153・レッドワンドの貴族事情
さて、レッドトマト商国・新政権の皆様は頑張って働いているわけだが、その一方で猫には猫のお仕事がある。
「ルーク様、馬車と馬の準備、できています」
「ありがとうございます! では出発しましょー」
同行してくれるのは、冒険者ケーナインズの皆さん+シャムラーグさんと、メテオラから手伝いに来てもらった有翼人さん達数十名。
これより我々は、『レッドワンド将国』内の、飢饉が起きかけている各領地に対し――『レッドトマト商国』からの支援活動を開始する!
先日までのは闇討ちみたいな怪奇現象だったが、今日からのは正式なもの。ちゃんと挨拶もしてお手紙も渡す。感覚的には「はじめてのおつかい」である。規模がでけぇな……
具体的には数十台の馬車を率い、さも「砂神宮から今つきました!」みたいな顔をして、宅配魔法で各地を巡回――
街への到着、街からの出発時以外は宅配魔法で馬車ごと移動し、適時、人目を避けてコピーキャットで物資を補充しつつ、レッドトマト商国の営業・宣伝活動を始めるのだ。
そしてトゥリーダ様達に夜なべして書いてもらった手紙を各地の領主や代官達に渡し、こちらの方針と事態の経緯を説明、あわよくば支持を訴える。反乱軍と国王軍は魔族の友人に手を出して怒らせたため、もう先がないこともあわせて告げる。
トゥリーダ様だけでは影響力が弱かっただろうが――砂神宮の役場には来ていないものの、新たに仲間に加わってくれた有力貴族もすでにいる。
ホルト皇国との国境付近、砂神宮の隣接地を領地とする、「アスワーン伯爵家」だ。
こちらは先日、オズワルド氏が直々に融和工作に出向き、たった一回の面談で口説き落としてきた。別に威圧したわけではない。
元々、反乱軍の主体であるフロウガ将爵の閥とは敵対関係にあり、国王ともそんなに……という間柄だったため、将爵閥から離反したトゥリーダ様にも最初から好意的だったのだ。
ちなみにこの方、国境付近の兵達のまとめ役でもある。一介の伯爵ではなく、割と重要な立ち位置なのだ。
俺もこっそり会談風景を覗いていたが、このアスワーン伯爵家の当主は若いながらも常識人であり、ステータス的にもそこそこ優秀だった。
いわく、
「この国が魔族を怒らせた時点で、滅亡すら覚悟していた」
「その魔族のオズワルド様から、直々に赦されて味方にまで誘っていただけるとは、光栄にして幸甚の至り」
「諸侯の説得にも積極的に貢献したい」
とのことで、こちらの想定以上に前のめりであった。
……この反応には『魔導師至上主義』の影響もあるのだろう。魔導師たる彼らから見ると、『純血の魔族』は恐怖の象徴であるのと同時に、尊崇と憧憬の対象でもある。高校球児がメジャーリーガーに憧れるようなもんである。
ついでにこちらのご当主は、トゥリーダ様のことも知っていた。
『軍閥のあの空気の中で、真っ向からフロウガ将爵に意見を言えるあのクソ度胸は素晴らしい』みたいなことを言っていたが……トゥリーダ様……? あなた本質的には気弱キャラのはずでは……?
