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124・大山鳴動して猫一匹


 ずしん、ずしん、と、足音を響かせて――

 その巨大な獣は、森の奥から姿を見せた。

 我々を視界に収めると、後ろ足で悠々と立ち上がり、鋭い爪の生えた両腕を掲げ――


(獣の王よ! どこだ! 姿を見せよ!)


 大迫力である。

 その背丈はおそらく5メートル近く、二階建ての家が歩いてきたよーな感じ。

 ……まぁ、容姿は完全に「レッサーパンダ」なわけですが。


 そして獣の王はいるの。ここにいるの……

 しかし、クマさんの目の前には美少年なウィル君と、いたいけな猫一匹。

 獣の王の従者くらいには見えるかもしれぬが、この場に王がいるとは思うまい……せめてピタちゃん(巨大ウサギ)にはついてきてもらうべきだったか? いや、それはそれで変な誤解が生まれそうだな。


 仕方なく、俺は肉球を掲げて話しかけた。


(どーも、落星熊メテオベアーさん。私は亜神のルークと申します。副業で獣の王もやってます)


 レッサーパンダな落星熊さんは、両手を振り上げたまま、しばし停止した。

 ぢっ、と両者の視線が交差する。


(……………………猫じゃん)

(猫です。猫以外の何者でもありません)


 落星熊さんがだらんと両手を下ろした。けっこう撫で肩だな?


(……獣の王?)

(王です)

(……なんで?)

(……なんでと言われましても……さぁ?)


 問われてもわからぬ……わからぬのだ……超越猫さんは、どうして俺にこんな称号を問答無用で押し付けたの……?

 ……いや、答えは実はわかっている。わかってはいるのだ。超越猫さんは、きっとステキな笑顔でこう言うだろう。

「どうなるかなー、って思って!」

 ……所詮、ルークさんは哀れな実験動物なのである……


 熊さんは戸惑いながら、ちょっとだけ左右を見回した。

 そして、小声で――


(えっと……戦う……? やめとく……?)


 ……あれ? この方、意外と良識派だったりする……?

 これはもしかして、さっきの熊さん達よりも話が通じるのではなかろうか?


(その前に、ちょっとお話をさせてください。ここは貴方の縄張りですよね?)

(そうだけど)

(実は、このあたりの縄張りを、私に譲っていただきたいのです)

(それはダメ)


 即答であった。

 しかし、熊さんのその後の言葉に俺は驚かされる。


(信じてもらえないと思うけど、このあたりは危ないの。この付近に巣を作ると、みんな凶暴になっちゃうから。私は、この付近に強い獣が住み着いて凶暴化しないように、定期的にこのあたりを見回って、他の動物を排除していて……巣は他の所にあるし、縄張りとして手放すのは別に惜しくないんだけど、誰であろうとこの近辺には居着いて欲しくない)


 …………守護者だ! この方、山の守護者だ!?

 俺は感動に打ち震えた。

 熊の神様は捏造ねつぞうするまでもなく、すでにこの地に実在したのだ……! 彼は人知れず、この山の安寧あんねいを守るために――


(彼じゃない。彼女。私、メス)

(……あ、これはたいへん失礼しました)


 俺は深々と頭を下げる。

 熊さんはその場にスコ座りをし、我々を追い払うようにぶんぶんと手を振った。


(そういうわけだから、『獣の王』なんてモノに住み着かれたらすっごく困ると思って、匂いに反応してこっちに来たんだけど……猫じゃん?)

(猫です)

(食べるとこ少ないし、今おなかいっぱいだし、隣の変な生き物もなんか気持ち悪いし……見逃してあげるから、立ち去って?)


 ウィル君を見て「変な生き物」呼ばわりとは、やはり人間を見たことがないっぽい。

 ともあれ、この熊さんは話の通じる熊さんである。


(実はですね、『このあたりに住むと獣が凶暴化してしまう』というのは、この地にある『ダンジョン』というものが原因でして……私は、その事態を解決するために、この地へお邪魔したのです。おそらく熊さんとは、目的を共有できるのではないかと……!)

