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121・秘境探検! ドラウダの奥地に戦慄の魔獣を見た!


 宅配魔法をマスターした翌日。

 我々一行は満を持して、ドラウダ山地へと出発した。


 ドラウダ山地は森深く広大な山岳地帯である。

 さほど険阻けんそではないし、大部分はなだらかなのだが、とにかく広い。

 この「山として低い」というのは実はなかなか厄介で、「目印になる高山が見当たらない」「森林限界に達していないため、木々の背丈が高く密集しており、見晴らしがきかない」「野生の獣にとって良い環境であり、その個体数が増えがち」など、登山者にとっては意外に難しい環境だったりもする。


 もちろん「断崖絶壁を登る!」とか「雪の中でビバーク!」みたいな上位スキルが要らないという意味では楽なのだが、たとえば「道に迷ったらとりあえず登る」という鉄則は通用しない。

 山頂付近でも木々に遮られて視界が悪く、登山道があるわけでもなく、救助ヘリなども存在しない。

 必然、徒歩で踏み込む者は迷子になりやすく、遭難もしやすい。

 雰囲気としては「山!」というより、「樹海」に近いかもしれぬ。ただし、富士の樹海より起伏があって、目印になる富士山がなくて、周囲には道らしい道がない。


「……いやー。私、よくこんなところを歩いて抜けましたよね……あの時、風精霊さんに会っていなかったら、やべーことになってました……」


 大空を優雅に羽ばたくウィンドキャットさんの背から、眼下の広大なドラウダ山地を見下ろし――俺は、背後のクラリス様とリルフィ様に話しかける。


「ルークが最初にいたのって、どのあたり?」

「あっちの方角だとは思いますが、ここからではさっぱりわからないです。というか、下に降りてもたぶんわからないですね……道もないですし、似たような景色ばっかりなので」


 目印でも置いてくればよかったのだが、まあ、特に珍しいものもなかったし、話の種にしかならぬであろう。

 俺を抱えるクラリス様のさらに背後では、リルフィ様が魔光鏡に地図を表示させている。風の結界で我々の周囲を覆っているため、うっかり落としたとしても、そのまま落下することはない。ぶっちゃけ、オプション装備の風の子猫さんが空中で拾ってくれるので安心なのだ。


「本当に同じような木々ばかりで、距離感すらわからなくなりそうですね……町に近いあたりは伐採の手も入るのですが、このあたりまで来ると、もう人が立ち入ることはありませんし……」


 リルフィ様は、地図を見て困惑顔。

 そう。目印が何もないため、地図が役に立たないのである!

 ダンジョン入り口の位置はカブソンさんから教えてもらったが、眼下のだだっぴろい森に隠れた一地点を見つけるのは難しい。

 が、対策はもちろん実行済み。


 リーデルハイン領からの方角はしっかりわかっているのだから、出発と同時にサーチキャットさんの群れを放ち、簡易なローラー作戦を実行した。

 あっという間に入り口は見つかり、現在はそこに向けて、ルート確認をしながらのんびりとお空を飛んでいるのである。


「あ、ちょっと止まります」


 俺はウィンドキャットさんをホバリング状態にする。

 我々の後ろには、それぞれウィンドキャットさんにまたがった同行者の皆様。

 アイシャさんとウサギのピタちゃん。

 神官のハズキさんと魔導師シィズさん。

 こちらは二人ずつ同乗し、そして、ブルトさん、バーニィ君、魔族のウィル君は単体の猫さんに乗っている。


 ブルトさんとバーニィ君には前衛職冒険者としての装備があるため、同乗に向かぬのだ。重量的には問題ないのだが、同乗者にとって鎧とか剣が割と邪魔。

 そしてウィル君は自分の翼でも飛べるのだが、好奇心から猫に乗ってくださった。まぁ、こっちのほうが楽なのは間違いないですし。


 ――なお、メイドのサーシャさんは、今日はお屋敷でメイドのお仕事中である。夕方にはお屋敷へ帰る予定だし、クラリス様のお世話係としての仕事も今日は特にない。そしてヨルダ様もライゼー様の書類仕事のお手伝い。しばらく王都へ行っていたため、領内のお仕事が溜まっているのだ……


