108・水精霊の祝…福?
地水火風、四種の上位精霊さんが揃い踏みである!
『こいつ山で迷子してたってマ? アーちゃんに勝てる強さなのに?』
『なんかねー。こっちの世界に来たばっかりで、自分のこともよくわかってなかったみたい』
『いわれてみれば間の抜けた顔をしてます!』
『ええー。猫さんはこのくらい間抜けで隙だらけなほうがかわいいよー? 野生じゃ生き残れないだろーけど』
……火精霊さんが思ったより毒舌だな……? あと水精霊さんも地味にヒドいな? 地精霊さんはなんだか存在感が黒ギャルっぽいし、もしかして風精霊さんってこの中で唯一の良心なのでは?(名推理)
カブソンさんがのんびりと肉球を掲げた。
『上位精霊の皆様方。ルーク様は、風精霊様への無事の報告とお礼のために、わざわざダンジョンまでおいでになられたとのことでした。また、こちらのルーク様は、かつてのビーラダー様と同じ世界からいらした「亜神」様です。上位精霊の皆様方におかれましては、何卒、ご協力のほどを賜りたく――』
『お? ひらたんのツレ? マ?』
「いえ、直接の面識はありません! 話を聞く限り、たぶん同郷だろうなー、というくらいで……」
俺は慌てて言い添える。上位の精霊様に誤解される事態はなるべく避けたい。
火精霊さんが俺の耳にまとわりつく。炎と違って熱くはないが……声がでけぇ。
『ビーちゃんみたいに頭おかしい子なんですか!? あの子もだいぶヤバかったですよね!?』
『ビーちゃんはねー……言動とか態度はフツーなのに、作業中の集中力と持続時間が頭おかしかったよねぇ……』
『亜神は寝なくても平気、とか言って、半年くらいぶっ続けでダンジョン作ってたこともあったっけ……あれ? でも猫さんは割と睡眠時間多めじゃない? 山でも普通に夜は寝てたわよね?』
ひらたん何やってんの……せっかく転生したのに、わざわざそんな締切に追われるクリエイターみたいな後先考えない生き方しなくても……
「はい、睡眠は大事です。特に私は猫なので、一日の大半を寝て過ごしています!」
元気に胸を張ると、クラリス様が後ろからぽつり。
「……そうだっけ? ルークは野良仕事の時間が一番長いと思うけど……ね、リル姉様?」
「そうですね……最近は……特に予定がない日の場合は……二十四時間のうち、六時間は労働、四時間は学習や書類系のお仕事、三時間が食事やお茶で、一時間がお風呂で……他に散歩したりでかけたりで……睡眠時間の平均は、せいぜい七~八時間かと……合間にお昼寝やちょっとした休憩はありますが……その場合も、だいたい三十分くらいで起きてきますね……」
マ?(※うつった)
ルークさんは元野良猫であるからして、野良仕事が好きなのは仕様といえば仕様なのだが……
指摘されてみると、王都からリーデルハイン領へ戻った後は、割とそんな感じだったかもしれぬ。
ていうかリルフィ様、即座に正確な数字が出てくるってすごい。さすがは我が師。魔導師はやはり頭が良くて観察力にも優れている。
……生活サイクルを完全に把握されている事実についてはあえて気にしない。気にしてはいけない。そもそもペットの管理は飼い主の責任であり、何も問題はない。ないったらない。
精霊さん達がわちゃわちゃと騒ぐ。
『へぇー。猫さん、働き者なんだぁ? 見えなーい』
『猫なのに野良仕事ってヤバくね? クワとか持てんの?』
『ぐぬぬ……ア、アーデリアちゃんだって働き者です! 年に一回くらいは働いてます! たぶん!』
……いや、アーデリア様は世界レベルの上流階級なので、あえて働く必要は……むしろ世界平和のためには、おとなしくしていただいたほうがいいような……?
