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144・砂神宮の代官(後編)


 ――砂神宮の代官、ダムジー・サイトウ氏は、おそらく転移者の子孫である。

 御本人もオズワルド氏も「血はつながっていない」などと言っていたが、『じんぶつずかん』に記載されている情報によるとそうではない。


 サイトウ将爵家の初代、ヒロカズ・サイトウさん。

 名前だけで判断すれば、この方はおそらく俺と同郷だ。

 もしくは「親とか名付け親が転移者だった」という流れかもしれぬが、どちらにしても昔の人なので、いまさらどうこうという話ではない。

 この人の代ではサイトウ家は盤石だったのだろうが、魔導師が生まれなかったため、普通に養子をとる。

 この養子は建国のために一緒に戦った彼の愛弟子だったようで、それもまぁ良い。


 で、ダムジーさんの『じんぶつずかん』によると、もうこの時点で血縁上のサイトウ家の血筋は、将爵家から離れているのだが……

 その何代か後に、サイトウ家の養子に入った別姓の魔導師が、偶然にも「初代サイトウさん」の子孫だったのだ。

 で、ダムジーさんはこの人の子孫なのである。


 直系の子供が家を離れて、その子孫が養子として戻り、そしてまた家を離れた……

 そんな感じで、本人も周囲も気づいていないが、ダムジー氏はまぎれもなく初代サイトウ氏の血筋だ。

「すごい偶然!」と思われるだろうか?

 しかしながら、血筋というのはけっこーどこかで合流しやすいもので、たとえば四百年前の「Aさん」とその子孫の全員が、若いうちに二人ずつ子供を作った場合――現代に生きるその子孫の数は、理論値では「十万人」を越えてくる。ねずみ算というやつである。


 もちろん子供ができた年齢とか計算式の設定にも左右されるし、現実には「子供が二人ずつ」どころかゼロだったりそれ以上だったり、あるいは本人達も知らない遠い親戚同士での結婚があったりで、その実数は大きく変動するはずだが――

 それらを考慮しても、初代サイトウさんの子孫は、この世界に数千人ほど、場合によっては数万人ほどいてもおかしくない。


 ……あ、でもレッドワンドの場合、環境が過酷そうなので、ちょっと少なめに見たほうが良いか? そもそもこの国の総人口すらよく知らんし……

 ともあれ、目の前のダムジーさんは、単にそのうちの一人というだけである。

 案外、トゥリーダ子爵とかフロウガ将爵あたりも、「調べてみたら実はサイトウさんの子孫でした!」なんてことがあるかもしれない。その程度の確率だ。


 そしてそもそも血統軽視のレッドワンドでは「だからどうした」という話になってしまうのだが――


 ぶっちゃけ、このダムジーさんの黒髪と、微妙に前世が懐かしくなるよーな和風の顔立ちに、ルークさんは親近感を持った。


 ……有り体に言ってしまえば、どことなーく、前世でお世話になった上司に似てる……

 真面目でちょっと気が弱く、でも真っ当な社会人として俺の面倒を見てくれた恩人である。

 名前はもちろんサイトウさんではなかったし、顔の造形なども違うのだが、なんか、こう、雰囲気がね……? 「あ、この人、貧乏くじ引き慣れてるな……」っていう……そんな雰囲気が、ちょっとだけ刺さってしまった。


 能力値もまあまあ優秀である。

-----------------------------------------------

■ ダムジー・サイトウ(31)人間・オス

体力D 武力D

知力B 魔力D

統率C 精神B

猫力45


■適性■

税務B 鉱山管理C

-----------------------------------------------

 武力、魔力は低く、個人の武勇でどうこうというタイプではないが……知力と精神がB評価なのは良い。猫力は今後に期待である。ライゼー様の初期値に比べたら多少はね?


