128・猫の引越し業者
ドラウダ山地への移住に関して――
村長のワイスさんは即決だったのだが、逆に俺のほうが「さすがに性急すぎるのでは」と尻込みしてしまい、村の方々とお話する機会を設けていただいた。
結果、移住そのものに反対する方は0。
……ライゼー様は「それでも捨て難いのが故郷だ」とか仰っていたのだが、どうも有翼人の方々にとって、この地は「故郷」というより、完全に「檻」のような感覚だったっぽい……
ただし、懸念材料はもちろんあった。
四十代そこそこのキレイ系な有翼人女性が、俺の前で泣きそうな顔をしている。
「あの……うちの息子は、兵にとられておりまして……ルーク様がお救いくださるとうかがいましたが、本当に……?」
そう。里から徴兵されている若者がいるのだ。
これについては、里に来る前から案を用意しておいた。
「はい! キルシュ先生に、お名前と特徴をリストにまとめるようにお願いしてありますので、先生のほうになるべく詳細に伝えてください。一応、三十人前後とうかがっていますが……キルシュ先生が捕まった後にも、また増えました?」
村長のワイスさんが首を横に振る。
「い、いえ。増えてはおりません。シャムラーグ以外にも、三十三人の若者がこの村から徴兵されております。ただ、任地などは軍機に触れるためか、我々にも知らせがなく――手紙も届きませんし……」
「そのあたりは私の能力でなんとかします。幸い、有翼人の方々には『翼』という大きな特徴がありますし、見つけやすいかと」
これについては、二十人分くらいはすでにシャムラーグさんが把握している。所属が変わっていなければ――という前提はつくが、彼もまた徴兵されていた身で、しかも諜報系の人員だったため、仲間の情報は得やすかったらしい。
残る十数人についても、シャムラーグさんの推測とサーチキャット、さらには『じんぶつずかん』を駆使すれば、ある程度は捜索地域を絞り込めるであろう。
本人の情報を深く探るには、俺が本人をこの眼で見る必要があるが、「関係者」の近況欄から間接的に得られる情報がとにかくでかい。
たとえばこの里に残っている母親の近況欄を覗けば、「徴兵された息子の◯◯は、どこそこで労働中」みたいな記述が普通に出ているのだ。
じんぶつずかんさん優秀すぎない……?
そして、虐げられている有翼人はこの里の方々だけではないはずだし、なんとかして差し上げたいのは山々なのだが……今回作る集落には、さすがに受け入れ人数の限界がある。やはり最終的には、このレッドワンドという国をどうにかせねば――
……などと、猫の身には過ぎた思惑もないわけではないのだが、たとえば魔族さんのように「ぶっ壊して後はぶん投げ♪」みたいなことをすると、さらに状況が悪化しそうな懸念もある。
為政者とは、良い意味でも悪い意味でも民衆の暴発を防ぐ抑止力となる。
その抑止力は、良い意味では治安、悪い意味では弾圧という形で振るわれ、反政府主義者や敵国のスパイなどは「治安」も「弾圧!」と呼ぶし、権力側も権力側で、腐敗すると「弾圧」を「治安維持!」と言い換えたりもする。
加減の難しい話ではあるが、そういうのが一切なくなると、今度は悪徳と暴力がはびこる世紀末になりがちなので――必要は必要。じんるいはおろか。
たとえば今、唐突に体制が崩壊すると、各地の有力者が後釜を狙って内乱に突入したり、治安の悪化に乗じて山賊が勢いづいたり、指揮官を失った正規兵がゲリラ化したり、なんやかんやとやべーことになりそうである。ブルトさんから聞いたロゴール王国とやらの情勢が、まさにそんな感じだ。
事を起こす前に、先に「落とし所」を考えておかねばならない。そして残念ながら、今のルークさんにはそこまで考えるだけの知識も知略もない――
ここから先は、賢者と有識者の助力が必要である。
ともあれ、まずはこちらの皆様の生活を安定させねばなるまい。
「では、ひとまず皆様を現地に送りたいのですが――各自のご家庭に戻って、一緒に持っていきたいものをまとめてください。重いものや家具類も普通に持っていけますので、『全部』という指定でもいいんですが、隠してあるモノとかはわからないですし、こちらで荷造りすると見落としがあるかもしれませんので……あ! それと人数分の寝台がありませんので、これは忘れずに持っていきたいです。その後は、世帯ごとに転移魔法で現地へお送りします。人員の漏れがないように、村長さんは私の案内を。それからキルシュ先生も一緒についてきて、転移させた方々のチェックリストの作成をお願いします!」
この期に及んで転移漏れとかが起きるとさすがにね……狭い集落なのでみんな顔見知りであるが、だからこそ、油断すると「あれ? ◯◯いなくね?」という見落としが発生しないとも限らない。
「シャムラーグさんは先に遺跡へ戻しますので、現地での受け入れ準備と、転移してきた方々の案内をお願いします。ピタちゃんも一緒に行ってくれる?」
「はーい!」
神獣であるピタちゃんは、山の獣達と意思疎通が可能である。
余所者なので最初はケンカを売られたりもするが、力関係をわからせれば相手を追い返すのは余裕。
ついでに近隣の落星熊さん達とはもう顔合わせが済んでおり、一緒にお昼寝できる程度には信頼関係を構築できた。
戦闘力、頑丈さ、保温性能はピタちゃんのほうが上であり、賢さはおそらくほぼ互角――かわいさの判断は個人の美的感覚にも左右されるだろうが、こちらも良い勝負である。
ちなみに「レッパン+ピタちゃん+レッパン」の三層で折り重なると……とても暖かそう。(まめちしき)
そして俺は、村民の皆様が見守る前で宅配魔法を行使した。
「猫魔法! キャットデリバリー!」
「ニャーン」
作業着姿の猫さん達が、でっかいダンボール箱をシャムラーグさんとピタちゃんにかぶせ、一瞬で梱包。
しかるのち発送!
