116・おいでませリーデルハイン領
キャットシェルターにて。
ケーナインズの皆様には、まず一通り自己紹介をしていただいた。まだ起き上がれないウェスティ氏だけは宿のほうで寝ているが、こちらは仕方ない。
次いで、俺からクラリス様やリルフィ様達をご紹介。
――ちなみに、先程の宿屋での状況はカフェ内で放送していなかったため、リルフィ様のハイライトさんはちゃんと通常業務をされている。抜かりはない。ルークさんとて常に醜態を晒しているわけではないのだ。しかしいきなり猫吸いキメられるとは思わんかった。
さて、当方が「リーデルハイン子爵家のペット」であることはケーナインズにも通知済みなので、その家のご令嬢+親族がこの場にいるのは自然な流れなのだが――
問題はロレンス様である。
「こちらは新国王リオレット陛下の弟君、ロレンス殿下です!」
と、俺がご紹介したら、ブルトさん達は固まってしまった。
ロレンス様にとっては、初めて言葉をかわす「憧れの冒険者」であり、御本人はだいぶキラキラしていらしたのだが……しかし、一介の冒険者達にしてみれば、「王族」のインパクトはヤバい。
前世の感覚で言うと「子爵家の令嬢」は「市長の娘」くらいのイメージだが、「国王の弟」はそのまんま「国家元首の弟」である。
ブルトさんが引きつり気味に声を震わせる。
「えっ。いや……えっ。ど、どういうことで……まさか……誘拐……!?」
「違います違います! 迷宮見学のために同行していただいてました。国王陛下の許可も得ていますし、ちゃんと護衛役としてアイシャさんとマリーシアさんもご一緒です」
これはルークさんの紹介の仕方も悪かった。
王族とは基本的に「雲の上の存在」であり、一般庶民がこの距離感で接する機会というのはまずない。この時点で不測の事態を連想させてしまう。
ブルトさんは恐縮して、へこへこと頭を下げた。
「た、たいへんな失礼を……俺の母国では、そういう話がちょくちょくあったものですから……」
シィズさんがその背中をひっぱたく。
「ちょっと、ブルト! ……あの、本当に申し訳ありません。私とブルト、ウェスティは、ロゴール王国の出身なのです。ご存知かもしれませんが、母国では長く内乱が続いていまして……数年単位での小休止はあったのですが、国がまとまらないまま、王侯貴族の小競り合いが日常になってしまって。その頃の印象の名残で、つい失礼な連想を――」
俺は肉球を掲げて笑う。
「いえいえ、無理もありません。こちらのロレンス様には、将来的に私の事業の後援者になっていただく予定なのです。リーデルハイン領では、これから栽培する『トマト様』という作物の加工と輸出を計画していまして……こんな感じのお野菜なのですが」
そして俺は、戸棚から籠いっぱいの完熟トマト様を差し出す。
ハズキさんがじっと覗き込んだ。料理技能を持っているだけあって、見知らぬ食材には興味があるのだろう。
「赤い……果実ですか? 唐辛子を丸くしたような……いえ、むしろレッドバルーンの亜種……?」
「果物ほど甘くはありませんが、栄養価が高く、旨味があるのにさっぱりとした後味です。生でそのまま食べられますので、ぜひお一つずつどうぞ」
ケーナインズの面々にトマト様を手渡し、俺も手本を示すように、一つまるかじり。
ばつん、と皮が弾け、爽やかな甘みが喉を潤す。
やはりトマト様はまるかじりが基本。皮を湯剥きしたり塩胡椒を振ったりしてももちろん美味しいのだが、このつややかな皮の歯応えは何物にも代えがたい。
ブルトさん、シィズさん、バーニィ君もそれぞれかじりつく。
「……こいつは……また随分と珍しい野菜ですな」
「水気がすごいですね。果物みたい。でも、果物にしては薄めの味?」
「いや、シィズ姐さん、味は薄めかもですが、風味はむしろ濃くないですか? 甘みと酸味は適度なバランスで、でもそれ以上に、なんか、こう――なんですかね、これ? 匂いが強いのかな?」
初めて食べる味に戸惑っている様子だったが、ハズキさんだけは、もっきゅもっきゅと無言で咀嚼していた。
何かを真剣に考え込んでいる顔である。
そして食べ終わった後。
「これは……生でも美味しいですけれど、煮込み料理に合いそうですね? あと……黒帽子キノコにもよく合うと思います。たとえばですが、今の実を輪切りにして、チーズを載せて、そこに黒帽子キノコを刻んで振りかけて……塩で味を調えたら、かなり美味しくなりそうな――」
……素晴らしい。
彼女はたった一個のトマト様を食べただけで、煮込み料理へとつながる可能性に気づき、さらには「トマト様のカプレーゼ」という定番料理にかなり近いモノへ、一瞬の閃きで辿り着いた。
これが……これが料理Bの才能……!
