148・学芸会の時間
レッドワンドにおいて、特にヤバそうな地域へ当座の物資をバラまいた俺は、徹夜作業の反動でぐったり……とはならず、逆にハイテンションアゲアゲになっていた。
最近ね!
書類仕事が!
多かったから!
……いやまあ、農地の開墾とか農業実習とかもやっていたが、それはそれとして。
行く先々で何も考えずに空っぽの倉庫を物資で満たしたり、猫さん達に各家庭への支援物資を届けさせたり、そういうわかりやすくて「やれば終わる」系の業務は久々だった気がする。
そんな感じでルークさんは徹夜明けであるが、今日はトゥリーダ様の第三極デビューの日!
オズワルド氏に制圧された砂神宮を訪れた、うら若き貴族の女性――!
彼女との対話を経て、オズワルド氏が「そこまで言うなら、貴様のお手並みを拝見するとしよう」みたいな方向性で締める日である。
オズワルド氏本人は「茶番」と嗤っているのだが、後世の史書ではおそらく、ここが「レッドワンドの分岐点」になる。
脚本を把握しているルークさんも、実はけっこうワクワクしている。こういう「歴史の名場面!」というヤツは再現ドラマでもけっこうおもしろいし、生で現場を見られるとなればなおさらだ。ポップコーンを片手にコーラを飲みながら鑑賞する予定である。まだ寝ない。
というわけで、猫はおもしろがっているのだが……とうのトゥリーダ様は案の定、朝からガッチガチに緊張していた。
「う、うぅ……セリフ飛んだらどうしよう……ラケル……助け……あの野郎、またウェルテル様のお膝にっ……!」
飼い猫に見捨てられ頭を抱えるかつての上官に、シャムラーグさんが笑いかける。
「大丈夫ですよ。トゥリーダ様は絶対、本番に強いタイプです。俺も変装して従者役でついていきますし、いざとなったらルーク様が……」
「はい! メッセンジャーキャットさんで、脳内に直接、セリフをお届けします! ただしセリフはそれでどうにかなっても、演技そのものはトゥリーダ様次第です。魔族相手に威風堂々と渡り合う、その姿をぜひみんなに見せつけてください!」
リルフィ様やクラリス様、ウェルテル様達からも「がんばって」と口々に激励されつつ、トゥリーダ様は従者のシャムラーグさんを伴い、一旦、町の外へ移動した。
一方、俺は先に町役場の前へと移動し、人目を忍んでキャットシェルターへ。
助演男優であるオズワルド氏には、ダムジーさんと共に町役場の執務室で待機してもらう。
そして鑑賞会の会場となるキャットシェルターでは――
「……私は塩味が好きですね……」
「キャラメルも美味しいよ? ちょっとべたべたするけど」
「しょうゆバターかしら。香ばしさの中にコクもあって美味しいわよね」
「すとろべりーちーずいったく」
……お嬢様方が、ポップコーンの品評会をされていた。
リルフィ様が塩味を選んだのは少し意外だが、ウェルテル様の好みも割と渋いな……クラリス様とピタちゃんはやはり甘めがお好みか。
かくいう俺はお気に入りの梅かつお味である。梅の風味とかつおの旨味! これがまた後を引くバランスなのだ。
黒猫のラケルさんだけは飲食できなくて残念であるが、今はウェルテル様のお膝で居心地良さげに丸まっている。もはや定位置だな……
みんなでいろんな味のポップコーンをつまみながら、開演を今か今かと待っていると――
砂神宮を擁する町、サンドルイスの町役場に、トゥリーダ様の騎馬が常歩でやってきた。すぐ後ろにシャムラーグさんの馬も続く。
旅装なのでどちらもフードつきの茶色い外套を羽織り、ちょっとどころでなく暑そうなのだが……なにせ夏場の山であり、日除けがないと旅などできない。それこそ不自然である。
役場の前で颯爽と馬を降りたトゥリーダ様は、門前の見張りに声をかけた。
「サンドルイスの町役場はここで間違いありませんか? 私はオルガーノ子爵家の当主、トゥリーダ・オルガーノです。砂神宮が魔族に制圧されたとの急報を知り、その真偽を確かめに来ました。代官のダムジー殿はご無事でしょうか」
相手が子爵と聞いた衛兵さん達が、びしっと敬礼をする。この方々は仕込みではない。
「はっ。ダムジー様はこちらの役場におられます。その……魔族のオズワルド様もご一緒ですが……」
「……本当に魔族が来ているのですね。しかしそれにしては、町はずいぶんと落ち着いているようですが……」
「はい。我々も困惑しているのですが、オズワルド様の目的は、国王陛下や反乱軍をからかうことだそうで……抵抗しない限りは、サンドルイスの民をわざわざ害する気はないとのことでした」
だから波風を立てないで欲しい、という忠告であろう。気持ちはわかる。
「そうですか――話が通じる相手なら何よりです。それで、ダムジー殿には会えますか?」
「すぐに知らせてまいります。こちらで少々、お待ちください」
衛兵の一人が、役場へ入ろうとした矢先。
役場側から出てくる人影があった。
「――ほう? 救援の一番乗りはうら若き女性か。なんとも勇ましいことだ」
酷薄な笑みとともに現れたのは、親戚のお兄……もとい、我らがオズワルド・シ・バルジオ氏である!