(……えー……猫さんに何かできるとは思えないし……)


 俺は右前足を振り上げた。今こそ威を示す時である!


「猫魔法、ガイアキャット!」

『ウニャーーーーーァァァ…………』


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


 地鳴りと共に、俺の背後で地面がモリモリと盛り上がり……大地の猫と化して、小さき我々を見下ろした。


 落星熊さんはほけーっとしている。


(……ぱぱ……いまそっちにいきます……)


 即座に覚悟キメないで? そういう目的じゃないよ?

 俺は慌ててガイアキャットさんを元の地形に戻した。


(失礼しました、別に戦う気はないのです。ただ、私が無力な猫さんではないことをお見せしたかっただけで……あ、これ、つまらぬものですが)


 俺は友好のしるしに、コピーキャットで錬成した山盛りのリンゴを差し出す。

 この山にも野生のリンゴの木はあると聞いている。今は初夏なのでもちろん実などついていないが、落星熊さんの好物であろうと見当をつけた。


(わぁ。りんごだー!)


 たちまち目の色を変える落星熊さん。

 ……この方たちはアレだな? 遭遇時は偉そうな言動なのに、少し言葉をかわすとあっという間に幼児化するな……?

 これはネタではなく、『獣の王』による翻訳の精度が高いせいだろう。そもそも彼らは言語を扱えない。

 言葉遣いに左右されがちな人類と、感情を隠さない獣との違い――その部分を『獣の王』がそのまま翻訳(※意訳)してくれるため、把握する俺のほうでは「急に態度が変わったな!?」と認識してしまうのだ。

 

 そして俺は、もっくもっくとリンゴを貪るレッパンに、こちらの意図の説明を試みた。


(……ふーん。つまり、そのダンジョンっていうのを、人間とかいう生き物が定期的に掃除し続けることで……この付近も安全になる、ってこと?)


(そうです。そのためにも、ここに道を通し、人間達が暮らせる区画を作りたいのです。ただし人間には、いい人間も悪い人間もいますので……皆様にご迷惑をかけないとは限りません。皆様に襲いかかる不埒ふらちな輩も、いずれきっと出てくるでしょう。また、人間という種は非常に仲間意識が強く、身内が襲われた場合には過度の仕返しをしてくる可能性もあります。なるべく、相互不干渉というか、距離感を保ったお付き合いができればと……)


(よくわかんない)


 山の守護者といえど、やはり野生動物であった……


(まぁ……いつまでも? 私が見回りし続けるわけにも? いかなかっただろうし……? 代わりになんとかしてくれるっていうなら? 協力するのも? ……やぶさかではない)


