151・反省だけなら猫でもできる
御存知の通り、ルークさんは悪辣非道な猫さんである。
トマト様の覇道のためとあらば、やらせもステマも平然と遂行してしまう悪鬼羅刹である。トマト様。嗚呼トマト様。トマト様。
……まぁね? トマト様の実力をもってすれば、そんな小細工は全然必要ないって理解ってはいるんですよ?
しかし迅速・確実・圧倒的な普及に有用であれば、どんなものでも利用するのが野生の掟。
ククク……人類め……貴様らもこの大いなる恵みの前にひざまずくが良い……!
――急に決めたのでライゼー様には事後承諾みたいな感じになってしまったが、オズワルド氏がうまくやってくれた。彼の演技力はホント素晴らしい。さすがはトゥリーダ様の師匠である。期待の新人、パスカルさんの台本も実にいい感じであった。監修はちゃんとさせていただいた。
なお、リルフィ様の発案による新たな猫魔法『キャットトルネード』さん達も無事にその猛威を振るい、敵兵の一部を竜巻に巻き込んだ上で宅配業者に順次引き渡し、無事に砂神宮へ送り届けた。
猫の姿を隠しても、「派手な自然現象」ならばインパクトは充分であろうとゆーことで、さすがリルフィ様は視野が広い。
気流が虎縞だったり上部に目立たぬネコミミが生えてしまったり、意図せぬ猫要素もほんのちょっぴり混ざってしまったが……普通の人達には、ただの風魔法的な竜巻に見えたはずである。規模と数はちょっとアレだったかもしれぬ。
巻き込まれて配送された敵兵についても、今頃はトゥリーダ様やダムジーさん達がうまいこと対応してくれているだろう。
宅配時にしっかり梱包――もとい拘束済みなので、反抗される心配もない。とりあえずごはんでも食べれば落ち着くと思う。
さしあたって、当面の課題はアルドノール侯爵を中心とする軍議(?)の行方。
みんなでトマト様を食べながら和やかに始まった会談は、今、ちょっとした問題に直面していた。
オズワルド氏の弁舌に耳を傾けていたアルドノール侯爵が、難しい顔で考え込んでいる。
「……オズワルド様。ご提案はよくわかりました。新国家を相手にした鉱物と農作物の交易という案は、たいへん魅力的です。私の一存で決められることではありませんが、国王陛下にはしかと進言いたします。しかし、一点……懸念もありまして――」
「ほう? どのような?」
威圧はしていない。オズワルド氏、現在は「話のわかる親戚のおっちゃん」ムーブである。
「レッドワンド側の将来的な国内情勢についてです。その砂神宮の勢力は、オズワルド様がいる間は安泰でしょう。しかしオズワルド様が西方へお戻りになられた後、国王軍や反乱軍の残党、あるいは他領の諸侯と渡り合っていけるのかどうか――その情勢次第では、交易が機能せず、交易路の途中で物資を横取りされるなどの危険性も出てきます。というより――間違いなく狙われるでしょう。ネルク王国から砂神宮までの道程は、レッドワンドの国土をほぼ横断するようなものです。そして交易を邪魔されれば、この目論見は瓦解します」
もっともな懸念である。しかしもっともであるがゆえに、想定済みの問いでもある。
「国王軍と反乱軍については、遠からず対処が終わる。反乱軍のほうは鎮圧し、国王のほうは――今はまだ詳しく言えないが、そちらの懸念するような事態にはならんと約束しよう。それから交易路についても、『今すぐに』というわけにはいかないが、来年あたりを目処に、ネルク王国との国境近くにある町を……いや、今は『村』といったほうが良い規模だが、そこを交易の中継地として整備する案が出ている」
鉱物資源については当面、砂神宮から送らねばならないが、将来的にはそこを中継地とすることで、近隣の鉱山からも輸出用の鉱物を集められる。
そして輸入する農作物に関しては、そもそも砂神宮まで運ぶ必要はなく、この中継地から国内の各所へ差配すれば良い。
砂神宮はあくまで書類上の取り仕切りを行い、『鉱物を売って農作物を得る』ところまでを管理し、得た農作物は国内の各所に適正な価格で販売する、という流れだ。
不当な高額転売などを取り締まれるよう、これから法整備を進める必要はあるが、そういうのはたぶんパスカルさんやダムジーさんがまとめてくれる。すなわち猫の仕事ではない。
とりあえず納得してもらい、どのみち、アルドノール侯爵個人にそこまでの決定権はないので、王都に持ち帰って検討という流れになった。
「新たな国の名はまだ決まっていないが、少なくともレッドワンド将国のように、近隣へ迷惑を振りまく体制にはしない。というより、困ったら略奪や侵攻に流れるような安易な方針が行き詰まった結果、こんな状況になっているわけでな……砂神宮の新国家が成立したら、ぜひネルク王国とも国交を結んでもらいたい。今のレッドワンドよりは文化的、文明的な国家になることを約束しよう」
そんな希望に満ちた挨拶を残して、オズワルド氏は一足先に砂神宮へ転移!
