156・実録、ネコネコ詐欺!
トゥリーダ・オルガーノは、オルガーノ子爵家の当主である。
先代当主の死により、養子入りしてすぐに家を継ぐ羽目になってしまったが、こうした例はさほど珍しくない。
特に子爵家、男爵家の場合、後継者の選定に時間をかけているうちに養子を迎えそこね、当主の突然死などによってそのまま途絶える家が後を絶たない。
これが伯爵家や侯爵家くらいになると、傘下の貴族の当主が横滑りして家を継ぐという事例が増えるものの……貧乏子爵家の場合には、わざわざ「負債を引き継ごう」という物好きも減る。そもそも魔導師は貴重であり、ちょっとした功績があれば男爵位くらいは容易に認められるのだ。
トゥリーダの場合、生来の安定志向により、「自力で爵位を得て家を興す」という選択肢は最初から除外していた。
伯爵家・子爵家を継げるほどの能力や人脈もなく、とりあえず男爵家あたりに潜り込んで、どこかの町の町長にでも――という方針だったのだが……縁あってオルガーノ子爵家に招かれ、体調を損なっていた当主がその直後に亡くなり、とんとん拍子に子爵家を率いる立場となってしまった。
これが果たして幸運だったのか、不運だったのか――
彼女自身、判断しかねているものの、諸事情により自殺寸前に追い込まれたのは不運ながら、その後の亜神ルークとの出会いは幸運だったと思う。
つまり結果的には「幸運」という解釈でいいはずなのだが……
この「砂神宮」を拠点とし、各地の貴族相手に書状のやりとりを進めるうちに、彼女は「なにかがおかしい」と気づきつつあった。
亜神ルークに指示されるがまま、飢饉に対する支援を開始し、目録にはトゥリーダも署名をした。
挨拶状はもちろん丁寧に書いたし、ダムジーやパスカルも作業を手伝ってくれた。
さらには魔族のオズワルドまでもが、最寄りのアスワーン伯爵家を味方に引き入れたりと尽力してくれたのだが……
このあたりから、なにやら風向きがおかしくなってきた。
格上のはずのアスワーン伯爵家から届いた書状には、「トゥリーダ様が率いるレッドトマト商国に、自分も参画できることを誇りに思う」とはっきり記されていた。
また、ルークとその家臣(?)達が中心になった物資の輸送活動、その報告書に記された各地の貴族からの反応にも、トゥリーダを「砂神宮の主」と認識し、彼女個人に支援の礼を述べるような勘違いが散見された。
良くない流れである。
トゥリーダはあくまで、『魔族のオズワルド様に、一時的な支援活動の舵取りを任されただけの一子爵』であり、間違っても『第三勢力の指導者』などではない。
この認識の齟齬が気にかかり、ルークとその家臣達が各地で何を言っているのか、改めて確認しようと、彼女は応接室の扉を叩いた。
すでにフロウガ将爵の尋問は終わっていたようで、室内にはルークとパスカルしかいなかった。
フロウガはともかく、オズワルドにはこの場にいて欲しかったが――ともあれ、首謀者のルークがいれば支障はない。
「まあまあ、込み入った話でしたら、とりあえずこちらへ」
と、キャットシェルターなる不可思議な快適空間へ案内され、「各地からの反応が、なんか変なんですけど……」と、猫に相談すると――
リルフィに抱っこされた亜神ルークは、わざとらしいほどにこやかに肉球を掲げた。
「難しいお話でしたら、先に甘いものを食べてからにしましょう。ささ、トゥリーダ様。お夜食の代わりと言ってはなんですが、こちらのスイーツをどうぞ!」
テーブルに出されたのは、ルークが提供してくれる神々の飲食物……どれもこれもが有り得ないほどに美味なのだが、その多くが、作り方どころか材料すらよくわからない。
小麦粉や牛乳、果物など、おおまかな範囲ではわかるのだが、爽やかな甘み、鮮烈な風味、豊かな味わいなどが人知を超えており、もはや現実味がない。
「本日のスイーツはグレープフルーツのレアチーズケーキ。ほんのりとした心地良い苦味と、さっぱりとした甘みのステキなマリアージュをお楽しみください。あ、飲み物は本当は紅茶がおすすめなのですが、もう夜なのでホットのハーブティーにしておきましょう。カモミールです」
よくわからない呪文を流暢に駆使しながら、猫は手際よく各自のカップにお茶を注いでいく。
この場の同席者はリルフィ、パスカル、有翼人のシャムラーグに、魔族のウィルヘルム、モフモフのウサギ――
他の面々は、それぞれの寝床で就寝しているか、あるいはまだ仕事中である。密談には都合がいい。
あと黒猫のぬいぐるみに宿ったラケルもいるが、彼は飲食をしないし会話にも入ってこない。現在はウサギの頭上でだらんと四肢を投げ出している。
夜食代わりの素晴らしくおいしいケーキを食べながら、トゥリーダは改めて、おずおずと話しはじめた。