ちなみにカプレーゼについては、リーデルハイン邸の料理人、ヘイゼルさんも同じ推論に至り、既に美味しさを実証済みである。生憎と黒帽子キノコはなかったが、そちらではオリーブオイルも使った。
そもそも「野菜とチーズ」という組み合わせ自体が、この世界ではごく定番の調理法であり、決して斬新な発想とかではないのだが……しかしながら、トマト様を一個食べただけで「その組み合わせで美味しくなる」という正解を導き出した彼女のセンスが素晴らしい。この点は大いに称賛すべきであろう。
思いがけぬ人材の拾い物にほくほくしつつ、さて、お昼でも食べながら午後の領都オルケスト観光予定を組もうとしたのだが――
「あの、ルーク様。一つ、お願いがあります」
メインゲストのロレンス様が挙手なされた。
お昼のリクエストだろうか?
「はい、なんでしょう?」
「オルケストの観光も、たいへん興味深いのですが――もし差し支えなければ、今日は『リーデルハイン領』の見学をさせていただくことは可能でしょうか? 実は先程、クラリス様から、領地のお話をいろいろとうかがいまして……トマト様の畑にも興味がありますし、リーデルハイン領がどんな場所なのか、ずっと気になっていたのです」
ほう!
これはルークさん的にも嬉しいご提案である。リーデルハイン領は田舎だし、観光名所なども特にないが、実に風光明媚でのんびりした土地だ。
そもそもダンジョンで疲れた我々に必要なのは街の喧騒ではなく、美しい自然と美味しい空気かもしれぬ。
……あ、クラリス様やロレンス様には、大半の時間を快適な猫カフェで過ごしていただいたが。
ともあれ、リーデルハイン領にご興味を持っていただけるとは光栄の至り!
「それは大歓迎です! では、ケーナインズの皆様も一緒に来ませんか? 領主のライゼー様にもご紹介したいですし、もしよろしければ数日、滞在していただいて、その間にいろいろとお話ができればと……あ、ウェスティさんの療養場所も用意できます。町には腕のいいお医者さんもおりますので」
以前はいなかった。
シャムラーグさんの義弟、キルシュさんのことである!
有翼人の美人嫁を持つ勝ち組有能魔導師であるが、回復魔法が使える上、薬学その他の知識が深く、人当たりも良い。
町に開いた診療所は早くもけっこうな評判となっている。ネルク王国には健康保険制度などはないため、医療費はまぁまぁ高額にならざるを得ないのだが、充分に良心的な価格設定だ。
というか、他国出身のキルシュさんは、そもそもネルク王国における医療費の相場をご存じでなかった。「本職ではないので、平均より少し安めくらいで……」という御本人の要望があり、リーデルハイン家執事のノルドさんとも相談して診療費を決めたらしい。
なお、僻地の町に診療所を構えてくれて、しかも回復魔法が使える医師などそうそういないため、人材流出を防ぐ意味もあって、こういうケースでは領主様からのお手当がつく。
決して高額ではなく、「日々の生活に必要な分」という程度だが、奥様のエルシウルさんはびっくりしていた。レッドワンド将国の感覚では、これくらいでもとんでもない高待遇らしい。
……あの国は、せっかくの有能人材をどう扱っているの……? バカなの……?