……後には姿を隠したルークさんが残った。机の下で身を丸めている。
アルドノール侯爵をはじめ、この場の諸将が大きく息を吐いた。
「……やれやれ……生きた心地がしませんでしたが、思いの外、紳士的な佇まいで……私は、『魔族』という存在を誤解しておりました」
そんなことを言う将もいたが、アルドノール侯爵は首を横に振る。
「確かに紳士的、かつ理知的で、話のわかる御方ではあったが――レッドワンドの大軍を一蹴したあの戦闘力は、まさしく『魔族』だと思い知らされた。もしも対応をあやまれば、あの大魔法が我らに向く。そのことを忘れるな」
全員がごくりと唾を呑む。つられてルークさんまでごくりと唾を呑んでしまったが……よく考えたらアレ、俺の猫魔法だわ。ハハッ、ナイスジョーク(乾いた笑い)
「……それから今も、我々のこの会話は把握されているものと考えたほうが良い。各々方、くれぐれも不用意な発言は控え、今回の件も詳細はまだ内密に」
ぎくり。
……オズワルド氏はもう帰ってしまったが、ルークさんはまだここにいるわけで、侯爵様の読みはある意味で正しい。やっぱこの人、武将として普通に賢いな……?
「私はすぐに王都へ戻り、この件を陛下のお耳にいれる。しかし……レッドワンドの部隊が引き返してくる可能性も、ないわけではない。クァドラズ伯爵、貴殿はこのまま国境の警戒を続け、後から来る援軍と合流してくれ。引き続きレッドワンド側の情報を探り、反乱軍とやらの動向の裏がとれ次第、軍を戻す。まあ……二週間程度を目処としよう。それまでは当初の予定通り、持ち回りで軽めの演習でもしておいてくれ」
「は。承りました。それと、『詳細は内密に』とのことですが――オズワルド様の関与は大勢の兵達が見ておりましたし、先の戦の顛末くらいは、諸侯に話しても構いませんな?」
「無論だ。伏せて欲しいのは『砂神宮』との交易計画に関してだな。こちらは少々、複雑な問題だから、先に諸侯と官僚への根回しを進める。それと……」
解散するために席を立ちながら、アルドノール侯爵がライゼー様へ視線を向けた。
「ライゼー子爵、あのトマト様という植物、私も気に入ったぞ。オズワルド様との今後のやりとりは神経を使うだろうが、よろしく頼む。植物一つで歓心を買えるなどとはさすがに思わんが、心証をよくしておくに越したことはない」
「……は。心得ました」
そんな感じで、本日の軍議は解散となった。
ライゼー様もこのまま数日滞在した後、援軍と入れ替わる形で領地へ戻る流れになりそうだ。
帰りは転移魔法で送って差し上げようかな……とか考えつつ、俺は机の上で余っていたトマト様に肉球を伸ばす。
姿を現してむしゃりむしゃりと頬張っていると、すぐ近くの椅子にライゼー様が腰をおろした。
「……ルーク……いろいろと聞きたいことはあるんだが、さっきのアレはあれで良かったのか……?」
「……にゃーん?」
「いや、にゃーんじゃなくてな……」
「…………にゃーん」
どれのことだろう……?