 そして、ある種の期待を込めて、俺はトマト様畑でダムジーさんとの会話を続ける。


「血の繋がらないご先祖様の偉業に、ちょっとだけあやかってみませんか?」


 実際には血が繋がっていると百も承知だが、「どうやってそれを調べたのか」と突っ込まれてしまうため、あえて適当に流す。

 その上で、反応を見る。


「……あの、おっしゃっている意味が、よく……?」


 わからない、って顔してる。

 ……が、それはウソだ。

 この人はわかっている。わかった上ですっとぼけている。

 自分の身の丈にはあわない、分不相応な役目だと尻込みしている。


 俺は文字通りの猫なで声で、わざとらしく微笑んだ。


「さっき、オズワルド様もちらりと触れましたが……つい先日、フロウガ将爵が決起しまして、この国では内乱が起きました。で、その反乱軍は糧食を確保するべく、一週間前後のうちに、ネルク王国の国境付近へ進軍するはずです。これを見過ごすわけにはいきません」


 ダムジーさんが曖昧に頷く。これは肯定とか同意とかではなく、「話はちゃんとうかがっています」という程度の相槌である。


「かといって、国王軍にも味方はできません。あっちもネルク王国への侵攻を画策していましたし、信頼に値する人物でもありません。ぶっちゃけ、このレッドワンド将国は、そろそろ国としての在り方を改めるべきだと思います。これはあくまで『ネルク王国にとって迷惑だから』という理由による判断ですので、反論があれば聞きますよ?」


 ダムジーさんは「えっ」と戸惑い、少しカタカタと震えた後――「……恐れながら」と切り出した。


「……国としての在り方を変える――それがどういった方向性の変化なのか、お二人の意図を私はまだ知りませんので、なんとも――私個人の話をすれば、今のままであるべきとは、さすがに思っておりません。しかし我が国は、鉱物以外の資源に乏しく、生活環境は過酷です。実際に建国前は、足りない資源の奪い合いで小規模な紛争が続いていたと、史書にも記されています。その頃のような混乱期に戻るのは、一国民としてはいささか恐ろしく――」


 この言葉は、ウソではなかろう。

 ステータスには出てこない「思想」の部分――そして、俺がダムジーさんに期待した部分でもある。


 この人は、臆病で、慎重で、リアリストで――それでいて、決して腐っていない。

 彼はオズワルド氏の威圧を真っ向から受けて、萎縮いしゅくし、恐怖し、腰を抜かしながらも、それでも目だけは「対応」を諦めていなかった。


 唐突に現れた畑の調査を部下に押し付けず、自分と家族だけが逃げる準備をするわけでもなく、今の自分にできる範囲の現実的な対応を諦めなかったのだ。


 所詮は地方の小役人、というのが、おそらく彼自身の自己評価であろう。

 実際、世間が平和なままなら、出世もせずにそのまま一生を終えていたはずである。


 ――だが、こんな状況下で猫と出会ったのが運の尽き。彼のバランス感覚と、現実的でありながら意外にしぶとそうな神経は、これからの拠点運営にきっと役立ってくれるはずだ。


「過酷な日々に戻すつもりはありません。ところでダムジーさんは、今、レッドワンドの国内で『旱魃かんばつによる飢餓』が広がりつつあることをご存知ですか?」


「えっ……!? い、いえ、初耳です。王都からの伝達には、そのような話は何も……?」


「王都近辺の気候は例年通りらしいです。ホルト皇国との国境に近いこのあたりも、あまり影響はなかったみたいですが……だいたい六割程度の土地でなんらかの影響が出ていて、さらに一部の地域では、井戸が完全に涸れるなど壊滅的な影響が出ています」


 六割という数字は正弦教団の分析によるもの。オズワルド氏から教えてもらっただけなので、俺が調べたわけではなく、正しいかどうかもよくわからない。が、とりあえず地域差があるのは間違いない。


「惨状が数字として明らかになるのはもう少し先……それこそ収穫期が終わった頃になるでしょうが、おそらくは秋から冬にかけて、大規模な飢饉が起きます。そして、国王軍はまだ現状を認識していないようですが……反乱軍のほうは、ネルク王国への侵攻によって食料を略奪し、もしそれが失敗した場合でも、内乱を通じて『口減らし』を進める可能性があります。由々しき事態です」