……まぁ、そんなトゥリーダ様がガチギレして正論をぶちかましてしまうほど、フロウガ将爵傘下の将達はひどかったのだろうというのはわかる。ドレッド子爵の取調中、パスカルさんが真顔に転じた時は怖かった。あの人、笑っていても割と怖いのに真顔になるともっと怖いんスよ……
ともあれ、このアスワーン伯爵家を含むレッドワンドでは珍しい穏健派――要するに『ネルク王国への侵攻なんか兵力のムダだから、諦めて内政に力を注げ』という派閥は、ハルバートン侯爵家を筆頭に、アスワーン伯爵家、カトラート子爵家、ゲンデル子爵家などが該当しており、これらの家々はこれから優先的に味方へ取り込む方針である。
庇を貸して母屋をとられるようでは困るが、方針は概ね共有できそうだし、言動もまともっぽいのでなるべく味方にしておきたい。
本日の支援予定先にも、その穏健派の一つ、「カトラート子爵家」の領地がある。
シャムラーグさんがこちらの令嬢の暗殺を命じられ……その任務のアホさ加減に嫌気が差し、逆に駆け落ちを手伝ったという例の家だ。
その結果、彼は命令違反を咎められてなんやかんやといろいろあったわけだが……とりあえず今は、トマト様の覇道を共に進める心強い同志になってくれた。
「こちらの子爵様って、シャムラーグさんのことは知っているんですか?」
「いえ、俺のほうは顔を知ってますが、向こうは知らないはずですね。子爵本人には、駆け落ち相手の騎士とご令嬢本人が、ある程度の事情を伝えたはずですが――令嬢達にも、俺の名前は偽名で通しました」
あー。そりゃそうか。
「できればその駆け落ちした子達にも事情を知らせて、戻るかどうかの選択肢をあげたいところですねぇ……」
隣で我々の話を聞いていたケーナインズの魔導師、シィズさんが、わずかに苦笑した。
「でも、ネルク王国での生活に慣れてしまうと……こっちに戻るのはちょっと迷いそうですよ。あっちは水が使い放題みたいなものですし、農作物の収穫量が文字通りの桁違いなので……仕事の口は街によりますが、どう考えても健康的に過ごせるのはあっちです」
……確かに、自然環境は割とイージーモードなんだよなぁ、ネルク王国……こっちがハードすぎるだけかもしれぬが。
「でも、さすがに貴族令嬢ならこっちのほうが暮らしやすかったりしません?」
シャムラーグさんが肩をすくめた。
「子爵家くらいだと……どうですかね? 少なくとも魔導師でないと家は継げないですし、その令嬢も騎士と恋仲だったのに、いずれは魔導師の婿をとらされる予定だったんで……むしろ駆け落ちするいいきっかけになったとは、本人も言ってました。『親が危篤』とかでもない限り戻らない気がしますし、こっちに定住する気はもうないでしょう。あ、でも『貴族は魔導師に限定する』っていう制度はなくなるんでしたっけ? だったら、あるいは……それでも、ネルク王国のほうが住みやすいでしょうけどね」
……うーむ。とりあえず後回しでいいか……
可能な限り、婿取り、嫁取りで血脈をつなげたい――みたいな親心、もしくは権力事情はわかるし、これは法の抜け道とゆーか、疑似貴族制度を維持する重要な余地でもあったのだろうが……やはり、あんまよろしくない傾向だったように思える。
ルークさんはこのあたりの複雑な制度づくりにまで関与する気はないので、トゥリーダ様やダムジーさん、パスカルさん達が相談して決めてくれる予定だ。
トゥリーダ様は子爵家の養子という立場から、ダムジーさんは平民出身の役人という立場から、そしてパスカルさんは他国の有識者という立場から――それぞれ現状のレッドワンド将国が抱える問題点をある程度、身を以て把握している。
レッドトマト商国ではそれらのデメリットを潰しつつ、この国の将来に資する制度設計をしなければならない。
それは一朝一夕にできることではなく、おそらく今後、数年間は試行錯誤が続くのであろう。
そもそも制度の固定化は腐敗につながりやすいため、適宜見直し、その都度、改善していく必要がある。
……そして改善すべきタイミングで、より利権化を進めたり、一部の層に有利な変更・改悪を加えていくと、やがては国そのものがガタガタに崩れてしまう。これもまた歴史上、実によくある話である。じんるいはおろか。
カトラート子爵家令嬢の捜索を、優先度低めの案件として一応はメモしつつ――馬車を率いた我々は、山の中腹からカトラート子爵家が治める町へと向かう。
町の規模はリーデルハイン領より少し小さいくらいか。小さな鉱山もあるようだ。
畑も見えるのだが……遠くから見ただけでも乾燥が進んでおり、収穫高はよろしくない。これは水不足が原因である。
先日、緊急支援した地域と比べれば全然マシなのだが、やはりこれでは飢饉に陥るのも時間の問題だろう。冬は越せまい。
「じゃ、このまま馬車を進めてください。その間に、こちらで物資の調整をしておきます」
俺はウィンドキャットさんにまたがり、後続の馬車に移動する。
ストレージキャットさんの中に確保した大量の物資を、町に近づいたところで馬車に載せていくのだ。
土砂から農作物を生成する手順は、土砂→小麦粉が一番効率が良い。この大量の小麦粉を、より保存性のいい「小麦」に切り替えるという、粉挽き職人が見たら「あ?」と怒りだしそうな所業も同時にやらかしている。
……いや、容器の問題がね……調達しやすい麻系、紙系、藁系の袋などにいれると、サラッサラの小麦粉はさすがに湿気ってしまう。その後はカビの運動会である。
こちらの世界、ガラスはそこそこ安価で容器としても広く普及しているのだが、こちらは重量がバカにならぬし、コピーキャットでの量産も不可。
密封容器を確保する手間まで考えると、支援には小麦粉よりも小麦のほうが便利なのだ。
あとコピーキャットには、「収穫・脱穀後に発生した藁」を「実のついた麦穂」に変換するという荒業もあり――これは毎回、脱穀の手間はかかるものの、ほぼ無限に収量を増やせる。今回は量と手間の都合で土砂からの錬成となったが、これに気づいた時は俺もしばらく宇宙猫になってた。土すら必要ない時代がそこに来ている……(※来てない)
ついでに今更なのだが、「小麦粉→きな粉→大豆」みたいな変換はまぁいいとして、「小麦粉→惣菜パンや各種パスタ→それぞれの具に使った野菜」というバグ技はさすがに頭おかしいと思うのです……
これを応用すると、「小麦粉→豚玉→豚肉→牛肉」という変換すら可能である。現地に冷蔵設備がないのと、干し肉などは『砂神宮から』という建前でもさすがに量が不自然になってしまうので、肉類の支援はしていないのだが……
ダジャレにたとえたら「一音しか合ってないやん」ぐらいの酷い挙動。これもう原材料表記に記載があったら普通にいけるヤツ。
で、こちらがそんなバグ技で支援物資を馬車に積載していく間に、ブルトさんが使者として馬で先行!