と、これは余談であった。
ブルトさん達は顔を見合わせている。
「えっ、と……どのみち、迷宮の封鎖が解けるまでの間はろくな仕事がないですから、移動は構わないんですが……今日一日くらいなら何も問題ないんですが、数日となるとハズキが……一回は聖教会に戻らないとまずいか?」
「あっ……そうですね。今日はともかく、二、三日のうちにダンジョンからの帰還報告をしておかないと、行方不明扱いにされて、皆様にご迷惑をかけてしまうので――」
シィズさんが後ろから囁く。
「帰還報告と一緒に新規の外泊届を出せば、その後も一週間くらいは大丈夫なんでしょ?」
「はい。一人前の神官ならそこまで面倒なことは言われないのですが、なにせ見習いの身ですし、ちょっとだけ追加の手続きが必要です」
ほう。そうなると……
「では、こうしましょう。我々はどのみち、夕方にはロレンス様を離宮に送り届けないといけないので、この領都に戻ってきます。その時、こちらの宿までお迎えにあがりますので、それまでに用事を済ませて、持っていきたい手荷物があればまとめておいてください! 我々も向こうで、ウェスティさんの療養場所と皆様の宿を確保しておきますね」
ケーナインズの皆様はしきりに恐縮していたが、そんな感じでいったん、別行動となった。
手土産の甘食はアイシャさんがだいぶ食べてしまったので、新しいものをお渡ししておく。
ちなみに「冒険者が使うダンジョン近郊の宿」は、ちょっとシステムが特殊であり、宿代を前払いしておけば、その間は不在でも部屋を確保しておいてもらえる。
ただし前払い分が尽きると荷物は無条件で冒険者ギルドに回され、部屋は他の客に貸し出される。
おそらくは、ダンジョン内やクエストでパーティーが全滅したり……という事態を想定した法整備になっているのだろう。
こちらの宿を引き払うのは、さすがに時期尚早と思われる。いずれはリーデルハイン領側に拠点を移していただきたいものだが、そんなのはしばらく先の話だ。
その後、ケーナインズと別れた我々は、即座にウィル君の転移魔法でリーデルハイン領へと移動した。やっぱりコレ便利すぎりゅ……
ライゼー様は生憎、所用でご不在だったため、ランチの後で我々は町へと繰り出した。
王都ネルティーグや領都オルケストと違って、リーデルハイン領の町は道幅や土地などにだいぶ余裕がある……というか、単純に建物が少ない。実に牧歌的である。
町のシンボルになるよーな公園とか噴水とか石碑とかも特に見当たらず、「名所は?」とか聞かれても即答できぬ環境。
ただ、町の中心部には石畳の敷かれた広場があり、その広場を囲んで商店などが集まっているため、さすがに農村などよりは利便性が高い。キルシュ先生の診療所もこの付近にある。
……そこからほんのちょっと離れると、もうのどかな田園風景。
開拓されていない原野や林などもけっこうあるため、ペーパーパウチ工場の用地は選び放題であった。
もちろん選定は慎重に進めたが、一等地を選ぶ必要はないし、土が肥えている場所などは畑にすべきだし、狙ったのは人気が少なくて物流に支障がなくて水を確保しやすい土地。
ペーパーパウチ用の紙作りは材料を煮溶かす必要があるため、近場に水資源がないと余計な手間がかかってしまうのだ。山が近いリーデルハイン領は、地下水も含めて水資源が豊富だし、池なども複数あるため、これは難しい条件ではなかった。
というわけで、目星をつけている用地に後援者のロレンス様をご案内。
「このあたりの原野を整地して、トマト様の加工場とペーパーパウチの工房を作る予定です! 周囲に人家や畑がないので、将来的な拡張性も確保できます」
