132・調査隊の帰還
軍閥の有力者、トリウ・ラドラ伯爵は、部下のフォーグラスが持ち帰った報告書を一読した後、しばし黙考した。
「……フォーグラス。この『禁樹の迷宮』……資源価値としては、古楽の迷宮と比べてどう見る? 曖昧な問いだから、曖昧な答えで構わない。現時点での印象を教えてくれれば良い」
机を挟んで向かいの椅子に座ったフォーグラスは、困ったように顔を歪めた。
「資源の産出量については冒険者が集まるかどうかに左右されますが、品質は悪くなさそうです。報告書の通り、残念ながら一般的な鉱物資源には乏しく、我が国で足りていない鉄や銅、金や銀などには期待できません。その一方で、珍しい薬草の群生地を複数確認できましたので、これは明確な強みといえるでしょう。そして、なんと言っても……最大の資源は、魔物が落とす『琥珀』です。純度も大きさも素晴らしく、魔道具の素材として高値でさばけますね。ホルト皇国からも引き合いがきそうです」
調査隊が持ち帰ったその琥珀は今、トリウ伯爵の机の上にある。
最大のものは、なんと拳大――
他にも、指先ほどの大きさの不揃いな琥珀が十個ほど並んでいる。
琥珀は装飾品としても流通しているが、何より魔道具の核として有用である。地水火風、いずれの属性とも相性が良いため、汎用性が高いのだ。
一般に、琥珀は宝石として扱われるが、鉱物ではない。植物の樹脂が化石化したものだとされている。
魔物が落とすということは、これに関しては『化石化したもの』というより、魔物の体内で結石のように生まれるものなのだろう。
もしもすべての魔物が落とすのであれば、魔物の「核」という可能性も出てくるが、生憎とドロップ率はそこまで高くないらしい。
それでも、高品質なものが、まとまった数、しかも継続的に迷宮内でとれるとなれば、その影響力は極めて大きかった。
ことは「魔道具」の生産力に直結するため、下手な鉱物資源よりも価値があるとさえ言える。
「……この拳ほどの琥珀……ライゼー子爵は、私に『献上する』と言ったのだな?」
「はい。これは今回の調査で拾得したものではなく、先行調査で得たものらしいのですが――参考までに、とのことでした。何か問題がありましたか?」
「いや、問題はないのだが……これだけのものを惜しげもなく手放したことに驚いてね。何かの取引なのだろうが、向こうからのそれらしい要望が、手紙には特に記されていない――少々、判断に困っている」
ライゼーという子爵は、三男という立場ゆえに養子に出され、商人としての教育を受けている。
そのためか、彼は必要であれば賄賂を使うこともためらわない。一方で、自分が賄賂を受け取ることはまずない。
以前、彼にその理由を聞いたことがある。
まだ青年だった頃のライゼーは、そつのない笑顔でこう応じた。
「こちらの面倒事を解決していただく以上、その方に謝礼をお支払いするのは当然です。ただ、私に賄賂を渡そうとする方々は――残念なことに、私の方針と食い違った要求をしてくることが多いもので、丁重にお断りしております」
それなら、たまたま相手と方針が一致していたら、賄賂を受け取った分だけ得になるのではないか――
そんな問いを向けると、若き日のライゼーは同じ笑顔でこう応じた。
「方針が一致しているのなら、そもそも賄賂など必要ないでしょう。受け取るいわれがない金を受け取るのは、商人としての沽券に関わります」
彼の言葉に、トリウ伯爵はある種の感銘を受けた。
大概の商人は、沽券などよりも利益に重きを置く。ライゼーの思いを青臭いと笑う者もいるだろう。
しかしながら――『為政者』としての資質を考えた時、彼の心構えは極めて重要な意味を帯びてくる。
為政者は商人でなければいけない。
経済を無視して政治を為せば、その無知と錯誤は不幸を生む。
為政者は商人であってはいけない。
政治を金儲けの手段にしてしまえば社会は歪み、多くの不幸を生む。
