152・捕虜を尋問しよう(Lv1)
砂神宮に発足した『第三勢力』の国名は、『レッドトマト商国』に決定した。
以前に冗談で『レッドトマト農国』という国名を夢想したことはあったが、今回はルークさんのせいではない……そんな国名、提案していない……
いや、トマト様のお名前が世に広まることに異論はない。
……が、いと気高きトマト様の名を冠する以上、断じて失敗国家にはできぬという責任が生まれてしまった……
国名はお任せするとは言いましたけど……もうちょっと……こう……なんとかなりません……?
「……ルーク、ここまで関わったら、ちゃんと面倒は見るべきだと思うよ? 拾ったペットの世話だって、ちゃんと最後までやり遂げないとダメでしょ?」
クラリスさまー。
「あの……むしろこれを好機と見て、トマト様の覇道を進めるというのは……?」
リルフィさまー。
「ルークさま、つぎはそふとくりーむ国をつくりましょう」
……建国直後にどっかのウサギから舐め尽くされそうな国だな……?
まぁ良い。前世でもこういう食品系の由来をもつ国名はそこそこあった。
カメルーンは「エビ」だし、イタリアは「牛」だし、ブルネイは「ココナッツ」である。異世界においてトマト様の名を冠する国があっても良い……ソフトクリーム国は却下で。
さて、国境付近でオズワルド氏が反乱軍を一蹴した翌日。
砂神宮は、宅配されてきた――もとい、捕らえた捕虜の対応にてんてこ舞いであった。
竜巻に巻き込んで捕らえた敵兵は合計四百人ほど。
彼らは簡易収容所に入っており、しばらくはこの地で農業実習……もとい、強制労働に従事してもらう。三食休憩つきで釈放日には給料も出す。
それから、竜巻からは逃れていたものの、潰走のどさくさに紛れてこっそり捕縛しておいた反乱軍の主だった将達――
子爵が八人、伯爵が四人。
敗残兵を故郷へ戻すにもある程度の統制が要るだろーし、他の士官達は見逃したのだが、ここにいるのは反乱軍中枢のいわゆる『主戦派』である。
ネルク王国への侵攻を迷いなく主導した連中であり、さすがに無罪放免というわけにはいかぬ。
この地の法律とか慣例に疎いルークさんは、彼らへの対応を、『レッドトマト商国』の幹部達に一任した。
……てゆーか、戦後処理とかいわれてもよくわかんない……ルークさんの前世はただのサラリーマンだったし、今は猫だし、今回、特殊事情が多すぎて……
そもそも、この『反乱軍』は、あくまで「国王に対する反乱軍」であって、砂神宮を占拠した我々とは一度も戦っていないのだ。下手すると世間の認識は「どっちも反乱軍」である。
戦争状態にすらなっていなかったのに捕まえてきたわけで、法的な意味で「捕虜」と呼んでいいのかどうかもよくわからん……一応、オズワルド氏が「遊んでやる」っていう声明を出したから、アレが宣戦布告になる……のか?
取り決めとか国際協定みたいな基準もなさそうなので、トゥリーダ様達も「どうしよー……?」と迷いながら指示を出していそうである。
「……しかし、敵軍にフロウガ将爵がいなかったのは誤算でしたねぇ。侵攻の直前に、部隊を離れてこちらの砂神宮へ向かったとか」
リルフィ様に抱っこされたまま俺が呟くと、隣の座椅子でオズワルド氏が肩をすくめた。
「昨日の戦闘では、『私を無視した』ことを責めて襲いかかったが……その裏で、指揮官がこちらの砂神宮に向かっている最中だったとはな。時勢を読む目はあったらしい。しかし、距離が仇となった」
騎馬のフロウガ将爵がこの砂神宮に着くのは、たぶん明日か明後日か三日後か……反乱軍の部下達とは、この砂神宮で感動の再会をすることになる。胸熱……ではないな。因果応報ではあるが、割と気の毒な状況だな……?
しかしオズワルド氏の言う通り、危険を承知で少数の護衛のみを連れてこちらへ向かってくるとゆーのは、なかなか度胸がある。
思えばダムジーさんもそんな感じの行動をオズワルド氏に評価されていた。
「実際にここへ着いたら、どう対処したものかな……やはり処刑かね?」
「それは私ではなく、法律が決めることですが……普通は処刑になるんですか?」
「それはやらかしの程度による。罪状をどう整理するかだな。ただ……今回はその整理の時点で難しい。トゥリーダやダムジーも頭を抱えているはずだ」
……やっぱり?