 ケーナインズの皆様は初めての飛行に大興奮していたが、上空からのルート確認はしっかりやってくれていた。


 車座にウィンドキャットさんを寄せ合い、我々は当座の意見交換をはじめる。


「ここまでのルートを見た感じ……どうでしょうね? 直線的に道をつなぐのは難しそうですか?」

「そうですね……あのあたりの斜面は、道さえ作れば騎馬でいけそうなんですが、馬車では厳しいと思います。あと――労働力を無視するなら、いっそ二つのルートを作ってもいいかもしれませんよ」


 ほう? 俺はブルトさんに視線で続きをうながす。


「ネックになるのは、領地からの直線上にある、あの少し大きめの起伏です。あそこをそのまま登って越えるのは馬鹿らしいので、道を作る場合は脇に逸れるんですが……大きく迂回すれば馬車でも登れるルートになりますが、距離はかなり伸びますね。徒歩、あるいは騎馬で登れる程度の急斜面でいいなら、けっこうなショートカットが可能です。この二つのルートを作るってのはどうです?」


 ふむ。俺も似たようなことは考えていたのだが、「馬車」の使用感がよくわかっていないため、目の前の傾斜をどう判断したらいいのか、迷いがあった。

 ブルトさんの知見は、まさにここを焦点としたものであり、正直に言ってたいへん助かる。こんな土木関係の話題は、さすがにクラリス様やリルフィ様にも「?」と首を傾げられてしまう。


「なるほど。荷物の量や移動手段に応じて、道を使い分けできると便利そうですね。起伏の前後で合流させれば、道路整備の手間もそこまでは増えないでしょうし……あ。あの起伏そのものを削れるとしたらどうですか? 工事の手間を無視して、それが可能だとしたら――」

「ルーク様のお力で、ってことですね。試してみる価値はありそうですが、この山、けっこう土の質が柔そうなんで……ヘタに手を加えすぎると、崩落が心配です。もちろん、崩落を防ぐ目的で手を加えるなら、あの起伏を少しならすのはありだと思います」


 ブルトさん達には、まだガイアキャットさんをお見せしていない。あの子に頼めば道を均す程度は簡単なのだが――その後の雨水の流れとか周囲の土砂の流出とか堆積たいせきとか、そういうことまで気にしだすと、あまり手を加えすぎるのも怖い気はする。


 一方で、万一の通行止めに備える意味でも、二本のルートを整備しておくのは良い案だ。人力であれば工事の手間を考えて断念するところだが、猫魔法にとって、その程度の負担はさして問題にならない。


「地形に手を加えるのは慎重にいきたいですし、まずはルート二本で検討してみましょうか……しかし、こういうご相談ができるのは助かりますね。もしやブルトさんには、土木工事のご経験が?」


 ブルトさんは苦笑い気味だが、シィズさんのほうがくすりと笑った。


「ロゴールの騎士団は、よく道の整備なんかの雑用に駆り出されていたので、その影響だと思います。特にブルトの上官はその道のプロで……なんでそんな人が騎士なんかやっていたのかは不思議ですが」

「いや、団長の専門は道路じゃなく、砦の修理で……あぁ、違うんですよ、ルーク様。ロゴールでは、騎士団なんてのは名ばかりで、食い詰めた職人なんかが傭兵感覚で就職する例がけっこうあったんです。もう戦争続きで、まともな人員がいなくてですね……で、俺の当時の上官は、そこから叩き上げで出世したクチで――もう亡くなっちまいましたが、その人の下で、多少は仕込まれました。正直に言えば、戦闘よりも設計のほうが性には合ってます」


 ククク……これも、ブルトさんをスカウトした理由の一つである。

 この方、適性欄に何故か『建築C』があるのだ。「なんで?」とは思っていたが、やはり過去に相応の理由があった。

 この適性はそこそこ優秀な現場監督レベル。王都の職人街でも見かけたし、決して珍しいモノではないのだが、手元に置く人材としては貴重である。


 なお、宮廷魔導師のルーシャン様が何故か建築Bをお持ちなので、弟子入りしてもらってさらに鍛えるという選択肢もありそう。そこは本人の今後の意向次第か?

 ハズキさんの料理Bといい、ケーナインズの面々は、意外と戦闘関連以外の特技をお持ちだったりする。


 さて、我々が道路整備のルートに関するご相談をしていると、景色を眺めていたクラリス様が、「あ」と声を漏らした。


「クラリス様? どうしましたか?」

「……なんか、かわいいのがいる」


 ほう。カワイイと聞いては、クラリス様第一のペットとして看過できぬ。嫉妬と対抗心を剥き出しにして、ルークさんはクラリス様が指し示した方向へ視線を向けた。


 同時にアイシャさんが、「げっ」と高貴さに欠けるうめき声を漏らす。


「出ましたよ、ルーク様! アレです、アレが落星熊メテオベアーです……!」


 眼下の森。

 その一隅を、のっしのっしと歩く巨体の熊さん――

 戦慄の。恐怖の。あの、有名な!