竜巻? 花火? トマト様? オズワルド氏の名演?
俺がきょとんと首を傾げていると、ライゼー様は溜め息の後、脱力気味に笑った。
「トマト様のことだ。いきなりのアドリブで驚いたぞ。オズワルド様とリーデルハイン領の交流は、バレてもいい流れになったのか?」
「あ、その件ですか。むしろ、『トマト様を通じて縁を作った』ことにしたほうが良かろうと言われまして……日程的に前後しますが、砂神宮でも現在、トマト様を栽培しています。あっちの畑はオズワルド様が作ったことになっていまして、そのオズワルド様が『トマト様を知らない』というのは不自然なのです。だから今日、ここで知ったことにしてもらいました」
ライゼー様が首をひねった。
「……ん? んん? 日程的にだいぶおかしくないか……? 数日の差とはいえ――」
「そこはもう諦めて、『記録のミス』という雰囲気にします。というか、もう既に史書の偽造が始まっています。ネルク王国側の記録には介入しませんが、砂神宮側では整合性をとらずに、いろんな矛盾を内包させることで、私の存在を曖昧に消し、諸々の経緯を誤魔化す方向で文書を作成していまして――『建国期のゴタゴタ』という理由付けですね」
ライゼー様がますます首をひねった。
「よくわからんな……なぜそんなことを? 後世の史家や研究者を困らせるのがルークの趣味なのか?」
なにそのアバンギャルドな趣味。
「違います違います! 私としても気は進まなかったのですが、万が一、私の関与が漏れて民間の記録に残ったりすると、将来的にはあまり良くない事態を招きそうでして……」
「良くない事態?」
「はい。今回のレッドワンド周辺の事態――『気まぐれな魔族の協力』くらいならいざしらず、『亜神の加護によって成立した神聖国家』なんて歴史にされると、おそらく将来、ろくなことになりません。今のうちから大量のデマや矛盾を内包させて、『建国初期の記録はあてにならん』みたいな空気感を仕込んでおきます」
ライゼー様が納得顔に転じた。
そう、「神様が作った国」なんて肩書は害悪そのものである。後世、その神様の虚像を利用する輩とかが出てきても困る。
この世界には亜神が実在するため、その意向を無視して詐欺を働く宗教などは、別の亜神や魔族によって粛清されがちなのだが――つまり、「実際にそういう事例があった」わけで、余計な騒乱の種など作らないほうが良い。
「あとまぁ、周辺国に対する情報操作の上でも、細かな矛盾を仕込んでおくのは良いそうで……これは新たに仲間に加わったパスカルさんとゆー専門家から聞いたのですが、たとえばホルト皇国の場合、情報の中に矛盾があると、その時点で信用度のランクを下げるらしいです。矛盾が重要と思われたら精査されるものの、こうした日程のズレくらいなら流される例が多いらしく……万が一、そこに私に関する民間の記録がこれから紛れ込んでも、『あの時期の記録はなー……』的な流れにできるかな、と」
この世界には電話も電信もないため、離れた土地から届く情報には速報性がない。距離が遠い場合、追跡調査なども難しい。
魔族だけは転移魔法を使えるし、地脈を利用した特殊な通信用の魔道具も扱えて、オズワルド氏は正弦教団にこれを貸与している。
それも人間だけでは使えず、入力された情報はすべてオズワルド氏の拠点に集約され、そこから必要に応じて各支部へ配信されるとゆー……これはまぁ、オズワルド氏の拠点が電話交換手というか、データセンターみたいな役割を果たしているのだろう。そちらを介さずに、支部同士で相互に連絡をとったりはできないようだ。
しかしこんなのは特殊すぎる事例であり、通常は国家でさえ、もっとも迅速な通信手段は『伝書鳩』『狼煙』『早馬』とかである。ついでに伝書鳩さんは魔獣とかに襲われやすく、あんまり信頼性がない模様――ギブルスネークとか、たまに変なの飛んでるしな……
そんなわけで、情報の精度は元々よろしくないのだ。
ライゼー様は一応は頷きつつ、わずかに眉をひそめた。
「……そのパスカルという専門家については知らないが……矛盾を内包させることで、記録の信頼性を落とすという手法は確かにある。だが、今回は別の意図がありそうだな」
はて? ライゼー様は何を――
「このトマト様という作物は、これまでの歴史上に存在していない新種だ。これを『オズワルド様がリーデルハイン領から譲り受け、砂神宮にもたらした』という記録が、さっきの軍議によって史実として成立した。アルドノール侯爵をはじめ、複数の将がそれを直に見たわけで、それぞれの日記などを通じて信憑性も担保されるだろう」
……ルークさん、なんか冷や汗が出てきた。
……あれ? おや? もしかして……やらかし……た?
