142・ここを農地とする!
レッドワンド将国の東部、ホルト皇国との国境近くに位置する『砂神宮』は、『神代の迷宮』の一つである。
その起源は史書からは遡れないほど古く、誰がいかなる理由で作ったものなのか、諸説あって定かでないらしい。
とりあえず、『亜神ビーラダー』様が作ったダンジョンではない。よってカブソンさんも関係していない。
俺が攻略した『古楽の迷宮』や『禁樹の迷宮』は、およそ三~四百年くらい前に作られた「瘴気の浄化システム(人力)」であったが、神代の迷宮はダンジョンというより「遺跡・神殿」に性質が近いようで、瘴気も発生しないし魔物も生まれない。
内部は概ね広いが、探索者を惑わす分岐はほとんどなく、罠の類もない。地下のドーム状のだだっ広い空間に、神殿や寺院的な構造物が建てられている――というのが基本形で、そこに至るまでの地下通路はそこそこ長いようだが、地図が必要ない程度には構造が単純化されているそーな。
以下、いつぞやのリルフィ様のご講義である。
「……『神代の迷宮』は、ビーラダー様のダンジョンと異なり、内部の構造変化などは起きません……たとえば神殿などの構造物が破損した場合は、人間が手を加えて修繕しない限りはそのままです……また、魔物が存在しないので、ドロップアイテムや財宝なども特になく……したがって、冒険者が攻略することもありません……」
「ほほう。そうなると、ほんとにただの遺跡ですね? 国的にはあってもなくても変わらない感じなんですか?」
「いえ、経済的な影響は非常に大きいです……『神代の迷宮』は、魔物も財宝も発生しない代わりに、大量の『資源』を産出する聖地です。たとえばホルト皇国にある『浄水宮』は、魔力を含んだ大量の水を産出しますし、高品質な水晶もとれるので、歴史的にもホルト皇国の国力を支える要となってきました……レッドワンドの『砂神宮』も、内部の鉱脈が自然環境では有り得ない速度で回復していくため、鉄や銅などの鉱物資源がほぼ無尽蔵にとれます……もちろん回復速度以上には掘削できませんし、ある程度まで回復すると、そこで止まるようですが……」
はえー、すっごい……と、当時のルークさんはアホ面で感心したものだが――
今にして思うと、コレはコレでだいぶやべぇ場所な気がする。
ほぼ無尽蔵に湧いてくる鉱物資源って何。
しかも一定の状態まで回復すれば止まる、となれば――なんかこう、「生物」を連想してしまう。
たとえば皮膚の角質みたいな感じで、鉄や銅を生成する不可思議な生き物がいたとする。
傷をつけるとそれらの角質を回収できて、ついた傷の分だけ、その箇所の修復が始まるという流れ――『この星は邪神クラムクラムの体からできていて、我々はその表面に住んでいる』なんて話をカブソンさんから聞かされて以降、自分の中の常識と合致しない情報が出てくると、つい尻尾を立てて身構えるようになってしまった。
「リルフィ様はさきほど、『神殿などの構造物は、自動的に修復されない』とも仰ってましたが、鉱脈はその限りではない、ということですよね?」
「はい……私にも書物で読んだ程度の知識しかありませんが、壊しても修復されない部分は、おそらくただの人工物なのでしょう……その地域の住民や権力者が、神代の迷宮を発見した後に建てたもの……と、考えれば、そんな部分が自然に修復されないのは当然です……」
納得したが、水がガンガン湧き出す程度ならともかく、「鉱脈が奥から湧いてくる」というのは一歩間違えるとホラーである。どんなもんだかちょっと見てみたい。
なお、ネルク王国内には、古楽の迷宮・禁樹の迷宮という二つのダンジョンがあるわけだが、『神代の迷宮』に分類されるダンジョンは一つもない。
世界に点在する神代の迷宮には、他にも良質な肥料を産出してくれる『緑晶宮』とか、洞窟内なのに樹木が生い茂る『落葉宮』、地下湖で釣りができる『水魔の神殿』などがあるらしい。
というわけで、レッドワンド将国の名所、『砂神宮』へひとっ飛び!
……地理情報を知らぬ俺には無理だったので、オズワルド氏の転移魔法に頼った。
宅配魔法は便利だけど、地図情報が頭に入っていないと行き先を指定できないので……ルークさんには今後、地理のお勉強が必要である。有翼人さん救出作戦の時にもレッドワンド国内の各所を飛び回ったのだが、道案内はキルシュ先生とシャムラーグさんに頼りきりだったため、いまいち憶えきれていない。そもそもこの『砂神宮』は捜索範囲外であった。
辿りついた先は、乾燥地帯にある高地の町。
砂神宮そのものは地下にあるので、上空から見た限りは単なる鉱山の町である。
町の規模はそこそこ大きいが、栄えている印象はなく、全体的に白っぽい石が目立つ。土壌も石灰質か?