 ところどころに変な疑問符が入ったが、これは「疑わしい部分やわからない部分は多々あるけど、方向性としてはおおむね了解」の意であろう。

 ここから先は、むしろルークさんと人類側が行動をもって誠意を見せていく必要がある。


 ……将来的には、野生動物との衝突は残念ながら避けられまい。奈良公園における鹿との共生ですら、ちょくちょく課題に直面している。

 しかし、衝突の規模を小さめにすることは可能かもしれないし、共存へ至る道を今の時点で閉ざしたくもない。

 あと……前世の世界にいた獣と、こちらの世界の獣とでは、「何かが違う」という感覚もある。


 猟犬のセシルさんとかいくらなんでも賢すぎるし、猫さんの寿命は倍以上だし、レッパンはこの大きさだし、種として違うというのはもちろんなのだが――

 この世界ではいたるところに「魔力」が満ちていて、人も獣もその影響を受けている。

 聖獣とか神獣なんて存在も普通にいるし、精霊さんもいる。おまけにダンジョンや瘴気といった概念まであるのだ。

 これらは前世には存在しなかったファクターであり、人と獣の関係構築に関しても、「前世での感覚」をそのまま適用してはいかんのでは……と、今のルークさんは考えている。

 前世では難しかった野生動物との共存という課題も、この地でなら、もしかしたら……そう期待してしまうくらい、獣達の知能レベルが高い。

 あまつさえ、ピタちゃんのように「人間に化ける」神獣さえ存在しているし、この地においては俺という通訳までいる。

 なにか……きっとなにか、前世の世界の常識とは違うことが、できそうな気がする。

 そんな希望を胸に抱いて、俺は落星熊さんに次の提案をした。


(私はいずれ、この付近に、人間の集落を作ります。落星熊さんには、その集落に住む人々を守って欲しいのです。ただし、その人々が『守るに値する』と判断した場合のみで構いません。人々が落星熊さんと敵対するようなら、その時は――返り討ちもやむなしと思います。その時、私がどちらに味方するかはわかりませんが……どうかお互いの未来に、幸が多からんことを願います)


 落星熊さんは、つぶらな瞳で俺を見つめ……ぶっとい前脚を顎に添えながら、

(よくわかんない)

 と、首を傾げた。

 今はそれで良い。それで良いのだ……

 信頼を急いではいけない。それは長い年月をかけて、相互につちかっていくべきものである。


 獣の亜神として。

 たとえ人と獣の間にでも、いつか「それ」が成立することを願いながら――

 ルークさんは、自ら出したリンゴを一つ、かじったのであった。






「…………で、どういうお話になったのですか?」

「あ、すみません。いまご説明します!」


 ……なんかいー感じにまとまりそーだったので、うっかりウィル君のことを失念していた。


「こちらの落星熊さんは、ダンジョン周辺に巣を作ると仲間が凶暴化することに気づき、『この付近に、他の仲間が巣を作らないように』と、見回りをしてくれていたそうです。かつて落星熊が騎士団を壊滅させたというのは、こちらの土地にリーデルハイン家が来る前の話ですから……おそらく、百年以上昔の話ですね。その頃の落星熊さんは、きっとかなり凶暴だったのでしょう。そして、さきほど会った二頭も含めて、昨今の落星熊さんは、こちらの方の見回りのおかげで、あまり瘴気を浴びずに済んでいるのかな、と――いえ、さっきの熊さんのお爺さんとかは、この付近に住み着いて凶暴化してしまったそうですが……そういう実例を経て、彼女らも彼女らなりの対策をしているということです」


 ウィル君は驚いたように眼を見開いた。


「山の獣がそのようなことを……!? ずいぶんと賢いのですね。聞いていた話とはだいぶ違いそうです」

「獣の賢さには個体差も大きいですからね……種としての印象が固定されてしまうと、『たかが獣』と侮ってしまうのは仕方ありません。でも、人間でも賢者とそうでない人が共存しているように、獣にもけっこう差があります。人にはそれがわかりにくいだけです」

「そういうものですか……では、こちらの落星熊は賢人なのですね」


 もっしゃもっしゃと、大きなお口でちっちゃなリンゴを摘む落星熊さんを見つめ――

 俺はウィル君の問いに答えるまでに、ちょっとだけ間をおいた。


「……そうですね!」

「…………そのが気になります」


 賢さにも、知識とか思考力とか直感とか判断力とか性格とか生きる姿勢とか、いろいろあるのだ……

 落星熊さんとは今後もたまに接触をはかることにして、とりあえずこの場はお別れした。


 そういえば別れ際に、熊さんは変なことを言っていた。

(猫さんは、なんで私を食べないの?)

(……その価値基準がほんと怖いんですが……きっとこれから、『仲間』になれると思っているからですね。少なくとも、そう信じたいのです)

(そっかぁ……『おかしら』って呼んでいい?)

(……さっきまで、『獣の王よ、我と戦え!』とか言ってませんでした……?)

(リンゴくれるならいいかな、って)

 いかん。特効であった。

 猫にマタタビ、ルークさんにトマト様、ピタちゃんにソフトクリーム現象である。

 野生の獣を気軽に餌付けしてはいけないのだが、この方は今後、協力者になってくれそうだし……かくいう俺も獣だし……いいのか?