そもそも我々は現在、『新国家』を自称している。
レッドワンド将国の法律をある程度は流用する予定だが、悪法まで引き継ぐ予定はなく、当然、これから新しい法律を整えなければならない。
そして厄介なことに、「今回、捕らえた将達の処遇」は、歴史に残るその最初の実例という流れになるのだが……ここであまり苛烈なことをすると、周辺国に「やべぇ国だ!」と警戒されてしまうが、逆に甘すぎても「ダメな国かぁー」と侮られてしまうという難しさがある。
強国ムーブをかますだけなら前者でもいいのだが、これから交易主体で平和にやっていこーという国がそれをかますのはよろしくない。この世界の人々にとって納得感のある対応が求められるのだ。
「しかし、こういう面倒を承知でわざわざ捕らえたわけだからな……そういえば、ルーク殿はなぜ連中を殺さなかったんだ? 昨日の戦争中に殺しておけば、単なる戦死でかたがついただろうに」
それはもちろん、「ルークさんがチキンだから」というのが最大の理由ではあるのだが……
「……だってアレ、世間的には『オズワルド様が使った魔法』ってことになってるじゃないですか。いくら私が悪辣な猫さんでも、協力してくれた方に無実の人殺しの汚名を着せて、平気な顔はできないです……」
オズワルド氏は不思議そう。
「えぇ……? いや、私はまぁまぁ楽しかったし、魔族にとってはむしろ、その手の悪名は望むところだが――」
「えぇぇ……ま、まぁ、これは私自身の感覚の問題なので! それに、殺す決断は後でもできます。死なせてしまったら、その後で後悔しても、生き返らせたりできませんし」
「ふむ……まぁ、それは正論だ。生かしておくことで害悪になる輩もいるだろうが、さしあたって捕縛中なら悪さもしにくいからな」
今度はご納得いただけた。
リルフィ様が俺の頭上で首をかしげる。
「……いざ処刑と決まったら、ルークさんは反対されるのでしょうか……?」
「いえ、それこそ罪状によります。いわゆる因果応報なら『まぁしゃーない』って判断しますし、情状酌量の余地があれば……その内容に応じて、こっそり爪を伸ばすことはあるかもしれません」
ルークさんにも前科がある。野菜泥棒のことではなく、『国王暗殺未遂』をやらかしたシャムラーグさんを助命した件だ。ああいう事例であれば、むしろ見過ごすなどありえぬ。
オズワルド氏が、茶菓子の薄焼きせんべいをパリッとかじりつつ、なにやら考え込んでいる。
「反抗的で、なおかつ死刑に値するだけの罪状がある者。これはもう処刑でいい。というより、そんな者まで目こぼししていたら治安どころではない。素直に恭順し、罪状の少ない者。こちらは軽い刑で問題ないし、取り扱いも楽だ。問題は他の2パターン――」
「恭順しているものの、死刑になってもおかしくないレベルの悪人。それから、反抗的ではあるけれど、あまり悪いことはしていないタイプの忠義の将……ですよね?」
「そうだ。シャムラーグのように、国王暗殺未遂という悪行を為していても、そこに斟酌に値する理由があるならば、こっそり助命するのは別に良いと思う。死を偽装する方法などいくらでもあるしな。問題は……うん。ちょうど中継映像に映っているな――」
両手を後ろ手に縛られ、臨時の取調室に引き出されたのは、反乱軍における参謀格――ドレッド・ゴウル子爵である。
年は三十三歳、実は意外と若い……はずなのだが、かなり不健康に太っており、髪色が白い上に顔も老け顔なため、五十歳くらいに見える……
「アレはさすがに死刑相当だろうな。やらかしが酷い」
「あー……シャムラーグさんを罠にはめた人ですよね?」
「うん。パスカルの話では、他にも複数の暗殺を主導していた節がある。キルシュ達を人質として捕らえたのも奴の指示だ。つまり、王達の認識では、『魔族オズワルドを怒らせた張本人』だな」
オズワルド氏が肩をすくめた。
「小物すぎて相手にもしたくない」と、もはや態度で示している……
映像に映るドレッド子爵は、怯えきって落ち着きなく、取調室の中を見回していた。
「……で、ルーク殿。一つ相談がある。あいつの扱いを、パスカルに任せてもらえないか?」
ほう? ルークさんにはどうしたらいいかよくわかんないので、別に構わぬが……
「それは別にいいですけど、どうするんですか?」
「無罪放免」
え。
「……に見せかけて、しばらく泳がせる。その上で奴の接触する先を調べ上げ、水面下の敵を炙り出す。まぁ、『無罪放免』は言いすぎたな。わざと監視をゆるくして、本人が逃げ出すように仕向ける。パスカルが得意にしている手だ」
……おおぅ……策謀Aってそういう……?