いわゆる「痩せた土地」だが、有翼人さん達がいた集落よりはだいぶマシである。畑や草地、低木なども多少はあるし、旱魃の影響は少なそうだ。
ここはホルト皇国との国境が近い。
レッドワンドの国土の大半を占めるのは険阻な山岳地帯だが、その端っこのほうであるため、他の地方よりも雨が降りやすいのかもしれぬ。
……しかしまぁ、ネルク王国側と比べてしまえばもちろんハードモード。
我が主たるトマト様はいけそうだが、サツマイモはギリギリいけるかどうか……小麦は問題あるまい。収穫量は多くなさそうだが、実際に畑が見えるし、この地に適応した品種なのだろう。
あと試したいのは……バロメの実。
ミートソースにも代用したが、大豆よりも疑似肉に加工しやすい、こちらの世界の固有種である。
ブドウのような低木にびっしりと実がつくのだが、乾燥に非常に強く、救荒作物として優秀な気配を漂わせている。
ネルク王国では土が肥えているため、その有難みがいま一つ周知されていなかったようだが……あれはむしろ、レッドワンドの土壌でこそ真価を発揮する作物ではなかろうか。
来て早々、どうして農作物の検討などをしているのかといえば、それが「第三勢力の拠点」に必須の条件だからである。
今回、ネルク王国側で略奪をさせるわけにはいかない。
しかし現実問題として、レッドワンドの民は、徴用された兵達も含めて旱魃で困窮しつつある。どうしたって食料は必要である。それも、かなり大量に。
必要量の大部分はコピーキャットでばらまくつもりだが、それはそれとして『農地』も必要である。ルークさんの本拠地はあくまでリーデルハイン領であり、こんな所に長々と居座る予定もない。
――ルークさんは、今から鬼となる。
ウィンドキャットさんの背から眼下に見下ろす、この地域一帯の生態系を容赦なく破壊し――
その後、トマト様の王国を建設するのだ!
狙うは町ではなく、その向こうに広がる何もない斜面+岩場。
「……いでよ、ガイアキャット!」
『…………なあぁぁぁぁーーーーん…………』
大地を震わせるような重低音の鳴き声とともに、斜面が猫の形をとって盛り上がる。
大怪獣を思わせる圧倒的なその巨体は、もはや町よりも大きい。
おそらく人々は、でかすぎて猫とは認識できない。「山が動いた!?」とびっくりしそうである。鳴き声でわかる? いやもう地響きにしか聞こえねぇってコレ。
「伏せ!」
『うなぁ』
そしてガイアキャットさんは、ぺたりと液状化。
ゴツゴツとした岩場だらけの斜面が、あっという間に広大な平地へと早変わり!
俺は矢継ぎ早に魔法を駆使する。
「猫魔法、ストーンキャット! 水路と道の整備をお願いします!」
『なーご』
荒野に散らばった大量の石が、石の猫へと変化し素早く整然と並ぶ。水路担当班は地面を掘り、歩道担当班は平べったくなる。
水路と歩道が整備されたところで変化を解き、石の除去は完了した。
次は先月、メテオラ工事のために開発したばかりの新たな猫魔法……
「猫魔法、キャットトラクター!」
ドッドッドッドッとエンジン音を響かせて、眼下の畑へ横一列に並んだのは、猫っぽいデザインのトラクター数百台&それを運転する作業着姿の猫さん達。
かたい土を耕し、空気を含ませながら撹拌して、排水性、保水性、通気性を確保し、土中の微生物が活性化しやすい環境を整える。
レッドワンドの大地では効果が薄いかもしれないが、土が固いままでは植物が根を張ることすらできぬ。
幸い、肥料は魚粉や油粕をコピーキャットで生成可能なため、耕しながら追加で混ぜ込んでいる。
……魚粉は前世由来であるが、油粕はこちらで一口だけ食った。おいしくはなかった。
すべては……すべてはトマト様のためである……
まぁ、本格的な肥料供給はこの土地を治める人に任せよう。俺の能力は下地を整えつつ、当座をしのげる程度で良い。
本来はここから、土をなじませるために何週間か放置すべきなのだが――
今回植えるのは苗木や種ではないし、この世界の自然は良くも悪くも魔力の影響を受けやすい。
大地に地属性の魔力を注ぐことで土質を改善したり、逆に悪化させたり、あるいは与える水に水属性の魔力を注ぐことで植物の成長を促したりもできる。
リルフィ様が作成している魔法水もその一例で、あれは薬草で魔力への反応性を高めた水に、魔導師が魔力を込めたモノ。
主な用途は魔力回復用のポーションなのだが、特殊な魔道具を作動させる燃料代わりになったり、ちょっと贅沢な使い道として植物へ与える養分にもなる。