 のんびりと森へ去っていく落星熊さんのお尻を見送り、俺は改めてウィル君を振り仰いだ。

「争いにならなくてほっとしました! ……熊鍋も避けられましたし」

「そうですね……私も、戦いになるのを覚悟していました。いくら可愛いといっても、相手は野生の魔獣です。いざとなれば――いえ、良かったです」


 ……ウィル君は今日もかわいいお顔立ちなのだが、なんか今、ヤバげなオーラが漏れてたな? 魔族としての威圧感だろうか。


「ウィルヘルム様。弱肉強食は世の常ですし、時には害獣駆除も必要でしょう。ですが、やはり私も獣の身――より穏当な手段を検討できるうちは、なるべく荒っぽい真似はしたくないのです。幸い私は獣達とも意思疎通ができますし、落星熊さん達とはうまくやっていけそうな手応えを得ました」


 ……あと前世で絶滅危惧種だったレッパンさん達にそっくりなため、普通に良心が咎める。

 ウィル君は頷き、脱力するように微笑んだ。


「ルーク様のその優しさを、私は好ましく思います。恥ずかしながら、魔族には『力こそ正義』のような考え方をする者がそれなりにいますので……強大な力を持ちながらも調和を重んじるルーク様の姿勢からは、学びが多いです」


 分不相応に褒められてしまい、俺はテレテレとウィル君の足元に身をこすりつけた。


「いえ、そんな滅相もないです。それより、今日はこのままリーデルハイン領に戻りましょう。良い調査ができましたし、今後はキルシュ先生も巻き込んで遺跡の設計に取り掛かります。並行して道の整備も始めますが、ウィルヘルム様にはぜひ、今後もお時間がある時にいろいろ助言をいただければと!」


 ウィル君はにっこり。


「ルーク様と一緒に事業をなせるのは、私も楽しいです。ぜひお手伝いをさせてください」

「助かります! あ、もちろん用事がある時は、こちらは後回しにしていただいて大丈夫ですので……ご実家のほうも、あまり留守がちにはできないでしょうし」

「それは問題ありませんが……妹のフレデリカも、ルーク様に会いたがっています。もし差し支えなければ、いずれこちらにも連れてきたいのですが――」

「もちろん大丈夫ですよ! 道路工事のタイミングだと忙しいので、少し落ち着いた頃、お茶会とかにお招きしたいですね」


 フレデリカちゃんが迷子になっていなければ、俺とウィル君が出会う機会も得られなかった。だいぶ間接的にではあるが、ある意味、彼女は俺の恩人でもあるのだ。


「猫魔法、キャットデリバリー!」

「ニャーン」


 そして、覚えたばかりの宅配……もとい転移魔法で、俺はダンボール箱に入り、リーデルハイン領へ送ってもらう。ウィル君もお誘いしたが、「私は自力で転移できますので」と遠慮されてしまった。

 ……ダンボール、居心地いいのに。


いつも応援ありがとうございます!

ニコニコ静画にて、コミック版7話(後編)が掲載されました。こちらも前編同様、期間限定となっていますのでおはやめに!


お貴族様との晩餐に臨むルークさん……

そろそろ猫もスプーンとかフォークを使う時代になっていそうな気がしたので(※気のせい)、「猫用スプーンとか売ってないかな」とヨド◯シを覗いてみたら、みけネコ、くろネコ、はちわれネコのコーヒースプーンというやべぇアイテムを見つけてしまい、しばらく思索の淵に沈んでいました。

ヨド◯シなんでもあるな……?

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― 新着の感想 ―
※王様に従う人間と逆らう人間がいるように、獣の王の効果は個体差があります。
ダンボール輸送は上級者の嗜みなので…
[一言] なんだろう、対男性特攻武器が対人類リーサルウェポンになってしまった感が拭えない… 吸うではなく揉むからある意味レアなのか?
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