13・超越者さん再び
「あれ、根来さん? ずいぶんお早いお戻りですねー」
気づくと白い空間にいた。
目の前には猫。
白い猫。
白い背景に埋没してしまいそうだが、なんか未来的な雰囲気の曲線多めな机に陣取っている。ついでに、周囲にはサイバーっぽく画面だけがいくつも宙に浮いている。
姿は初めて見るが、その声には聞き覚えがあった。
「………………………………超越者さん?」
「はーい。こんにちは。えっと……わ、まだ降りてから四分? 早すぎますよー、根来さん……あ! 名前変わってる! ルークさん? へー、いいお名前をもらいましたねー。ルーク、チェスの駒だと城、戦車……縦横無尽に戦場を駆け回り、時に王を追い詰める。うん、ぴったりだと思いますよー。あ、でも森の熊さん達と合流して人類を討伐するルートにはいかなかったんですねぇ。そっちが本命だったはずなんですけど」
なんかやべぇこといってんぞ、この超越猫。悪いほうの予想当たっててドン引きだよ。
「……ええと……なんで俺、ここにいるんですかね……? たった今、お庭でお星様を眺めていたはずなんですが……」
「え? だって使ったじゃないですか、“アカシック接続”。両手の肉球をぴったりあわせて、私達に向かってお祈りすると、精神体が飛ばされるってゆー――あれ? 使い方、言ってませんでしたっけ?」
「初めて聞きましたね!」
若干キレ気味の俺。
アカシック接続ってつまりあれか! 超越者さんと俺をつなぐホットラインか!
「いやいや、そんな単純なスキルじゃないですよ? お祈りが私達宛てだったからここに飛ばされただけで、機能は他にも色々ありますって。最近実用化の目処が立ったばかりの最新技術、転生者ではなんとルークさんが実装第一号です!」
ガチのじっけんどーぶつ!
……あと、普通に頭の中、覗いてくるんスね……
声にしていない思考に返事をされて、ちょっとビビる小心者のルークさん。不用意なことは考えないよーにせねば。
白い超越猫さんはニヤニヤ笑っている。
「アカシック接続とゆースキルは、この空間……つまりみんな大好きアカシックレコード末端への、世界の境界を越える接続パスです。ただしルークさんはまだ権限が低いので、接続はあくまで限定的ですね。それでも人類ごときの叡智なんて足元にも及ばない情報の宝庫ですし、ルークさんくらいの頭であんまり深層に触れすぎると発狂しちゃうはずなので、権限が低いのは安全装置だと思ってください」
膨大な情報量に耐えきれず人格崩壊、って、叡智を求めすぎたラスボスにありがちなオチだよね……気をつけよう。
「ところで、実装第一号とのことですが……やっぱり俺以外にも、何人か送り込んでます? なんか俺と同じ世界から来た人が、歴史上に何人かいるっぽいんですけど。あ、もちろん人間の姿で」
超越猫さんが可愛らしく首を傾げた。
「えーと、どうですかね。うちは猫主体なので、猫さんとか動物の転生についてはいろんな界隈に割と手配してますけど……あ。レポート見ると、我々とは別ルートからもちょくちょく行ってるっぽいですね。異空間への移動ができる種族って、多元宇宙にはそこそこいるんですよ。組織に属さないフリーの人達もいて、その人達がたまに何かやらかすと、現地の人達から“神様”とか“悪魔”とか“宇宙人”とか勘違いされたりしてますね」
「ははあ。フリーの人達……?」
「いろいろですよ。うっかり真理に到達して、人間を超えちゃった元魔導師さんとか、何かのきっかけで意志を持っちゃった星とか、あと異世界に渡る習性を獲得した変な生き物とか、そこそこの力を得て自分らを神様と勘違いしちゃった残念な人達とか……私達が種をまいたものもありますが、そーじゃないのが大半です。いやほんと、生き物の進化って面白いですよねぇ」
おっと、マッドサイエンティストみたいなこと言い出したぞ?