目の前には緩やかなでこぼこの斜面。現在は雑草と雑木に覆われている。
耕作地にもできないことはなさそうだが、ちょっと傾斜と起伏があり、「労力に見合わぬ」として放置されていた土地である。リーデルハイン領にはこんな感じの空き地が多い。
ロレンス様が唖然とされた。
「これは、なんというか……ここを開発するのは大変そうですね。まさに一大事業です」
「あ、土地の開発自体は割と簡単なんですよ。猫魔法、ガイアキャット!」
地響き。
『なぁーーーーーーん……』
目の前の斜面全体の土が、もこもこと盛り上がり――そこに巨大な土の猫さんが現れる。
頭から後ろ足までの距離は、目測で百メートルほどもあるだろうか。もっと大きくもできるが、今日はデモンストレーションなのでそこまで必要ない。
皆様が呆然と見守る中、土でできた巨大猫さんは仰向けになって地べたにねそべり、液体のよーに平たくなった。
そもそも、一説によれば猫は液体であるらしい。液体ならば、重力に身を任せれば平たくなるのは道理である。……ほんとに?
背中に生えていた雑草や雑木が自重で押し潰されてザワザワメキメキいってるが、あまり気にしてはいけない。
そして猫魔法を解くと、あとに残ったのは――土をひっくり返して、綺麗に平たく均された土地であった。
ちょっと端のほうにネコミミとか足とか尻尾の名残はあるが、誤差の範囲であろう。
「こんな感じですね!」
俺が一行を振り返ると、リルフィ様とロレンス様は眼をキラキラさせ、クラリス様とアイシャさんとヨルダ様とサーシャさんは呆れ返り、ウィル君とマリーシアさんは頬を引きつらせていた。
そしてピタちゃんは端のほうでもっしゃもっしゃと一心不乱に雑草を召し上がっておられる。マイペースやな。
「す……すごい! すごいです、ルーク様! こんな魔法があったら、耕作地の開拓も街道の整備も、あっという間に……!」
「ふふふ……ロレンス様は良いところにお気づきです。私は今後、新規に発見されたダンジョンへつながる道を、山中で整備する予定なのです。石畳での舗装とかはさすがに不自然なので避けますが、なるべく傾斜を削って、馬車の通行が支障ない程度には道を整えたいですね!」
ヨルダ様が大きく肩を落とした。
「もうそこまで考えているとは……ところで、ルーク殿。これ、ライゼーの許可は……?」
「もちろんいただいてます! 土地の改良等は、できる範囲で好きにして良いと!」
場所が決まったら人手を用意する、とも言っていただけたが、そっちは建物を作る段階で頼らせていただこう。
クラリス様が俺を抱えあげた。にゃーん。
「……お父様は、まだルークの『できる範囲』を把握できてないから。不用意に無制限の許可とか出しちゃうのはよくないけど、ルーク本人も把握してなさそうだし……仕方ないのかな?」
「ごろごろごろ……恐縮です。今のは土をひっくり返し、地面を均してそのまま戻しましたが、もちろん移動させることもできますので、大規模公共工事の際にはぜひお声がけいただければと!」
「……確かに効率はすさまじいが……しかし、そんな頻繁に短期間で地形が変わったら、領民に『何事か』と思われるぞ。それとも、もういろいろ隠すのは諦めたのか?」
ヨルダ様の疑問に、俺はわざとらしい笑顔を返す。
「ご心配なく。口裏合わせは済んでおります。つい最近、優秀な地属性の魔導師さんが、町で診療所をはじめまして……ヨルダ様もご存知のあの方が、ライゼー様のご指示で、いろいろな工事を手伝ってくださっている――という設定になっているのです」
再び、キルシュさんのことである!