「えーと……あのですね? 実は、各地との書状のやりとりが増えてきたんですが……返ってくる文面が、ちょっと変なんです。私が砂神宮の主っぽい扱いだったり、今回の第三勢力の指揮官だと思われていたり、魔族と対等に交渉した勇者扱いされていたり……酷いのになると、新しい国王として否やはないとか支持するだとか、そんな世迷い言を……」
「あー。情報操作の効果が出てきましたねぇ……で、何か問題が?」
猫が「くりん」と首をかしげ、にっこりと微笑む。かわいい。あざとい。でもだまされない。こいつ今、「じょうほうそうさ」って言った。
「……あの、ルーク様? 最初に言ってましたよね……? 私を王様にしようとかは考えていないから、安心してくれ、って……王様にふさわしい人材をこれから探すつもりだ、って。私はそれまでの急場の事務要員、ってことでいいんですよね……?」
トゥリーダにしては珍しく、ほんの少しキツめの言い方になる。
ルークは元気に片腕を掲げた。
「はい! 王様になってもらう予定はありません! いろいろ考えた結果、そもそもレッドトマト商国は王制、君主制ではなく、共和制をとろうと検討しているところです!」
「きょうわせい」
ちょっと単語の意味がよくわからなかったが、国王にはならなくていいらしい。よかった。
「レッドワンドは、魔導師至上主義という歪みはあれど、血統によって支配者をつなげる体制からは、すでに脱却していました。その強みを利用して、このまま限定的な……もしくは初期的な共和制に移行できるのでは、と考えたのです。さしあたってトゥリーダ様には、初代の『国家元首』になっていただこうかと!」
「こっかげんしゅ」
単語の意味はわかるのだが、この場でその単語が出てきた現実を認められず、トゥリーダは一旦逃避した。
しかし猫は容赦がない。
「はい! ですから当初のお約束通り、『王様』ではないです。そもそも王国ではなくて商国ですし、制度設計はこれからですが、パスカルさんにも草案の作成をお願いしてあります。任期はこれから決めますけど、まだお若いですし、そこそこ長くいけそうですかね?」
ルークがぺろぺろと手の甲を舐め、毛づくろいを始めた。
その隣から、パスカルも無言で一礼を寄越す。
トゥリーダはしばし黙考した後、カップのカモミールティーを飲み干し――続けて、自らおかわりを注いだ。
「………………あれっ? もしかして私、騙されてます?」
猫がぶんぶんと顔の前で肉球を振る。わざとらしい。
「騙すだなんて滅相もない! トゥリーダ様も確かに『王様になる気はない』とおっしゃっていました。だから『王様』ではなく、『国家元首』という新たな役割をわざわざご用意したのです」
学生時代、トゥリーダは魔法や軍関係の勉強ばかりをしてきた。政治的なことなどはよくわからないし、仮に共和制とやらが他国生まれの概念ならば、もちろん知る由もない。世界各国の情報など、レッドワンドではそもそも学ぶ機会がないのだ。
……が、ルークのこれが『屁理屈』であることぐらいはさすがにわかる。
「…………それ、王様とはどう違うんですか?」
「全然違います。制度設計によりますが、基本的には自分の意思でやめられますし、王様ほどの権力はありません。またお給料で働く立場になるので、無茶な贅沢はできず、ついでに仕事量は多くなりがちです。家臣に丸投げ、とかもできません」
「いろいろ悪化してるように聞こえるんですが? それってつまり貧乏くじですよね?」
「今とそんなに変わんないので大丈夫です!」
「ぜんぜん大丈夫じゃないんですよ! 現時点でも割とかなりいっぱいいっぱいなんですよ!」
若干キレ気味になってしまったが、相手がかわいい猫さんなので決して本気では怒れない。ずるいと思う。
……あとまぁ、一応は命の恩人――恩獣であり、国ごと助けてもらったのも間違いないのだが、それはそれとして、たかが子爵の小娘に「国家元首」の役割を押し付けるのは鬼畜の所業だと思う。
思わず手を伸ばしてほっぺをむにむにと揉みほぐしてしまったが、猫は嫌がりもせず、されるがままだった。
「トゥリーダ様、よく考えてください。以前、私は『王にふさわしい人材を探す』と申し上げましたが……現状、『他にいない』という結論に至りました。ぶっちゃけオズワルド様ぐらいのカリスマがないと、今のこの国をまとめるのはもう無理です。演技だったとはいえ、そのオズワルド様とまともに渡り合えた貴族はトゥリーダ様だけ……諦めて五年くらいは頑張ってください。その後はまた応相談とゆーことで……その頃にはたぶん、魔導師以外で頭角を現してくる人もいるのでは、と思います」
ルークは頬をむにむにされたままで器用に喋りつつ、空になったトゥリーダの皿に追加のスイーツを出した。ホットのアップルパイである。