「えーと、私の野良仕事は、(トマト様への)奉仕活動というか、趣味みたいなものですので……あと、さすがに力仕事は他の方に任せています。お手伝いしているのは草むしりとか剪定とか摘果とか育成記録とか……」
『思ったよりガチめに働いてて草』
地精霊さんの口調は、転生者から悪い影響受けてそうだな……? ただ、表情と声質が意外に柔らかいので、オタクに優しいギャル感ある。実在したのか。概念上の存在だと思っていた……
風精霊さんが俺の額をぽんぽんと撫でる。
『てゆーか猫さん、亜神だったのねー。山の中では気づいてなかったの?』
「はい。リルフィ様に魔力鑑定をしていただいて、やっと把握しました。あといろんな能力もあったのですが、当時の私は何も知らず――あの時はお手数をおかけしました……」
あの時、コピーキャットを使えれば餓えずに済んだだろうし、ウインドキャットさんを呼べればひとっ飛びであった。
だがしかし、ああいう状況であったからこそ、風精霊さんにお声がけいただき、その後、リーデルハイン領まで導いていただけたわけで――
思えばあの出会いこそが、俺がこの世界で得た最初の幸運だったといえる。
風精霊さん……すき……!(語彙)
改めて頭を下げる俺を見て、風精霊さんはくすくす笑っていた。
『元気で過ごせているならなによりだわ。わざわざお友達も連れてきたみたいだし……そうねー。そっちの魔導師の子は水属性みたいだし――水ちゃん、どう?』
『んー? 面接ー』
水精霊様が俺の腹から飛び立ち、笑顔でちょいちょいとリルフィ様を手招きした。
「えっ……? あ、あの……?」
人見知りリルフィ様、戸惑って俺を見下ろしたが、その耳元で地精霊さんが囁く。
『とりま話したいってさー。問題なければ祝福つくだろうから、テキトーにね。嘘さえつかなきゃだいたいイケっから』
『そもそも面接までいかないことが多いですからね! 出てきた時点でほぼおっけーです! 水ちゃんは人を顔で判断するので!』
『そんなことないよぉ? 他にもちゃんと見てるし。服とか、髪型とか』
外見重視なのは否定しないのか……
『じゃあ、猫さんはここで待機しててね? リルフィちゃんはこっちぃ』
「は、はい……」
水精霊さんに先導されて、リルフィ様は地底湖の中心部にある祭壇のほうへ歩いていく。
一方、我々は石橋の上で待機である。俺の体はリルフィ様からクラリス様へと委譲された。
「精霊の面談は一人ずつとか、そーいうルールがあるんですか?」
『ないわよ? あれは水ちゃんの趣味。とりあえずかわいい女の子とはじっくり話がしたいんだって』
『水ちゃんは内緒話が好きなんです! てゆーか、他人に聞かせられないぶっちゃけ話が好きなんです! えげつない質問に定評があります!』
そんな定評は捨ててしまえ! 誰か諌めて!
リルフィ様に失礼があってはならぬと、いまさら慌てふためきクラリス様の腕から降り立ったルークさんであったが、そんな俺の首根っこをアイシャさんが摘んだ。じたばた。
「大丈夫です、大丈夫ですから。水精霊様はちょーーーーっとだけ悪戯好きですけれど、可愛い子には優しいですから。リルフィ様とか、かなり好きなタイプなはずですし……」
『水ちゃんは好きな子ほどいじめたくなるタイプです!』
「火精霊様、ちょっと黙っててもらえます?」
アイシャさんすげぇな……精霊さん相手にそんなツッコミができるのか……
「し、しかし、リルフィ様は繊細で清廉潔白で純情可憐で仙姿玉質――とてもではありませんが、アイシャさんのような図太く野獣じみた打たれ強さとは無縁のお方で……!」
「ルーク様も普通にディスってきますね……! いやまぁ、その通りなんで反論はしませんけど。とにかく、火精霊様の言動は大袈裟です。水精霊様とリルフィ様は相性いいと思いますよ。なんていうか、こう……リルフィ様は、割と湿度が高めなので……」
……湿度? お肌しっとり系という話? 水精霊さんは美肌好き?
戸惑う俺を、クラリス様が改めて抱え直した。
「ルークはもう少しリル姉様を信用してあげて。アイシャ様の言う通り、たぶん大丈夫だから」
むぅ。賢い我が主がそう仰るのであれば、ゴネるわけにもいかぬが……
心配するペットをよそに、地底湖中心部の祭壇では、今まさにリルフィ様と水精霊さんとの会談が始まろうとしていたのだった。
§
地水火風、四種の上位精霊は、世界を覆うように至るところに存在する。
今、彼女達がこうして亜神ルークと接触している間にも、星の各所で他の彼女達が何らかの行動をしているし、この経験は星の裏側にいる彼女達にも共有される。
しかしながら、「世界を覆うもの」である彼女らには、亜神ビーラダーが『情報処理能力』と呼んだ能力の限界がある。
人と会話し意思疎通できる「端末」が、世界で同時に展開できるのは百個体程度まで。
また、大勢の人間が放つ「思考のノイズ」に弱く、人口密集地ではその姿を保ちにくいなど、少々不便な繊細さも併せ持っている。
精霊にとっての目印となる「祝福」を与えた者の状況だけは把握しやすくなるため、望遠鏡を覗き込むようにしてその様子を見守ることは可能だが、街の中で話しかけるといった行動はとりにくい。
それをやる場合、同時展開できる「端末」の数が激減し、他の地方での情報把握がおろそかになってしまう。
すなわち、上位精霊の「リソース」は限られている。
遠い過去、亜神ビーラダーは妙なことを言っていた。
『上位精霊の本体は精霊界に存在し、そこから地上へ、リソースの範囲内で端末が派遣されている可能性が高い』――その言葉の意味が、とうの水精霊には今ひとつよくわかっていない。