 俺の指摘を受けて、ダムジーさんは蒼白になった。

 どうもレッドワンドでは、諸々の連絡が上意下達に偏っている印象がある。下からの陳情などは上に届かず、トップダウンで酷い命令が降ってきてもこれを拒否できない――そんな悲劇が常態化してしまっている。

 その上で、他国に機密情報が漏れぬよう、末端には「情報」が届かないようにわざわざ遮断しているものだから、風通しは極めて悪い。


 他国に知られては困る情報も多いだろうから、ある程度は仕方ないのだが――これが国家として機能不全を起こすレベルになると本末転倒。

 人間の体でも、末端の血流が滞れば壊死えしが始まるのだ。国の血流とは、情報であり、物資であり、それらを運ぶ人員である。


「で、では、まさか……ここに出現した、この農地は……!?」

「はい。各地への食料支援を視野にいれたものです。ここにある物資だけでは足りませんが、『ここから各地への支援をおこなった』という建前で、私が用意する他の物資を各地へ配布します。それら資源の出所を不自然に思われないように、隠蔽工作の一環としてこの広大な農地を作りました。つきましては、諸々の事務作業とか、書類のでっち上げとか、行政文書の捏造とかに、我々の意向をスムーズに反映させてくれる人材が欲しいのです」


 俺がじっと見つめると――ダムジーさんは歯をかちかちと鳴らしながらも、再びその場に頭を垂れた。


「ぐ、具体的な御指示をいただければ、いかようにも差配いたします。しかし……しかし、その……事務作業や書類など、無視してしまうわけにはいかなかったのでしょうか……? 体裁にこだわるのは、なにか理由が……?」


 うむ。やはりこの人は賢い――ダムジーさんの臆病さや慎重さも、ルークさんにとっては親近感がわく長所の一つなのだが、何より「状況の判断力」が優れている。


 たとえばゾンビに襲われた時、「悲鳴をあげて敵を集め、パニックを起こして事態を悪化させてしまう人間」もいれば、「声を出さずに観察、思考し、正しい行動を選択できる人間」もいる。ダムジーさんはおそらく後者である。


「実際に体裁にこだわるのは、オズワルド様が手を引いた後です。今後の予定をぶっちゃけますと――我々は別に、この地を魔族のものにしようとは考えていません。この農地に関しては『魔族の仕業』ということにしますが、この後、第三勢力の指揮官にふさわしい人を連れてきます。その人とオズワルド様が話し合いをして、ちょっと挑発的な流れを経て、『それではお前のお手並みを拝見しよう』みたいな感じに話をまとめ、オズワルド様は傍観者になる予定です」


「……は?」


 ダムジーさんが猫につままれたよーな顔に転じた。

 オズワルド氏がくっくっと笑い出す。


「私自身は、こんな土地にもレッドワンドにも興味はない。だが、ルーク殿がこの地で何をなすのかは見てみたい――彼が使う魔法にも興味がある。だから協力しているだけで、君らがおとなしくしている限り、遠からずここから去るよ。安心したかね?」


 呆然とするダムジーさんに、俺は念押しをした。


「でも、このことは秘密にしておいてください。世間に広まったら元も子もないですし、魔族との交渉成功を新しい指導者の功績にして、求心力もつけたいのです。完全に『やらせ』ですが、私はこの地で『戦争』をさせる気はありません。つまり戦闘面での手柄は立てにくいので、他の部分で指導者の影響力を担保したいのです」


「そ、その指導者というのは……いや、これからスカウトするとおっしゃいましたか……? えっ!? これから!? これからですか?」


 ダムジーさんが慌てるのは無理もない。完全な見切り発車案件であるが、まずはこちらの『砂神宮』周辺が、拠点として使える場所なのかどうかを確かめるのが先だった。ここがダメだったら、それこそ戦略の練り直しが必要となる。