この地の領主様に手紙を渡し、話を通してくるのだ。
ブルトさんには中忍三兄弟が護衛につき、竹猫さん経由で中継音声も(脳内に)届けてもらう。
ルークさんは馬車でストレージキャットから物資を取り出しつつ、ラジオのようにそれを聞く。
なんか……自営業の日常みたいになってきたな……? できればおっさんの小難しい会話よりシャレオツなシティポップとか聴きたい。いっそド演歌でも良い。
『――砂神宮からの使者とうかがった。魔族に制圧されたそうだが……さすがに援軍などは出せんぞ?』
突然の使者に、領主のヘルメード・カトラート子爵様は不審そうだ。この方は、ライゼー様より年上のいかついおっちゃんである。
もちろん使者はだいたいいつも「突然」で当たり前なのだが、今回は「砂神宮から」というのが疑念の理由。
正確な最新情報まではこの地域にまだ伝わっていない様子だが、「魔族に制圧された」という話はさすがにもう知られている。
『戦争関連ではありませんので、ご安心ください。詳しくは、こちらの書状を』
そして読み進めるうちに、ヘルメード子爵の喉からは戸惑うような声が漏れはじめる。
『……トゥリーダ子爵の名は存じているが……魔族と和を結んだのか。隣接するアスワーン伯爵家まで支持を表明とは――ふむ。あそこは砂神宮のすぐ隣だし、態度を鮮明にするのは当然だろうが……ハルバートン侯爵家の指示を待たずに、よく思い切ったものだ。魔族に脅されて……というわけではないようだな?』
『はい。非常に好意的にご対応いただいたと聞き及んでおります。詳細については、アスワーン伯爵家からも近く書状が届くかと思われます』
『ふむ……それに加えて、支援物資の目録つきか……今の状況下で支援をいただけるのはたいへんありがたいが……書状には、見返りについて触れられていない。これは、食料支援の見返りとして陣営に加われ、という意味ではないのかね?』
『明文化はされておりませんが、アスワーン伯爵家にご協力いただいた際の要望の一つが、同じ派閥に属する皆様への支援の確約でした。また、ここ数週間での状況の変化は急激すぎて、いずこも混乱しております。その混乱の中、勢いで決断していただくことでもありませんし……陣営に誘うにしても、各自で情報を精査する時間は必要だろうというのが、我々、レッドトマト商国の判断です。しかしその一方で、飢饉に対する支援は急を要しますので――まずは人々の生活を守るために、敵味方関係なく、必要な地域への支援を行うとトゥリーダ様が決断されました。書状にも経緯が書かれていたかと思いますが、そもそもトゥリーダ様が合流にあたってオズワルド様へ提示した唯一の条件が、各地の飢饉への緊急対応でしたので――その約束をオズワルド様が守った結果、こうして我々が各地へ派遣されている次第です』
『むぅ……敵にまで支援とはたいした余裕だ。しかし、それではそちらに利がなかろう? 兵糧を確保した途端に襲いかかってくる連中もいるのではないか』
『オズワルド様がいる以上、返り討ちにするのは容易です。あの方はたった一人で大軍を容易に殲滅できます。おそらく数日以内に、反乱軍潰走の報告がこちらにも届くかと思いますが――魔族というのはお伽噺や伝説によって脚色された存在ではなく、事実として人知を越えた存在なのだと、我々も砂神宮で思い知りました』
『えっ……き、貴殿らも戦ったのか!?』
『いえ、戦う以前の問題でした。街の北側の山が一瞬でただの平地になり、一面の畑が整備され……そこで得られた物資を、こうして各地への支援にあてているのです。もはや戦うまでもなく、その威にひれ伏すしかなく……代官のダムジー様は、正しい判断をされました。もしも戦っていれば、サンドルイスと砂神宮は今頃、ただの廃墟になっていたでしょう』
いかにも「ありえないものを見た」みたいな言い方をしているが……実はブルトさんはその現場を見ていないので、割と演技派である。
詳しい説明をしたら「……ルーク様、ほんとにそれやったんですか……?」と真顔で問われたが、その時も驚いたとゆーより「まーたこの猫は……」という感じであった。
なにせ一緒に古代クマ遺跡の工事をした仲だ。もはや同業者といっても過言ではない。ネコミミつける? つけない?