「……つまりここで、歴史上、オズワルド様とトマト様が深く結びついた。そしてルークはトマト様の下僕なわけで、間接的に『ルークとオズワルド様』の縁もより深まったわけだ。流れからして、トマト様発祥の地はリーデルハイン領と認識されるだろうから、特産品戦略にはむしろ有利なんだが――オズワルド様のほうにも、ルークとの縁をより強める意図があったものと見ていい。うまく取り込まれたな?」
ライゼー様は苦笑いをされているが、俺は目を見開きワナワナと震えてしまう。まったく……まったく、気づいてなかった……っ!?
「さ、さすがまぞく……ぬかりない……」
「……いや、これはルークが迂闊なだけだぞ……? そもそも悪意はないだろうし、トマト様の宣伝になるとでも言われて飛びついたんだろう」
ぐうの音も出ねぇ!
必死で毛づくろいをしながら、俺はライゼー様の顔色をうかがう。
「え、ええと……あの、何か、ライゼー様のご迷惑になったりとかは……?」
「それはないから安心していい。トマト様関係は君に一任すると約束しているし、傍目には魔族との商談に成功したようなものだ。『うちの天幕へ案内するように』とメッセージを飛ばされた時は、何事かと思ったがね」
トマト様が絡むと、ルークさんは割とポンコツになる……気をつけねばなるまい。絡まなくても割とポンコツ? そういう説もある……
気を取り直したところで、ライゼー様が俺の喉元を撫でた。ごろごろごろ。
「まぁ、細かな部分はさておき――今回の尽力には感謝するよ、ルーク。うまく運べば、レッドワンドとの諍いが終わるかもしれん。神々の視座から見れば束の間の小休止なのだろうが、正直、十年、二十年くらいの小休止であっても、今のネルク王国にはありがたい」
これは「リオレット陛下が国庫を立て直し、ロレンス様が成長するまでの時間稼ぎができれば御の字」という意味である。
レッドワンド以外にも国境を接している国は当然あるし、それらも油断できる相手ではない。戦乱によって国力が弱った場合、別方向から領土を削られる可能性も十分にあるのだ。
……まぁ、それらの国々はレッドワンドほど好戦的ではなく、外交や交易なども普通にやっているので、『いきなり関係が悪化する』みたいな状況は考えにくい。フラグではない。レッドワンドさんが気軽に侵攻しすぎなのである。
ライゼー様に撫でていただきながら、俺は話を続けた。
「交易の件ですが、レッドワンド側……というか、新国家側では、特に急いではいません。必要な物資は私が作っていますし、この後しばらくは国王軍と反乱軍への対応で忙しいはずなので……ただ、『交易を重視する新国家』という今後の構想は、ネルク王国側からの了承が得られなければ机上の空論になってしまいます。レッドワンド側の諸侯への説得力を担保する意味でも、お返事だけは早めにいただきたく――そのため、アルドノール侯爵の王都到着を待って、オズワルド様も転移魔法で王宮へうかがうことになるかと思います」
「ふむ。リオレット陛下とオズワルド様ももう顔見知りだから、初対面のように演技していただく必要があるな……ただ、その『レッドワンドの諸侯への説得力』というのは必要か? あの国ではこれから体制を一新し、魔導師を貴族階級から外すのだろう?」
「いきなり全員を外すのは無理です……それこそ大混乱に陥ります。為政者や領主としての経験がある人材には、基本的にしばらくこのまま働いてもらうつもりです。あと、これはレッドワンドの特異性なのですが……あの国の貴族は、そもそも家を『血統』ではつなげず、代替わりの際には、よそから魔導師を連れてきて養子に迎えるという変なシステムを採用しています。家を断絶させるより、養子の選考基準を変えて、新国家の構想を教育した人材をそこに送り込んでいくという手法がとれそうなのです。魔導師至上主義から脱却できない家は取り潰しもやむなしかと思いますが、それこそ数十年くらいかけて、じわじわ変革していくのも有りかなぁ、と考えています」