「もしも逃げなかった場合には、奴からの暗殺指示によって殺された者の遺族に引き渡す。私刑ではないぞ? 基本的に、ほとんどの罪は領地単位で裁かれるものだ。この場合、引き渡す相手は、遺族といっても貴族の家になる。今は別の養子が引き継いでいるはずだから、厳密には『遺族』とも言い難いんだが……『前当主の殺害指示犯』となれば、相応の処罰が必要になる。さして被害を受けていない我々が中途半端な罪状で裁くよりも、そちらに任せてしまったほうがいい」
国家間ならぬ領地間の犯罪者引き渡しかぁ……絵に描いたような因果応報であるが、むしろ今までよく放置されてたな……?
「わかりました。何かお手伝いが必要ですか?」
「万が一、完全に見失ったら、助けてもらうこともあるかもしれないが……しかし、パスカルの実力を示すいい機会だ。あいつは『隠者の切り札』という珍しい特殊能力を持っていてな。具体的に言うと、『占い』の精度が桁違いに高い。未来を当てるのではなく、『探している相手が今どこにいるか』『失せ物がどこにあるか』『どこの街にどの程度の規模の兵力がいるか』など、現時点での状況を当てる――あれはおそらく、地脈にアクセスして情報を引き出しているんだろう。実際、地脈の通じていない地域には占いが通じなかった」
む。これは……アイシャさんの持っている『夢見の千里眼』と近い系統か? アイシャさんのは『世界で起きた大きな変化』を夢の形で自然に知る警報的な能力で、パスカルさんのは『自分の知りたいこと』を調べられる能力だと思われる。
……ふと思ったが、そういう感じに地脈の力を扱える人って……もしかしたら、魔族とか亜神とかの子孫なのではあるまいか?
普通の人には使えないとゆー話だが、先祖返りみたいな感じで、地脈の一部の機能を引き出す特殊能力が宿ったりするのかもしれぬ。
思いつきの推論だが、アイシャさんとかパスカルさんのステータスを見ると有り得そうな気が……
「それはすごい! 占いというより、遠視の能力では?」
「その通りなんだが、手順が占いじみていてな。地図の上に、こう、折れ曲がった棒をかざしたり、先端に重りをつけた紐を垂らしたり……ついでにカードも使う」
あー。ダウジング。前世だと逮捕歴もある詐欺商品だったが、パスカルさんのはガチ特殊能力か……
「それってもしかして、相手の動きとか考えとかもわかったりするんですか?」
「いや、さすがにそこまでの精度はない。『上空から見下ろすような感覚』だそうだ。外見的なことはわかるが、内面的なことは一切わからんし、その外見も傷や顔色など、細部までは確認できん。姿はぼやけた感じで、声なども聞こえないそうだ。ただ、『どこにいるのか』『生きているか、死んでいるか』などは、地図を併用することでかなり高い精度でわかる」
それでも十分、やべえ能力である。視覚から得られる情報量は非常に多い。
「あともう一つ、制限がある。奴自身が会ったことがあり憶えている人物か、実際に行ったことのある場所にしか通じない。裏を返すと、人物を追跡する場合、その人物の移動先ならば、行ったことのない場所でも見られるわけだ。あの若さで正弦教団の幹部をやれる理由がわかるだろう?」
……幹部同士で顔合わせ→各国に移動した幹部の動向を通じて、間接的に各国の動きをおおざっぱに監視できる――という流れか。
仲間が誘拐されたり捕縛された時に、その位置を把握できるのも強い。そしてこのタイミングでオズワルド氏に連絡すれば、転移魔法で助けてくれるのだろう。
ここで俺はふと思い至る。
「………………あのー。つかぬことをうかがいますが、私とパスカルさんを引き合わせたのって………………?」
ちんもく。
「………………………………いや、他意はないぞ? 保険的な意味をまったく考えなかったわけでもないが……ほら、ルーク殿が他国で困るようなことがあれば、私が手助けに行ける機会もありそうだし……な?」
しばし、じっと見つめ合う猫と魔族……
そして同時に、「あはははは」と乾いた笑いで場を流した。
………………まぞく。ぬかりない……
しかも後でバレた時に心証が悪くならないように、今のうちに能力についても話しておくという抜け目なさ……!