しばし無言が続き――子爵が、声を絞り出す。
『逆らわない限り、害意はない……ということかね?』
『はい。オズワルド様は国王とフロウガ将爵に不快感を表明しておりますが、真に怒りを向けている矛先は、この国の「在り方」そのものに対してなのだと思われます。そしてトゥリーダ様の目的はあくまで飢饉の救済のみで、そこには敵も味方もありません。強いて言えば、支援の邪魔をする者が敵です。我々が建国などという手段に出たのも――国王派であれ将爵派であれ他の派閥であれ、どこかに属してしまえば、敵対派閥への支援ができなくなってしまうからです。この物資の支援は、今後、困窮地帯のすべてに対して行われます』
ブルトさんは淡々と言ったが、子爵はガタリと椅子を揺らす。
『り、理念は崇高と思うが、そもそもそんな大量の物資が、今のこの国にあるわけが……!』
『そこはもちろん、オズワルド様にもご協力いただいております。ここだけの内密の話ですが……物資の調達だけでなく、輸送や相互の連絡手段についても、便宜をはかっていただいております。要するに、オズワルド様は……トゥリーダ様の理念に、共鳴されたのでしょう。建国を許したというのは、つまりそういうことです」
子爵がごくりと唾を飲む気配が伝わった。今はきっと、めまぐるしく思考を巡らせているのだろうが……
『……わかった。支援はありがたくいただく。礼状を用意したいが、使者殿はしばらく町に滞在されるのか?』
『いえ、恐れながら、荷下ろしの後はすぐに砂神宮へ戻り、また他の地域への物資輸送に従事します。今年の旱魃は影響を受けている範囲が広く、物資の必要な地域が大量にありますので、馬車が足りていないのです。今後は交通の便が良い場所に物資の中継地を用意し、そこまで諸侯の馬車に来てもらい、各地へ向けて支援物資を送り出したいのですが……そうした街は大抵、国王派やフロウガ将爵閥の管理下にありますので、我々が自由に使うわけにはいきません。オズワルド様は「数分で制圧できる」と仰ったのですが、さすがにこれは……トゥリーダ様が説得して、止めてくださいました』
……先程の『理念に共鳴』発言も含めて、これは『トゥリーダ様は、魔族のオズワルド氏を止められるくらいの友好関係を築けている』という意味である。何気ない世間話などではない。
ヘルメード・カトラート子爵の声が今度こそ震えた。
『…………諸々、承った。もしも中継地として活用できるのなら、我が領もつかっていただいて構わない。礼状や諸々の書類は後から体裁を整えることになるが、便宜をはかると約束しよう。状況が状況だけに、物資の供出などはさすがに難しいが……輸送隊の飲み水や野営地くらいは確保させていただく』
お!
これは願ってもないご提案である!
ブルトさん、お礼言っておいて!