この迅速さ、もはや職人芸である。
ちなみに最近、ダンボールに肉球のロゴがついた。ルークさんは何もしていないのに、着々と進化している……
有翼人の方々からどよめきが上がった。
「すでにシャムラーグさん達は向こうに着いています。こんな感じで皆様と荷物をお送りできますので、どうかご安心ください!」
村長のワイスさんが震えていた。
「こ、これが……これが、神の御業……!」
いえ、物流サービスです。
その後、各世帯を順番に回ったが、木材が希少な環境のせいか、家具類はほぼ見当たらず――住居が岩屋なので、棚なども石壁をくり抜いて作られていた。
土鍋や土器などはまあまああったが、ベッドなどは藁をまとめただけの有様。
うーん……寝台は向こうの木材で拵えるか。
ちょっと失礼かもしれないが、ここで一つ疑問が。
家々を回りながら、ワイスさんに質問だ。
「あのー。皆様の羽って、たまに生え変わるんですよね? それを寝具に使ったりはしないんですか?」
「はぁ。現金収入が貴重ですので……行商人に売ってしまうのです。特に今年は、この旱魃で他に売れるものがなく……」
そういう事情だったかー……
当分はこのまま、藁のベッドで対応するしかあるまい。
ただ、彼らは寝るとき、自らの翼で身体を覆って保温できるので、見方によっては常に寝具を背負っているようなものである。
また一般に、寝具に適した羽毛はアヒルや鴨などの水鳥系であり、ニワトリや鷹、フクロウのような陸鳥系は品質に劣ると言われるが――
有翼人さんの羽は、さすがに部位の都合で「ダウン」(芯がない胸元の羽毛)こそないものの、一枚一枚が非常に大きくふわふわである。
水鳥系だか陸鳥系だか判別はつかぬが、寝心地は実に良い。農作業の休憩中、シャムラーグさんの背中で一休みさせていただいたこともあるルークさんは、すでにその事実を知っている。スヤッスヤであった。
さて、里の皆様のお引越しは、荷造りの必要もほとんどなく、キャットデリバリーの大活躍もあって、想定以上にテンポよく進んだ。
「これで全員ですね!」
「はい。あとは我々だけです」
発送がほぼ終わり、残ったのは俺と村長のワイスさんとキルシュ先生。
クラリス様とリルフィ様には、すでに猫カフェで待機していただいている。
「キルシュ先生、書き置きとかメッセージとか必要ですかね?」
「いえ、何もしないで良いでしょう。状況から見て逃亡を疑われるでしょうが、山賊の襲撃とか想定外の異変という線も考えられる形にしておくことで、『何が起きたか』をはっきりさせず、役人達の判断を迷わせることができます。事なかれ主義の役人ならば、『旱魃で全滅』という結論で済ますかもしれません。あと……」
我々以外の人影などもちろん皆無なのだが、キルシュ先生は少し声をひそめた。
「……収容所から私とエルシウルが脱した時点で、私と『魔族のオズワルド様』に強い縁があると、レッドワンドの上層部は勘違いをしているはずです。そして、私が滞在していたこの里がこういう有様となれば……まぁ、なんらかの関係はあると判断されるでしょう。魔族の怒りに触れて全滅させられたか、あるいは逆に救われたか、どちらにしても、『この件には関わりたくない』という結論に達しそうな気がします」
ああー……そういや、オズワルド氏に威圧してもらったっけ……あの一件がこのタイミングでも影響力を持つとは、わからぬものである。
村長のワイスさんが不安げに俺を見た。
「じゃあ、後は――徴兵された連中の救出ですね。何か我々にも、お手伝いできることがあれば……」
「いえ、リストを作っていただくだけで充分です! 地理情報に関してはシャムラーグさんとキルシュ先生もいますし、隠密行動になりますので」
「ええ。村長、救出は一人ずつではなく、全員の居場所を調べた上で、ある程度まとめて一斉にやる予定です。ルーク様にはそれだけのお力がありますし、一人ずつ順番に逃がすと、その間に軍部から異変に気づかれるおそれもありますので……この集落の集団失踪が発覚するまでに一、二ヶ月くらいは猶予がありそうですが、救出リストの作成を今日、明日中におこなって、そこから一週間前後を目処に決行したいですね」
ワイスさんの頬がひきつる。
「い、一週間……そんな短期間で……!?」
「あくまで予定ですが……ルーク様、いかがでしょう?」
「んー。やってみないとわかんないですけど、たぶんいけるかと!」
これもキャットデリバリーさんがいればこその作戦である。見つけた人に順次、こっそり一匹ずつ猫さんを張り付かせて、遠隔地からの俺の合図で一斉に発送!