なんとでも言い換えられる矛盾した言葉遊びではあるが、経済を無視する為政者も、政治を悪用する商人も、どちらも危険であるというだけの話である。
逆説的にいえば、「経済を正しく知る為政者」や「政治の道理をわきまえた商人」は、どちらも得難く有為な人材であるといえる。
トリウ伯爵が見るところ、ライゼーはこの資質を過不足なく備えている。
これまでもそこに期待して重用してきたが――その領地近郊で迷宮が見つかるなどとは、トリウ伯爵にとってもさすがに想定外の事態だった。
ともあれ、献上品というこの巨大な琥珀を、このまま懐にいれるのは躊躇われる。
魔道具に使われる琥珀は、その大きさ次第で価値が大きく変わる。
たとえば粉末状の琥珀一キロ分と、同じ重さで一塊の琥珀とを比較すれば、その価値にはまさに雲泥の差があった。
琥珀には、使用者の魔力を一時的に溜め込み、増幅、あるいは収束させる効果がある。特定の用途に特化して術式を記憶させることも可能で、トリウ伯爵の知識にない言葉でたとえれば、その使い勝手は「バッテリー」と「集積回路」を兼ねた根幹の素材と言っていい。
他の希少金属や宝石類も同じだが、種類によって得意分野が異なる。琥珀の場合、その汎用性がとても広い。
ただし、小さな琥珀を大量に使ったところで、その性能は大きな琥珀一つに遠く及ばない。
琥珀の大きさは魔道具の「出力」や「安定性」、「効果」に直結する。
仮に小さな琥珀を複数個使って無理にカバーした場合、動作の不安定化や消耗する魔力の増大を招くため、現実的ではない。
魔道具には、その価値に応じて「神器・王器・将器・兵器・工器」といったランクがあるが、拳大の琥珀を使った魔道具ともなれば、最低でも「将器」に分類される。
神器や王器は国宝・家宝級の特殊な魔道具であり、つまり一般に店売りされる中では、将器が最高級品――この拳大の琥珀一つで、庶民ならば数年は遊んで暮らせる。寄子から寄親への単なる贈り物としては、やや重い。
「ライゼー子爵は、他に何か……口頭で言っていなかったかね? 要望とか、不足している物資とか――」
「いえ。私が認識している範囲では、報告書にある限りです。この大きさの琥珀には私も驚きましたが……先方にしてみれば、これからいくらでもとれる資源という感覚なのではないでしょうか。すでに確保している分もあるでしょうし、明確な見返りを期待した賄賂等ではないものと考えます」
ライゼーの性格上、ご機嫌とりの類でもない。他の有力貴族相手ならばいざしらず、いまさらそんなものが必要な間柄でもない。
「これから迷宮の件で伯爵の手を借りる機会もあると見越しての、先行投資かもしれませんな。あるいは……『レッドワンドの侵攻』が近いことを想定して、魔導部隊の強化に役立ててほしい、とか――」
「……ありそうだな。うん。それは彼らしい気遣いだ」
このサイズの琥珀を杖に取り付ければ、火球の威力は跳ね上がるだろう。トリウ伯爵の魔導部隊が強化されれば、共に戦う他の兵達は楽になる。
「では、この大きい琥珀は杖に取り付けて、魔導部隊の備品としよう。他の琥珀は騎士団の鎧や盾に取り付けるよう、職人達に通達する」
防具を魔道具にすることで、各種の魔法に対する耐性を上げたり、あるいは矢の勢いを殺す風の加護を得たり、もしくは単純に金属を強化したりと、多くのメリットが得られる。
その代わり高価にはなるし、装着者の魔力を使うため、継戦能力は落ちる。また、効果の高いものは魔導師でなければ扱えないことも多い。
騎士のフォーグラスを労って退出させ、トリウ伯爵は執務机へと戻った。
出さねばならない書状が大量にある。
軍閥の有力貴族達への連絡、国王陛下への報告、冒険者ギルドや魔導師ギルドへの根回し――
軍閥以外の貴族達への根回しは、アルドノール侯爵に任せる。
新たな迷宮の発見は喜ばしいが、それに関する事務作業の増大はなかなか馬鹿にならない。
信頼できる執事達にも手伝わせてデスクワークを進めながら、トリウ伯爵はふと気づく。
(あの巨大な琥珀……もしや、この事務作業の手間賃か?)