亜神はよくわからないことを言う、とは思ったが、ビーラダーのことはそこそこ好きだった。
彼が「ダンジョン」を作りたいと言い出した時には、その効果や意義などさっぱり理解できなかったが――なんとなく手伝った結果、あれから数百年を経て、世界はずいぶんと優しくなった。
その功績は上位精霊としても評価している。
人類の文化やら発展やらは別にどうでもいいのだが、人も野生動物も温厚で話しやすい者が増えてきたし、それにともなって下位精霊達の性格も穏やかになっていった。
それは間違いなく、「邪神クラムクラム」の瘴気をダンジョンが浄化しているからであり、今ではダンジョンの維持が精霊達の優先事項になっている。
だから、ダンジョンの維持に有為な人材に対しては、支援の意味で『祝福』を与える機会が増えた。
精霊と意思疎通をするにはある程度の魔力が必要であり、その絶対数は決して多くないが、『優秀な魔導師への支援』は、『ダンジョンの攻略』を後押ししたい精霊側にもメリットがある。
ただし、制限なく与えられるものでもない。
精霊側にとって自らが与える称号は「目印」でもあり、目印の数が増えすぎると埋没してしまい、その役割を果たせなくなる。
百個の目印なら識別できても、これが数千、数万ともなれば、もはや目印として機能しない。また、数を増やしすぎればそれぞれの個体に対する強化も減じる可能性があり、各属性への適性を持たぬ者にまで祝福を与えるのは無駄が大きい。
一方で、この祝福という「目印」は精霊側の都合で外すこともできるため、「とりあえず付与しておいて、必要なくなったら外す」という安易な使い方もある。
風精霊が亜神ルークに与えた「目印」も、彼が無事に居場所を得られるかどうか、遠くから見守るためのものだったのだろう。どうも彼女は、上位精霊達の中でもずば抜けて面倒見がいい。
水精霊は、新たな「祝福」の候補者を、笑顔でじっと見定めた。
名は「リルフィ」というらしい。
顔立ちは少しばかり幼く見えるが、目つきは温厚だし、割とチョロそうに見える。
……いや、アイシャも初見ではそんな感じだった。
話しているうちに「あ、この子アレだ」と気付き、とりあえず祝福しておいたが、あの判断は間違っていなかったと思う。
新たに訪れたこのリルフィは亜神ルークの同行者で、しかも水属性の魔導師――その時点でもう合格判定は出ているようなものだが、それはそれとして少しは話をしてみたい。
水精霊はリルフィの胸に座り、ぺちぺちと気安くその頬を撫でた。
『改めてはじめましてぇ。じゃ、質問のお時間ね? リルフィちゃんは、何をしにこんなダンジョンへ来たの?』
「は、はじめまして……あの、私は、ルークさんについてきただけで……ルークさんが、風精霊様に、以前に助けていただいたことへのお礼を言いたいと……」
加点。
水精霊は、主体性がなくて「流されやすい」子が大好きである。水だけに。
アイシャのようにがっつりと強い個体も好きは好きだが、どちらかというとこういう子を振り回すほうが楽しい。ちょっとした悪戯にも良い反応をしてくれそうである。
『そっかー。じゃあ、リルフィちゃんは、私からの祝福で魔力が強くなったら、何をしたいの?』
「……えっと……あの……今の私は、何もできない、未熟な魔導師です……でも……あの……せめて少しでも、ルークさんの役に立ちたくて……ルークさんはすごいんです……私にはできないいろんなたくさんのことを、一人で……いえ、一匹で、どんどん実現してしまうすごい猫さんで……」
リルフィは、次の言葉までに三拍の間を置いた。
「……だから、今のままの私だと……いつか、置いていかれてしまいそうで……それが怖くて……」
加点。
水精霊は、「湿度」の高い子が大好きである。水だけに。
この場合の自信のなさは、謙虚ではなく精神的な弱さであろう。弱い子も好きである。成長の余地があって楽しみだし、何かのきっかけでそういう子がキレる瞬間にはゾクゾクする。もちろん後者の理由のほうが大きい。
『うんうん、わかる。わかるよー? それじゃ、最後の質問ね? もしも……あくまでもしもの話だけど、あのルークっていう猫さんが、リルフィちゃんの前からいなくなっちゃったら……どーする?』
沈黙。
そして彼女の瞳からは瞬時に光が消え、声が冷え込み平坦なものとなる。
「………………わかりません…………」
パーフェクト。
マーベラス。
ちょうどいい重さ。
水精霊はヤバい子が大好きである。水云々とは関係なく、これは単なる趣味嗜好である。
仲間の上位精霊達からは「水ちゃんはあたまおかしい」とよく言われるが、このくらいの刺激がないと最近は物足りない。
水精霊は上機嫌で、リルフィの額に口づけをした。
『おっけー♪ いいよ、いいよー。私の祝福、貴方にあげる! これからよろしくねー!』
リルフィの眼に光が戻り、彼女はひどく戸惑った様子で、水精霊を見つめた。
「えっ……は、はい……あの……えっ……? い、いまの答えで……よかったのですか……?」
「さいこーさいこー。百点満点。傍若無人なアイシャちゃんも好きだけど、リルフィちゃんも別方向で大好き。せっかくの祝福なんだから、これからどんどん活用してね!」
主に束縛とか独占とか愛憎劇とか、そういう方面での活用を期待したいところだが、これは黙っておいたほうが楽しい。
素敵なオモチャを手に入れた子供のようにキラキラと目を輝かせ、水精霊は意気揚々と、その場で無邪気に舞い踊るのだった。