ライゼー様が思案げに目を細めた。
「気長なことだ。しかし、緩やかに変わっていけるならそのほうが良いか……やはりそういうところは神の……いや、猫の視点なのかな。実際のところ、レッドワンドはこれからどうなる? すんなりと政権交代が進むと思うか?」
「落とし所は見えていますよ。反乱軍は今回の侵攻失敗で瓦解します。将官クラスのほとんどを、さっきのどさくさで砂神宮送りにしましたので、残っている兵は故郷に戻るでしょう。後は国王側の出方次第ですね。あちらが抗戦するようなら国を分けて睨み合い、降伏するようなら取り込んでそのまま体制を一新――そんな方針です」
「ほう? オズワルド様が国王を仕留めたり、あるいは兵を動員しての戦争で決着をつけるつもりはないということか?」
「はい。それをやるとロゴール王国とやらみたいに、内乱続きのヤバい土地になりそうなので……むしろ不穏分子を国王側に引き取ってもらって、こちらは交易でがっぽがっぽと稼ぎたいくらいです。ただ……肝心の国王のほうが、もうオズワルド様に恐怖心バリバリなので……近いうちに、普通に降伏してきそうな気もします」
「うーん……? それは楽観的すぎないか……? 一国の国王だろう?」
「はぁ……これもレッドワンドの特異性なのですが、その国王陛下も、要するに『王家の出身者』ではないので……有力貴族の元へ養子に入った魔導師が、その家の当主になった後、有力諸侯の推薦で王の地位につく――という流れなので、まぁ雇われの王様みたいな感じなんです。だからそもそもの権力基盤が弱くて、自分を推薦してくれた派閥の方針には逆らえず、またフロウガ将爵みたいな別派閥の有力貴族とは敵対関係になっちゃったりで……つまり、世間一般の『王家』とは感覚からして違うみたいなんです。帝王学とかも学んでいないですし、王族としての心得も特になく、引退後は故郷に戻るだけらしいので……もはや国王の地位すら、単なる役職という感じです」
「……そこまでいくと、もう想像が難しいな……むしろよく、今まで国として成り立っていたものだ」
『ここを誤解したままだと、レッドワンドの政治情勢は理解できない』と、ダムジーさんにも教えてもらった。
前世の記憶があるルークさん的には「まぁ、これはこれで」と、多少は理解できる部分もあるのだが――
そうはいっても、やはりデメリットが多すぎる。
あの国における王の交代というのは、それこそ「社長の交代」と似たようなものなのだろう。
そもそも前提として自分の息子などには地位を継がせられないから、王侯貴族とは名ばかりの雇われ貴族ばかりなのである。
結果――多くの為政者に「責任感」や「後世につなげる意識」が欠けてしまい、「魔導師であれば貴族になれる」という安直さが、この欠如を更に後押しした。
血統主義からは脱却できたものの、そこから民主主義には行かず、魔導師というランダム要素の強い選民主義に向かった、実験国家の成れの果て――そんな印象もある。諸行無常である。
俺が出した麦茶とお茶菓子を横に並べ、ライゼー様が書類仕事に取り掛かる。トリウ伯爵へ送る報告書を作成するようだ。
「それで、新国家の名称は決めたのか? ルークが決めるんだろう?」
「滅相もないです。それこそ、その土地に住む人達が決めるべきでしょう」
「メテオラの名付け親は君だと聞いたが?」
「……あそこは、名称の候補に看過できない問題がありましたので……ライゼー様的には、何か良い案ってあります?」
「いや、さすがに他国のことだからな……まぁ、交易で国を栄えさせるなら、軍を連想させる『将国』という表現は変えるべきだろう。他国にも、これまでの悪いイメージが根付いてしまっている」
「そこは変わるでしょうねぇ。あと、オズワルド様の名前を連想するような名称も避けるように通達してあります。結果的には魔族が支援してできる国ではありますが、属国ではないので」