ライゼーの小生意気な気遣いに内心で苦笑しつつ、トリウ伯爵は手元の便箋に自ら封をした。
§
リーデルハイン子爵邸の執務室にて。
我々はライゼー様に、『表沙汰にはできない』ほうの、『禁樹の迷宮』調査報告をおこなっていた。
メンバーは俺とリルフィ様とヨルダ様。追加のゲストとして、宮廷魔導師ルーシャン様とお弟子のアイシャさんもお呼びした。
なお、クラリス様とピタちゃんはお昼寝中で、サーシャさんはメイドのお仕事中である。
そして我々の前のテーブルには、ちょっとやべぇ額と思われる財宝の数々――
指先大の琥珀が五袋(一部)、拳大の琥珀が二十個、頭蓋骨サイズの琥珀が三個、何もしてないのに自然発光しているなんか変な琥珀が二個――
あと、妙にぐねぐねとよく曲がる木の棒や、ひっきりなしに水滴が湧いてくる葉っぱ、焚くとやたらいい匂いがする香木などなど。
「トリウ伯爵の調査隊には、入り口付近のみを軽く見ていただきましたが……先だって私とケーナインズで探索した最下層付近では、これらの品々を回収できました。魔物もけっこう強かったので、よほど熟練した冒険者でなければ危険かと思いますが、成果はご覧の通りです」
「なんと……なんと……!」
光る琥珀を見て、ルーシャン様が小刻みに震えておられる。
「ルーク様……この、光る琥珀……これは、これは……!」
「あ。ルーシャン様はご存知なのですか? リルフィ様もアイシャさんもシィズさんもわからなかったんですが……」
光り方はけっこう明るく、懐中電灯にしたら便利そうである。
魔導師女子さん達の共通見解によれば、「魔力の光なのは間違いない」「膨大な魔力が満ちている」「魔道具の素材としてはたぶん最高級品」とのことで、価値はヤバそうだったが、素材としての名称などが不明だった。
もしもルーシャン様でもわからないようなら、カブソンさんのところへ持って行ってみようと思っていたのだが、どうやら手間が省けた。
「これはおそらく、『神樹の雫』――強大な魔力を内包した、最上級の琥珀です……私も実物を見るのは初めてですので確証はありませんが、高価すぎてまともな値段はつかんでしょう。世間に知られたら、魔族が力ずくで奪いに来る類の素材です」
火種じゃねーか。
ライゼー様が戸惑いを見せる。
「……ちょ、ちょっと使い道に困るな……ルークのほうで保管しておいてくれるか……?」
「そ、そうですね……もし魔族との交渉とかがあったら、その時に活用しましょうか……」
貴重すぎる品というのは、かえって取り扱いが難しいものである。こちらの活用は先送りにして、他の素材を見ていこう。
「こっちの拳大のやつは、トリウ伯爵のところに一個送りましたが……他のはどうします?」
「うん。二つくらい売って、有翼人の村へ運ぶ物資の買い付けに使いたいな。あと、ペーパーパウチ工房の建設費用と、製紙用の魔道具の購入と――さすがに二つじゃ足りないか?」
ルーシャン様が助言をくださる。
「いやいや、充分でしょう。しかし、このサイズの琥珀となると買い手を探すのが難しい。本来なら国で買い取りたいところですが、財政を建て直している最中ですし……売り先の目処はついておいでですか? もしなければ、王都でこれを扱えそうな商人をご紹介しますが――」
「恥ずかしながら……私の商人時代の人脈では、これだけのものはちょっと扱える気がしません。ぜひ、ご紹介いただけると助かります」
「承りました。なるべく高値で買ってくれそうな伝手へ、声をかけてみましょう」
そもそも琥珀の取引は魔導閥の領分らしい。その売買に関してこの場で一番詳しいのは、おそらくルーシャン様である。
「王立魔導研究所の予算がもう少し潤沢なら、うちでも買い取りたかったのですが……何分にも時期が悪すぎましたな。今回は諦めましょう」
ルーシャン様は残念そうであったが、手ぶらで帰すつもりはない。
「いえ、ルーシャン様のところには、無料でいくつか、研究用のサンプルとして持っていっていただくつもりです。今回はアイシャさんにも手伝ってもらいましたし!」
ルーシャン様は驚いたようにまばたきし、次いで深々と頭を下げた。
「ご高配いたみいりますが……アイシャは、ルーク様からいただける食事や菓子をずっと食べていただけではないかと……」
「あっ。お師匠様、ひどい……! 私だってちゃんとお仕事してましたよ!? あの、ほら……ミートソースの試食とか! 落星熊の餌付けとか!」
……せっかくフォローしてあげようと思ったのに、この子はどうして自分から墓穴を掘ってしまうのか――
「いえ、アイシャさんにはちゃんとお手伝いしてもらいました。迷宮探索時の助言だけでなく、報告書の作成とか、有翼人の方々へのこちらの一般常識講義とか……」
そのあたりはケーナインズにも手伝ってもらったが、アイシャさんもちゃんと働いてくれた。スイーツもたくさん堪能していたが、それは俺からの賄賂――心ばかりのお礼であって、他意はない。ないヨ?
