125・おねがいキルシュ先生(※遺跡の捏造)
「……私としては、古代ネコ文明を推したいところですが……」
「いえ。古代クマ文明でお願いします」
「……わかりました。アレンジを加えて、上手くでっちあげましょう」
その夜、猫と考古学者の悪巧みは、着々と進行しつつあった。
「……とは言いましたが、『文明』レベルでの捏造はかえって不自然ですし、リアリティもなくなります。あくまで小規模な集落単位の落星熊信仰の遺跡という形にして、『かつてここに、遠方からの移住者がいたらしい』くらいのレベルに落とし込みましょう。ルーク様のご意向には最大限、留意しますが、私も学者の端くれですので、後世の学者達をあまり混乱させたくありません。『あってもおかしくないもの』、それでいて『研究の対象とするには物足りない』というラインを狙いたいと思います」
「はい、そのあたりのさじ加減はお任せします。とりあえず『自然に拠点化できるだけの下地』を整えた上で、それっぽい理由付けができれば充分なので」
ランプの明かりの下で、キルシュ先生はにっこりと頷いた。
ドラウダ山地での第一次調査後。
リーデルハイン領に戻った我々は、みんなでバーベキューの晩ごはんを済ませてから解散した。
ケーナインズの皆様には晩ごはんの前にお風呂もご用意したが、シィズさんから「もうここに住みたい……」という無意識の独り言を引き出せたのは収穫であった。
ええんやで?(ニッコリ)
そして夜、俺はキルシュ先生の元にお邪魔し、「遺跡を改造した拠点」の設計について、こうしてご相談をしている次第である。
なお、クラリス様やリルフィ様やアイシャさん、ピタちゃんはお屋敷で女子会。ウィル君も今夜は実家に戻ったため、この場にはケーナインズリーダーのブルトさんにだけ同席してもらった。
ぶっちゃけ、キルシュ先生は考古学者で俺は猫。この場で多少なりとも建築関係の知識を持っているのはブルトさんだけなのである。
キルシュ先生はそれこそ講義のような口調で話し続けた。
「一般的に、遺跡は植物系と鉱物系……もっとわかりやすく言えば、『木造』か『石造』かに分けられます。木を使った遺跡は土に還ってしまうため残りにくいのですが、それでも土台にだけ石を使っていたり、柱の穴が残ったり、あるいは化石化した木が発見されたりと、多少の痕跡は残ります。墓地などがあれば人骨や獣骨も残りますね。一方、建材に石を使った遺跡はまるごと後世に残りやすいですし、そのまま砦に改造されることもあります。ネルク王国ではどうだかわかりませんが、レッドワンドでは、多くの遺跡がそのまま砦として流用されていました。『後世に残っている』という時点で『災害に巻き込まれにくい場所である』という証明にもなりますから、学術的価値の云々を無視すれば、それなりに合理的な判断です。今回、捏造するのもこちらですね」
なんだかとても楽しげ。専門分野のお話ができるのは久々なのだろう。
「で、一つ目の問題が、『良質な木材が大量に採れる環境では、それを利用した木の文化が生まれやすい』という点です。石に比べて、木材は耐久性に劣るものの、加工が容易です。そういう環境でわざわざ石の建築物を残すとなると、その理由は王威を示すためとか、宗教的な象徴とか、防壁にするなどの理由でより高い耐久性が必要だったとか……なんらかの理由づけが欲しいところです。今回の場合、『落星熊に対する信仰』という理由づけを使えますから……やはり遺跡からも熊をイメージできるほうが望ましいでしょう」
「そうですね」
キルシュ先生が紙の上にペンを走らせる。
そこに描かれたのは、かわいらしく簡素にイラスト化されたレッパンさん。
「水を確保する目的で、水路も作りたいとのことでしたので――まず上空から見た時に、堀が熊の顔の形になるようにしましょう。このように。耳の部分を沐浴場や水場にしても良さそうですね。眼のあたりは篝火を灯せる祭壇に。こうすることで、夜に眼を光らせることができます」
キルシュ先生……?
「顔の模様の再現は植栽でも対応できそうですが、ここはあえて石作りの屋根をつくり、影を立体的に際立たせましょう。その下を居住区画や倉庫にすることで、顔の造形を崩すことなく拠点化が可能です。ゆくゆくは堀の外にも、肉球型の工房区画や商業区画を確保できるよう、あらかじめ整地しておくのもいいですね」
なんか……目つきが……恍惚と……
「胴体付近は農業区画にしましょう。野生動物に荒らされるかもしれませんが、落星熊への貢物という解釈も成り立ちます。何を植えるかはルーク様の領分ですね。毛並みっぽく再現するのであれば、果樹などでも良いかと――自給自足は難しいはずなので、あくまでメインの補給は荷馬車頼りになるでしょうし、いっそ見栄え重視で割り切ってもいいかと思います」
……キルシュ先生……キルシュ先生ーーッ!?