……賄賂としては安そうなのだが、神々のスイーツだけに値段がつけられない。やたらと美味しいことはもう知っている。
「そしてトゥリーダ様が元首をやっている間は、もちろん私も折に触れてサポートをさせていただきます。たぶんオズワルド様も手伝ってくれるでしょう。リルフィ様、アレをお願いします」
頷いたリルフィが手荷物から取り出したのは、縁取りのついた黒い石板――魔導師必携の便利道具、『魔光鏡』である。トゥリーダも所持しているが、領地に置いてきてしまったため手元にはない。
そしてリルフィがトゥリーダの手を握る。
「トゥリーダ様、魔力鑑定をさせていただけますか……?」
「鑑定? 構いませんが……あ、私、適性は多めですけど、威力は微妙ですからね? これだけ適性があるなら元首もいけるとか、そういう説得はナシですよ?」
ルークがそっと目を逸らした。
「いえ、お見せしたいのは適性じゃなくてですね――」
光沢のある黒い石板。
そこに表示された自分の適性欄の下に、見慣れぬ文字列が追加されている。
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■称号■
・亜神の加護 ・救国の聖女
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「……コレがサポートの確約、とゆーことで……二番目のは私にも心当たりがないんですが、トゥリーダ様の指揮で各地への支援活動をやってますし、その影響だと思います!」
しばし硬直した後――トゥリーダは我に返る。
「いやいやいや! 実際に支援してるのルーク様ですよね!? なんでその功績がこっちに来てるんですか!?」
「私はトゥリーダ様に協力しているだけの立場ですし、この後のこともお任せしてしまうつもりですし……あとまぁ、オズワルド様も言ってましたよね? 『器のある王などそうそういない。ないものを、適当な権威でごまかして、あるように見せかけるのがコツだ』って。そんなもんです。その上、トゥリーダ様は王様でもないので何も問題ありません!」
力強く断言する猫に気圧されながら、トゥリーダは悟った。
亜神ルークとの出会いは幸運だった。それは間違いない。
――が、「神」とは概ね理不尽な存在であり、ましてやそれが至高の生物たる「猫」ならば、なおさらであった。
§
猫に詐欺られた哀れなトゥリーダ様……おいたわしや……よよよ(嘘泣き)
……いやいや、弁解はさせて欲しい。
前提として、「王様向きの人材」を探してはいたのだ。一応。
だがしかし、諸々の流れが整理されていくうちに、「これもうトゥリーダ様しかいなくね?」という結論に至った。
ダムジーさんは優秀な官吏なのだが、それはあくまで「官吏」としての優秀さである。元首という、ある意味で「お飾り」の役職に据えるには、ちょっともったいないくらいの事務能力がある。
数字に強い上に、汚職とかもしない性格なので、交易とか税務とかそっち系を取りまとめる大臣になってもらいたい。
ちなみにダムジーさんが汚職をしない理由は、無欲だからではなく、「バレたときにすべてを失うから」である。こういう実利的な理由で身を律している人は信用できる。
そしてパスカルさんもオズワルド氏の推挙通り、「王佐の才」はありそうなのだが、本人がトップに立つのはちょっと……そもそも他国出身の人なので、諸侯の信任を得られまい。やはり政権の裏側で輝くタイプの諜報担当者。すなわち裏番である。
他の候補というと、砂神宮の近くにいるアスワーン伯爵とか、早期に味方についてくれそうな一部の貴族とか……しかし、こういった人達を今から担ぐくらいなら「トゥリーダ様のほうが適役だよね?」という話になる。二代目、三代目の候補として育成していくのはアリだと思う。
なんだかんだ言って、トゥリーダ様はバランスが良い。強権的ではなく、理想に盲目なわけでもなく、そこそこ常識もあって、何より人心を惹きつける魅力がある。
「この人についていこう!」というより「なんか心配だから支えてあげなきゃ……!」的な惹き付け方ではあるが、シャムラーグさんをはじめ、一般の兵達から支持されている実績は強い。
そして彼女を疎んでいた貴族の多く……たとえばドレッド子爵などは、すでに虜囚の身である。
つまり、障害らしい障害がないのだ。
トゥリーダ様に追加のアップルパイをおすすめしながら、俺は猫なで声で媚びを売る。
「もちろんトゥリーダ様にもメリットはあります。なんといっても……この国を立て直し、大切な人達の生活を守ることができます。他の人に任せるよりも確実ですし、問題が発覚した時にも是正しやすいです。トゥリーダ様は、きっと権力を正しく使えるタイプの方だと認識しています!」
変な野心もなく、強権を振りかざして理不尽を強要するタイプでもない。
