【コミックス2巻発売記念】 猫とお犬様
一週間遅れとなりましたが、こちらはコミックス2巻の発売記念SSです。
時系列はコミックス2巻の直後ぐらい、まだ王都へ行く前でピタちゃんも加わっていない頃です。短いのでお気軽にどうぞー。
「……ルークって、もしかして割と犬好き?」
リーデルハイン邸の先住ペット、セシルさん(猟犬)の背中にもたれてモッフリ和んでいると、木陰で読書中のクラリス様にそんな質問を向けられてしまった。
俺はあくび混じりに応じる。
「相手によりますねぇ……お犬様にもいろいろおられますし、たとえば猫を見て追い回すような方はちょっと……その点、お屋敷のお犬様達はみんな、とても紳士的で温厚なので、私としてはたいへん助かっています」
(お褒めにあずかり光栄です!)
セシルさんがハッハッと呼吸をしながら尻尾をぶんぶんと振った。お犬様のこういう素直なところ、刺さる……
王様扱いはちょっと困るが、こうして仲良くしていただけるのは本当にありがたい。
犬と猫が仲良くしている動画は前世でも人気のコンテンツであったが、いざ自分が実践できる立場になってみると、この暖かさは癖になる。お互いに汗腺が肉球付近にしかないので、ベタベタしないのもありがたい。
ついでにセシルさんの真っ白い背中をコネていると、前世での学生時代のバイト先を思い出すのだが……あの手打ちうどん屋のおっちゃんにはたいへんお世話になった。おっちゃんが腰を痛めた時は代役でうどんを打ったりもしたが、あの時に獲得したと思しき称号、『うどん打ち名人』が、こちらに転生した今も役に立って……ないな? 一回もうどん打ってないな?
……まぁ、今の俺がうどん打ちをすると、けっこうな確率で抜け毛が混ざってしまうので……
くっ……封じられた前足がうずくっ……!(こねこねこね)
邪気眼ごっこはさておき、セシルさんも背中をマッサージされてご満悦なので、まぁコレで称号は無駄になっていないと思うことにしよう。
ちなみに猫の「ふみふみ」については諸説あり、母乳を求めての本能的な行動ではありつつ、その他にもリラックスしている証拠とか寝床の調整とかナワバリの主張とか、あと肉球から出る分泌物でマーキングしているとか……なんかいろいろあるようだが、ルークさんの場合は単純に「手持ち無沙汰」である。
なんか、こう……こうね? ビニールのプチプチを潰すがごとく、ついつい無心になってこねてしまうのです……猫の業というやつかもしれぬ。あと爪研ぎもヤバい。割と時間を忘れてしまう。
セシルさんをコネながら日向ぼっこをしていると、やがてお屋敷のほうからメイドのサーシャさんが歩いてきた。
「お嬢様、ルーク様。昼食の用意ができております」
「もうそんな時間? ルーク、行こっか」
「はい! では、セシルさん、いったん失礼しますね」
(いえ、玄関先までお送りいたしましょう)
俺を背中に乗せたまま、セシルさんはぽてぽてと歩き始める。
乗り心地は悪くない。揺れはするが、モフモフとモフモフで衝撃がモッフアブソーブされ、モフペンションのケダマスプリングも効果的に機能している。
4足歩行のWドライブ、まさに4WD! クラリス様もちょっと乗りたそうだが……あ、いけます? ぜんぜん余裕? さっすがセシルさん!
