【番外編】クリスマスSS・ある賢獣の一日
(※こちらのお話は2022年クリスマスのショートストーリーです。本編の時間軸とは関係ありません)
ピタゴラスは二度寝した。
必ず、あのソフトクリーム食べ放題のステキな夢を見直さなければならぬと決意した。
ピタゴラスにはカロリー計算がわからぬ。ピタゴラスはクラウンラビットである。トラムケルナ大森林の奥深くで、基本的にずっと寝て過ごしてきた。
けれどもスイーツの気配に対しては、兎一倍に敏感であった。
「ピタちゃーん。朝ごはんができてるよー。そろそろ起きようねー」
「はーい」
クラリス様のペットにしてピタゴラスの飼い主でもある亜神のルーク様が、今日もピタゴラスの朝食を用意してくれた。
その姿は猫であるが、実に甲斐甲斐しく、どんなに忙しくてもピタゴラスのごはんを欠かさず用意してくれる。
デザートもついている。新鮮な果物に加えて、甘いお菓子が出てくることも多い。すばらしい。
栄養バランスに優れたぬかりのない朝食をもっしゃもっしゃと平らげ、おなかいっぱいになったピタゴラスは三度寝を始める。
一方、早朝から畑仕事に出ていた亜神のルーク様は、朝食を済ませると、猫用の机に向かって事務仕事を開始した。
今日のルーク様のお仕事は、有翼人の里で必要な日用品の調整。
現状、食料品はルーク様が全面的に支援しているが、その他の生活物資はリーデルハイン領内で買い付ける必要がある。
その必要量をまとめ、計算し、報告書にしてライゼー様に提出するのだ。
ルーク様は忙しい。
一方、従者のピタゴラスはお庭で燦々たるおひさまを浴びながら、寝ぼけて手近な芝生をもっしゃもっしゃと食む。わりとおいしい。
やがてお昼ごはんの時間が来る。
「ピタちゃーん、お昼ごはんだよー」
「はーい」
のっそりと起き上がったピタゴラスは、人間の姿へと転じ、ルーク様が用意してくれた天そばセット(特盛り)をずるずるとすする。
いつもは料理人のヘイゼルおじーちゃんがごはんを用意してくれるのだが、ルーク様はたまにそばとかうどんとかラーメンなどを食べたくなるため、ピタゴラスも付き合っている。
なお、ヘイゼルおじーちゃんが用意してくれたお昼ごはんもこの後に食べる。
午後になると、ルーク様はまた畑仕事に出向き、ピタゴラスも昼寝をしながら雑草の処理を手伝ったりもする。たまにはただの草も悪くない。食物繊維もとれる。味はふつう。
そして三時――
一日でもっとも重要な「おやつ」の時間が来る。
この時ばかりはピタゴラスの眼も爛々と冴える。
神々の至宝たるソフトクリームは週に三回までと制限されてしまったが、ルーク様の用意するその他のケーキやお菓子も充分に美味しい。
本日のメニューは芋ようかん。
サツマイモという甘い芋類を加工したお菓子らしいが、優しい味わいでとても美味しい。ソフトクリームをかけたらきっともっと美味しいはずだとピタゴラスは思う。
おやつが終わると晩ごはんの時間となり、これはみんな揃って食堂で食べる。ルーク様のごはんではないが、ふつうにおいしい。飽きの来ない味である。
夜になると、お風呂に入ったり入らなかったり。
そしてルーク様はペットのお仕事として、クラリス様の枕元で絵本を読んだりもする。ペットなのに朝から晩まで働いている。すべてはトマト様の覇道のためらしいのだが、幼女の枕元で絵本の読み聞かせをするのはトマト様関係ないと思う。ピタゴラスはかしこい。
その夜も、ルーク様はクラリス様のために絵本を読んでいた。
クラリス様は文字の読み書きは問題なくできるし、もっと難しい本もちゃんと読めるのだが、眠る前にはかんたんなお話を聞きたいものらしい。
「……ペットの猫が自作の絵本を朗読してくれるっていう状況自体が、もうその時点で楽しい」と、クラリス様はこっそりおっしゃっていた。ピタゴラスにはよくわからなかったが、リルフィ様も「すごくよくわかります……!」と眼をキラキラさせていたので、人間とゆーのは業が深い生き物なのだなぁとなんとなく察しておいた。ピタゴラスはたまにすごくかしこい。
「ねぇ、ルーク……そのお話の、『さんたくろーす』っていうお爺ちゃんは、なんのために子供達へプレゼントを配っているの……?」