余裕たっぷりの演技はさすがに堂に入ったもので、猫も安心して見ていられる。
衛兵達に一瞬の緊張が走ったが、オズワルド氏の後ろについてきたダムジーさんが、わざとらしく咳払いをした。
「オズワルド様、そのようなお戯れを――門番との会話は聞こえていました。トゥリーダ子爵、お初にお目にかかります。私が砂神宮の代官、ダムジー。そしてこちらが、純血の魔族、オズワルド・シ・バルジオ様です。来訪の目的は、噂の真偽の確認と状況調査ということで? どなたの指示でいらしたのですか?」
「こちらの調査に関する指示は受けていません。飢饉の状況を調べるため、たまたま近隣に来ていたのですが……国家の要たる砂神宮の一大事と聞き、まずは様子を見にうかがいました」
オズワルド氏が軽く手を叩く。
「すばらしく無謀な動機だ。小娘が従者一人を伴って真正面から来たところで、どうせ何もできぬだろうに――もしも私が極悪非道な快楽殺人者だったら、どうするつもりだった? あまりに不用意と言わざるを得ないな」
煽られたトゥリーダ様が、(演技として)むっとした顔をする。この「怒ったふり」というのが、性格的に割と難しかったっぽいが、オズワルド氏とウェルテル様の演技指導の賜物である。
オズワルド氏は今もニヤニヤ嗤っている。
傍目には傲岸不遜な態度なのだろうが、俺の目にはもう、教え子の成長に満足する師匠面にしか見えぬのだ……猫カフェでさんざん「目に力を!」とか「もっと眉を寄せろ!」とかやってたのを知ってるから……
そしてこの頃になると、役場の門前に来た見知らぬ旅人に興味をひかれ、町の人達がちらほらとこの場を遠巻きに観察し始めていた。
観衆が揃わなかったら、オズワルド氏が戯れに花火でも一発上げる予定だったのだが、その必要はなさそう。
「私にも魔族の知人がおります。その方を通じて、魔族の強さと怖さだけでなく、気高さと賢さも理解しているつもりです。オズワルド様が何の理由もなく砂神宮を占拠したとは思いませんし、今の町の様子を見れば、その統治が理不尽なものではないこともわかります。もしもオズワルド様が快楽殺人者だったなら、こんな平和な状況にはなっていないでしょう」
オズワルド氏が眉をひそめる。
「魔族の知人だと? その知人というのは、どこの家の者だ?」
「……コルトーナ家のご長男、とだけ申し上げます」
オズワルド氏が天を仰いだ。
これはウィル君のことであり、ご本人の了解もとってあるのだが、無関係な人がいっぱいいるので「名前は伏せておいたほうが良さそう」という話になっている。
「なるほど、彼の知人だったか……となると、私の名も知っていたのか?」
「詳しいことは存じあげませんが、懇意にされているという話くらいはうかがっています。そしてその方が砂神宮を占拠したと知り、いったい何事かと……」
オズワルド氏が嘆息し、顎を撫でた。
「ふむ……想定外の珍客だったか。トゥリーダ子爵とやら。お前の所属は国王軍か? それとも反乱軍か?」
「私はレッドワンドの軍人ですので、もちろん国王陛下にお仕えする立場です。一方で、派閥としてはフロウガ将爵の派閥に属していましたが……反乱には加わっておりません。志が違うと見透かされ、決起から外されたようです」
「ほう? では、今後は国王に与し、反乱軍と戦うのか?」
「……命令が届けばそうなりますが……今は内乱よりも先に、対応すべき問題があります」
「それが砂神宮の解放かね?」
オズワルド氏の問いに――トゥリーダ様は目力を強め、決然と首を横に振った。
「いえ、違います。何よりもまずは、この国で進行しつつある『飢餓』の状況の把握――及び、それに対する支援を優先すべきと考えます。我々は本来、内乱などを起こしている場合ではありません。地域差はありますが、今年の日照りと渇水は酷く、このまま秋を迎えても収穫を得られない地域がそれなりに出るでしょう。影響が少ない地域から、可能な範囲でそちらへ物資を振り分け、一人でも多くの命を救わなければなりません。砂神宮のあるこの近辺では、収穫量も例年通りとのことでしたので、物資の融通について、近隣の有力者と相談をしたかったのですが……」
トゥリーダ様の澄んだ声音が町に響く。
魔族を相手に堂々と主張するその姿に、観衆はもう釘付け――! こっちのクラリス様とリルフィ様まで目を輝かせておられる。
ウェルテル様は「わしが育てた」とでも言いたげなドヤ顔……いつぞや猫を拾った時のクラリス様と似てるな? やっぱ母娘だな?