さすがに「一瞬で工事完了!」というわけにはいかぬだろうが、実際のところ、優秀な地属性の魔導師さんが一人いるだけでも、大規模工事の進行速度は劇的に変わるらしい。
具体的には、土を柔らかくしたり固めたり、水分を絞り出したり、岩の急所に衝撃を与えて粉砕したり、土の状態を見極めたり……よく考えたら、やっぱり運搬とか掘削する作業員は必要だな……? いろいろ作業しやすくなるだけか?
ヨルダ様が気にしたのもそういうことか……
「ルーク様の存在を、領民の方々はまだ知らないのですか?」
ロレンス様が不思議そうに問う。
「そうですね。子爵家の使用人や関係者以外には、あまり知られていません。騎士団の方々とかはみんな知ってますし、町に話が広がるのも時間の問題かとは思ってますけど……『喋る猫』という時点でかなり真偽の怪しい噂になりますから、信じる人もほとんどいなくて、実害はあまりないのでは、とも期待しています。その上で、真偽不明の噂が自然に広まる分には仕方ないとして、わざわざアピールしにいく予定はないとゆー感じですね」
余談になるが、リーデルハイン騎士団の方々はヨルダ様の部下だけあって、割とマジメな方が多い。『じんぶつずかん』を見た印象では、おそらく武力よりも性格を重視して雇用されている。
ライゼー様いわく、「まじめに訓練をこなせる性格なら、ヨルダが指導すれば誰でもそこそこの腕にはなる」とのことで、強い問題児の性格矯正を試みるより、普通っぽい人の武力向上を進めたほうが、コンプラ的にも安全で確実と判断したのだろう。
アイシャさんが甘食(※追加)をつまみながら、感慨深げに目を細めた。
「つまり、自然体で流れにまかせて……ってことですね。思えばルーク様も、ずいぶんこっちの世界に慣れてきましたよねぇ。私が初めてお目通りした時なんて、警戒心丸出しで、必死にただの猫のふりをしていたのに」
警戒心……ちゃんとあった?
いやまぁ、確かに今よりは「バレないように立ち回ろう」とはしていたか……?
「慣れももちろんありますが――やはり、有力者の後ろ盾を次々に得られたのが一番大きいですね! なにせ宮廷魔導師様に加えて、国王陛下や王弟殿下も味方になってくれました。いざとなったら全力で頼らせていただきます!」
ルークさんは虎の威を借る猫さんである。
未来の国王であるロレンス様にまで、こうしてぬるりと取り入っているわけで、我ながら自分の悪辣さがおそろしい……ククククク……これでトマト様の未来は安泰……
愉悦のままに邪悪な笑みを浮かべる俺をよそに、隣でアイシャさんとリルフィ様がひそひそ話をしていた。
「……人間ごときの後ろ盾に頼るまでもなく、何か起きたら魔法一つで天変地異を起こせると思うんですが……ルーク様って、亜神と人間の力関係を頑なに理解しないですよね? そもそも人間側がご機嫌うかがいに奔走すべき立場ですし、さすがにそろそろ自覚してもいいと思うんですが……頑固すぎません?」
「そうですね……でもご自身が、あくまでペット扱いを望まれていますし……実際に猫であることも事実です。それから……」
リルフィ様が、クラリス様に抱っこされた俺の頭をそっと撫でる。にゃーん。
「……ルークさんの中には、きっと『亜神、あるいは神様とは、こうあるべき』という、崇高な理想像があるように思えます……でも、自分の行いや思考は、まだその域には達していないとも考えていて……だから、周囲から『亜神』として扱われることに抵抗があるのかな、と……」
「めんどくさい猫さんですねぇ……いやまぁ、獣の本能のままに暴走されるよりは全然いいんですけど」
アイシャさんの指摘に、俺は肉球を掲げて反論する。
「めんどくさくないです。これは処世術というものです。そもそも私の目的は自堕落怠惰なお昼寝生活であり、現在はそのための下準備を進めている段階です。食料的基盤、経済的基盤、政治的基盤……さらにはダンジョンという不確定要素への対処も含めて、これらは将来の安定を見据えた先行投資に他なりません! 安穏たるお昼寝のためには避けられぬ業務なのです!」
「……最終目標だけはかろうじて猫らしいんだが、それを実現するための思考の流れと現実の行動が明らかに猫じゃないんだよなぁ……」
なんてこと言うの、ヨルダ様……
ウィル君も真顔で頷かなくていいから。
「……しかもそれで結局、寝る間も惜しんで働いてるんだから、本末転倒っていうか……ルークは本当にそれでいいの……?」
我が主まで!?