これなら一人一人に事前に説明する必要もない。真夜中とかに問答無用でドラウダ山地に送りつけた後、ご家族から事情を説明してもらえば良い。
たかだか三十三人、しかも全員がバラバラではなく、同じ部隊に所属している方々も多い。一週間というのは、割と余裕をもったスケジュールで……ほんとに? 徹夜前提とかになってない? キルシュ先生、ルークさんの勤労精神を過大評価してない……?
しかしまぁ、一日あたり五人で計算すれば……うん。隠れ家に潜伏しているわけでもないし、護衛が厳重なVIPとかでもないし、同郷のシャムラーグさんも全員の顔を見知っているわけだから、なんとかなるとは思いたい。あとはサーチキャットさんの広範囲捜索も頼みの綱である。
ついでにそのサーチキャットさんを使って、集落内に他の人が残っていないことを確認し――
最後に俺は、誰もいなくなったがらんどうの集落を眺めた。
目に入るのは乾いた岩や土、そして崖に作られた石窟の住居――数少ない灌木や雑草すらほとんど枯れ果てている。
ほんの一時間ほど前まで、ここに三百人以上の有翼人が住み暮らしていたとは思えない寂しさだ。
村長のワイスさんも、少し寂しげであるが――
今、彼の目は、石で組まれた空っぽの祠を見ていた。
そこにはさっきまで、この里の守り神である「猫地蔵」様が鎮座していた。「この像は絶対に持っていきたい」とお願いされたのと、クラリス様とリルフィ様にまで「これは絶対に持っていくべき」と主張されたので、丁寧に梱包したが――キジトラ柄ではなかったものの、確かに体型は俺そっくりであった。
一応、遺跡では落星熊さんを信仰してもらう予定だが、それを理由に今までの信仰を禁じるというのはさすがに行き過ぎなので、神話の捏造に関しては専門家のキルシュ先生にお任せしている。
熊と猫の両方を信仰している、みたいな感じにするらしいが、そもそもこの世界では複数の「亜神」なんぞが歴史に絡んできたせいで、一神教が成り立たず、ほぼ全域が多神教である。民間信仰ならばなおのこと、不自然ではあるまい。
しかし熊と猫……熊と猫か……確か前世ではパンダが熊猫・大熊猫で、レッサーパンダは小熊猫だったか……「いやアレ、さすがに猫じゃねぇだろ」とは思うのだが、実は中国でも昔は「猫熊」という表記だったらしい。
ところが、近代に入ってからのパンダ展にて、博物館側が横書きで「猫熊」と書いたら、来場者が「熊猫」と左右逆に読んでしまい――それが広まったという説を見かけたことがある。
ウソかホントかはわからぬが、その勘違いの影響を受けていない台湾では「猫熊」のままだというから、言葉の変遷とゆーのはおもしろい。
いや、パンダの話はどうでもよい。落星熊さんは柄がレッパンに似ているというだけで、種としては別モノである。試しにタケノコとか笹をあげたら「これおいしー!」と大好評であったが、あくまで別モノである。なんなんあいつら。でかい愛玩動物か? 俺よりペット適性高くないか?(嫉妬)
それはそれとして、有翼人さんには今後、猫地蔵と並べて熊地蔵も信仰の証として作っていただきたい。
仲良く並び立つ猫とレッパンの石像……いや、ドラウダ山地では木材が豊富だから、木彫りでも良いかもしれぬ。
木彫りの熊……鮭……特産品……うっ……頭が……ッ。
……数年後、有翼人の里のお土産用特産品として、「木彫りの落星熊」と「木彫りの猫さん(トマト様所持)」が、ご当地ゆるキャラ的に大流行するのだが――
そんな未来について、今の俺はまだ知るよしもなかった。
コミックポルカとピッコマにて、三國大和先生のコミック版・猫魔導師の第8話(前編)が本日掲載されました!
料理人ご夫妻から異世界の調味料事情をリサーチする猫さん……
同時に砂糖の大量生産に危機意識を持つ猫さん……
さらにチーズの醤油漬けを貪る猫さん……(※塩分過多)
年末年始のお供に、ぜひご査収ください。