15・猫の夜明け
「……とまぁ、そんな感じで、神様と七分くらいお話をしていたら、その間にこっちでは七日も経っていたとゆー次第です……」
クラリス様のベッドの上で正座し、俺はこのたびの事情をお二人に説明し終えた。
超越猫さんについては、もういろいろ割愛して「神様」ということにした。猫の姿ではあったが、アレはほぼ間違いなくそういう存在だ。
リルフィ様はぐしぐしとタオルで顔をおさえている。泣き顔までやたら可愛いって反則だと思う。
クラリス様は俺を抱えて、背後から俺の耳をぴこぴこと押したり戻したりして遊んでいる。
あ、話の内容には興味なさげ?
「……でも、ルーク。その神様って、何のためにルークにそんな力をくれたの?」
訂正、聞いてくれてた。クラリス様かしこい。
「推測ですが、 “実験” かなぁ、と……俺がここで何をするか、あるいはどう扱われるのかとか、そういう諸々を観察した上で……」
観察してどーするんだろ? あんな高次元の存在が、下界に干渉して何かメリットがあるとも思えない。
「観察した上で……暇潰しのネタにする、とかですかね……?」
流れでつい適当なことを言ってしまったが、案外、当たってるかもしれない。なんでもかんでもできちゃう存在って、逆に退屈なんじゃなかろうか。
つまり俺の動向は超越者さん達の娯楽である可能性が……なんて言い出すのは、ちょっとひねくれてる?
クラリス様が俺を抱え直し、喉の下を撫でまわす。ごろごろごろ。む。自然に喉が鳴ってしまう。
「……私はね。神様って、よくも悪くも “贈り物” が好きなんだと思うの。ルークに力をくれたのもそうだし、私達にルークをくれたのもそう。だけど……贈り物って、だいたいは “あげること” 自体が目的だから、その後、どうなっても別にいいんじゃないかな? もちろん、大事にしてもらえれば嬉しいだろうけれど、それだけ。だから……ルークは、自由に、好きなように、気ままに過ごしていいんだと思うよ」
クラリス様ほんとかしこい……優しい……尊い……
そのお言葉に感激しつつ、さて、俺はここで何をしたいのか、何をすべきなのかと考え込んでしまう。
さしあたって飼い主たるクラリス様、及びリーデルハイン家のお役に立ちつつ、トマト様の覇道をお手伝いし、好き勝手に思うさま昼寝ができる状況を作りたい。
猫としての寿命がこれから何年あるのかわからないが――というか、そもそも「亜神」だから寿命も違っていそうだが、せっかくもらった2つ目の命だ。のんびりぼちぼち、悔いのない猫生を送りたいものである。
その後、「心配させたお詫びに」ということで、案の定、ブッシュ・ド・ノエルを要求された。
しかし真夜中、しかも寝起きにそれはサイズ的にも重かろうということで、苺とブルーベリー、生クリーム、バニラアイスを載せた温かいワッフルをご用意させていただくことに。
変換経路は俺にお供えしてあった氷漬けのトマト様>赤いもの+植物つながりで苺>ストロベリーワッフルという具合である。
……ほんと無茶苦茶だな、この能力。もはやバグ技だ。
しかしトマト様>赤いものつながりでストロベリーワッフル、というワンステップでの錬成は、やっぱりできなかった。結果は同じでもきちんと段階を踏む必要があるらしい。釈然としねぇ。
「んーーーーーーっ!? おいしいいいーーーっ!」
クラリス様、この時ばかりは年相応に微笑ましい御反応。
ルークさん、前世では甘党であった。予算の都合でコンビニスイーツが多めではあったが、先輩のケーキ屋のメニューは制覇していたし、たまの贅沢とゆーことで専門店のスイーツもいろいろと堪能してきた。
このストロベリーワッフルも絶品である。
さっくりとした生地に甘酸っぱい乱切りイチゴをたっぷりとあしらい、甘さ控えめの生クリームでフルーツの甘さと香りを引き立たせ、濃厚なバニラアイスによる満足感と清涼感をも……まぁ要するに、とてもおいしい。
リルフィ様にもようやく笑顔が戻った。守りたいこの笑顔。監禁して守らなきゃ!
