調をあわせた際、その動きをもっとも警戒するのは、おそらくホルト皇国です。誤解をされぬよう、我が国もホルト皇国への外交を強化するつもりですが、そちらもどうかお気をつけて。今はまだ貴国も国内の安定で手一杯でしょうが、なるべく早期に、信頼できる外交官を派遣し、新たな関係を構築するようお勧めします」
…………やはりリオレット陛下には見抜かれていた。
そう、レッドトマト商国の弱点の一つが「外交」である。
というのも、前身であるレッドワンドが「アレ」だったので――そもそも国内にまともな外交官がいないのだ!
………………マジで? え? ガチ?
この事実を知った時は俺もつい真顔に転じてしまったが、これまでのレッドワンドはある意味、鎖国状態だった。
他国からの侵攻を受けにくいとゆー山岳地帯特有の地の利も影響し、また交易を避けて国内でいろいろなモノを完結させてきたため、どの国にも外交官を派遣していなかったのである。
代わりに他国へ潜入して諜報活動を行う人員がおり、これを活用しまくっていたのがフロウガ将爵――そして今回、その派閥の大半が捕縛されたため、諜報網もこれから混乱しそう。
こいつらを一旦、引き上げさせて外交関係の職務を仕込む――というのがパスカルさんの案なのだが、職員としては活用できても、「外交官」となると、やはり子爵、伯爵クラスの貴族も用意しないとちょっと具合が悪い。
当面の苦肉の策として、ホルト皇国内ではパスカルさんの伝手を活用しつつ、穏健派のアスワーン伯爵家か、カトラート子爵家あたりに「ホルト皇国への親善特使」の役を打診できないか――という雰囲気になってきている。他にも候補がいないか、今も検討中である。
トゥリーダ様は涼やかに「お心遣い、いたみいります」などと笑顔で応じていたが、内心は「ですよねー……」とガックリ肩を落としているのがわかる。すごいわかる。この子はそういう諸々を抱え込んで無理しちゃうタイプ……
ね、猫も手伝いますから……だいじょうぶですから……!
……こんな感じに、ついつい「手伝わなきゃ……!」という心持ちに周囲を導いてしまうあたりが、トゥリーダ様の真に非凡なところなのかもしれぬ……
いつも応援ありがとうございます!
先日、コミックス二巻に重版がかかったそうで、三國先生がツイッターに記念イラストを投稿してくださいました。いますぐ三國大和先生のアカウントをチェック!
……トマト様の圧よ(恍惚)
東北は豪雨、他の地方も酷暑で厳しい夏になってしまいましたが、皆様もどうか身辺や体調にはくれぐれもお気をつけて。
来週の暑さはいよいよ危険域だそうで、今から戦々恐々としています(-д-;)




