【番外編】猫を飼う者は
(※こちらは小説三巻・コミックス一巻の発売記念SSです)
(※本編の流れとは関係ありません)
(※世界猫の日には間に合いませんでした)
(※発売日にも間に合いませんでした(憤怒))
猫を飼う者は、その過程で自らも猫にならぬよう心せよ。
汝が猫を撫でる時、猫もまたその体毛でこちらを撫でているのだ――
ネルク王国宮廷魔導師
ルーシャン・ワーズワース著『猫の飼い方』より
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「……………………コレ、猫的にはそこそこ良い本だと思うのですが、ところどころで『……あれっ? 頭おかしいのかな?』って感じるところがありますねぇ……」
「猫のルーク様から見ても、やっぱりそうですか……」
王都でのある日。
アイシャさんをまじえた午後のお茶会で、我々はルーシャン様のご高著を話のネタにしていた。なお、ピタちゃんとクラリス様はすでにお昼寝中である。
ルーシャン様なりの『猫の飼い方』を解説したこの本。
餌の選定や、年齢・体格ごとの適正量、運動のさせ方に居心地のいいスペースの作り方などを細かなデータつきでまとめており、猫目線ではなかなか痒いところに爪が届く良書なのだが――
文章の端々からたまに表出する著者の思想性と信仰心に、若干、強めの偏った癖がある。
アイスティーを飲みながら、アイシャさんが深々と嘆息。
「お師匠様の功績はどれもだいたい高めに評価されているんですが、その本に関しては、ぶっちゃけ『世間に出さないほうが良かったのでは?』って多くの弟子が思ってますね。でも、猫好きの人達からはすごい支持されちゃって……世の中にはヤバい人がけっこういるんだな、って……」
俺を抱えたリルフィ様が、珍しくこれに反論した。
「いえ、私も素晴らしい本だと思います……こんな書物があったなんて……」
「……マジですか……でもリルフィ様は……うん。うちのお師匠様も、なんかリルフィ様に関しては仲間意識がありそうというか、『あの方がルーク様のお側におられるのは非常に心強い』みたいなことを言ってるんですよね……ついでに『猫力』がどうとか、わけわかんないことも言ってますし――」
……ルーシャン様は、『猫力』の存在を把握している節がある。
あの方は自らの信仰によって『猫力』という隠しステータスの存在に気づき、その高低をある程度、見極める眼力をお持ちなのだ。
俺の『じんぶつずかん』ほどの精度はないはずだが、おそらくは称号『猫の守護者』の影響であろう。
実際、リルフィ様とルーシャン様の猫力はずば抜けて高い。俺の知り合いで『猫力90以上』は、現状、このお二人だけである。
「特にこの一節……『猫を飼う者は、その過程で自らも猫にならぬよう心せよ』……すごくよくわかります……私もルークさんとじゃれている時、ついうっかり、語尾に『にゃん』とかつけてしまいそうになることがありますし……」
恥ずかしげに頬を染めるリルフィ様、うるわしい……なにこのかわいいいきもの……
……というか、その仰々しい格言、そんなどーでもいい意味なの? 浅いな? 想定の四倍くらい浅くて、もうフワッフワで宙に浮いてるな?
あとルークさん的には一言、主張しておきたいことがある。
「……でも私、語尾に『にゃん』とかつけたことはないと思うのですが……」
鳴き声として「にゃーん」と声をあげてしまうことはよくあるが、あれは人間でいうと「わぁい」とか「うぇーい」とか「ひーはー」的な感嘆詞のようなモノ。自然に口をついてしまうだけであり、あざとさの発露ではない。
「ルーク様はそうですよねー。でもお師匠様は子猫の世話とかしている時、つい鳴き真似で『にゃーん、にゃーん』とか言っちゃって、弟子の私達から真っ白い眼で見られたりしていたので……アレはもう事故ですよね……」
むぅ。しかし、それを責める気にはなれぬ……
「それはもう仕方ないと思いますが……赤ん坊相手に赤ちゃん言葉を使っちゃうみたいなものでしょう。相手にあわせた言動は、豊かな共感性の証明でもあります!」
初孫を可愛がるお爺ちゃんみたいなものであろう。それはそれで微笑ましい。むしろアイシャさん達が辛辣すぎない?