魔法水はさすがに高価なので、畑にまくとなるとそれこそ『コピーキャット』にでも頼らねば採算がとれないのだが……キャットトラクターは猫魔法の一種であり、畑に魔力も練り込んでくれる。
これから植える作物もいい感じに育ってくれると期待したい。
畑を一気に耕したところで、仕上げである。
薪をブッシュ・ド・ノエルに変換するコピーキャット――
つまり「形状」さえ似ていれば、割と無茶が利く。そもそも最初は「遠くに見えたレッドバルーン」をトマト様と見間違えて発動したわけで、肉球に触れてなくても見えていれば変換は可能だ。
柔らかくなった土に向かって、俺は再び叫ぶ。
「もう一回お願いします! ガイアキャット!」
『フゴー』
ゴゴゴゴゴ、と大地が再び鳴動し――
今度は立ち上がらず、眼下に寝たままである。
「ちょっとキレてください」
『フシャー』
大地が猫の毛のように微細に逆立った。遠目にはまるで麦穂とか稲穂のよう。
その状態でガイアキャットさんを引っ込め、すかさず『コピーキャット』を全力発動させれば――
一面の小麦畑、完成である!
――効果範囲が頭おかしいことになっているのだが、高めのテンションと英雄検定昇級とかの効果だろうか……? さっきキャットトラクターで我が魔力を土に練り込んだので、そっちの影響もあるかもしれぬ。
範囲が狭かった場合は長時間労働も視野に入れていたのだが、とりあえず成功したからヨシ!
できた広大な小麦畑の半分を、イネ科つながりで小麦→トウモロコシへと切り替え、さらにその半分を赤いトウモロコシに、そして色つながりで赤いトマト様へと錬成し直す。
これで半分は小麦畑、四分の一はトウモロコシ畑、四分の一がトマト様畑となった。
あとは実験用に、トウモロコシ畑の一部を『バロメの実』の畑に変換。ちゃんと育つようなら後日、拡張するとしよう。貴重なタンパク源である。というか、こっちの人達が勝手に拡張してくれると思う。
完成したばかりの広大な農地へと降り立ち――俺は心地よい疲労感をもって、その景色を眺めた。
金色に輝く麦穂の波……
天高く伸びたトウモロコシ……
そして、たわわに実ったトマト様……
バロメの実は枯れたブドウみたいでちょっと地味……
もう少し手を入れても良いが、それは『これから来る者達』に任せよう。ここはスタートラインだ。
この畑をどう活用するかも、彼ら次第である。
ゆくゆくはトマト様の王国になるであろうが、人はトマト様のみにて生くるにあらず、炭水化物も必要である。まぁしゃーない。
一仕事を終えて満足した俺は、畑からキャットシェルターへの扉を開ける。
……その先でルークさんは、クラリス様とリルフィ様、ピタちゃん(睡眠中)以外にドン引きした顔でお出迎えされた。
「……た、たった十分足らずで、山が一面の農地に……」
「……これが……これが、農耕神の本気――」
「メテオラの工事も、今みたいな感じで……?」
ウィル君とオズワルド氏、シャムラーグさんがそう呟けば、ウェルテル様とトゥリーダ様は絶句したまま、まばたきも忘れている。
リルフィ様は俺を抱え上げ、「おつかれさまでした……」と笑顔でねぎらってくださった。やさしい。ねこのあつかいをこころえておられる……
「とりあえず小麦をメインに、トウモロコシとトマト様を植えてきました! あとバロメの実も試験的に少し。上手くいったらここの材料でピザとか作りたいですねぇ」
「……もうそこまで考えてたんだ……?」
「……初手から手厚いですよね……」
クラリス様とリルフィ様まで若干、呆れ気味に転じた。
バロメの実に関しては、気候的には合いそうなのだが……こればかりは植えてみないとわからない。
小麦はレッドワンドで普及している品種と同じものにしておいたので、たぶんいけると思う。
窓に映る外の景色に、クラリス様とリルフィ様が視線を向けた。
「あ。町の人達が出てきたよ」
「びっくりしていますね……」
町の端にいた数人には、工事中から見られていたのだが、さすがに大量のトラクターが高速で爆走する現場に踏み込む勇気はなかったようである。あぶないからね。
……たぶんそういう問題ではなかったのだろうが、ルークさんはこの地で鬼になると決めた。もはや現地民への配慮も説明も後回し。話は地元素材のピザが焼けるようになってから聞く。
「あ、あの……っ! あのっ!」
トゥリーダ子爵が真っ青になって、俺とリルフィ様の前にひざまずいた。軍服姿なので部下っぽい雰囲気になってしまったが、コレたぶん腰抜けてるだけだな……?