しかしまぁ、味方にしておく分にはこのくらいのほうが心強いのも確かだ。こちらもこちらで割と悪辣な猫さんなので、相性は良かろう。
そしてオズワルド氏も、そんな虎の子の貴重な人材をわざわざレッドトマト商国のために寄越してくれたわけで、この点はきちんと感謝すべきである。
さて、取調室のドレッド子爵はなんか喚いているようなのだが、クラリス様の情操教育にあまり良くなさそうなセリフが一瞬聞こえたよーな気がしないでもないので、マイクはオフにしてある。ウェルテル様とクラリス様は、猫カフェの奥で、母娘水入らずで編み物の練習をされている。ほほえましい。
音声オフの取調室映像とか見ていてもしょーがないのだが、オズワルド氏が「パスカルが出てきたらたぶんおもしろいことになる」と言っていたので、それまで待機中だ。現在は下級の役人さんが形式的な下調べをしているのだが……ドレッド子爵の態度がまー、目に見えて悪い……居丈高である。
「……なんか、こう……負けて捕まっておいてああいう態度をとれるって、逆にすごいですよね……?」
オズワルド氏が苦笑いを見せた。
「いや、あれはヤケを起こしているだけだな……本質的に小心な男なんだろう。あと、萎縮しても極刑は免れないと察して、自分の正当性をひたすら主張し続けることで、せめて自身を悲劇の殉国者に仕立て上げるつもりかもしれん。音声は切ってあるが、たぶん『貴様はそれでもレッドワンドの臣民か』とか『我々はレッドワンドの未来を守るために立ち上がったのだ』とか、そんな感じの戯言を繰り返しているぞ」
そんなんを延々と聞かされる役人さんも気の毒だな……あとでおやつでも差し入れしとこう……
そうこうしているうちに、取調室へパスカルさんが入ってきた。
ちなみにこの取調室、一応は鉄格子で両者を仕切っているが、ただの空き部屋をほんのちょっぴり改装しただけなので、威圧感とかがない。
パスカルさんもにこにこしているので、「商人さんが商談に来たのかな?」みたいな雰囲気である。
好奇心から、俺もここでようやく竹猫さん(撮影係)のマイクをオンに切り替えてもらった。
「なんだ、貴様は! この役人の上司か!?」
「ええ、まあ、そのようなものです。私のごとき木っ端役人などに興味はないでしょうから、用件だけ手短に申し上げます」
淡々と。あくまで淡々と。パスカルさんは静かな声で、のんびりと喋る。なのに怖い。なぜかこわい……
ドレッド子爵も勢いを削がれたのか、鼻筋を歪めつつもいったん黙る。
「ドレッド・ゴウル子爵。貴方に関する調査資料を拝見しました。まぁ、よくぞここまで――といったところですな。横領や収賄の容疑は数知れず、ハルベルム侯爵の暗殺、カトラート子爵家令嬢の暗殺未遂にも関わり、さらにはネルク王国の新国王、リオレット陛下にも暗殺者を差し向けたとか――侯爵の暗殺に成功したせいで変に自信をつけたようですが、これが貴方のつまずきの最たるものです。その任務で使い潰す予定だったシャムラーグ氏の縁者が魔族の友人だったこと。さらにはこの縁者を無実の罪で捕らえたせいで、魔族がこの国に介入する理由を作ってしまったこと――いやはや、ここまで盛大にやらかされてしまうと、国王はもちろん、フロウガ将爵でさえ擁護はできんでしょう。いかに憂国の士を気取ったところで、国難を招いたそもそもの元凶が貴方だ。さすがに言い逃れはできません」
ドレッド子爵は血管がキレそうなほど顔を真っ赤にして、その場で怒鳴り散らす。
「捏造だ! 私の指示ではない!」
「残念ながら、ごまかせる段階はとうに過ぎているのです。シャムラーグさん、替え玉の可能性もありませんね?」
パスカルさんが、取調室の外側に声をかける。