「亜神のルークさんもいずれ、そういう存在になっちゃうかもですよ。いま言ったフリーの人達の中でも、アカシック接続ができる存在なんてほんの一握りですから。私達も完全に使いこなしてるわけではないんですけど……あ、ルークさんがもう使用している“コピーキャット”、あれもアカシック接続を利用した能力なんです。今までにルークさんが食べたことのあるもの、肉体が記憶したそのデータを、アカシックレコードから拾ってきて、概念的にそこそこ近い素材を通じて再現するとゆー……使い勝手、どうですか?」
「薪をケーキに変えたりとか、凄すぎて怖いくらいです……副作用とか罠とか回数制限とかないですよね?」
「んー。出てきたものを人間に与えた場合、糖分をとりすぎると太るとか、塩分をとりすぎると高血圧にとか、そういうのはあるかもですね。基本的にはルークさんが食べたことのあるもののデータを、食べる前の形で再現しているだけなので、成分もそのままです。
大きさは結構、融通が利きますが、素材と変換先の大きさがあまりに違いすぎると無理ですね。一粒の大豆をスイカの大きさに! みたいなことはできませんが、小玉スイカを大玉に、くらいなら問題ないはずです。
あと、回数制限とかはないですが、他の制限は……あ! 植物は生きた状態で再現可能なんですが、動物を生きた状態で再現するのは無理なので、そこは諦めてください。たとえば牛とか鳥とか魚とか、調理前の生肉の状態にはできますが、生きている状態にまでは戻せないのでご注意を。もちろん人間なんて論外です」
……「食って死者蘇生」みたいなヤバい事態は避けられそうで安心した。つか、思いつきもしなかったよそんな使い道!
「このコピーキャットって、要するにアカシック接続を介したクローン技術みたいなものなんですが……一つ、どうしても解決できない問題があってですね。再現の経路に、対象の“思考のノイズ”が混ざった時点で、100%失敗するんです。つまり、たとえわずかでも“脳のある動物”の場合、生きている状態には戻せないとゆーことで。細菌とかウィルスとかミドリムシあたりまではイケるんですが、ダニぐらいの虫になるともうダメでした。これは仕様、あるいは現時点での技術の限界なので、こちらでもどうしようもありません」
「……や。現時点でも充分チートですけどね……?」
「あ、同じ理由で“生きている動物”を素材にすることもできません。つまり“生きた人間をお菓子に変える”とか、そういうこともできません。残念ながら」
残念じゃねぇよ。むしろそれこそ安全装置だよ。仕様に感謝だわ。
「しかし改めて、とんでもない能力ですよね……?」
「まあ、物質界での再現に成功したのは、私達にとってもなかなかの驚きでした。あと他に、初心者向けで使い勝手が良さそうな機能は……あ、コレですね!」
目の前に、いきなり二冊の本があらわれた。
装丁が、なんとゆーか……子供用の絵本っぽい。
「……じんぶつずかん……どうぶつずかん?」
タイトルがひらがなだ。
「これを使えば、ルークさんが出会った人間や動物の、能力とか性格とかいろいろ簡単に調べられますよ。アカシックデータベースのままだと、細胞分裂の状況とか心臓の鼓動のタイミングとか不要な情報量が膨大すぎるので、こちらはあくまで抜粋になっています。この本はルークさんにしか見えないので、他の人に覗かれる心配はありません」
「ほほう?」
開いてみた。
あ、リルフィ様だ。えーと……3サイズ……? ……え? マジ? えっ。ちょっ。ええっ!?
……理解した。超越者さん達に「プライバシー」という概念はないっぽい。猫だしな。
あと見やすい能力値も表示されている。どれどれ。
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■ リルフィ・リーデルハイン(19)人間・メス
体力D 武力E
知力B 魔力B
統率E 精神D
猫力92
■適性■
水属性B 神聖C
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……思ったよりいろいろ低め? 成長途上ってことかな?
「いえ、その人は割と高めだと思いますよ。ちなみに大多数の平均値が“D”だと思ってください。厳密な意味での平均ではなくて、むしろ中央値とか、いわゆる“普通”の範囲とでもいったほうがいいかもですが……とにかくDが平均的で大多数のレベル、Eが弱め。Fまで落ちると日常生活に支障がある“寝たきり”とかの状態です。生まれたばかりの赤ん坊も、体力・武力・知力・統率は概ねFになります。で、上のほうは、Cでまぁまぁ、Bで優秀、Aで達人、Sだと神話の英雄クラス、という感じです。A以上は滅多にいませんね」
ふむ。「容姿」って項目があったら、リルフィ様は間違いなくSだろーが、知力や魔力、水属性の適性はB、つまり「優秀」評価ということか。統率が低いのは人見知りのせいかな……
「たとえば武力Aなら“その国で十指に入る強者”とか、“大きな闘技場のトップ3”とか、そんな感じです。ついでに、“武力”はあくまで肉体を駆使した戦闘能力のステータスなので、魔法による攻撃・防御能力の強さは“魔力”の項目に反映されます。
それから適性については、メインのステータスと違って種類が膨大なので……“D”以下の場合は、一般レベルとゆーことで省略されています。表記されるのはC以上から。とゆーわけで、知力と魔力がBで、なおかつ適性が二種類もあるのは、人としてはかなり優秀ですよ。猫力が非常に高いのもいいですね。MAX100です」
「…………それ、スルーしようかとも思ったんですけど、“猫力”ってなんです?」
「猫に対する忠誠心や好意を数値化したものです。運命点にボーナスがつきます。この数値が低いと惨たらしい死に方をしちゃったりしやすいので、高いに越したことはないです」
超越猫さん、やりたい放題だな!