「えっ……うーん。そうですね……喜んでもらって、幸せな笑顔を見たい……とかの理由じゃないでしょうか?」
枕に頭を預けたクラリス様は、しばし黙考。
「……でも、なにか目的がないと、他人の子供にそういうことはできないと思うの。しかも一回だけならともかく、毎年なんて――その人の正体はきっと商人で、プレゼントは宣伝用の試供品なんじゃないかな……? 最初の頃は無料で配ることで、その商品の知名度を上げて、必要性を顧客に実感させた上で、将来的には販売に切り替えて利益を上げるっていう――」
クラリス様はかしこい。さすがルーク様の飼い主だと思う。ピタゴラスも誇らしい。
一方のルーク様は、なぜか困惑顔だった。
「ええ……? あの、クラリス様のお考えは非常に合理的で、個人的には納得もできるのですが……このお話に関しては、そういう商売のノウハウを解説するためのモノではないですねぇ……」
「でも、ルークも王都で、トマト様のミートソースを使ってそういうことをするんだよね? 最初は無料で試食用の小皿を配って、美味しかったら買ってもらおう、って――」
「……それはそうなんですけどぉー」
ルーク様が困っている。
ピタゴラスは思った。従者として、ここは自分がルーク様を助けるべきだと!
「ルークさま。ぴたごらすもわかりました」
「……やべぇ予感しかしないけど、一応聞かせて?」
「その『サタン黒渦』さんは、きっとわるい人です。その証拠に、真夜中にわざわざえんとつからのふほうしんにゅうを繰り返しています。それでもなお捕まっていないということは、町のえらいひととゆちゃくしているはずです。おうさまとか」
「ピタちゃん? 誰からそういう言葉習ったの? 不法侵入とか癒着とか、ウサギさんには無縁な単語だよね?」
「ぴたごらすはかしこいので」
長い耳をパタパタと振り、ピタゴラスはふんすと威張っておいた。
ルーク様は腕組みをして、しばし唸る。
「うーーーーん……ええとですね。このサンタクロースさんという方は、要するに亜神のような存在なのです。もとは聖人だったのですが、それが伝説化されたとゆーか……つまり、目的は『人々の幸福』であり、商売は関係ないですし、不法侵入者ではありますが、悪人でもありません。子供達を守る神聖な存在なのです」
ピタゴラスは納得した。この瞬間に、すべてを悟った。
「理解りました、ルークさま。サタン黒渦さんは、ふほうしんにゅうしゃにして、こども達を守る神聖なそんざい……そしてルークさまも、ふほうしんにゅうしゃでやさいどろぼうでクラリス様を守る神聖なそんざい――つまりかみさまの世界では、ふほうしんにゅうしゃとはこどもを守る神聖なそんざいなのですね」
「違うよピタちゃん!? そんな間違った結論にたどり着かないで! どこの世界でも不法侵入はだいたいダメだからね!?」
クラリス様も真顔でうなずいた。
「そうだよ、ピタちゃん。『神様だから』、不法侵入が許されるだけであって、不法侵入者は神聖な存在じゃないよ? 見つけたら捕まえてね」
「わかりました、クラリスさまー」
ピタゴラスはかしこいので、過ちては改むるに憚ることがない。過ちて改めざる、これを過ちと謂うのである。
ルーク様は絵本をたたみながら、ちょっとだけ遠い目をしていた。
「……お子様の情操教育って、難しいですね……ピタちゃんは年上ですけど」
「ルークは頑張ってると思うよ? ペットなのにいろんな事業をはじめているし、忙しいのにこうして絵本も読んでくれるし」
「ぴたごらすもそう思います。猫なのにお昼寝の時間が全然なくて、たまに徹夜で作業していて、もっと寝ればいいのにとも思いますけど」
「……お昼寝……惰眠……怠惰なペット生活……なぜ……どうしてこうなったっ……」
働き者のルーク様は、肉球で頭を抱えてしまった。
当初の目論見では、ルーク様はペットらしく食っちゃ寝の生活を満喫したかったらしい。しかし、それをあますことなく実践しているピタゴラスというお手本が目の前にありながら、彼は何故か毎日のように労働を繰り返している。猫なのに。