入室してきたのは、有翼人のシャムラーグさん! ちょっと立派な軍服に着替えている。
ドレッド子爵があんぐりと口を開けた。
「き、貴様……貴様……」
「間違いありません。ドレッド・ゴウル子爵……俺にカトラート子爵家令嬢の暗殺、及びネルク王国の国王暗殺を命じた奴です」
シャムラーグ氏が、怒りに燃える視線をドレッド子爵に向けた。
……ちなみにこちらの子爵と顔見知りのトゥリーダ様は、普通にデスクワークが忙しいのでこんなムサい所に顔を出す暇はない。
御本人は『私も立ち会いましょうか?』と言ってくれたのだが、パスカルさんが『お耳が汚れるだけですので、必要ありません』と、はっきり突っぱねた。
ドレッド子爵は、しばらく物凄い眼でシャムラーグさんを睨んでいたが……
「……政治もわからぬ馬鹿な有翼人が……」
と吐き捨て、顔を背けた。
シャムラーグさんもそれ以上は何も言わず、無言で部屋を出ていく。
そんな中、パスカルさんは一人、にこにこと笑っていた。
「妾になるのを断った令嬢に暗殺者を差し向けたり、わざわざ人質をとって一介の有翼人を死地にけしかけるのが『政治』とは――いやはや、レッドワンドの政治とは、ずいぶん低俗で稚拙なものなのですね。なるほど、国が滅ぶわけだ」
それは痛烈な皮肉であったが、ドレッド子爵には通じない。
「……『国を作る』などと、息巻いているそうだな……? ならば、その『低俗で稚拙なもの』こそが政治だと、貴様らにもじきにわかる」
直後、パスカルさんの笑顔が真顔に転じた。怖。
「いいえ。『そんな程度のおままごと』を政治と勘違いしていたから、貴方は破滅したのです。サクリシアならば、貴方程度の知能では小役人にすらなれない。ホルト皇国ならば、酒場の酔っ払いでももう少しマシな政治論をぶつ。政治とは『統治』です。それが本当にできていれば、そもそも内乱など起きませんし、オズワルド様のご友人が不当に捕らえられることもなかったでしょう。貴方の信じる根本的にズレた『政治』とやらが、現状を招いた。貴方は自分の幼稚な策によって自滅した。どんなに言葉を言い繕い、虚勢を張ったところで、この事実は変えようがありません。貴方のそれは政治ではなく、上官に対するただの阿諛追従に失敗し、その憂さ晴らしを部下に押し付けただけです」
淡々と言い置いて、パスカルさんが席を立つ。
不機嫌なドレッド子爵も、衛兵によって椅子から立たされ、取調室から連れ出された。
我が頭上で、リルフィ様が呟く。
「……パスカルさんは……どういった生い立ちの方なのですか……?」
オズワルド氏が微笑んだ。
「ロゴール王国の戦災孤児でね。正弦教団の構成員に拾われてホルト皇国に移動し、組織が運営する孤児院で育った。正弦教団は要人暗殺などの業務を請け負っているが、あいつはそっちに消極的で――別に潔癖症ってわけでもないんだが、『暗殺稼業はこれから下火になる』『依頼件数も実際に減っている』『いずれ貧乏人から安価で依頼を受けざるを得なくなり、割に合わなくなる』と、よくぼやいていた。商才はあるし、頭もいいから、人より先が見えているんだろう。あと、まぁ……人には向き不向きもある。才を生かすには、相応の場が必要だろうと以前から思ってはいたんだ」
そう語るオズワルド氏は、なんだかちょっとだけ嬉しそうだった。
彼がパスカルさんをこの地につれてきてくれた理由が――なんとなく、俺にもわかったような気がした。
先週、深夜に遅れて追記したのですが、ピッコマとコミックポルカで、三國先生のコミック版「猫魔導師」11話・前編が掲載されています。ルークさんは正座したり土下座したりしてますが、実は胡座もかける……(豆知識)
 