ともあれ「できること」として例示されたこの「じんぶつずかん」、リルフィ様が俺に使った「魔力鑑定」と違い、魔力以外の要素も総合的に、しかも評価つきで見られるようだ。
「あ、ルークさんのも見ておきます? どうぶつずかんのほうに載ってますよ」
「………………はい」
じんぶつずかんに載ってないのが地味にしょっく。
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■ ルーク(0)亜神・オス
体力D+ 武力D+
知力C 魔力S
統率C 精神A
猫力74
■適性■
猫魔法S 神聖S 暗黒S
全属性耐性S 精神耐性S
■特殊能力■
・コピーキャット ・アカシック接続
・獣の王 ・能力錬成
■称号■
・奇跡の導き手 ・猫を救いし英雄
・風精霊の祝福 ・トマトの下僕
・英検三級 ・うどん打ち名人
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いろいろチートなのは、もう知ってたからいいとして………………俺、0歳児だったのか……
体はたぶん成猫なんだけどな……
「体力武力にプラスがついてますけど、これって“平均よりちょっとマシ”って意味ですか?」
「いえ。特殊能力の影響などで、大きく変動する可能性がある場合に、“+”とか“−”がつきます。ルークさんの場合、“獣の王”が真価を発揮した時に、体力と武力がAやSくらいまで跳ね上がるはずです」
む。それは気になる!
「つまり……何かの条件で覚醒したり変身したりとかですか? たとえば虎になったり?」
「あ、姿は変わらないです。でも種族が“亜神”の獣が“獣の王”を習得していた場合、“激怒”によって“獣神”が発動します。なのでルークさん、怒るとものすごい強くなりますよ! 暴走状態とかバーサーカーとも言いますけど。周囲をガンガン巻き込むので気をつけてくださいね。あたり一帯、血の海です!」
……それは事前に言っておくべきことじゃないかなー、って。
しかし“獣の王”は通常時でもヤバそうなのに、さらにヤバい要素があるのか……
他の記載事項は魔力鑑定の結果と概ね一致していそうだが、精神Aは意外だな……俺のチキンハートはもっと脆そうなのに。
「それは“精神耐性S”の影響です。逆に言うと、精神耐性Sなのにステータス上の精神はAに下がってしまうくらいのチキンハートって意味ですね!」
ディスられた!
でも納得した!
「仮に“精神耐性S”がなかったら、ルークさんのステータス上の精神はDかCってところでしょう。ステータスは総合力で評価されるので、ちょっと実情にそぐわないこともあるんです。たとえば攻撃系の魔法能力がAクラスでも防御系の魔法能力がDクラスだったりすると、総合的な魔力の評価は間をとって“B”になったりします。そのあたりはステータスだけでなく、ページをめくって生い立ちとか近況とか特徴も確認していけばわかりますよ」
超越者さんが、デスクの湯呑からお茶を呑んで一息ついた。サイバー空間っぽいのに所々がレトロなのは趣味だろーか。
「ルークさんの知力もまさにそれです。貴方は前世の記憶があるので、新しい世界で役立つ知識をたくさん持っている反面、新しい世界での常識をまったく持ち合わせていません。だから総合評価が差し引きでCになっています。これから知識を順調に得ていけば、アカシック接続の影響も込みで、ここの評価は数年以内にAに変化するでしょう」
なるほど。偏差値50、しかしてその実態は英語70、数学30みたいな話か。得意分野と不得意分野の平均値で算出されてしまうなら、このステータスだけを見ていろいろ判断するのは確かに危険だ。
「あとは本来の魔力がS並でも、適性がなくて魔法をほとんど使えないせいでB以下の評価に、なんて例もあります。表示されている評価は、適性を反映させた後の数値なので……ぶっちゃけ、ステータスより適性のほうが大事なんですよ。その点、ルークさんは何も問題ないですね」
適性が大事かー。俺はなんてったって「猫魔法S」だしな!