「ルーク様は、いったい何を……この地を、どうなさるおつもりなのですか……?」
あ。微妙に伝わってなかったか。
事前の方針とそんなに食い違っていないので、他の皆様はだいたいご承知のはずだが、そもそも『拠点』の候補を決める前に話した方針であった。トゥリーダ子爵はよくわかってなくて当然である。
「これからこの地を、『第三勢力の拠点』兼『難民キャンプ』兼『敵兵の収容所』とします! 前線で戦っている兵隊さんのうち、嫌々戦ってそうな、こっちに寝返りそうな人達はこの地へ送り、そのまま農業に勤しんでもらうのです。同時に現在、旱魃で苦しんでいそうな地域に対しては、『この第三勢力から』という名目で物資を支援し、味方に取り込んでいきます」
もはや手加減はせぬ。徹底的に……徹底的に引っ掻き回してくれる……!
……なんかもう考えるより先に、必要な施策を打っていっちゃったほうがいいかな、って。
旱魃の状況を考えると時間との戦いでもあるし、この地のことは最終的にこの地の人らに任せたい。俺は場を整え、物資を融通する程度で良かろう。
実際にここから物資を持っていくわけではない。
俺が各地で物資を支援する際に、「ちゃーす、砂神宮から持ってきましたー!」と言い訳をするためには、説得力の裏付けとして、この大規模な農地が必要なのだ。
収穫量と支援量の差を調べられたら即座にバレるが、その場合には「数字が間違ってるんじゃね?」で誤魔化す。
トゥリーダ子爵が頬を引きつらせ、あたふたと慌てふためいた。
「あの、でも、あのっ……! 砂神宮とこの周辺地域には、国境の守備兵もいます……! この地をおさえても、すぐに包囲されて……!」
「オズワルド様が手伝ってくださるそうです! 魔族を包囲するバカはいないし、いても蹂躙できると御本人からお墨付きをいただきました!」
オズワルド氏が色あざやかなトロピカルパフェを召し上がりながら、悠然と頷いた。イケメンは何食っても絵になるな……
「ん。まぁ、魔族がちょっとした気まぐれで町を制圧する程度のことは、西方ではたまにある話だ。その後、誰か適当な人材に私と自作自演の交渉をしてもらい、交渉成立で明け渡し、という流れに持っていけば問題ない。魔族を交渉で退けた英雄となれば多少の求心力もつくだろう。なんなら君が交渉役をやるといい。演技指導はしてやる」
「ふぇ」
トゥリーダ様が卒倒しそうになったため、シャムラーグさんが慌ててその肩を支える。
「落ち着いてくださいよ、トゥリーダ子爵。この地の連中も国境警備の連中も、軍が思っているほどまともに機能しちゃいません。指示に流されることに慣れきっていて、自分の頭で考える気はない連中です。王国軍とフロウガ将爵が内乱を始めたって話が広まれば、どっちについたらいいかで割れた後、結論は『傍観』になるでしょう。そいつらの尻をちょっとひっぱたいてルーク様のご意向に沿わせるのは、そんなに難しい話じゃないですよ。なにせこっちには、『ほぼ無限の物資』があります」
そう。札束ならぬ農産物でほっぺをぶっ叩くようなやり口であるが、「物資がある」というのはめちゃくちゃ強い。特に、その物資の奪い合いが起きようとしている今、我が勢力はあまりに強すぎる。
ククク……やはり農業……農業はすべてを解決する……ッ!(※状況によります)
……それはそれとしてシャムラーグさんのレッドワンドに対する評価はかなりアレなのだが、これが悪口ではなくてたぶん実情に即しているのがなんともはや……
「それでは、これからの動き方をご説明します。あ、ここからはトゥリーダ子爵にもいっぱい手伝っていただきますね!」
「ふぇ」
トゥリーダ子爵は泣きそうな顔に転じて、シャムラーグさんにしがみつく。
そんな飼い主の姿を――黒猫のラケルさんは、ウェルテル様の膝上から、興味なさげにのんびりと見守っていた。
明日から4月と聞いて「またまたそんなー」と笑っていたら、なんかガチらしくてさっき真顔になりました。あれ……3月の記憶が……?
それはそれとして、コミックポルカとピッコマにて、漫画版「猫魔導師」10話後半が更新されました!
ついに明かされる猫魔法の使用法!
……真っ先にチュートリアルすべき要素では? ルークは訝しんだ。
みたいなお話です。ご査収ください。