……ヤンデレごっこはさておき、リルフィ様への精神的ケアは今後も必要と思われる……ペットの昏睡七日間は堪えたようで、今もまだハイライトさんがちょっと足りてない。ちょっとね。ちょっとだけね。闇堕ちとかはしてないヨ。たぶん……
なにせ顔がいいから「怖い」よりも「可愛い」が圧倒的に勝ってしまうが、顔色だけを読むと、ルークさんのヤンデレーダーに「ぴぴぴ」と微反応がある感じ。
……思えば前世では、このレーダーに命を救われたことがある。「好意を向けられた」とかじゃなくて「邪魔者と認定された」ほうの危機……
人の恋路を邪魔してはいけない。しかしヤンデレに狙われた友人を見捨てることもできなかったあのジレンマ……いや、そんな過去はどーでもいい。過ぎたことだ忘れよう。毛繕い毛繕い。
スイーツを食べているうちに、空が明るくなってきた。
どうやら俺が起きたのも、深夜というより夜明けが近い頃合いだったらしい。朝ごはんに備え、小さめのワッフルにしておいて良かった。
「今回は、ライゼー様にもご心配をおかけしてしまいましたよね……」
バニラアイスを舐めながら、俺が確認のためにそんなことを言うと、クラリス様は即座に首を横に振った。
え? 全然心配してもらってない? それはそれでちょっと悲しい……
「お父様はルークが来た次の日に、親しくしている伯爵家の領地へ、交易のお話をしにいったの。片道2日、往復で4日、滞在3日前後の予定だから、今日か明日ぐらいに帰ってくると思う。だからルークがずっと寝ていたこともまだ知らないよ」
わぁ、ベストタイミング!
聞けばライゼー子爵、割と屋敷を留守にする機会が多いらしい。
領主自らが動き回るってどうなのかとも思ったが、両親は既に亡く、ご兄弟も不慮の事故や疫病で亡くなっているため、実務面で頼れる近い親戚があまりいないのだろう。というか、その人達が生きていたらライゼー様が爵位を継ぐこともなかったはず。
なんでもリーデルハイン子爵領に限らず、このあたり一帯では十数年前に厄介な疫病が蔓延し、老若男女問わず人口が大きく減ってしまったらしい。
商家へ養子に出されていたライゼー様が呼び戻された時、その父親たる先代の子爵様も虫の息で、危ういところでお家断絶を免れたそうな。
リルフィ様のご両親やご兄弟もその頃に亡くなっており、場合によってはリルフィ様が婿をとって、その婿に家を継がせるなんて案もあったとか。でも……十数年前のリルフィ様って、今のクラリス様より年下?
さすがにそれはちょっと。
ということでライゼー様の復帰は皆に喜ばれ、幼かった当時のリルフィ様も一安心、クラリス様がお生まれになったのはその後、という流れである。
なお、ライゼー子爵の御長男、クロード様は、王都で全寮制の士官学校に通われている。
別に軍に入るわけではなかろうが、将来的にはそのクロード様がライゼー子爵の後を継ぎ、この領地の兵を率いる立場になるわけで、貴族の子弟にとって用兵学は必修なのだろう。俺もお会いできたらきちんとペットとして恥じぬご挨拶をしなければ。
ちなみに、まだ会ってないから「じんぶつずかん」で見ることはできない。
…………うん。一人、足りない。ここまでご家庭の事情をいろいろ聞いてきたけど、一人、決定的に足りていないピースがある。
クラリス様のお母様。
つまりライゼー子爵の奥さんについてだ。
屋敷内にいる気配がなく、夕食の席にも不在だったため、疫病などでお亡くなりになったのかと思い、聞くに聞けずにいた。
が、なんとご存命とのこと。
しかし病にかかっており、今は少し離れた場所で静養中らしい。
家族にうつさぬように、という配慮だろうが、クラリス様は当然寂しい。そんな矢先に俺登場! ということで、こうしてペットにしていただいた。
「……お母様のご病気が治ったら、ルークにも紹介するね」
「はい! 楽しみにしています」
……そうは応えたが、クラリス様の顔色はあまり芳しくない。
どうやらお加減はよろしくないらしい。
うーむ……何かできることはないものか……
思案しながら、俺はリルフィ様とクラリス様にモフられるがまま、ストロベリーワッフルを堪能したのだった。