というわけで俺はクラリス様に抱っこされ、そのクラリス様がセシルさんの背にまたがる格好となった。
あまりのかわいさに、サーシャさんが肩を震わせ必死に笑いをこらえている。
お屋敷の窓から我々を見下ろしたライゼー様も、一瞬噴き出した後に苦笑いを浮かべた。
そしてセシルさんとは玄関先で別れ、ライゼー様とは食堂前で合流。
「クラリス、ずいぶんと楽しそうな乗馬……いや、乗犬だったみたいだな?」
愛娘と愛犬の心温まる交流に、頬が緩むライゼー様である。
クラリス様もそつなく応じた。
「ルークが頼んでくれたの。セシルはやっぱり力持ちね」
「いえ、私が頼んだわけではなく、セシルさんが気を利かせてくれたのです。クラリス様がもっと幼い頃にも、よく背中に乗せて差し上げていたとか……それを懐かしんでいましたね」
ライゼー様がふと遠い目をした。
「そういえば、そんなこともあったな……クラリスは物怖じしない子供だったから、犬にも馬にも平気で近づいていってしまって、見ているこっちは冷や冷やしたものだ」
一方のクラリス様は澄まし顔である。
「機嫌の悪い子には近づかないようにしていたし、みんな人には慣れていたから」
クラリス様の撫で技能はその頃に培われたものであったか。犬と猫では勝手が違うはずだが、俺も猫としては初心者なのでチョロかったのだろう。
少し遅れてリルフィ様も食堂へおいでになられた。
「お疲れさまです、リルフィ様! 香水の製作は順調ですか?」
「は、はい……でも少し、匂いに疲れてしまったので……換気をしつつ、続きは明日にしようと思います……」
確かにお疲れ気味である……ハイライトさんもお元気がない。
そういえばリルフィ様の香水は、俺にとっては普通に「いいにおい」なのだが……セシルさんや町の猫さん達には、ちょっと匂いが強すぎるらしい。使っている薬草の中に、犬猫が苦手な成分とかが混ざっているのかもしれぬ。
製品化されたものは薄まっているのであまり問題ないようなのだが、製造の過程では煮込んだり濃縮したりするため、リルフィ様には髪とかにその匂いがついてしまっている。
ルークさんは全属性耐性もちなせいか、そーいうのがさっぱりわからぬが、セシルさんによると『別に不快なわけではないけれど、初対面だと警戒されやすいかも』とのことで……まぁ、動物相手に香水はあんまりよろしくない。
かといって「動物に好かれる香水」となると、今度は人間様に対してちょっと――という事になりがちだし……
あの子らは人の靴とか大好きなので、その嗜好に合わせるとえらいことになる。
しかし、こんな残酷な真実をリルフィ様へお伝えするわけにはいかない。知ればきっとリルフィ様は「……もう香水作るのやめます……」とか言い出してしまう。
さて、ヘイゼルさんが作ってくれたお昼ごはんをしっかり平らげた後。
本日の午後は時間ができたので、クラリス様のお勉強を進めることにあいなった。
家庭教師役はリルフィ様。これは俺が拾われる前から続いていたお屋敷の日常である。
リーデルハイン領には学校がないため、子供に読み書きを教えるのは各家庭の親兄弟や近所の高齢者などの役目だ。
貴族のお屋敷ではちゃんとした家庭教師を雇うこともあれば、使用人や親族が代役を務めることもある。リルフィ様もそんな感じ。
そして最近、生徒役に俺も加わった。
「リルフィ先生、質問があります!」
学問書を前にして猫が肉球を掲げると、リルフィ様はくすくすと笑って俺の頭を撫でた。
「はい、ルークさん。何かわからないことが?」
「お犬様の種類についてです。セシルさん達はアーモリー犬という品種だそうですが、どういった特徴があるのでしょうか?」
リルフィ様が、書棚から獣に関する本を取り出した。
「アーモリー犬というのは、二百年ほど前に、アーモリー公爵家で育成され、品種改良された猟犬です……泳ぎが得意で、主人に忠実、性格は温厚……猟犬ではありますが、獲物を襲うより、主人が弓で仕留めた獲物を回収するのが当初の役割だったようですね……ただし戦闘能力が低いわけではなく、主人を守って狼と渡り合ったという記録もあります……地域によっては牧羊犬としても活躍していて、また毛が丈夫なため、その抜け毛を毛布や座布団などに加工することもあったようです……それから、寒さには強いですが、暑いのは少し苦手なようで……夏の特に暑い日などは、私も犬舎に氷を差し入れています……」
やはり前世にはいなかった犬種っぽい。外見的にはグレートピレニーズに近いので、牧羊犬としても活躍できるというのは納得だ。
「お話しした印象では、セシルさんはとても賢そうな印象だったのですが……他の犬種と比べて、特にずば抜けて賢いとか、そういう話はありますか?」
「……いえ、特には……? 確かに賢いとは言われますが、ずば抜けて、という話は聞きません……ただ、個体としてのセシルが特別かもしれないという話なら、ありえるかと思います……」
「ほう? やはり、セシルさんに関してはリルフィ様にも心当たりが?」
「はい……三年前に、私が氷を差し入れた時のことですが……新参の犬が、私を警戒して唸り声をあげてしまって……その時に、セシルがまるで、その犬を叱るように止めてくれました……」
セシルさん……やっぱりいい子……(きゅん)
クラリス様が俺の喉元を撫でた。ごろごろ。
「ルークから見ても、うちの犬達の中ではセシルが一番賢そうなの?」
「そうですね。やはり群れのリーダーだけあって責任感もありますし、猫への気遣いもできる方です。またライゼー様への忠義も厚く、私にとってはペットとして見習うべき先達といえましょう」
「……猫が忠誠心で犬と張り合わなくていいからね? ルークは猫っぽく、普通にゴロゴロしてるだけで充分だから」
ありがたいお言葉ではあるが、俺は気合とともに肉球を振り上げる。
「そうはまいりません! せめて拾っていただいた御恩くらいは返さねば、猫がすたるというもの。クラリス様もぜひ、私にできることがあればなんなりとお命じください!」
クラリス様は、しばし考え込み――
「……たとえば、一緒にお昼寝とか?」
「難易度ひっくいですねぇ」
だいぶ気を使われてる気がする!