トゥリーダ様はキッと顔を上げ、オズワルド氏を睨みつけた。かっこよ。
「内乱の勝敗がどうなったところで、このままでは多くの民が飢えて死にます。もはやそれは避けられないでしょうが、せめて助けられる命は助けたい――それが私の願いです。私は本音をお話ししました。ぜひ、オズワルド様も真意をお聞かせください。貴方は何を目的として、この砂神宮を制圧されたのですか」
……脚本通りなのだが、これは演技というより、トゥリーダ様の本音だろーな……
先日は無力感に打ちのめされて自殺しようとまでしていたが、本来、この人は理想と責任感を自身の原動力としている。それを発揮できる環境さえあれば、実力以上の求心力を発揮できる――とは、オズワルド氏からの評価だ。『じんぶつずかん』に頼りきりの猫よりも分析が鋭いな……?
そのオズワルド氏は、先程までの薄笑いを引っ込め――真顔に転じた。かおがいい。(嫉妬)
「この国の貴族など、クズばかりと思っていたが……多少は気骨のある輩がまだ残っていたか。しかし……小娘ではなあ……」
「小娘では何か不都合が? まだ質問に答えていただいていません。オズワルド様の目的を教えてください」
トゥリーダ様が気丈な物言いで衆目を集めた後――オズワルド氏が、軽く肩をすくめた。
「最近、レッドワンドと周辺国に知り合いが増えてな。侵攻やら内乱やら謀略やらで、自国民を含む周囲にひたすら迷惑をふりまく、この国の在り方が気に食わん。どうしたものかと思案した末の行動だ。貴様の言う通り、今回の内乱はどちらが勝とうが未来はない。だからこうして私が介入すれば、多少は使える人材が頭角を表すかと期待したんだが……それに最初に引っかかったのがこんな小娘かと、少々失望していたところだ」
煽る煽る! 魔族の威圧込みなため、観衆は固唾を飲んで震えているが、厳しい演技指導(※付け焼き刃)を経てきたトゥリーダ様は泰然とこれを受け流した。観衆の目には小娘などではなく、「年若くとも立派な武官」と見えているであろう。
「私が無力な小娘であることは否定できませんが……つまりオズワルド様は、このレッドワンドを変革したい、と?」
「そこまで面倒は見きれんな。だからこそ、そういう面倒事を託せる人材に出て来て欲しい。ダムジー、どうだ? この小娘、使えると思うか?」
ダムジーさんがおずおずと頷いた。
「トゥリーダ子爵のお名前は、私でも聞いたことがあります。フロウガ将爵の派閥に属しながらも、間違った方針に対しては真っ向から異を唱えられる硬骨の士官と――そのご気性ゆえに、大義なき反乱軍には加担しないものと将爵も判断したのでしょう。目的が飢饉の救済ならばなおのこと、もしご協力いただけるならば、仕事に追われる事務方としてはたいへんありがたく――」
「まぁ、収穫物には余裕があるからな……よし、トゥリーダ。この私を前にして吠えた勇気に敬意を表して、物資の融通はつけてやろう。その代わり、こちらのダムジーと協力して、砂神宮、及びサンドルイスの統治を手伝え。その手腕を通じて、自分がただの小娘ではないと証明してみせろ」
トゥリーダ様が形式的にひざまずきつつ、不敵に笑った。
「救済の物資を手配していただけるとのこと、なにより感謝いたします。その約束さえ守っていただけるなら、私は別に小娘のままで構いません。大事なのは、これから先の数ヶ月でどれだけの命を救えるか――国王もフロウガ将爵も、物資を回す優先順位は、困窮地帯よりも自派閥中心にならざるを得ません。彼らに国政を任せていたら、今年の冬には大量の死者が出ます。それを防げる可能性があるなら、私はそれこそ悪魔にも魂を売る覚悟です」
「悪魔はどうだか知らんが、魔族としては小娘の魂など要らんよ。ダムジー、役職は任せる。せいぜいこき使え」
「あの、トゥリーダ様は子爵様ですので、私より上のお立場ですが……」