優秀な為政者には2つの条件がある。
様々な改革や必要な措置を的確に実行できること。
そして「不要なこと」「やらないほうがむしろいいこと」を、きちんとやらずにいられること。
……意外なことに、後者の条件を満たせる人材はとても少ない。前者もまぁまぁ難度が高いのだが、とにかく「それはやらんほうがいい!」という方向にわざわざ向かう為政者は、歴史上にもびっくりするほど多い……
いわゆる「自分は有能」と勘違いしている人の「無能な働き者」ムーブを止めるのは本当に厄介で、こやつらは大抵、反対意見を無視して突っ走る傾向にある。もしくは「反対意見」を出せるようなまともな有識者を近くに置かない。
具体例を出すならば、「兵が足りないから、農繁期なのを無視して徴兵をすすめる」とか「税収が落ちているから、飢饉の時でも重税を課す」とか……
Aという事象に対応する上で、それが起きている「本当の原因」を無視して当座をしのぐ対応を進めた結果、水面下でさらに状況を悪化させてしまうとゆー……
笑い事ではない。割と先進国もやらかしている事案である。口のうまいエセ有識者をうっかり重用してしまったせいで、この流れに入り込んだ事例など枚挙にいとまがない。
その点、トゥリーダ様は、先進的な改革をバンバン打つタイプではないが、後者のムーブをしない程度には賢い。本質的に臆病だから、物事の悪い側面もちゃんと考慮してくれるし、自分に自信がないから暴走もしない。
それでも、十年、二十年と権力の座に居座り続けたら、さすがに性格も変わってしまうだろうが……元首としての「任期」を明確に区切ることで、この対策とする。
課題の一つは、「次の元首をどうやって決めるか」であるが……さすがに民主主義が根付くほどには成熟していない。かといって元老院などに決めさせると、それはそれで諸悪の根源になりそう。
……こうしてみると、「血統で王位をつなぐ」というのは、「余計な揉め事を減らす」という意味では割と合理的だったりもする。
それでも王位継承権を巡る内乱とか暗殺とかいろいろ起きるし、無能な君主とか害悪そのものなので、たぶんデメリットのほうがでかい。
カンペキな政治システムなどというものは、人間が人間である限り入手不可能なのだろう。結局、その時代ごとの工夫と変化で乗り切って、次世代につないでいくしかないのだ。
以上のお話をかいつまんでご説明すると、トゥリーダ様は唖然としてしまった。
「……ルーク様、猫ですよね……? 神様の世界の猫って、賢いんですねぇ……」
……これは賢さとゆーより、単に見聞の量とゆーか……歴史上の失敗例を学んできたので……この手の問題は、それこそ人類が群れを作り始めた頃から連綿と続いている。じ、じんるいはおろか……(反省)
「……ともかく、わかりました。ルーク様が今の私に期待している資質はつまり、『余計な悪さをしない』っていう慎重さなんですね?」
「そうです。もちろん必要な業務はやっていただきますが、たぶんトゥリーダ様とダムジーさん、パスカルさんの三者の意見をすり合わせれば、かなりバランスの良い案が出てくると思います。良識のトゥリーダ様、実務のダムジーさん、現実的な視点を持ちつつ、裏社会の実情にも詳しいパスカルさん……」
三人寄れば文殊の知恵、とゆーヤツである。
まだまだ人材の登用は必要だが、船頭が多すぎると船が山へ登ったりもするので、こういうのは多ければ良いというものでもない。
「トゥリーダ様お一人に押し付ける気はありません。私やオズワルド様も引き続きお手伝いします。どうかこのレッドトマト商国に、トゥリーダ様の『良心』を、しばらくお貸しください」
そう告げて、猫が優雅に会釈をすると――
トゥリーダ様は妙に決意のみなぎった眼差しで、「微力ながら」と、はっきり頷いてくださった。
……言いくるめておいてたいへん申し訳ないのだが、心の中の悪辣ルークさんが「……ちょっっっろ」と不安げな顔をしているので、トゥリーダ様には今後ともしっかりアフターケアをさせていただく所存である……
トゥリーダさま……つよくいきて……!
いつも応援ありがとうございます!
猫とは関係ないのですが、先週から始まったオリジナルTVアニメ「AYAKA」の、放送後に配信される電子書籍短編を書かせていただきました。
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全十二話のうち、第三話(7/16頃に配信予定)「ダイナーGOZの奇妙な客」が自分(渡瀬)の担当回です。
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………………………猫が出てこない話、久しぶりに書いたな……?( ゜д゜)
 