リルフィ様も俺を撫でながら微笑んだ。
「……そもそもセシル達も、そんなには働いていないですよ……? 敷地内の番犬としては優秀ですが……叔父様も多忙なので、今は狩りにもめったに行きませんし……」
「もちろん農作業もしないし、おやつも用意できないし、こうして一緒に勉強もしないし……神様の世界では違うのかもだけど、普通のペットってそういうものだから、ルークも気楽にね?」
うーーーーん。確かに俺には、普通のペットにはできぬことができたりもするが――一方で、普通のペットのような天然のあざとさや、思いがけない行動で飼い主を和ませる意外性には欠けている。
足りない部分を補うのは難しいから、逆に得意分野を伸ばすことで、より良きペットを目指そうというのが今の俺の方針である。
セシルさん達の挙動からは実に学びが多いが、残念ながら、安易に真似ができるものではない。
俺がお嬢様方の顔とかを舐めたら事案であるし、本来なら抱っこですら恐れ多いのだ。
勉強会が終わった後、晩ご飯の前に、俺は再びセシルさんの元を訪れた。
(これはこれは、ルーク様。何かご用事ですか?)
「はい。実は、セシルさんにちょっとご相談したいことがありまして……ペットとしての行動規範についてなのですが――」
俺の悩みを打ち明けると……
セシルさんはこともなげに笑って、こう仰った。
(亜神ともあろうルーク様が、人類ごときにそこまで気を遣う必要はまったくありません! むしろ人類は、ルーク様にご奉仕できるというこの幸運に感謝し、感涙にむせぶべき立場です)
うーん、畜生!
……このかわいらしいお顔と丁寧な物腰から繰り出される畜生発言、推せ……ない。微妙に推せない。重い発言の対象物が俺だからか……?
お犬様なのに、前世の猫至上主義者・過激派みたいなことを言い出したセシルさん。
初対面の時もまっさきに「やはり人間共を駆逐し獣の王国を……」とか言っていたし、獣の感性というのはびみょーに恐ろしい。
震えつつ、俺は必死の啓蒙を試みた。
「い、いやー……私としては、あくまでペットとして、リーデルハイン家の皆様にお仕えしたいと願っていまして……あんまり神様扱いされるのは、その……後が面倒そうなので……できればこう、普通に猫可愛がりしてもらえる方向で……」
(それならば簡単です。お嬢様方にすり寄って『にゃーん』とでも鳴いておけば充分でしょう。人類など我ら獣の前ではチョロいものです)
セシルさんからそういう打算的真実は聞きたくなかったッ!
……いやしかし、ペットの方向性としてはとても正しい。リーデルハイン邸の皆様は、獣の俺に配慮して気を使ってくれているし、その距離を縮めるのはこちらの仕事である。
啓蒙するどころかセシルさんの助言から天啓を得た俺は、さっそく、夕食前の食堂に来ていたリルフィ様の足元へすり寄ってみた。
「……にゃ、にゃーん……」
「……ルークさんっ……?」
別に驚かせるつもりはなかったので、先方の視界に入っている状態からゆっくりと近づいたのだが――リルフィ様はびっくりしたようにわたわたと慌て、固まってしまわれた。
む。これは失礼だったか? 距離感間違えた?
俺が次の行動に迷っていると、リルフィ様は猫を抱え上げ、歓喜に震えながら頬を擦り寄せた。にゃーん。
「ル、ルークさんが、自分から体をすりつけに来てくださるなんて……! 私、今まで他の猫さんには逃げられてばっかりだったので……これが……これが噂に聞くマーキング……うぅ……嬉しいです……」
……セシルさんは正しかった。
人類チョロくない? だいじょうぶ?
おわり
コミックス2巻発売記念&ご購入感謝のSSでした!
ルークが拾われてまだ日が浅い時期なので、リルフィ様の猫耐久力がだいぶ低いです。
今もあんまり高くない? まぁそういう見方もある……