………………うん。これが大問題である。
「あの、その適性についてなんですが……“猫魔法”ってなんなんでしょう……? 使い方はもちろん、効果も何もさっぱりわからないんですが」
「…………えっ!? 知らないんですか、猫魔法!? 幼稚園で習いますよね!?」
超越猫さんがフレーメン反応をした。いやそれ、別にびっくりした時の顔ではないからな?
「習ってないです。そもそも超越者さん達の幼稚園に通ったことがないです」
「ええー……あっちの世界の人間ってそこまで無知だったんですか……あ、でもルークさんの前世って、魔法とかない劣等宇宙でしたっけ? 近くの恒星が膨張した程度でもあっさり滅んじゃいそうな感じの。じゃあ仕方ないかぁ……」
どんだけ高次元の存在なんだこの猫共。
白い超越猫さんが肉球でポンポンと空中の画面を叩いた。
すると俺の前に説明用の動画が展開される。わぁ、サイバー。縁取りが三毛猫柄でなければ。
「ええと、猫魔法っていうのはですね。あらゆる魔法を猫にイメージ変換することで、魔力効率を最適化しつつ、威力その他のパフォーマンスを爆発的に引き上げる猫専用スキルです。たとえばほら、火球ってあるでしょ? あの火の玉を猫の形状にすることで、威力を桁違いにした上、追尾能力なんかも付加できます。具体的には魔法を使用する際に、“炎でできた猫”をイメージするんです。他にも氷の猫とか雷の猫とか、バリエーションは自由自在! ルークさんは更に“能力錬成”のスキルもあるので、新しい猫魔法もどんどん開発できるはずですから、戻ったら試してみるといいですよ」
……ファンシーだな?
いや、展開されてる動画、アニメ絵で炎の猫と氷の猫がじゃれあってたり、やたら可愛いんだけど……そこはかとない狂気も感じる。
「う、うーん……なんとなく、わかりました。また聞きたいことができたら、“アカシック接続”でこちらにお伺いしてもいいですか?」
超越猫さんが不思議そうに首を傾げた。
「それは別にいいですけど……こっちには、あんまり頻繁には来ないほうがいいんじゃないですか? ルークさんのいるあっちとは時間の流れ方がちょっとだけ違うので、ここでの一分は向こうでの一日に相当します。ルークさんがここに来てから、ええと……七分くらい経っているので、向こうではもう一週間経ってますね」
「………………はい?」
…………HAHAHA。超越者さんのジョークは心臓に悪い。
ウラシマ効果か竜宮城かわからんが、そんなSFみたいなそんなまさか。
………………え? は? うそでしょ? 一週間? 放置? クラリス様と? リルフィ様を? トマト様も?
青ざめた。
毛並みとか一切関係なく真っ青に青ざめた。あまりの恐怖に血の気が引いて、体毛がぶわっと逆立つ。
「かかかかかかか帰ります! すぐ帰ります! むしろ時間戻して! つか本体! 俺の本体どーなってるの!? 無事!?」
超越猫さんは、明らかな営業用スマイルを浮かべた。
「意識が精神体になってこちらへ来ている間、肉体のほうはふつーに睡眠状態になってます。あと、時間を戻すのは無理ですね。成功率がバカみたいに低い上に、失敗すると宇宙が一つ丸ごと消し飛んじゃうので、天地創造の時くらいしか許可おりないんですよ。ルークさんのいる宇宙はまだ寿命が確定してないですし、そちらの星の最寄りの恒星もあと二百億年くらいは問題なさそーなので、いま壊しちゃうと始末書面倒なんですよね……」
それが始末書で済むことにびっくりだよ……!
「か、帰る方法教えてください! 時間は戻さなくていいので! やばい! やばい! クラリス様ぜったい泣いちゃってるっ!」
拾ってきたばっかのペットが翌日からいきなり昏睡状態とか、俺でも泣く。いたいけな幼女様のトラウマになるのは勘弁だ!
白い超越猫さんが、俺の背後あたりを爪で指し示した。
気づけばそこにぽっかりと黒い穴が空いている。
「出口はそちらになります。飛び込めばOKです。じゃ、さよーならー。あ、ここシフト勤務なんで、次においでの際は私以外の職員が対応するかもしれません。それではルークさん、引き続き良い猫ライフをー」
「失礼しますッ!」
挨拶もそこそこに、俺はダッシュで黒い穴に飛び込んだ。
すぐさま視界が暗転し、そして……
目覚めた先は、夜だった。