 ドラウダ山地に出没する魔獣、厄介度ナンバーワンの座に君臨する、あの伝説の落星熊さんが! 今! まさに! 我々の! 眼下……に……?


「……かわいいですねぇ」

「……かわいいよね」


 うん。あの……上空から見下ろしているせいではあるのですが……確かに、体はでかいけど……たぶん3メートルくらいはあるけど……

 そこにいたのは、ほぼ三頭身の『レッサーパンダ』×二匹であった。


 互いに逆方向から歩いてきて、接近遭遇した途端、二本足で立っちして向かい合い――両手を掲げて、威嚇いかくのポーズ。

 ……平和である。


「見た目に騙されないでください! あいつらめっちゃヤバいですよ! 体毛が硬くて斬撃が効かない上に、火球なんかも普通に弾き返してきます。伝承によれば、一匹で騎士団を壊滅させたこともあるんですから!」


「……あ、はい。そうですよね……確かに、体はでかいですし、間近で見たらきっと怖いんだろうな、とは思うんですが……」


 猛るアイシャさんとは裏腹に、ルークさんは初見の魔獣に戸惑いを隠せない――

 つぶらな瞳の愛らしさ。

 でかい頭に短い手足。ぶっといシマシマの尻尾。

 …………かわいさは俺と互角……か?(隠せぬ敗北感)


 ……いやまぁ、野生のレッサーパンダはそれなりに凶暴とは聞いてますし、眼下にいるのもレッパンではなく、あくまでこちらの世界の落星熊さんなわけですが――

 ……ほらもう、ハズキさんとかシィズさんとか、眼を輝かせちゃってるじゃないですかー。

 リルフィ様は……あれ? イマイチな反応だな? むしろ俺を見てるな?


「リルフィ様も、アレ、かわいいと思いますよね?」

「えっ……私は、あの……そんなでもないというか……大きい野生動物は、やっぱり怖いので……私としては……ルークさんのほうが全然かわいいかな、って……」


 大・勝・利!


 一瞬で自信を取り戻した俺は、胸を張って肉球を掲げた。


「今からあのレッサー……落星熊さん達にメッセージを飛ばして、接触をはかってみます! うまく意思疎通ができればよし、敵対されてもこちらはお空の上なので、逃げれば大丈夫でしょう」


 ……『獣の王』の効果は信じたいが、アレ、お犬様達には効果てきめんだったものの、猫さん達には「王様、ちゃーす」ぐらいの雰囲気だったので、野生動物相手にはちょっと不安……

 王様に従わない反乱分子とかもいそうだし、現実には公爵とか侯爵より弱い立場の王様もいるし、革命で断頭台に送られる王様までいるし……

 この称号に、過度の信頼を置く気にはなれぬのだ。ピタちゃんの俺に対する認識も、「立派なソフトクリーム職人」だし。


 そして、威嚇しあう巨大レッサーパンダ二頭に、俺はメッセンジャーキャットを送る。


(落星熊さん、こんにちは! 私は亜神のルークという者です。少しお時間いいです?)


 いつもなら「リーデルハイン家ペット」と名乗るのだが、今回は相手が怖いので、少し大物感を演出しておきたい。小細工である。

 落星熊さんは驚いたように周囲を見回したが、お空の我々はステルス機能で姿を隠しているため見えない。


(何者か! 我らの縄張りに何の用だ!)

(亜神を名乗るとは不届きな輩め! まずは姿を見せよ!)


 …………………………想定外の言葉遣い。

 せっかくのあざとい見た目なのに、声は野太いおっさん風味。


 ちなみに遠距離なので、熊さん達の声もメッセンジャーキャットでこちらへ戻していただいている。とりあえず意思疎通はできそうだが、今はたぶん、距離が離れすぎていて、俺の存在を感知できないのだろう。

 これが牛さんとかだと、こちらからご挨拶しても(……草うめぇ)ぐらいしか反応が返ってこないことも多い。個体差も大きいので、これらは知能というより性格の問題か。


(まあ、とりあえず落ち着いてください。落星熊さんのお名前は?)

(名などない。我らは誇り高き熊である!)