あれ!? もしかして俺の猫としてのアイデンティティって割と危機的状況なのでは……!?
戸惑いながら、その後、おやつのソフトクリームをみんなで食べていると、俺に寄り添ったピタちゃんがぽつりと呟いた。
「ルークさま、げんきをだしてください」
「ピタちゃん……!」
「ルークさまは、りっぱなそふとくりーむしょくにんです」
………………うん。
まあ、亜神扱いよりは……うん。
最近のルークさんのお仕事を列記すると、トマト様栽培技術指導員にはじまり、トマト様の加工&ペーパーパウチ工房の設立準備と交易会社の名ばかり社長(予定)、ダンジョン攻略&新規ダンジョン周辺環境の整備担当、そしてお嬢様方へのスイーツ提供係及びソフトクリーム職人……
合間にリオレット陛下の暗殺防止とか王位継承権に関わる情報収集とかささいな人助けもちょこちょこやっている気はするが、果たしてこれは一介の猫さんにふさわしい仕事量なのだろうか……?
そういえば前世でも、社長とか先輩に「お前はほっとくといつまでも働いてる……」と呆れられたことがある。
社畜から家畜へジョブチェンジした身とはいえ、それでも前世のカルマからは逃れられぬというのか……?
ワークライフバランスの見直しに思い悩むそんな俺を見て、ロレンス様がくすりと微笑んだ。
「私は……自らがなすべき仕事を自らの意志で作り出し、そこに真摯に向き合うルーク様を、見習いたいと思います」
えっ……?
思わぬ助け舟に動揺する猫一匹。
ロレンス様は、聞きやすいお声で朗々と話し続ける。
「一般に仕事とは、生活の糧を得るための手段です。そこに生き甲斐や楽しみまでをも求めるのは、少々欲張りなのかもしれませんが……しかし、自ら率先して多くの仕事に勤しむルーク様のお姿からは、学ぶべきことが多いと感じます。思えば私などは、王族という立場に縛られるあまり、『自らの将来の仕事』について、真剣に考えたことがありませんでした。だからこそ、魔導師として、研究者として働く兄上にも、強い尊敬の念を抱いていたのですが……憧れるばかりではなく、これからは私も、自分がすべきこと、自分にできることを探したいと思います。それこそ、ルーク様を見習って――」
ロレンスさま……! 天使か、この子!?
その尊い志と猫への気遣いに感動していると、アイシャさんがそっと視線を逸らした。
「……リオレット陛下の研究は、仕事っていうより、もうほとんど趣味みたいなものなんですが――」
「いえ! 成果さえ伴えば、趣味も仕事につながります。好きこそものの上手なれ、なんて言葉もありますし、私はまず、ロレンス様にも『趣味』を探すことをぜひオススメしたいです。その先ではきっと、新たな知見が得られるはずですから!」
声高にそんな助言を向けると、我が頭上でクラリス様がぽつり。
「……これが王族の人心……ううん、獣心掌握術……さすがロレンス様……そつがない……」
……クラリス様にも、どうやらちょっとした学びがあった様子である。
後生畏るべし。
我が主の適性、「交渉術」がAにランクアップする日も、そう遠くはないのかもしれぬ……(戦慄)