「本当にお役に立てていれば良いのですが……やけに血色も良いですし、内々の定期報告書がスイーツレビューになっている上、明らかに体重も増えていそうですし――」
「成長期! 私は成長期なんですよ、まだ!」
十九歳……うーん……こちらの世界の人類は、前世の人類とはいろいろ違う部分もあるにはあるのだが、まぁ……少し量を減らすか。
確かにアイシャさんは、クラリス様やリルフィ様よりもだいぶ食いっぷりが良い。スイーツに限ればピタちゃんと良い勝負である。お茶菓子とか出すといつの間にかなくなっている。
「あと、こっちの頭蓋骨サイズのでっかい琥珀なんですが――」
「……これこそ見たことのない大きさですな。あえて捨て値で売るくらいの損をしなければ、とても値がつかないように思います。『神樹の雫』ほどではないにせよ、これの価値を認める者の大半は『買うよりも奪うほうが楽』と考えるでしょう」
これも火種か……! しかしまぁ、『神樹の雫』とやらよりはまだマシらしい。流通に困るお宝である。
「ホルト皇国あたりなら、爵位と引き換えに買い取ろうとするかもしれません。冒険者ならば、これを手土産に貴族になるという手段もありそうですな。いずれにしても――辺境の小国に過ぎないネルク王国では、少々、扱いに迷うレベルの財宝です」
ルーシャン様の見解を引き継ぐように、アイシャさんも口を開いた。
「いっそ領内での使用も考えてみたらどうですか? たとえば――温泉作りましょう、温泉! このサイズの琥珀を使えば、魔導師じゃなくても簡単にお湯を沸かせる魔道具が作れるかもですよ。それこそ、池みたいな巨大温泉も余裕です」
「あるいは、巨大な冷蔵庫なども作れそうですな。今は農作物の保管に、リルフィ様が作った氷を使用しているようですが、こちらの琥珀を使えば、より効率的で巨大な設備も作れるはずです」
ふむ? 温泉……冷蔵庫……?
つまりこちらの琥珀は、周辺温度を管理する系統の魔道具に流用できるのか。
何か……何かが引っかかる。
恐る恐る、俺は思いつきを口にしてみた。
「……もしかして、『温室』とかも……いけますかね?」
真冬でもトマト様の生育を可能とする『温室』――もしもそれを作れれば、年間生産量の予測を大幅に引き上げられる。
ルーシャン様はにっこりと頷いたが、アイシャさんは露骨に「えー」と残念そうな顔をした。
「部屋を温める程度なら火竜石で充分じゃないですか。こんなおばけ琥珀を使うなんて勿体ない……でかい温泉作りましょうよ、温泉。冒険者も大喜びですよ」
火竜石というのは聞き覚えがある。実物を見たことはないが、トリウ伯爵のお屋敷のセントラルヒーティング、その熱源が確か火竜石だ。火属性の魔導師が魔力を注ぐと、数日にわたって熱を発し続ける――みたいなお話を、リルフィ様から教えてもらった。
そうか……温室、作ろうと思えば作れるのか……?
ビニールはないが、こちらにはペーパーパウチを生み出したクイナさんという優秀な紙職人もいる。風雨に強くて光を通す新素材とか、うまく開発してくれないものだろうか?
また、アイシャさんのご提案も捨て難い。
リーデルハイン領に温泉を整備し、温泉宿を作る――これは旅の冒険者相手の商売にとどまらず、湯治場、あるいは観光資源としても活用できる可能性がある。
アイシャさんは私欲でおもしろそーな案を出しただけであろうが、この活用法はルークさんの心をグッと掴んだ。
うまく設計すれば、温泉の湯熱を利用した温室なんかも作れそう!