「魔導師だから、というだけの理由でか? その歪んだ身分制度が、この国を腐らせた原因の一つだ。魔族の私から見れば、人間ごときの魔力など誤差のようなものだし、貴様も小娘も大差ない。くだらんことを気にしていないで、ここでは能力に応じた仕事をやらせろ。それだけでレッドワンドよりは『まし』な国になるだろうさ」
観衆からどよめきが上がった。
これは仕込み。正弦教団の構成員が紛れており、オズワルド様のセリフにあわせて、場を盛り上げてくれたのだ。
「国!? このサンドルイスから、新たな国を作るのですか!?」
誰のものとも知れないこの声に、オズワルド氏がにやりと笑う。
「ああ、そうだ。私は国王とフロウガ、どちらも認めないと明言した。ゆえにこの砂神宮を押さえた。ここを拠点とし、貴様らにはレッドワンド将国に代わる新たな『国』を作ってもらう――ああ、私自身は王になどなる気はないから安心しろ。指導者が決まり、状況が落ち着いて建国を見届けたら西に帰る。それまでに、良い国名でも考えておけ」
どよめきがさらに広がる。これはもう仕込みではなく、純粋にびっくりした感じ。
次いで、正弦教団の人からやらせの野次が飛ぶ。
「く、国なんてものが、そんな簡単にできるわけがない……!」
オズワルド氏は怒るどころか、おかしげに笑う。
「簡単だぞ? ネルク王国もホルト皇国もサクリシアもカーゼル王国も、そしてこのレッドワンドでさえも、形は違えど『建国』の時期はあった。国を成立させる要件はたったの3つ。『国土』、『国民』、そしてその二つを結びつけ、存続させるための『システム』だ。諸外国からの認可すら必要ない。王や統治者、軍事力や外交などは『システム』に属する部分だから、時代に応じて変化の余地がある。今のレッドワンドは少々、悪いほうに変わりすぎた。国土と国民は新しい国でもそのまま流用できるから、システムを取り替えるだけでいい。実に簡単な話だ」
単身で強大な軍事力を持ち、楽々と邪魔者を排除できる『純血の魔族』だからこそ言える強気な発言であるが……だいたい合ってる。
「実際にどういう国を作るか、それをまともに存続させられるかどうかは諸君ら次第だがね。とりあえず、『魔導師だから』という理由だけで統治能力に期待するのはもうやめておけ。『足が速いから』という理由で政治をやらせるのと大差ない」
キレッキレである。もはや猫のブレイクダンスなみである。
触発されたのか、別の場所から仕込みではない声が飛んだ。
「オズワルド様! その新しい国では、我々も、その……ホルト皇国やネルク王国の民のように、自身の生き方を選べるのでしょうか……!?」
これはどうやら、他国での見識がある人か。ただの一般人ではあるまい。
オズワルド氏が、その質問が飛んできた方向に片目をつむってみせた。
「それを君らで決めろと言っている。今、この町にいる者にとって、これは好機だぞ? なにせ人材不足だから、才を売り込めば重用される可能性は高い。この期に及んで私利私欲に走るようなバカは私が粛清するが、国の在り方に関する提言があるならば、今の状況を利用するといい。こちらの小娘に対しても、私はそれを期待している」
観衆の好反応に気を良くしたか、オズワルド氏がここでアドリブをぶっこんだ。
「なんなら小娘、貴様が初代の女王にでもなったらどうだ? 一子爵の身で、飢餓に苦しむ他領の人々のために、ほぼ単身で魔族と交渉する――立派なものだ。私が少し威圧しただけで失神しかけたケルノスとかいう今の国王より、よほど肝が据わっている」
トゥリーダ様が頬を引きつらせる。うーん、ここは耐えて欲しかった!
「ご、御冗談を――そのような器は持ち合わせていません」
「安心しろ、器のある王などそうそういない。ないものを、適当な権威でごまかして、あるように見せかけるのがコツだ」
HAHAHAHAHA! ……ノーコメント。
たぶんこれ、「王」を「亜神」に変えても普通に通用する真理である……
オズワルド氏の真なる目的(笑)を知った観衆がざわめく中、鑑賞会のルークさんはポップコーンを頬張りながら、リルフィ様のモフりに漫然と身を委ねるのであった。