(姿を見せよ! 貴様の腹を裂き、はらわたを引きずり出してくれようぞ!)


 肉食獣ー。

 精神性はしっかり肉食獣ー。

 いや、でもレッパンって雑食系だけど、メインの餌は笹とか木の実とか果物じゃなかった? ネズミとか昆虫くらいは普通に食べるはずだが、大好物はリンゴとかだった気がする。とはいえ大きさが明らかに違うし、猪くらいならネズミ感覚で普通に食いそう。

 あとレッパンさんは夜行性だった気がするので、そのあたりにも違いがありそう。そもそも岩とか投げないし、木登りもお上手だったはず。「違いは大きさだけではない」と考えるべきだろう。


 びみょーな顔つきの俺を見て、アイシャさんが横から囁いた。


「ルーク様、会話の内容はわかりませんけど、もうアレですよ。先日のガイアキャットさんとか使って、普通に威圧しちゃったほうが話を聞いてもらえるのでは? 野生動物なんて力が正義、縄張りを得るのは強いオスです。力を見せない相手に従うほどヤワな連中じゃないと思います」


 ……アイシャさんはアレだな? 実に正論なのだが、かわいいどうぶつさんに対する夢がないな? この場合の「夢」は「錯誤」と同じ意味なので、健全な思考ではあるのだが、獣のルークさんとしては痛し痒しである。これでは愛嬌あいきょうを振りまいても油断を誘えぬ。


 だが、助言には一考の価値がある。「姿を見せろ」とも言われたし、ガイアキャットさんの威容ならば、野生の巨大熊さんでも「はえー……でっかい……」と思ってくれるだろう。


「……わかりました。では、試しに……『猫魔法、ガイアキャット』!」


 ずももももも。


 落星熊さん達の目前、周辺一帯の森が不自然に隆起し、驚いた鳥さん達が一斉にギャアギャアと飛び立つ。お騒がせしてすみません……!

 ついでに付近の小動物さん達もパニックとなり、ざわめきが森全体へ波及する。


 地響きとともに土の四肢で身を起こしたのは、背に大量の木々を生やした、全長200メートル前後(尻尾含まず)の猫さんである。体の大部分が土でできているため、毛並みはかなり黒め。実に良質な腐葉土である。


 俺の周囲でケーナインズが「ヒッ……」と呼吸を詰まらせたが、初見ではしゃーない。先日の工房予定地・土地改良の時は、彼らはまだこっちに来ていなかったし……


(『姿を見せろ』とのことでしたので、仮の姿ではありますが……どうも、猫です。話し合いに応じていただけますか?)


 落星熊さん達は、呆然と立ちすくみ――ほけーっとガイアキャットさんを見上げていた。


(ほえー……でっかい……)

(はわー……おっきい……)


 ……いきなり知能が下がったな?

 たぶんドラウダ山地の熊さん達は、自分達より圧倒的に大きな生き物を見たことがないはずである。

 この世界、竜とか恐竜とかもいるっぽいのだが、生息域が狭いようだし……そもそも全長200メートルはちょっと有り得ない。シロナガスクジラでさえ30メートル前後だ。

 ライゼー様がいつぞや仕留めたというギブルスネークも割とでかいのだが、こちらは空飛ぶ蛇なので体長が長いというだけで、質量そのものはさほどでもないはず。


 ガイアキャットさんは落星熊さん達の前へ頭をおろしたが、その頭だけで高さが40メートルぐらいある。これはもはや建造物の高さであり、マンションなら十階~十三階ぐらい。

 さすがの落星熊さん達も何もできぬ。ヘビに睨まれた蛙、いや、猫に睨まれたレッサーパンダである。大きさはさておき、字面はだいぶかわいい。絵面はちょっと頭おかしい。


 思考停止した落星熊さん達を眼下に捉え、俺は改めてメッセージを飛ばす。


(改めてこんにちは。亜神のルークと申します。ちょっとお話をさせていただいても?)


(ふぁい……)

(うぇい……)


 片方がパリピになった気がするが、無事にご同意をいただけた!

 こうして俺は、悪名高き落星熊さんと、あくまで穏便に話し合う機会を得たのであった。



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≫私は亜神のルークという者です。少しお時間いいです? 腰が低く下手から丁寧に ≫亜神のルークと申します。ちょっとお話をさせていただいても? 丁寧だけれど背後に威圧の波動の幻視が見える なお、本猫にその…
地形操作がなんだっけ(200mの大穴)
[一言] グレーターレッサーパンダ
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