「火竜石というのは、お湯は沸かせないんですか?」
「水との相性が悪いため、難しいですな。熱源としては火よりもずっと弱いため、鍋などにいれた水を沸かすこともできません。人肌程度に温めるくらいが関の山です。しかし空気との相性は良いため、屋内での暖房用途ならば充分な熱源になります」
「あと、魔力効率が悪すぎます。火竜石でお風呂用のお湯なんて沸かそうとしたら、あっという間に魔導師が疲弊しちゃいますよ。だったら普通に薪で沸かしたほうがいいです」
これはおそらく、「熱量」だけの問題ではあるまい。こちらの世界独自の、「精霊」との相性問題であろうと思われる。
以前にお会いした上位精霊さん達はみんな仲良さそうだったが、こちらの世界での魔力法則的な意味では、火と水の相性が悪く――火属性に強く反応する『火竜石』では、『水』を温めるのに多くの魔力を消耗してしまう。
ところが琥珀は四属性それぞれと相性がよく、あらゆる魔法・魔道具を扱う上で、より効率が良くなる――という話らしい。
目の前の宝の山が、急に「実用品」としての魅力を帯びてきた。普通に売却するだけのものでなく、これらは領地のために活用できる「資源」なのだ。
琥珀に対する認識を改めたところで、俺は拾得物の中で異彩を放つ、『やたらと水滴が湧いてくる葉っぱ』を手に取った。
これ、見た目はただの葉っぱなのだが、葉の表面に水滴がどんどん湧いてくる。ガラス瓶の中にいれておくと、いつの間にか透明な水が溜まっているのだ。
「この葉っぱは何ですかね? 魔道具の一種とかですか?」
物知りなルーシャン様も、首を傾げてしまった。
「一種の浄水器――ではないかと愚考いたします。周囲の空気から水分を吸って、葉の表面に結露させることで真水を作り出す――あくまで推測です。まったく別の用途の品か、ただの変わった植物という可能性もありますな」
「でも、お師匠様。その用途だと、汚れとか他の成分が葉の中に蓄積しちゃいますよね? 洗えば元に戻ったりするんでしょうか?」
「うむ、いろいろと試してみる必要はある」
うーむ? 水筒の中に入れておいたら勝手に水が溜まるので、冒険者の飲料水確保には便利そうである。飲んで大丈夫かどうかは知らん。
ただ、なんか……「そのための道具」とも思えない。よくわからぬ違和感があるのだ。
見た目はただの葉っぱなのだが、今回の探索で確保できたのが「たった一枚」という点も気になる。『神樹の雫』とやらでさえ二個とれたのに? 他の香木なども一応、複数確保できている。
何はともあれ、新規発見の迷宮だけに、拾えるアイテムにもまだ謎が多い。カブソンさんに聞けば用途を教えてもらえそうなので、よくわからんアイテムはまとめて保留扱いにしておこう。
拾得品の琥珀については、ライゼー様に賄賂&金策用に一部をお預けし、大部分は一番安全と思われる俺のストレージキャットさんに管理してもらう。「こんな貴重品を仕舞える金庫はうちにはない」とのことである。
ネルク王国では金属が貴重なため、「金属製の金庫」は高級品。つまり子爵邸にはない。買えないほどではないのだが、そもそも仕舞っておくよーな家宝もない。リーデルハイン家は質実剛健スタイルである。
重要な書類をしまうための、硬い難燃性の木材を黒塗りにした「見た目が金庫っぽい木造の鍵付き棚」はあるのだが……ノコギリ一本あれば破壊できてしまう。
別に金属製でなくても、お金の類を仕舞える棚なら「金庫」と呼んでいい。しかしながら、ストレージキャットさんのほうが安全なのも自明である。
あとルーシャン様にも、研究用の素材をお裾分け。
これは賄賂というか支援というかお礼というか、持ちつ持たれつというヤツだ。帰りはキャットデリバリーで箱詰めにしてお送りし、報告会は終わった。
散会後、リルフィ様のお部屋へ移動した俺は、お気に入りの猫用ベッド(カゴ)で丸くなり、しばし休憩した。
「ふー……大規模工事が終わって、調査隊が無事に帰って、ルーシャン様への報告も終わって……一段落した感じですねぇ。あとは冬支度に向けて、有翼人さんの集落のサポートを進めつつ、ペーパーパウチ工房の建設と、畑仕事と……」
実際、最近は猫の手も借りたい忙しさであった。そして実際に猫魔法の猫さん達の手を借りた。超頼もしかった。猫の手すげぇな……
リルフィ様が、なんだか微妙な表情で俺の背を撫でる。
「一段落した割には、まだまだやることが多そうですが……あの、ルークさんは、少しまとまったお休みをとっても良いと思いますよ……? 休養だけでなく、趣味などの時間も必要かと思いますし――」
リルフィさまやさしい……でも冬が来る前に有翼人さん達の住宅事情と寝具関係を万全にしておきたいし、冬の間に来年の現金収入につながる内職をしてもらうことも考えると、そのアイディアくらいは今の時期にまとめておきたい。
世間のニーズをとらえるためには市場調査も必要なのだ。
そんな思案をする俺を眺めて、リルフィ様はほんのちょっぴり不審顔。
「………………ルークさん……また、お仕事を増やそうとしていませんか……?」
「……にゃーん」
……どうも最近、リルフィ様とクラリス様は、俺の心を読む術を身につけつつある気がする……気のせいだろうか……?
今日は大寒だそうですね……来週あたりやべぇ寒気が来ると聞いて今から震えつつ、停電に備えて予約投稿しておきました(フラグ)
それはそれとして「ニコニコ静画」で三國先生のコミック版猫魔導師・第8話(前編)が更新されました! ポルカとピッコマで先月掲載された「砂糖こわい……」なお話です。ご査収ください。