「あとは尻尾を道に直結させると絵面が整いそうです。少々規模が大きくなってしまいますが、全体の輪郭を水路で構成できると農業用水の確保にも便利ですね。仮に人が増えてきたら、水路沿いに住環境を整備しやすいという利点もあります。あっ。祭りの時などは、水路にろうそくを載せた舟を大量に浮かべれば、夜の闇に落星熊の姿が浮かび上がるとか……近くの高台から見下ろしたらさぞ壮観でしょう。これはやはり……ネコ文明の遺跡として再考しませんか? ルーク様への信仰の証ともなります」
「いえ、そこはクマ確定で」
ゆずれない一線である。何が悲しくて自分の地上絵などを作らねばならぬのか。しかもキジトラ柄ってけっこう複雑で面倒だし……額にMと描けば済む話ではない。
あとキルシュ先生の意外な一面を見てしまった気がするが、やっぱ猫神話のフィールドワークなんかやってた人はガチ勢なんやな、って……(※褒め言葉)
「……つかぬことをおうかがいしますが、キルシュ先生は、奥様のどのあたりに一番惹かれてお付き合いを始めたのですか?」
「また唐突ですね……? 遺跡と何か関係が?」
「いえ、何も関係はないですけど、ケモノ的にふと気になってしまったもので」
「はぁ。性格的な部分はもちろんですが……やはりなんといっても、あの美しい『翼』ですね。やわらかで、さらさらで、見た目も手触りも素晴らしいです。ルーク様もやはり気になりますか? その……猫から見た鳥、的な意味で」
「いえ。特には」
スンッ……と応じる。
誤解しないでいただきたい。有翼人さんにファンタジー的なロマンは感じるが、「あの手羽先、美味しそうだな……」とかは決して思わぬ。しかも他人の奥様である。ルークさんはそこまでヤバい猫さんではない。
……が、キルシュ先生は思ったよりヤバい人であった。わりとどうぶつすき?
無言で流れを聞いていたブルトさんが、控えめに手をあげた。
「あの……ちょっと気になったんですが、今回作る予定の拠点って、何人くらいの受け入れを想定しています?」
「そこが一番の悩みどころなんですよね……立地上、いきなり大量の冒険者が来てくれるわけでもないでしょうし、しばらくはリーデルハイン騎士団の方々にも手伝ってもらって、試行錯誤していきます。とりあえず、十人~二十人くらいの冒険者が、そこそこ快適に滞在できるくらいのものを作れれば、と――つまり山小屋的な施設から始めて、集落にできるかどうかは今後次第、という感じです」
山小屋の管理人として考えると、常時滞在は数人程度でも良いのだが、さすがに危険である。
かといってヘタに人数を増やしても、生活は不便だろうし、落星熊さんに襲われたら全滅確定……一応、森のクマさんには改めてきっちりとお願いをするつもりだが、それでもいずれは事故や間違いが起きるであろう。
それらを予見した上で、必要な先回りをしておくのが正しい責任というものである。
キルシュ先生が、ふと鼻筋を歪めた。
「……いや、これは、さすがに……」
漏れた独り言を、俺は聞き逃さない。
「キルシュ先生、今はアイディア出しの段階です。検討は後回しにして、思いついたことはぜんぶ言っちゃいましょう! できるできないはその後で考えれば済むことです」
「……では、恐れながら――私が滞在していた『有翼人』の集落は、三百人ほどの規模でした」
……ん?
想定外の方向へ話が飛んだな?
「小さな村でした。有翼人には農作物を育てる才を持つ者が多いのですが、周囲の土地が痩せていて、その才があってもなお細々と食いつなぐのが精一杯で……私も地魔法の使い手ですから、微力ながら開墾に協力し、ずいぶんと感謝されましたが、焼け石に水だったかと思います。それでも村を捨てることは許されず、彼らには基本的に『移動の自由』すらありませんでした。村を出る手段は、義兄のように徴兵されたり、あるいは……ルーク様にお聞かせしたい内容ではありませんが、お察しいただけるかと思います。レッドワンドにおいて、有翼人は歴史的に搾取されてきたのです」
キルシュ先生の話を受けて、ブルトさんが沈思している。彼の祖国であるロゴール王国も、ひどい状態だとは聞いているが……いや、比べてどうこうという話ではあるまい。
そして俺も、ここに至ってキルシュ先生の言いたいことを理解した。理解してしまった。
「あの土地に比べて、この地の森がなんと豊かなことか――野生動物という危険はありますが、あちらではその野生動物すら痩せ細っていました。もし……もし、許されるのであれば、私は……」
……やるか。やっちゃうか?