俺の擁護を受けて、アイシャさんはどこか遠い目をした。
「……あのですね、たとえばルーク様が『よろしくにゃん♪』とか言う分には、別に全然許せるんですよ。ルーク様ご自身はそういう言葉遣いをしないとわかってはいますが、見た目が完全に猫なので、問題ないんです。あとリルフィ様やクラリス様みたいなかわいい女の子が言う分にも、相手が猫なら『微笑ましいな』で済みます。万が一、彼氏とかを相手にしてそんな感じだったら『正気にもどれ』って後頭部をぶん殴りますけど」
ばいおれんす!
この子のこういうところ、ちょっと怖いと思うの……わかるけど。
「でも、お師匠様のはちょっと違うんですよ……そこらにいる普通のお爺ちゃんが猫にデレてたら、むしろかわいいかな、って気もしないでもないですよ? でも、お師匠様ってそもそも猫のことを神格化していて、猫のお世話に人生かけちゃってる変人じゃないですか。そういう人が語尾につける『にゃーん』って、なんか、こう……重いんですよ。迫真なんですよ。わかります? まず再現度がすごいですし、表情が笑顔でも眼が笑ってないんです。『猫様の鳴き声はこんなものではない』『自分にはまだまだ精進が足りぬ』『自分ごときが猫様の鳴き声を真似るなど恐れ多い』『なのについ声が出てしまう』――そういうクソ重い感情をごった煮にして内包させた上で、そこからあえて繰り出される『にゃーん』なんですよ……アレはちょっと……ホラーです」
……俺が想定していたよりも、ほんのちょっぴりヤバげな理由であった。
「……それは、なんというか……逆に聞いてみたいですねぇ」
「やめておいたほうがいいです。決して笑える感じではなくて、なにかこう……『深淵を覗いたら、逆に深淵から真顔で覗かれた』みたいな狂気を感じます……」
アイシャさん……日頃の言動は天真爛漫に見えるが、実は意外に苦労してそうだな……?
「ルーシャン様の猫好きって、もしかしてお弟子さん達の間では悩みのタネだったりします?」
「うーん。悩みというか、諦めというか……そもそもお師匠様は、内弟子のことを『猫の世話係』だと勘違いしてますからね……弟子になると、魔法の講義とか指導そっちのけで、まずはこの本を教本にして猫の飼い方をみっちり仕込まれるんです。どうしても猫が苦手な子は餌作りとかに回されるんですが……」
リルフィ様の眼が輝いた。
「素晴らしい修行方針ですね……! アイシャ様達が羨ましいです……」
ハイライトさん、お仕事のタイミング間違えてない?
アイシャさんもややジト目気味である。
「やっぱりリルフィ様は、お師匠様と気が合いそうですよね……むしろ同類……いえ、私も猫は普通に好きですけど、信仰する気はないですし、ご利益とかも別に求めてないんですよね……あ、ルーク様は亜神なので別枠ですけど」
ふーむ。雑談のついでに、俺はちょっとした『世界の真理』をお伝えすることにした。
「実はですね、アイシャさん……ルーシャン様が仰っている『猫力』というパラメータは、実際に存在するのです。それが高いと運命点にボーナスがつき、幸運に恵まれたり、不幸を避けられたりするそうで……信じます?」
アイシャさん、真顔。
「……やめてくださいよ……お師匠様の戯言なら聞き流しますけど、亜神のルーク様からそんなことを言われたら、信じないわけにいかなくなるじゃないですか……」
「ここだけの話ですが、ルーシャン様とリルフィ様の猫力はかなり僅差というか、ほぼツートップでして――そこから少し下がるものの、アイシャさんやクラリス様も平均よりはだいぶ高めですね。ライゼー様は以前は犬派だったのですが、トマト様のご加護によって最近は猫力が上がってきました」
「……参考までにうかがいますけど、正妃ラライナ様の猫力ってわかります?」
「…………すごく低いです。あの方はつまり猫嫌いだと思います」