「まぁ、指導者も大事なんですけど……個人的には、その周辺を固める人材のほうがより重要だと考えています。人一人の才覚なんてたかが知れています。特に政治や経済関係となると、どれだけまともで優秀な人材を手元に集められるかが鍵です。私としては、ダムジーさんにもその一員になっていただければと考えています!」


「……わ、私に……? 今日、たった今、お会いしたばかりの私に、ですか……?」


 あ、さすがに不審そう。

「騙されてる?」とか疑ってそうだが、この人も中央から、重要拠点である『砂神宮』の代官を任されたくらいには優秀なのだ。

 魔導師ではないから出世はできないと、本人は思い込んでいるようだが――これから作る体制は『魔導師を特権階級にしない』方針であり、その姿勢を象徴する人材としても活用できる。

 オズワルド氏もフォローをしてくれた。


「私も貴殿には期待しているぞ。評価すべき点は既に四つある。この農地に多数の衛兵達を突っ込ませず、まず自身を含む少人数で調査を試みたこと。不用心と言う者もいようが、いざという時の被害を最小限にしつつ、部下の勝手な暴走も防ぐ良い一手だった。次に、魔族である私を前にして、礼節をわきまえ即座に降伏したこと。見方によっては無責任な保身と嗤われても仕方ないが、貴殿の本意は違う。私が『ある程度は話の通じる相手』だと見抜き、そのふところへ真っ先に潜り込むことで、自身の差配でこの地の住民を守れる立場を確保しようとした。怯懦きょうだどころか、存外に抜け目ない――」


 オズワルド様がにやにやと嗤う。

 図星を突かれたのか、ダムジーさんは真顔で冷や汗をかいていた。


「そして三つ目。衛兵達を帰らせ、単身で私との話し合いへ臨むことにも躊躇ちゅうちょがなかった。この状況では数人の衛兵などいてもいなくても同じ……と、理屈ではわかっていても、なかなか割り切れるものではない。だが貴殿は、すがるような眼差しすら見せず、これをむしろ好機と感じたはずだ。最後に、四つ目。この状況でもなお、貴殿は我々の言葉に流されず、疑問があればきちんと口にしている――魔族に気圧けおされてもそれができる時点で、貴殿はなかなか見どころがある。この国の王や宰相などより、よほど使えそうだ」


 オズワルド氏は実にいいことを言う!

 ……なんかこー、この人のこういうところが、正弦教団にウケた一因なんだろーな、って、ふと思った……褒め方が上手いというか、実に理路整然と評価してくれる。


 ダムジーさんは困惑しつつも、協力を約束してくれた。

「私ごときでお役に立てるのであれば……」とのことであったが、そもそも常識的な現地協力者ってとてもありがたいので――これから存分に、頼らせていただこう!(悪い顔)



いつも応援ありがとうございます!

本日4月14日、三國先生の『我輩は猫魔導師である』コミックス第2巻が発売となりました。

コミックポルカ等では告知漫画も更新されているかもしれません。

今回も各章間のおまけイラストに加え、巻末には描き下ろし漫画を収録。


ついでに庶務はあとがきの場をお借りして、恐縮にも職権乱用でオマケイラストのリクエストまでさせていただいたのですが、その結果は……あざーす! あざーす!(歓喜)


……とゆーか、たらいの描き込みがおまけレベルを凌駕する勢いで凝っていてホントに恐縮です。こころがゆたかになりました。


週末あたりに店頭でお見かけの際にはぜひ!ノシ

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― 新着の感想 ―
オズワルドさん、魔族という力と立場をフル活用して人材発掘するの上手すぎん? うちの会社の人事部長にもこういうプロフェッショナルが欲しいや
[気になる点] ひとつ、気になってることがあるんですよ… 告知おまけ漫画の「たらいの描き込み」ってなんだ…? あれは籐のカゴではないのか…? クリスタでリボンブラシ作ったか素材拾ったかで描き込んで…
[一言] サイトウさん、和テイストの味覚に親和性あったりしないかな 羊羹と梅昆布茶とか 出汁の効いたカレーうどんとか うな重と肝吸いとか 出してみたい
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