「それがいいだろうな。しかし、通達ということは……本当に、砂神宮に今いる者達に任せるのか」
「自分達の国ですからね。自分達で決めた名なら愛着もわくでしょうし、そこにどういう理念を込めるのか、興味もあります。よほどおかしな名前でない限りは、私も何も言わないつもりです」
国名というのはそう簡単に変えられるものでもないし、変えるべきものでもない。
それでも何か言いたげなライゼー様が気になって、俺はかっくんと首をかしげた。
「何かご懸念が?」
「いや……クラリスやリルフィから聞いた話だと、砂神宮の人々もだいぶルークに毒され……もとい、感化されているようだから……うん」
なんか曖昧に流されてしまった。
とりあえずライゼー様もお忙しそうなので、一仕事終えたルークさんも、ここらで砂神宮へ戻ることに。
戦勝記念に、今夜はバーベキューパーティーでもすっかな……とか考えつつ役場に顔を出したら、パスカルさんににこにこと出迎えられた。
「ルーク様、お帰りなさいませ。さきほど、オズワルド様にもご報告いたしましたが、協議の結果、我々の新たな国名が決まりました」
ぐっどたいみんぐ! ちょーどその話をしてきたところ!
「おお! どのような名称に?」
「はい。ほぼ満場一致で、『レッドトマト商国』と――」
………………………………なんて?
「商国というのは、交易を主体とする都市国家などで使われる国号です。実例はあまり多くないのですが、あの交易国家、サクリシアなども建国当時はこの国号を使っておりました。大商人シュトレインの功績にあやかっております」
「ツッコミどころはそこじゃないです。えっと……レッドトマト? え? ガチで? いいんですかそれ?」
動揺するルークさんであったが、パスカルさんは実に不思議そうに首をかしげる。
「むしろこの上なく良い名と、皆が絶賛しております。新参の私は意見を述べておりませんが、ダムジー殿によれば、トマト様という作物は砂地によく根を張り、少量の水でもたくましく実り、その食味と栄養価は至上のものとか――この国もそのトマト様のごとくありたい、という意思表示でしょう。あ、敬称を外すのは不敬なのでは、という意見はあったのですが、レッドトマト様国では響きがもう一つ――ここは慣例にならい、国号の前の敬称は省略させていただきました。人名に由来する国々も、基本的に敬称はつけませんので……代わりに国旗のほうには、『トマト様』の図案と文字表記をいれる予定でして、現在、デザイン案を作成中です」
「国旗まで!?」
いかん! ダムジーさんをはじめ、幹部諸君を啓蒙(※洗脳)しすぎたか!?
……農業実習の間、ずっとトマト様を称えていたからな……
……ま、まぁ、決まってしまった以上、俺から言うことは何もない……何も……ない……ほんとに?
…………いやごめん、やっぱ「ごめんなさい」くらいは言いたいわ……(反省)
いつも応援ありがとうございます!
感想欄で「いいねボタン」についての問い合わせがありまして……
確か以前にも他の方から問い合わせをいただいたのですが、当時はこの機能のことをよく知らず、「時間ができたら調べておこう」で、そのままになってました……すみません(ノωT)
こちらは連載開始後に実装された新機能らしいのですが、連載の途中から切り替えるのもやや抵抗があり、また特にシステム的な影響もないようなので、当面はこのままオフで行ければと思います。
こちらのお話が完結して次回作があれば、その時に改めて検討できればと……!
そんな感じで、引き続きよろしくお願いします m(_ _)m
《6/3追記》
ピッコマとコミックポルカにて、三國先生のコミック版「猫魔導師」第11話・前編が掲載されました! 一週間ぶりに目覚めたルークさんが正座で反省……耳もピコられております。ご査収ください。
ところで、台風2号が思っていた以上に酷そうで……? 皆様もどうかご安全に。