「あー……やっぱり。親しくはないですけど、なんかそんな気はしてたんですよね」
アイシャさんは腕を組んで考え込んでしまう。
「でも猫力……猫力かぁ……ある意味、信仰心みたいなものなんですかね……? やっぱり、ルーク様ご本人はめちゃくちゃ高かったり?」
「……………………ご期待を裏切ってすみません……クラリス様やアイシャさん以下です……ピタちゃんやヨルダ様と同程度です……」
アイシャさん、さすがにやや呆れ気味。
「ええー……いや、それってどうなんですか……? お師匠様と同レベルは難しいにしても、せめて私よりは上であって欲しいんですけど……」
「いやいや、クラリス様もアイシャさんもかなり高いほうなんですよ? あとほら、皆様にとっての猫さんは『かわいいペット』かもしれませんが、私にとっての猫って、ただの『同族』なので……まぁ、普通な感じにはなりますよね……」
たちまち納得顔に転じていただけた。
「あー。言われてみれば……それはそうですね。ルーク様の猫力がもしもすごい数値だったら、それはそれで『ナルシスト』ってことになっちゃいそうですし、今のは私の認識が間違ってました。もしも『人力』とかがあったら、私もたぶんめっちゃ低いはずですし」
あっけらかんと闇を匂わせないで?
陽キャのアイシャさんがそれ言うと、陽キャ偽装疑惑が深まるから……何か抱えてるんじゃないかって心配になっちゃうから……
リルフィ様が俺の喉元を撫でながら、思慮深い眼差しで呟いた。
「話はもどりますが、この『猫を飼う者は、その過程で自らも猫にならぬよう心せよ』の一節……やはり、深い含蓄のある言葉ですね……人はどう足掻いたところで、猫にはなれない……ならば間違った努力をすることなく、人としてそのまま猫様に尽くすべき……ルーシャン様らしい、現実的で実利に即した、切なくも正しい結論だと思います……」
「あっ。ヤバい人同士の共鳴ってこういう感じで起きるんですね……」
アイシャさんの声が少し震えたが、正直ルークさんも、我が師が何を言っているのかちょっとよくわからぬ……
「リルフィ様、落ち着いてください。たぶんルーシャン様はそこまで深い意味を込めてないです。仮に込めていたとしても、そこまで読み解かなくて大丈夫です。こういうのは怪文書の類と思って適当に流すべきです」
本来の怪文書とは「書き手が不明で真偽の怪しい誹謗中傷やデマ」のことであるが、最近は意味が拡大されて、「なんかやべぇ文章」全般がそう定義されつつある。
これは書き手はルーシャン様だとはっきりしているし、内容もまぁ百歩譲って理解できなくも……いややっぱわかんねぇなコレ。怪文書でいいわ。
お茶のおかわりを注ぎながら、アイシャさんが天井を見上げた。
「『汝が猫を撫でる時、猫もまたその体毛でこちらを撫でているのだ』……ルークさん、そんな自覚ってあります?」
「ないですねぇ。微塵もないです」
「……でも私は、ルークさんを撫でていると……まるでこちらも撫でられているみたいな気持ちになります……よ……?」
リルフィ様さえご機嫌ならば、ペットはそれで良い……あえて何も言うまい……
その後、リルフィ様の猫いじりは夕食時まで続き、ルークさんはいつしか、安穏たる眠りに落ちていたのであった。
…………猫の飼い方なんて、餌やってただ寝かせておけば良いのでは?(暴論)
遅ればせながら、8月10日、「我輩は猫魔導師である」小説三巻+コミックス一巻が無事に発売となりました。
いつも応援ありがとうございます!
こちらの連載も引き続きがんばっていきますので、今後ともどうぞよしなに――
季節柄、酷暑・コロナ禍・水害に加えて台風まで来ているようですが、皆様もどうか、身の回りにはお気をつけください。
うちの仕事場でも先日、不在時に40度を記録しました…(焦)