かしこいピタゴラスにも、ルーク様がどうしてそんなにまでして必死に働くのか、よくわからない。いっそ朝から晩までソフトクリームを作り続けるだけで良いのにと思う。
クラリス様が飼い猫を抱え込んだ。
「……とりあえず、ルークは『農業に休みはない』とか言ってないで、休日をちゃんと作ったほうがいいよ? 今はもう他に働いている人もいるんだし、交代で休みはとれるでしょ?」
「そ、そうですね。それは私も、日々痛感しているところです……」
やがてクラリス様が寝入った後、ルーク様は寝台からのそのそと這い出し、ピタゴラスに声をかけた。
「それじゃピタちゃんも、おやすみー……」
「はい。おやすみなさい、ルークさま。せんえつながら、今日はもうお勉強とかしないで、リルフィ様と寝ちゃったほうが良いかと思います」
「……ピタちゃん、たまに難しい言葉も使えるようになってきたねぇ……」
「ルークさまのまねです」
ウサギも日々、成長するのである。
寝室から出ていくルーク様の背を見送りながら、ピタゴラスは思った。
亜神の従者であるピタゴラスは、ペットらしく怠惰な生活をおくっている。
一方で亜神のルーク様は、自分で仕事を増やして忙しく飛び回っている。
どうしてわざわざそんなことをするのか、不思議ではあるが、それはきっと「生き甲斐」というものなのだろう。ルーク様は、口では「食っちゃ寝が理想」とは言いつつ、ピタゴラスのようには生きられない性分なのだ。
そんな働き者の主に仕える身として――
せめて自分は、「ルーク様の分まで、しっかり怠けて食っちゃ寝を満喫しよう」と、賢いピタゴラスは心に誓ったのであった。
§
その夜、離れの自室でルークを迎えたリルフィは、ハーブティーを淹れながら、いつもより思案げな猫を不思議そうに見つめた。
「……ルークさん……? なにか悩み事ですか……?」
テーブルの上で丸まったルークは、肉球を軽く振って応じる。
「いえいえ、そういうわけではないのです。さっきまで絵本の読み聞かせをしていたのですが、クラリス様はお年の割に本当に大人びていらっしゃるなぁ、と改めて思ったのと、あと……ピタちゃんが、なにか私の生き方から間違った教訓を得ていそうな気がしまして、そこはかとない不安が……」
取り越し苦労が多そうな猫に向けて、リルフィはくすりと笑いかける。
「その心配はないと思いますが……ピタゴラス様は、神獣でありウサギです。人を敵視しない限りは、どのような生き方をされても良いお立場のはずですし……ルークさんが思っているより、ちゃんと物事を深く見つめている気がします……」
「……まぁ、本質的には賢い子だと思うのですが……なんかこう、賢さの方向性が、自堕落怠惰な向きへと偏っていそうな懸念がありまして……」
「そこはまぁ……やはり動物ですから。むしろ、ルークさんが働き者すぎるだけかと思います……ここしばらくは、かなりお疲れのようですし……」
「……そ、そんなに疲れてそうに見えますか……?」
「はぁ……農作業の時は生き生きとされていますが、事務作業の時は……たまに眼がどんよりと濁っているというか……そ、そんなルークさんもかわいいです、よ……?」
猫は自省した。忙しさにかまけて、ペットにあるまじき醜態を見せていたらしい。
ペットとは愛玩動物である。まず第一に「かわいさを振りまく」という重大な業務があり、これを疎かにしてデスクワークに勤しむなど、ペットとして本末転倒、言語道断の悪辣な所業であった。
「…………お気遣いいただき恐縮です。そうですか……やはり事務員……次は事務員を確保せねば……」
ルークは思想的な改革(昼寝の優先)を先送りにして、現実的な対処法(人材の拡充)を思案し始める。
事業を手放して暇になる、という発想は彼にはない。
トマト様の覇道に邁進するルークにとって、その選択肢はありえないのだ。
この猫が、いずれは人事や人件費や設備投資にも思い悩む将来を予測して――リルフィは何も言わずに、そっと労いのハーブティーを差し出したのだった。
終
めりー……(ΦωΦ)ノ
お仕事の方はお疲れ様です。
自分も延々と書きものをしていますヒャッハー(*゜∀゜)