「……キルシュ先生。これはライゼー様にもご相談する必要があります。しかし……しかし、私としては、『充分、検討に値するご提案』だと思います。先生とシャムラーグさんが現地に出向けば、説得することは可能ですか?」
「全員の意思統一となるとわかりません。私も所詮は余所者でしたから。しかし、むしろルーク様のお導きがあれば――」
俺は首を傾げる。
「いえ、私こそ余所者の猫ですけど……?」
「有翼人の里には、そもそも『猫神様』の信仰があります。猫の姿をした亜神様のお導きとあれば、その説得力は凄まじいものになるでしょう。義兄もルーク様に助けていただいた時、伝承が真実であったことを思い知ったと言っていました」
……有翼人の里の猫神様とゆーのは、おそらく俺とは別口だと思うのだが、まぁ、似たようなモノとは認識されそうである。
三百人規模の集落――
俺は冷静に考える。
収穫期までは、俺の「コピーキャット」で充分に養える人数であろう。水もなんとかなる。
彼らに、「交流はなかったけど、実は以前からここに住んでましたよ?」みたいな顔をしてもらえば……山奥に唐突に拠点ができていても、ゴリ押しで世間を納得させられるかもしれぬ。
リーデルハイン領、およびドラウダ山地は僻地の秘境である。三百人程度の集落ならば、埋もれていても不思議は……さすがに不自然ではあるが、「現実」として見せてしまえば、もはや納得するしかないのも事実。
「彼らの善良さは私が保証できます。なまじ善良であるがゆえに、いいように搾取され続けてきたとも言えますが……」
キルシュ先生の声は、とても哀しげであった。
§
そして翌朝。
俺はさっそく、ライゼー様にこの件をご相談した。
ライゼー様はしばらく呆けたように思案した後、賛成とも反対とも言わず、こんなことをおっしゃった。
「あのな、ルーク。同じことを前にも言ったが、ドラウダ山地は『リーデルハイン領』じゃなくて『国有地』なんだ」
「はい」
「つまり……そこに新しい集落が発見されたとして、それをどう扱うかは、『国王陛下』の判断次第ということになる。まぁ、この程度のことなら、陛下の元まで話が届かず、官僚が徴税の云々をどうするか決めて、最寄りのリーデルハイン領に管理を丸投げしてきそうだが……しかし、『近くにダンジョンがある』となれば、もう少し話が複雑になる。それこそ陛下の判断に従うことになるだろう。つまり、ルークが裏工作すべき相手は私ではなく――」
「……リオレット陛下?」
「もちろん私のほうでも歩調は合わせるから、相談はしてくれ。ただ、決定する権限が私にないことは理解して欲しい。あと、まぁ……」
ライゼー様は書斎の窓辺に立ち、外を眺めた。
ここからでは町は見えぬ。が、人々が生活する気配として、煮炊きの煙くらいは見える。
「我がリーデルハイン家も新興貴族であって、この土地を長く治めているわけじゃない。父も祖父もドラウダ山地にはほとんど踏み入ってこなかったから、集落に気づかなかったとしても不思議はないだろう。『あった』ものは仕方ないし、現実として受け止めるだけだな」
――これは、遠回しな「肯定」のお返事である。
ライゼー様の執務机で香箱座りしていた俺は、思わず眼を輝かせた。
「ライゼー様……!」
「ま、陛下も止めないだろう。いいか、ルーク。これは『レッドワンドからの移住』ではなく、『以前からドラウダ山地に隠れ住んでいた有翼人が、このたび発見された』という話だからな? そこだけは間違えないように、先方にもよく伝えておいてくれ」
「…………承りました!」
そうか……確かに、敵国からの難民問題になってしまうと少し厄介である。もちろん最初からそんな流れにする予定はなかったが、ライゼー様のご懸念はもっともなものだ。
そして、ライゼー様は笑みをこぼす。
「シャムラーグとキルシュ先生夫妻がこちらに移住していなかったら、もう少し慎重になったかもしれん。しかし彼らを通じて、レッドワンドの有翼人に対する偏見は抜けた。人材の見定めはルークに任せるよ。うちはとにかく人手不足だし、山中とはいえ、近くに新しい集落ができるなら歓迎したいくらいだ。必要な物資があれば……いや、これは君が用意できそうだな」
「いえ、当座の食料はどうにかしますが、食べ物以外は難しいので……布製品や農具、工具、生活雑貨などの面では、お力を借りたいです。いずれにしても、まずは道や環境の整備ができてからの話ですね。すべてまとまるまで、トリウ伯爵へのご連絡は待っていただければと――一、二ヶ月のうちには目処をつけるつもりです」
「あまり焦らずにな。有翼人達も……老人などは、移住を嫌がるかもしれん。その場合はどうする?」
「無理強いはしませんが、老人はそんなに多くないそうです。その……環境が過酷すぎて、平均寿命が短いと――」
「……なるほどな。しかし、それでも捨て難いのが故郷というものだ」
それはそう。それにドラウダ山地だって、今の時点では決して住みやすい土地ではない。
土質は良いが、危険な野生動物だって多いし、交通の便に至っては最悪である。
そこを住み良い環境に仕上げられるか否かは、我々がこれから進める開発にかかっている。
そんなこんなで……ルークさんプロデュースによる「古代クマ文明の遺跡開発」は、当初の予定よりも少し大きめの規模を前提とし、さまざまな思惑を内包して始まったのであった。