『たいへん心強いお言葉、ありがとうございます。トゥリーダ様にも、しかとお伝えいたします』
『よろしく頼む。ところで……貴殿はただの使者ではないな? その物言いといい、理路整然とした話しぶりといい――魔導師ではないにせよ、一廉の士官と見た。改めて、名を聞いておきたい』
『は。ブルーノ・サイトウと申します』
……今回の任務用の偽名である。まかり間違って素性がバレたら「ネルク王国の冒険者がこんなとこで何やっとんねん」という話になる。ダムジーさんの遠い親戚、ということにしておいた。
あとこの街に物資を置いていって、さらに同じ人が同日に別の街にも物資を置いていって……みたいな流れがバレると完全に怪奇現象なので、狩人のウェスティさんや剣士のバーニィ君にも順次、偽名を使い分けつつこの使者役をこなしてもらう。
シャムラーグさんはねー……万が一、知り合いとかに会うとめんどいので……顔を隠している。
あと魔導師のシィズさんも一応、同行はしているのだが――美人さんなので、貴族に顔を憶えられたりするとこちらもめんどいことになりそうで、馬車に残って手伝いをしてもらっている。
この懸念は本人に「……えぇ?」と呆れられたのだが、リーデルハイン領やメテオラで暮らすうちに、日々のストレスから解放され、栄養状態と睡眠環境が整い、お風呂などにも定期的に入って、リルフィ様ご製作の簡易な洗顔料とか保湿液とかも使えるようになった結果――そりゃ変わるよね、っていう……
元から美人さんではあったのだが、ベテラン冒険者としての目力まで備えているので、なんかもうつよつよ系貴族令嬢みたいな存在感になってしまった。わりと目立つ。
つまり使者役は、あまり印象に残らないほうが良い。手紙だけ渡して撤収でもいいくらい。
それでもこちらのカトラート子爵家にはなるべく味方になってもらいたかったため、他より丁寧に対応する必要があった。
というのも、御本人からわざわざ提案があった通り、領地の場所が実に「都合がいい」のだ。
ちょうど今、「物資の中継地」的な話を振ったが、このカトラート子爵家の領地は、『砂神宮』と『ネルク王国側の国境』との通過点に位置している。
今回の支援活動にとどまらず、砂神宮から鉱物の輸出をする際にも、ここを自由に通行できるとたいへん都合が良い。こういった要所は早めに押さえておく必要がある。
物資の調達ついでに、難所になりそうな斜面の土砂を、ほんのちょっぴり(※猫基準)均したりもしたので、交易路としても使いやすくなった。
ブルトさんが使用人に導かれて退出した後。
ヘルメード・カトラート子爵は、同席していた執事に声をかけた。
『…………トゥリーダ子爵からの書状によると、「レッドトマト商国」では、ネルク王国との交易を予定しているそうだ。あちらがそんな都合のいい要求を受けてくれるかどうかは、微妙なところだが……』
『……いえ、ネルク王国側も受けざるを得ないでしょう。これは新興国の世迷言ではなく、本質的には「魔族の要求」です。またあの国では、珪砂やパドゥール鉱以外のまともな鉱物資源が、あまりとれないとも聞いております。我が国の鉄や銅は欲しいでしょうし、砂神宮がもしも炎烈鉱なども輸出するとしたら……かなりの高値で取引してくれるでしょう』
『そうなると……隣国が、さらに強くなるな?』
『今更でしょう。我が国は周辺国と比べて、様々な分野で停滞し続けております。もはや国力の差はごまかせませんし、魔族の助力は、むしろ我らにとって天佑といえるのでは? 我らに届くほどの潤沢な物資、まともな理念、魔族の戦力、拠点となるのはあの砂神宮――状況を知れば、国民も多くが支持をするでしょう。趨勢は決したものと思われます』
相談役っぽい老執事さんの冷静な指摘を受けて、子爵が大きく深く、疲れ切ったような息を吐いた。
『……同感だ。あんなくだらん理由で、娘に暗殺者が差し向けられたと知った時――もうこの国は、とっくに終わっていたのだと思い知ったよ。むしろ滅ぶのが遅すぎた。アスワーン伯爵家に続き、我々も今後はレッドトマト商国と歩調をあわせる。ハルバートン侯爵家や他家にも、その旨を知らせるとしよう』
……これはアレか。レッドトマト商国や魔族に迎合するとゆーより、そもそもレッドワンド将国に対して完全に愛想が尽きていたパターンか……もはや迷う余地がないほどこの国に失望していたがゆえに、判断も早い。
そもそもレッドワンド側は今回、飢饉に対する支援を何もしていない。ネルク王国での略奪を予定していた反乱軍も、敵対する穏健派にわざわざ支援する予定などあるわけがなく、そんな状況で支援の手を差し伸べたのが我々だけ、となれば――まぁ、腑に落ちる流れではある。
――そしてこれから各地への支援を続けるうちに、ルークさんは改めて思い知ることとなる。
とうに民心を失っていた国の脆さ。
政治的無策のヤバさ。
そして物資と軍事力(※オズワルド様)をあわせ持つレッドトマト商国の強さ――
レッドワンドは思っていた以上に末期で、レッドトマトは思っていた以上につよつよ無双モードであった……にゃーん(困惑)
いつも応援ありがとうございます!
コミック版猫魔導師11話(後編)が、本日、ピッコマとコミックポルカで更新予定です。
馬車のシーンはコミックスオリジナル! ヨルダ様から漂う強キャラ感よ……なお、ストーン(略)
ご査収ください。
 




